「なあ、聞いたか? 新しい先生が来るって話。トワちゃんみたいな可愛い系も悪くないけど、やっぱり大人のお姉様だよな。ああ、美人の先生であってくれ!」
「残念。男の先生だったよ。佐伯先生とはタイプが違うけど、ちょい悪って感じのイケメンだった」
「え……お前、会ったことあるのかよ」
「うん。実は今朝、職員室の前で――」
どことなくお調子者感が漂う茶髪の男子生徒が、緑髪の線の細い男子生徒と教室で他愛のない話をしていた。
話題の内容は新しく赴任してきたと噂の教師の話だった。
夏休みまで残り一ヶ月。期末考査も迫っている時期に新しい先生が来ると聞かされて「こんな中途半端な時期に?」と疑問に思う生徒も少なくはなかったが、そこは思春期真っ盛りの少年少女たちだ。
すぐに興味はどんな先生がくるのかと言った話題にシフトしていた。
当然そんな話をしていれば、目敏い年頃の少女が食いついて来ないはずもなく――
「ジュンくん、いまの話、本当!?」
「あ、うん……」
「みんな! 職員室よ!」
バタバタと足音を響かせ、教室をでていく女生徒たち。
職員室に向かったのであろうクラスメイトを、二人の男子生徒は呆気に取られながら見送る。
「はあ、やっぱりイケメンか。世の中、顔なのか……ちくしょうめ……」
心の底から悔しそうに、恨み節を口にする茶髪の男子生徒。
そんな彼にジュンと呼ばれた少年は「まあまあ」と肩を叩きながら慰める。
二人の会話を机に突っ伏しながら聞き耳を立てていた黒髪の少年は、
「ちょい悪? イケメン?」
なにか思い当たるような反応を見せ、怪訝な表情を浮かべる。
「珍しいな。コウがこんな話に乗ってくるなんて。まさか、お前も会ったことがあるのか?」
「いや、俺は……」
そんな少年の反応に気付いた茶髪の男子生徒が、珍しいこともあるものだと言った表情で尋ねる。
茶髪の男子生徒の名前は、伊吹凌太。
緑髪の線の細い小柄な男子生徒は、小日向純。
二人とも杜宮学園に通う二年生で、黒髪の少年――時坂洸の友人だった。
「お前は良いよな。可愛い幼馴染みがいるから余裕綽々で。しかも最近は、あのリオンと仲良くしてるって話じゃねえか! 一体、なにをやったら、そんなことになるんだよ! こんちくしょうめ!」
血の涙を流す勢いで怨嗟の言葉を叫ぶ友人に、コウは少し引いた様子で後退る。
はは……と、ジュンも戸惑いを隠せない様子で苦笑いを浮かべていた。
「はあ……ここは教室よ? 少しは静かになさい。みんな引いているわよ」
「う、委員長……」
亜麻色の髪の女生徒に窘められ、バツの悪そうな表情を浮かべるリョウタ。
委員長と呼んだ女生徒に苦手意識があるのは、その反応を見れば分かる。
「柊か。どうかしたのか?」
「時坂くんに用事があってね。悪いんだけど、放課後は残ってくれるかしら? 今日はバイトないのでしょ?」
「なんで、それを知って……はあ、もういい。よくわからんが、付き合えばいいんだな」
「ええ、よろしくお願いするわ」
それだけを言うと、女生徒――柊明日香はクラスメイトに呼ばれて戻っていく。
そんなアスカの背中を、やれやれと見送るコウの横で――
「こんちくしょうめ!」
悔しげな表情で、リョウタが再び怨嗟の声を上げるのだった。
◆
「……は?」
扉を開けて教室に足を踏み入れるなり、呆然とした声を漏らすコウ。
放課後、アスカの案内で向かった教室には、見覚えのある顔があったからだ。
奥の席にいるのは、生徒会長の北都美月だ。
杜宮学園に通う生徒であれば、彼女のことを知らない者はいない。
そして、クラスでも話題に挙がっていたリオン――久我山璃音の姿もあった。
「あ、コウくんも呼ばれたんだね。こっちの席が空いているよ」
コウの姿を見つけ、自分の隣の席を勧めるリオン。笑顔のリオンを見て、友人の顔がコウの頭を過る。
リョウタが血涙を流していたのは、彼が〈SPiKA〉の熱狂的なファンだからだ。
自分の応援するアイドルが「コウくん」と親しげに親友の名前を呼んでいれば、怨嗟の一つも叫びたくなるのは無理もない。
だからコウとしては、リオンに名前で呼ばれるのは複雑な心境なのだろう。
それでも邪険にせず普通に接しているのは優しさと言うべきか、単にヘタレなだけか。
いずれにしても、また厄介事の予感をコウがヒシヒシと感じていると、
「よく来てくださいました。時坂くん」
「え、いや……俺は柊に呼ばれて……」
ミツキに声を掛けられ、どういうことだとコウはアスカを睨み付ける。
そんなコウの視線をスルーして、ミツキの隣の席に腰掛けるアスカ。
そして、
「時坂くんも座ったら? かわいい彼女さんの隣が空いているわよ」
棘のある言葉で着席を促す。
反論しそうになるも、ぐっと言葉を呑み込みながらリオンの隣に座るコウ。
言葉で勝てる気はしないし、この手の話題は自分の方が不利だと悟ったのだろう。
「今日ここに来て頂いたのは、お二人に部活動の説明をするためです」
全員が着席したのを確認して、ミツキは早速本題に入る。
クラブと聞いて、首を傾げる二人。
コウはアルバイト。リオンはアイドルの活動があるため、部活動には参加していない。
だからクラブの勧誘と言うのなら分からなくもないのだが、
「説明? なんか、入ることが決まっているみたいな言い方ですけど……」
「はい。申し訳ありませんが、拒否権はありません。お二人には新たに発足するクラブ――Xanadu Research Club。通称〈X.R.C〉に所属して頂きます。私と柊さんも同様に、このクラブのメンバーになることが決まっています」
ミツキがなにを言っているのか分からず、困惑するリオン。
部活動と言うのは任意のはずだ。この学校の校風は自由で、生徒の自主性を重んじていて、それもあってリオンも杜宮学園を選んだのだから――
強制される理由はないはずなのだが、ミツキの言葉には反論を許さない強制力があった。
「ザナドゥ?」
そんななか、コウが疑問を挟む。
聞き慣れない言葉が、妙に引っ掛かったのだろう。
「XANADU……ネメシスの創始者が命名した〈迷宮〉の呼び名よ」
明日葉の口にした『迷宮』という言葉を耳にして、コウとリオンの表情が険しくなる。
一ヶ月前にあった事件のことが頭を過ったからだ。
異界や怪異について、リオンもミツキから説明を受けていた。
天使の力に目覚めたことで記憶消去の術が効かなかったと言うのも理由にあるが、また利用されて天使の力が暴走しないとも限らないため、味方に引き込んで力の使い方を学ばせた方がいいとリィンからアドバイスを受けたためだ。
そんな話を聞かされれば、このクラブの目的を察するのは難しくなかった。
「理想郷や桃源郷の意味で使われる言葉でもありますが、裏の世界では異界の迷宮の通称として用いられています。ここまで言えば、お分かり頂けますよね?」
「……異界を調査することを目的としたクラブ」
ミツキの問いに、コウは頭に過った考えを口にする。
そんなコウの答えに満足した様子で頷きながらも、ミツキは――
「はい。表向きは――」
表向きは、と付け加える。
それだけが、二人を誘った理由ではないからだ。
「本当の目的は、二人を保護するためよ。所属がはっきりとしていない状態だと、狙われるリスクが高い。なんの力も持たない一般人なら放って置いても問題にならないけど、あなたたちの場合は特殊だから――」
適合者――〈ソウルデヴァイス〉にコウは覚醒している。
そして、リオンもまた天使憑きという特殊な症例を患っている。
適合者であれば戦力になるし、天使憑きも研究したいと考える組織が他に出て来ても不思議ではない。
だからこそ、このまま二人を放置できないとアスカは説明する。
「これは、お二人の身の安全を確保するためでもあります」
どうか納得してください、とミツキは頭を下げる。
そんなミツキの真摯な態度にコウとリオンは顔を見合わせ、しぶしぶと言った様子で頷く。
自分たちのために骨を折ってくれたのだと言うことは察せられるからだ。
断ったところで、またあんなことがあったら自分たちの力だけで解決できると考えるほど蛮勇ではないのだろう。
「納得していただけたようで何よりです。これでメンバーは五人。クラブの申請に必要な人数が揃いました」
「五人?」
教室を見渡し、人数を確認して首を傾げるリオン。
アスカ、ミツキ、コウ、リオン。何度数えても、四人しかいなかったからだ。
「最後の一人は……」
「私よ!」
ミツキが最後の一人を紹介しようと名前を口に仕掛けた、その時だった。
教室の扉が勢いよく開き、そこから杜宮学園の制服を着た明るい髪の少女が姿を見せる。
腰元まで伸びた波打つ長い髪。
猫のように釣り上がった目と、気の強そうな堂々とした佇まい。
それを見たリオンは席を立ち、開け放たれた扉に人差し指を向けてワナワナと肩を震わせながら、
「レイカ! どうして、ここに!?」
少女の名を叫ぶのだった。
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