「まさか、レイカが転校してくるなんて……」
「私だけじゃないわよ?」
「……え?」
「マネから聞いてないの? ハルカも週明けから転校してくる予定よ。ワカバとアキラは夏休み明けになるって話だけど」
「え? え?」

 初耳だと言わんばかりの表情で困惑するリオン。
 レイカだけでなく、まさか〈SPiKA〉のメンバーが全員、自分の通う学校に転校してくるとは思っていなかったのだろう。
 杜宮市内に住んでいるのはリオンだけで、他のメンバーは事務所が用意した〈朱坂(あかさか)〉のマンションで共同生活を行っているからだ。

「公式発表はまだですが、北都が〈SPiKA〉の全面的なバックアップを行うことになりました」

 リオンの疑問にレイカではなくミツキが答える。
 発表はもう少し先になるが、〈SPiKA〉の所属する事務所が正式に北都グループの傘下に組み込まれることになったのだそうだ。
 それに伴い、事務所も〈朱坂〉から〈杜宮市〉に移し、レイカ以外のメンバーも引っ越しが決まったのだと説明する。

「それって……」
「はい。念のためではありますが、皆さんの安全を確保するためです」

 今回の事件で狙われたのはリオンだが、関係者も安全と言う訳ではない。
 リオンに言うことを聞かせるために、周りの人間を人質に使うと言う可能性がゼロではないからだ。
 だから関係者を一箇所に集め、密かに護衛をつけることにしたのだろう。
 それに――

「こいつは放って置くと、なにをするか分からないからな」

 扉の前に立つレイカの頭に後ろから手を置き、黒いスーツに身を包んだ灰髪の男性が会話に割って入ってくる。
 リィン・クラウゼル。〈暁の旅団〉の団長にして、いまは〈さんさんロード〉に事務所を構える解決事務所――裏解決屋の所長だ。

「リ、リィン!?」

 顔を真っ赤にして慌てふためくレイカを見て、リオンは目を丸くする。
 こんなレイカを見るのは、はじめてだったからだ。
 レイカは自他共に厳しい性格をしていることもあって、簡単に他人に気を許すようなことはない。
 同じグループのメンバーであっても仲間であると同時にライバルだと言って、気を抜かないのがレイカという少女だった。
 そのレイカが年上の男性に窘められ、年相応の少女のような反応を見せるなんて、養成所の頃から何年も付き合いのあるリオンからすれば信じられない光景だったのだろう。

「男の家まで押しかけてきた奴が、なにをこのくらいで照れてるんだ?」
「そ、それとこれは別というか……もう! そういうことをリオンのいる前でしないでって言ってるの!」
「二人きりの時ならいいのか?」
「――!!???」

 手のひらで転がされるレイカと言う貴重なものを見せられてリオンが呆然としていると、

「リィン、レイカで遊ぶのはその辺にして先に教室の中に入らない? 折角まいたのに、また囲まれちゃうよ」

 そう言って、入り口で話をする二人を教室の奥へと押し込んだのは、スラリとした銀髪の美女だった。
 腰元まで届く銀色の髪。翡翠の瞳。百六十五センチあるレイカよりも背丈があり、ジーンズにノースリープの黒シャツの上から青いジャケットを羽織っている。
 シズナ・レム・ミスルギ。東方に名を轟かせる猟兵団〈斑鳩〉の副長にして、リィンが所長を務める裏解決屋のメンバーでもあった。

「遊ぶって……やっぱり、からかってたのね!」
「ほら、レイカも話を蒸し返さない。怒る気持ちは分かるけど、話が進まないから後にしよ。そういうのは、夜にベッドの上でね」
「ベ……!?」

 シズナの言葉に驚きの声を上げて反応したのは、レイカではなくリオンだった。
 顔を真っ赤にして固まるリオンに気付き、誤解を解こうと弁明するレイカだが、

「ち、違うのよ! リオン! まだ、リィンとは、そういう仲じゃ――」
「……まだ?」

 墓穴を掘ったことに気付き、リオンと同じように顔を赤くして固まる。
 そんなカオスな状況に「なにやってるのよ……」とアスカは呆れ、

「俺、帰ってもいいか?」

 コウはこの場から立ち去りたい衝動に駆られるのだった。


  ◆


「自己紹介は不要だと思うが、リィン・クラウゼルだ。臨時講師をすることになった。担当は〈体育〉だ」
「シズナ・レム・ミスルギ。私は〈X.R.C〉の外部顧問を担当するよ。表向きは〈北都〉の研究員って肩書きだから、そこのところよろしくね」

 二人の自己紹介を聞き、「マジかよ……」と困惑した表情で呟くコウ。
 部活動と言うくらいだから顧問が必要なのは分かるが、まさかリィンとシズナまで杜宮学園に赴任してくるとは思っていなかったのだろう。

「アンタ、教員免許なんて持っているのか?」
「持っている訳がないだろう。だから九重の爺さんの紹介と言うことで、特別非常勤で雇ってもらうことになった。それに、この学校には北都の資本が入っているからな」

 非常勤の講師を一人ねじ込むくらい訳がないと話すリィンの視線に気付き、ミツキは苦笑を漏らしながら頷き返す。
 特別非常勤と言うのは、教員免許が不要な講師のことだ。
 アスリートや研究者など特定の分野で優れた知識や経験を持つ人材を教師として採用する制度で、リィンの場合は九重宗介の紹介と〈北都〉の後ろ盾もあって、臨時講師として雇ってもらえることになったのだと説明する。
 シズナは講師ではないが、部活動の外部顧問という扱いで学校への出入りが許可されているとの話だった。
 これも北都の力を用いたのだと察せられる。
 しかし、

「祖父ちゃんも関わってるのか……。教師に推薦って、相変わらず顔が広いと言うか」

 何者なんだよ。うちの祖父ちゃんは……と、コウは頭を抱える。
 少し顔が利くと言うレベルを超えていることから、祖父も裏の人間なのではないかと内心では疑っているのだろう。

「コウくんのお祖父さんって、何者?」
「俺が知りたいくらいだ。本人に聞いても、はぐらかされるだけだしな……」

 リオンでさえ、疑問に思うくらいなのだ。当然コウも祖父に尋ねたことがある。
 しかし、はぐらかされるだけで、望んでいる答えが返って来ることはなかった。
 それだけに考えても無駄と諦め、祖父のことは頭の片隅に置いてコウは質問を続ける。

「アンタは顧問じゃないのか?」
「俺も一緒に行動することはあると思うが、基本的にはシズナに任せるつもりだ。爺さんから頼まれた仕事もあるからな」
「祖父ちゃんから頼まれた仕事?」
「ああ、空手部の指導をすることになった」

 杜宮学園は学業だけでなく部活動にも力を入れていることで知られている学校だ。
 全国に出場するような選手も輩出しており、空手部も過去に何度か全国出場を果たしていた。
 しかし、部活動に力を入れていると言っても全国から有望な選手を勧誘して集めている強豪校と違い、自由な校風が売りの学校だ。
 部活動に力を入れている生徒もいれば、アルバイトや他のことに熱心な生徒も少なくない。
 そのため、最近は部活動の成績が振るわないらしく、学園からの相談を受けていた宗介から空手部を鍛えてやって欲しいと頼まれたのだと、リィンは説明する。

「空手部って……」

 知り合いの顔が頭を過り、複雑な表情を滲ませるコウ。
 しかも、よりによって自分の祖父がリィンに指導を頼んだと聞けば、頭を抱えるのも無理はなかった。
 リィンの非常識な強さは、よく知っているからだ。

「そんな頼みを、アンタもよく引き受ける気になったな」
「報酬は既に受け取っている。爺さんには、手合わせがてら九重の技を見せて(・・・)もらったからな」

 いつの間にそんなことを……と呆れながらも、コウはリィンの言葉を訝しむ。
 まるで九重流の技を見て盗んだと言っているようにも聞こえたからだ。
 古流武術の流れを汲む九重流柔術が一朝一夕に身に付けられる武術でないと言うことは、幼い頃から道場に通ってきたコウ自身が一番よく分かっている。
 見て覚えると言うのは口にするのは容易いが、簡単なことではない。
 まさかな……と、コウが嫌な予感を覚えながら考えごとに耽っていると、

「明日から、早朝と放課後は武道場に顔をだせ」

 リィンにそんなことを言われ、コウは「は?」と目を丸くする。
 空手部に所属している訳でもないし、コウは帰宅部だ。
 アルバイトがあるから基本的に部活には参加していなかった。
 なのに、どうしてと疑問に思ったのだろう。

「いや、俺は空手部って訳じゃ……」
「たまに参加してるって聞いたぞ?」
「それは稽古の相手を頼まれることがあって、助っ人と言うか、アルバイトの一環みたいなもので……」
「なら、これからは毎日、練習に参加しろ」
「え……でも、俺はバイトが……」
「心配するな。バイト先には話を付けてある」

 いつの間に――と、リィンの根回しの良さに驚くコウ。
 アスカが視線を逸らすように横を向いていることから、コウは大凡の事情を察する。
 どうして空手部の稽古に参加していることをリィンが知っているのかと思ったが、アスカが情報を提供したのだと察したからだ。
 
「強く、なりたいんだろう?」

 踏ん切りが付かない様子のコウを見て、リィンは挑発するように尋ねる。
 適格者になったと言っても、コウはソウルデヴァイスに目覚めたばかりで、その力を使いこなせていない。はっきりと言ってしまえば、いまのコウは足手纏いでしかなかった。
 こうやって〈X.R.C〉のメンバーに選ばれたが、それはリオンやレイカと同じ保護対象としか見られていないと言うことだ。
 執行者となるべく幼い頃から英才教育を受けてきたアスカとでは、積み重ねてきたものが違うのだから当然だった。
 いまのままでは、守られるだけの存在に過ぎない。アスカとの差は開く一方だと言う自覚はコウにもあるのだろう。
 リィンの言葉が胸に突き刺さったようで、悔しげな表情を浮かべている。

「そう悲観するな。幼い頃から武術の鍛練は欠かさずに続けてきたんだろう?」

 リィンの言うとおり、鍛練を欠かしたことはない。
 ずっと裏の仕事に――異界に関わることを目標に努力を続けてきた。
 アスカには諦めろと否定されたが、認めさせるために幼い頃から祖父の道場に通い、腕を磨いてきたのだ。
 そんなコウの努力をリィンも認めていた。
 努力をしても結果が実らず、認めて欲しい人に認めてもらえない。そんな経験がリィンにもあるからだ。
 だからソウスケの話を引き受けた。これは、ちょっとしたお節介でもあった。

「アンタ、まさか……」
「爺さんからの伝言だ。この先も()に関わるつもりなら、俺から一本取ってみせろとさ」

 そう言ってニヤリと笑うリィンを見て、コウは顔を青くし、この先に待ち受ける試練を察するのだった。



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