「リィン、なんか楽しそうだね」

 リィンの機嫌が良いことを察して、尋ねるシズナ。
 そして、ふと思い当たることがあり、

「コウのこと?」

 コウの名前を口にする。
 最後の方を少し見た程度だが、リィンとコウの手合わせはシズナも目にしていたからだ。
 実力的にはまだまだだが、コウが最後に仕掛けた攻撃は光るものがあった。
 相手がリィンでなければ、確実に一本を取れていただろう。

「半分正解だな」

 そんなシズナの考えを、リィンは素直に肯定する。
 この一週間。ソウスケに頼まれてコウの稽古に付き合ってきたが、思っていたよりも成長が早いと感心していたからだ。
 短期間で一足飛びに強くなる方法などないが、コウの場合は幼い頃から積み重ねてきた武術がある。
 九重流柔術――物心がついた頃から道場に通い、祖父のもとで修練に励んできたのだ。
 本人はまだ自覚がないようだがリィンと手合わせを重ねる内に、彼の中に眠る才能が少しずつ開花しようとしていた。

戦術導力器(オーブメント)の身体強化抜きとはいえ、二割の力についてきているからな」
「へえ……それは凄いね」

 リィンの話に、感心した様子でシズナは驚く。
 身体強化抜きでも今のリィンであれば、並の猟兵や遊撃士では相手にならないほどの実力がある。
 武器も使用しておらず手加減をした状態とはいえ、そのリィンに食らいつくほどの実力があると言うことに驚いたのだ。
 それだけの力があるのならソウルデヴァイスを使えば、エルダーグリードくらいは一人で倒せるかもしれないとシズナは考える。

「でも、半分ってどういうこと?」

 想像以上にコウが強くなっていることは分かった。
 しかし、コウの件が半分なら、もう半分はどういうことなのかとシズナは尋ねる。

「爺さんからの頼まれ事はもう一つあってな。空手部に所属するコウの妹弟子を気に掛けてやって欲しいと頼まれたんだが、やっぱりあの爺さんは食えないな」
「うん? それって……」
「ああ、戦闘センスや技の吸収力。純粋に才能だけで言うならコウよりも上だな」

 リィンが半分と言ったのは、ソラのこともあったからだ。
 郁島空。コウの妹弟子にして、郁島流の継承者だ。
 コウは特別優れた才能がある訳ではない。どちらかと言えば、リィンに近いタイプだった。
 猟兵としての才能に、リィンはそれほど恵まれている訳ではなかった。
 シャーリィのように天賦の戦闘センスを持っている訳でも、フィーのように器用な訳でもない。
 どちらかと言えば、導力魔法(アーツ)戦技(クラフト)も満足に使えない落ちこぼれで、幼い頃は団の足手纏いになっていたのだ。
 だからこそ自分にしかない武器――異能を磨いてきた。
 強くなるために、なんでも手をだしてきた。
 リィンがなんでも出来るように見えるのは、そうした幼い頃の努力があってこそだ。
 そう言う意味で、コウはリィンに近い。
 アスカのような才能がある訳でもなく、ミツキのような英才教育を施された訳でもない。
 ソウルデヴァイスに目覚めるまでは、少しばかり裏の事情を知っていると言うだけの一般人(・・・)に過ぎなかったのだ。
 自分に才能やセンスがないことは、コウ自身も自覚しているのだろう。
 だから出来ることはなんでもやり、がむしゃらに知識と技術を追い求めてきた。
 クラブにも所属せず放課後に続けてきたアルバイトも、その一環なのだろう。 
 一方で、ソラはコウにないのものをほとんど持っている。
 格闘センスや技の吸収の早さはコウと比較にならない。段違いと言っていい。まさに天賦の才だ。
 リィンの機嫌が良さそうに見えたのは、コウとソラの関係が幼い頃の自分とフィーに重なって見えて、懐かしく思えたからだ。
 そう言う意味でも、コウには期待しているのだろう。
 才能はないかもしれないが、強くなるために必要なものを彼は持っている。
 もしかしたら予想もしない化け方をするかもしれない。そう、リィンは考えていた。

「それより、そっちはどうなんだ?」
「ミツキとアスカのこと? 強くなってるよ」

 リィンがコウとソラの世話を焼いている間、シズナもミツキとアスカの訓練を見ていた。
 訓練と言っても、シズナはリィンと違って指導するのは得意ではない。
 どちらかと言えば彼女も天才タイプで、人に教えることが得意ではないからだ。
 だからシズナがやっていることは、実戦の中で鍛えると言ったものだった。
 毎晩のように、二人を迷宮に連れ回しているのだ。

「でも、いまのままだと急成長は見込めないかな」
「まあ、それは仕方がないだろう」

 コウと違って、ミツキとアスカは既に完成していると言ってもいい。
 訓練などで身に付けられる実力は、既に限界近くに達していた。
 あとは実戦の中で実力を磨いていくしかないが、いまの彼女たちの実力であれば並の怪異では相手にならない。
 殻を破るのであれば、より強い敵と戦い、死線を乗り越えるしかない。
 リィンとシズナの強さの秘密がそこにある。二人は幼い頃から戦場を経験し、数多の死地を乗り越えてきた。
 人の命が軽い世界で、強くならなければ簡単に死を迎えるそんな場所で、これまで生き残ってきたのだ。
 血肉とした戦場の数だけ、猟兵は強くなる。リィンとシズナの強さの秘密は、まさにそこにあった。
 異界に侵食を受けているとはいえ、この世界はリィンやシズナが生まれ育った世界と比べれば、まだ平和だ。
 戦争がない訳ではないが、少なくともこの国では半世紀以上そう言った争いは起きていない。
 異界は災害のようなもので、本来はこれほど頻繁に発生するものでないことを考えると、生きるために強くなるしかなかったリィンやシズナと違い、この世界では死線を体験すること事態が稀なことだった。
 生きるために強くなるしかなかった二人と比べれば、積み重ねてきたものに差が生じるのは必然だ。

「この間の怪異みたいなのが、でてくれたらいいんだけどね」

 無茶苦茶なことを言っているように思えるが、そう言った相手と剣を交えるのが強くなるには手っ取り早いことをシズナは知っていた。
 死と隣り合わせのギリギリの戦いでしか、身につかない強さがあることをよく知っているからだ。 

「無茶を言わないでください。神話級のグリムグリードがそんな頻繁に出現したら、この国が滅びます」

 そんなリィンとシズナの会話に、呆れた様子でツッコミを入れたのはミツキだった。

「通常のグリムグリードでも、街が滅びるかどうかと言った脅威ですものね……」

 ミツキの話に同意し、溜め息を漏らすアスカ。
 彼女の言うように通常のグリムグリードでも、本来は組織をあげて対応に当たる脅威だ。
 ネメシスの執行者と言えど、一人で討伐できる者はそうはいない。
 最悪の場合、街が一つ滅びても不思議ではないほど危険な存在だった。
 いまリィンたちは、ミツキの用意したリムジンで目的地(・・・)に向かっていた。
 レイカの姿がないのは、今日はアイドルの仕事で午後から学校を早退したためだ。
 当然リオンも一緒で、護衛にはミツキが手配したゾディアックの精鋭が付いていた。
 それをリィンが了承したのは、これから向かう先に理由があった。

「見えてきました。あれが、国防軍(・・・)の基地です」

 郊外を進む車の中から金網に囲われた物々しい雰囲気の施設が見えてくる。
 あれこそ、国防軍の基地。リィンたちの目的地だった。


  ◆


 案内された場所で待っていたのは、将校と思しき軍服の男たちだった。
 銃で武装した兵士が部屋の外と中に控えているのを察して、

「話し合いと聞いていたが、随分と物々しい出迎えだな」

 鼻で笑い、リィンは挑発する。
 そんなリィンの態度に顔を顰め、一部の軍人が「傭兵風情が調子に乗るな!」と声を荒げる中――

「よせ!」

 それを制したのは、一番奥の席に座る将校だった。
 歳はミツキやコウの祖父と同じくらいと言ったところだろうか?
 制服越しにも分かる鍛え上げられた肉体に、鋭い眼光。
 まるで(いわお)のような人物で、佇まいからも只者では無いことが察せられる。

「部下が失礼をした」

 上官が頭を下げたことで何も言えず、会議室にいる軍人たちは憎々しげな視線をリィンに向ける。
 だが、そんな視線さえもリィンは涼しい顔で受け流す。
 隣に控えているシズナも、まったく気にしている様子はなかった。
 どちらか言えば、ハラハラとしているのはミツキとアスカの二人だ。
 レイカたちを連れて来なかったのはこれが理由で、最悪の場合は軍と一戦を交える可能性もあると考えていたからだ。
 しかし、

「それに、先日の件についても謝罪を受けて欲しい」

 もう一度、深々と頭を下げる上官の姿を見て、軍人たちの間に動揺が走る。
 目を見開いて、驚いているのはミツキとアスカも同様だった。
 まさか軍のトップに立つ人物が、素性の知れない傭兵(・・)に頭を下げるとは思っていなかったからだ。
 彼こそ、国防軍のトップ。現在の統合幕僚長。
 十年前に異界専門の特殊部隊――対零号特戦部隊(タスクフォース・ゼロ)の設立を主導した人物だった。




後書き
 原作に登場した軍人と言うと佐伯ゴロウと特戦部隊くらいですが、リィンたちが絡んでいる以上は国も上の人間が出て来ざるを得ないと考え、国防軍のトップに登場して頂きました。
 ゴロウ先生は、特務三佐ですしね。
 国の運命を左右する決定をくだすには、立場的には弱いかなと。



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