「自己紹介がまだだったな。陸将の風間だ」
「リィン・クラウゼルだ」
「シズナ・レム・ミスルギ」
あらためて挨拶を交わす。
カザマと名乗った男こそ、陸軍のトップにして国防軍の最高責任者。
現在の統合幕僚長だった。
「よかったのか? 他の連中を退出させて」
カザマ以外に数人の部下が残っているが、ほとんどは退出させられていた。
退出させられたのは、全員がリィンを睨み付けていた者たちだ。
同席させた以上、それなりに地位のある者たちだろう。
それを退席させても大丈夫なのかと、リィンは尋ねる。
「問題ない。彼等がいては話し合いが進まないからな」
そんなカザマの回答に、なるほどなとリィンは納得した様子で頷く。
「俺たちを利用したな?」
退出させられたなかに先日の事件に関与していた者がいるのだと、カザマの態度から察したからだ。
こうなることが分かっていて、出席させたのだろう。
狙いは恐らく――
「暴発させるのが狙いか。となると、北都もこの件に関わっているな」
処分できるのであれば、とっくに対応しているはずだ。
しかし、それが出来ていないと言うことは、明確な証拠もないのだろう。
だから会議に参加させることで、暴発を誘ったのだとリィンは察したのだ。
この件に北都が関わっていると考えたのは、この話を持って来たのが北都の会長だったからだ。
それもゾディアックの精鋭を、レイカたちの護衛に付けるという申し出付きで。
なら、この先の展開も予想できる。
「キミたちには迷惑を掛ける。だが、十分な報酬は約束するつもりだ」
そう言って頭を下げるカザマを見て、猟兵の扱いを心得ていることにリィンは驚く。
報酬の話を先にだしたのは、問答無用で断られないようにするためだろう。
実際、迷惑を掛けられた上に、タダ働きをするつもりはなかった。
もし、そういう考えでいるのなら、さっさと話を打ち切って帰るつもりでいたのだ。
「セイジュウロウの入れ知恵か?」
「敵わんな。聞いていたとおりだ」
やっぱりなと、リィンは少し呆れた様子で肩をすくめる。
北都が関わっていると言う時点で、この筋書きを描いた人物に察しを付けていたからだ。
やっぱり、あの爺さんも食えないなと内心で溜め息を吐く。
「セイジュウロウからは、キミたちについて幾つか聞いている。例えば、この世界の人間ではないとか」
場の空気が凍り付く。
リィンとシズナは相変わらず無反応だが、ミツキとアスカは違っていた。
特に目を瞠り、明らかに狼狽しているのはミツキだ。
まさか、自分の祖父がそこまでの情報を国防軍に開示しているとは思っていなかったからだ。
最悪、リィンたちとの信頼関係を壊しかねない情報の漏洩だと考えたのだろう。
「ミツキ。お前は、もう少し腹芸を覚えた方がいい」
「アスカも、動揺を顔に出すようじゃ二流だよ?」
そんな二人を、リィンとシズナが嗜める。
そうやって態度に出すと言うことは、認めているようなものだからだ。
相手がカマを掛けただけだった場合、自分たちから情報を与えるようなものだ。
こんな失態は、ミュゼやアルフィン辺りなら絶対にしないだろうとリィンは考えていた。
そう言う意味で、やはりミツキは経験の浅さが見て取れる。
「そう警戒しないで欲しい。キミたちが、この世界の人間でないと知っているのは、ここにいる者たちと大臣だけだ。総理には話が通っていると思うが、できるだけ広めないようにと情報統制は敷いてある」
最小限の人数しか情報を共有していないことを強調し、情報を広めるつもりはないと言うことをカザマは説明する。
騒ぎになれば、リィンたちがこの国を出て行く可能性が高いと理解しているからだろう。
それに神話級のグリムグリードを倒せるような戦力を、他国に追いやるのは国益を損ねることになるとカザマは考えていた。
自分たちだけで対処できるのであればいいが、それだけの力が今の国防軍にはないことが分かっているからだ。
「取り敢えず、これを渡しておこう。キミたちの身分証だ」
そう言ってカザマが差し出したのは、リィンとシズナの顔写真入りの身分証だった。
いつの間にそんなものを作ったのかと呆れながらも受け取った身分証を見て、リィンは報酬の中身を察する。
ただの在留証明書ではなく、永住資格証だったからだ。
「国が俺たちの身分を保証してくれるって訳だ」
「不法滞在状態だったしね」
軍のトップの前だと言うのに少しも悪びれる様子もなく、堂々と不法滞在を自白するシズナ。
異世界人だとバレている以上、隠しても意味がないと思っているのだろうが、ミツキとアスカは気が気ではなかった。
顔にだすなと言われても、この状況で動揺しない方がおかしい。
「で? これだけじゃないんだろう」
「当然だ。軍から直接と言う訳にはいかないが、ゾディアックを通して今回の迷惑料と相応の報酬が支払われるように話は付いている」
リィンたちとの交渉の仕方を、カザマはセイジュウロウから聞いていた。
協力を得たいのであれば、彼等の流儀に沿うしかないと――
リィンは猟兵であることに誇りを持っている。
だからこそ、ちゃんとした対価が支払われるのであれば、無碍にはしない。
仕事を請けるかは相手次第だが、依頼であれば話し合いに応じるのがリィンのスタンスだからだ。
「どうやら、本当に怪異ではないようだな」
リィンとシズナの反応を見て、そんなことを口にするカザマ。
まさか、そう来るとは思っていなかったのか?
クツクツと、リィンは面白そうに笑う。
「そんなことを気にしてたのか?」
「十年前の大災厄の元凶となったグリードを倒し、軍の精鋭をたった二人で制圧したと言う話だけでも信じがたいと言うのに、異世界人だからな。それだけの力を持った人間がいると聞いて、疑うなと言う方が無理があるだろう」
そりゃそうだ、とカザマの話にリィンは納得する。
いまのところ現れていないだけで、人間の言葉を交わす怪異がいても不思議ではない。
実際、〈異界の子〉と呼ばれる存在がいることは確認されているのだ。
異世界人であることを証明しろと言われても困るが、怪異と関係がないと言うことを証明する手立てもリィンたちは持っていなかった。
「それで? 異世界人だと信じてもらえたと言うことでいいのか?」
「概ねな。少なくとも、会話が出来ると言うのは大きな意味を持つ。言葉が通じない相手とは、交渉もできないからな」
「正論だ。アンタとは、長い付き合いになりそうだ」
それは、リィンがカザマのことを認めたと言うことでもあった。
この国をでたところで、向かった先でも同じことが起きないとは限らない。
リィンたちの力を知れば、誰もが自分たちの国や組織に取り込もうと動くだろう。
その都度、撃退していては敵を作るばかりだ。そのため、ある程度の妥協は必要だとリィンも考えていた。
セイジュウロウのように一定の距離を置いて交渉の出来る相手であれば、話し合いに応じるつもりではいたのだ。
この国や軍を信用した訳ではないが、少なくとも目の前の男――カザマに関しては一定の信用が置けると、リィンは判断したのだろう。
とはいえ、
「暴発させて一網打尽にするつもりなんだろうが、ああいう連中は予想だにしない行動にでることがある」
ある程度はカザマのことを認めつつも、リィンは忠告を口にする。
カザマが考えている以上に、根の深い問題だと察したからだ。
「殺気が漏れてたもんね。あの様子だと、今晩あたり仕掛けてくるんじゃないかな?」
シズナの話に、まさかと言った表情で目を瞠るカザマ。
動揺しているのはカザマだけでなく、彼の側近たちも同じだった。
軍は規律を重んじる。幾らリィンが気に食わないと言っても、いきなりそんな行動にでるとは思っていなかったのだろう。
「国が身分を保証してくれると言っても、俺たちがこの国の人間でないことは事実だしな」
「少しくらい強引な手を使っても、誤魔化しがきくと思ってそうだよね。あの手の連中は、行動パターンが読みやすいから楽でいいけど」
あの手の視線を向けられることや、こう言った連中の扱いにリィンとシズナは慣れていた。
猟兵如きと侮って報酬を出し渋ったり、味方に背中を撃たれるなんてことも戦場では日常茶飯事だからだ。
そう言った連中と、先程まで会議室にいた者たちの視線はよく似ていた。
だからこそ、間違いなく仕掛けてくると察したのだろう。
「なら、護衛を――」
「必要ない。暴発することを望んでるんだろう?」
なら、むしろ好都合だろう?
と、口元を歪めるリィンを見て、カザマの背中に寒気が走る。
話には聞いていた。しかし、それでもまだ認識が甘かったことを理解したからだ。
(セイジュウロウが念を押してくるはずだ……)
なにがあろうと、絶対に彼等を敵に回すような真似だけはするな。
それが、セイジュウロウからのアドバイスだった。
組織を壊滅させ、国を滅亡させるほどの力を持った存在。
普通なら鼻で笑うところだが、実際にリィンたちと対峙したカザマには嘘や誇張だと思えなかった。
「わかった。ただ、出来るだけ死人をださないでくれると助かる」
後始末が面倒なのでな、と話すカザマに「了解した」とリィンは頷く。
皆殺しにするつもりは、最初からリィンもなかったのだろう。
ここがゼムリア大陸ではなく、日本と言うことを理解しているからだ。
ある程度は仕方がないにしても余りことを大きくしすぎれば、カザマでも庇い切れない。
良くも悪くも現代社会と言うのは、しがらみが大きいからだ。
民主主義の弊害と言っても良いだろう。
帝国のような貴族社会にも問題があるので、どちらが良いとも言い切れないのだが――
ただ、平和ボケした国の人々にそれを言ったところで無駄だとリィンは考えていた。
前世の記憶があるから、この国の人間に猟兵のやり方は受け入れられ難いと言うことを知っているからだ。
「最後にもう一人、紹介しておきたい人物がいる。これから、キミたちとの連絡役を担当してもらう者だ」
そう言って部下に指示をだし、外に待機させていた軍人を呼び寄せるカザマ。
外に兵士が呼びに行くと、すぐに二十代後半と言った軍服に身を包んだ眼鏡の男性が会議室に入ってきた。
その男性の顔を見て、ミツキとアスカは同時に目を瞠る。
「佐伯……先生?」
アスカの口から困惑の声が漏れる。
驚くのも無理はない。姿を見せた男性は、モデルのようなルックスに甘いマスクで女生徒から慕われる教師――
「対零号特戦部隊所属、特務三佐の佐伯吾郎だ。これから、よろしく頼むよ」
佐伯吾郎。杜宮学園の英語教師だった。
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