虚神の放つ一撃は、もはや攻撃というより天災に近かった。
 指先から放たれる光線は、大理石の床を容易く溶解させ、翼の羽ばたきは、空間そのものを切り裂く真空の刃を生み出す。
 シズナは、その嵐のような攻撃を、紙一重で見切りながら駆け抜ける。
 彼女の妖刀が虚神の腕を捉えるが、甲高い金属音と共に弾かれた。

「硬いな。強度はゼムリアストーン以上か」

 リィンもまた、ブレードライフルで光線を弾きながら、冷静に敵の能力を分析していた。
 二人はアイコンタクトだけで意思を疎通させる。
 シズナが陽動に徹し、虚神の注意を引きつける。その隙に、リィンは懐に潜り込み、闘気を込めたブレードライフルを叩き込む。
 二人の連携は完璧だった。
 だがヨアヒムは、その全てを予測しているかのように的確に対応する。
 七つの瞳が二人の動きを個別に捉え、最適な迎撃を繰り出してきた。

「どうです? 素晴らしい力でしょう! 未来予測。これこそが、神の力の一端。――さあ、見せてください。この危機を、どう乗り越えるのかを」

 狂喜の声を上げながら、ヨアヒムはさらに力を増大させるのだった。


  ◆


 もう一方の戦いもまた、絶望的だった。

「カズマ!目を覚ませ!」

 シオが大剣を振るう。だが、魔人カズマは、その一撃を片手で軽々と受け止めた。

「ぐっ……なんでだよ!」

 力が違う。先程までの魔人たちとは、比べ物にならない。
 カズマは無言のまま、シオを蹴り飛ばす。

「させない!」

 アスカが冷気でカズマの足を拘束し、ミツキが光の鎖でその動きを封じる。
 ユウキのビットが全方位からレーザーを放ち、牽制する。
 だが、カズマは咆哮一つで、その全てを吹き飛ばした。
 アスカたちの攻撃は、カズマに決定的なダメージを与えられずにいた。
 それどころか、カズマは戦いの中で彼らの動きを学習し、さらに強くなっていくようだった。 

「このままでは……!」

 ミツキが苦渋の表情で呟く。
 攻撃の機会を窺いながら、ジュンも歯がゆそうに戦況を見つめていた。
 アスカたちの前では余裕があるように振る舞っていたが、実際のところ彼も限界が近かったからだ。
 ここまで人質を守り続け、さらには転位の秘術まで使ったのだ。
 かなりの霊力を消耗しており、戦闘の継続も厳しい状況だった。
 絶望的な空気が場を支配する。
 その重苦しい空気を切り裂いたのは、リィンの一言だった。

「やっぱり、こんなものか。もう様子見はいいだろう――シズナ、合わせろ」
「了解」

 その一言で、戦場の空気が、変わった。


  ◆


 それまでヨアヒムの猛攻に防戦一方に見えたシズナの瞳に、狩人の鋭い光が宿る。
 彼女は刀を構え直し、深く、長く息を吸った。
 そして、

「神気合一」

 全身から黄金の闘気を放つ。

「茶番は終わりだ」

 リィンはアペイロンを天に掲げる。
 聖魔剣が彼の闘気に呼応し、刀身に黄金と漆黒のオーラが螺旋を描きながら収束していく。
 そして、

王者の法(アルス・マグナ)

 彼もまた力を解放した。
 抑えつけていた力を解き放つかのように――
 全ての力を解放し、聖魔剣へと収束させる。

「……その力は……!?」

 ヨアヒムが、初めて焦燥の声を上げる。
 リィンから放たれるプレッシャーは、先程までとは比較にならないほど強大で、神へと進化したはずの彼ですら圧倒されるほどのものだったからだ。
 シズナもまた、自らの闘気を極限まで高めていた。
 彼女の周囲の空間が、まるで陽炎のように揺らめき始める。
 黒神一刀流の奥義、そして八葉の理をも取り込んだ彼女の剣は、もはや人の領域を超えようとしていた。

「させるものかァァッ!」

 ヨアヒムが咆吼し、七つの瞳すべてから破滅の光線を放つ。
 空間を埋め尽くすほどの光の奔流が、リィンとシズナに襲いかかった。
 だが、

「閃技――洸凰剣」

 アペイロンから放たれた光の斬撃が、ヨアヒムの光線を真正面から切り裂く。
 二人の光が衝突し、凄まじいエネルギーの奔流が世界を蹂躙する。
 その爆風を切り裂いて、銀色の影が疾駆した。

「皇技――零月一閃」

 シズナの一太刀。
 それは、空間も時間も、因果さえも断ち切るかのような絶対の一撃。
 ヨアヒムの身を守る障壁が、まるで薄紙のように切り裂かれる。

「馬鹿な……!? 神の結界が……!」

 驚愕に目を見開くヨアヒム。
 未来予測を発動し、追撃を避けようとするが――

「なんだ、これは……」

 七つの瞳に映るそれぞれの未来は、絶望しかなかった。
 どう動いても待ち受けるのは、絶望的な未来。死が、目前に迫る中、ヨアヒムの思考が停止する。

黄金の剣(レーヴァティン)

 がら空きになったヨアヒムの胴体に、リィンの一撃が襲い掛かる。
 そして、

「ぐ……あああああっ……!」

 黄金の炎を纏ったアペイロンが、虚神の身体を内側から焼き尽くしていく。
 それは、ただの炎ではない。
 存在そのものを焼きつくさんと燃え盛る根源的な一撃だった。

「まさか、この私が……!」

 断末魔の叫びと共に、ヨアヒムの身体が崩壊していく。
 だが、その七つの瞳は最期の瞬間までリィンを見据え、歪んだ笑みを浮かべていた。

「クク……ですが、無駄です。あなたも、いずれ気付くことでしょう。その時こそ、我等の願いは……」

 意味深な言葉を残し、神を騙った狂気の研究者は光の粒子となって完全に消滅した。


  ◆


 もう一方の戦いもまた、佳境を迎えていた。

「カズマ! 目を覚ませ!」

 シオの叫びも虚しく、カズマの猛攻は止まらない。
 アスカ、ミツキ、ユウキ、そしてシオの四人は、満身創痍になりながらも必死に食らいついていた。
 その時、ジュンが叫んだ。

「動きをよく見ろ! まだだ! まだ完全に魔人化したわけじゃない!」

 ジュンの指摘に、全員がカズマの動きに集中する。
 確かに先程までの機械的なまでの完璧さは消え、その動きには微かな躊躇いや苦悶の色が見て取れた。
 彼の胸元、魔人化の力の源である赤いコアの輝きも、不安定に明滅している。

(まさか……!?)

 アスカは悟った。
 ヨアヒムの覚醒によって、再び魔人の因子が活性化しただけで、リィンが放った〈必滅の大槍(グングニル)〉の効果がなかったわけではないのだと――
 だとすれば、打つ手はある。

「一か八か、あのコアを破壊するしかないと思う」
「そんなことをしたらカズマは――」
「まだ、完全に魔人化していない今の状態なら、他の魔人のように消えることはないはずだ」

 躊躇うシオだったが、他に打つ手がないことをジュンは説明する。
 放って置けば、魔人化が進行し、それこそ元に戻せなくなってしまう。
 やるなら、いましかない。それは、シオにも伝わったのだろう。 

「わかった。だが、どうするつもりだ? 近付けないことには――」
「僕が動きを止める。その隙に、キミたちでコアを破壊してくれ」

 そう言って剣を構え、霊力を高めるジュン。
 危険を察知したのか、カズマがジュンに襲い掛かろうとするが、

「僕のことを忘れてもらっちゃ困るな!」
「ええ、ここは通しません!」

 ユウキとミツキが障壁を展開し、カズマの動きを止める。
 その隙に、ジュンが準備を完了させた。
 どこからともなく召喚した弓を構え、手にした剣を矢に見立てて放つ。

「ロストアルビオン!」

 極大の光の矢がカズマ目掛けて放たれる。
 だが、ジュンの狙いはカズマの命を奪うことではなかった。
 放たれた矢はカズマの足下に着弾し、眩い閃光と共に足場を崩す。
 そして、それよりも早く、アスカとシオが同時に駆け出していた。
 体勢を崩し、光で視界を奪われる中、カズマは最後の抵抗を見せる。
 全身から禍々しいオーラを噴出させ、ジュンの放った聖なる光を逆に呑み込んだのだ。
 アスカとシオの視界が、今度は逆に暗闇に閉ざされる。
 しかし、

「無駄よ」

 アスカはレイピアを構え、コア目掛けて突進する。
 確かに視界は封じられたが、彼女には、はっきりとカズマの位置が見えていた。
 鳴動するカズマのコアが、位置を報せてくれていたからだ。

「これで――」

 レイピアをコア目掛けて放つアスカ。
 しかし、カズマは最後の力を振り絞ってアスカに迎撃の爪を放った。
 そのアスカを庇うように、シオが前に躍り出た。

「うおおおおおおおっ!」

 彼は自らの身体を盾にしてカズマの爪を受け止め、その巨躯に組み付いて動きを完全に封じ込める。

「今だ、柊ィィィッ!」

 シオの背中を爪が深く抉る。だが、彼は決してカズマを離さなかった。
 その覚悟に応えるように、アスカはレイピアの切っ先をカズマの胸の赤いコアへと突き立てた。

「はあああああああっ!」

 甲高い破壊音と共に、コアが砕け散る。
 カズマの身体から力が抜け、禍々しいオーラが霧散していく。
 その瞬間、空間全体が激しく揺れ動いた。
 ヨアヒムが倒されたことで、パンデモニウムが崩壊を始めたのだ。

「急いで集まってください! 崩壊します!」

 ミツキが叫ぶ。
 シオが気を失ったカズマを背負い、アスカもその後に続き、ミツキとユウキが展開した結界の中に飛び込む。
 そして、ジュンがもしもの時のために用意してあった転位の術を発動しようとした直後――
 世界が白い光に包まれるのだった。



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