昼下がりの陽射しが差し込む事務所で、リィンはデスクに向かって書類仕事を進めていた。
 静かな室内には、紙をめくる音とペンの走る音だけが響いている。
 一区切りついてコーヒーに手を伸ばそうとしたその時、机の上に置かれていた携帯端末――サイフォンが短い着信音を鳴らした。
 画面に表示された名前に目を向け、リィンは通話ボタンを押す。

「俺だ。なにか用か? トワ(・・)
『リィンくん、いまちょっといい? あ、もしかして仕事中だった?』
「気にするな。そろそろ休憩を取ろうと思っていたところだ。それで、どうした?」
『ごめんなさい。実は、コーくんのことで聞きたいことがあって……』

 通信の先から聞こえてきたのは、ひどく取り乱した様子のトワの声だった。
 普段の冷静な彼女からは想像もつかないほど、声が震えている。

「コウがどうかしたのか?」
「コーくんが、今日学校を休んでいるの。お昼になっても姿を見せないから気になってサイフォンに連絡してみたんだけど、電源が入っていないみたいで繋がらなくて……リィンくん、何か聞いていない?」

 トワの問いかけに、リィンの表情がスッと引き締まった。
 コウが何の連絡もなく学校を無断欠席するなど、普段の彼からは考えられない。
 昨日の放課後のことが頭を過ぎる。リィンの直感が警鐘を鳴らしていた。

「いや、俺のところには連絡は来ていない。だが、俺の方でも心当たりをあたってみる。だから、いまは落ち着いてくれ。アイツなら心配は要らないさ」
「……ごめんなさい、取り乱しちゃって。コーくんのこと、よろしくお願いします」

 リィンはトワを落ち着かせて通信を切ると、すぐにミツキに連絡を取る。
 事態は一刻を争う可能性が高い。悠長に構えている時間はなかった。


  ◆


 放課後の杜宮学園。
 使われていない空き教室に設けられた〈X.R.C〉の部室。
 リィンとシズナが部室の扉を開けると、そこにはミツキだけでなくレイカが待ち構えていた。

「お前も来てたのか」
「廊下でミツキを見かけてね。アスカも早退したって聞いて、これは何かあると思ったのよ」

 そう言って胸を張るレイカに、呆れた眼差しを向けるリィン。
 巻き込まないように敢えて連絡しなかったというのに、また自分から厄介事に首を突っ込んでくるところに呆れたのだ。
 とはいえ、リィンも慣れたもので、言って素直に聞くような性格でないことも承知しているので、無視して話を進める。

「ミツキ、足取りは掴めたか?」

 リィンが尋ねると、ミツキは手元のサイフォンを操作し、部室のモニターに映像を映し出した。

「はい。市内の防犯カメラの映像を照合しました。これが昨日の夕方、商店街からレンガ通りへ向かう時坂くんの姿です」

 モニターには、夕日に照らされた道を歩くコウの姿がはっきりと映っていた。
 そして、そのすぐ隣にはソラの姿もある。
 だが、映像はレンガ通りの入り口付近で途切れ、それ以降、二人の姿を捉えたカメラは一つも存在しなかった。

「映像から確認できるのはここまでです。そして、先ほど学園の出欠状況も確認しましたが……郁島さんも、今日は学校を欠席しているみたいです」

 ミツキの報告に、レイカが深刻な表情を浮かべる。
 話を聞いて、真っ先に頭に浮かぶことがあったからだ。

「あの二人に限って、学校を休んでこっそりデートとかするようには見えないし……ねえ、リィン。これって……」
「ああ、十中八九、異界絡みの事件だ」

 リィンは腕を組み、重々しく頷いた。
 二人同時に忽然と姿を消し、防犯カメラにも一切映っていない。
 状況から考えれば、異界絡みの事件と考えるのが妥当だろう。

「となると、やっぱりあのチアキって子が怪しいかな? あの子は今日、学校に来てるの?」

 壁に寄りかかっていたシズナが、ミツキの方を向いて尋ねる。
 コウとソラの二人が揃っていなくなったとなれば、最も疑わしいのはチアキだった。
 その質問に答えようとミツキが口を開きかけた時、部室の扉が勢いよく開いた。

「相沢さんも、学校には来ていないみたいよ」

 少し息を切らせたアスカが、部室へと入ってくる。
 アスカが早退した理由は、調査のためだった。
 ネメシスの情報網を使って、二人の足取りを追っていたのだ。

「アスカ。何か掴めたのか?」
「ええ。昨日の放課後から、彼女も帰宅していないみたい。それどころか、もっと妙なことが起きているわ」

 アスカは手元の端末を操作し、モニターに新たな資料を投影した。
 そこには、杜宮市内の複数の学校の生徒たちの顔写真とデータが並んでいる。

「調査の過程で判明したのだけれど、ここ一ヶ月の間で、他校の生徒が何人も行方不明になっているの。しかも、その行方不明になった生徒たちには、ある共通点があったわ」
「共通点……?」
「全員、相沢さんに空手の試合で負けた対戦相手だったのよ」

 アスカの言葉に、部室の空気が一段と冷たくなる。
 ただの偶然とは、到底考えられない話だったからだ。

「コウとソラだけでなく、複数の生徒が立て続けに行方不明になっている。そして、その中心には相沢千秋がいる……か」

 リィンが呟き、モニターに映し出された資料を険しい目で見つめる。
 チアキに取り憑いた怪異の仕業と考えるのが、妥当だろう。
 状況から考えるに、チアキに試合で破れた相手を異界に引きずり込んでいるのだと考えられる。
 怪異が現世に干渉するには、何かしらの条件や対価を必要とするケースが見受けられるからだ。
 その触媒となっているのが、恐らくはチアキなのだろう。
 いずれにせよ、これでコウたちが異界に囚われている可能性は高くなった。

「……やっぱり、早めに対処しておくべきだったんじゃない?」

 レイカが、責めるような視線をリィンに向けた。
 コウを信じると言ってあえて手を出さなかった結果が、二人の行方不明という最悪の事態を招いたのだ。レイカの指摘は正論と言える。

「ああ、俺の判断ミスだ」

 それだけにリィンは言い訳をせず、バツの悪そうな顔で素直に非を認めた。
 たいしたことのない相手だと見誤り、怪異の危険性を甘く見てしまった。
 その結果がこれでは、言い訳のしようもなかった。
 だが、いまは後悔している時間も惜しい。

「ミツキ、アスカ。二人が最後に姿を消したレンガ通り周辺を重点的に調べてくれ」
「わかりました。すぐにゾディアックの観測班を動かします」
「私も捜索に加わるわ。ネメシスの探知アプリを使えば、異界のゲートを探せるかもしれない」

 ミツキとアスカが頷き、早速行動に移ろうとする。
 シズナも壁から背中を離し、好戦的な笑みを浮かべる。
 コウとソラの捜索に向けて、全員が一斉に動き出そうとした、その時だった。

「リィンいる? ちょっと相談があるんだけど……」

 不意に部室の扉が開き、ヘッドホンを首にかけたユウキがふらりと姿を現した。
 いつものマイペースな態度で入ってきたユウキだったが、室内に充満するピリピリとした重苦しい空気にすぐに気が付き、

「あれ……なんかあったの?」

 怪訝な顔で首を傾げるユウキに、リィンたちは一斉に視線を向けるのだった。



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