「コウちゃん。最近、新しい友達が出来た?」
「……は?」

 学校から帰宅する途中、幼馴染みの少女にそんなことを尋ねられて、どうして知ってるんだと言った顔で驚くコウ。
 そんなコウの反応のに、少女は「やっぱり」と確信を得た様子で頷く。
 少女の名は倉敷栞。コウの家の隣に住んでいる幼馴染みにして、同じ学校に通うクラスメイトだ。
 控え目だが面倒見の良い性格をしていて、何かと世話を焼きたがるシオリのことをコウは最近少し避けていた。
 そうは言ってもシオリの方はいつもと変わらず、毎日のように家に押し掛けてくるため、こうして今も一緒に登下校をしているのだが――
 しかし放課後や休みの日は最近ずっと九重の道場に通っているため、一緒に遊ぶことは少なくなってしまった。
 特に一昨日は神社に泊まって、そのまま日が暮れるまで家には帰って来なかったので、シオリも不思議に感じていたのだろう。

「もしかして、新しく出来た友達って女の子=H」

 鋭い幼馴染みの質問に、コウは何も答えずに顔を背ける。
 シオリもバカではない。最近、コウの様子が少しおかしいことに彼女は気付いていた。
 それが、自分とのことをクラスメイトにからかわれているのが原因だと察していたのだ。
 だから、ここ最近はコウの負担にならないようにと登下校以外は出来るだけ距離を置いていたのだが、どうにもコウの様子がおかしいことから確認せずにはいられなかったのだろう。

「その子って、可愛い?」
「うっ……言っておくが、柊だけじゃないからな! 竜崎先輩とか、トワ姉も一緒だったし!」
「ふーん。柊さんって言うんだ」

 浮気がバレた彼氏のように言い訳をするコウから、さり気なく情報を引き出すシオリ。
 コウの朴念仁さならたいしたことではないと思っていたが、他にも友達がいるようだと知ってシオリは安堵する。

「……悪いかよ」
「ううん、悪くないよ。最近、少し元気がなかったでしょ? コウちゃんが元気になったのって、その友達のお陰なのかなって少し気になっただけだから」
「お前は俺の母親かよ……」

 保護者のような心配をされ、コウはげんなりとした表情で肩を落とす。
 まあ、確かに同世代の友達が少ないのは否定するつもりはない。
 シオリもその原因の一端を担っているのだが、だからと言ってコウはシオリを拒絶する気はなかった。
 最近ちょっと鬱陶しくて距離を置いていたことは事実だが、からかってくる奴等が悪いのであってシオリに非がないことは理解しているからだ。

「コウちゃん。よかったら、その友達……私にも紹介してくれる?」
「……仕方ねえな」

 ダメだと言えば、シオリは大人しく引き下がるだろう。
 しかし、ここ最近は自分の都合でシオリを避けていた負い目もあって、コウは了承する。
 それにアスカも友達が少なそうだし、丁度良いかと言った考えもあってのことだった。
 次の休みにでもシオリを道場に連れて行ってやるかと考えたところで、コウは何かに気付いた様子で空を見上げ――足を止める。

「なんだ。これ……空が赤く=c…」

 先程まで青かったはずの空は、真っ赤に染まっていた。
 日が暮れるには、まだ早い。何か言い知れぬ不安を覚えたコウはシオリの手を取る。

「コウちゃん?」
「なんか嫌な予感がする。とにかく家に――」

 急いで帰ろうと、シオリの手を取って走り出そうとした、その時だった。
 二人の身に――いや、街に襲い掛かった異変。
 震度七を超す巨大地震が、東亰を直撃するのであった。


  ◆


 ――駅前にある高級マンションの一室。
 倒れた家具が散見する部屋のベランダから、街の様子を眺めるシャーリィの姿があった。
 建物の一部が崩れ落ちている様子からも、相当に大きな地震であったことが窺える。
 実際、街からも火の手が上がっていた。所々煙が上がり、サイレンの音が鳴り響く。
 そんななか、

「結構、揺れたね」

 そう言って呑気に構えるシャーリィとは対照的に、リィンは険しい表情で唸っていた。
 今日一日何事もなければ、この世界を去る予定でいたからだ。
 まだ、ただの地震であればいいが、それは楽観視が過ぎるだろう。
 ここ最近の異変に関連したものであると考える方が、まだ自然だからだ。
 それに――

「緋色≠フ空か……こっちの世界でも、この光景を目にするとはな」

 赤く染まった空を眺めていると、帝都の光景が頭に浮かぶ。
 仕組みが同じなら煌魔城が出現したあの日≠フ帝都のように、街が異界に呑まれたと言うことなのだろうと察せられた。

「リィンさん。少し良いですか?」
「なんだ? 凄く嫌な予感しかしないんだが……」
「念話で呼び掛けているのですが彼女≠ニ連絡が取れません。恐らく、この現象の影響だと思われます」

 エマの言う『彼女』――というのが、もう一人のキーアのことだと察し、そうきたかとリィンは溜め息を吐く。
 だとすれば、この異変を解決しないことには、元の世界へ帰れないと言うことになる。

「ようするに異変を引き起こしている原因を排除しないと、元の世界へ帰れないってことだよね?」
「……なんだか嬉しそうだな」

 帰れないと言うのに嬉しそうなシャーリィに、リィンは訝しげな視線を向ける。
 とはいえ、答えを聞くまでもなくシャーリィの考えを察するのは容易いことであった。
 オルランドの血が騒ぐのだろう。血湧き肉躍る戦いを求めていると言うことだ。
 だが、

「そういや〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉はなおったのか?」
「完璧に元通りにするには、あっちで見て貰わないと無理みたいだけどね」

 取り敢えず戦闘には問題がない、と答えるシャーリィ。
 修理をするにしても七耀石など、こちらの世界では手に入らない素材も多い。そんななかで、ある程度とはいえ修理できたことの方が驚きだ。ネメシスの技術力の高さが窺える。
 実際、サイフォンに用いられている技術など、一部は明らかにオーバーテクノロジーと言っていい技術が使われている。ソウルデヴァイスを起動するアプリなど、まさにその最たる例の一つだ。霊基情報を記録した術式をプログラムとして保存する技術など、戦術オーブメントに使われている技術と比べても遜色のないものだった。
 所謂、アーツを封じ込めたクォーツと同じ原理だ。

「街が大変なことになってるのに、なんでそんなに冷静なのよ……」
「慌てても仕方がないからな」

 両親からリィンの監視を命じられたから大人しくしているが、本当はすぐにでも飛び出して行きたいのだろう。
 そわそわと不満げな表情で睨み付けてくるアスカを無視して、どうしたものかとリィンは考える。
 シャーリィもお預けを食らった犬のような顔を浮かべていることから、異変が解決するまで大人しく待つと言うのは難しいだろう。
 そこで、仕方なく条件付きで許可を与えることにするリィン。

「暴れるのは許可するが、騎神の使用はなしだ。確実に面倒なことになるからな」

 リィンの許可を貰って目を輝かせると、〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉を肩に担いだままベランダから飛び降りるシャーリィ。
 その行動に驚き、慌ててベランダから下を確認するアスカ。彼女が驚くのも無理はなかった。
 リィンたちの借りている部屋は駅前でも有数の高級マンションで、地上二十三階の高層階にあるのだ。
 普通なら生身で飛び降りて、無事に済む高さではない。しかし――

「心配するだけ無駄だろ?」
「……うん」

 壁に武器を突き立てて落下スピードを調整すると、手頃な位置で壁を蹴って隣のビルへと飛び移るシャーリィの姿があった。
 これにはアスカも言葉を失い、リィンの話に同意するしかなかった。
 シャーリィの身体能力の高さは知っていたつもりでも、まだ理解が足りなかったのだと思い知らされたからだ。

「俺たちも行くか。エマ、転位陣は使えそうか?」
「はい。言ってみれば、結界の中に閉じ込めれたようなものですから」

 少なくとも街の中であれば転位は可能だと、エマはリィンの質問に答える。
 しかし、この状況で何処へ向かうつもりなのかと疑問を抱くエマ。
 この緋色の空の下がすべて異界化しているのだとすれば、杜宮市だけでなく東亰全域が範囲に入っていると考えて良いだろう。
 幾らリィンでも、これだけの広範囲をカバーすることなど出来ない。
 多少の援護は焼け石に水だ。問題を解決するには元凶を排除するしかなかった。
 問題は、その元凶が何処にいるのか分からないことだ。

「取り敢えず、九重神社へ向かう」

 そんなエマの考えを察してか、リィンはそう答えるのであった。


  ◆


「ここは商店街か?」

 どうして直接神社へ転位するのではなく、ここなのかと言った視線をエマに向けるリィン。

「結界が張られているみたいでしたので」
「……結界?」
「はい。恐らく魔除けの結界が張られているのではないかと。人体には影響がありませんが、怪異の侵入を防ぐ程度の効果はあると思います」

 少し驚きに目を瞠りながらも、そういうことかとリィンはエマの話に納得する。
 ソウスケが孫たちを置いて、神社を離れた理由の一端を察したからだ。
 だがそれなら尚のこと、拠点として利用するには打って付けの場所と言っていい。

「化け物がでたぞ!」
「た、助けてくれ!」

 自分たちの方へ向かって逃げてくる住民を眺めながら、腰に下げたブレードライフルを抜くリィン。
 よく見てみると、怪異と思しき無数の影が逃げる住民たちを追い掛けていた。
 いや、それだけではない。

「地面からも怪異が!?」

 建物から伸びる影の中から這い出てくる怪異に驚き、愛用の霊具を召喚するアスカ。
 母親のソウルデヴァイスに似せて作ってもらった霊力を帯びた細剣を装備し、構える。
 しかし、

「……え?」

 一瞬にして塵と化した怪異を見て、驚きの声を漏らすアスカ。
 リィンが何かをしたと言うのは分かったが、武器を振うところすら視認することが出来なかったからだ。

「エマ。アスカと一緒に逃げ遅れた人たちを神社へ避難させろ」
「分かりました」
「え? まさか、あの数の怪異を一人で相手にするつもり!?」

 あっさりと了承するエマとは対照的に、押し寄せてくる無数の怪異を見ながらそう話すアスカ。
 数にして百。いや、少なく見積もって二百以上はいるだろう。
 なかには、エルダーグリードクラスと思しき怪異の姿も確認できる。
 それどころか、これだけの数の怪異がいると言うことはグリムグリードがまざっている可能性が高い。
 全員で協力して対処するべきだとアスカが考えるのは、当然のことであった。
 だが、

「大丈夫ですよ。リィンさんなら、このくらい……」

 エマは心配ないとアスカに話す。
 その言葉を裏付けるように、シャーリィから返してもらったブレードライフルを構えると、リィンはそれを一閃した。
 横凪に振われた一撃から放たれた衝撃波が、住民の背後に迫っていた巨大な怪異の上半身を一瞬にして切断する。
 それを確認すると大地を蹴り、怪異との距離を詰めるリィン。そして、もう一方の空いた手で形見のブレードライフルを抜くと、螺旋を描くような動作で無数の怪異を小間切れにしていく。大人でさえ振り回せるような重量ではないと言われていた武器を片手で、それも二本同時に振り回し、瞬く間に怪異を屠っていくリィンの圧倒的な強さにアスカは目を奪われる。

「逃げ遅れた人たちの避難を急ぎましょう」
「あ、はい」

 エマの声でハッと我に返り、協力して逃げ遅れた人たちの避難にあたるアスカ。
 シャーリィの非常識な強さや行動ばかり目立つが、リィンも規格外な存在だと言うことを改めて認識させられるのであった。


  ◆


「行ったみたいだな」

 一緒に戦うと言われても面倒なのでアスカに適当な仕事を与えたのだが、その目論見が上手く行ってリィンは安堵する。
 エマがいれば仮に結界を抜けてくるような怪異が現れても、時間を稼ぐくらいは余裕だろうと考えてのことでもあった。
 とはいえ、

「さすがにきりがないな」

 倒しても倒しても湧き出てくる怪異を眺めながら、リィンは小さく溜め息を吐く。
 集束砲でまとめて蹴散らせてしまえば楽なのだが、いまは力を温存しておきたい理由があった。
 というのも、鬼の力はともかく〈王者の法〉を全力解放できるほどに、まだ力が回復していないからだ。
 シャーリィとエマには黙っていたが、いまのリィンは本調子とは言えない状態にあった。
 恐らく〈塩の杭〉を消滅させた技の後遺症だと考えられる。新しい技に身体が馴染んでいないのだろうとリィンは原因を察していた。
 昔はじめて〈王者の法〉を解放した後も、同じようなことがあったからだ。あの時は一ヶ月余り、上手く力を使うことが出来なかった。
 多少回復してきたと言っても、さすがに〈王者の法〉を全力解放は出来ない。オーバーロードを用いた限定解放が限界だろう。そのため、集束砲などの奥の手はギリギリまで取っておきたいとリィンは考えていた。神話級グリムグリード――恐らく〈紅き終焉の魔王〉と同格か、それ以上の化け物が控えている可能性が高いと考えたからだ。
 それに――

(出来ることなら騎神≠ヘ使いたくないが……)

 シャーリィにはああ言ったが、騎神も必要となるかもしれないとリィンは考えていた。
 そうなったら、さすがにセイジュウロウも庇い切れないだろう。
 この世界の国や組織が騎神≠フ力を知れば、大人しくしているとは思えないからだ。
 しかし、その時は――

「まあ、なるようになるか」

 この世界から立ち去れば良いだけの話だと、リィンは思考を切り替える。
 どのみち、この現象をどうにかしないことには帰ることも出来ないのだ。
 なら、終わった後のことを考えても仕方がない。

「ん?」

 無数の怪異を相手取りながら、何かを察知するリィン。
 神経を研ぎ澄ましていなければ、怪異の気配に掻き消されて気付かなかったであろう小さな気配。
 だが、それでいて懐かしい。どこか、キーアに似た気配をリィンは感じ取る。
 自身に向けられた視線を辿り、空を見上げると――

「……子供?」

 中性的な顔立ちをした蒼い髪の子供が宙に浮かんでいる≠フを、リィンは目にするのであった。



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