オーバーロードが解けて元の姿に戻ったブレードライフルを杖に、よろめく身体を支えるリィン。
 レイラも言っていたことだが、幾ら霊力を分け与えたところで一時凌ぎにしない。
 度重なる戦闘。無理な異能の酷使で、リィンの身体はとっくに限界を超えていた。
 それでも――

「手応えはあった。だが、この程度じゃ倒せないか」

 リィンは気力を振り絞り、周囲を警戒する。
 普通の怪異であれば、いまの一撃で確実に消滅させられていたはずだが、相手は神話級グリムグリードだ。
 仮にも神に例えられる存在が、この程度の攻撃で倒せるとは最初から考えていなかったのだろう。
 実際、迷宮が崩壊していないと言うことは、まだ怪異は生きていると言うことだ。
 となれば――

「やはり、アレが怪しいな」

 頭上に浮かぶ黒い太陽。グングニルの一撃を受けても無事なそれが最も怪しい。
 あの不気味な太陽を一目見た時から嫌な予感はしていたのだろう。

「……もう一撃いけるか?」

 力を武器に流そうとするも、やはり厳しいかとリィンは苦悶の表情を見せる。
 それにグングニルが通用しなかった時点で、怪異に有効な攻撃となると一つしか残されていない。
 並行世界に顕れた〈塩の杭〉を消滅させた〈黄金の剣〉だ。あの技が使えれば、黒い太陽も消し去れるだろう。
 しかし、王者の法は疎か〈鬼の力〉も発動できるほどの余力はリィンには残されていなかった。

「いよいよ、打つ手なしか。まいったな……」

 どうしたものかと考えるリィン。こうなったら騎神を召喚する以外に打つ手はないだろう。
 しかし、その騎神でも頭上の黒い太陽を消し去れるという確信はなかった。いや、恐らくは難しいだろうと思う。
 灰の騎神は〈緋の騎神〉と違って、何か特殊な能力を有している訳ではない。特徴がないことが特徴と言えるような機体だ。
 扱いやすく癖がない分、起動者の思うように動いてくれると言う意味では、これ以上ない機体と言えるだろう。
 だがその分、起動者の能力に依存するところが多く、騎神そのものに切り札と呼べる力はない。
 となれば、リィンの攻撃が通じなかった以上、騎神の攻撃が通じる可能性も低いと言うことだ。

『リィンさん、聞こえていますか?』
「――エマか?」

 何もしないよりはマシかと騎神を召喚しようと腕を空に掲げた、その時だった。
 頭の中に響く声に気付き、すぐにそれがエマからの念話だとリィンは察する。
 しかし確かエマの話では、念話は封じられていたはずだと思い出すリィン。

「念話で連絡を取り合うことは出来ないんじゃなかったか?」
『ちょっとした裏技≠使いました』
「裏技?」
『はい。いま私は騎神のリンクを通じて、リィンさんに語りかけています』

 サイフォンの開発者機能を使えば通話が可能なのは、固有の霊波を生み出すことで波長を合わせているためだ。
 同じ原理を、騎神と騎神の繋がりにも応用したのだと、エマはリィンに説明する。
 元々、起動者と騎神の間には精神的なリンクが存在する。そして騎神と騎神の間にも、互いの存在を認識できる特殊な繋がりがあることが分かっている。エマはその仕組みを利用したのだろう。
 言ってみれば、騎神をサイフォンに見立てたのかと納得するリィン。
 と言うことは――

「……まさか、シャーリィもそこにいるのか?」
『はい。リィンさんが空けた結界の穴から騎神で飛び出してきたところで合流しました』
「ああ……」

 グングニルを放った先――
 ガラスのように砕け散った天井を見上げながら、リィンはエマの話に納得する。
 迷宮の入り口まで戻っていたのでは、脱出までに相当の時間が掛かる。
 だからリィンが迷宮へ突入する時に取った行動と同じように、シャーリィも結界の綻びから騎神を使って脱出したのだろう。
 後々面倒臭いことにはなりそうだが、どのみち事件が解決すればこの世界を去るつもりでいるのだ。
 レイラには悪いが、面倒事はすべて丸投げさせてもらおうとリィンは頭を切り替える。

「エマがここにいるってことは、神社の方はもういいのか?」
『はい。どうにか組と連絡が取れたようで、鷹羽組の方々に任せてきました』

 念のため、結界も張ってあるので大丈夫だとエマは話す。
 それに――

『この黒い太陽を放置すれば、どこへ逃げても同じことですから……』

 元凶を絶たない限り、この街は――いや、この国は嘗てのノーザンブリアのように壊滅的な被害を受けることになる。
 と、エマは事態の深刻さをリィンに告げる。

「あの太陽は〈塩の杭〉と同じ現象ってことか?」
『正確には少し違います。あの聖杯≠ヘ、まだ未完成な状態なので……』
「……聖杯?」
『地脈から霊力を吸い上げ、錬成を行なう巨大な儀式魔術。こことは異なる空間から、何かを呼び出そうとしているのだと思います』

 何がでてくるか分からないパンドラの箱と言ったところかと、エマの説明にリィンは納得する。
 少なくとも、それは碌でもないものであることは間違いない。
 エマは恐らく〈塩の杭〉に近い何かが召喚されると推察したのだろう。
 そんなものが呼び出されたら東亰は――いや、この国は終わりだ。
 多大な犠牲をだし、国家として立ち行かなくなるほどのダメージを負うことになるだろう。

「この異変の元凶、神話級グリムグリードの仕業だと思うか?」
『間違いなく』
「随分と、はっきりと言うんだな。何か確信があるのか?」

 こうもエマがはっきりと断言すると言うことは、何か掴んでいるのだろうと察してリィンは尋ねる。

紅き終焉の魔王(エンドオブヴァーミリオン)――この異変には、魔王が関わっている可能性があります』


  ◆


「あれは消滅したはずじゃ……」
『確かに〈緋の騎神〉に憑依していた魔王は消滅しました。でも、お忘れですか?』

 ――聖獣の言葉を、とエマに言われれ、リィンの頭にツァイトの言葉がよぎる。

『それは正確ではない。私を含め、お前たちが〈紅き終焉の魔王〉と呼ぶ者たちは、理の地平より召喚されしものだ。現世の姿は、現し身に過ぎない』

 ツァイトの言葉が正しいのであれば、リィンの倒した〈紅き終焉の魔王〉は本体ではなく影に過ぎないと言うことだ。
 ならば、魔王の本体は理の地平≠ニ呼ばれる場所で、いまも健在なのだろう。
 それは言ってみれば、再び〈紅き終焉の魔王〉が現世に顕れる可能性があると言うことだ。

「まさか、神話級グリムグリードの正体は〈紅き終焉の魔王(エンドオブヴァーミリオン)〉だと考えてるのか?」
『はい。恐らくは、私たちの世界に存在した魔王と同一の存在だと考えられます』

 緋色に染まった空といい、紅い霧に魔煌兵の存在といい、紅き終焉の魔王との関連を裏付ける証拠は幾つもある。
 何より魔王を復活させるため、儀式を行なったことがあるからこそ、エマにはよく分かる。
 この闘争に満ちた禍々しい気配。間違いなく〈紅き終焉の魔王〉のものだと――

『ああ、それで懐かしい感じがしたんだ』

 どこか納得した様子のシャーリィの声が割って入る。
 この念話は騎神の霊波を利用しているという話なので、騎神の通信機能を使って割って入ったのだろう。

「どういうことだ?」
『最初はリィンの姿を真似してるからエマみたいに記憶を読んだのかと思ってたんだけど、戦っている最中もずっと〈緋の騎神(テスタロッサ)〉が反応してたんだよね』

 そういうことか、とシャーリィの話に納得するリィン。
 一度は依り代とされたことで〈緋の騎神〉と〈紅き終焉の魔王〉との間には、まだ霊的な繋がりが残っているのだろう。

「ということは、俺の姿を真似てたのは……」
『別の世界のことだけど、自分を殺した相手のことを覚えてたんじゃないかな?』

 シャーリィの考えを聞き、複雑な表情を滲ませるリィン。
 ただの憶測に過ぎないが、恐らくシャーリィの予想は間違っていないと感じたからだ。
 いや、確信と言っても良いだろう。それならば――

「問答無用で攻撃してきたのは、最初から敵≠ニして認識されてたからか」

 一切、対話に応じる様子がなかったのも頷ける。
 実際、リィンは怪異から自身に向けられた敵意≠ニ恐怖≠フようなものを感じ取っていた。
 とはいえ、面識のないはずの相手から、どうしてそんな感情を向けられるのかと不思議に感じていたのだ。

「……エマ、一つ聞かせてくれ。この怪異、俺たちが引き寄せたのだと思うか?」
『可能性としてはゼロではないと思います。ですが、異変そのものは私たちが転位してくる前より起きていたみたいですから……』

 それだけが原因ではないように思える、とエマはリィンの疑問に答える。
 とはいえ、それは逆に言えば、原因の一端を担っている可能性は高いと言うことだ。
 もしかしたら、この世界に落とした形見のブレードライフルが原因となった可能性も考えられる。
 東亰で多数の異界化が確認され始めた時期と、北都がブレードライフルを回収した時期が大凡一致するからだ。

『じゃあ、あなたがそもそもの元凶≠チてこと?』
「ああ……そう言えば、レイラも一緒だったのか。元凶じゃなくて原因の一端を担ってるという方が正しいだろうな」
『どっちにせよ、同じことじゃない』
「それで? 仮に俺たちに原因があるとして、お前はどうするんだ?」

 物的な証拠は何もないが、状況証拠から推察することは出来る。
 リィンたちが神話級グリムグリードが顕れる原因を作ったと知れば、糾弾する者たちも現れるだろう。
 仮に事実だとすれば、レイラにだってリィンを責める権利はある。
 しかし、

『……どうもしないわ。話を聞く限りでは不可抗力だって分かるし、誰かの所為にしたところで現実が変わる訳じゃない。人間の都合なんて、怪異は聞いてはくれないもの』

 何が切っ掛けかなど関係ない、とレイラは答える。
 そもそも怪異は人間の都合など関係なく、どこにでも顕れる。誰もが怪異に魅入られ、異界化を引き起こす可能性を持っているのだ。
 重要なのは、誰が、何が原因かを追及することではなく、これ以上の犠牲をださないことだとレイラは答える。
 未然に異界の発生を防ぐことは難しい。なら、執行者に出来ることは怪異を討滅することだけだと考えているからだ。

『心配しなくても、このことを誰かに話すつもりはないわ。騎神≠フことを聞かれても、黙っているつもりよ』

 むしろ、洗いざらい真実を話すことの方が面倒なことになるとレイラは考えたのだろう。
 なら火種となるような話は、最初から聞かなかったことにする方が賢明だ。
 リィンたちが人類の敵と言うのであれば話は別だが、少なくとも悪人には見えない。
 それにリィンたちが原因の一端を担っていようと、彼等がいなければ助からなかった命もある。
 シャーリィが助けたという大学生のカップルや、孤児院の少年少女たち。
 リィンとエマに助けられた杜宮の商店街の人々。
 彼等がいなければ、ゾディアックやネメシスの構成員にも、もっと多くの犠牲がでていただろう。
 そして、命を救われたのは自身も同じだとレイラは考えていた。

『恩人を売るような真似はしないわ。だから、しっかり決着を付けなさいよ』

 非難されることも覚悟していただけに、レイラの反応にリィンはクツクツと笑う。
 レイラの言うように、誰もが切っ掛け≠ニなりかねない。
 そもそも悪いのは怪異であって、原因となった人を責めるのは間違いだと言いたいのだろう。
 犠牲となった人々の家族はレイラほど冷静ではいられないだろうが、理屈は通っている。
 裏の世界に身を置いているからか、レイラの考え方は自分たち――猟兵に近いとリィンは感じていた。
 だから――

「ああ、契約(やくそく)は必ず守る」

 そんなレイラの意志を無駄にしないためにも、リィンは改めて約束を交わすのだった。


  ◆


「……打つ手なしとか言ってられなくなったな」

 意地でも勝たなければならない理由が出来た、とリィンは覚悟を固める。
 再び〈鬼の力〉を使えるほどの余力は残っていない。
 いまの状態では、もう一発グングニルを撃つことも厳しいだろう。
 それでも――

「俺に力を貸してくれ! 灰の騎神――ヴァリマール!」

 リィンは共に魔王を倒した相棒の名を叫ぶ。
 起動者の呼び掛けに応じ、空間の裂け目から顔を覗かせる灰色の騎士。
 西ゼムリア大陸から並行世界の地球へと舞台を移し、騎神と魔王の戦いが再び幕を開けようとしていた。



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