――ある地。あしゅら男爵は暗躍を続け、日本の民間企業“新住日重工”を唆し、非合法的手段でグレートマジンガーの設計図のコピーと、超合金ニューZの精錬方法を入手した。元々、アナハイム・エレクトロニクス社、サナリィなどが寡占同然の人型機動兵器市場に
反発していた同社は兵器市場開拓のためにスーパーロボットを生産する事で市場での立場を得ようとした。が、当然ながらその計画は各研究所の猛反発にあって頓挫した。そこにあしゅらは漬け込んだ。経営難に陥っていた同社はなりふり構わずあしゅら男爵と契約――ミケーネ帝国も再建途上であり、資金繰りは潤沢とは言えないレベルなのだが、新住日重工にとって好条件を出した――を結んだ。後日、あしゅらは闇の帝王の勅命を受け、お忍びで同社の秘密工場を視察していた。
「ほう。量産型グレートマジンガーの生産は良好なようだな」
「はい。現在、量産8号機までが完成しております。それと欠点も是正してあります。翼を攻撃しただけで機能が停止するというのは、
兵器としては重大な欠陥ですから」
「兜剣造も抜けているものだな。父の十蔵が聞いたら呆れるだろうよ」
グレートマジンガーは元々はゴッド・マジンガーの設計案を基に造られた機体である。マジンガーを超えるマジンガーというのが兜剣造博士のコンセプトであり、性能面でミケーネ帝国に対抗すべく彼の英知と全身全霊を傾けて超合金ニューZに身を包む魔神を造り上げた。だが、グレートマジンガーには欠陥があった。それは飛行機能をつけた為にその付近の回路が複雑化し、その付近の回路の耐衝撃性が悪いという欠陥が製造途中で露呈。急いでバックアップ回路を取り付けたもの、その回路の作動にタイムラグが生じ、加えて操作を回復させるにはブレーンコンドルの分離、再ドッキングによる再起動が必要となってしまった。それを補うため、兜博士は鉄也に地上戦時はスクランブルダッシュを折りたたんだ上で行えと教育し、徹底させ、それをカバーするためのグレートブースターを新たに開発した。新住日重工は独自の技術でそれを是正したわけである。
「あの黒いグレートは何か?」
「試作機のブラックグレートです。データ収集のためにエンジン周りや機体をチューンしてありますので、性能は科学要塞研究所のオリジナルグレートを上回ります」
「それは真か」
「はい。調整なしで宇宙にも出れます」
この時代、兵器における試作機は本来の意味とは異なる意味合いをも持つようになっていた。本来は製品の試験用途として処されるのだが、一年戦争における「RX‐78」が図らずも実戦投入され、空前絶後の大戦果を挙げた事で超高性能フラッグシップ機を試作機という名目で整備するのが一年戦争以来慣例化した。無論、本来の意味での試作機が消えた訳ではないが、Zガンダムのような意味での試作機の方が当たり前となって久しい時勢では試作機=高性能機という意味合いが強まっていた。ブラックグレートもその例に漏れず、高性能試作機であった。大きさはオリジナルグレートと同等だが、独自に超合金ニューZに改良を加え、耐熱性などの性能が向上したモデルを装甲材に使用。フレームもムーバブルフレームタイプとなっており、重量は軽くなっている。それに加えてスクランブルダッシュもコスモタイガーなどに使われた技術を使うことで高性能化、グレートブースター装着時のオリジナルに相当する速度と大気圏突破能力も持つ。兵器としての完成度はオリジナルを超えているといって良い。
「量産型は採算のために陸戦型とオリジナルと同仕様の2つをご用意しています。陸戦型はスクランブルダッシュを排除し、装甲厚を厚くしております。武装は同じで、少なくともマジンガーZ以上の戦闘力は確保しました」
「ご苦労。しかし御社にスーパーロボットの製造技術があったとはな」
「独自にGMFA1というロボットを作っていましたから。その応用ですよ」
社員は自社がスーパーロボットを以て市場へ進出するための足がかりとしてマジンガーZ似のロボットを過去に造っていた事、その製造技術を応用する事でグレートマジンガーの複製に成功したことをあしゅらにいう。するとあしゅらは納得の表情を浮かべた。
「よかろう。一部は無人機として運用するが……よろしいか」
「構いませんよ。私どもは買ってくださる者と優先的にご取引させて頂きます」
本来なら人類の敵とされるはずのあしゅら男爵はこうした手段で各軍需産業と取引することで「合法的」な戦力増強を行なっていた。
闇の帝王の「非合法」と併せると7大軍団を打ち倒された後の戦力再建が急速に進められているのがわかる。ミケーネ文明時代からの勇士の殆どがグレートマジンガーによって打ち倒された事のお釣りを人類側の機体で補うというのは、もはやなりふり構わなくなっているミケーネ帝国の窮状も表していた。無論、新住日重工だけではなくアナハイム・エレクトロニクスも極秘裏にモビルスーツを提供しており、余っていた元ティターンズ系MSを提供していた。他には生前のドクターヘルがバードス島に温存していた最後の2大軍団(妖機械獣軍団)、「最後の戦闘獣軍団」の闇の帝王近衛戦闘獣軍団、ゲッターロボG軍団なども加えており、一大戦力を結集していた。
――欧州
「ゲッターロボGのコピーとしか思えない機体が複数か……」
「ハッ。将軍、如何なされますか」
「あしゅら男爵め……何を考えておるのだ?」
レビル将軍はマジンガーチームから報告の上がった「ゲッター軍団」に顔を曇らせる。初代ゲッターロボはともかくも、遥かに強力なゲッターロボGが大量生産され、戦争に介入されたら打つ手はほぼないからだ。見てみると所々にオリジナルとの差異が多く、塗装も単純化されている。機体性能自体はオリジナルには劣るようだが……。
「こちら側のスーパーロボットはカイザーとグレート、それに真ゲッター、ダンクーガとダンガイオーのみ。それで防ぎきれるか……」
「スーパーロボットは一体で軍団級の戦力ですけど、五体だけじゃ……」
「贅沢は言えん。コン・バトラーVやボルテスVが再建されれば状況は変わるだろうが、現有の戦力でどうにかするしかあるまい」
「では将軍。哨戒任務につきます」
「頼む」
欧州地域へ進撃するビックトレー級陸戦艇は護衛のモビルスーツ、戦車、戦闘機などを多数引き連れている。増援部隊が帯同しているのだ。合流後、フェイトは持ち回りで哨戒任務のローテーションに加わっており、時にはウィッチと共に飛行し、兵団の相手をしていた。今回はそのケース。飛行甲板でバリアジャケットを纏い、扶桑陸軍飛行第47戦隊の面々とともに哨戒飛行任務についていた。隊長は黒江が若手時代に世話になった「坂川」中佐、先輩の「神保」大尉などの大ベテランが揃っており、精鋭揃いであった。
「君が噂の黒江の教え子か」
「は、はい。フェイト・T・ハラオウンです」
「奴が君のような子を仕込むとはな。64戦隊や505とかに行って変わったなぁ」
「中佐は黒江大尉の事を知ってるんですか?」
「ウチはアイツが欧州派兵された時の最初の所属先でな。44を使って暴れたもんだ。その時のメンバーはだいたいいるよ。今は後輩らに引き継がせているから安心して扶桑から出れるって訳だ」
黒江は欧州派兵時には当時の「かわせみ部隊」(後の飛行第47戦隊)に当初は属し、智子がいらん子中隊でテストしたキ44一型甲の後継型の二型を使って大暴れし、後に505に属した。フェイトと共に飛んでいるのはその時のほぼフルメンバー。皆、飛行時間1000時間以上のベテランである。現在の機種はキ84――疾風――。誉エンジンの扱いに長けた部隊であり、陸軍有数の精鋭である。
「私たちのエンジンは誉なんだが、コイツは整備に気をつかうからな、過給器もデリケートだし」
「誉……ですか。なんかあまりいい印象が……」
「まあな。そっちじゃ熟練工の少数生産で初めて真価を発揮する硝子細工って話だし、私たちも散々に言われたよ」
坂川中佐は誉エンジンを積む疾風に対し悪評があるのに愚痴を零す。しょうがないが、誉のは航空エンジンとしての評価は限界だけを追求した、国情無視の欠陥品というものと、戦前体制最後の名エンジンと相反する評価が混在する。大戦後期の日本機が戦線での活躍の幅が狭まっていく中、一部の精鋭以外の稼働率が芳しくなかった誉は「潜在性能が引き出せない」事でベテラン勢は新鋭の四式よりも、五式戦闘機や開戦時の一式のマイナーチェンジ版の一式戦三型を好んだとの屈辱的逸話も残っている。そのため地球連邦軍側の整備兵の内、一部の若手は「誉?なんでこんな欠陥エンジン積んでるんです?」と堂々と愚弄・嘲笑し、飛行第47戦隊の整備要員、長島飛行脚側派遣整備員、技術者を憤慨させたという。中には「こんな玩具なんぞやめてR-2800でも積んどけよ」という心ない言葉も飛び交ったとか。無論、それらはベテラン整備兵が一喝して黙らせたもの、それが地球連邦にとっての歴史的評価だと受け止めるしか無い扶桑側は悔しい思いをし、「刈谷」中尉を中心とする整備兵精鋭が未来世界にも劣らぬ態勢で整備を行い、更に長島にとっての誉は
「欧州との共通規格で製造したエンジンで、そちらの航空エンジンとは別物である」と説明する事でなんとか収まったとか。
「でしょうね。誉は末期の日本軍機に軒並み搭載されましたけど整備に手慣れた部隊でなければ稼働率が40%以下だった事も珍しく
なかったって聞いてますから」
「そうか……そういう訳か……」
「ええ」
フェイトも元の世界でなのはに付き合う形で近所で隠居している元・帝国陸軍搭乗員のご老人方の話を聞いた。彼等の感想を思い出すと、「エンジンがデリケートな84よりは43の三型の方が信用出来る」、「61は飛びゃ壊れるからあんまり好きじゃなかった」、「44は好きだったよ。84よりは動いてくれたし……」というもので、
誉エンジン(陸軍名ハ45)は前線部隊では決して好まれる発動機ではなかったとの事だ。ただし、性能がフルに発揮出来れば戦争末期の米軍高性能戦闘機とも対等に渡り合えるのには変わりないので乗った事も多いと注訳がつけられていたが。実際、一撃離脱戦法を行えば米軍をしばしば出し抜いたとも言われているが、それは強靭な機体強度あっての事で、
ストライカーユニットでもそれは同じ。一撃離脱戦法を行えうる機体強度を持たない、キ43初期型がネウロイを追っていた際の急降下からの引き起こしの際に両翼が折れ、墜落。ウィッチ3名が戦死している。因みにこの事件は加藤武子に衝撃を与え、更に隼の改良に邁進させるきっかけを与えているとか。
「さて……敵はっと……。出てきたな。各員は手柄を立てろ。ただし行き過ぎるなよ」
「了解」
元・かわせみ部隊の面々はその熟練した手腕で兵団兵たちと渡り合った。彼女らの装備する「ホ5」は高速戦闘に適応するために照準器を試験的に旧来のテレスコピックサイトからピープサイトへ改装されていた。これは空気抵抗制限のためであった。フェイトは今回、バルディッシュアサルトのザンバーフォームを使っている。これは黒江の影響であるが、
かわせみ部隊の面々から大振りな刀身に「取り回しが悪いからもう少し刀身を細身にしろ」と助言を受けている。
やがてそれが後々の「ライオットブレード」へ結実する。実際、この時点のフェイトの外見年齢(フェイトはアリシアのクローンなため、外見と`生まれてから`の実年齢に差異がある)ではザンバーフォームは体格に対し大振りであり、それを彼女らは指摘したのだ。
「速度は中々のようだが、攻撃に傾倒しすぎだぞ、気をつけろ」
「は、はい」
フェイトは自身に防御力がないためか、早めに決着をつけようと攻撃に傾倒している。だが、それは防御力と攻撃力重視の相手には
いささか相性が良くない事の表れでもある。そのため坂川中佐はフェイトに高等戦闘術を教えているのだ。
例えば……。
兵団の一人が彼女に剣(イタリア方面部隊の一員らしく、剣の形状は古代ローマのグラディウスである)を振り下ろすが、日本刀で受け止める。
「そらっ!!」
日本刀でグラディウスを受け止め、弾くと、そのままボディを日本刀で突き、魔力を送り込んで屠る。
他の敵からの銃撃を上手く避け、その場を離脱する。そして高度を上げ、攻撃ポジションを取ると、一気に急降下。ホ5を斉射する。2次大戦中の20ミリ機関砲の中では高性能ではあるが、軽量化のために弾道特性の悪化や威力減が出ている。これは先立って試作された試製二十粍固定機関砲より威力に劣っているということであり、ウィッチ・制空戦闘機用に軽量化されたことへの代償であった。装弾数は150発程度。そのため予備のマガジンを3つから4つほど携帯している。最小限度の弾で敵を屠る。空中戦では無駄な動きをしない事が肝要であるが、坂川中佐はそれを心得ていた。
「はぁっ!」
フェイトも負けじとザンバーフォームで敵を斬る。大振りなので、現時点ではすれ違い様に斬り裂くのが主な戦法である。
だが、マントを纏う隊長格の熟練兵士は見事にフェイトの攻撃に対応してみせた。横合いから振られるバルディッシュの刀身を避けると、とっさに刀を居合で振り、フェイトの顔に傷をつける。バリアジャケットの効果によって、防御フィールドがあるはずだが、
それを突破したわけだ。無論、血が出るわけだが、フェイトは己が目を疑った。
「ッ……!?そんなッ……!?」
傷から出る血が信じられず、目を白黒させる。いくら自分の防御が薄いとは言え、普通の刃物が安々と通るはずがないからだ。しかも見る限りは何の変哲もない短刀。それがどうしてバリアジャケットを纏う事で発生する防御フィールドを突破したのか。
「ふふふ、驚いているようだな。小娘」
「どうしてそんな刀で……」
「確かに、これは変哲もない刀だ。だが、これは村正だ。何が起こっても不思議ではあるまい」
「村正……?」
聞きなれない単語に首をかしげるフェイトだが、坂川中佐は目が飛び出んばかりに驚き、恐れおののいた。その名が扶桑に伝わりし縁起の悪い刀だったからだ。
「何故貴様らがそれを持っている……!?」
「やはりな。貴様らのところにもこの伝説はあるようだな」
「かの松平家、後身の徳川家が恐れたとかいう妖刀村正!!どーやって手に入れた!」
−妖刀村正。それは松平家の七代当主であり、徳川家康の祖父「松平清康」が暗殺された際に使われたとの伝説が残り、徳川家も時代が下るにつれ、敬遠するようになったとの伝承が日本・扶桑において共通して残っている。それ故に坂川中佐はおののいたのだ。
「なあに、ちょっと刀匠を捕まえて作りなおさせただけだ」
鉄人兵団兵士は平均して2m〜3mほどの身長のものが多い。それ用に作られたとあれば通常の人間用に換算すれば、大太刀にも相当する。しかも妖刀伝説で有名な村正ならば何があってもおかしくはない。そう坂川中佐は息を呑んだ。彼はその村正を振るい、フェイトやウィッチーズと対等に渡り合う。フェイトのスピードは彼には通じず、苦戦を強いられ……。
――1945年 初春 扶桑皇国
「聞いた?呉のあの事件」
「ええ。連合艦隊の主力艦隊の一部もそこにいて大打撃を被ったって、軍内で有名よ」
「貴様ら、何無駄口を叩いている!」
「す、すみません!!」
海軍兵学校のウィッチ養成部門の学生たちは士官候補生として処され、育成されている。入隊時で軍曹、その後の戦功にもよるが、少尉への昇進も通常の軍人より迅速に行われる。坂本美緒は扶桑での階級を正式に少佐とし、横須賀海軍航空隊へ配属され、ウィッチの育成に励んでいた。ティターンズ空軍による空襲も地球連邦軍の協力により、小康状態となり、ひとまずの平穏が戻った。
「坂本教官、入ります」
「服部か、入れ」
「失礼します。レポートの提出に参りました」
「おお、お前はいつも期限に正確だな」
一人の士官候補生が入ってきた。坂本の現在の教え子の中ではピカ一の根性がある候補生の「服部静夏」。今期の候補生では坂本が目をかけている唯一の存在だ。彼女は坂本へレポートを提出するためにきたのだ。坂本は軍人として模範たらんとする静夏に苦笑いを浮かべると時計に目をやり、静夏のレポートをもったまま扉へ向かう。
「さて……343空にいる宮藤と菅野に会いに行くかな」
「これから外出なされるのですか?」
「ああ。久しぶりにアイツらに会う」
「宮藤、それに菅野と言うと、あの501の宮藤少尉と502の菅野大尉ですか?」
静夏は思い切って尋ねた。候補生ながらもその2名の勇名は軍内では鳴り響いているのは知っている。扶桑皇国海軍きっての若き撃墜王として。宮藤芳佳はブリタニアでの戦いぶりから「空の宮本武蔵」と諢名され、また、ストライカーユニットの進化を決定づけた「宮藤一郎」の息女である出自を持つ。菅野直枝はその敢闘精神、ストライカーユニットを呆れるほど壊す事から「デストロイヤー」の異名を持ち、502で勇名を轟かせている。ただし芳佳に関してはブリタニアでの行動が上層部の一部が問題視し、一年間は予備役将校とされているが。
「ああ。アイツらは良くやってくれたよ。だが、元から軍人だった菅野と違って宮藤は元は女学生だ。医学方面専攻だからその方面に行かしてやりたくてな」
坂本は芳佳を希望する進路へ進めたいのである。スカウトした張本人の竹井醇子もそんな趣旨の手紙をロマーニャから送ってきている。
そのためには扶桑の女性が取る通常の進路では難しい。だが、軍人という箔が付けば看護士、もしくは女医になるのなら近道だ。扶桑では軍人が(ウィッチで無くとも)優遇される傾向なので尚更だ。講義でも何かと引き合いに出す撃墜王(実は芳佳、ブリタニアでの末期に飛羽返しを武器に撃墜数を増やしており、1945年現在では28機が公認撃墜スコアである)な彼女に静夏は憧れているのだ。
「お前にも見せてやりたいよアイツの活躍を」
坂本は遠い目をし、いずれ共に戦う時があるだろうと静夏に告げ、静夏の提出したレポートを手にしながら、車が待機している場所に向かい、343空の待機している厚木へ赴いた。その背中を静夏は見送った。
――厚木基地
ここには帝都防空のための精鋭、第302海軍航空隊が常駐しているが、帝都防空強化の名目で練度が高い第343海軍航空隊が一時的に間借りする形で駐留していた。芳佳は予備役将校となった後も厚木にに顔を良く出していた。
「おお、宮藤。よく来たな」
「今日はこれを差し入れにきました」
「ご苦労さん」
紫電三二型(1945年の扶桑では前年末に起こった「ある地震」で宮菱のストライカーユニット生産工場が被災。烈風の生産遅延とラインの停止を余儀なくされた。そこで乙戦ストライカーユニットでありながら、甲戦としても零式を全般的に上回り、比較的生産が進んでいる紫電シリーズを応急的に主力戦闘脚に選定、艦上型へ改修したモデルが作られた。それが紫電三二型)の飛行訓練を終えた菅野におはぎを差し入れする。菅野の正式な新たな僚機はまだおらず、芳佳の予備役が解け次第、僚機にしたいと述べている。
「今日はストライカーユニット壊してないですね」
「あ、アホか!ニパじゃあるまいし、いくらオレでも……」
「大尉、そう言ってても説得力ありませんぜ」
「み、宮崎、テメー!」
横合いから「宮崎」飛曹長が突っ込みを入れる。彼女はリバウへ進出した経験を持つベテランで、世代交代が進む今の海軍航空隊の中ではそろそろ「古参」に位置する撃墜王である。343空にはリバウにいた者も比較的多く在籍しており、平均練度は今の海軍では有数な部類だ。(最も芳佳や菅野などの撃墜王たちが平均を上げている側面があるが)
「そういえば今日は坂本さんが来ますよ」
「何、坂本さんが?宮藤、お前にあいに?オヤジと鉢合わせしなけりゃいいが」
「坂本さん、源田さんの事嫌いですからね……」
そう。坂本美緒は343空の司令である「源田実」大佐を嫌っている。源田は零式ストライカーユニットの開発時に要求性能を巡り柴田武雄大佐と揉めていた。その際の経験からか。
その点に菅野は悩んでいるのだ。343空にベテランが集まったことについても坂本はあまり快く思っていないようである。また紫電改の主力戦闘脚選定にも猛反発していたらしい。
「そーいえば今年の夏には通常の軍役に戻るんだろう?軍服は用意したのか」
「はい。一応短剣も用意しました」
「用意いいなぁ」
芳佳はこの半年の間に軍服を拵えた。第一種、第二種軍装、軍衣に至るまで用意し、親戚の家から短剣ももらうなどして、士官としての体裁を整えた。これは芳佳が`守るために力を振るうのは仕方のない事である。それが軍の人間としてでもと割りきったためで、ある世界と多少気質が違っている点だと言えた。軍曹から二階級特進で、少尉に正式任官されるのが早まったのは皇女殿下への黒江や智子、更には山本五十六海軍大臣の口添えによるものだ。
「宮藤〜来たぞ!」
「あ、坂本さんだ」
坂本の大声が響く。芳佳は坂本のもとへ駆けていく。それは芳佳と坂本の関係を妙実に表していた。菅野はそんな二人の姿に、ニパ――ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン――や下原定子などの502の仲間を思い出したのか、ちょっとだけ寂しそうな顔を浮かべ、おはぎを口に入れる。
「オッス、久しぶりです」
「ウム。源田の馬鹿はいないな」
「親父は今日はまだ来てませんよ」
「アイツはいないほうがせいせいするよ。零式の時には宮藤博士を散々に悩ませたからな」
「は、はぁ」
――と、いうよりは軍部の無理難題が問題なんだって……坂本さんよ……。
菅野は坂本よりは源田実大佐を客観的に見ている。そのため、源田実が持ち合わせる実行力と兵を惹きつけるカリスマ性を高く評価している。坂本は源田の部下であった時はあったが、直接の指揮下で戦闘に臨んだ事はなかった。そのため343空教官時代には源田の方針によく反発し、源田のお気入りであった菅野を当初は“ジャク”(海軍内の隠語で役に立たないヒヨコ搭乗員、ひいてはウィッチの意)と蔑み、それを知った菅野とボクシングさながらの殴り合いを演じ、遂には模擬空戦で決着をつけたという過去を持つ。そのため、343空での坂本の武勇伝は多い。これは海軍兵学校出のエリートであった菅野らに対し、養成コースの小学校出の野武士である坂本が反感を持っていたためで、坂本が上層部から問題児のレッテルを貼られているのは、343空での武勇伝のせいである。菅野は上層部から煙たがれれており、もはや教官としての能力だけで重宝されているにすぎないという裏の事情を話してやりたかった。
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