モビルスーツ開発事情
――コズミック・イラの戦後世代モビルスーツで採用されたウィザードシステム、シルエットシステム、ジェットストライカーパックなどのヒントになったのは、前大戦末期にルナツーを必死にハッキングして得られた機動兵器の装備データなり、鹵獲モビルスーツのデータバンクを解析して開発されていた。特にザフトは部分的に得られたザクUF型、ガンダムF90のミッションパックの情報を基にザクウォーリアとウィザードシステムの開発を行った。ザクを基に機体を造ったかどうかは不明ではあるが、戦時中の量産試作型を経て、最終的にはジオンのザクにF90の特徴を持たせたような機体となった。同時にグフやドムを基にしたモビルスーツも試作されたもの、その時点ではザフト上層部や用兵側を満足させられずに採用は見送られていたというのがザフトの兵器開発の裏事情だった。更に更に戦間期に、設計局最大の不祥事が巻き起こっていた。前大戦時に当時の議長のパトリック・ザラ肝いりで生産・試作されていたフリーダムの後継量産試作機が唯一、完成目前であった一機&開発データがまるごと盗まれた上に、“開発そのものが無かったことにされた”のだ。
「フリーダムに続き、あの機体まで奪われただと!?」
「もうあの名前呪われてるぜ……もうやだ」
前大戦時にパトリック・ザラの「肝いり計画」に関わっていた研究者達は一様に落胆した。ザフトの今度こその勝利に貢献させようとしていた機体だったからだ。公式で開発が凍結された時には70%の完成率に達していた。その状態のままで保管されていたのだが…‥‥。
「またクラインの小娘の一派の仕業だな……あの小娘め。祖国を何だと思っておるのだ」
ラクス・クラインはシーゲル・クラインの実娘で、一時は歌姫と持ち上げられた。が、今は戦争を、かの軍隊の力を借りて終結させた後、戦後処理を見届けてどこかに隠棲したともっぱらの噂だ。彼らは戦後のプラントをまとめられる素養を持ちながら自らは表舞台に立とうとしないばかりか私兵を動かして「女王」を気取っている――と彼らは思っての事――への怒りが彼らの新兵器開発を邁進させていた。。そしてそれがデスティニーなりレジェンド、インパルスなどのフラッグシップ機の開発となった。しかし彼らの努力は否定される結果に終わったのは言うまでもない。
――西暦2201年頃 月 フォン・ブラウン市
「これがこの世界のモビルスーツかぁ。このモニターはどうも慣れないわねぇ」
ルナマリア・ホークはメカトピアとの戦争が終戦を迎えたのと同時に釈放され、連邦市民権を与えられていた。軍へ就職するのも手だが、市民権を得たばかりの段階では難しいので、手に職をつけるためにアナハイム・エレクトロニクス社のパイロット募集の広告に応募し、合格していた。元々ザフトのトップガンであったので試験は比較的簡単だったが、パネル式モニターから全天周囲モニターに頭を切り替えるのに難儀したとか。彼女は連邦軍に納入する、生産されたモビルスーツの稼働確認分野のテストパイロットとして就職し、研修生活を送っていたが、今日が本格的な職初め。連邦軍の主力モビルスーツの一角を担う制式機の“RGM‐89R”ジェガンR型へ初搭乗した。彼女の仕事は製造された機体が性能がきちんとカタログスペックに達しているかの確認である。これは過去にジオン軍が決戦兵器として製造したゲルググの一部の個体に、“ガンダムを凌駕する”とされたカタログスペックに達しておらず、ドムに毛が生えた程度の性能しか出なかった例があったのを鑑みたアナハイム・エレクトロニクス社が戦後に行うようにした品質チェックの一環であった。
「加速性能や機動性のチェック、開始します」
「よし、飛んで見せてくれ」
「わかりました」
スロットルを押し込んで最大推力を発揮する。規定の速度に達していれば合格だ。その数値はコズミック・イラ世界の最新量産機よりも高い速度であったため、改めてルナマリアは驚いた。
――嘘ぉっ、思ってたより速い。型落ちしかけの機体でこんな出るなんて……なめてたわね。
ルナマリアの言う通り、この西暦2201年時点でのジェガンはもはや、型落ちしかけの旧型機である。後続機のジャベリンがようやく各地域に行き渡り、更なる次世代型のジェイブスが正式採用されたので、ジェガンは民間への払い下げも行われており、既に初期型からJ型までの機体はジャベリンに置き換えられて退役しているし、特務用のスタークジェガンもベース機が初期型に分類されるD型から後期生産型のR型へ切り替えられ、細々と生産されているにすぎない。だが、18M級量産型モビルスーツとしてはザクUと並び評されるほどの最高傑作であり、15M級の小型モビルスーツよりも、むしろミサイルなどの実弾兵器や事故などに対する生存率は高い為に、前線部隊での一定の需要があり、その結果、依然としてジェガンは連邦軍制式モビルスーツの座にあった。これは数年で退役していった歴代のジムシリーズの儚い一生とは裏腹に、連邦軍制式量産モビルスーツとしては異例の長寿を保っているのだ。特殊部隊用にジェガンベースの新型が造られているのもその証拠である。
「ええっと、小回りはっと」
ルナマリアはジェガンの腕を動かして、モビルスーツ特有の機動である、AMBACと呼ばれる姿勢制御を行う。方向転換などに活用され、推進剤の節約となる方法だが、これを上手くやるにはコツが居る。この概念は、不思議と人はどこでも考える事は同じらしく、コズミック・イラでも、この23世紀でも同じ概念かつ、同じ名前で普及している。これを活用できるかで、搭乗員が熟練者か、ルーキーかの見分けがつくところまでも同じだ。コズミック・イラがモビルスーツ分野の分野で勝っているのは推進剤の消費効率くらいだ。核融合炉やミノフスキードライブという莫大なパワーを得られる分、そういった細かいところまでは気が回らないらしい。小回りの効きも合格だ。あとは急降下からの引き起こしだ。航空機の使われ始めた時代からそうだが、この項目が一番テストパイロットの殉職率が高く、モビルスーツの時代になってもこれは怖いテストには変わりない。
「危険な時には安全装置が働く。何かあったら報告頼む」
「はい」
もし、一年戦争世代やそのマイナーチェンジ型などの旧世代機がリック・ディアス以降の新世代機を急降下で追った場合、引き起こしに間に合う限界高度が設定されている分、旧世代機が決定的に不利である。これはかつて、エゥーゴのエースであったクワトロ・バジーナ、即ちシャア・アズナブルがガンダムmk-Uをティターンズから強奪した際の戦闘で証明されている。が、結構このタイミングを見極めるのが大変で、事故が起こるのも何ら珍しくは無い。
「これが怖いのよね……行きます!!」
高高度から一気に加速を付けて急降下する。第二世代モビルスーツ以降の機体は構造や装甲が頑丈な上に軽いので、地面すれすれからでも引き起こしが余裕で行えると聞いてはいるが、やはり怖い。
「今だっ!!」
操縦桿を思い切り手前に引き、スロットルを全開にして地面すれすれで引き起こし、上昇させる。この時の機体に何ら異常は見られない。この機体は検品合格であると、技術者から通達される。
「ご苦労さん。社の格納庫に戻したら今日はもう帰っていいよ」
「わかりました。そちらこそご苦労様」
ルナマリアの仕事は機体本体の構造強度や稼働のチェックなので、武装はその限りでは無い。一応フル装備で動かしたが、武装テストはその分野のお得意さんに任せるので、仕事自体は数時間で済むのだが、重労働であるのには変わりないので、彼女がいくらコーディネーターであっても疲れる仕事だ。実戦よりもむしろハードな内容だ。給料は結構いいので、市内のそこそこの賃貸マンションを借りて生活を送るには不自由はない。いずれは高級機やフラッグシップ機、即ちガンダムタイプに乗りたい。
「元々インパルス動かしてたし、、ガンダムタイプ動かしてみたいなぁ……」
――ルナマリアはザフト時代末期、ガンダム乗りであった関係でこの世界のガンダムタイプに乗ってみたいという気持ちを持ち、それを燻らせていた。そこまで到達するにはキャリアを詰んでいく必要がある。特にこの世界のガンダムタイプは組織の象徴なのだから……。
「あ、Zガンダムの特集本か。買うかな」
市営バスから降りて、繁華街でモビルスーツに関する本を数冊買う。何のモビルスーツに関する本かというと、Zガンダムに関するものである。可変モビルスーツであると同時に、高性能のガンダムタイプであるZはマニアや一般大衆からの人気が高く、グリプス戦役が終わって機密指定が緩やかになると、Zは一気に有名となり、一般大衆に人気の機体となった。彼女はその開発元に就職したもの、就職したばかりなので今のところ技術部に知り合いはいない。なので一般向けでもそこそこ高い本を買い、ある程度の知識を仕入れることにした。本を4冊ほど買い込んで、Zガンダムについて調べることにした。
――コズミック・イラ世界にもたらされた情報などによって、Zガンダムを始めとする可変モビルスーツはコズミック・イラにも不思議な影響を与えていた。、ザフトの熟練者にも「手強い」と評判のオーブ軍最新量産可変モビルスーツのムラサメは変形機構がモロにZ系のそれである。これはモルゲンレーテ社が前大戦当時にZガンダムやZプラスなどのムーバブルフレームと変形機構のデータを地球連邦軍から推進剤技術の提供の見返りに入手しして、それをモルゲンレーテの有する範囲内の技術力で再構成したという裏の事情によるものであった。
コズミック・イラ73年 戦争勃発前 モルゲンレーテ社内
――前大戦時に“彼ら”から技術情報を得られた事は我が国にとっては僥倖であった。前大戦時に既に開発を行なっていたM2を可変モビルスーツとして再設計してムラサメとしてロールアウトできたのだから。
オーブの半官半民の軍需産業である、モルゲンレーテ社のエリカ・シモンズ技師は前大戦時に地球連邦軍から入手したデータが結果的に自国の国防力強化に繋がった事をこう綴った。無論、地球連邦軍が渡したデータは基本構成データのみであるので、そこからは彼らのアイデアなのだが、結果的には成功してM1を超える機体となった。
「性能は申し分ないが、装甲は従来機と大差ない。あの超軽量合金が使えれば良かったのだけど。不運なことにルナチタニウムを採掘できる技術をこの世界では実用化に至っていない」
それはオーブがガンダリウム合金を欲している事を暗に示す事実であった。ガンダリウム合金の性能は軽量かつ頑強。それはオーブが実用化に成功している既存の装甲材を凌駕するものであり、オーブは前大戦当時にガンダリウム合金の高性能さを間近で見たためにその精製を夢見ていた。が、ルナチタニウムを採掘・精製可能な設備もこの世界のどの国も実用化してはおらず、原子炉がモビルスーツに積めるようになった程度のコズミック・イラの技術ではモビルスーツサイズの核融合炉も、軽量合金も作れない。今でも前大戦当時に譲渡されたネモなどを後生大事に保管してはあるが、使えないのだ。補給などの関係もあって。核融合炉を搭載したストライクルージュも今は「ガワは同じだけど、当初の設計通りに造った機体」が表向き使われている。これは核融合炉の技術が漏れるのを危惧しての事で、厳重に管理されている。
――前大戦から僅か数年で“向こう側”でいうところの10年分ほどの進化を先取りする形になったこの世界であるが、それはあくまで模倣にすぎない進化ではないだろうか。真の独自のアイデアと呼べる機体が出現するのは当分先の事だろう……コズミック・イラ73 エリカ・シモンズ
エリカ・シモンズはモビルスーツの急激な進化を模倣と称したが、それは自国のムラサメはZガンダムを、ブラントの最新鋭機「ザクウォーリア」と「ザクファントム」がジオン公国軍のザクUを模したものである事を差して記録に綴っていることからも明らかであり、独自のアイデアと呼べる機体は前大戦登場の機体だけである事を技術者として嘆いた。彼女は後にプラントがグフとドムを開発していた事を知ると呆れて肩を落としたとか。
――地球連邦軍は全軍にRGM-122“ジャベリンの後期生産型の配備をようやっと完了していた。その後継機のジェイブスの形式番号は非公式に一般向けの本では「RGM‐147」になるのではないかとの憶測が立てられているが、連邦軍は公式にそれを否定している。「RGM‐153」説も立てられているが、連邦軍はなんら公式に声明は出していない。
「ジェイブスか。見かけはジェムズガンを大きくした感じだな」
「でも武装はVダッシュとかのビームスマートガンやヴェスバーやショットランサーをオプションで付けられるんだろう?その割にはこの機体の固有武装はいつものジムだな」
「堅実的だろ?ジェネレーター出力自体はVダッシュとほぼ同じで、ジャベリンより防御力に優れてる。ジェネレーターの拡張性の問題で16M級になったが」
ジェイブスはジャベリンまでの小型機重視の風潮から大型化へ回帰したかのように小型機と比べて一回り大きい。オプション装備などの関係もあるが、これはウィングゼロなどのアナザーガンダムが16M級であった事も大きいとか。カラーリングはジャベリンのそれが受け継がれているが、武装の配置などの基本構成はジェガンの頃と変わりない。これは基本設計はジェガンのそれを洗練させて使用している表れであり、ジェガンが如何にそれまでの機体と比べて、機体設計として優秀であったかを物語っている。これが高性能化が進む他の機動兵器に対する、アナハイム・エレクトロニクス社の答えである、ジェガンから連なる第二世代RGMシリーズの最新型なのだ。
「で、これはどーすんの?」
「エリート部隊や有事即応部隊に優先配備されるそうだ。性能的にはリガ・ミリティアの機体と比べても遜色ないからな」
そう。リガ・ミリティアの機体の戦闘力はザンスカール帝国のモビルスーツにも対抗可能な水準であったので、それに匹敵する量産機を作るのが地球連邦軍の命題とされた。対抗可能な機体がガンダムタイプしかないのでは話にならないからだ。地球連邦軍は地球連邦軍でお涙頂戴なこうした実情からジェガンの後継機開発を継続しているのだ。むしろ、ジェガンが優秀すぎてそれを完全に代換するのが出来ないのがジェガンの子供たちに重くのしかかる点なのだ。
「今度こそジェガンを引退させてくれよ……」
軍の技術者達は今度こそジェガンを代換するモビルスーツが現れる事を願っていた。後継機とされた方の機体が消えていくのでは本末転倒だからだ。ヘビーガン、ジェムズガンのように……。
――23世紀 地球 アメリカ
「お〜い。にーちゃん。そこの資材運んでくれ〜」
「うぃっス」
シン・アスカはアメリカの収容所から釈放されたあと、市民権を得たもの無一文であった。そのため居・住・職の三拍子揃った土方のアルバイトに何度か応募。三度目の正直で合格し、旧・ニューヨークである、現・ニューヤーク市の復興事業に関わっていた。往時に世界で最も栄えていたニューヨーク市の面影は、立て直しが進んでいる、かつての摩天楼を模した再興ビル街が伝えている。一から全てをやり直したもの、エンパイアステートビルやロックフェラー・センターなどはしっかりと再建されている点は、建築家の苦労が忍ばれる。シンはかつてはパイロットとして戦場を駆けていたが、今はしがない建築業アルバイトである。人間、どこでどうなるかなど分からないという事だ。シンが今、バイト先から派遣されている現場はマンハッタンのブロードウェイの再建の現場である。ゼントラーディ軍やガミラス帝国軍の爆撃で精神的支柱を失ってしまった、旧アメリカ合衆国を主な母体とする、現在の地球連邦政府・北米行政府にとってはニューヨーク市を初めとする、かつての旧アメリカ合衆国の象徴であった大都会や北米全体を復興させる事は重大事であり、多額の予算をかけての復興に邁進していた。
「重機もだいぶこの世界だと進歩してんのな。パワードスーツらしいのがあるや」
シンが見たのは、この時期には民生型の最初の生産型が流通し始めたインフィニット・ストラトスタイプのパワードスーツである。元来のIsに付き物であるコアはオミットし、構造を簡略化、作業用に特化した装備に留める事で一般企業でも生産できるようにした最初のモデルである。従来の重機に比べて高性能かつ、女性や子供でも訓練さえ受ければ容易に動かせるので試験導入している建築業者は多い方だとか。
「俺も負けていられないやっ……よいしょっ!」
シンはコーディネーターであるため、普通の同年代の少年達より一応は体力・持久力に優れる。そのためか現場監督から多めに仕事を与えられていた。元々軍務についていたシンにとっては「軽い」と言いたいところだが、シンのところに運ばれるものは重量物中心な為、流石の彼も最後の方はバテてしまっていた。シンとルナマリアの二人はそれぞれの道を歩んでいく。一方は建築アルバイト、もう一方は軍需産業最大手のテストパイロットとして。二つに別れた道はやがて一つに戻る。そして二人が戦いの場に身を置く日までにはあと一年ほどの経過が必要であった。
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