外伝その46
――ロマーニャ方面は風雲急を告げていた。宣戦布告で堰を切ったように各軍を動かし、リベリオン籍の戦艦『ノースカロライナ』、『ワシントン』、『サウスダコタ』がヴェネツィア海軍の巡洋艦、駆逐艦とともに姿を表したのだ。いずれも新世代戦艦であり、ロマーニャ軍の艦隊では太刀打ち困難である。ブリタニア軍は予め配置していたライオン級戦艦『ライオン』、『テメレーア』を主体にした艦隊を動かし、睨み合いとなっていた。だが、戦力的に張り合えるかといえば、微妙と言わざるを得なかった。ライオンはキングジョージ五世級の攻撃力強化型でしかない(建艦が1941年次なので)存在で、長門型の主砲弾に耐えうる防御力は持ちあわせていない。46cm砲搭載のセント・ジョージ級はまだ竜骨の建造段階である故、現有最高戦力を送り込んだのだが、不安があった。
――501基地
「敵はヴェネツィアにノースカロライナ、ワシントン、サウスダコタを駐留させました。いずれも太平洋の大海原を想定して建造された戦艦です。いずれもロマーニャ軍の大抵の軍艦を凌駕する性能を持つ戦艦です」
「ロマーニャ軍のリットリオ級じゃ無理なの!?」
「能力的にきつい。あれは工業力の限界で装甲板が一枚板じゃないんだ。装甲板の間に木の板とか入れて『複合装甲』の体裁は取っているが、リベリオンの戦艦とやりあうには性能不足が否めないんだ。お前にゃわりぃが、あれらは張子の虎に等しいんだ」
「んじゃ、あいつらはブリタニアしか敵として見てないの?」
「そうだ。扶桑は遠いし、ブリタニアが矢面に立つことになるが、これもいかんせん艦隊主力が見劣りするしなぁ」
黒江が補足する。ロマーニャ軍の戦艦の能力では、リベリオン軍のそれに立ち向かうには能力不足であり、張子の虎に等しいと。それはロマーニャ公国の工業力の限界に起因するもので、生まれ持ったものだ。これはヴェネツィアにも共通しており、ティターンズは同海軍を『沿岸警備隊』扱いにしか見ていない。彼らの当面の敵はブリタニアのグランドフリートであるが、ブリタニアは旧型艦が多い故に、さほど脅威とは見られていないのが現状である。大和型に対するべく、大型・重武装化しているリベリオンの軍艦群に取っては旧型が多いグランドフリートなどは『張子の虎』に等しいのだ。
「なんで?」
「リベリオンの戦艦は16インチ砲で統一されてるんだ。大和を脅威として見てる証だ。パナマックスの関係もあったが、モンタナに合わせて新関門も作ってるようだし、もう考慮する必要も消えた。大和とやりあえるモンタナ級が来れば、ロマーニャのどんな戦艦もノックアウトだ。ブリタニアだって、ライオンやキングジョージでも単艦じゃやりあえない相手だ。空軍を使うにしても、航空軍を複数動員しなけりゃ無理だろう」
モンタナは現状、501最大の脅威の一つだ。機銃・高射砲は全てVT信管搭載弾化され、レーダー照準付き。改装前の大和型と同等の装甲厚と16インチ12門の火力はウィッチにも十分に脅威と成りうる。ライオン級戦艦でさえも単艦では渡り合えず、大和型を以てしてようやく互角という辺り、リベリオンの工業力を思い知らせる。しかもそれが5隻。それが最新最高の空母機動艦隊にばっちり護衛されれば、他国の如何なる航空部隊でも手を出すのは容易でない。一個航空軍を動員してさえ壊滅させられる危険性があるのだ。それは史実の台湾沖航空戦で1200機を動員したのにも関わらず、米機動部隊にはかすり傷すら負わせられずに中核部隊の過半数を喪失している戦訓が証明している。
「なんでそんな事言えるの?」
「向こう側の歴史で台湾沖航空戦っていう戦いが起こったんだが、最新最高のテクノロジーで固められた米艦隊にゃ日本の攻撃隊は手も足も出なかった。中核部隊の過半数を失ってな。その戦訓からだよ。なにせ向こう側はレーダー管制付きで、近接信管持ちだ。近づくことはP-51でも容易じゃない。これが太平洋戦争で実際に撮影された対空砲火だ」
黒江が見せた写真は太平洋戦争末期の米艦隊のすさまじい対空砲火の様子を記録したものである。空を覆い尽くす弾幕。日本軍機が大抵、突破できずに空中分解して果てていくのが克明に撮影されていた。その機体は陸攻では最新型であるはずの銀河であったのも衝撃的だったようだ。
「凄い……銀河さえ一瞬で火達磨とは……」
坂本が衝撃を受けた顔を見せる。そして誰もがその次の写真に衝撃を受けた。戦争の狂気が生み出した兵器『桜花』、『回天』であった。
「打つ手が無い日本軍はついにこのような兵器を生み出した。兵士の命を担保にして敵を倒さんとする体当たり兵器だ。ドイツのような誘導兵器が作れない故、苦し紛れの手段と言っていい。初めは通常兵器を、次第に専用兵器になっていった。それで生み出されたのがこいつらだ。桜花は機首に爆弾を積み込んで、そのまま兵士ものとも体当たりする目的に作られた。実戦じゃ母機ものとも撃墜されたりしてものの役に立たなかった。55機しかまともに使われなかった上に、駆逐艦一隻しか撃沈していない。回天は九三式魚雷を有人に改造したもので、戦果は多少上げ、大型艦はないが、小型艦なら撃沈しているが、人の命を誘導装置代わりに使うなんざ、狂気の沙汰だよ」
――桜花も回天もその生命の代償に見合わぬ戦果しか挙げ得なかった。米軍の最新エレクトロニクスが日本の狂気を打倒したのだ。黒江はのび太の町に遊びに行った際に、付近に住んでいる元・陸海軍将校らから(終戦時20代前半だった、少年兵からの叩き上げ青年将校。自衛隊在籍経験もある)話を聞くなどして、ヒアリングしている。彼ら曰く、『日露戦争に行ってない中堅将校らが苦しまぐれでやった外道のせいで多くの若者を死に追いやった』との事なので、連合艦隊や陸軍の中枢につきつつあった中堅将校らを恨んでいるのが窺えた。体当たりで倒すという説明に、501の人員の中には吐き気を催す者も出た。サーニャやリーネなどだ。自分から死に行くなど、欧米人の倫理観では理解し難いからだ。だが、実際の戦争では『死ぬとわかっていても戦って、後世に栄光を伝える』事はままあるのだ。シャーリーは意外にも納得している。リベリオンには『アラモの戦い』の逸話が伝えられているからだ。
「ああ。だけど、戦う力があるかぎりはどんな手段でもいいから使うってのは分かるよ。アラモの戦いのことをよく親戚から聞いてたからな」
「ああ、アレも壮絶だったって聞くな。って、シャーリー、親戚に当事者がいたのか?」
「小さい頃に聞いた話だから、母方だが父方かは覚えてないんだけど、戦って死んだ先祖がいたんだって」
――シャーリーが言うアラモの戦いとは、アステカ帝国とテキサスの戦争の過程で起こった戦いだ。テキサスは最終的にリベリオン合衆国に取り込まれたとはいえ、当時はまだアステカの一部であった。分離独立を唱えて戦いを起こし、7000人程度の軍隊に185人から300人(伝聞のために、揺らぎあり)の少人数で戦い、玉砕した。その逸話が伝わっているために、日本軍の行為に理解を示したのだ。
「ってわけで、新兵器は作れない、もはや通常攻撃が期待できないっていう絶望的な状況から生み出された特攻は最終的に最新エレクトロニクスと物量に潰された。だが、その後も『最後の手段』や『テロリズム』の発露って形で後世へ残った。宇宙戦艦ヤマトも最後の手段として選びかけたし、ジオン軍なんて玉砕する時にしまくった記録がある。ティターンズもMSとかの戦力には限りがあるし、シンパからの援助ルートはプリベンターが潰し初めてるが、どう転ぶかわからん。戦術の一つとしては有効であるのは判明してるからな……」
「体当たりしてまで敵を倒すなんて、おかしいです!自分の命と引き換えにだなんて狂ってます!」
リーネが反論する。声が若干、上ずっているため、芳佳は驚いている。生還を顧みぬ体当たりに嫌悪を示しているのが分かる。黒江もこれには目を丸くした。大人しいリーネが反論するというのは、無二の親友である芳佳も見たことがないからだ。
「リーネちゃんが怒ったの初めて見た……」
「私もだ……お前よりリーネとの付き合い長いが、こんな事初めてだぞ……」
エイラも唖然とした表情である。特攻が如何に彼女には残酷であったのかが示された一幕である。だが、未来世界の歴史では、『玉砕』とセットで語られる事例なので、外せない。だが、この間にもティターンズは余ったこの世界の武器を無線操縦化させ、自爆させると言った戦法を実行し始めていた。
――ロマーニャとヴェネツィアの国境付近で悲鳴が響き渡り、兵士たちが倒れ伏す。原因はヴェネツィア軍保有のM13/40が突然、自爆したのだ。これはヴェネツィアの戦車生産ラインをM4シャーマンなどに切り替えた為の『在庫処分』の一環であり、ティターンズの思いもがけないハラスメント戦法であった。無線操縦そのものはこの時代で既に確立されている技術なので、改造は容易である。このようなハラスメント攻撃は宣戦布告からすぐに開始され、国境警備の兵士の負傷者数は12時間で早くも100人の大台に達していた。その対策に追われるロマーニャ軍であるが、彼らの対戦車装備は数がなく、そこでカールスラント軍の一個装甲師団を地球連邦軍の強襲揚陸艦で揚陸させる方法が採択された。装甲師団は優良装備の師団が選抜され、パンターやケーニッヒティーガーを有する精鋭部隊がロマーニャに輸送され初めた。それは501に通達された。対ネウロイへの護衛任務があるからだ。
――数日後 501基地
「ふむ。これが出処不明のパワードスーツか……。テスト代わりに使うのは不味くないか?」
「まぁ、上からせっつかれてるからな。三機くらいに留めておこう。私、穴拭、それと……お前だな、ヒガシ?」
「どうも〜」
「あなたは確か、アフリカの……」
「加東圭子よ、バルクホルン少佐。ストームウィッチーズが改編される見込みだから、輸送艦からヘリで先に来たの」
アフリカ戦線が敗北に終わった事で、ストームウィッチーズはその存在意義を問われる事態になった。失意のマルセイユを慰められる存在がもはや圭子しかいないため、ミッドチルダ戦線から呼び戻されたのである。
「ヒガシ、マルセイユ大尉の様子は?」
「完全に鬱ってるわ。アフリカ撤退の時の戦いがよほど堪えたみたい。当分は療養させるしかないわ」
「そうか……」
マルセイユが戦闘ストレス反応を示した事は、人類に大きな痛手となった。軽度であるのが救いだが、戦闘能力に支障が出るのは間違いない。療養させるしか無かった。武子ですら回復に半年もの時間を要したが、マルセイユの場合がどのくらいに及ぶのかは分からない。バルクホルンはかつての部下が陥った状況に驚いたようで、唖然としている。
「パットンが聞いたら殴打しかねない姿だもの、あの子。当分は療養させに未来世界ののび太くんのところへ送ったわ」
「分かった」
黒江と圭子の会話で、マルセイユが療養を強いられた事を知ったバルクホルンはアフリカ戦線の経緯に思いを馳せる。悲壮な撤退戦であり、市民にも大勢の犠牲が生じたという。自分やハルトマン達の世代はカールスラント撤退戦を戦ってるはずだが、それでもトラウマになるほどに凄まじかったのかと想像する。
(……まさかあいつが……信じられん)
記憶の中のマルセイユは大言壮語をし、身勝手に動く『信頼出来ない部下』であった。だが、アフリカでの働きは認めていたし、それを統率できる手腕を持つ圭子に感服している。それをして『戦闘ストレス反応になっている』と判断させざるを得ないほどに憔悴させる戦闘とは、どういうものだったのか?詳細が気になるバルクホルンだった。
――さて、この時にテストされている、パワードスーツ『レーバテイン』とはどういうものか、ここで大まかに説明する必要があるだろう。出自の詳細は伏せられているが、ゴップ連邦政府議長が『友人』から提供された部材で作らせたもので、『コア精製に手間がかかる』ISの穴を埋める名目で調達されている。姿はISに似るが、ISが度重なる改修と進化でアーマー部を小型化したののに対し、こちらは最初から『人間大の大きさで第3、第4世代ISと同等の戦力を持つ』目的で作られている。武装はISと基本は共用だが、フィンガー系武装などの専用武器も存在する。黒江がセッティングした試作3号機は接近戦用の武装を多く搭載しており、膝部アーマーにはサバイバルナイフを搭載している。その状態で刀身を展開することで膝蹴りとの連携も可能という『どこかで見た』ようなギミックを持つ。圭子の場合は射撃戦が彼女の本領なので、射撃武器が豊富に搭載されている。散弾銃に始まり、精密射撃用のボルトアクション小銃、突撃銃などを有する。黒江や智子と異なり、接近戦用武装は自衛用のダガーとトマホーク程度に留まっているが、本人曰く『射撃のほうが得意だから』との事。
――格納庫
「このパワードスーツの出自は分からないのですか?」
「詳しくは不明です。全てを知ってるのはゴップ議長と開発スタッフのチーフのみ。ただ、在来技術もかなり入っているので信頼性は確保されているらしいですが」
格納庫で出撃態勢に入る黒江たちにミーナからの通信が入る。ミーナとしてはそこが気になるらしいが、上層部への恩を売るためには使わざるを得ない状況が心苦しいようだ。黒江たちはミッドチルダで何度かテストを行っているからか、そこは気にしていないのが窺える。ミーナが着用しなかった理由はもう一つあり、アンダースーツのセンスがこの時代の常識では理解し難いデザイン(未来世界でアニメやゲームになっていたマブ○ブのそれとほぼ同デザイン)であり、この1940年代のファッションの常識から、着るのを躊躇ったせいもある。(もっとも、未来世界にいた者らは本来、1950年代以降に現れるファッションを先取りしているが)
「んじゃ先に行きまっせ!」
レーバテインの推進器のレイアウトは基本的にはMSやISと同じである。背部と脚部にあるのは、宇宙時代の人型兵器では割りと当たり前な配置である。ミーナはかつての戦間期型ストライカーユニットがエンジンを背中に背負う形であったのを目にした最後の世代である。それとの類似性に、どことなく懐かしさを思えたミーナだった。
――新生501はパワードスーツをこの日、公的に運用開始した。アンダースーツのデザインなどからくる羞恥心との戦いでもあったが、年上である陸軍三羽烏が率先して使用した事が彼女らを安心させたか、比較的機械に強い者らがローテーションで使用したという記録が残された。
※あとがき
「レーバテイン」のアイデアはDRTさん提供のものを採用させていただきました。
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