外伝その99『ユア・アイズ・オンリー』
――野比のび太。真501に協力する少年であるが、青年期以降はカールスラント連合帝国に雇われたエージェントである。その事を知るグランウィッチ達はのび太に色々と依頼し、モノを融通していた。
「おーい、のび太」
「あ、中佐。起きたんですか?」
「どんくらい寝てた?」
「三時間くらいですよ。用意しときましたよ、アストンマーチン」
「おお、サンキュー。整備頼んどいてくれ」
「はーい。それとガンスミスから納品されてますよ」
「おお、デイブ・マッカートニーに頼んどいた奴か」
「大人の僕から送ってもらいました。あの人は、あのゴルゴが信頼する数少ないガンスミスですから」
デイブ・マッカートニー。あのデューク東郷が冷戦期からその信を置く、アメリカのガンスミス史上最高の男の一人である。のび太が青年期を迎える頃でも存命しており、青年のび太は彼の改造したスーパーレッドホークを使用するようになっていた。のび太も青年期以降は裏世界で名が知られており、2010年代になると、ゴルゴと相対して生き延びた男として有名である。なお、デューク東郷は一見して同一人物であるようだが、記憶の引き継ぎが行われて引き継いでいる、一種の集団のようなものだ。これは、ゴルゴ13が活動し始めた時代に『正体』と目された人物達が皆、2010年代には老人になっている年代なのに、老いがあまり見られないために、90年代から噂されていた事だ。この答えはクローンにあった。初代デューク東郷は1960年代に駆け出しであり、90年代初頭まで活動し、バダンが駆け出し時代の自分の細胞を採取し、製造したクローンを奪取し、自分の後継者として育て、記憶を引き継がせて人知れずに世を去った。デューク東郷はギランバレー症候群に似た病気を持っていたが、これは二代目になっても『製造過程での未熟な改造手術の後遺症』という形で引き継がれた。記憶引き継ぎが完璧であり、身体的特徴も一致しているため、周囲の殆どが代替わりに気づかなかった。そのため、初代の推測された生年月日から長い年月が経過した21世紀以後の世界でも、超一流を保っていられるのだ。
「で、スーパーレッドホークをカスタマイズしてもらったってわけか」
「護身用に持ちます?」
「ああ、念のために持っとくよ。この姿でも、目立つ武器は使いたくないし」
「あの、その姿なら、ワルサーの方がいいですって。元々、その格好目立ちますし」
「PPKか?あれ小型だろ」
「スーパーレッドホークは、僕みたいにおおっぴらに撃ち合いできる立場でないと」
「しゃーない。我慢すっか……」
「COP .357は?」
「あれ持ってんのか?」
「一応」
「お前、極めてんなぁ」
「両方渡しておきます。だけど、どうやって持ち歩くんです?」
「うーん。ギアは解除して持ち歩くよ。起動は楽だし」
「はい。アストンマーチンのキーです」
「サンキュー。慣らし運転してくるわ」
元の姿に戻り、車に乗り込む。ゲートを出る時などは元の姿である事が大事なのだ。傍から見れば、休暇を満喫するように見えるだろうが、これからの裏稼業に絡むので、真面目な側面もある。のび太はデザート・イーグルも用いる(青年/少年を問わず)ので、そのバックアップに持っていた。その内の一丁を渡したのだ。黒江がアストンマーチンを動かすのを見送ったのび太は、やって来た芳佳と話す。
「.50AE使わないの?のび太くん?」
「ああ、冒険の時は使いますよ?仕事は軽いほうがいいんで、357モデルのほうが手頃なんですよ」
「黒江さんにペッパーボックス渡せるなんて、どれだけ持ってるの?」
「仕事柄、火器は出来るだけ。今の僕じゃスナイパーライフルは持てないんで、拳銃とか中心ですけど」
「確かに」
「芳佳さん。だいぶ染まりましたねぇ」
「転生してるからねぇ。昔なら分かんなかったけど、せがれを育てた身だからね、今は」
芳佳は転生者であるので、子や孫が一人前になっていったのを見てきた記憶を持つ。芳佳の才能は二人の子に分割されて受け継がれ、その内の軍に入った次女の剴子が、軍人としての後継者となったが、剴子を一人前にするため、色々と仕込んだ記憶があるため、前史のこの時期に比べると、だいぶ軍人じみた言動や行動が増えているが、生来の反骨精神は健在である。
「リーネさんに言えました?」
「なんとか。転生者ってのはカミングアウトしたんだけど、どうも反応が悪くて」
「そりゃ、その場にいるのが『1945年の芳佳さん』じゃなくて、『孫を育てた後の時代の芳佳さん』って分かれば、不気味に思えますからねぇ」
「うーん……。そういうものかなぁ」
「未来が分かってるなんて言われれば、普通は引きますからね。でも、未来なんてちょっとしたことで変わるから気にしても仕方ないですよ。未来は僕たちの意思と行動で作るものなんだし」
「そうだよね」
「とりあえず、僕たちも出かけましょう。シャーリーさん呼んできてください。いくらなんでも小学生が運転するわけにもいかないですから」
と、いうわけで、シャーリーに外出の手続きをしてもらい、運転を任せて、一同はとりあえず、黒江の後を追った。
「でもさ、エスプリなんてよく用意できたな」」
「割合、現存数が多かったんですよ。23世紀も。地球で取れなくなっても、移民星からガソリンは入りますから」
「そっか、本星で枯渇しても、移民星から取りゃいいのか」
「しかし、秘密兵器はどんくらいあるんだ?」
「電探にソナー、対潜魚雷に対空ミサイル、対人機関砲。それと緊急脱出装置と防弾装備、それとナンバープレート取っ替え機能」
「映画よりすげえぞ?」
「改良してますから。水中にも行けますよ」
「すげえ」
「中佐のことだから、ローマ方面に行ったんでしょう。追いかけましょう」
「おっしゃ。でもよ。この時代に使うにゃ、もったいない気もするぞ?ジャガー・Eタイプでも、この時代だとオーバースペックだし、どのメーカーもこんなカッコイイ形じゃ無いしよ」
「アウトバーンも破壊されてるから、フルパワーは出せませんしね」
エスプリは、1970年代以後の流麗なデザインラインの車だ。1945年当時ではジャガー・XK120すら流通していない時代なので、そのデザインが先進的であるかがよく分かる。また、この車の機能として、姿勢制御機能があり、ラリー車並の車高にもなるので、悪路も走れる。スポーツカーは悪路に弱いが、ラリー車機能をオンにすれば、悪路をぶっちぎれる。その機能を使い、基地とローマの間の悪路をぶっ飛ばすシャーリー。こういう時はシャーリーの独壇場である。
「おっしゃ、悪路だ!ラリー車モード、スイッチ・オン!」
ラリー車の車高に変形させ、そのまま悪路に突入するシャーリー。ノリノリであった。
――こちらはローマについた黒江。基地を出た後に変身し、気分を切り替えて、『ローマの休日』気分を味わっていた。対ZERO作戦に伴い、首都のローマの避難はあと3日ほどで開始されるが、この日は幸い、平時と変わらぬ賑わいだった。普段の姿だと、どこの国も自分の事を猫も杓子も知っているので、たちまちに身動きが取れなくなるが、変身した姿であれば『単なる扶桑/日本人の少女』である。そのため、普段は後輩らの手前、表に出せない面を出して、観光を楽しんだ。やっている事は殆ど、ローマの休日である。
「(そいや、ローマの休日、ミーナが気に入ってたっけ。明後日の慰問映画会でかけようかな)おっちゃん、ジェラード二個ね」
イタリア語も素で話せる黒江。戦前期の教育を受けているためと、任務の必要条件から、マルチリンガルであった。これが戦時促成世代では英語と独語にカリキュラムが絞られ、簡略化されていくので、素でブリタニア語が流暢な芳佳は珍しいケースだといえる。更に、この時期に問題視されているのが、ウィッチ兵科の指揮官として成熟した人材がそろそろあがりを迎え始めるという問題だ。指揮官は安々と育成できない。『参謀は教育で生み出せるが、指揮官は戦場が生み出す』という古い格言もある。その格言の意味通りなら、世代交代が10年ほどで訪れているウィッチは『近代国家の軍隊に不向きなモノ』と言える。
(そいや、そろそろ、ウチの軍の教育機関のカリキュラムが否応なしに戦前回帰になるな?確か、前史だと、連邦の提言だったが、今回は日本の横槍対策が主になりそうだけど)
日本の横槍は今史においては、この時、既に扶桑のみならず、ウィッチ世界の各国に及んでいた。亡命リベリオン、ブリタニア、オラーシャ、ガリアと言った、21世紀世界でも同位国が強国である国々がその被害者になっていた。オラーシャはシベリア抑留などのソ連邦としての振る舞いを咎められ、ガリアは日本人への無礼、革命期の蛮行を、リベリオンは文化財を焼いたことなどの同位国の戦争犯罪を咎められている。日本の左派の強烈な政治的圧力は度が過ぎており、ある人の罪をウィッチ世界のその人物に被せ、一方的に断罪し、地位と名誉をあらゆる手段で奪う。これはウィッチ世界の誰もが理不尽と断じる所業だが、彼らに取っては、『起きる事を未然に防いで、何が悪い!!』という大義名分がある。結果、彼らの干渉はオラーシャの革命騒ぎでその頂点を極める。そして、皮肉な事に、彼らが扶桑の強国化を防ぐために行った事が、ウィッチ世界が扶桑の強国化を望むという状況を産む。そして、太平洋戦争開戦までに、本土防空部隊のほうが前線になる南洋島配置部隊より多いという状況を作り出す。これが今回での64Fの酷使の理由となるのだった。(前線のウィッチ部隊で当てになるのが同隊しかいない)
(確か前史だと、本土防空部隊が手薄なのを咎められて、南洋島配置予定の部隊が本土配置に変わったり、明野が予定変更でそのまま教育飛行隊であり続けたんだよな。問題はウィッチ部隊が4つしか無くなる事なんだが、また酷使されるぞー)
――扶桑の空戦ウィッチ部隊は、今史では、日本の横槍が入ったため、空軍設立後に新設される『新64F』を入れても、空軍で存在する予定のウィッチ部隊は四つ。そのため、64Fが多国籍部隊と化する土壌は既に整えられている。それを思うと、気が重くなる黒江。ローマの街を歩いていると、電話が入る。赤松からだ。
「よー、黒江のボウズ」
「ま、まっつぁん!?」
「山本さんの計らいで、お前らのめんどーをワシが見ることになったぞ、ガハハ」
「ま、マジで!?」
「加東の娘っ子が面倒を起こしたから、あれですっかりガキ共が怯えたろ?それで、ルーデル大佐が、お前らを抑えられる人材と言うことで、儂に連絡がいったわけだ」
「どーいう事っすか?」
「つまりだ。お前らが専横を起こす事を、ミーナ中佐が危惧してな」
「やっぱ報告が?」
「うむ。お前らはミーナ中佐より先任の将校だが、建前上、ミーナ中佐を立てる必要があるし、加東のやった事は問題ではあるからな。山本さんがお前らの大義は説明してくれたが、納得しかねている。今回は指揮権の問題に絡むから、法務がうるさい。加東には儂から出頭を命じた。お前はその場にいなかったから呼ばれてはおらんが、穴拭のお嬢ちゃんはその場に居合わせたから呼ばれた。一応、儂の口添えで法務はお咎め無しになるが、加東に『気をつけろ』と言っとけ。中佐がピリピリしとる」
「了解っす、姐さん」
「お前らはお上の信頼が篤い。今回のことはカールスラントも強くは出られん。逆にお上はカールスラント皇室に抗議すると息巻いてるそうだからな」
「国際問題に?」
「お前らは例え、記録が改竄されようが、扶桑最高の英雄だ。非難の中心になったのが、主にカールスラントやスオムス、それとブリタニアのガキ共だろう?お上がもう抗議声明を出しているぞ」
「早っ!?」
「お上はお前らを忠臣と評価しているからな。未来情報で東条さんへの信任を責められて、頼れるのが山本さんや吉田翁、それとお前らだ。子供のように思っとるのさ。それで『下手からねめつける様な、一読では抗議と解らないような内容で声明を出した。カールスラント皇室やスオムスのマンシュタイン元帥は顔面蒼白だそうだ」
「その二国が初めに?」
「うむ。エイラ・イルマタル・ユーティライネンとカタヤイネンの二名は功績を鑑みて、当面は謹慎、ブリタニアのパトレシア・シェイドも何かかしらの処分は下される。それとベルギカのイザベル・デュ・モンソオ・ド・バーガンデールもだ。ブリタニアから処分が下される」
「謹慎処分は何日で?」
「謹慎は法務の聴取迄の仮処分の手筈だ。あまり重い処分にはならん。ZEROの襲来までには間に合わせるんだろう。加東が今、聴取を受けとるはずだ」
「ほんと、スンマセン。姐さんの手を煩わせて」
「儂のような古参になると、同期は殆どおらんようになるからな。なーに。お安い御用だ」
赤松は1945年当時で既に20代後半。現役ウィッチとしては信じられないほど高齢である。これは元から、黒江以上に減衰の遅い体質だったのが、更にグランウィッチとなる事で、まさしく『魔女』になったからだ。北郷と江藤も新人時代に面倒を見てもらった都合、今でも頭が上がらないので、その弟子筋の黒江たちも全員、子供扱いである。その経歴が山本に『レイブンズのお目付け役』として送り込まれた理由だ。
「詳しく聞いてないんすけど、事の発端はなんすか?マジンガーZEROのことが原因とは聞きましたけど」
「ああ。事の発端はフレデリカ少佐が、機密扱いになっていた加東のアレの映像を発掘してきた事なのだ」
「ああ、あの時のストナーとシャインスパークの?」
「そうだ。管理していた部署の若いやつがうっかり彼女に送ってしまったらしく…」
「軍令部や参謀本部も、人員の世代交代進んでましたからね…」
「それで、その担当者、機密を流したのを咎められてな。哀れ、アリューシャン送りだそうだ」
「かわいそーに」
「あれは時間軸的にも矛盾しとるからな。上があの時に『歴史の分岐』を恐れて封印しておったはずの映像だ。それを流出させたもんだから、その担当者、魔女狩りみたいな事になりかけておった。若いから、その事は知らんかったのだろう」
――軍令部と参謀本部の人員も終結からの10年近くで世代交代が起こっていたため、圭子の映像を流出させた事も理解出来ず、『エクスウィッチの映像を渡しただけで、なんでこんな!』と喚いた。彼は運の悪いことに男子校から軍に進んだので、俗事に無関心で、レイブンズが戻っていた事を知らなかった。さらに言えば、彼の学生時代に現役だったウィッチが『復帰している』事も一蹴し、信じていなかった。それが彼の不幸だった。フレデリカの要請に応えただけで咎められたのだ。彼の無知が招いた事と分かると、特秘の判子を見なかったのかと説教され、アリューシャンに跳ばされる。これに憤慨した彼が戦後、三輪に与する士官の一人となる原因となるのであった―
「とは言うものの、奴は三輪に与するだろう。今の急激な変革に、人間の頭が追いついておらん。その彼もその一人だ。三輪はそうした者達に担がれて出世してゆくからな」
「この時代には伏線があったのか。クソ、あの軍国主義者め!」
「この時代の奴は単なる若手航空参謀だ。こっちから手出しは出来んよ。問題はいつから奴がああなったか。それを同期の黒岩に監視させてる」
「海軍三大変人の一人と言われた?」
「親父さんが戻した。今は343の預かりだ。ウチに配属予定だしな。海軍には撃墜王という制度がなかったが、亡命リベリオンを腹に抱えるのと、日本からの文句を鑑み、撃墜王の公式化で折れた。人手不足をエースの存在で補う必要があるからな」
「志賀の奴は?」
「横空に戻るそうだ。今回は坂本が事実上の後任になる。親父さんが引き止めたが、スキャンダルの責任を取りたいそうだ」
「そうですか……」
「坂本とお前らで今回は回さんといかんぞ、今回は。501にも一枚噛むことになった以上、儂も協力する。孔雀座に叙任された以上は、お前らに恩もある」
赤松はグランウィッチの一人であり、孔雀座の白銀聖闘士にも叙任されている。元々、格闘技も扶桑海軍最強を謳われていたほどの逸材であったので、黄金に匹敵する実力者でなければ叙任されない孔雀座を継げるに値する素養があり、それが開花し、黒江と智子の推薦で叙任された。黒江達は、先代白銀/黄金のほぼ全員が死に絶えた聖域では貴重な逸材であり、扶桑出身の聖闘士の割合が多くなっているのも仕方がない事だ。
「んじゃ、切りますよ」
「おう。数日以内にそっちにつく。基地で会おう」
「ほんじゃ」
扶桑は亡命リベリオン人を数十万単位で受け入れた。その都合、どうしても褒章のバランスを取らなくてはならず、更に天皇陛下がクロウズのプロパガンダを、海軍が大手を振って行った事を指摘した事からの事だ。343空飛行長の志賀少佐は『他所の国の風習を持ち込むなど!陸式のカールスラント被れなどに!』と抗議したが、源田が『同位国へのプロパガンダの必要と、褒章のバランスの問題だ。これはお上の聖断であらせられるぞ』と通告したことでその場は収まったが、彼女は不幸にもスキャンダルに巻き込まれてしまう。彼女の『昭和14年に我軍は編隊共同戦闘を是とする公式見解を出しております!』という意見が日本の新聞に取り上げられた結果、史実太平洋戦争の『西澤や岩本の事はどうなんだよ!』とする抗議が起こる。志賀もこれには戸惑った。日本海軍がまさか多量撃墜者を宣伝に使っていたとは思わなかったからだ。しかも、言葉の通りの編隊共同戦闘と言える戦闘を日本海軍が自隊以外は殆ど出来なかったという史実が彼女に突きつけられ、更に連合艦隊の告示で、西沢の同位体『西沢広義』曹長が『戦闘機隊の中堅幹部として終始勇戦敢闘し、敵機に対する協同戦果429機撃墜49機、撃破内単独36機撃墜、2機撃破の稀に見る赫々たる武勲を奉し……』とハッキリと述べられていた事が彼女の心を折ってしまった。彼女はとうとう、飛行長の職を辞す事を告げるほどに追い詰められた。源田は『気にするな』と声をかけたが、憔悴ぶりは目も当てられないもので、結局、本人の希望により343空を去り、横須賀航空隊へ転任。今史では、暫定的に圭子が出向という形で任を引き継いでいる。今史で起こった、このスキャンダルは、新64Fの幹部級人員の割り振りを決定づけた。これにより、幹部級人員は元第1F/旧64F経験者がその座を占める事となり、若干、343空色が薄まった。その代わりに特務士官は海軍の誇った変人達のポジションとなり、彼女らが新64Fの潤滑油になっていく。これが志賀の埋め合わせと言える源田の選択であった。また、横空に転属した坂本が出向という形で『訓練指導員』扱いで戻ってくる。軍医教育で離任を予定している芳佳と入れ違いだ。今史では『空軍転属も考えてるぞ』との事。これは黒江への償いが行動原理になったからで、黒江への前史の行いを気に病んでいるのが分かる。その事もあり、今史では、黒江の『面倒』を分担して引き受けているのだろう。
――こうして、真501は人員の掌握のため、幹部の割合に於ける扶桑の割合が増加する。これは事実上、扶桑が連合軍の主導権を握った証でもあった。スリーレイブンズを要し、連邦からの援助をもっとも多く得た扶桑の発言力がリベリオンの分裂で増加し、今や、カールスラントよりも多くの戦力を供出している。統合戦闘航空団の人員の割合は国力のパラメータとも言われていたので、扶桑の超大国化の暗示と見られた。特に、501幹部と言うべき人員が、カールスラント三大撃墜王に対し、伝説の『レイブンズ』全員とクロウズの二人である事実が扶桑の意気込みを示していた――
――エイラ・イルマタル・ユーティライネンの自室――
「姉ちゃん、このスコア本当なのかよ……?」
「ああ。マンシュタイン元帥へ通告された、あの三人の公式の合計スコアだ。お前はこの人達に喧嘩売ったんだよ、イッル」
マンシュタインに通告された三人のスコアは、江藤が改めて『調査』し、当時の公式スコアに加算させたものだ。スオムス方面の連合軍の司令官の一人で、カールスラント軍人のマンシュタイン元帥がカールスラント皇室からの指令で調査した(責任者はスオムスのマンネルヘイム元帥)(『伯爵』とロスマンが問題の中心にいたため、カールスラント軍部も動いた)。1930年代に三桁の撃墜スコアを挙げていたため、マンシュタインも、マンネルヘイムも正確性を問い合わせたが、厳格な撃墜確認を行っていた陸軍航空部隊の記録なので、納得した。スコアを間引いていたのは、『突出した戦果を若い者に与えると、天狗になるので、現実的なスコアで公表したまでである』とする江藤の見解が添えられていた。江藤のレポートには、『三桁撃墜王が現実となった事に、戦間期世代として驚いており、スコアの加算は伝説の裏付けというより、三人が大人になったので、スコアを再調査したまでである』と記されており、あくまで、『未確認のスコアが確定した』という体裁を取っていた。これは後輩世代との軋轢を考慮した江藤なりの気づかいで、赤松から『前史で軋轢が起こったから、お前、どうにかしてやれ』と指示された事も関係していた。
「当時でこれだけのスコアが挙げられるってことは……?」
「彼女らの実力は元から本当だって事だ。いくら転生しても、ここまでの戦果は当時の武器じゃ、普通はとても無理だ」
「なんかずりぃよ、それ。転生してさ、記憶も引き継いでやり直してるなんて……」
「未来世界の撃墜王は、カールスラントの三桁撃墜王すら霞む連中揃いだぞ?」
「まさか」
「フォン・ブラウンで買った、その手の軍事雑誌だ。見てみろ」
「え、え〜〜!あ、あいつ、こんなすげえ撃墜王だったの!?」
まず、目に入ったのは、面識があったジュドーのスコア。ネオ・ジオンのフラッグシップ含めての輝かしい実績を残している。次にカミーユのスコア。ブランクが長かったので、スコアの大半はグリプス戦役のものだが、ジ・オを含めての撃墜スコアは色褪せない。
「ん!?1会戦で戦艦二隻、巡洋艦三隻をザクで撃沈したぁ!?」
それはシャア・アズナブルのスコアで、一年戦争当時は中尉から大佐まで昇進した俊英。尚且つ、現在でも地球連邦の最強のエースパイロット『アムロ・レイ』と互角に戦える男。ルウム戦役での赤いザクの再現CD写真も添えられていた事から、『レッドバロンじゃあるまいし』と呆れたが、彗星の如き戦いぶりに冷や汗タラタラだ。
「え……。何だこれ」
それはアムロ・レイの伝説の数々の記事だった。一航過で巡洋艦四隻を撃沈、三分で12機のリックドムを撃墜、ネオ・ジオンのエース機を纏めて一蹴などの記録は信じられない。乗機が自分の反射神経に追いつかなくなったので、専用機まで用意された(届かなかったが)ほどの実力。
「未来世界での、あの三人の上官になるそうだ。その人の今の乗機は次のページのグラビアを飾ってるぞ」
「あー、あのガンダム、この人用だったのか!」
「知ってるのか、イッル」
「うん、去年に別の奴が『テストで〜』とか言って使ってたんだ……そうか。その完成形がこいつか」
HI-νガンダム(VER.2)。シーブックがテストしていた際よりもフレームが増厚され、マッシブなフォルムとなっている。ジェネレータが更に高性能なモノに変えられ、塗装も正式に、青と白のツートンカラーとなっている。武装も専用武装が完成したらしく、テスト運用時とは違うものを携行している。改修が重ねられたのか、追加装甲まで身にまとっていた。
「何々、元々の原型機はRX-93?私が手懐けたフェネクスの親戚?」
「あれとは別だ。νガンダムというのがあって、その完成形に当たるのがそれだ」
「MSって、ややこしんだな」
「ユニコーンシリーズそのものが開発系統としちゃ異端なんだよ。そのRX-93こそが、RX-78の流れを組む正統後継機種なんだ」
RX-78は、GPシリーズを挟まない場合は『RX-78-7』が開発系譜上、ガンダムmk-Uの祖にあたる。その更に正統後継機種は『RX-93』。即ち、νガンダムだ。ZやZZは別系統なので、初代からの開発系統を重視するなら、そうなる。
「つか、姉ちゃん。なんでそんなくわしーんだよ」
「アホ。向こうに行ってれば、ガンダムタイプくらいは嫌でも覚えるわい。お前がおかしーんだ。共同戦線してたくせに」
「は、畑違いの分野だったし……」
「まぁいい。これ見て覚えろ。法務の聴取までのいい暇つぶしにはなる」
「姉ちゃん、いつアナハイム社になんて、いったんだよ」
「ISもらったから、その調整で」
「あー、なんだよそれ!ずるいぞ!!」
「お前だって、フェネクス手懐けたろ?そのうち行けると思うぞ」
エイラとアウロラの姉妹は『不死鳥』を手懐けたため、貴重な戦力となる。その事もあり、エイラは批判の中心にいたのにも関わず、比較的軽度の処置で済んでいる。これはエイラの未来予知能力がニュータイプ能力へ昇華したため、フェネクスを制御できたからで、既に対ZERO用兵器として運び込まれている。『可能性の獣』という謳い文句を持つガンダムに畏怖を感じるミーナの姿が格納庫で確認されたという。
――のび太達は悪路をなんとか乗り越えたが、ヘトヘトだった。シャーリーがラリー車モードで悪路をぶっ飛ばしたからで、息も絶え絶えの芳佳とのび太――
「ハヒー、参った参った……」
「そうだね……。でも、大丈夫かな?」
「なんです?」
「ルッキーニちゃんに黙って、ローマまで来ちゃったけど」
「あいつが隠れられるほど、この車大きくね〜し、大丈夫だよ」
エスプリはスポーツカーである上、デザイン的に、ルッキーニがトランクを探せるとも思えない。なので、シャーリーも安心していたのだが……。
「ニシシ〜、そうは問屋が卸さないもんね〜」
「あ、お前、トランクに壁紙ルーム貼ってやがったな?つか、よくわかったな!?」
「あーやの部屋にあった雑誌で覚えたもーん」
「お前、あの人の部屋に入ったのか?」
「事情は、思い出したから知ってるもん。あたしだって、エクレウスの聖闘士だもん」
「そういやそうだっけ」
「思い出したタイミングがずれちゃったから、あの時は寝てたけど」
ルッキーニは仔馬星座の聖闘士である。その記憶が蘇ったので、これ以降はグランウィッチと分類される。
「ルッキーニちゃん、思い出すの遅いよ〜」
「うじゅ!そんな事言われてもさ、今のあたし、13歳だよ?思い出すの遅れても無理ないってば!」
グランウィッチに覚醒したルッキーニは、以前よりも大人びた言動が増えるが、根本的には天真爛漫さを保っている。無論、孫のトリエラとの記憶もある。その辺はグランウィッチの特権でもある。
「まっ、いいか。お前ら、ローマ観光するぞ〜。綾香さんは変身してるから、見つけにくいと思うけど」
「でも、ツインテールの日本人って、わかりやすいと思いますよ。この時代にルッキーニちゃんみたいな髪型をしてたら、大人がうるさいですから」
「この時代の扶桑って、頭が古い明治生まれとか生き残ってるからなー」
「マンガじゃよく見るけど、あたしの髪型、本当は子供の髪型なんだよねー。漫画の萌え要素とかだもん。ティアはしてたけど」
「あいつはフェイトの補佐で忙しいとかで、こっちにはまだ顔出してないんだったな」
「ええ。でも、黒江さんのあの姿、別の世界に、元になった子がいるんですよね?」
「ああ。あの人曰く、『貸し借りがあるから〜』とかで、仮の姿として使ってる。そいつの持ってたアイテムもコピーして持ってはいるけど、あの人にとっては『思い出』さ」
「それと、やり過ぎない為のリミッター代わりにはなるとか言ってました。ほら、綾香さん、普段は全力でやるから、地形変えちゃうじゃないですか」
「黄金だしね〜。あたしは青銅だけど」
一同は黒江の変身を話題にする。黒江の変身は機密に属するが、公表が考えられていた。しかし、今回の事により、公表は先延ばしされた。黒江が容姿を使い分けできるという事実が、黒江が他のウィッチに、『毛色の違う存在と見られる』懸念があると、坂本が進言した事により、先送りされた。グランウィッチ達は重要事では会議を開くのだが、ルッキーニも今後はその資格がある。
「ルッキーニ、今後は会議に出ろよ〜」
「分かってるって〜トリエラに自慢したいしさ」
「ああ、お孫さん?」
「うん。90年代生まれで、あーやの娘っ子より下だけど」
「かなり遅くないですか?」
「ウチの娘も聖闘士だったから、婿とるの遅れてさ。同じ聖闘士と結婚させたよ」
ルッキーニ家はフランチェスカ以来、代々が聖闘士であり、例外なく、孫のトリエラも聖闘士である。二代続けて、同じ聖闘士同士で結婚したため、少宇宙が発現し易い家系になったのがわかる。道を走っていると、ご機嫌で黒江がジェラートを食っているのが見えた。
「おーい、あーや〜」
「なんだ、お前らも来たのか。つーか、エスプリで来たのか?よく来れたな」
「まいりましたよ。シャーリーさんがラリー車モードで悪路を」
「お前なぁ。ガキ共乗ってるんだし、加減してやれよ」
「あ、はは……」
「で、どうする?こっちはアストンマーチンで来てるけど」
「並べて止めよう。キーは拔いといた?」
「もちろん。21世紀の日本じゃあるまいし」
「それに電子キーだからピッキングも出来ませんよ」
「意外にハイテクだな、おい。さて、どこ行く?」
「真実の口は?」
「ベタだねぇ。まっ、オードリー・ヘッ○バーンが7年後に映画でやるはずだから、先取りでやろうよ。この時期はまだ観光化されてないしさ」
「そっか、あれって53年だっけ」
「そそ」
「でもさ、麗しのサブリナはともかく、パリの恋人とか、パリで一緒にとか、どうなるんだ?未来世界じゃリメイク不可能になったし」
「パリが吹っ飛びましたからね」
「ヌーボパリで撮影とか?シャレードも不可能になったと思うぜ」
「ガイアでとるんじゃ?」
「お前、天才だろ!」
「いや、ふつーに考えれば?」
未来世界ではガイアにはパリは往時の姿であるため、ガイアで撮影が行われる様になる。アースではコロニー落としで消え失せたが、ガイアでは健在であるためだ。芳佳は首をかしげるが、皆が言うので、場の勢いに流されてしまったのだった。
「ねー、あーや。その姿になってると、なんかいつもより優しそうに見えるよ」
「お、お前なぁ。でも、この姿でいる時は、気張らなくていいから、素が出せるんだよな」
黒江は仮の姿でいる時は、普段は押し殺していた『素の自分』が出せるので、普段よりとっつきやすい雰囲気があると、ルッキーニが指摘した。黒江は元来、心優しく、女の子らしい少女であった時代があった。成長とともに鳴りを潜めたが、転生後はその面が変身後は見せるようになったので、変身時はあーや寄りと言える。
「へぇ〜。で、その首のペンダントみたいなのが?」
「ああ。シュルシャガナのシンフォギアだ。思い出の品扱いで持ってるだけだけどな。私は黄金だし、纏ったところで特段、変わらねーしな」
黒江は黄金聖闘士である。ギアに頼る事なく、神に抗える戦闘能力が出せるため、ギアを纏うことの意義は殆ど無い。そのため、シンフォギア世界でも、シュルシャガナの機能はほとんど使っていない。ヒール裏のローラをコスプレ喫茶で使ったのみだ。あとはゴロプとの戦闘で、ダメ元で放ったくらいである。ある意味では『宝の持ち腐れ』とも言えるが、シンフォギアで戦うべき敵がいない、そもそも『それ以上の力』を持っていたなどの理由も大きい。シンフォギア世界にいた際は、儀礼的意味で纏いつつ、少宇宙を燃やして模擬戦を行い、立花響を圧倒したりしているし、決戦では、一度目では射手座、二度目は山羊座と、二つの神聖衣をこの姿で纏っている。最初の時は月詠調がいないことが確定した事で、暁切歌が情緒不安定に陥ったため、自立完全聖遺物『ネフィリム』の復活にも関わず、切歌がエクスギアの発動を出来なかった事などの要因で、ピンチに陥った奏者らを救うために参上、その際に射手座の神聖衣を披露している。その際には、『燃え上がれぇぇぇ!私の小宇宙よぉぉぉ――っ!』と、お約束の台詞を叫びながら纏っている。ネフィリムにとどめを刺す時は、自身が好きである音楽『only my railgun』を歌いながら神矢を放って貫き、トドメを指している。また、フェイトの憑依明けのときに、アイオリアが涅槃に戻る前、古代の提案で、『戦闘妖精雪風』のED『RTB』を歌って、彼と別れた事に習い、シンフォギア世界を、黒江が去る際は『eternal reality』を歌って別れている。
「ほんと、面白かったよ、その世界は」
黒江は笑う。月詠調の姿だからこそ出せる『本当の自分』。今のところはグランウィッチのみが知る、その笑顔。屈託のない笑顔は、黒江が精神の分裂を経て持った『純真さ』の象徴のようだった。
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