外伝その127『約束された勝利の剣』
――ダイ・アナザー・デイ作戦で示された事は一つ。『通常ウィッチでは膨大な物量に抗しえない』という事実だ。ダイ・アナザー・デイ作戦は、当時に欧州にいた殆どの航空ウィッチが投入されていたが、数千を凌駕する総数、一回が300機に及ぶ編隊を防ぐのは重荷であった。ウィッチ単体での平均火力が非力過ぎたのも原因で、ウィッチの13ミリ機銃では、20ミリ砲をも弾く重装甲の米軍系航空機相手には不利だった。M2重機関銃よりはマシ程度の火力では、九九式20ミリ砲を弾ける重装甲を持つ『グラマン鉄工』と渾名されるF6Fにすら翻弄される有様だった。勝っているのは機動力だけ。火力で負け、当然ながら、相手が人なので、魔導弾による装甲弱体化は起きない。この事もあり、通常ウィッチの戦果は微々たるものであった。
――前線のとある補給拠点――
「やっぱ普通の連中は使いもんにならねー!なんだよ、このザマぁ!」
「火力が弱すぎなんだよ、あんな重機関銃程度じゃ『グラマン鉄工』どころか、F4Fも怪しいもんだぜ」
黒江は調に変身した姿で報告を聞いているが、報告に悪態をついている。それに同意するイサム・ダイソン。黒江は思った以上に『尻込み』する者が多い上、敵前逃亡までやらかしそうになった部隊もあると聞いたためか、思い切り不機嫌である。
「お前らは空中元素固定で武器造れるからいいが、他のガキ共は12ミリでいいって出ていって、シャワーを浴びせられて、戦闘ストレス反応になりやがるの多い事。さっきの連中で飛行大隊が一個分だ」
「クソ、あの程度でこれじゃ、先が思いやられるぜ」
「あの、黒江大佐はどこに?」
「君の目の前にいるこいつがそうだが?」
「なんだ、ロスマンじゃねぇか。どうした?」
「!?な、なんですか、その格好!?」
「今は暇ねーから、後だ後」
黒江は外見と姿が違うので、ロスマンを驚かせた。調の姿を取り、ギアを纏っているので、調当人との違いは目の黒目の部分の色の違いと、目つきくらいだ。あとは背丈しか見分けポイントがない。
「空戦をしておられたのでは?」
「マルヨンは迎撃用だから、制空戦闘やるとガス欠が早いんだよ。今度はイーグルを用意させてる」
「機種転換任務は?」
「自衛隊で乗ってるほうの機種に乗るから、問題ねぇよ」
「ジェット戦闘機をホイホイ乗り換えが?」
「イーグルのほうがむしろ楽だ。普段、自衛隊で乗り回してるからな。この時代のメッサーや火龍、橘花みてぇに一撃離脱しか能がないのじゃなくて、バリバリの空戦仕様だしな」
この時の戦力供給には自衛隊も協力しており、派遣されているF-15Jは黒江が2016年時点の統括官としての権限で回した機体だ。
「なんだったら、お前にもF-2でも回そうか?電話一本で借りられるぞ」
「なんですか、それって」
「だって、私、空将だもーん」
「……」
呆気にとられるロスマン。
「あれ、たしかF-2って、青い単発の飛行機ですよね、雷撃機じゃないですかー!」
「バーロー!ソードフィッシュや九七式と一緒にすんな、マルチロール機だ!マルチロール!空戦性能はイーグル以上だっての」
「案ずるより産むが易し、実物見せた方がいいんじゃねーのか?」
「おー、それだ。サンキュ、イサムさん」
と、黒江は自分の権限で派遣されている飛行隊からF-2を借用すると連絡を入れ、空対空装備で用意させる。イサムの運転のジープでその格納庫へ向かった。
「空将、用意させておきました」
「ご苦労。感想はどうだ、ロスマン」
格納庫へ入ると、青い洋上迷彩色のそれが待機していた。訓練用のF-2Bだ。ただし装備は実戦と同じだ。黒江は感想を聞く。
「大きい……。これが後世のジェット戦闘機……」
「2000年に初飛行だから、55年後の機体だ。当然、相応の技術で造られてるし、操縦桿はポンと押せば機体が動くくらいのもんだ。こいつの操縦ライセンス取っといてよかったよ。お前は耐Gスーツを着てこい。私はこれでどうにかできる。その機能がついてる強化服みたいなもんだからな。お前はそうはいかんだろう?」
「そ、そうですね……って、乗るんですか、私が!?」
「ジェットストライカーの予行演習と思え。直にレシプロは、第一線では使えなくなるからな」
こうして、訓練飛行と称してのF-2の飛行が始まった。上昇力はレシプロの比ではない。巡航速度も早く、ジェット戦闘機の優位性が分かる。
「速い……今の高度は?」
「8000くらいだ。私にとっちゃ、これでも鈍く感じるがな」
可変機に慣れているので、21世紀序盤のジェット戦闘機は鈍く感じる。当然のことだ。黒江はVFの高級機を乗り回しているので、当たり前だが、自衛隊の機体は鈍く感じられるのだ。
「さて、空中管制機に状況を聞くか。こちら『ミスティ』、状況は?」
「こちら『アホウドリ』。そちらにB-29とP-51の集団が通りかかる。間もなく視認できるだろう」
「了解」
「大佐、状況は?」
「B公に挨拶しに行くぞ。この時期での最新型だが、所詮は大戦型だ。こいつの敵ではない」
数分して、レーダーに反応があった。B-29が10機に、P-51が20機前後の編隊で、定時便だった。
「定時便だな。日本本土空襲では、100機でも小規模扱いだったらしいが」
「もう捕捉を!?」
「レーダーにばっちり映ってるしな。レシプロ相手にはチートなレーダーだが、全容はつかめる」
「ミスティ、レーダーコンタクト」
「アホウドリからミスティ、オールウェポンズフリー、オジロワシが増援に行く。TOT(到着予定時刻)は7分後」
「ミスティ、ラジャ。フォックスツー…ミスティ、フォックスツー…ミスティ、フォックスツー…ミスティ、フォックスツー、バスター、タリホー」
いきなり無線符号の連発なので、まだミサイルがない(無誘導ロケット弾はあるが)時代の人間であるロスマンは首を傾げている。そして、黒江は機体のアフターバーナーを炊き、B-29の只中へ突入させる。その間、わずか10秒たらず。
「同士討ち防ぐために射撃宣言して打つんだ、戦闘機の場合はな。空対空はフォックス、ナンバーで長射程の物からナンバリングしてるんだ、機銃がスリーかフォーになるな」
「なるほど……そういう事情が」
「さて、暴れるか!」
黒江は機体を縦横無尽に操り、定時便のB-29の戦爆連合を蹂躙する。されるほうは堪ったものではない。方陣を組んでいたのをミサイルで突き崩され、高速で突入してきた敵機に対応できなかった。当時、ジェット戦闘機など影も形も知らない者もいた上、B-29の防御砲塔は超音速ジェット戦闘機など、想定外だ。
「スプラッシュは二機か。でも先頭が墜ちてくれたのは有り難い、上手く編隊が崩れてる」
「百発百中ではないんですね」
「何かかしらの要因で外れる場合もあるからな。ミサイルに慢心はしない。さて、目の前の奴を機銃で撃つか。それに機銃と同じさ、急所に当たらなきゃ落ちねぇ。特にB公は4発機だ。胴体に当たれば一発だが、エンジン一個くらいじゃへこたれん」
B-29は胴体が意外と脆い(与圧されていたため)が、エンジンに攻撃を当てただけでは、飛行速度の低下くらいしか見込めないのだ。
「見えない距離から当たるとか、その距離を分単位で飛べるとか頭オカシクなりそうですよ……」
「コンピュータ技術とジェットのおかげだよ。レシプロは物の数じゃないし、初期のジェットはレシプロに毛が生えたもんだから、落としやすい」
「ん、レーダーに反応ですよ」
「味方がくるにはちょっとはえーな。ん、敵だ。あんなボロっちぃ直線翼機、味方には無いしな」
「よく見えますね」
「元々、2.0以上あるしな、視力。ん、F-80だな。意気込んで出てきたんだろうが、そろそろ味方が来る頃だ。奴ら、泡食うぞ」
敵はシューティングスターを繰り出してきた。安定量産可能な最初のジェット戦闘機だが、それらは援護に駆けつけた自衛隊の飛行隊に追い散らされていく。アウトレンジ攻撃と、突入による追い散らしであった。
「オジロワシ320、助っ人に来たぜ!」
「オッス、ご苦労さん。星の連中はてけとーに流れ星にしてやれ。ミサイル使わなくても行けるぞ」
「分かってる」
F-80は、当時としては最新型の機体であったが、それを超越するF-4EJ改の前では赤子同然で、一機、また一機と、殆どルーチンワーク同然に落ちてゆく。
「ファントムでこれだもんな。あいつらに同情するぜ」
「あの複座の機体は?」
「古い機体……と言っても、近代化されているからな。原型はここから10年以内に飛ぶはずの機体だよ」
「じ、十年!?」
「発注は七年後。七年で超音速ジェット戦闘機が出るのさ。しかも艦上機で」
これも凄い事だが、F-4の原型の発注は52年なのだ。そして初飛行は58年。その間に加速度的に発達したのだ。そして、逃げようとした二機が追尾されて、機銃で落ちてゆく。
「こちらオジロワシ。全機撃墜しましたぜ」
「了解。遊覧飛行と行きたいところだが、燃料を使ったから、先に帰投する。……やべ、バスターで気合い入れすぎたかな?ビンゴ寸前だわ」
「B型は燃料容量が落ちるからな。空中給油機がいるはずだから、そっちに向かえ」
「サンキュ」
「空中給油?」
「そっか、この時代だと概念が出来たかも怪しい頃か。50年代くらいになると、航続距離延伸のために、航空機から航空機に燃料補給できるようになるんだ。21世紀や22世紀のVFの発明まである概念だよ」
ウィッチ世界では空中給油という手法は研究されていないが、未来世界では、大正期頃に実験が始まり、戦後に実用段階に達した。黒江もそれは知っているが、概念が普及した頃を優先した。ウィッチ世界で研究がされていないのは、ウィッチが花形であり、ユニットの航続距離はウィッチの魔力に左右される面があるからだろう。さらに言えば、渡洋爆撃も行われていないし、戦略爆撃がこれまで主戦術とされなかった事もあるだろう。
「戦略爆撃機がウィッチに軽んじられてたのもあるな。怪異相手には効果が薄いってのは分かるが、相手が人の場合は恐ろしい兵器だ。まして、敵が無差別破壊を仕掛けてくりゃな。鏡面世界に入れ替えてなきゃ、今頃、街の4個は地図から消えてるぜ」
「あれがもし、鏡面世界でない世界で使われていたら?」
「史実じゃ日本本土を一年くらいで焼け野原にしていったよ。それほどの兵器だった」
B-29が日本にもたらした破壊は歴史に残り、日本にトラウマをもたらした。そのトラウマが扶桑の強化を推進させた。ジェット戦闘機が瞬く間に普及したのを手伝ったのも、戦後日本人の恐怖心が由来だろう。実際、B-29への復讐心も強く、地対空ミサイルを大量配備させてB-29程度は寄せ付けない防空網を張り巡らせている。実際、数千いる敵爆撃機は機種を問わず、戦闘の度に機種を問わず、30機の撃墜を記録している。これは地対空ミサイルの射程に入ったもの、自衛隊機に一回辺りの出撃で撃墜された数を入れている数字だ。
「B-29は防御方陣を組まれたら、レシプロじゃ落としにくいこの上ない。私やお前でやっとだろう。だが、ジェットならミサイルで数を減らせるからな」
「なぜですか?」
「機銃座が今の時点の最新技術の塊で、今の時点じゃ最高の弾幕を貼れるからだ。これで戦闘機が返り討ちに遭うのも日本じゃ当たり前だった」
その弾幕は朝鮮戦争のジェット戦闘機にも通じたが、流石にミサイルを持つ時代の戦闘機相手には通じない。参加している義勇兵らはB-29を粉砕できるという事実に感涙していたりする。
「ほら、参加してる中に、日の丸のハチマキ巻いてるのとかがいたろ?あいつら、元日本軍の軍人で、あれとの対戦経験者だよ」
「なぁ!?」
「士気高いし、戦争生き残ってるから、並の扶桑のパイロット引っ張ってくるよりはよほど戦力になる。それに訓練期間も比較的促成で済むしな。若い頃に乗ってたわけだし」
日本からの義勇兵は集めた時の年代の都合、零式21型への搭乗経験がない世代が多いが、中には支那事変からの猛者も含まれている。そのため、海軍出身者には零式二二型、紫電改などが人気機種であった。陸軍出身者はキ43三型を好む傾向が強く、2000年で黒江と将棋を指しあった事がある知り合いの好々爺(2000年時点で80超え)達も参加していた。なんと、64Fの生き残りであったらしく、黒江が加藤の腹心であった黒江少佐の同位体であることに喜んでいる。
「義勇兵の中に、向こうで知り合った爺様たちがいてさ、ウチの部隊の出身者だったって聞いて驚いたよ。世の中狭いもんだ」
「義勇兵って、いつから集めたんですか?」
「2012年位から極秘裏に斡旋して。その時点で存命だったのは少ないが、有名所も意外に生きてたからな。集めるのは楽だったよ。一部は他の年代からも引っ張ってきた」
「よく日本が許しましたね」
「個人の自由意思だし、元・軍人達は戦後に爪弾きされた経験もあるから、フラストレーション溜まったのが多い。だから、意外に多くが参加してくれたよ。で、訓練が終わった組を動員したわけだ。階級は最終階級だから、在籍時より上がってるの多いけどな」
義勇兵達は見分けの印として、飛行服に日の丸が縫い付けられていたり赤いマフラーを巻いている。赤いマフラーと、官姓名が飛行服に記されているのが元軍人達になる。その事から、日本軍人達は、民間航空経験者や自衛隊経験者の大半とは別々にグループ分けされている。自衛隊在籍経験者の初期世代は日本帝国軍人であった経験も有する者が多いので、軍に短時間しかいなかった者達は元・自衛隊隊員としての参加を希望する者も多い。そのため、1945年までに実戦に出ていた世代までが日本帝国軍人枠、民航は自衛隊経験者枠にも食い込んでいるので、大まかには自衛隊組に入る。と、ここで黒江が関心を寄せる光景が目に飛び込んできた。
「な、何!?あの黄金の光の柱!?」
「誰かエクスカリバー撃ったな?ハインリーケか、調か?」
エクスカリバーを剣で放った時特有の攻撃完了後の余波である『黄金の光柱』だった。エクスカリバーは剣を媒介に放つと、『ビームのようなエネルギーで両断する技』となるため、分かりやすい。エクスカリバーの使い手は自分以外ではその二人であるため、特定も簡単である。
「って!説明してください!」
「だー!エクスカリバーだよ、エクスカリバー!」
「あー……って!伝説の剣じゃないですか!ふざけないで…」
「大マジだ、大マジ!!私とあと三人はエクスカリバー宿してんだよ!オリンポス十二神公認だぞ、公認!」
黒江は何気に自慢する。エクスカリバーは紫龍含めて、四人がその霊格を宿している。黒江はエアを宿した故に、リソースが少なく、最も精度が低いが、それを雷光のエネルギーで補っている。そのため、調とハインリーケにエクスカリバーでは遅れを取っている。従って、二人の内のどちらかがエクスカリバーを放ったのは確かだ。
『すみません、驚かせた様ですね、大佐』
『ハインリーケか。いや、こう呼ぶべきか?アルトリア?』
ハインリーケの方だった。通信で詫びているが、口調が別人のように落ち着いているのと、王者の風格を備えていたため、黒江は事を粗方、悟った。
『おいおい、完全に覚醒めていきなり、エクスカリバーを撃つ奴があるか?』
『リーネとサーニャが味方の救助中に組織の連中に襲われていたので、それで。人がいないから、ためらう理由はどこにもありませんので』
『しょうがないな。私の後ろにロスマンがいるが、話すか?説明求めていてな。』
『分かりました、それでは。……ロスマン曹長ですか?私です』
『その声、ハインリーケ少佐なのですか!?ど、どういう事です!?』
『話すと長くなりますので、手短に済ませます。先程のは私の力――『約束された勝利の剣』――の余波です』
『約束された勝利の剣……!?』
『エクスカリバー、そう言えばお分かり頂けるでしょう』
『待ってください、エクスカリバーはアーサー王が持っていたと言われる伝説の聖剣……。それをどうして!?」
『正確に言えば、エクスカリバーの霊格を見に宿したというほうが正しいでしょうな。それに、私は……貴方が先程、口にしたその人物の生まれ変わり。さしずめ、グランウィッチに覚醒めたとでも申しましょうか』
『貴方が……アーサー王の!?』
『いいえ、『アーサー』というのは後世の人々によって生み出された幻像。その本当の名は――『アルトリア』――」
『アーサー』は後世の人々によって生み出された偶像のようなものであり、自分を縛っていたモノ。彼女は忘れ去られていた本当の名を告げた。かつて、ブリテンの王であった一人の少女として。
『アルトリア……!?』
『それが私の過去での本当の名です、曹長』
落ち着いた、それでいて荘厳で、凛とした雰囲気を纏ったような声。ロスマンは圧倒された。話が真実であれば、ハインリーケはブリタニアの伝説の英雄の魂が転生した存在という事になる。全く別人のように振る舞い、口調も全く別人。それが回答であるかのようだった。
『それが今、お話できるすべてです』
『な、なっ……』
『前世が何であれ、今は一人の軍人だ。守るべき物を守るために戦う仲間だ。アルトリア、そのままガキ共の面倒を頼む。特にサーニャに傷を負わせんな。後で、私がエイラにどやされる』
『わかりました。それでは』
黒江はハインリーケ(アルトリア)との通信を終え、空中給油機のいる方角に機を向けた。ロスマンはあまりの衝撃に放心状態だ。約束された勝利の剣。それは伝説の実在の証明でもある。リーネとサーニャもまた、エクスカリバーを目の当たりにし、立ち尽くすばかりだった……。
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