外伝その228『勇壮15』
――扶桑軍は結局、未来兵器に置き換えられた兵器がかなりに上った。強風、二式水戦、水上観測機、既存戦車の大半、配備が進んでいなかった『一式装甲兵車』(自衛隊の96式装輪装甲車に交代させられた)などに登り、自衛隊式兵器への統一が強引に行われたが、如何せん元々が少数生産であったのが災いし、日本での生産数では、扶桑軍の需要を満たせなかった。窮した日本は現地メーカーを21世紀まで存続する後身にあたる会社に吸収、あるいは統一させ、インフラを整備した上で現地生産させる方法で解決を図り、一部はダイ・アナザー・デイの長期化で生産が間に合い、前線にそのまま配備されたものも存在した。それが自衛隊の89式小銃であった。陸自や海自からの供与品をそのまま現地で生産したケースだが、小銃は比較的に数の確保が容易であったため、そのまま補給品として送られたという。その補給線を支えているのは未来兵器群であり、その最高到達点のスーパーロボット達であり、その力を持つ者達であった。その内の一人である、調は切歌が修行中の期間は黒江の親友の一人であるロボットガールズ『ガイちゃん』のもとで鍛錬をしていた。その成果で黒江から受け継いだ技の他、『ハイドロブレイザー』(ギガバースト)、『デスパーサイト』、『ザウルガイザー』などの技を習得しており、その点から、響との戦闘力格差は絶大なものとなっていた。第4世代ジェットストライカー『F-15J』を纏い、智子と同じ戦闘服姿で、刀を指している(髪型は黒江が容姿を使っているためもあり、ツインテールのまま)ため、扶桑軍ウィッチで通じる。その模様は響も視聴できた。シンフォギア装者としてではなく、聖闘士候補生、地球連邦軍人として戦う姿は『自分が調のためにした事は間違っていたのか?』とする罪悪感を抱かせた。黒江が兼ねてから懸念していた事が遂に現実になった事の表れであると同時に、黒江が維持していた『リディアンの学籍』は重荷でしかなかった事を響も遅まきながらも理解したのだ。バルクホルンとロスマンがやってくるのは、黒江を通して知らされた。時空管理局の協力もあり、バルクホルンとロスマンは響に調が体験した出来事を断片的にであるが、見せることに成功したわけである。赤松もやってきて、赤松が代表して説明した。
「これが調ちゃんが辿っていた生き様なんですか…」
「そういうことじゃ。だから、奴は厳密に言えば、子供ではないのじゃ。もう、な」
「子供じゃないって…」
「お前の世界にも、年齢と外見が一致しない者がいたろ?そういうことじゃ。ボウズも言うとったじゃろ?人の居場所と言うのは本人が周りと融け合う事で作られるものじゃ、入れ替わった別人には椅子を暖めておくくらいにしか役にゃたたん。 結局はまた最初から作り直さにゃ本当の居場所は出来んし前の人間の影響の有るところに交代で入るのは中々に針の蓆かもしれんわ、な?」
「……私は誰も傷つかないようにしたかっただけなんです。ただそれだけで…」
「それはボウズも分かっとる。だから、お前の話を了承したのだ。それに元々、切歌とマリアの助命は裏で決まっていたと聞いとる」
「え…!?」
「貴重なシンフォギア適合者を死なすより、利用したほうが良いに決まっとる。それに元々、米国が調、切歌、マリア姉妹をフィーネ候補の多くの子供と共に拉致していた事で、米国を脅せるからの。それで米国も諦めたんじゃろう。ただ、調が本当はマリア達側だった事実はボウズの行いで闇に葬られたがな」
黒江の行動は調がマリア達と同じ側にいた事実を歴史の闇に葬り去るには充分であり、表向き『飄々とした振る舞いの第四(先に殉職した天羽奏を含まず)の少女』という事となっていた。黒江の行っていた数多くの行為を真似することは、気質の違いもあり、困難である。それは火を見るより明らかであった。
「私は綾香さんに迷惑をかけただけだったんですか」
「そうともかぎらん。ボウズは学生生活はあまり送らんかったし、いい経験になったと話しとったぞ」
「そうなんですか?」
「お嬢とボウズは小学校からそのまま軍隊に行ったから、実は小学校しか普通学校は出ておらんのでな」
「え!?」
「儂らからボウズの時代までは、むしろ上の学校に行くのは珍しかったのだ。親達が上の教育を受けさせるのを怖がる迷信もあったしの」
赤松から智子の世代までは大正期以前の名残りで、小学校出で軍隊志願が当たり前だった。黒田に至っては幼年学校が小学校の代わりであった。それが日本の困惑のもとであり、戦前の軍隊に旧制中学に入れる頭脳の持ち主がゴロゴロいたという事実の再確認であった。軍隊にエリートが集まるのは、幕府時代の名残りで、軍歴がある=勝ち組の風潮があったからだ。
「昔は軍隊は農家の次男坊、三男坊のなどの引受所とも言われたが、実際はエリートクラスでなきゃ入れんさ」
実際、それなりに学がないと、兵器の取扱いがわからないため、小学校卒である事が絶対条件になっていた日本/扶桑軍。赤松はその大前提を話した上で、調の辿った進路を話した。一同を代表して。調は転移後、その世界の大国の王位継承者に拾われ、騎士としての軍事教育が高度に施された事、その国の軍隊でかなりの地位にいた事を説明した。ベルカ聖王の直接配下であるため、必然的に高い地位が与えられた。周囲からの妬みに耐えつつ、鍛錬を相応に行い、その地位に相応しい実力がついていき、やがて巻き起こった戦乱に身を投じていったと続け、断片的な映像を見せる。赤松の巧みな説明もあり、響は息を呑む。
「このように、若い頃のボウズの容姿になっていた調はその世界で十年単位の時間を過ごした。その内の最後の数年は戦場の日々だった。その世界では次元を飛び越えての戦が起こってな。調はその戦に従軍したが、結局、その国は滅んだ」
「どうしてですか?」
「その国の最終兵器が乗り込んだ王の命を削る事で稼働する仕組みの兵器だったからだ。結局、戦闘には勝てても、戦争には負けたという事になり、調は敗軍の将となった。その事もあり、騎士としての誇りや悔しさが燻っていたんだ。SONGの活動ではではけして満たせない、な」
赤松の言う通り、調が味わった悔しさや悲しみはSONGの活動で満たせる種類の感情ではない。そのフラストレーションと黒江との感応が重なり、調をのび太のもとへ走らせたのだ。切歌は時間軸的にはこの戦いで聖闘士を志し、しばし修行を惑星ゾラで積んで、熱気バサラの影響を受けているように、調が活躍できているのは、ガイちゃんや黒江が直接鍛え、歴代仮面ライダーらの薫陶を受けたためである。
「今のお前では、調にも立ち向かうのは困難じゃろう。概念武装であるエクスカリバー・フランベルクとシュルシャガナはお前のガングニールの力では、殆ど干渉できぬものだ。あれらは存在を突き詰めると、『因果律兵器』というべきものでな。結果が先にあり、過程などは吹っ飛ばせる。ボウズのエクスカリバーを食らった際、お前がエネルギーを制御しようとしたら、ギアごと体を引きちぎれるような感覚とこれ以上ない激痛が走ったろう?お前の力ではせいぜい、己の命を繋ぎ止めるのが限界だ。ギアの機能異常はエクスカリバーの力への共鳴で『ギアとして保っている聖遺物の力の制御が一時的に狂ってしまうから』だろう」
赤松の解説は当を得ている。エクスカリバーの力は乖離剣エア以外には打ち勝てる強大なものだ。シンフォギアが一時的に機能異常を起こしたのは、その影響だ。
「それと、サウンドエナジー、お前たちの言うフォニックゲインが可視化したエネルギーだが…の干渉でもシンフォギアは影響を受ける。ボウズの歌で翼の天羽々斬が強制起動して、しばらくは任意で解除できなかったように」
その事は風鳴翼にとっては、かなり恥ずかしい話だ。数日ほど任意で解除できず、そのままで過ごさなくてはならなかったし、学校も仕事も休んだ。また、黒江がギアを心象変化での形状変化もさせないノーマルのギアで日常を過ごした事は、何気にSONGが志向していた『シンフォギアの心象変化による機能特化変化』の実験が没になっている影響を生じさせている。(ただし、一度破壊はされたので、イグナイトモジュールまでの改修はされている)黒江はそもそもシンフォギアを高性能の『身体保護具』と見做して運用していたので、わざわざ機能変化を起こさずともフルポテンシャルを出せるので良かったのだが。また、箒がノーマルのアガートラーム―形状はマリアと同型―で生活していることも効いた。
「でも、綾香さんも調ちゃんも、いくらシンフォギアの展開時間の制限が無いからって、メンテナンスを殆どしないってのは、エルフナインちゃんが困ってましたよ」
「空中元素固定を操れる以上、メンテナンスに逢えて出す必要もないしの。イグナイトに頼る必要もないしの」
「反則ですって、それぇ!エクスドライブを自分で起こせる上に、簡単にシンフォギア自体をコピーできるなんて!」
「キューティーハニーと同じことを起こせるのだ、それくらいは当然じゃろ。なのはがやってみせたように。」
「我らは言うなれば、何回かの人生を経験した後に、信仰ができて神の座に至った存在だ。とは言っても、本当に末席に加わった程度だから、不老不死になった程度で、後は普通の人間と何ら変わらんよ。物体は任意に作り出せるがな」
バルクホルンも言う。不老不死になったと言っても、『老いないし、死ぬことがない』以外は人間とほぼ変わりない存在。それが自分達だと。
「どうしてそんなことに?」
「我らは戦功が後世に語り継がれるほどだった英雄級の軍人だ。本国で神様として祀られて、その信仰が集まった結果の奇跡だ。輪廻転生を司れるようになって、終にに英霊の座をも超えた結果さ」
「調も言うなれば、今は黒江さんとの感応で同じ存在に昇華した。その事もお前達のもとにいられんと思った理由じゃろう」
ロスマンも続く。調も古代ベルカでの生き様が結果的に信仰の対象となり、黒江達と同じ存在に昇華し、不老不死となった。その事も響達と袂を分かった理由だと。
「不老不死がどうだっていうんですか。それ以外は人のままなら、わざわざ私達から離れる事はないんじゃ」
「馬鹿者。不老不死というのは、近世以前ならいざ知らず、科学が発達した時代では不気味がられるだけだ。特に欧米ではな」
日本はいざ知らず、欧米諸国では不老不死の存在は実際にいると、討伐しようとする者も現れるのが常だ。元はヴラド三世であり、その後に英国に使役されし存在となったアーカードもヘルシング教授らに一度は討伐されている。それ故、欧米諸国出身のGウィッチはいずれは日本連邦に移住せねばならない身だ。
「その点、日本は住みよい地だ。夏の暑さに目を瞑ればな」
「ガンダムやマジンガーの時代には、四季がほぼ消えたけど」
「故郷を捨てるって、そんな」
「仕方あるまい。自分や自分の子孫たちは不老不死でも、周りはそうではない。欧米諸国では我らのような者は定住できんさ」
欧米諸国出身のGウィッチはいずれ故郷を捨て、個人としては日本に居を構える運命にある。その時のために、南洋と本土に土地と家を購入している。これは故郷の宗教や倫理観との兼ね合いだ。
「日本って、そんな住みやすいですか?」
「お前は気にならんだろうが、宗教的なしがらみが緩く、適応さえできれば、大体のことには寛容な日本はパラダイスなんだ。治安もいいし、飯もうまいからな」
バルクホルンの言うように、『住めば都』という言葉があるが、日本は適応さえできれば、住みよい地だ。バルクホルンも、妹のクリスの死後は家を甥や姪の一族に任せ、日本連邦で隠居生活を送るつもりである。
「でも、陰険なところもありますよ。結構。だけど、事情さえ分かってくれれば、味方になってくれますよ」
「お前は家族ぐるみで迫害されたからな。シンフォギア装者だって事が分かると掌返しされたから、か?」
「それは気にしてませんよ。私はシンフォギアと出会うことがなければ、平凡な一生で終わってましたから。辛い事もたくさんあったけれど、今は今ですよ」
「ポジティブだな」
「親友の未来がいてくれたおかげです。調ちゃんがいなくなった時もそうでした」
この頃には響も、一時の前向きな自殺願望は失踪していた父親との和解により落ち着いていたため、自己を振り返られるようになっていた。ただし、小日向未来への依存は進行しており、それが強いて言うならの弱点と言えた。
「調ちゃんには私が謝ってたって伝えてください。私は……調ちゃんの選んだ道を応援します」
「それがお前なりのケジメか」
「はい。迷惑をかけてゴメンと、調ちゃんに伝えてください」
――響が調の失踪にとりあえずの心の区切りをつけた頃、扶桑では、同位国の日本の手で大まかに改革が行われた。華族の地位は取り敢えず『日本連邦の名誉称号』という曖昧な形であるが、保証された。廃止する意義がないからだ。国家としての第一の課題は軍隊の統制と国家緊急権であった。近衛師団の連隊への規模縮小と国家緊急権の範囲内の取り決めは特に難航した。江藤も天皇の国家緊急権を強く支持していた一人であったので、日本は『軍国主義者ではないか』と疎んじたものの、レイブンズを統制できるという人材的観点から難を逃れ、また、昭和天皇自身が『扶桑海事変のクーデターに際しての国家緊急権の行使であって、その名代を娘にさせたまでである』と声明を出した事も幸運であったが、昭和天皇自身でなく、内親王が国家緊急権を当初、行使しようとした事は問題視され、国家緊急権は天皇と首相、外務大臣、国防大臣の有する権限となった。また、当時に一介の少尉だった武子が名代の名目でウィッチ部隊全体の指揮を執った事は糾弾されたものの、『緊急事態であったし、天皇陛下自らの委託であり…』という事で有耶無耶になったが、参謀本部が戦後に自らの嫉妬心から武子を疎んじた事は大問題にされ、日本の左派政治家は『退役していようが、その時に遡って処分を下せ!』と言い、『既に死亡者も出ているのに…』と扶桑は困惑した。この事がクーデター軍の幹部に陸軍参謀本部務めだった者が多い理由である。また、日本からの責め苦に困惑した参謀本部が慌てて、武子をレイブンズ同様の『准将』に大佐任官から短時間で任じた理由である。(武子としては、過去の事変での一時的な措置が何故、今更、問題にされるのか?と憮然としたが、近代軍隊では国家元首の一存で下級将校が上位の者たちを指揮下に置く事は指揮序列的に不味いため、武子の例が国家体制の近代化後では、史上唯一とされた。もっとも、扶桑の理屈としては、軍のトップによる指揮官拝命だから一時的に勤務階級「大元帥」を得た事になるので、問題なしなのだが、日本の野党が叩いたためもあり、避けられるようになった。)武子が准将になったのは、皇室の寵愛がありながら、参謀本部が疎んじていた事で参謀本部が理不尽なクレームの嵐でその業務に支障をきたし、理不尽に人事課長が叩かれた故の言い訳じみたものであるため、武子自身は不満ではある。(武子は実力で昇進したかったためと、政治的な昇進を嫌う実直な気質なため)。武子は確かに疎んじられた面もあるが、事変の当時から指揮能力の評価が現場では高かったため、現場に欲しいコールが多数あった。その辺の関係であまり高位に上げず留め置かれた側面もあるが、日本は現任人事課長をクビにするとと言い出し、困った参謀本部は事変で活躍した七勇士を尉官や佐官で据え置けなくなり、困りはてた。黒江が空将になってしまったのも理由で、その懐刀の黒田も中佐(当主就任内定のため)への特進が通達された。要は日本への『冷遇していない』との言い訳である。七勇士は黒田、坂本ら年少組を除くと、皆がエクスウィッチと見做されていたため、この昇進には反対論もあったが、黒江は『自衛隊で最高位になってしまった』ための措置であり、智子と圭子も自衛隊籍を得るための措置である。なお、海軍出身では最初に自衛隊籍が与えられる三人(若本、坂本、竹井)は空自と海自でどっちになるかで議論となったので、結局、ダイ・アナザー・デイ中には結論が出ずじまいだったという。――
ちなみに、黒江達が後輩の懇願でライフワークにしている調査が一つある。501創設時のメンバーの把握だ。設立時に諏訪真寿々が属していた事は坂本すらも殆ど覚えておらず、真寿々の妹である天姫を憤慨させたが、覚えていないものは、今更どうしようもない。これは国の英雄である黒江や智子であろうと、通常手段では探れない謎である。智子は『怪異にとっ捕まった後に同化されて怪異化し、それで誰かに倒されたのでは』と推測している。諏訪真寿々はかつて、レイブンズに継ぐ者の一人と目されるほどの才能を見せたが、ある時に行方不明とされ、1945年には戦死判定がされている。黒江と智子も天姫の懇願により、前史からその行方を探っていたが、謎が今回にまでもつれ込んでいる。つまり、前史の期間では謎を解決できなかったのである。黒江と智子はこうした謎にも挑んでいたあたり、某Xファ○ルのような事もしていたのだ。
「美緒、黒江さんに諏訪さんが無茶を頼んでると聞いたけど、本当?」
「アイツの姉の諏訪真寿々の事だ。黒江や穴拭の権限と力を以ても、前史では諏訪天姫の存命中に答えを見いだせなかった謎だ」
「あなたのところの創設メンバーじゃ?」
「諏訪にも言ったが、創設メンバーは私も一過性の隊員が多かったから、あまり記憶が無いんだよ、醇子」
竹井にいうように、501は黎明期には異動も激しかったため、坂本も記憶が薄いのである。そのため、諏訪真寿々のことも記憶がほぼないのだ。天姫に言われるまで失念しており、天姫の失望を買ったが、当時は多忙だったので、創設メンバーとのふれあえる機会はほぼなかったのだ。
「創設メンバーとの写真はマロニーが焼いていたし、今更、創設メンバーの存在意義もないんだがな。諏訪のためだ」
「マロニーが記録の一切を破棄したから、創設メンバーがいた事実もなかったことになってるし、貴方のお孫さんの時代には忘れ去られた事の一つだもの。501の創設メンバー」
「諏訪の姉もすぐに別の戦線に異動させられたようだし、事実上は箔付けの部隊という認識だものな。バルクホルンも覚えていないというし…」
初期メンバーは他の航空隊や近隣部隊に回されたというのがアイゼンハワーの回答だが、諏訪真寿々のみは消息が途絶えている。ワイト島分遣隊は編成上、501の分遣隊ということになっているが、そこにも配属の事実がない。分かっているのは44年年頭頃、本土から欧州に戻る途中の一〇〇式輸送機ごと襲撃を受けたのが確認される最期である。
「ブラックボックスがない時代だからな…。残骸がなかったから、怪異にビームで撃墜されたか、ティターンズの捕虜になったのか…」
当時の調査記録に残骸がなかった事から、45年度には戦死判定がなされていたが、46年にガムリン木崎から連絡が黒江に行き、真寿々はなんと次元跳躍に機体ごと巻き込まれ、惑星ゾラに不時着しており、そこで生活していたのだ。ガムリン木崎が発見した事で、真寿々は軍へ復帰。その際に黒江と面会している。軍学校の期は黒江の二期後輩で、智子の一期後輩なので、当然、黒江には敬語であり、その際に二人の妹(ただし、五色は義理の妹)が軍に入った事を知らされ、大いに狼狽したという。黒江はこれで一つの懸案を解決するのだ。問題は、真寿々が上がりを迎えているか、であったが、熱気バサラのサウンドエナジーがR化を自然に促していた。そのため、転移時のポテンシャルを維持しており、復帰後は64Fに招かれ、武子に仕えることになったという。
――また、この作戦で日本の防衛省出身の官僚達が史実の『結果』を振りかざし、横須賀航空隊を『迎撃戦闘機軽視はどういうわけだゴルァ!』と凄んで、活動自粛に追い込んだ事は、その後の混乱を考えれば、愚策でしかなかった(陸軍航空審査部は黒江のことが理由)。横須賀航空隊は新型機テストも兼務していたので、迎撃戦闘機をけして軽視していなかったが、雷電と紫電改の比較で紫電改に軍配を挙げたのが不味かった。後世、紫電改は局地戦闘機としてではなく、『制空戦闘機』と見られており、横須賀航空隊は叩かれた。最も、ウィッチ世界では、『爆撃機の高高度爆撃にあうことはないけど、事変の教訓で似た特性の怪異に遭ったから』という程度の理由付けでの開発であったのと、攻撃は最大の防御の考えからであったが、戦略爆撃機の都市への襲来が急速に現実味を帯びたこの頃の時勢では、如何せん説得力に欠けた。また、当時は対爆撃機迎撃に『より適する』とされたジェット機の開発が進んでいた事もあり、在来型を爆撃機迎撃に供することに関心は少なかった。日本側の介入で紫電改は『制空戦闘機』用途に統一(種別を甲戦に変更)、専任機種に雷電を充てる頭越しの決定であった。また、この時に特殊機扱いだったジェット機の扱いが『甲戦闘機(奮)』という具合に、強引に種別変更(後に、制空戦闘機と防空戦闘機に表記が統一される)されたことがクーデター事件の際の悲劇に繋がり、これに怒った日本側の働きかけと昭和天皇のテスト部隊への不信により、横須賀航空隊の血脈がここに絶たれる要因となった。しかし、テスト部隊の事実上の不在は結果的に64Fの負担を果てしなく増大させるのである。そのため、専任部隊の再建はとりあえず検討されたが、実現は戦後になるなど、長い時間を要することになってしまった――
――これ以後、扶桑皇国軍はかつての陸海軍で栄えたそれぞれの軍閥に代わり、『親Gウィッチ派』(改革派)と『反Gウィッチ派』(保守派)の対立が表面化し、結果的に統制派、皇道派、条約派、艦隊派という従来の枠組みに代わる次の世代の派閥抗争が始まっていく。その過程で生まれたのが『人同士の戦争ができない』ウィッチの行き場としてのMATである。MATはこの大戦の時代に栄えたが、それは怪異との戦争こそが『戦争』と考えていた者が多くいた証であった。MATは『こんな時代だからこそ、軍と指揮系統を別にする怪異専門組織が必要』と説いた宮藤芳佳の提唱で産声をあげた。この頃は軍から部隊ごと移籍する例も多く、必然的に軍隊はRウィッチやGウィッチ頼りにならざるを得ない状況が醸成され、結果的に言えば、MATは反G閥の票田として機能し、軍隊に残った者達が親G閥の票田となったと言える。MATはこの時代には勃興期であったように、時代が進み、怪異の大規模出現そのものが減少するに従い、次第に衰退。二代目レイブンズの頃には『怪異猟師の行く組織』という認識で落ち着き、軍隊と派閥抗争できるほどの政治力は失ったものの、組織自体は死んでいない。いつの世も力を持ったが、かつての芳佳やリーネのような気質のウィッチは必ずいるため、その受け皿として機能しているのだ。ただし、組織の規模がこの頃よりも縮小した事は示唆されており、二代目レイブンズの頃には猟友会の延長線にある代替役と見做されている。扶桑軍部にとっては、この大戦勃発寸前の45年からの時期は人事的混乱であり、『新人は殆ど入らない、中堅が血気に逸る、古参の血の献身で軍を支える』といった二重苦の状態であった。反G閥の大義名分は『一部の元・英雄達を優遇するな』といった私的な理由も入っており、その不満を抑えるための東二号作戦だったのだ。
――この頃、防衛省は東二号の頓挫に伴う、扶桑からの猛抗議に窮していた。既に空自は送った後だったし、これ以上の機材は送れない。かと言って、ウィッチの人事管理など初めて(旧軍のノウハウが完全に失われていた不運もあって)である。そのため、東二号の部隊は明野などの飛行学校の教官と実戦部隊をきちんと分離していたなどの事実に狼狽し、結局、従軍記章の発行などを日本の意向だけで覆せなくなり、金鵄勲章の瑞宝章への代替に最終的なとどめがさされた他、学園都市のロシアへの戦勝で好戦的空気が日本で醸成されるのを恐れた日本警察が扶桑/日本の軍隊を政治的に抑え込むために弄していた策略はこの時点で完全に粉砕された。また、日本側で過去にあったソ連軍将校の亡命事件の時と異なり、このあきつ丸の暴動の事態のキャスティングボードを握っていたのは完全に軍隊であった。あきつ丸の暴動で『軍隊内部のいざこざであり、警察の介入の余地はない。情報が入り次第、そちらへ通達する』と、亡命事件の意趣返しとも取れる発言をした者がおり、警察内部で『亡命事件のお返しのつもりか!』と憤慨した警察庁・また、警察の介入を許さない扶桑軍に怒る海上保安庁幹部も多かった。しかし、これはウィッチ世界で起こった事件な上、軍艦の上で起こった事件なので、水上警察である海上保安庁は無力であった。東二号作戦の際に起こった暴動は扶桑軍警務隊(憲兵隊から改編された組織)の管轄とし、南洋島に帰還してきたあきつ丸を完全封鎖した。あきつ丸で起こった暴動はウィッチ主体のものだが、起こった理由は同情の余地があるもので、前線に向かった13人のみならず、軍人を尊ぶ風潮のある扶桑の大衆は一律にウィッチへ同情的であり、減刑・放免を願う声が大きかった。日本側は懲戒処分の『厳罰』を求めたが、ウィッチは日本側でようやく、旧軍の零部隊の存在が明らかとなったばかりで、代替になる人材は日本側の義勇兵では賄う事は未知数であったし、暴動を起こしたのはほとんどが古株の18歳以上の層。しかし、当時に現役でウィッチであるという層なので、年齢は18歳から20歳までと日本の想定より遥かに若い年齢なのは、日本防衛省を揺るがした。その内の20歳から19歳の層のみがレイブンズの第一次現役時代の最盛時に新兵であり、その薫陶を受けた最年少世代に当たる。アニメの通りに『20歳で引退』はジェンダーフリー団体などから叩かれたが、それ故に『花嫁修業』も兼ねていたという事情もある。だが、日本側の職業意識が持ち込まれた事で、扶桑特有とも言えるそれら事情は過去のものとされるようになる。黒田も実は引退とその後の嫁入りに備えて、両親が貯金していたのだが、本家を継いでしまう事で実質的に頓挫したように、日本側の職業意識が扶桑の風土を変えていくのである。黒田は数十年後、シングルマザーとして娘を育て、家督を黒田本家の血筋(邦佳の前の当主の長成の孫)の『長久』に継がせようとするが、彼が長じて鳥類研究にのめり込んでしまったので、邦佳の子が結局は跡継ぎとなる。それは娘が45年の邦佳と同年代になる1970年代のことだ。それ以後、黒田家の女性当主、あるいはそうなり得る女性の通字に『邦』の字が使われることになるが、今回の歴史が初めてのケースである。これは黒田長政以来の偉業であり、邦佳は黒田家中興の祖という形で貢献したのである。なお、二代目レイブンズによれば、黒田は家督を娘に譲り、軍から退役後は隠遁生活を送っているが、聖闘士としては現役であるため、比較的に社会との繋がりを保っているという。結果的に黒田が生え抜きの華族のウィッチ当主で戸籍上の年齢の60歳までの軍隊の定年を全うした初の事例となった。また、45年の人事的混乱を経験した華族ウィッチという意味でも、黒田は後世、華族ウィッチの範となり、孫の代になった21世紀においては、華族と傍流皇族の身分を守った』と功績が多少の誇張混じりに、華族、皇族の達の間で語り継がれている黒田。――
――ダイ・アナザー・デイの当時、扶桑の伏見宮系11皇族については『臣籍降下』が野党中心に検討されており、与党が反対している状態だった。当時の日本では皇室の運命は皇室典範改正が成らなければ、遠からず風前の灯火になるほどの窮状であり、与党は扶桑の往年の規模の皇室から婿を取る事で血脈を繋げようとしていた。これは野党が『日本では伏見宮系は臣籍降下しているから…』の理屈で止めようとしたが、日本の皇室の規模は縮小しているのは事実であり、日本で度々俎上に乗る旧皇族の復帰には、肝心の旧皇族に半世紀以上の間に溜まった醜聞があり、国民の反発は必至である事を考えれば、ノブリス・オブリージュの自覚がある扶桑の皇族のほうがマシだったのも事実だ。既に21世紀の皇室は戦後に残存した宮家も絶えつつあったため、扶桑の皇族に祭祀を受け継がせる事が進められた。これは日本の皇室の規模を現状でも維持するための苦し紛れの策であったが、幸いにも扶桑の皇室は青年層の男子が有り余っていたので、少なからずが日本で絶えた宮家の祭祀を継ぐことになった。また、日本ではいつ頃に絶えたか不明の系統が現存していたりする事もあり、結果としては皇族の自発的再生産が成った。有栖川宮も扶桑では絶えていなかったため、結果としては皇族は双方の皇族が統合・再編される事で、日本における危機を乗り越えられたと言えよう。また、結果としては日本の旧皇族の復権は成らなかったが、先祖の同位体が実質的に自分達の汚名返上をしてくれた事に安堵したという。(旧皇族は没落した者も多く、先祖の同位体と会うことを避けた者も多かったという)扶桑皇族と華族の立場が安定したのは、織田家嫡流や豊臣家の系統の存続が第一の理由だが、黒田の尽力あっての事であった。(徳川は日本では将軍家だが、扶桑では三大英傑の系統では末席に位置する。家康、秀忠が南洋島担当の大老であった影響で、南洋島では絶大な権力がある)黒田は本家息女ら(長男の長礼系統と、史実では存在しない彼の弟系)がよってたかってウィッチに縁がなかったので、長命を保った長成の命で家督を継ぐ。そのため、本来は黒田長礼の立場である『14代目当主』の座についたことになる。また、黒田は軍人+ウィッチであるがゆえに、爵位を継げる。これは明治期に織田宗家の家督が女性になった時期の産物であった。爵位はウィッチ出身の功ある軍人も明治後期以降に生じたので、女性華族でも、軍務経験とウィッチ経験があれば、爵位を持てる。普通は引退後に爵位を継ぐのだが、現役時に当主継承が起こったのは極めて異例で、レイブンズの叙爵も異例中の異例である。これは日本の野党や市民団体の批判から華族や皇族を守るためでもあり、そのためにレイブンズの叙爵は昭和天皇にとっては急務だったのだ。また、ノーブルウィッチーズの瓦解が貴族(華族)社会を揺るがしていたため、新進気鋭の若い華族を扶桑が必要としていたこともある。ノーブルウィッチーズの瓦解は世界情勢の急変を表向きの理由としつつ、日米の圧力もあった事が分かったのもこの頃だ。特に米国が強い圧力を加え、組織を維持できなくなるほどにガリア政府を政治的に追い詰めた事が露呈し、キングス・ユニオンと日本連邦は連名で抗議している。結局、アメリカは自由と平等の名のもとに、日本の左派よりも目に見える形で現地を混乱させたことになる。統合戦闘航空団の統合案に反対論が殆ど出なかった理由もそこにある。また、日本のアナーキストの残党がオラーシャの四肢を引き裂いた凶報もあり、ガランドとルーデルが提案した統合案はすんなり可決、黒江達は統合案での『隠し玉』であった。だが、当時のミーナの早合点(後の述懐によれば、坂本が自分を頼らないので、嫉妬していたとのこと)と勘違いと無知による冷遇が起こり、扶桑は赤松を更に送り込んだわけだ。必然的に扶桑の序列が持ち込まれ、実質的に真501の実働部隊の実権は赤松が握っている。サーシャ追放も赤松が最終的な裁可を下しているため、階級を超えた上下関係を築いていると言えよう。赤松は扶桑最長老級であるがため、年功ではこの時代、誰も勝てない上、『兵隊ヤクザ』気質も本土で持て余される理由であった。そこに小園大佐が『黒江が赤松を母親のように慕っている』事を源田から聞き、送り込んだのである。小園なりの黒江への贈り物だった。赤松はダイ・アナザー・デイまで間がない時の着任であったが、着任の挨拶は扶桑勢全員が畏まるほどの迫力であった。なお、着任の報が伝達された時、坂本と竹井は衝撃でカチコチになり、元々付き合いのあるレイブンズとの差が目立っていた。竹井が一番緊張し、次に年功序列の意味で坂本が、喜んだのはレイブンズだけだ。その時、圭子が赤松の前で『姉御、来てくれたのか!』と501で初めて『地』を出し、事情を知らぬ者が引いているように、レイブンズにとっては救いの神様であった。同時に、赤松の護衛を務められるのがレイブンズしかいない(赤松は空戦戦技は時空管理局で言えば教導隊の幹部級で、なのはやフェイトも軽くのした。それでいて、白銀聖闘士最強の座を欲しいままにしている)ので、赤松の出陣はレイブンズの護衛付きであった。この4人だけで地球連邦軍一個MS師団以上の戦力を持つとまで言われるのは、聖闘士、あるいはそれに類する能力を持つからだ。扶桑にとっては『七勇士』に名を連ねる最高の人材である証明だが、時代が扶桑海事変の残滓を感じさせなくなっていたため、扶桑の後輩らの子供じみた反発を招いたのも事実だ――
――山本五十六が悩んでいるのも、『十年一昔』というが、七勇士とレイブンズ伝説が想定よりも風化していた事実である。1930年代末にあれだけプロパガンダしたのに、たった7年で『軍のプロパガンダ』扱いである。古参と中堅の対立もその風化にあった。作戦前、レイブンズが復帰した現場で苦労していることを知った小園大佐は凄まじい剣幕となり、『なんたることだ!我が軍の英雄に何たる仕打ち!この俺が自ら乗り込んで、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐にお灸を据えてくれる!』と怒り心頭であった。赤松は小園を宥め、自分がその役目を代行するといい、その役目を果たしたが、覚醒後のミーナは小園大佐の鉄拳制裁を免れたことを心から安堵している。それ程の剣幕だった。気性が荒い事で鳴らす小園は『小園一家』と渾名されるほど荒くれ気質であり、海軍出身の将校でありながら、兵隊やくざ的気質の部下が多いこと、同位体の反乱などで日本受けは良くないが、レイブンズの後援者の一人であり、扶桑防空網近代化に功がある。しかし、ど迫力があることから、覚醒前のミーナであれば、恐怖で銃撃してしまうだろうとも予測されていた。赤松の着任は赤松自身がそれを避けるためもあり、提案したのだ――
「やれやれ。厄介だよ。年月というのは」
山本は大臣を近い内に辞したい事を漏らしているが、ミーナの覚醒はいささか遅きに失しており、扶桑でのクーデターは日本の無知からの愚行も重なって、確実なものとなってしまった。また、レイブンズにどう居場所を作るのか。軍部は一度はレイブンズを英雄と持ち上げ、熱が冷めれば冷遇した。そのことへの償いの意図もあり、山本は大臣としての最後の仕事の一環として、レイブンズの地位を盤石にするために自らが宣伝の指揮を執る事を選択する。
「長門、この写真を新聞社へ流せ。特秘が解除された黒江くんの約束された勝利の剣の写真だ」
「おお、よくこんな写真があったな?」
「リベリオンのパットン将軍が流してくれたのだ」
アルトリアと同じように、剣を空へ掲げ、魔力を集束させる際のベストショットで、リベリオンの広報部が運良く撮影した一枚だ。この写真は査察でミーナに突きつけられたのと同じフィルムからの現像であり、パットンの持つ扶桑への脅しの道具だった。約束された勝利の剣は当時の将官が『示現流の応用じゃろ?』と判断していた事もあって、その名は明らかにされていなかったが、アルトリアの登場がその呼び水となった。アルトリアの登場でエクスカリバーが注目されると、黒江が過去に同じことをしていた事が掘り起こされた。扶桑軍が急速に人材不足となった事もあり、一度は機密にした事を宣伝した。これは山本の意向であり、扶桑海事変の際に広報部、あるいは人事課にいた者達は困惑したという。特に人事課にいた者はほとんどが退役しており、日本によって、後任者達が自分達の責任で有無を言わさず、無慈悲までに処分が下されていく現状に堪りかね、当時の人事課と広報部の真意を懺悔するに至った。だが、今度は海援隊に転じていた黒江のいじめ騒動の加害者達が海援隊を周りの圧力で追放されるという、彼等の巻き添えも起こる。黒江の復権はこうした過去の加害者達の失脚と社会的制裁を伴う副作用が生じた。それを犠牲と割り切ってでも、黒江の復権は扶桑軍ウィッチの今後の運命を占うと見られた事からも、急速に進められた。その運動を山本は『お上の排除を行うような不満分子を燻り出せる』とし、強引に進める事で不満分子を燻り出す策を取る。全てを排除できるわけではないが、『一度、現場を去ったレイブンズに現場における居場所を与える』のには荒療治が必要であった。
「提督、犠牲と出血が伴うが、いいのか」
「あの子らは特殊な存在だ。靖国で海様になって、現世に舞い戻ってきておる。彼女らは至宝だ。その価値は三種の神器以上、我々は日本で言うところの軍国主義者ではない。そこをわからすためには、あの子らの力を宣伝するしかないのだ」
山本は日本でも英雄だが、小沢治三郎はマリアナの敗将と陰口があり、栗田健男など、『連合艦隊の死に花を奪った敗北主義者』とまで罵られている。小沢は山本が自分より連合艦隊の司令長官に相応しいと認めた人材であるためか、小沢を可愛がっており、このダイ・アナザー・デイもクーデターで辞任の運命にある小沢へのせめての手向けであった。山本にとっては扱いにくい面があったが、小沢はアルコール中毒以外は優秀な軍人であり、井上成美も『アイツは戦上手だ』と述べている。実際、豊田副武の後任としての功績はケチがつくにしろ、輝かしいものである。小沢の後に予定されている後任人事が山口多聞なのも、日本が実戦肌かつ、空母機動部隊の実務経験豊富な者を望むからの抜擢だ。
「どうするんだ。空母機動部隊の後任は」
「気質的に角田くんにやらせる。空母機動部隊に相応しい人材はウチにはそれほどおらんさ」
角田中将。元は大艦巨砲主義だが、人事の都合で航空部隊の指揮官を務めた角田覚治の事で、史実では手腕に疑問があるが、扶桑の空母機動部隊を率いるには次善の人事であった。ただし、彼は山口多聞より先任であるが、山本の強い要請で空母機動部隊を引き受けることになる。当時、空母機動部隊の大任は南雲忠一ではダメ、小沢の統幕議長内定となると、ほとんど候補がおらず、彼しかいなかったのいである。
「彼以外に適任はいないからなぁ…。南雲提督はだめだし」
「仕方があるまい。空母機動部隊は時代の寵児だが、我軍には適任はほとんどいない」
山本はこうして、長門と相談し、天皇に上奏する人事案を決めていく。自衛隊には空母機動部隊のノウハウなどないため、こうした攻撃的分野は扶桑軍が好きに決められる人事であり、自衛隊には法的制約がまだ多い表れでもあった。
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