外伝その255『イベリア半島攻防戦4』
――中島錦はキュアドリームだったわけだが――
「うん、まぁ目立つな。頑張れ」
「なんだ、ケイ。見てたのかよ」
「今さっきだよ。なのはを直枝の買い物に付き添わせたからな。おー、マジでプリキュアだったか、このガキ」
「先輩、見てたんですかぁ!?」
「わー!良かったー!あたしとシャーリーさんだけじゃないんだー!」
「うわっ!?」
「耳の良いやつめ。早速来やがったよ、このタヌキ」
「いやあ、因子が目覚めてから、シャーリーさんと悩んでたんですよー、言うかどうか」
「やっぱ、お前らもかよ!」
「いいじゃないですかー!」
ツッコミどころ満載な芳佳だが、ノリが良い角谷杏要素も強いため、その証拠を見せる。
『プリキュア、スマイルチャージ!』
「あ、お前はそれか」
黒江は大いにツッコミを入れる。芳佳もプリキュアの因子を有していたのである。シャーリーも因子を有している事を明言し、キュアドリームの後の代にあたるプリキュアへ芳佳も変身してみせた。
『キラキラ輝く未来の光!キュアハッピー!』
「出たよ、アホの子!お前、たしか敵にロボにされた事あったろ」
「黒江さーん〜!」
黒江はこの事態では、ツッコミ役である。芳佳は前世では、天然ボケな人物であるということが確定したからである。
「あ、ハッピーだ!えーと、久しぶりかな、こういう場合…」
「うーん。まさか生まれ変わっても、プリキュアやれるとは思わなかったし、あたしは別の人を挟んでたからねぇ」
恐らく、貴重なプリキュア経験者になるため、いきなりフレンドリーな会話のドリームとハッピー。キュアハッピーの変身前の本名は星空みゆきであるが、その後に角谷杏としての生を挟んでいるため、前史で宮藤芳佳として死んでからのインターバルが長かったことになる。そのためか、全体の雰囲気は角谷杏としての飄々としたものである。
「なんか、前と雰囲気違うね」
「仕方がないさ。ストレートに転生しなかったからなんだよね。主人格は角谷杏であって、宮藤芳佳でも、星空みゆきでも無くなってるって感じさー」
声色も角谷杏だが、名乗りの際の発声は往時のままであるハッピー。人格的には三者のハイブリッドといえる。
「シャーリーさんのほうがまだ原型あるけど、キレると紅月カレンに寄るから、妙に追っかけ増えてるんだ」
「え、本当?」
「待て。すると何か?シャーリーはキュアメロディなのか」
「そうですよ。ただし、キレると紅月カレン寄りになるんで、シャーリーさんの場合は引き出しが増えるタイプですね。キュアメロディになれて、ナイトメアフレーム動かせるとか…」
「うーん。あいつは引き出しが増えるタイプだな、そうすると。でも、良かったよ。学園都市随一のキチガイな麦野沈利が入ってなくて。あれなら、まだアネモネのほうがいいわ」
「ああ、美琴が交戦したっていう第四位の」
「厳密に言うと、あのランク、上の都合らしいがな」
「待て。まとめてみるぞ。ドリームはオーバーライド型、ハッピーはごちゃ混ぜ、シャーリーは引き出しが増えるタイプか。見事にバラけたな」
圭子も苦笑いである。プリキュアが内輪で三人も確保できる見通しなのはいい傾向である。ここでドリームが当然の疑問に行き着く。
「あれ?隊長はどうなんですか?」
「ああ、あいつは西住まほで、シャイニールミナスじゃねぇよ。ガランド閣下は疑っておいでだったけどな」
「と、なると、三人はヒロイン転生、二人が英霊、二人が英霊の力を借りる者になるわけか。中々どうして、豪華だよなぁ」
「他にいないのかな?プリキュア出身者」
「ディケイドに探させているが、あのストーカーおっさんもついてくるから、多分、例の台詞吐くぞ〜」
「どうせ、『ストライクウィッチーズの世界も破壊されてしまった!おのれディケイド!』とかぬかすのが目に浮かぶぜ」
「あのおっさん、私達にサインくださいとかいいそうだよなぁ」
「うぇ、なにそれ」
「ドリームは知らないだろうけど、そのおっさん、いい年こいてファンらしいんだよ…あたしらの」
プリキュアは代によっては正体ばらしがタブーとされるが、使命を果たした後の転生後となっては意味がない。そもそも、アニメとして知られている世界と交流がある世界に転生しているのだから、隠す意味がない。むしろ、予算獲得と兵科維持の大義名分に使用できる。
「とりあえず、お前らのおかげで日本に予算認めさす大義名分が出来たってわけだ。あたしはこれから評議会に顔だしてくらぁ」
「なんか政治的だなぁ…」
「財務は国の借金を返す事しか頭にねぇんだよ。扶桑軍の予算を半分以下に減らすつもりなんだよ。こっちはガチで戦争中なんだけどよ…」
ため息の圭子だが、日本は扶桑が戦時状態にあること、これから史実と逆の立場の太平洋戦争が控えているのを理解していないものが多い。財務官僚は特にそうで、扶桑の軍事予算を減らすため、空軍に航空を集約させたがっていたり、極端に陸軍の削減を志向する。また、その分を福祉に回したがるのである。その中でも、費用対効果が特に不明とされたウィッチ兵科は、少年兵の禁止を決定したジュネーブ条約との兼ね合いを理由に、もっとも疎んじられた分野である。戦後日本は科学力を極めようと邁進してきた上、戦中の零部隊の記録が失われた(空襲でウィッチがいた事を示す古文書も失われた)のもあり、得体の知れないウィッチという者を排除しようとしていたのも事実である。しかし、有用とわかると手のひら返しが上手いのも日本らしい特徴であろう。圭子は自分たちGウィッチの有用性をアピールする事で、予算獲得を狙っているのだ。
「と、いうわけでモノホンのお前らがいることを大いに宣伝するぞー。いいな?」
「信じますかね?」
「向こうの日本は仮面ライダーがいる世界だ。プリキュアが実在してるくらいじゃ驚かねーよ。日本軍が海底軍艦作ってたしな」
圭子は部屋を出ていく。ラ號を引き合いに出すあたり、自分たちの交流した日本は全次元世界でも特異な特徴がある日本だと言うことをドリームに教える意図があるのだろう。
「なんか恥ずかしいなー。大っぴらに宣伝されちゃうと」
「まあ、これもウィッチ兵科予算獲得のためだ。ウィッチは魔法なんて言う得体の知れない力を科学と混ぜて使ってるから、日本からすりゃ得体の知れねぇ代物でしかないからな。その点、プリキュアの力は人気もあるし、向こうも理解しやすい」
「私達より魔法使いなプリキュアもいるんですけどねぇ」
「ああ、魔法使いプリキュアだろ?そんなのいたなぁ」
ぶっちゃっけてる会話が続く。黒江は自分のウィッチとしての才覚に限界を感じ、それ故に聖闘士に転向した。そのため、ウィッチとしての才能は芳佳には及ばないとし、技術で誤魔化しているだけだとも自嘲している。それはウィッチとして限界まで強くなっていた時期に仮面ライダー三号に完膚なきまでに叩きのめされた前史の記憶によるものだろう。
「いいよな。桁外れな魔力ってのは。ウィッチとしちゃ、俺は限界を感じてたしな、前史の時点で。絶頂期の力でも、あいつには、『三号』には手も足も出なかった。俺はその時に自分の限界に気がついた。だから、聖闘士になった。前史はそれに溺れてた事あるけど」
「先輩も苦労してきたんですね」
「たりめーだ。俺も人の子だ。何回か残酷な光景を味わったし、瀕死にされたことも一度や二度じゃねぇ。だから人を越えようって考えたんだよ。それが聖闘士になった動機だ」
「私も、前世で色々悩んだことあるんです。いつか来る、大好きな人との別れ、戦いが終われば、私はどこにでもいそうな中学生でしかなくなる事、みんなと一緒にいられなくなるかもしれないって事…。でも、私は自分なりにそれと向き合ってきたつもりです。先輩に話して、気が楽になりました」
「俺も身の上話は久しぶりだったよ。覚醒前にイキってたことはこれに免じて、忘れてやる」
「す、すみません」
「プリキュアとしての記憶と自我が前の人格を上書きした以上、前のことを言ってもしゃーないからな。でも、お前、妹いたろ?今回の生で」
「疾風にはなんとか誤魔化しますよ。あんまりキャラ違うのもショックでしょうし」
「前のお前、菅野や若本とキャラ被ってたからな。これで分かりやすくなったが、妹とはもう半年くらい会ってねえだろ?」
「訓練学校に入ったって手紙を、何ヶ月か前にもらったきりですからねぇ」
中島錦はその名の通りに次女であり、姉が一人、妹が一人いた。姉の小鷹は一式戦のテストパイロットであったが、年齢的なこともあって、事変には参戦していない。妹の疾風は訓練学校にいるが、年齢的に規制が入るまでに16歳に達するかは微妙な年頃である。
「妹、たぶん、規制が入るまでに卒業できれば御の字だぞ?ジュネーブ条約の関係で15歳以下は中等・高等教育を受けさせないとならなくなるからな」
「そうなんですよ。疾風、小学生出てすぐに訓練学校に行ったから、志願は早い方なんですけど、早く実戦に出られるかは」
「時代が変わったしな。今は日本に指揮幕僚課程を参謀に求められ始めてる時代だ。なのはにも元の世界の自衛隊で指揮幕僚課程に行けと説教したが、あれは難関だからな。防大卒でも中々通らんし」
自衛隊にある指揮幕僚課程の存在はウィッチには大きな影響はないものの、まともな指揮官教育がされていない若造を指揮官に添えているという批判が大きく、対策を必要としていた。一度は引退していたレイブンズや、お局様扱いされていた赤松が指揮権を奮える立場になっているのもそのためだ。原則として、自衛隊は仕組みが平時を前提にしているため、有事の際の昇任は想定していない。その弊害がこれから表に出始めてくるのである。また、扶桑で行なわれている『戦時階級』は日本には人事院などから受けが悪く、書類の面倒くささを理由に、レイブンズは中将にそのまま任じられる見通しであった。そもそも、自衛隊には明確な戦時階級の規定がなく、一般における軍隊のイメージがドイツ軍か日本軍の時代から変わっていないためもあり、功ある軍人は必然的に将官か元帥になると思っている。日本軍の場合、二階級特進も無条件ではなかったのだが、戦後日本が規則を強引に変えさせたためと、黒江達を軍事顧問にしたい昭和天皇の意向もあり、短時間で少佐(大尉)から中将へと特進する事になる。(ただし本人達が前線に出続けるため、軍としては当面は実階級は准将扱いだが、作戦終了後に二階級特進の予定である)また、二階級特進の規定も海軍では将官には無かった(一階級進級)が、改正ではっきりと『規定』され、テストパイロットの殉職も戦死扱いとされるようになる見通しであり、これに反発した海軍ウィッチがクーデターを起こす事になる。理由は『海軍の気風を陸助から守るため』。しかし、それは自縄自縛を地で行く事になり、結局は守ろうとした海軍航空隊という組織の形骸化を招いてしまうのである。
「ん?部下から電話だ。ちょっと待て。…俺だ。なんかあったのか?」
「長門を三笠の近くに置くという話ですが、結局、こじれました」
「はぁ?」
「海軍国として、同じところに二隻も記念艦を置くなという声が生じまして。呉、佐世保、長崎、舞鶴などが要望書を出したのです」
「確かにそこらは元の鎮守府だが、長門に縁があったのは呉だろ?再利用しやすい場所ってんで、横須賀選んだはずだろ」
「それが……記念艦という事で、声があがったようで」
「ややこしい事になったな。先方には私から説明する。私もケイの次の便で日本に行く。現場の指揮は智子に任す」
「わかりました」
電話を切り、黒江も日本に赴くこととなり、現場の指揮は智子に託される事になった。
「わりぃ。仕事が入った。指揮は智子に行くから、伝えとく」
「え、ちょっと待ってくださいよ!私達のことは放置ですか!?」
「あー、ドリーム。あたしが智子さんに伝えとくわー」
「頼んだぞー、ハッピー。まっつぁんには伝言しといておくから、智子の腹がまだ死んでたら、まっつぁんの指示を仰げ」
「りょーかい〜」
基本的にGウィッチの指揮権の序列は正規将校であるレイブンズ、その次席が赤松(特務士官)になり、赤松の下位にラルとミーナが位置する。これは部内での序列であり、年功序列もあるが、基本的に戦闘での総合能力に由来する。黒江はそう言い残し、出かけていった。その頃、智子は列車で腹を壊し、一日経っても部屋のトイレから一歩も出れないため(芳佳曰く、ノロウイルスに罹患したのでは、という事で、隔離措置が取られ、黒江の思惑は外れた)戦闘が生起した場合は赤松の指揮下に入ることになった。また、ラルはカールスラント空軍総監の地位をガランドから引き継ぎ、デスクワークが増加するので、当面はフーベルタがミーナの次席になる。
――この数日後、連合軍参謀本部にて人事決定が出された。Gウィッチへの覚醒でプリキュアの力を取り戻した者は聖闘士組に比する戦力になることが期待され、キュアドリーム/夢原のぞみは表向き、『中島錦』としての生活を続ける事(姉の中島小鷹は引退済み、妹の疾風はまだ訓練生である)になった。階級も大尉に特進となった。人格の上書きは以前の記憶は変わりなく存在していることもあり、伏せられた。宮藤芳佳はキュアハッピーへの変身も可能となった事で戦力としての期待が強まり、当人を苦笑いさせたという。また、キュアメロディとしての引き出しを得たシャーリーは少佐になった。(ただし、Gウィッチとしての能力でかなり補正がかかり、本来の相方『キュアリズム』が不在の状況でも、単独で変身可能という点で相違点があった。これは単独でサウンドエナジーシステムが起動するほどのサウンドエナジーを引き出せるからでもあった)この時の会議でGウィッチを戦線の中核に位置づけ、ヒーローやスーパーロボットと轡を並べられる存在として、ウィッチの主導的立場に置こうとする改革派の動きに理解が得られたのである。奇しくも、夢原のぞみ/キュアドリームの存在がその手助けとなった。だが、上層部こそ理解を示したが、現場は違い、現役を一度退いたはずなのに、現役世代が霞む強さを未だに誇る黒江達、魔法とは異質の力を得た中島錦、シャーロット・E・イェーガー、宮藤芳佳の三人は特に目の敵にされていく。ハルトマンやハインリーケ、ミーナ、ラルらは元から大エースであったので、ターゲットにはされなかったものの、現役を一度退いたとされた黒江達、また、脂の乗り始めた中堅でありつつも、魔法と異質の力を得た三人が標的にされてしまうのは、当時のウィッチ界に巣食う悪弊であり、日本で言うなら『出る杭は打たれる』であった――
――ハルトマンは幸いにも、45年当時の現役世代であったのと、公認スコアが200に達していたこともあり、Gウィッチでありながら、攻撃の標的にはならなかった。レイブンズの現場での復権に力を尽くしたのは彼女であり、レイブンズの腹心として知られる事で、彼女達への風当たりを弱めようとしていた。実際、統合戦闘航空軍体制に移行後はレイブンズを常に立て、自分は一歩引いた立場に留まる事で、彼女達の偉業を知らしめる一助を担っている。しかし、剣戟での戦闘力は飛天御剣流を転生を繰り返す事で独自に開眼したこともあり、扶桑で最強を謳われる赤松貞子に匹敵する水準で強い。その冴えは智子を有に上回る。その飛天御剣流を身に着けた事を象徴する『刀を挿した』姿、『生き抜く意思は……何よりも強い』という台詞など、飛天御剣流を身に着けた者独特の風格さえ身につけている。そのため、欧州では『世にも珍しい刀剣使い』として名を馳せている。智子をも上回る扶桑剣術の使い手である者が医者志望であるという皮肉じみた事情もあり、『今回』においては女性からも人気を集めていた。その剣技は斎藤一の『牙突』すら使いこなせる天性のもので、模擬戦で智子に土をつける役(言わば、ある意味、現役世代の溜飲を下げる役目)はハルトマンが行っている。また、智子より強いと自負する黒江も、4対6で勝率では負け越しており、血と汗の滲む努力で現在の地位を得たレイブンズとは対極の『戦闘の天才』に位置する存在。それがハルトマンであり、キュアハッピーが事情を説明した上での模擬戦では、なんと、キュアドリームを真っ向から圧倒せしめた。
――駐屯地の裏手――
「つぁ……っ!!」
「なるほどね。疾いな。だけど、遅い」
飛天御剣流・龍巻閃が炸裂する。パワーアップ用のアイテムでもあったスターライトフルーレ(普段のキュアフルーレは完全にアイテムであるため)を持ち出して挑んできたキュアドリームをもスピードで更に上回る。元々、のぞみは転生先の人物である錦として、そこそこの剣技は有していたが、ハルトマンは剣戟となると、鬼気迫るものを見せるため、いささか気合い負けしている感は否めなかった。
「フッ!」
ハルトマンの剣戟は、キュアドリームの動体視力で追えるが、体の反射が追いつかないという状況であり、これは彼女も予想外であった。また、フルーレはフェンシングで用いられる細身のレイピアと言える形状で、斬撃武器として洗練された日本刀(しかも、天下五剣の童子切安綱)には不利であった。それもあり、防戦一方である。
「飛天御剣流・龍槌閃!」
「くっ…!」
なんとか防ぐが、落下重力も打撃力に加算される龍槌閃はキュアドリームに片膝をつかせる。
「強い……!これが黒江先輩も一目置くっていう『黒い悪魔』の力……」
「ドリーム、変身で加算されるスペックに慢心してるよー。もっと基礎的なとこを鍛えないと、ドラえもんと幕末に行ったら生き残れないよ?」
「なんですかそれー!するいですー!」
「あたしは戦国時代とか幕末に行ったら、戦に巻き込まれてきたしね。実際に、小田原、関ヶ原と大坂でどさくさ紛れに数千人は斬ったね」
「えぇ!?本当に!?」
「武器を取っ替え引っ替えして、槍も使った。むしろ、屋外での乱戦じゃ、槍がメインウェポンさ。黒江さんが連れてきた子供にも言い聞かせてるけどね」
ハルトマンがいうのは、黒江の直弟子にあたる調のことだ。その事から、ハルトマンは近接攻撃にも天性の才能があるのがわかる。
「よっと!!」
「う、うわっ!い、今の、ガチで殺しに来てません!?」
「実戦だと、もっとエグいよ。今の反応は良かったけど、あと数秒遅けりゃ、顔に刃が当たってたと思う」
ハルトマンの剣は神速に達しているため、如何に聖闘士である智子や黒江でも、冷や冷やなほどの瞬間速度を叩き出す。その速度で真空を作りだし、鎌鼬のように、顔の薄皮を剥がしてもいた。そのため、『チクッ』とした痛みに気づいて頬を触ってみると…。
「わ、わわっ!血だぁ!?」
「安心しろ、鎌鼬の要領で顔の薄皮を剥いだだけだ。傷は残んないよ」
「うぅ。ますます反則だぁ…」
「伊達に、神速を謳われた飛天御剣流を自分で開眼しちゃいないよ」
ハルトマンは戦闘センスに天性のものがあり、たとえ相手がプリキュアであろうと、この余裕であった。また、突きに関しても、牙突と九頭龍閃の存在により、隙がない。
「さあて、本気で行くか」
「!?」
「飛天御剣流・九頭龍閃!」
一瞬で九つの斬撃を加えるのが九頭龍閃の所以である。黒江も、それを覚えるのに二度の転生を要したほどの難度であるが、ハルトマンはすぐに覚えてしまった。内訳は九つの方向からの斬撃を同時に行うわけだが、それを神速で行うのは至難の業である。人間の肉体の反応限界を超えるほどの速さで打ち込むのは並大抵の剣士では不可能だが、超人の域に達する者であれば可能だ。壱から玖までの文字が幻影のように空中に浮かび上がり、ハルトマンは神速で突進した。次の瞬間、鋭い炸裂音が響き、キュアドリームは凄まじい衝撃を受け、吹き飛ばされる。あまりに一瞬のことだった。
「み、見えなかった……嘘…でしょ…?」
なんとか踏ん張って勢いを殺すが、大きく吹き飛ばされたのには変わりはない。ハルトマンが刃を奔らす時の様は見事の一言であり、童子切安綱の名刀ぶり(コピーではあるが)を存分に生かしている。
「どんなに良い刀も、持ち主が悪けりゃ、豚に真珠、猫に小判だけど、量産品のなまくらも、達人が使えは、恐るべき威力になるってことだよ。ドリームが今すぐに特訓できそうなのは、こいつかな?」
「その構えは…?」
「幕末の新選組、知ってるね?その三番隊組長だった斎藤一がもっとも得意とした技だよ」
深く腰を落とし刀の切っ先を相手に向け、その峰に軽く右手を添えた状態から突きを見舞うのが牙突である。ハルトマンが会得していた奥義の一つであり、今回は当てないで牙突をしてみせる。牙突の突進力は成人男性をレンガの壁に叩きつけ、更に壁が粉砕される威力である。
「……少佐、殺す気ですか?」
「阿呆が。殺す気なら、組み付いてから牙突零式で胴体引きちぎってるよ。あれは普通の人間だと、胴体が一瞬で引きちぎられるからね」
「……ひぇ〜…おっそろしい…」
「飛天御剣流も奥義はオフレコだよ。九頭龍閃をやりゃ、たいていの敵はぶっ飛ぶしな」
「今の上が…あるんですか」
「天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)って名前の究極の抜刀術さ。これを使うのは、よほどの相手でもないとな。今回はあたしの勝ちだけど、強くなりなよ?」
「は、はい…」
「相変わらず強いですねぇ」
「わざわざ、まっつぁんの手をわずらすこともないだろう?あーやが出かけてる時は、あたしと智子さんでカタつくさ」
ハルトマンは明確に、キュアドリームへ自分を目標にしろという事を背中で語り、キュアハッピーに変身している芳佳にそう明言した。
「か、かっこいい……。私も強くなるもん!強くなって、先輩やハルトマンさんの鼻を明かすぞ〜!けって〜い!」
ドリームは鼻息荒く、前世でお馴染みのポーズを決めるが、そこでハッピーがツッコむ。
「ムフフ、その前に、あたしと戦えるようにならないとね。あたしが宮藤芳佳として、空の武蔵の異名もってるの忘れないでよ〜」
「ぐ、ぐぬぬ…、プリキュアとしてはズッコケ要素強かったって事、覚えてるよね?」
「まーね。でも、今回は剣術じゃ、こっちに一日の長があるって事、忘れないでよ〜?」
「くぅ〜!二年間戦ったプリキュアの一人として、大いに悔し〜!強くなるんだもん〜!見てなさいよ、ハッピー!」
今回の転生で、それまでの全てと別離したことの寂しさと向き合いつつ、プリキュアとしての転生仲間を得た事もあり、前向きに一歩を踏み出すキュアドリーム/夢原のぞみ。そして、プリキュアとしての記憶も覚醒したが、主人格が星空みゆきでも、宮藤芳佳でもなく、角谷杏で統合されたため、プリキュアの姿であっても、飄々とした振る舞いを見せるキュアハッピー。ほぼ前世のままであるキュアドリームとの違いがここで際立つ結果になった。キュアドリーム/夢原のぞみが、『前世』で戦いが全て終わった後に、どのような人生を送ったかは定かでないが、彼女なりに、大人になるまでに『夢が破れる現実』がある事に否応なしに向き合うことになり、成長と共に苦悩した事が多いことは想像に難くない。それ故に、プリキュアであった者として、それなりに波乱万丈の人生を送りつつ、天寿を全うした事は確定している。だが、プリキュアであったがために運命の神々によって転生させられたことも事実である。新たな生でも、プリキュアとして戦う運命になった以上は『精一杯に生き抜いて、前世で愛した人(妖精か?)に恥じないように自分を精一杯に律する』と、錦としての凛とした思考もある。こうして、中島錦に宿り、その覚醒で人格が上書きされる形で黄泉帰ったキュアドリーム/夢原のぞみ。彼女はかつての仲間や恋人への思いを胸に、最初に確定したプリキュア出身Gウィッチとしての道を踏み出すのだった。
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