外伝2『太平洋戦争編』
六十六話『政治劇』
――扶桑皇国は当然ながら、戦前の旧宮家が現在進行系で存在しているので、皇族の継承問題で揺れる日本には旨味がある話であった。当然、扶桑の宮家から養子を貰い、皇族規模を維持させるというのは魅力的な話だった。
「タローに話したが、皇族の若い女子を日本に嫁がせる案も伝えておいた。日本は皇族の若手が不足している上に、皇籍離脱の典範で、色々と揉めている。ウチの宮家から嫁がせたり、婿入りさせれば問題はない」
「でも、日本側が納得する?」
「このままでは、皇室そのものが自然消滅する可能性があるのは誰もが知っている。日本の旧宮家の復帰が問題なのは、皇籍離脱して100年近いからであって、『現在進行系で宮家である』のなら問題はない」
吉田茂は尊皇家である。日本の皇室が絶える可能性を失くすため、扶桑の皇族を養子、あるいは婿入り、嫁入りさせる案を提示した事を黒田に言った。日本宮内庁は、自分達のところで旧宮家となっている者達に急に来られても困ると難色を示している。これは戦後に皇籍離脱した『伏見宮〜東久邇宮』の家々の旧皇族の人々の同位体を『現行宮家と同じ扱いにする』事に、宮内庁が苦言を呈したからである。だが、2013年当時には、天皇陛下も高齢となり、皇太子も既に壮年から老年に差し掛かりつつあり、青年皇族の数が不足しているのが日本である。陛下が『退位を望んでいる』事を、自分の父の同位体である昭和帝に漏らした事も、センセーショナルに報じられていた。昭和天皇は高齢となった息子の請求な退位の言葉を諌め、『せめてキリの良い時に退位を』と諭した。これは政治的権限が新憲法でも、ある一定は確保されている扶桑皇国の天皇と、儀礼的立場の日本の天皇の立場の違いによるものだ。その時、形式上の話だが、国軍の統帥の一端を担うのもあり、昭和天皇は軍服姿だった。これは扶桑皇国では『内閣総理大臣に国軍の統帥を委託する』という一文の通り、形式上は国軍の大元帥である上で、これが扶桑人が守り抜いたプライドだった。その時の会談の会話は、2013年に報じられた内容によれば、以下の通り。
「何故、軍服で参られたのですか」
「我が国では、新憲法においても、天皇は『皇軍の大元帥』であるからである。日本のマスメディアの言うような軍部の暴走は国民が許さない。既に何度も痛い目を見ておるからね。」
昭和天皇は述べた。扶桑は国民の啓蒙活動が活発であり、既に数度のクーデター事件で、軍への視線は厳しくなっているので、暴走は阻止されると。
「この格好は政治的パフォーマンスだよ。吉田からアドバイスをもらったのだが、勲章がジャラジャラついとるのは恥ずかしいが…」
と、大元帥としての御服を着用している理由を赤裸々に語る。新憲法下での御服は海軍軍服型が優先されるように定められたので、ブリタニアと同じような規定になったのが分かる。これが日本帝国との分かりやすい違いであった。日本帝国では陸軍軍服型が優先されていたが、数度のクーデターを経た扶桑では、海軍に重きが置かれているので、海軍軍服型の御服が優先された。昭和天皇が近衛旅団の護衛の下、日本の赤坂迎賓館に来訪するスクープ映像では、海軍の純白の軍装姿で現れたので、日本のマスコミのコメンテーター達が驚いた程である。(当然、敬礼も海軍式)この会談は極秘ではあったが、会談そのものは普通に公表はされていた。話の内容が極秘なためだ。12年の夏、終戦記念日からそれほど経たない頃の話だ。近衛旅団の護衛については、皇宮警察との事前の打ち合わせのほうが難儀だった。これは警察庁に宮城事件の記憶があるため、近衛兵を信用していない事、先入観として『現在に三八式歩兵銃の兵隊の護衛など役に立たない』という認識があったのが揉めた要因だった。しかし、実際には近衛旅団は自衛隊の精鋭部隊にすらないハイテク装備を装備している。学園都市よりも確実に数世代は進んでいるモノたちをフルで。むしろ皇宮警察のほうが足手まといになるくらいであった。装備を確認しに、実務者が行ったところ、自衛隊の武器が古臭く見えるほどにハイテク装備だった。『AK-01 レーザー自動突撃銃』、『14年式コスモガン』すら保有していたのだ。地球連邦軍にすら配備が進んでいない武器である。彼らが思い描いていた『三八式歩兵銃で訓練する風景』とはあまりにかけ離れたハイテク装備に、担当者は事務方を罵りたくなったとの事。担当の現場である警視庁でも、この報にざわめきは当然起こった。自衛隊や学園都市の暗部部隊にもない『レーザーライフル』と『レーザーガン』が普通に使用されているのだ。しかも空飛ぶパワードスーツすら存在していた。赤っ恥をかいた警視庁は警備の件で、大幅に近衛旅団に譲歩したという。現場のベテラン刑事は『宇宙戦艦ヤマトの武器持っとる兵隊に喧嘩する馬鹿はいないだろう。レーザーライフルに蜂の巣にされたいなら話は別だが』と漏らした。それほどの厳重警戒が引かれていたのだ。
「――会談の時にも、向こうの警視庁と近衛旅団司令部が警備で揉めてな。仕方がないので、装備を公開した。警視庁の者達は震えておったよ。我々を『明治期の装備を使ってる阿呆の集まり』と見下しておったからな」
「ああ、日本人って、後知恵でモノ言うから。世界を見回しても、戦時中に突撃銃とか自動小銃に更新できたのはたった数か国なのに、うちらを『時代おくれ』って笑うんだから…」
苦笑する吉田と黒田。連合軍全体を見回しても、1948年現在、半自動小銃のM1ガーランドやStG44など、自動小銃と言えるようなモノを陸軍全体に行き渡らせているのは一握りの大国のみだ。ブリタニアでさえ、『リー・エンフィールドボルトアクション』が主力である。これは航空ウィッチ用の火器が優先された影響で、小銃と小銃弾のの生産ラインが例外なく大規模ではない事による、仕方がない事情だ。問題は日本人はそれを考慮せずに大っぴらに論っている事だ。連合軍の大半の国の上層部の世代は『史実の日露戦争の士官候補生』世代であるので、史実の米軍のような弾幕による制圧を好んでいない。当時のドクトリン的に、弾幕射撃は『機関銃兵の役目』とされていた軍隊が大半であるので、日本人の一般人の批判は的外れにすぎる。が、誹謗中傷で有望な兵士/ウィッチがやめていく問題は亡命リベリオンやブリタニア、カールスラントでも起こっているため、各軍のドクトリンの100年分の革新がこの時期に起こった。普仏戦争の頭の者達に塹壕戦と機甲師団の機動戦、空陸連携を理解させるのは、連邦軍教育機関の長をして『ナポレオン三世時代の人間に現在の兵法を教えるようなもの』と例える難しさと言わしめた。
「ウィッチにもいたんだろう?武士道に被れて、迷惑をかけた者が」
「あー、坂本先輩ね。あの人、『例のあれ』が始まる前さ、凄く周囲に迷惑かけてさ。今、周りにペコペコ謝ってるよ」
「大人のほうはなんと?」
「平謝りの毎日が続いて、温泉に行きたいとかぼやいてた。『若気の至りとは言え……こちらのほうがめげそうだ』とか。Bさんが協力してくれて、本当に助かってるそうな。Bさんのほうが豪快だから、雰囲気を変えてくれるし」
「なるほど」
「それでこの間、あたしのツテで、山西の開発陣に謝ったんだ。ほら、紫電と紫電改の事で。先輩、宮菱信者で通ってたから」
坂本(若)が起こした問題には、紫電シリーズの悪評を流布した事が含まれていた。Bが『遠縁の従姉妹』という事で、先立って接触し、最後にA(大)が詫びるという方法を取り、紫電改の最終的な評価を定めた。山西航空機は当時、艦載型紫電改(実機/ユニット)の製造を続ける一方、US-2飛行艇の製造準備を始めていた。本業と言える飛行艇なので、これについてはスムーズに進み、開発責任者も『大艇に新装備加えるだけだから楽だ』と述べ、なんと40年代中の開発に成功した。これは日本からの緊急援助を活用しての成果であったが、元の完全コピーではなく、二式大艇の要素である自衛装備も備えられている。名は『蒼空』とされた。これは史実の木製飛行艇の名だが、二式大艇のフルスペック後継機に宛てられたというのは、運命の巡り合わせであった。自衛装備の搭載は、扶桑軍が飛行艇に『戦闘任務』を求めていた故でもあったが、流石に対艦雷撃は求められず、対潜任務とされたり、救助任務、空中指揮管制機、空中給油機としての任務に使用されるのが想定された。蒼空は直ちに九七式と二式大艇の後継機として生産され、1949年までに40機が使用され始めたという。
「日本は今回の事で肝を潰しとるはずだ。黒江大佐らが『第二次世界大戦の栄光ある撃墜王』の同位体である事が演習での米軍の抗議で判明した時も痛快だったがね」
「あれは笑っちゃったよ。防衛大臣の態度がガラッと変わったって言ってた」
――2011年頃――
「なにィ!?あの旧軍人共の部隊がトップガンに完勝!?馬鹿な、あの時期の軍人はまともな訓練も行っていないと……」
当時の政権の防衛大臣は、扶桑軍人らの部隊を馬鹿にしており、『1945年の航空兵はまともに飛べやしない』とタカをくくっており、送り出した時も、内心では『せいぜい叩きのめされて来い』と嘲笑っていた。が、実際にはその真逆の結果であった。上がってきた報告と、米軍公式の抗議声明として『アグレッサーをわざわざ引き抜いて作った精鋭部隊を送り込むなんて、嫌がらせか?』という内容の封筒が届けられた。担当者の報告は続く。
「現場からの報告によると、『世界最精鋭を謳われたパイロット軍団が、実戦経験のないトップガンに負ける道理はない』との事です」
「……何!?……」
「つまりこちらに来ているのは、『大空の王者』を自負していた開戦時の精鋭パイロット達だと……」
「し、真珠湾攻撃や南方への進撃を支えたという、戦前からの強者達だと……」
「はい。古参は日中戦争から経験があると………はっきり言って、絶頂期のドイツ軍よりも強い一騎当千……。絶頂期の日本陸海軍の更に精鋭達です。ウチのアグレッサーが裸足で逃げ出しますよ、こんなの」
報告した担当者はすっかり窶れた表情だ。名前と立場が扶桑出身者と同位と思われる旧軍航空隊のパイロット達を調査したら、みんな、『帝都防空で鳴らした』とか、『南方作戦で鳴らした』、『支那事変で勇名を馳せた』、『末期の防空戦で獅子奮迅の働きを見せた』という箔がつくような帝国陸海軍の至宝と言うべき精鋭パイロット達の同位体であったからだ。中には『空自で幹部になった者』もいた。つまり、扶桑は『戦史に名を残すような精鋭を送っていた』のだ。最低でも自衛隊の平均的パイロットを凌ぐ腕前を持つような。その『箔』に防衛大臣は顔面蒼白となった。侮っていた小娘共が、あのB-29に旧型で立ち向かい、落とせるようなバケモノ軍団だったのだ。防衛大臣が辞表を提出したのは、この後すぐのことだ。防衛大臣が入れ替わった後、黒江と赤松のペアが『コブラ最高のペアの心をへし折る』光景が出現し、航空自衛隊の『コブラ』の者達は『だから言ったんだ。あの二人はウチが欲しいって……』と嘆いたという。飛行教導群は開戦寸前の『前回』の人事異動の通達の直後、中央に猛烈に抗議している。これは二人のスカウトを満場一致で決めており、『釣ろう』としていた矢先に通達があったからだ。
――飛行教導群(2011年当時に在籍)のA氏らのコメント――
『人外魔境だって!!まるで新米パイロットに逆戻りしたような気分だった……なんだよあれ……』
『レーダーより早くタリホー(発見)コールするんだぜ?しんじらんねーよ」
『見失う一瞬で、撃墜判定をもらってた……一瞬、何が何だか……』
と、如何に『二人が強すぎる』と嘆く教導群パイロット達の声があったかが窺える。実際、黒江単独でも、『新米パイロット当時に教導群を撃墜判定した』伝説を作っていたので、そこに『更に強い』赤松が入って、化学反応を起こしたら、もう誰にも止められない。この時期に『ラプター10機を2機のイーグルで撃墜判定した』という伝説を作ったのだ。また、同じ部隊にいた生え抜き自衛官パイロットは『演習中に空域の端っこで水飲んでたら10km先から黒江が“まだティータイムにゃはえーぞ!”って怒鳴ってきやがった……どういう視力だよ!』と漏らしており、翌年の健康診断で『視力2.0以上』という結果を叩き出している。(これは扶桑ウィッチの平均視力は2.0であるため。視力1.0の若本は弱視とされている)二人とも、のび太の家でTVゲームをしまくってなお、その数字を維持している。『元の世界の軍隊じゃな、1.2以下は弱視判定出されちまうんだよ』とは黒江の談。そのため、何故、裸眼視力が1.0ちょうどの若本が撃墜王になれたのか、先達達の間では未だに議論されているという。
「――それで、解散になった2013年に今度こそは、と意気込んでたら、今度はこっちが戦時体制でオジャンだそうな」
「それは不運な」
「先輩たち、向こうでやらかして、こっちでもやらかしてるから、両方で殆どバケモノ扱いでさ。ありゃ戦後になったら閑職かもね」
「あの子達は戦時の軍人であって、平時向けの軍人ではないからな。平時には疎んじられるものだ、戦時の英雄は」
「その時には、先輩たちの面倒は頼むよ」
「あいわかった」
――こうして、扶桑皇国の政治は進んでいく。スリーレイブンズは戦時の英雄だが、扶桑海事変が証明するように、平時には疎んじられる者の典型的タイプである。特に黒江は政治的に動くため、平時には暗殺されそうなタイプである。国民的英雄は平時には施政者達に殺されやすい。が、殺せない理由はいくらでもある。扶桑のどんな暗殺者よりも強い事、暗殺未遂がばれたら、けしかけた者が社会的に抹殺される、天皇陛下のお気に入りである事が主な理由だ。黒田が打った布石は、吉田が庇護することで、戦後に台頭するであろうある『世代』への事前対策であった。『戦後』が朧げながらも見え始めたこの時期、戦後に向けての布石を打つのが『Y委員会』の仕事だった。どの道、この戦争で完全勝利を得る事は不可能に近い。リベリオン本土は広大にすぎ、扶桑軍の全兵力を以ても、制圧維持は覚束ない。それ以前に日本人の一部には『負かせて、日本国と同様の経済大国にする』という思惑で動いている者がおり、リベリオンを攻めるほどの軍事行動を起こすと、密告でマスドライバー攻撃があり得るため、『最終的にハワイで陸海空軍主力を殲滅し、和平のテーブルに付かす』という戦略が取られている。つまり、ウィッチ世界が東西冷戦の流れになったのは、21世紀日本人の一部の身勝手極まりない思惑と思想によるものである。
「どの道、日本の過激派の動きを押さえ込んでも、失われた軍需物資は戻っては来ない。大陸領奪還は連邦軍任せになるし、この戦争の反攻目標は大幅に減退する。せいぜいハワイが限界だろう。予定では旧サンフランシスコ近郊か、ロサンゼルスまで侵攻する予定だったんだが、日本の政治家の一部は、我々が史実アメリカの地位になるのが気に入らんらしくて、軍事援助を妨害しておる」
「そんな身勝手な……!思い込みで扶桑に迷惑かけといて……」
「彼らは政治のせの字も理解しとらん。国家を良くする、友好国との付き合いもな。敗戦が『誇り』を奪ったのだろうが、あそこまで露骨に妨害するとはな……いや、嫉妬かもしれんな。我が国には彼らが敗戦で奪われたモノがある。それへの」
「嫌だね……そういう妬みは」
「仕方がない。日本はひみつ道具時代を迎えるまで『落ち目』だった。終わりのない不況が国を覆い、少子高齢化社会だ。先進国が行き着く『終わり』に100年足らずでたどり着いてしまったのだ。学園都市が実質的に独立国家である以上、ひみつ道具時代まで日本の中興はない。いくら政府首脳がそれを知ろうが、そんじょそこらの政治家気取りの連中の知るところでない。彼らにしてみれば、世界に都合のいい『ATM』と見られている自分達が嘘のように、国際連盟の常任理事国である我が国に嫉妬するのは当然だ。いくら地球連邦の支配者となる未来があると言っても、それは遠い未来の話でしかない」
「なんだかやるせないっつーか、ややこしいっつーか」
「あの時代の日本人は『今を生きるので精一杯』なんだろう。80年代の狂騒も今や昔、若者たちは好況を知らずに育ち、国民は節約に燃える。如何な経済学でも、21世紀日本の状況は説明出来ん。この時代の政治家が、この儂を含めて、どうしてそうなったかを理解できんように」
「黄昏ていく国って奴かぁ……」
「だが、日はまた登る。敗戦で大日本帝国が滅んだ後、日本国として復活したように。竜は炎の中から蘇るのだ。何度でも」
「そう言えば、日本列島は龍に例えられてたっけ」
「うむ。龍だ。不死身のな」
吉田茂と黒田邦佳の会談は夜が更けるまで続いた。吉田茂は戦後日本国をメークした同位体のように、自分は新生扶桑皇国をメークする腹積もりなのだ。どのような形であれ、自分は陛下の臣下である。そう自覚する彼は、尊皇家としての決意として、老体に鞭打ち、なんとか1953年頃までは在職するつもりだと、黒田に明かす。それが吉田茂が国に対して出来る最後の奉公であると同時に、昭和天皇への忠誠であった。
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