外伝その352『ドイツの空回り』
――ダイ・アナザー・デイでは、カールスラント系撃墜王達の大半の名誉が地に落とされた。同位体の部隊に持ち上がっていた粉飾疑惑が持ち込まれたからで、怪異相手とはいえ、スコアの粉飾疑惑が持ち上がった事と、史実で反ガランド派の高官の相次ぐ失脚はカールスラント空軍の落日を妙実に示していた。カールスラント空軍最大のショックは疑惑の中心の部隊『JG52』に在籍経験があり、なおかつ統合戦闘航空団の幹部を務められる実力者達が、作戦中に予備役編入願いを出した即日中に全員が扶桑空軍に事実上の移籍を行った事であった。ガランドの差し金でもあり、政治的にドイツから疎まれつつも、戦線に不可欠な逸材を日本連邦軍で保護するのが目的である。カールスラント空軍は航空技術者も流出しだしており、日本連邦とキングス・ユニオンが破格の待遇で迎え入れ、更に一部は自由リベリオンに加担したこともあり、カールスラントは衰退期に突入してしまう。次世代の航空技術が日本連邦とキングス・ユニオンに入ったためでもあり、カールスラントは愛鷹のクーリングオフによる膨大な違約金と賠償金の負担もあり、独の進める軍縮を受け入れざるを得なかった。その代わりに軍拡せざるを得なくなった日本連邦は扶桑の軍備の近代化を理由に軍備のストレッチを図った。旧型装備を処分する代わりに、新型兵器を多めに配備する。その方針のもと、キ100とキ84-U(疾風の史実寄りの性能を持つ機)を緊急で開発・増産しつつ、海軍系の新型機『陣風』をピストン輸送で現地に配備していった。ダイ・アナザー・デイでの日本系レシプロ機としては最高峰が陣風であり、紫電改とのパーツ共有率も高いため、紫電改に代わる主力レシプロ戦闘機として短期間で普及した――
――海戦の生起する可能性は減少した。だが、日本連邦内部には、連邦成立以前の2010年代前半頃に扶桑が独自に実行した朝鮮半島への制裁を恨む者も少なからずおり、日本連邦の軍事行動を内部から妨害していた。その影響で派遣自衛隊の増強は不可能に近く、空自の機材は老朽化で使い物にならないF-4EJ改を『形だけ送った』に等しかったため、独自にVF-1EXやセイバーフィッシュ、TIMコッドU(戦後型TIMコッド)などが調達され、使用されていた。アクティブステルス装備機であるため、2019年での空自次期主力戦闘機『F-35A』よりも整備性が高く、ステルス性能も比較にならない。Gフォースと名付けられた派遣自衛隊はSF映画のような機材の運用部門としての顔も持つため、メカゴジラ、スーパーXVなどのオーバーテクノロジー兵器の運用をしている。これは派遣自衛隊の今以上の規模拡大が不可能になったため、黒江が持ち出させたオーバーテクノロジー兵器の使用を許可する事で代替とした措置の影響によるもので、現地の扶桑陸軍戦車師団は車両配備が遅れている影響で、ブリタニアから独自に購入したセンチュリオンを『セ式戦車』として使用するに至った。チト改やチリ改が教導部隊への配備を政治的理由で優先された影響で、前線に配備された車両は予備を含めても、わずか250両。とても大勢に影響を与えられる数ではなかった。一方、地球連邦軍が持ち込んだガンダムタイプはそのヒロイックな活躍もあり、反攻の象徴として扱われた。既にνガンダムやF91が第一線機として活躍している時代の地球連邦軍であったこともあり、ジェガンが型落ち機扱いを受けているが、ティターンズ残党の保有する旧型機よりは高性能であった――
――戦線では、作業用重機(モビルワーカー)扱いで使用が継続中のジムUが様々な設備の設営に使用されており、簡易的な格納庫が備えられた駐屯地が多く設営されていた。地球連邦軍はMSの本格整備を可能とした基地をスーパーバルカンベースや宇宙艦艇とし、前線での整備は駐屯地でもできるようにした。そこがジオン残党と違う点であり、ティターンズも地球連邦軍の一部であったため、転移してきた設備でそれらを行いつつ、MSの節約のため、シンパから提供されたモビルドールを使ったり、一年戦争からデラーズ紛争時の機体を倉庫などから持ち出して使用している。そのため、正規軍の最新MSとの性能差がモロに現れ、現存数の少ないジム・キャノンやインターセプトカスタムなどの機体が蹂躙された挙句に鹵獲されるという珍事も発生した――
「先輩、プルトニウスで何を運んでるんです?」
「ジム・インターセプト・カスタムだよ。ティターンズが数合わせで出してきたから、無力化して鹵獲してきた。こいつはアナハイム社も資料に欲しがってたからな。ハイメガランチャーを送ってもらう取引に使う」
「ティターンズにしては、古い機体ですね」
「奴らにとっての最新MSはシンパが監視の目を掻い潜って送ってくるルートが供給源だ。倉庫から引っ張り出すしか、数を増やす方法はない。…よっと」
駐屯地に『ドテッ』と置かれたジム・インターセプト・カスタム。動力伝達系統を破壊され、放棄されたのを鹵獲したため、胴体部などに頭部バルカンによる弾痕が刻まれている。黒江はプルトニウスを器用に操縦し、ジムを安置する。駐屯地にいるメカニックなどが機体に集まり、調査する。黒江は機体を格納庫に仕舞い、駐屯地の隊舎で、教育も兼ねて帯同させているのぞみと雑談する。
「ティターンズってなんで、一年戦争の旧式まで出せるんですか?」
「倉庫や博物館をいくつか、中東のどこかに抱えてて、そこから引っ張り出したらしい。元々は教材や帳簿上は廃棄した機体の保管庫だったんだろう。それを軍事行動用に転用したってとこだろう。ドラえもんの調査によれば、22世紀までの兵器の集積場も兼ねていたらしくて、本当はティターンズが人員確保のための戦争博物館にするつもりだったんじゃない?」
「博物館、か。今の連邦軍もそうなりかけたっていいますけど」
「ガトランティスの戦いで平和主義が衰退したからな。あいつらはとんだ置き土産を遺したって、政治屋連中の間で言われるそうな」
「奴隷か死か、ですよね」
「テレサの特攻で倒されたから、他力本願って批判が高まった。それで排斥されたハト派の中には、ヤマトの異常な敢闘精神が礼賛されるのに不快感を持つのもいる。乗組員の八割が戦死したそうだからな」
地球連邦軍はヤマトの敢闘精神を礼賛する傾向にあるが、乗組員の八割を死なせた事から、古代進への批判も大きく、それが彼の正式な艦長就任を阻む壁となっているのも事実である。
「ま、海戦はこっちが間違いなく勝てるから、陸をどうにかせんとな」
「三週間以上もかかって、陸で押し止めるのが精一杯ってのは、どういう事なんですか」
「旧式装備を日本が博物館に置きたいんだとよ。日本には殆どない、もしくは実現しなかった武器もあるからな。それで強引に回収したもんだから、前線部隊の車両の稼働率が絶望的に落ち込んだ。モンティに斡旋してもらって、センチュリオンとコンカラーを譲渡してもらったけど、官僚がグズりやがる」
「え、なんでですか」
「国産の車両と規格が合わないっていう、あれだよ。砲弾はNATO規格だっての、後期型を造らせてるんだからな」
「カールスラント陸軍の連中が泣いてましたよ」
「虎と豹を旧式化させたからな、センチュリオンは。105ミリ砲型を造らせたから、王虎も陳腐化させちまった。ただ、アンダーパワーだから、チーフテン用のエンジンに換装したが」
「チーフテン?」
「センチュリオンの後継だよ。チャレンジャーまでの繋ぎって印象だけど、悪くはないぞ。センチュリオンの発展って印象だしな」
当時、キングス・ユニオンは戦車開発でカールスラントを逆転し、世界有数の戦車王国と化していた。カールスラントは王虎(ケーニッヒティーガー)の後継になる重戦車と豹(パンター)後継の新中戦車のビジョンが明確でなく、独から供与されたレオパルト2を『扱いきれるものではない』と死蔵する羽目に陥るなど、軍事技術者の流出による開発力低下に悩んでいた。日本連邦が明確な目標を持って邁進するのとは対照的であった。センチュリオンとコンカラーはウィッチ世界を舞台に大活躍することになった。
「問題は前線の戦略爆撃機だ。防空網整備が優先されて、原産されたもんだから、B-17すら飛ばせなくなってきてる。ルメイ親父は暴漢に襲われて、軍病院で唸ってる。打ち所が悪けりゃ、下半身不随になりかねなかった箇所もあるくらい、鉄パイプでボコボコにされた。多分、空襲にかこつけたアナーキストの犯行だろうな」
「どうして、そんな事を。」
「ルメイ親父を私刑にしたい連中は日本には裏で相当にいる。その犠牲になったんだよ。日本がパトリオットミサイルとかを配備しちゃったもんだから、第二次世界大戦型の爆撃機は陳腐化した。富嶽も例外じゃない。それを理由に、一式陸攻や百式重爆を廃棄しちまったから、前線のウィッチ母機も不足しちまった。だから、連山を緊急生産してる。日本を吉田翁が説得するのに骨を折ったそうだ。日本はアメリカを超える兵器を欲しがる一方で侵攻用の兵器を異常に嫌うから、他国の圧力を使わないと、富嶽や連山の補充もままならんたぁな…」
ウィッチはあまりに長距離の飛行は出来ない。戦略爆撃機の削減をされたり、開発中止に追い込まれた国々はウィッチの長距離行軍構想を頓挫させられたに等しいため、日本に猛抗議を加えた。日本もウィッチに空中給油は有効でない事を知ると、いよいよ引っ込みがつかなくなった。弾道ミサイルの研究を宇宙開発を理由に容認したり、連山と富嶽の生産数を拡大する事を正式に認めたのは、ウィッチ母艦への転用、他国への売却も用途に含まれたからである。四発重爆は航空技術の高さと国力の証明であるが、日本は全てでB29を超えるのを志向し、銃座の自動化などを推し進め、爆弾の誘導爆弾化を促進していた。それは戦略爆撃機を規制しようとする日本左派を抑えようとする過程で装備された。当時は1954年ハーグ条約、世界遺産条約、無形文化遺産の保護に関する条約などがウィッチ世界においても批准された事で、エディタ・ノイマンが実質的に失脚の憂き目に遭う(見せしめとしての一階級降格と中央からの追放)などのパニックが現場の士気を落ち込ませており、その事への恐怖がサボタージュを促進させるなど、上層部にとっては踏んだり蹴ったりの状況であった。
「おまけに誘導爆弾はお高いんだぞ?絨毯爆撃は怪異相手なら有効だ。ほいほい、誘導爆弾が使えるかよ。M粒子の影響で21世紀ほどの精度は出せないんだぞ。多分、戦略爆撃機の配備数はあれこれ言われて、政治的に減らされるだろう。それと、マルセイユが落ち込んでるが、ノイマンの勲章と軍籍の剥奪が成らなかっただけでも御の字だ。地球連邦がドイツを黙らせてなきゃ、あいつは今頃は見せしめに銃殺されてる」
「ガキ共(所々で錦の口調が出る)サボタージュしてるのは?」
「作戦を立てただけで名誉を剥奪されて、マスメディアに有る事無い事書き立てられて、人格否定されちゃ、嫌気が差すだろ?俺達もメアリー・スーだの、踏み台にしてると言われるがな、偶々、昔はウィッチとして鳴らしてたのが黄金聖闘士になったり、プリキュアに再覚醒しただけだぜ?」
「確かに」
「傍から見りゃ、俺らはメアリー・スーの一例だ。だが、上の世界を知りゃ、それを目指すのは当然だろう?のび太だって、成人後は子供の頃とは印象の違う人物になった。お前だって、プリキュアになってからはカリスマ性が売りだろ」
「そうですねぇ…。知ってるくせにぃ」
「お前は特に有名人だ。自衛隊の連中にファンサービスしとけと言っとるだろ?今時の軍隊ってのは愛嬌も必要だ。予算を政府からもらうためにな。その点、ドイツのやることなす事は空回りしてるって言えるな」
「先輩、タバコを吸わないんですね」
「転生する前は吸ってたが、今は止めた。俺が新兵の頃は上の連中がスパスパ吸ってたが、お前がいた時代だと、タバコは好かれんからな。それに今は発言一つで、社会的抹殺すらあり得る時代だ。自由リベリオンの連中も縮こまってるよ。ドイツがノイマンを実質的に抹殺したも同然に追いやっただろ?おまけに、ロシアと組んで、空軍のエースをリストラしようとした。扱いにくいからと、マルセイユとハルトマンも予備役にしようとしてた。先手を打ったが」
「それでウチに?」
「あいつらは我が強すぎて、上層部から嫌われ者だ。平時になったら、いの一番にお払い箱にされるタイプといっていい。ハルトマンは実家を継ぎゃいいが、マルセイユは実家でも『厄介者』だ。軍隊を辞めたら、ゴロツキに落ちぶれかねん。ウチならその点、ある程度まで行きゃ、高額な年金を約束されるからな。旧・東ドイツ軍人の扱いの失敗を見ろ。テロリストに結構な数が転じたって資料もある」
黒江の言うとおり、旧東ドイツ軍人は統合後においては『軍人と名乗る事』も憚られる政治的圧力と状況、経済的困窮から、多くが裏社会へ流れた。これは旧ソ連邦のリストラされた軍人も同様で、バダンの80年代以後の中級幹部には、元・東ドイツ軍人、元・ソ連軍人が多い。日本の吉田茂も戦後のある時、にモシェ・ダヤンに嫌味を言われたことが『旧軍人の受け皿』を設ける動機になったというが、軍人を下手に冷遇すれば、反社会的勢力の拡大に繋がることを『経験』から理解していた日本連邦はガランドの誘いに乗り、政治的に追い込まれつつあった44戦闘団をそっくりそのまま、自国の軍隊に取り込んだ。ドイツ最強の航空部隊を日本連邦は労せずに手に入れた事になる。これに狼狽したカールスラントはドイツと内輪もめを起こし、結局、カールスラントの撃墜スコアトップ10のエースパイロットを含めた優秀な人材の多くが流出したという重大な事実を顧みないドイツが、その失敗を認めるのはしばらく後のこと。
「おかげで、こっちは44をまるごと手に入れた。カールスラントはドイツと内輪もめ起こして、使い物にならんから、ウチで存分に暴れさせたほうが役に立つ」
この頃、ロシアが『カールスラント空軍の戦果粉飾疑惑を盛り上げた』こともあり、カールスラント撃墜王の名誉は地に落ちたと言っていい。その『代替物』として扱いだしたのが、扶桑の撃墜王たちである。太平洋戦争という史実の大戦争の相手が21世紀世界での盟主であったアメリカ合衆国である事、そのアメリカ合衆国相手に死闘を展開したこともあり、アメリカ合衆国軍人からも尊敬される傾向がある。実際、扶桑の撃墜王達は他国軍上層部に『伝説』扱いされていたので、人種差別主義者とさえ謗られ、罵られて人間不信になりつつあったカールスラント軍人たちに代わる広報の対象にされた。これに反発し、坂本曰く『へそを曲げた』のが扶桑海軍航空隊の面々にあたる。海軍航空隊の全体的気風は『部隊で任務にあたった以上、その勲功は部隊全体のものであり、個人が誇るべきものではない』というものであり、他国との共同作戦を行うにあたり、体面の問題から仕方なく、『自己申告での撃墜数』を申告し、個人的に『撃墜王』を名乗る事を認めたという経緯があった。(扶桑では、エースパイロットをブリタニアで使用される『フライング・エース』と表記していたが、日本連邦化で日本で普遍化した単語『エースパイロット』に変更される珍事も起こった)日本は海軍航空隊が『1943年後半以降、参加人数の増加を理由に、軍令部の指示で多くの部隊は個人撃墜数の記録を廃止していた』のを激しく責め立て、海軍航空系参謀の多くを連帯責任で更迭したが、それが原因で前線の海軍艦隊の航空参謀が危機的に不足する事態にもなった。『広報で不都合が生じたからと、私達の全てを否定するのか!』と、海軍中堅ウィッチが血気に逸るのが、この時点での扶桑国内の状況だ。(日本連邦軍の航空分野そのものが空軍の管轄になる事も検討されていたが、それは航空幕僚長の反対で潰えた)
「海軍航空はへそを曲げたんですかね」
「坂本が言うんだ、間違いねぇ。これでクーデターは避けられんようになった。陸軍の一部部隊も参加するだろう。ったく、こっちはティターンズだの、ネオ・ジオンだの、気にしてんのに」
「ミケーネ帝国の残党と百鬼帝国は?」
「今はブライ大帝次第だ。ミケーネはグレートマジンガーとゲッタードラゴンにしこたまやられて、軍団の体を成さないくらいに追い詰められてるから、幹部以外は烏合の衆だ。だが、百鬼帝国は恐ろしい。ベガ星連合軍よりも、甲児や鉄也さんが気にする相手だ」
黒江はそこでコーラを飲み干す。黒江は国内のクーデターは皇室の鶴の一声一つで、瞬時に崩壊する事から、さして気に留めておらず、むしろ、ティターンズ残党の背後で暗躍する諸勢力を警戒していた。のぞみも人格融合の影響で記憶の混濁は時たま生ずるものの、錦の要素が次第にのぞみの行動に影響を及ぼし、『職業軍人』的な雰囲気を出すようになっていた。
「今は自由リベリオンの扱い(公的には扶桑の義勇軍扱い)、魔弾隊の取り扱いとかであっちこっち揉めてんだし、これ以上の揉め事はゴメンだ。海援隊なんて、国営にいずれ移行して、実質は予備艦隊化なんだからな。天下りを規制したいんだろうが、実際は警官や自衛官、官僚には天下り先が相当にあるからな」
「海援隊をいずれ国営にって?」
「何百万の海援隊隊員を改めて、国家公務員として雇用せりゃならんって事だ。情報網はもちろん、人員の保全が治安的見地からも必要だしな」
「あそこから接触は?」
「今の才谷の当主が俺の小学校の同級らしい。どいつだったかはおぼろげでなぁ。ま、あそこの『薩摩』を手違いで解体しちまったんだ。海保の巡視船を『もらう』しかないさ」
「海保は?」
「この世界で、あいつらの出番は殆ど無いよ。水上警察の統括管理くらいしか仕事ないし、日本国内の海上治安維持さえ人員不足とか言いやがるんだぞ?」
日本連邦の海上治安維持は学園都市の戦争の煽りで、多数の巡視船を失った海保に代わる形で扶桑海軍が引き受けており、大和型戦艦を漁船摘発に用いる事が意外に効果を挙げるなど、日本側も旨味を味わっている。旧式戦艦『薩摩』の代替になる船が海保が建造中の大型巡視船になるなど、海保は海援隊への賠償で首が回らなくなった。当時の太平洋共和国と改めて『安全保障条約』を結んだはいいが、扶桑の造船能力はラ級の建造準備の他は輸送艦、補給艦、病院船、工作艦、軍用の高速タンカーなどに注ぎ込まれており、自国用新造戦闘艦の建造が伸ばされる有様であるため、建造能力を太平洋共和国への賠償に充てがうだけの余裕が無かった。その兼ね合いであった。
「それで巡視船を?」
「揉め事を起こした報いって奴だ。こっちは日本が煽ったせいで、貨客船を使う時は買い取った上で、運航会社に代船を用意せにゃならんから、太平洋戦争はどの道、1948年までは起こせないそうだ」
「はた迷惑〜…」
「そういうもんだ。RO-RO船構造での大量生産は骨だぞ。兵器も揃わねぇし、リスボンへの攻勢は遅れそうだ」
「日本はなんて言ってるんです?」
「政治的にこれ以上の援軍は無理だそうだ。ただ、F-4が老朽化で使い物にならんと言ったら、米軍や連邦軍からの機材の調達を認めたよ。米軍が21世紀当時の一線機を送ってきてるのに、こっちはベトナム戦争の時代のポンコツだ。ファントム無頼しろったって、老朽化しすぎだ。エンジンノズル外れる、主脚は折れるわ…」
F-4EJ改は機体そのものの老朽化が防衛装備庁の認識を遥かに超えていて、黒江も『使い物にならん』と判断し、抗議したところ、『F-15JとF-2は政治的に送れないから、現地で機材を調達しろ』という返事が帰ってきた。それをいい事に、黒江はGフォースの結成が行なわれると、セイバーフィッシュ、ガトランティス戦役時に数合わせとして復帰し、使用されているセイバーフィッシュの後継機『レイヴン・ソード』も提供され、部隊に配備。VF-1EXと併せて、Gフォースは22世紀後半期〜23世紀初頭水準の戦闘機を得た事になる。
「で、倉庫の肥やしになってたセイバーフィッシュを?」
「コスモタイガーの量産後は一線機とは見做されてないけど、21世紀の戦闘機よりは遥かに高性能だ。コスモタイガーは宇宙艦隊が優先されてるから、本星だって、数がないんだぞ。ガトランティスとの戦いで初期型がかなり失われたしな。自衛隊の様子を見に行こう。この駐屯地で訓練受けてる連中がいる」
黒江の言うとおり、この駐屯地にはGフォースの隊員がセイバーフィッシュなどの訓練を受けており、彼らは未来兵器の一端に触れられた事になる。これは防衛装備庁としても想定外のことであったが、日本の政治的都合で第一線機を出せない故に、現地調達を奨励した事で生じた事実である。日本の政治的都合が扶桑の前線ウィッチに理解されるわけはなく、不公平感を抱いた中堅層が暴発するのだが、それを容赦なく『処断した事』で農民層の萎縮が起こり、新規志願ウィッチの確保が壊滅状態に陥り、太平洋戦争は義勇ウィッチが『若手』を担うことになる。二代目レイブンズの時代、45年からの数年に適齢期であった世代が後ろ指を指されている遠因はクーデターの首謀者の処断による当時の親世代が起こした『萎縮』である。たった数年の事だが、その数年は扶桑の世代交代を停滞させるには充分な時間であり、レイブンズの正統後継者が2000年代まで現れなかったことも重なり、1945年時点で、既にある程度まで昇進済みの世代を酷使し続ける事になった。
「統括官、娘さんがお見えです」
「ん、翼か。ここへ来させろ」
自衛官の一人が黒江の義理の娘(ただし、血縁関係があり、大姪である)がやってきた事を伝えに来る。黒江はそう言い、娘を来させる。
「母さん、広報の仕事ですが…」
「お前が処理しといてくれ。こっちもそれどころではなくてな。」
「広報部長立っての願いだそうですが?」
「何?昔の掌返しの詫びでもいれんのか?」
「それもあるそうですが、のぞみ姉さまのことかと」
「へ、わたし?」
「プリキュアだしな、お前。広報部長を呼べ、翼。会ってやる」
「はい」
広報部長がそれから2時間ほどして、やって来た。広報部長は1945年夏の段階でのウィッチ志願数が例年の定数の一割にも届かない事を切実に語り、日本から義勇ウィッチを募るしか無くなった事を告げた。日本向け広報に歴代のプリキュアを起用したい事、のぞみが現状で最古参であるので、プリキュア達の温度を取ってほしいと要望する。そして、黒江に『かつての所業の事は如何様にも詫びるから、プリキュアを起用させてほしい!』と懇願した。黒江はかつての冷遇の愚痴をこぼしつつ、広報部長の願いをギブアンドテイクで受け入れた。
「先輩、愚痴ってるなぁ」
「母さま、記憶の封印期に思い切り、厄介者扱いでしたから。広報部長と言っても、母さまの若い頃から代替わりしてますから、割り切ったんでしょう」
黒江の娘『翼』。2006年時に20歳、2000年代以降の64F『新選組』隊長。黒江は結婚していないので、三兄の孫娘を養子に迎えた。それが彼女だ。名前の由来は風鳴翼との事。
「あとは、わたしが他のみんなに声かければいいのかな?」
「ですね。姉さまは人気ありますし、日本の若者は食いつきますよ」
「うららの気持ち、わかるなぁ」
この時、のぞみは学校の後輩かつ、芸能人であり、同じプリキュア仲間である春日野うららの苦労を思い出し、ため息をつく。広報部としては軍中枢から発破をかけられているのだろうが、さんざ冷遇したものに媚びると言うのは、黒江でなくても不快感を持つ。掌返しが露骨すぎたからだ。
「あ、翼。カールスラントが44の事で源田の親父さんに協議したいっていうけど、どういう事?」
「44は本来、Me262の試験運用部隊でした。それが人員整理から守るために、全戦線のトップエースを在籍させたら、その人員ごと別の国に身売りですからね。カールスラントとしても困るんですよ、本土奪還に使うつもりでしたから」
「結局、どうなったの?」
「自力での奪還は軍縮のやりすぎで諦められ、地球連邦軍が代行しました。それで空軍のモチベーションが下がり、数十年は使い物になりませんでした。軍縮が終わって20年経ったけど、やっと1938年の水準ですよ」
「だめじゃん」
「軍縮を数十年もやった上、外征どころじゃなかったんですよ、カールスラントは。だから、この時代のエースパイロットの子孫達がどうにか組織の面目を保たせているけど、政府が引きこもりですからね」
彼女の口から、カールスラント空軍の没落ぶりはティターンズ滅亡後の21世紀になっても、質的意味の復興はならず、2006年になっても、人的意味での質が最盛期とされた1943年の水準にまるで及ばないほどのものと語られた。地球連邦軍が代行した事でモチベーションを喪失した事がカールスラント空軍没落の決定的要因であり、本土奪還に換わるものを見いだせなかった軍隊の末路であった。その正反対に、常に精強たる事を求められる扶桑空軍はベトナム戦争の教訓で、『大戦期のエースパイロットが有事には復帰する』規定が70年代以後はあり、保険を怠っていない。そのため、2000年代以後の南洋島最高峰は『大戦期のエースパイロットの隠居所』と知られている。
「ドイツのせい?」
「半分以上は。気合が空回りしすぎた結果、欧州が軍事的に衰退して、日本連邦の超大国化が進んだんですから。リベリオンも長年の内戦でモンロー主義に戻ったし…」
リベリオンの辿る道がここで明示される。再統一までに内戦が長く続くこと、欧州が財政と政治的理由で軍事的衰退を余儀なくされ、日本連邦は否応なしに超大国として振る舞うを得なくなる事を。
「うちの部隊が二度目の凍結をされたのが二次事変の後、ベトナム戦争で再結成されてからは常設です。世代交代が結局、上手くいかなかったんですよ。母さま達は、定年になっても有事には駆り出されるし。もちろん、貴方もです」
「政治屋ってのは自分勝手だなぁ」
「いつの時代でも、どこの世界でも、保身的な連中は多いんですよ」
「ミサイル万能論からの第三世代理論型でしょ?そこまで同じになる?」
「まあ、魔導誘導弾万能論が蔓延って、結局はそれが実戦で否定されたから、第三世代型の普及が急がれたんですよ。その辺、史実のベトナム戦争と同じですから、笑えませんけど。それと、戦線の取り捨て選択に抗議するのも、この時期の特徴です。連合軍は欧州に人的資源の八割以上を注ぎ込んでますから」
「ま、敵がいない太平洋と紅海とかに、遊軍化した連中を置いとくのは金の無駄だしねぇ」
当時、連合軍は『欧州戦線に全ての戦力と資源をつぎ込んででも、ティターンズの侵攻を止める』方針であった。人的資源も例外でなく、他の戦線は二の次であるため、苦情も多く舞い込んで来たが、ブリタニアが陥落し、欧州がティターンズの手に落ちれば、連合軍はもはや死を待つ病人の立場となるため、連合軍は死に物狂いで応戦しているが、日本とドイツの『政治勢力の軍縮と福利厚生の充実への圧力』にきりきり舞いさせられており、まだ致命的でないが、相当な作戦実施の遅延を強いられていた。プリキュア達の広報への起用はウィッチ志願数が絶望的に落ち込んだための緊急対策であり、日本から義勇ウィッチを集めなくてはならないほどの窮状の証であった。
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