聖女率いるマーズテリアの一団。
物々しい雰囲気に、穏やかな村の風景が場違いに思えてくる。
そんな中、私の主であるルシファー様は、全く気にしていない様子で彼女たちについて行く。
セリカ様ほど信じてはいないと言っていたが、それでも聖女を信用しているのだろう。
そんなことを思う私は、彼の三歩後ろを歩き追従する。
それが何だか、私と彼の心の距離を表しているよう。
――分かってはいる。
ルシファー様の半身はアイドス様であり、私は使徒。
それは他でもない私の選択。
私自身が決めた事だ。
「……そういえば、カーリアンがいる理由は何と話したんだ?」
「お前が酒場で偶然見つけて、口説き落としたと言っておいた」
「……なんだと」
「ルナ=クリアは信じたぞ」
セリカ様の言に、ルシファー様は何とも複雑そうな顔をしている。
でも魔神に天使、果ては睡魔や人間にまで手を出していれば、自業自得だと思う。
けれど、それをセリカ様が言えた立場ではないとも思いますが。
まあ、そんな男に惚れてしまった私も私だけれど。
「そういうわけだから、話を合わせてね。貴方だって、表沙汰にすべきことではないって分かってるでしょ?」
「……私としては嫌な予感しかしないんだが」
「申し訳ありません。もう少し、いい理由を考えられれば良かったのですが」
「セリーヌが告げたわけではないだろう。だが、その気遣いだけは受け取っておく」
苦笑いを浮かべ謝罪するセリーヌに、無表情ながら気にするなと彼は礼を言う。
しかし誰にでもそんな態度を示すわけではない。
彼が相応の礼節を以て臨むのは、認めた相手だけだ。
数か月程度など、彼がこれまで生きた年月に比べれば僅かな時間。
それでも彼の傍にいて、彼と共に歩んで分かったこと。
基準となるのは気高さか矜持を持っているか、だと思う。
前者はセリーヌや騎士リーフ、使い魔でいうならニル・デュナミス。
後者はディアーネやベルフェゴル、砂漠で会ったリンユという娼婦もそう。
でも、それは私にだって言えること。
下劣な相手に示す礼儀など、私だって持ち合わせていない。
……あの方も時々戯れにそのような態度を見せるが、でも所詮それは戯れだ。
本気で誰かを侮辱するような真似をしたことは、私が知る限り一度もない。
そんなところは、素直に好きだとそう思える。
「セリーヌに手を出すなよ」
「……お前は独占欲が強過ぎないか?」
『お主等……このようなところでまた喧嘩するでないぞ』
「……えっと、お二人も喧嘩なさるのですか?」
『以前は確か、釣り上げた魚の大きさがどうのこうので口論してたわね』
『馬鹿共だの。これだから男は単純なのじゃ』
ルシファー様……。
でも、逆に言えば口論するほどあの二人は仲が良い。
そういえば、アイドス様も嫉妬するくらいねと、愚痴を溢していた。
分からないでもない。
戦闘の時も、お二人の連携は他の追従を許さない戦果を挙げる。
実際に見ると分かるが、まるで次に互いがどんな行動を取るか最初から知っているかのようだった。
ただ強いだけではあれほどまでにはならない。
盟友と呼ぶほどに親しい、あの二人だからこそできる芸当なのだと思う。
「本当に……今の二人なら誰が見ても“神殺し”と“黒翼公”なんて物騒な存在とは思わないでしょうね」
「でも、何だかセリカ様、楽しそうです」
『こやつにとっては、長年共に旅をしてきた気心の知れた唯一の同性じゃからの。馬鹿に付き合えるのは馬鹿というわけだ』
「……言っておくが、全部聞こえているぞハイシェラ」
『……セリカ、我を鞘ごと腰から外して何をしようとしておるのだ』
「以前水浴びがしたいと言っていたのを思い出してな。丁度川がある。好きなだけ浸からせてやろう」
『……それは人の姿での話であってだな、このような姿で浸かったら錆びてしまうであろうが』
「俺は冗談を言うほど賢くないらしいのでな」
『先の言が気に障ったのならば謝罪する、だから……待て、お主本気でやるつもりかっ! まさか投げるつもりではあるまいな』
「安心しろ。マーズテリアの襲撃を受けても、ルシファーが何とかするそうだ。気が済むまで楽しむといい」
『気が済むのはお主であろうがっ! あ、こらっ何を振りかぶって、ぬぉぉぉ――!?』
……本当に、通り名のような存在には誰も思わないだろう。
まるで無邪気な子供のようだ。
しかし、あのリーフという騎士の前でルシファー様が見せた顔は別だった。
完全に感情の抜け落ちた表情。
氷を鋭く削った刃のような目。
あの眼差しを私は知っている。
かつてルシファー様たちと共に相対した、フェミリンスに憑依されたイリーナと同じ。
現神と古神の違いはあるけれど、ルシファー様もまた神の一柱に違いないのだ。
不器用だけれど、優しいあの方。
全てを冷たく見つめるあの方。
どちらが本当の彼なのかと考え、苦笑と共に首を横に振る。
あの砂漠の夜に、彼が私に向けた感情は本物だった。
今身に付けているこの金の耳飾りも、私が気にしていたことに気付いてくれたのだろう。
つまるところ、どちらもあの方なのだ。
ただ優しいだけではなく、冷徹な神としての側面も持ち合わせている。
それに疑いの余地はない。
何しろ――
「どうかしたか、エクリア?」
「いいえ、何でもありません」
こうして私を気に掛ける彼も、確かにルシファーなのだから。
国を滅ぼしレスペレントの大地を多くの血で染めた私に、傍に居てくれと告げたおかしな魔神。
だから私は、大嫌いで大好きな彼に微笑む。
貴方の使徒となったことに後悔はないと。
でも、許されるのならば本当は――
「少しクリア様たちに遅れていますね。急ぎましょう、ルシファー様」
――私は本当は、貴方の隣に立ちたかったのだと思う。
◆
ルナ=クリアたちの案内でたどり着いたのは、集落から少し離れた山間にある砦跡。
かつてアムドシアスが撤退のために用意していた、転移魔法陣を使うらしい。
宮殿の座標は分かってるため、少し術式を変えるだけ。
転移後、すぐに戦闘になる可能性があるとクリアが語ると、皆気を引き締めたようだった。
「では参ります。マーズテリアの大いなる御加護を」
「大いなる御加護を!」
戦の前の神に対する祈り。
古き時代には、これが古神に向けられていたものと思うと感慨深いものがある。
神官戦士たちが高々に唱和の声を上げ、戦槌が強く握りしめられる音が響いた。
『……我らは慈悲の女神にでも祈っておくかの』
『ハイシェラ、信仰無き祈りを捧げられたところで意味が無いのだけれど』
『ならば、自身の力と運を信じる他あるまい』
毒づくハイシェラに苦笑するアイドス。
女神と魔神のそんな会話が聞こえたわけではないのだろうが、クリアがセリカを一瞥した。
「頼んだわ」
「俺やルシファーが戦わずに済むのなら、その方がいい」
クリアはセリカの言葉に微笑みで返す。
一転、再び騎士たちに向き直ると表情を引き締め、右手を大きく振り上げる。
……どうやら出立の合図らしい。
彼女が進軍の命を出すと同時に、神官戦士たちが魔法陣の中に飛び込んでいく。
最後の騎士が転移し、続くようにルナ=クリアが。
そして後に残ったセリカは……
「私……とんでもない方々の使い魔になってしまったのですね」
「心配するな。何があっても俺が守る。……セリーヌ、お前もな」
「……はい」
少しは気が利くようになったのか、テトリとセリーヌにそんな言葉を告げる。
そのまま彼は魔法陣に足を踏み入れ、転移する。
「次は私達か。……しかしまさか、こんな形でベルゼビュード宮殿に行くことになるとはな」
「御存知なのですか?」
「……ああ、そのうち話す。……魔界王子の従える魔族は、ケレースを彷徨う雑多共とは別格だ。無茶はするなよ」
「分かりました。そういうルシファー様も油断しないでくださいね」
「……言うようになったな」
「貴方の使徒ですから」
……大したやつだ。
やはり彼女に隣に居て欲しいと思ったのは、間違いではなかったらしい。
「そろそろ行くか。アイドス、出来るだけ殺さないようにはするが……」
『分かっているわ。私のことなら大丈夫。……ありがとう』
「……いや」
彼女の慈悲の心は、悠久の時を経ても変わることはない。
対象となるのは人間だけではなく、この世界に生きる全ての者。
その呪いにも似た性は、薄まることはあっても消えはしない。
なぜなら私や彼女は、数多の可能性を与えられた人類ではないのだから。
だがそれでも、共に歩むものがいれば間違うことはない。
理解し受け入れてくれる者がいるだけでも、大分違う。
そうしてこれまで生きてきた。無論、これからも……。
魔法陣に入る。浮遊感にも似た感覚に襲われる。
この先に待つ者のことを考えながら、私は転移されていった――
◆
魔法陣による転移を味わった先に現れたのは、神の社に相応しい荘厳な一室だ。
広さも大分あるが、内海から浮上しただけあって、ところどころ水浸しになっている。
先に転移していたマーズテリア騎士たちが周囲を警戒し、クリアはその指揮を。
傍らには、目を閉じたセリカがセリーヌと共にいる。
どうやら私たちが転移してくるのを待っていたらしい。
私の後から転移してきたエクリアが、すっと側に寄ってきた。
それを見て取ったクリアは、微笑みながらも転移が無事に行われたことを確認する。
……しかし、この一角は安全なようだが、離れた場所に強い魔の気配を感じる。
人間たちの様子を見るに古神ベルゼブブはいないようだが、闇の陣営の侵入を許しているらしい。
「リウイたちも来てるのかな……」
「おそらくはな。宮殿が大き過ぎて気配は感じられないが、レスペレントの危機にあいつが動かないとは思えない」
「……そうね。リウイはそういう人だものね」
クリアたちに聞こえないように、カーリアンと小声で会話をする。
私には分からない様々な感情が込められた笑みを浮かべると、カーリアンは宮殿の内壁に目を向けた。
複雑な心境なのだろう、マーズテリアと行動することも、リウイに会うことに対しても。
私はそれ以上何を言うでもなく、方針を決めている様子のクリアとセリカの会話に参加する。
何やら周囲の騎士たちか殺気立っているが、セリカが不用意な発言でもしたのだろうか。
「分かったわ、貴方たちには貴方たちのやり方があると思うから。
でも、私は貴方に同行する。私なら足手まといにもならないし、貴方たちのお目付け役になるから」
「好きにしろ」
「聖女様……大丈夫なのですか?」
「心配いらないわ。貴方たちは当初の作戦通りに」
「はっ! 必ずご期待に応えてみせます!」
若年の騎士リーフの元気な返答に、殺伐としていた空気が緩む。
しかし会話内容から察するに、どうもセリカが騎士たちを邪魔だとでも言ったようだな。
……私でも同じように告げただろう。
仮にかの古神に従っていた魔神が復活しているのならば、足手まといでしかない。
聖女の解散の言葉と共に、精鋭を集めただろう騎士たちは、乱れぬ連携を取りながら進軍していく。
彼らが宮殿内部へ消えていき私達だけが残ると、ルナ=クリアはこちらを振り返った。
「では行きましょう。罠や強力な魔物の出現が予想されます。慎重に参りましょう」
「そうだな。……ルシファー、お前が一番危険だ。油断するなよ」
「……分かっている」
返す言葉はそれしかない。
自分が油断し易い性格なのは、身に染みて分かっているからな……。
◆
いくつかの仕掛けを解除しつつ先へと進む。
途中、何者かによって起動された装置もあったことから、私達以外にも侵入者がいることは確実だろう。
奥へ進めば進むほど、襲撃してくる魔物の数も増えている。
気にかかるのは、彼らが特に私に敵意を抱いていることか。
別にあいつとベルゼブブは親しい盟友であったわけでもあるまいに、裏切者とでも思われているのだろうか。
一つ階層を昇って、クリアが一時的に合流してきたリーフからの報告を受ける。
彼の報告によると、メンフィルの軍勢は見かけてはいない。
宮殿は東西で大きく分断されている構造の為、反対側にいるかもしれないらしい。
魔王より引き継いだ記憶の中から宮殿の構造を引き出し、確かにそうかもしれないと思う。
それからどうやら後続部隊が存在し、私たちは露払いをさせられていたことが分かったが、別にやる事は変わらないので気にはしない。
ルナ=クリアが私に声をかけたのは、そうして全ての報告を終えたリーフが去ろうとした時だった。
「古神の系譜である貴方ならこの宮殿のこと、何か知っているのではないかしら」
「……なぜそう思う。バリハルトがアークパリスとは不仲なように、古神にも友好関係はある。
私がベルゼブブと友好関係にあったとでも?」
「貴方の力が古神由来のものであることは間違いありません。
加えて、マーズテリア様にお仕えする天使からの情報によると、貴方の魔力はある古神と酷似している。その古神の名は――」
「熾天魔王サタンか……」
「……ええ。遥か昔の時代のことのため、古神ベルゼブブの所在同様、詳しいことは分かりません。
ですが、貴方はこの宮殿をまるで懐かしいものでも見るように眺めていた」
「……訪れた経験はないのだがな。……もはや隠す意味もないので言うが、確かに私は熾天魔王の息子のようなものだ。
あいつの記憶も一部持っている」
険しい表情が崩れることはなかったが、動じた様子もないのは予め予想していたからだろう。
だとするならば、神殿上層部もすでに知っているはずだ。
これで本格的にセリカと同じ立場になったわけだな。
……今更なような気もするが。
「……懐かしい、か。なまじ余計な記憶などあるせいで、そう感じてしまうのかもしれない。
だが、私に期待するな。この宮殿はあくまで魔界王子のもの。その詳細はかの古神か――その直属の魔神しか知らない」
怪訝そうな表情のルナ=クリア。
もしかすると、サタンが悪魔王と呼ばれていたことも知っているのだろうか。
だとするならば、確かに王が配下の城の構造を知らないというのはおかしいと思うかもしれない。
だがそれは大きな間違いだ。サタンはベルゼブブを完全に従えていたわけではない。
「……何だか壮大な話になってきたわね。私って場違いなんじゃない?」
「あははは……それは私もです」
カーリアンとセリーヌのそんな言葉が耳に入ったのか、クリアの表情が緩む。
……いや、どうもセリカの不機嫌そうな顔を見たようだ。
直後、困ったように微笑する。
「……ごめんなさい。貴方を害する気はないわ。ただ、宮殿について何か知っているのならば教えて欲しいと思ったの。
その方が制圧に犠牲が少なくて済むだろうから」
「別に気にはしていない。
……古神ベルゼブブと古神サタンは、あくまで唯一神を討つという目的を共有する利害関係で繋がっていただけに過ぎない。
立場こそ皇帝と宰相でサタンの方が上だが、実際は対等だったと言っていいだろう」
相手は仮にも異教の主神。
唯一神と敵対したからこその邪神だというのに、簡単に誰かの下につくわけがない。
「貴方は先ほど、アークパリスとバリハルトの関係を持ち出したけれど、それと似たようなものかしら?」
「……そうだな。それに近い。ベルゼブブはかつてバアル・ゼブルという名の豊穣神であり、砂漠を治める太古の神だった。
三神戦争より遥か昔の神々の闘争に敗れ、豊穣とは対極の腐敗を司る神に堕ちてしまったが……。
一方でサタンは天界最高の名声と栄誉を持ち合わせた始まりの天使――唯一神と呼ばれた神の息子も同然の……存在だ。
まあいずれにしても、私には魔界王子のことはそれ以上分からない」
「……そう。何か分かればと思ったのだけれど」
「一つ言えることがあるとすれば、この地に魔界王子はいない」
「それは本当に?」
「……エクリア」
クリアの問いには答えず、エクリアを呼ぶ。
話の途中で突然名を呼ばれた彼女は少し困惑した様子だったが、
「なんでしょうか?」
「お前、腹が減ってはいないか?」
「なっ! ……いえ、平気……ですけど……」
私の問いをどう捉えたのか、思わず声を上げるエクリア。
怒鳴りたそうな様子だが、他に人がいることを思い出したらしい。
何に対して怒っているのかは分からない。
「クリアの方はどうだ?」
「私も平気だけど、いったいどうしたの?」
これが普通の反応のはずだ。
からかいの言葉というわけでもなし、いったいなぜ。
『……貴方の物言いだと、まるでエクリアが大食いみたいじゃない。女性に訊く言葉ではないわ』
『そうなのか?』
『最近真面になってきたかと思ったけど……まだまだね』
『だが、クリアは――』
『彼女はお姉様に似て、少し天然そうだから……』
アイドスがそう言うなら今後は気を付けることにしよう。
だが、今はそれよりベルゼブブの存在についてだったな。
「古神ベルゼブブは“七つの大罪”のうち、暴食を司る。
やつが復活しているのならば、多少の飢餓感に襲われるはずだ。……空腹感ではなく飢餓感。だから、何を食べても改善されない。
……大罪を内在する人間にしか効果は及ばないが、それをお前たちが感じていないのならば、ベルゼブブはこの地にはいない」
「大罪というのは?」
「人を罪に導く可能性のある感情や欲望のことだ。勘違いしてならないのは、“大罪”自体は別に罪そのものではない。
なぜなら、それは元々人間に備わる始原的なもの。
そして大罪を司る魔神は、象徴する生物を利用してそれを引き出しているだけに過ぎない」
クリアは理解したことを示すように一度頷いた。
「それが七つあるわけね。一応聞いておきたいのだけれど、その象徴する物品……魔界王子の場合は何?」
「正確には暴食を象徴するものだな。――蠅だ」
「……蠅?」
「そうだ。だからもし、この地で飢餓感に襲われるようなものが出てきたら、蠅を形作る物品を疑うといい」
「分かったわ。騎士たちにもそう伝えておきましょう」
「……お前は、魔神である私の言葉を信じるのだな」
「あら、嘘だったの?」
「…………」
そんな台詞に私は何も言えなくなった。
穏やかに微笑むと彼女は、リーフに支持を出すためにその場を離れる。
魔神の言葉ではなく、聖女の言葉として伝えるらしい。
もちろん、何かあった場合は自身が責を負うと付け加えた上でだが。
……確かにクリアの言葉としてならば、神官戦士たちも従うだろう。
「そういえばルシファー、お前もその“七つの大罪”のうち“傲慢”を司ると言っていたが、象徴は何なんだ?」
「確かに以前、そのようなことを仰ってましたね」
「……傲慢って、また随分ルシファーらしいというか」
セリカの問いかけにセリーヌが補足する。
カーリアンの呟きを聞いたエクリアは少し考えるような仕草を取ると、何を想像したのか頬を朱に染めた。
……あんな態度を取られると、少し苛めたくなってくるな。
そこにリーフへの伝達を終えたクリアが戻る。
何の話をしているのか、はっとして慌てたように振る舞うエクリアから聞いたようだ。
「……あまり言いたくはないのだがな」
「何故だ? 別に大したことではないだろう」
「私も少し気になるわね。現神に仕える戦士としては、古神を知ることも必要でしょうし」
私が言いたくないのは、まさにその現神が原因なのだが。
アイドスは理由を知っているのか、忍び笑いをする始末。
声の聞こえるハイシェラや使徒たちは怪訝そうにしているが……
「――獅子だ」
それで理由が分かったのはエクリア、セリーヌ、そして意外なことにハイシェラ。
カーリアンはそういう知識に乏しいのか、分からない様子だ。
セリカは最初から数には入れていない。そういうことは気にしないやつだからな。
「あら、それって……」
――ルナ=クリア。
彼女は当然ながら思い当った様子だ。
いったい何の冗談なのか。
かの神を象徴する動物の名はクフィルール。
頭が一つ多い分、厳密には別物なのだろうが、
「マーズテリア様と同じね」
……双頭の獅子なのだ。
「でもこれは勘なのだけど、貴方の場合は傲慢とは少し違う気がするわ」
「……違う?」
「ええ、本当に傲慢な者だったら此度の件、断っていたのではないかしら」
……確かに。
神殿から狙われないというのは利点だが、だからといって光の神殿に“屈するようなまね”はしないかもしれない。
しかしそれはアイドスの心情を組んでのことだから、別に不思議ではないだろう。
「でも、ルシファーが司るのは確かに“傲慢”なのよね?」
カーリアンの問いには、そういうわけではないと答えた。
古神サタンの影響を受けているため、傲慢という属は持っているだろうが、私は完全に傲慢の神というわけではない。
ただ私がサタンの能力を引き継いでいることは間違いないだろう。
例えばかつて、アイドスの神核と精神を合一させたこと。
あの時確か私は、全てが終わった後気絶したように思うが、今考えると無理もないと云える。
何しろアイドスの精神は当時、その本質である慈悲を外れて変質していたのだ。
何者かの力を借りて行ったのだとしても、一度変化してしまったものを物理的に元の状態に戻すという業。
それはもはや、再創造の領域だ。
そのようなことが可能なのは“大いなる父”か……かつてその御業の手助けをしていたという“天の副王”くらいしかいないだろう。
少なくとも“正義”や“慈悲”では行うことはできないはず。
無意識とはいえそんなことをしたのだから、気絶して当然だったのだろうな。
「でもそれなら、貴方の本質は何なのかしらね」
「さてな。一つ言えるのは、私がルシファーであることだけは事実ということだ」
「ふふ、そういう所は“傲慢”の古神という気がするわね」
クリアはそう言って、私に笑いかけた。
だがあまりそういう態度はしないで欲しい。
先ほどからセリカの尖った刃のような殺気を背後に感じる。
狙ってやっているのだとしたら大した悪女だが、間違いなく天然だろう。
『……ど』
『ん? アイドス、何か言ったか?』
『いいえ……でも……』
何かを言いかけたようなアイドスだったが、語ることはなかった。
まあ、重要なことならばそのうち話してくれると思う。
「今は私のことなどどうでもいいだろう。それより先に進もう」
神とは不変の存在だ。
それは、その思想すらも決して変わらないことを意味する。
だが私は僅かとはいえ変わったという自覚がある。
それが“変質”なのか、ただの“進歩”なのか分からないが。
もしも前者ならば私は神ではなく、後者ならばやはり古神。
……私はいったい何者なのだろうな。
そんなことを、初めて思った。
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