――翌朝、メンフィル軍は本隊と分隊の二手に分かれた。
大将軍率いる本隊は、トリアナ半島の要所へ派遣。
マーズテリアを主とした光の神殿の軍と協力しながら侵攻を開始する。
一方、リウイの指揮する分隊は、楔の塔を目指すことになった。
シェラの機械化軍団を主に、隠密を数名。
リウイ自身を初めとする精鋭で、一気に攻略する。
「これが楔の塔ね……何ていうか、ふっつぅ……」
「それはそうだ。これを建てたのはカルッシャと光の神殿だからな」
塔の造りはレスペレントでもよく見かける平凡なもの。
古代遺跡というわけでもないのだから、当然だ。
ただそれより重要なのは、魔を寄せ付けないための装置である。
どうやら本当に、結界の効力は失われつつあるらしい。
リウイを初めとする“魔族”が、こうも簡単に塔に侵入できたことからもそれは窺える。
「戦の前線に外装の美を期待するなど、信じられませんわね」
「別にそういうわけじゃないけど……もっとこう、ねぇ……」
「……そんなに美しさが必要ならば、聖句でも唱えて差し上げましょうか?」
「うわっ! ちょっと止めなさいよ!」
モナルカに遊ばれるカーリアンに、リウイは思わずため息を吐きつつ、難しい顔をした。
聖句というのは光の現神を讃え、生命の尊さを慶び、魔の存在を否定したもの。
幼少のころから光の者を嫌うように教育されてきたカーリアンにとっては、余程不快なものだったのだろう。
人間族と共に生きることになれたカーリアンですらこうなのだ。
闇の者の光に対する疑念を無くすのは不可能なことなのかもしれない。
それでも、とリウイは思う。
「ほら、お二人とも、陛下がお持ちになっているのですから、早く参りますよ」
イリーナは本当に不思議な女だ。
あいつがいると、光も闇もどうでもよく感じられる。
彼女がいるから、俺は迷わず自分の王道を進んでいける。
そう改めてリウイは実感する。
「……御妃様にそう言われたら仕方ないわね」
「まったく、貴女のせいでイリーナ殿に余計な気を遣わせてしまいましたわ」
「なんですって!」
「何か文句でも?」
「……御二人とも、いい加減にしてくださいね?」
にっっっこりとイリーナが微笑む。
覇気すら伴うような一声に、モナルカとカーリアンは沈黙した。
存外、彼女は女帝としての才もあるのかもしれないな。
そんなことを思いながら、リウイは控えるシェラに指示を出した。
「シェラは分隊を率い、塔の外で警戒と遊撃を行ってくれ」
「畏まりました。陛下のお側に連絡用の忍びを残しますので、何かございましたらお呼びください」
忍び……密偵は姿を見せることはないが、気配を察するにいることだけは分かった。
影から付いてくるだろう彼らを伝令に使えば、シェラの部隊と連絡や合流もできる。
「では行こう。先頭は俺とカーリアンが……中衛にペテレーネとイリーナ。後方の守りはモナルカで頼む」
妥当なところだろう。
魔術を専門に扱う二人を三人で守りつつ連携を図る。
了承の言葉を聞いたところでシェラと別れ、リウイたちは先に進んだ。
◆
仕掛けを解除しながら塔を登っていくと、階段の手前に倒れている人の姿があった。
リウイはペテレーネを連れて確認するが……既に事切れていた。
「この者は……我が神殿の兵ですわ」
「塔の守護騎士か。……裂き傷や噛み傷を負っている。魔物の中でも魔獣の類だな」
「となると、深凌の楔魔ではないですね。彼らは武器や魔術を主に使っていましたから」
イリーナのかつてのことを思い出すような言葉に、リウイは頷く。
エヴリーヌやパイモンを初め、数柱の魔神に会ったが、獣の姿をしたものはいなかった。
――と、リウイは昨日モナルカから聞いた、この塔に封じられている魔神について思い出す。
「モナルカ、確かこの塔には魔獣の姿をした魔神が封じられているのだったな?」
「ええ……深凌の楔魔、第七位カファルーですわ」
「ならば、外の魔獣はそいつが呼び寄せているのかもしれないわけか」
「……可能性はありますわね」
とすれば、これから先では更に警戒して進む必要がある。
彼らは純粋に身体能力が高い。
それだけでも十分脅威に値する。
◆
魔獣への警戒を強めながら、更に上層に向かう。
そしていくつかの罠を潜り抜け、途中魔獣に襲われていた神殿兵を助けながら進んだ先。
奥から一際大きな魔獣の唸り声がリウイの耳に入った。
「気味が悪いな……」
辺りには魔獣の気配がひしめいている。
しかし、どういうわけかこちらを襲うような意図は感じられない。
先ほどまでリウイ達を執拗に追ってきていた魔獣たちも、この階層に入った途端に彼らを無視して奥へと走って行った。
「……どうして襲ってこないの……」
微かに魔術的な光が漏れているこの先の部屋。
そこにはかなりの数の生き物の気配がある。
にも関わらずこちらを襲ってこないのはどういうことなのか。
リウイは訝しみながらも、警戒して先へ進んだ。
「こいつは……」
天井や壁から伸びる数百本の鎖によって、馬の姿をした巨躯の魔神が部屋に拘束されていた。
口や体から紅蓮の劫火を吹き出し、自由の身を得ようと暴れている。
その周囲――頭を地に押し付け、ひれ伏す魔獣。
「間違いありませんわね。獣の王カファルーに相違ありませんわ」
モナルカの言葉を聞くまでもない。
こうも数多の魔獣を平伏させる様を見せられては、リウイとて眼前の存在が王であると認めざるを得なかった。
それだけの風格が、この魔神にはある。
「周囲の有象無象よりも、あの中央の魔神の方が問題ですわ」
魔獣を戒める鎖は、ブレアード迷宮の最下層で見た溶岩のように赤く染まり、決して手で触れられるような温度にないことが分かる。
だが、魔神がその身を躍動させると、もはや鎖はその意味を無くしているらしく、容易く千切れていく。
その度に、魔神から途方もない魔力が溢れ出す。
どうやら、鎖が魔神から自由だけでなく魔力をも奪っていたようだ。
「……封じが解ける!」
思わず叫んだリウイは、その前に対処しなければと足を踏み出した。
しかし、それを見過ごす魔獣らではない。
数百もの魔獣たちが一斉にリウイ達に振り向くと、牙を剥いて威嚇してきた。
――背中に冷たいものが奔る。
邪魔をするならば容赦はしないとでもいうようだ。
そうして躊躇う間に、いつの間にか鎖はついに一本だけになっていた。
だがこの一本だけは特別に太く、どれほど魔神が暴れようと引き千切れない――おそらく、この楔の塔と魔神を繋ぐ要なのだろう。
ここに来て、リウイはこの地の結界の正体を看破した。
つまり、この地の結界の動力はこの魔神の魔力だったのだ。
その繋がりが消え始めていたから、その効力も少しずつ消えていった。
「うわ……」
辺りに立ちこめる生き物の焼ける臭い。
カーリアンの不快なものでも見たかのような声の原因は、まさにそれだった。
声にこそ出していないが、こういう光景に慣れていないイリーナも顔を顰めている。
――残された最後の鎖。
それが中々千切れないことを理解した魔獣たちが、一斉に鎖に飛び掛かった。
だが、やはりかなりの高温なのだろう。鎖に触れた瞬間魔獣たちは蒸発するように消滅していく。
しかし着実にその命と引き換えに、鎖に罅が入り脆くなっていく。
そしてついに、その巨躯が解放されてしまった。
「……逃げちゃおうっか」
カーリアンの冗談なのか本気なのか分からない物言いにリウイは苦笑した。
その瞳には危険な色を宿し、真っ直ぐにリウイ達を見ているのだ。
どう考えても話の通じる相手ではないし、感じる魔力は上位の魔神級だ。
「あら、お逃げになるのならば、どうぞご勝手に。ファーミシルス将軍に嫌味を言われるでしょうけど」
「……そこであの女の名前を出すの。ふん、逃げる気なんて最初からないわよ!」
リウイがそんな二人の言い合いを、イリーナとペテレーネと共に聞いている間に、遂に魔神カファルーは動き出した。
吐き出す火炎だけではなく、体から炎を巻き上げ突っ込んでくる!
「……ちっ!」
紙一重でそれを避け、リウイは臨戦態勢を取った。
「二人とも言い合いはそこまでだ。来るぞ!」
◆
全身に炎を纏った突進。
そして、口から吐き出される火炎弾に苦労しながら、リウイ達は獣の魔神を弱らせねじ伏せた。
元より復活直後で万全というわけではなかったというのもあるのだろう。
「グググ……」
地べたに咢を乗せたまま、リウイ達を鋭く睨む魔神。
こうも追い詰められてまだ、その闘争の炎は消えていないらしい。
「陛下、止めを」
「そうだな……」
短く告げられたモナルカの言葉に、リウイは苦いものを感じながら頷く。
彼もまた、自身と同じ闇夜の眷属に違いはない。
しかし敵対し、国を脅かす可能性があるとなれば、ここで仕留める他ない。
情で動けば流されるだけと決意を固め、リウイは剣をカファルーの額に向けた。
「――待て、メンフィル王」
闇の中に、突如として紅蓮の炎が巻き起こる。
その余りの激しさに、リウイは思わず後退した。
やがてその炎が静まり始め、リウイは顔を炎が生じた部屋の奥に向ける。
「……深凌の楔魔だな」
「如何にも。俺は第二位カフラマリアだ」
燐炎の魔神カフラマリア。
灼熱の炎の化身が眼光鋭く、リウイ達を睥睨していた。
◆
「まずは貴様の武、見事だった。賞賛を送ろう」
深凌の楔魔――その第二位と名乗った炎の魔神は、喜悦を孕んだ声音で告げてきた。
この炎の当体らしい魔神もまた、ラーシェナのような武人気質なのかとリウイは思う。
ただ、纏う闘気は獣染みていて、清澄な闘気であったあの魔神とはまた別種のようだ。
「賛辞は素直に受け取ろう。……それで、それだけを言いに来たわけではないだろう。要件はなんだ?」
「なに、些細なことだ。――ラーシェナ」
カフラマリアが名を呼ぶと、闇の中からすうっともう一柱魔神が現れる。
魔神ラーシェナ――だが、どうもこちらはカフラマリアとは違い、戦う意思はないように思えた。
「カファルーを連れて、行ってくれ」
「……しかし」
「どの途我らに、もはや時間はない。お前は傷がまだ癒えていないし、最後の決戦の準備を整える必要があるだろう。
それに、俺はもう誰かの下に付く気はない」
「……すまぬ。武運を祈る」
「要らぬ節介だ。俺はただ、戦いたくて戦うのだからな」
ラーシェナはそんなカフラマリアの物言いに苦笑すると、リウイに視線を向ける。
「そういうわけだ、メンフィル王よ。カファルーの命は預からせて貰う」
「……そう易々と逃がすとでも?」
ラーシェナが口を開く前に、リウイの眼前に炎の弾丸が飛ぶ。
速火弾グァレン――カフラマリアの牽制攻撃だった。
「そのために俺がいる。悪いが、邪魔はさせん。それにカファルーは復活直後で本調子ではないのだ。
それを討ち取っても、士気が下がるのは分かるだろう?」
……確かに、とリウイは判断する。
メンフィル王は、卑怯にも弱体化した魔神を討ち取ったと楔魔側に吹聴されたとしよう。
これがただの個人の問題ならば、大したことではない。
だが、リウイは一国を統治する王――そして覇を以て民を従える者だ。
如何にそれが戦略的に正しくとも、武人としての矜持を穢してしまえば、配下は付いてこない。
大将軍ファーミシルスなどその典型だろう。
彼女はリウイのそんな矜持にこそ魅せられたのだから。
「……狩ってしまうべき、と言いたいところですが、陛下の判断にお任せします」
「モナルカ……」
どのみち、ラーシェナとこのカフラマリアを相手にしてはカファルーを見逃すほかないだろう。
ならば、ラーシェナとも戦う愚は犯すべきではない。
そう判断して、リウイは闘気をカフラマリアのみにぶつけた。
「豪胆なだけではなく聡明な男だ。……その姿、かつての同志グラザによく似ている」
「どう行動するのが利になるのか判断したまでだ」
「……できれば、同じ陣営で在りたかったものだが、それももう叶うまい。……ラーシェナ」
カフラマリアに促されて、ラーシェナはカファルーの元に降り立つ。
かふっと炎を吐き出すカファルーの頭を撫でてやりながら、ラーシェナは転移魔法の準備に入った。
その姿にリウイはふと気になり、ベルゼビュードでの邂逅より疑問に思っていたことを尋ねた。
――回答によっては対応すべきことも頭に置いて。
「待て、ラーシェナ。訊きたいことがある」
「何だ? 敵である我らに今更何を聞く?」
「あの男……パイモンはいったい何を考えている?」
――何故ルシファーに拘るのか。
ラーシェナはリウイのその言葉に顔を歪めた。
僅か躊躇う様に何度か口を開きかける。
「我にも、もはや分からぬ。あれは、仕えるべき主を求めていると思っていた」
「……思っていた? 今は違うということか?」
そのリウイの問いに、ラーシェナは押し黙った。
答えたくないというよりも、本当に分からないといった様子だ。
「……後は本人に聞け。これ以上、敵と交わす言葉はない」
◆
二柱の魔神が転移魔術で去ってから、改めてリウイはカフラマリアと対峙する。
ラーシェナの、明らかに動揺した態度に気になるものは、確かにある。
それは、楔魔の中で思想が違ってきているということなのか。
ラーシェナの物言いからして、彼女もまた無意識なのかは分からないが、ルシファーに対して思うところがあるのだろう。
だが、そこまでルシファーを気にする理由は何だ?
ルシファーはかつて二柱の魔神が仕えた古神の力を有しているかもしれない。
しかし熾天魔王そのものではないし、魔王になることに興味を持っていない。
それに、そもそも治める領域すらない。
むしろ魔王というなら、リウイこそ魔王。
その勢力も、今となってはラウルバーシュ大陸最大規模といってもいい。
故に、主の候補と注目するのならばリウイの方だ。
だというのにリウイではなく、それ以上にルシファーを気にする理由は何なのか。
もちろん、パイモンの物言いから察するに、リウイに興味を持っていないわけではないようだが。
だが、リウイはその考えを今は置いておくことにした。
今は眼前の脅威――この灼熱の魔神のことを考えるべきだ。
魔神カファルーとの戦いで負った傷は、それほど大したものではない。
ペテレーネだけならば治癒が間に合わなかっただろうが、幸いにしてモナルカも治癒魔術が扱えた。
攻撃面ではイリーナの、姉に届くかというほどの苛烈な魔術攻撃があるため、リウイやカーリアンの負担も軽減されている。
しかして、それを踏まえた上でも眼前の魔神は油断していい相手ではない。
「貴様らに俺が万が一にも敗北したのならば、この塔の全ての魔獣たちに引き上げるように命じてある。
そして改めて、我らが首領がお前たちに挑戦を申し込むはずだ」
「改めて……というのは?」
「我らが最後の砦、ヴェルニアの楼に招待する……という意味だ」
「……何を企んでいる」
仮にこちら側を本拠に引き入れ、罠にかけるというのならば、ここでカフラマリアが戦う意味はない。
むしろ魔獣の引き上げを交渉の材料に、自身も撤退するのが得策だろう。
逆に罠はないというのならば、ラーシェナが撤退した理由が分からない。
ここを落とされれば、攻守は完全に逆転する。
それどころか、喉元に剣を突き付けられたようなものだ。
カフラマリアのように死守するならば分かるが……。
「……ザハーニウはお前を新たな楔魔の指導者にと望んでいる」
「ザハーニウ? 確かその名はお前たちの盟主だったか?」
「如何にも。深凌の楔魔が首領。第一の座にある魔神……だが、俺はもう誰かの下に付くなど御免だ。
さて――下らぬ話はもういいだろう。要は、お前が死ぬか、俺が死ぬか、それだけだ」
カフラマリアの魔力が更に高まった。
流石にかつてリウイが相対したネルガルほどではないが、それでもかなりのものだ。
猛る炎に大気が歪み、カファルーを封じていた装置の名残が次々に溶け、消えていく。
「ここでお前を殺せば、深凌の楔魔はメンフィルに勝利する。それが俺の望み。……では始めよう。最高の勝負をなっ!」
◆
魔神カフラマリア――その力量は、リウイが今まで対してきた如何なる魔神をも越えていた。
その手に握られた、炎の剣による連撃。
堪らず距離を取れば高温の火炎を発生させる“爆熱炎”が襲い掛かる。
だからといって守りを固めると……
「……っ! 隕石の召喚、だと!」
純粋系念動魔法――小隕石召喚。
虚空を漂う小型の隕石を召喚する魔術だが、流石に遊星召喚には及ばないとはいえ、その威力は絶大。
「くっ……風女神リィ・バルナシアよ!」
咄嗟にモナルカが結界と呼べるほど強力な障壁を張らなければ、今の一撃で壊滅していた。
「どうした、メンフィル王! その程度か!」
「言ってくれる――ッ!」
――強い。
これまで戦ってきた力押しだけの連中とはまるで違う。
こちらの弱点を読み、的確にそこを突いてくる。
そしてそれを可能にするだけの――姫神覚醒したイリーナにも並ぶ魔力。
これほどの魔神が相手でなお、真の女神フェミリンスは三度の戦を必要としたのか。
余計なことと思いつつ、リウイはそんなことを考え、薄ら寒いものを感じて首を横に振った。
「ご主人様っ!」
ペテレーネの咄嗟の叫びに反応して、リウイはカフラマリアの剣の一撃を避ける。
こうも一方的では逆に笑えてくるが……しかし本当に笑っている場合ではない。
そこでふとリウイはイリーナの視線を感じ、そちらに目だけを向けた。
――自分が活路を開く。
あの澄んだ瞳はそう言っている。
逡巡は――僅か。
リウイは即座に魔術的な防御が可能なモナルカにイリーナの護衛を任せる。
「カーリアン、時間を稼ぐぞ」
「……イリーナ様が何かするつもりなのね。……分かったわ」
「頼りにしているぞ、姉さん」
「……そこまで、弟に頼まれちゃ仕方ないわね!」
互いに軽口を叩いて、カフラマリアの気を惹くため一気に詰め寄った。
その際、ペテレーネに援護を任せたのは得策だったらしい。
彼女の暗黒魔術の闇魔力で、速火弾グァレンの軌道が僅かにずれる。
「――はっ!」
気合と共に一閃。
そのままリウイの血にも半分宿るフェミリンスの力を引き出し、神聖属性を付与した連続剣を叩きこんだ。
苦悶の表情を浮かべるカフラマリアに、続けてカーリアンの魔力を宿した連撃が刻まれる。
「……ぐぅ!」
如何にカフラマリアが霊体だろうと、魔力を付与された技であれば負傷させることは可能だ。
精霊に近かろうと、殺せないわけではない。
しかしいい加減、気を引き付けるのも限界だった。
焦げ付いた衣服から除く皮膚に負った火傷。
それは既にペテレーネの治癒魔術で治ってはいるが、それにも限りはある。
「全て……打ち砕きます!」
瞬間――イリーナの清廉な声と共に、リウイの視界に光が溢れた。
リウイは即座にそれを起こしたものが何なのか理解する。
イリーナの姫神の系譜としての力の解放。
凝縮された聖なる光が、柱となって舞い降りる神聖魔術に属する鉄槌魔法。
――神域の光柱。
そう断定したリウイの動きは早かった。
それだけでは仕留めきれないと感じ、光に押し潰される炎の魔神の元に直走る。
そして……
「……見事だ。大した男だよ、お前は……」
リウイに宿る、フェミリンスの力とは別の、魔神としての力の解放。
その闇の魔力を宿した一撃が、カフラマリアに致命の一撃を与えた。
その巨躯から刃が抜かれると同時に、燐炎の魔神はその場に崩れ落ちる。
「……メンフィル王よ、我が力を受け取れ」
「なに――?」
「魔族として、敗れた者の矜持だ。弱者は強者の糧になる。
……貴様の父と同じく、ブレアードによって生成された我が力ならば、半魔人であるお前でも受け取れるはずだ」
魔神から炎が再び溢れ出す。
それを見て取ったリウイは、困惑しながらもカフラマリアの言い分に納得する。
何人かがそんなリウイの行動を止めようとしたが、リウイは臆することなく彼の体に触れた。
熱くはない。ただ、凄まじいまでの魔力が身の内に流れ込んで来るのを感じる。
「……パイモンには気をつけろ。あれの考えだけは、ラーシェナのように俺にも分からなかった」
「言われるまでもない」
「くっ、やはりザハーニウが目を付けただけのことはある。
……ヴェルニアの楼でやつは待っている。……ではな、リウイ・マーシルン」
己の存在、その最後の一遍までも力に変換し、カフラマリアの姿が消えていく。
「……とんでもない魔神だったわね」
「ああ……強敵だった……」
◆
魔神らが去った後、リウイ達は塔から魔物を駆逐して支配権を取り戻した。
その際、カフラマリアから力を受け取ったリウイであったが、体に目立った変化はない。
イリーナが姫神の力を宿し魔力が増したように、リウイ自身の魔力が増えただけだった。
ただ、そこでリウイは一つ、疑問を抱くことになったわけではあるが……。
それは兎も角、得た情報によれば、楔の塔の結界の維持には予想の通り、魔神カファルーの魔力が利用されていたらしい。
結界を再び稼働させるためには、同等の魔物か魔神の力が必要。
しかしその国是のため、当然そんなことに協力できるメンフィル王国ではない。
そこで代わりにリウイは、メンフィルはトリアナ半島の魔物を駆逐することを光の神殿側に提案した。
当初は渋っていた神殿側であったが、軍事的に優勢なメンフィルとの協力が必要なのは必定。
最終的には神殿は承諾した。
しかしこのやり取りが結果的に、やはり戦後は少し距離を置くべきだという考えをリウイに抱かせることになる。
ともあれ、これで楔の塔の機能回復に一定の目処が付けられたことで、足踏みする必要はなくなった。
深凌の楔魔の本拠地“ヴェルニアの楼”を目指し、次の行動に移ることをリウイは決めた。
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