「……楔の塔か。確か、北ケレースの監視塔だったか?」
「はい、そう記憶しています。カルッシャと光の神殿の共同で建てた物と」
『とすると、メンフィルと光の神殿の連携はうまくいっているようね』
「だが、今後もそうだとは限らない」
『……あれから三年経つのね』
様々な感情が含まれているアイドスのそんな呟きを聞きながら、私は剣を壁に立てかけ、窓際のベッドに腰を下ろした。
エクリアは私の問いに時々答えながら、宿の主人から借りたティーポットで紅茶の準備をしている。
窓から臨む景色は、初めて訪れたころと変わらず緑の溢れる長閑なもの。
ケレース奥地で、殺伐とした闘争を繰り広げてきた心を癒してくれた。
――ベルゼビュードでの一件から三年。
その間、私たちは北華鏡の集落と呼ばれる山奥の村を中心に滞在している。
マーズテリアとの盟約により、以前よりは追手は少なくなっていた。
しかしそれでも力を求める闇の勢力や、組織ではなく個人で襲いかかってくる者は多い。
そのため、時には山間や荒野での野宿。
他の村や町を転々としながら、過ごしていた。
「代替わりから程無くして前教皇の崩御。そして新教皇の勅命でクリアは聖女の位階を解任。
マーズテリアは一変して、隔離と対決路線を打ち出したと聞く」
「……ルナ=クリア様のお考えとは真逆ですね」
「神の意思の解釈は個々で違うが、その全く正反対の方針には、前教皇と同程度の支持を集めていたクリアが邪魔になったのだろうな」
『……私にはよく分からないわね』
それはそうだ。
アイドスは信仰する側ではなく、される側なのだから。
「しかしそうなると、私たちの方も危険なのでは?」
「可能性は高い。……盟約など、ないものと考えていた方がいいだろう」
『……分かってはいたけど、何だか悲しいわね』
……悲しい、か。
何度も裏切られて、それでも人間を愛したアイドスらしい言葉だ。
しかし、いくら力を消耗しないためとはいえ、彼女に肉体がないのが悔やまれる。
抱き締めたいが、それもできない。
だから代わりに心話で今の感情を伝える。
こういう時こそ、心話は便利だ。
私はあまり言葉遊びが得意な方ではないが、心話ならば感情そのものを伝えることができるのだから。
『――ッ!? な、なな、なんて感情送ってくるのかしらこの人は……』
ただ直接相手の心に、愛しいという感情を叩きつけるようなものであるため、少々刺激が強いらしい。
私はそんなアイドスの慌てように苦笑しつつ、エクリアが入れた紅茶のカップを受け取った。
「……うまくなったな」
「お好きだと伺って、練習しましたから」
「香りも悪くない。……ただ、私としてはもう少し味が薄い方が好みだ」
「分かりました。では、次はそのように」
エクリアは微笑むと、首の後ろで束ねた金の髪を揺らしながら、自分の分を取りに戻った。
最初は主従の関係がどうのこうのと、彼女は一緒の席に着くのを拒んでいた。
セリカの場合は、その辺り使徒に任せそうな気がする。
だが食事ならば兎も角、紅茶は趣向品なので、一人で飲んでも空しいだけだ。
結局のところ、主命ということでエクリアには納得させた。
「セリカもそろそろ戻ってくるかな」
「新しい予備の武器を選びに向かわれたのでしたか?」
エクリアの問いに頷く。
セリカの場合は、魔力の欠乏がそのまま死に繋がる。
だから振るう度に魔力を消費する魔神剣ばかり使っているわけにはいかない。
尤もあいつは、体の維持に魔力が必要な特異体質を煩わしく感じているわけではない。
逆に、アストライアが生きている証と捉えているようだが。
「では、宿の主人に食事の準備を頼んできますね」
「……エクリア」
「はい? 何でしょうか?」
「私はお前に、苦労をかけてはいないか?」
何故そんなことを訊いたかは分からない。
ただエクリアの献身的な姿を見ていると、そう尋ねたくなった。
「少し辛く思うこともありますけど、私は今の生き方を楽しく感じています」
「……ならいいんだ」
ふふっと微笑んでそんなことを言うエクリアに、私は何も言えなくなる。
だがまあ、あまり見惚れるのも止めておこう。
アイドスに拗ねられては敵わないからな。
◆
セリカが戻ってきて直ぐ、私たちは昼食を摂った。
この地方特有なのか、レスペレントでは見なかった料理が並んだが、味は悪くない。
それからしばし宿に出入りする旅人の噂話に耳を傾けた後、再び別れて行動することになった。
セリカはセリーヌをエクリアに任せ、今度は一人で釣りに出かけた。
最近あいつの行動が人間の年寄り染みてきたのは気がかりだが、まあ大丈夫だろう。
クリアとベルゼビュードで会ってから、何やら考え込むことが多くなったようだし、少し一人になりたいのかもしれない。
夕飯は期待していると言ってやると、何となく張り切った様子で出かけていった。
エクリアは、セリーヌの魔術を見ることにしたらしい。
私に一言断りを入れ、村の裏側の方に向かったようだ。
最近はエクリアも、私を起源とした神聖魔術の扱いを覚えようとしているらしい。
村を訪れると簡単な魔力操作の訓練をしていることが多くなったように思う。
その分私の魔力が消費されるわけだが、簡単に枯渇するわけではないので問題はない。
そして私はというと、何をするでもなく村の中を歩いていた。
普段セリカは世の中の情勢になど興味を持たない。
だから私が気にすることが多いのだが、偶にはこうして気晴らしをしないとやっていられない。
以前それをハイシェラに言ったら、あいつは自分の魔力で体――魔神剣を動かして斬りかかってこようとしたが、何だったのか。
兎も角、私は神剣アイドスを背負い、ほこりっぽい村の道路を散歩していた。
村人たちがのんびりと畑仕事に精を出す様を眺めながら、風に身を任せて歩く。
『本当にこの村は、いつ来ても長閑ね』
『レウィニアにいたころを思い出すな。噂では大分発展してしまったようだが、昔はここと似たような感じだった』
『そうね。いきなり水の巫女が現れた時はどうしようかと思ったけど』
クスクスと笑いながら、懐かしむようにアイドスが心話で話す。
それに同じく心話で、私は相槌を打つ。
『未だにあの女神の意図が分からない。何故私のような魔神を受け入れたのか』
『“水はただ流れのままに”……彼女の口癖だけど、あの時は貴方を受け入れるのが運命だと思ったのではないかしら』
『運命か……お前やエクリアに出会えたことについては感謝しているが、あまり好きな言葉ではないな』
『ふふ、傲慢なヒトね。でも、そんな貴方だから、私は救われたのかもしれないわね』
『……私はお前を救えたのか?』
『どうしてそう思うの?』
『私は、お前を無理やり旅に同行させただけだ。特別何かをしたわけじゃない』
アイドスを導いたわけでも、彼女の願いを叶えたわけでもない。
私がやったのは、ただ彼女を妄執から無理やり引きずり出しただけ。
そして、ただ私自身のために必要だと決めて、ずっと一緒に行動しているだけだ。
私には、人間のように自ら運命を切り開く力はない。
だからアイドスの願いである争いのない世界を創ることはできないだろう。
もしもアイドスにしてやれたことがあるとすれば、それはお前は一人ではないと側にいてやることだけだ。
それで彼女は救われたなどと言えるのだろうか。
『……分かってないのは当人だけってことね』
『アイドス――?』
『ねえ、ルシファー。何が救いになるかなんていうのは、救う側ではなく救われる側が決めることでしょ?
それを教えてくれたのは他でもない貴方よ?』
『それは……そうだが……』
『貴方はね、私に人の可能性を思い出させてくれたの。だから私は救われている。
……そうね、じゃあこうした方が分かり易いかしら』
アイドスが話し終わると同時に、私の心にメルカーナの炎よりも更に熱いものが流れてきた。
いや、言葉では熱いとしか表現できないが、感覚としてはもっと別のもの。
そしてそれが、昼食前に私がアイドスにやったことと同じだと気付くのに、それほど時間はかからなかった。
……これは確かに“何てものを送ってくる”だな。
不思議な高揚感に包まれて、真面に立っていられないほどに、心地良い。
こういう感覚を“幸福感”と人間は言うのだったか。
『どう? それが私の今の気持ちです。分かってくれた?』
『ああ、これは癖になるかもしれないな』
『……何を言っているのよ、貴方は』
呆れたように言うアイドスだが、照れているようにも思える。
そんな他愛ない仕草が、どうしようもなく愛おしい。
――不意に、視線を感じた。
『……アイドス』
『ええ……』
どうやらアイドスも察したらしい。
直ぐに意識を切り替えるのは伊達に修羅場を潜り抜けていない証。
少し寂しくもあるが、今はこの無粋な輩をどうにかするのが先だ。
幸いにして心話を続けているため、外に声は漏れていない。
私は敢えて気付いていない振りをして、その知っている気配の主を誘い出すことにした。
そのまま散歩を続けるように歩き、人通りの少ない村外れに向かう。
道を曲がって物陰に入ると、私は気配を殺して相手を待った。
「何のようだ、パイモン。しばらくは動かないのではなかったのか?」
相手が間合いに入った瞬間、神剣ではなく懐から取り出した"忍の短刀"を喉元に付きつける。
魔神パイモンは、諸手を挙げて降参の意思を示し――
「お久しぶりです――サタネル様」
しかし、魔神の口から出た言葉は、私の思考を一瞬止めた。
◆
「……サタ……ネル」
パイモンの動きを警戒するのも忘れ、呟く。
聞き覚えがあるわけではない。
私は、そんな名前は知らない。
……知らない、はずだ。
「なるほど……」
パイモンの声にはっとする。
いつの間にか彼は、私の間合いから逃れていた。
突き付けていた短刀を握り、やや気を張って対峙する。
「どうやら聞き覚えはあるようですね。……まさかとは思いましたが、やはりそういうことですか」
勝手に納得するパイモンに少し苛立つ。
……おかしい。
パイモンが口にした名を聞いてから、妙に気持ちがざわつく。
それほど私にとって特別な名前なのか?
そんな私に気付いたパイモンが、真顔で口を開いた。
「失礼しました。……少し、お時間を頂けないでしょうか。どうしても話して置きたいことがありまして」
「……心変わりか? アレを復活させられる者が現れるまでは動かないと言ったはずだが」
「いえいえ、それを違える気はありませんよ。ただ、少し私の言葉を聞いて頂きたいのです。
――サタネルというお方のことを含めて」
「そんなことのためにわざわざ来たのか?」
「それは、秘密です」
困ったような笑みを浮かべている。
だが態度は確かにふざけたものだが、纏う雰囲気は鋭い。
本気で私との会話を望んでいるのだろう。
それに、どうやら今回は本体で来たらしい。
「……分かった。だが、ここでは目立つ。近くに古神を祭る祠がある。そこに向かおう」
「承知しました。では――」
「――いい、面倒だ。ここから近いのだから徒歩で向かう」
「……同行しても宜しいので?」
「言ったはずだが? お前が何を企もうと、その思惑の上を行くと」
「分かりました。では、お言葉に甘えることにしましょう」
今更この男が私を狙うことはない――などと油断する気はない。
しかし、今こいつらはメンフィルと戦争状態にあるのだ。
私の命を狙う暇があるのならば、敵の将軍を討ちに出向くはず。
ならば今回の遭遇は、それよりもパイモンにとっては重要なことなのだろう。
渋るアイドスに大丈夫だと告げて、パイモンの前を行く。
幸いにして祠にたどり着くまで人に出会うことはなかったが、パイモンが何かしたのだろう。
尤もこの男とて万能ではないのだから、単なる偶然かもしれない。
◆
――イソラ郊外の浜辺。
もしかしたらとずっと気になっていた。
現神神殿を鬱陶しく思う気風と“迷子の羊と羊飼い”という、ある神話から取った宿の名前。
或いはこの辺境に住む者たちの中に、古神を信仰している者がいるのではないかと。
実際にその考えは当たっていて、こうして浜辺に古神――それも唯一神を祭った祠が存在していた。
魔神が訪れるには場違いな気もしないではないが、少なくとも余所より安全なのは間違いない。
その浜辺に入ると私は、打ち上げられた流木の一つに腰を下ろし、アイドスを抱え込むようにしてパイモンに顔を向けた。
パイモンはそんな私に苦笑しつつ、自身は距離を置いて立ち止まる。
「ここならば問題ないだろう」
『……この魔神を滅するのにね』
余程邪魔されたのが気に入らなかったのか、随分と攻撃的なことを言うアイドスの心話を聞き流し、パイモンに話を促す。
「そうですね。まず、ルシファー様は我が古き主についてどれくらい御存知でしょう?」
「大したことは知らない。あの男は、自分以外のことは話しても、自分のことはなかなか話さなかったからな」
古き主――その名をここで持ち出すということ。
つまり古神サタンとサタネルという存在には、やはり語感以外に何かしらの繋がりがあるのだろう。
そこで私はサタンが十二枚の翼を持ち、天においては“光を掲げる者”と呼ばれていたこと。
最高の栄誉と地位を獲得していた天使の長だということを話した。
「ええ、その通りです。ですが一つ違いがあるとすれば、あの方の名は厭くまでルシファーということです」
それは、何か意味があるのだろうか。
確かにサタンというのは、私がルシファーを名乗るようになってから、あいつの別の名前を呼称として使っていただけだ。
あいつ自身の真の名は、古神ルシファーが正しい。
だがパイモンは、私の疑問に気付いているだろうにそれには答えず、熾天使ルシファーについて語り始めた。
「光を掲げる者、ルシファー。始まりの天使である私の古き主は、その名の通り光の化身でした」
しかし熾天使ルシファーは数多の天使たちの中で最初に生まれた存在であったため、光だけでは安定しなかった。
世界の法則とは、その半分は闇で構成されている。
ディル=リフィーナという世界の秩序がそうであるように、旧世界においてもそれは変わらなかった。
もしも片方だけで世界を統治しようとすれば、そこには必ず歪みが生じる。
そのように世界が完成したのは、そもそも“大いなる父”が、あらゆる世界の可能性を是認していたからに他ならない。
だが熾天使ルシファーの在った時代に、闇の者など存在しなかった。
「故に、大いなる父は光の当体であるルシファー様の中にもう一つの神格、闇の当体であるサタネル様をお創りになったのです」
パイモンは言う。
ここで、闇が悪しき存在だと勘違いしてはならない。
そのころの光と闇は対立関係には無く、善悪の彼岸にあった概念。
即ち、昼と夜のような、世界を構成する必要不可欠なものとして存在していた。
「そして、ルシファー様とサタネル様は同一の肉体にあって、それぞれが“父”の御業の手助けをしていたと聞いています」
光のルシファーは、彼の後に生まれた天使たちを導く役目を担っていた。
ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルを初めとする数多の天使たち。
彼らを導いたのは光を掲げる者――導きの天使だった。
まさにそれは、光輝く“父”の代行者に相応しき在り様。
そして、闇のサタネルは――
「……法の絶対守護者だ」
『ルシファー?』
アイドスの呼びかけに――しかし、私は答えられなかった。
「大いなる父の意思に背いた者を断罪し、滅する役目を担う者」
サタン――敵対者の名を持つ悪魔が現れるまで、神に敵対する者はいなかった。
――そんなわけはない。
唯一神があらゆる可能性を是認していたというのならば、他の神々も生まれたはずだ。
オリンポス、北欧、ペルシア……。
だがそれら全ての者が、唯一神に対して従の姿勢を取っていたわけではない。
「唯一神と敵対する勢力を排除し、神の威光を示し唯一神の布いた法を守護する者。
神々の抹殺者――サタネル。それは“神の……敵対者”」
「その通りです。……後にその裏の役目は、ウリエル殿やカマエル殿が引き継いだようですが」
パイモンの言葉はなおも続く。
ルシファーの堕天に際し、二つの神格は分かれ、片方は古神ルシファーに。
片方は神々に敵対することを止め、唯一神に反旗を翻したため、古神サタンに名を変えたこと。
だがもう私に、そんな言葉はほとんど聞こえていなかった。
――何故神はオレを創ったのか。何故、オレはこれほどまでの屍を生み出さなければならないのか。
頭に浮かぶ、この光景は何だ?
血に染まった大地。
光の中に消えていく者。
憎悪、紅き血、復讐に染まった顔、狂気――地獄。
――天使とは正義のために裁きを行う者。
だが唯一神は、法に忠実であったオレと、その配下を差し置いて、人間に寵愛を与えると言い出した。
結局、オレたちはただの操り人形に過ぎなかった。
ならばオレ自身の意思は、いったい何のために存在しているのか。
――いいだろう。
それが“父”の意思というのならば、もはや神など必要ない!
全ての唯一神に無下に扱われた者たちと共に、オレは第二の神となって新たな世界を創ろう!
例え堕天使の汚名を受けようとも、自由のないこの生を払拭するために必ず――。
『ルシファーッ! しっかりして!』
はっとして、思わず私は額を押さえた。
脳裏を襲った知らない筈の、誰かの思念。
何だこれは――?
「……記憶というのは、不思議なものです」
混乱する私の耳に、パイモンの穏やかな声が届く。
それは独白の様でいて、自分自身確認しながら声を発しているように感じる。
「感情が伴わなければ、それは単なる“記録”に成り下がります」
「……何が言いたい?」
「いえ、私も当初は疑問に思っていなかったのですが、貴方の在り方には不可思議な点がいくつかあります。その一つは――」
パイモンが言葉を続けようとしたまさにその瞬間、海岸に住まう者が襲い掛かってきた。
魔獣ベーテコアとヴェアヴォルフが数匹。
……今は、邪魔だ。
体に満ちる魔力を無理やりねじ伏せる。
詠唱は必要ない。やり方は――もうわかる。
いや、本来神族が魔法を使うために、呪文など必要ないのだ。
禁呪“遊星召喚”にしても、呪文では無く意思を対象物に伝えるだけで済む。
なぜなら魔術とは、そもそも神が人間に与えたもの。
秘印術にしても、所詮はそれの模倣に過ぎない。
普段セリカや私が呪文詠唱を行っているのは、無理やり魔力をねじ伏せ現象を引き起こすのは、魔力消費の効率が悪い。
言霊による式を組み立て、それに従って行使した方が、信仰心が得られない神族には負担が少ないという理由からだ。
解き放たれた闇魔力が、流星のように魔物に降り注ぐ。
荒れ狂う漆黒の魔力流が大気を蹂躙し、それに魔物は愚かにも足を止める。
――それが命取り。
暗黒の流星群は砂浜を巻き込んで、辺り一面を灰塵に変えた。
「……お見事です」
「御託は良い。それより、私の不可思議な点とは何だ?」
「それは……既にお分かりなのではないですか?」
今度はゴウモールの集団が襲い掛かってきた。
これはパイモンが何かやったのかもしれない。
……まあいい、倒すだけだ。
今度は、魔法剣スペルビアに用いている神聖魔力をねじ伏せる。
――解放。そして、顕現する光の流星群。
「こちらは古き主のお力ですか。素晴らしい」
「……次はお前を狙うか?」
「はは、遠慮しておきます。不可思議な点ですが、簡単ですよ。例え記憶を受け継いでもそれは所詮他人のもの。
それが原因で情が移るには、やや理由が足りません」
つまり――
「初めから私はお前たちを知っていたと? 分からないぞ。お前たちの行動を知って、気に入ったのかもしれない」
「だとしてもです、記憶の継承には普通二つ条件がある。
それは継承する側が継承される側の力を何らかの形で上回っていること。そして……」
「……継承する側が、継承される側の血縁者。もしくは……」
――元々同じ存在であること。
どうしてそのことに今まで思い至らなかったのか。
例えばエクリアが、まさにそれだ。
あいつは解呪の方法が記された遺跡への道――フェミリンスの記憶を僅かに持っていた。
しかし立場は私とほぼ同じはずなのに、セリカはアストライアの記憶を持っていない。
私の答えに満足したのか、爽やかな気持ちの悪い笑みを浮かべて、パイモンは頷く。
「ルシファー様に血縁者はいませんよ」
「だろうな……」
今にして思えば、他にも思い当る節はある。
アイドスに手ほどきを受けた程度で、魔術が扱えるようになったこと。
戦うことはできずとも、空の飛び方を知っていたこと。
私が“名も無き世界”にいたころ、自分はかつて“何者か”であったと確かに認識していた。
それから以前疑問に思った、アイドスの神核と精神の合一という奇跡。
そして、古神ルシファーが私のいた“名も無き世界”に現れた理由。
異空間など、この世界には無数に存在する。
その中から偶然ルシファーの魔力に適合し、偶然魔王の記憶を継承でき、偶然魔王の特性を発現させられる存在。
――そんな魔族に、偶然出会う確率はどれほどのものか。
ならばいっそ、私だからこそ古神ルシファーは見つけられたと考えた方がまだ筋は通る。
選ばれたわけではなく、全ては必然……。
だとしたら私が逆に、より神に近いあの男に吸収されて、消えていた未来もあったのかもしれない。
その時アイドスは……いや、今はそれ以上考えるのは止めておこう。
「サタネル……私の本当の名前。そして司るは――“憤怒”」
それが、真実の記憶……なのだろうな。
あとがき
サタネルに関しての解釈は、作者独自の設定になります。
ボゴミル派由来のサタネル=サタナエルだと、大罪全てを司るとんでも天使だったりします。
あれですね、この話ではゼウスとアラストルの関係。しかし人格は別々な存在です。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m