先ほどのラウラとの戦闘騒ぎにが終わった後、軽く千冬から説教を受け、保健室にいるはずのセシリアと鈴音の元へと向かっていた。
しかし、ふとその歩みが止まる。
あかりが見つめている方向を見ると、そこにいたのは小柄な影。
「……で、こんなところで何の用かな? ボーデヴィッヒさん?」
「…………」
あかりの問いかけには答えず、ラウラはただ明かりに歩み寄ってくる。
あかりは何をされてもいいように身構えることを忘れない。
あそこまで千冬に厳重注意を受けた手前、それこそ大問題に発展するような事はしでかさないだろうが、それでもあかりはラウラに敵意を向けられている存在。
何が起こってもそれはおかしいことではないのだ。
そんなかりの内心を知ってか知らずか、ラウラはとうとうあかりの目の前にまでたどり着いた。
しかし、そこから何か行動を起こすわけでもなく、ただひたすらにあかりを睨み付けているだけだった。
軽く身構えたあかりとそのあかりをひたすらに睨み付けるラウラという構図ははっきりいってシュールでさえある。
「……あのさ、ほんとに何の用なのさ」
さすがに痺れを切らしたあかりがそう問いかけると、それに対しラウラは短く答えた。
「話がある。ついて来てもらおうか」
※ ※ ※
ラウラに連れられてきたのは校舎の屋上だった。
昼休みなら弁当で昼食をとる生徒でにぎわっているが、放課後にわざわざここに来る生徒はいないせいか、屋上にはラウラとあかり以外に誰かの姿はなかった。
先ほどまでは何もなかった為に多少警戒を緩めたあかりだったが、ここにきて再び警戒を強める。
周りに誰もいない場所にわざわざ連れてきたのだ。
むしろ警戒しないほうがおかしい。
「わざわざこんな人気のないところまで僕を呼び出して……放課後の続きでもやろうと?」
「いや、ただ単に聞きたいことがあっただけだ」
あかりの問いに答えるラウラには、なぜか当初感じた敵意が存在しなかった。
そのことに疑問を思いながらも、多少警戒の度合いを緩めて続きを促す。
「聞きたいこと?」
「ああ。あの後冷静になりふと思ったのだ。ゆえに、お前に聞きたい……お前はなぜここにいる?」
「は?」
聞かれた事は、よく理解ができなかったこと。
ISを扱える自分がIS学園にいることはそれほどおかしいことなのだろうか?
「お前は強い。正直、ここで教わる事は何もないだろうに」
「……ああ、そう言う事」
つまりラウラは、自分と互角の戦いをしたあかりが学園にいることが理解できないのだろう。
ラウラはドイツ軍の軍人で、つまりこの学園よりも遥かに厳しい訓練を行ってきているのだ。
そんなラウラと互角に戦ったあかりが学園にいるのは実力的にもおかしい……ラウラはそう言いたいのだ。
「この学園の生徒たちを見てみた。例外は多少いるが、生徒の殆どがISをただのファッションとして捉えている。『専用機を持っててうらやましい。私も欲しいな』などと聞いたときは卒倒するかと思った。専用機にはそれを与えられた際の大きな責任があるというのに、それもわからずうらやましいから欲しいなど……あまりにも程度が低い。こんなところで学べるものなどもはやお前にはないだろう?」
「でもそうは言ったって、他にどこに行けばいいと? 正直な話、僕がIS学園に通っているのは言い方は悪いけど保身のためだよ」
主に白衣を着たマッドさんやら黒いサングラスに黒いスーツを着たガタイのいい人とかから身を守ると言う意味である。
「そうだな……ならばドイツ軍に来い。お前ほどの実力があるのなら誰も文句は言わないだろう。むしろ諸手を挙げて喜ぶだろう」
「あ、僕そういう勧誘とか結構だから」
口では冗談めかして提案を拒否しているあかりだが、しかしその顔は真剣だ。
仮にここで彼女の提案を呑んでドイツ軍に行ったとしよう。
確かに諸手を挙げて喜ばれることは請け合いだろう……ただし、そこから政治がらみの出来事など、厄介ごとの類に巻き込まれるのはまず間違いないだろう。
たかが人間一人が行ったからといってそこまでは考えすぎだと思う人もいるだろう。
しかし、あかりの立場は『世界で二人しかいない男性IS操縦者の一人』である。
その立場ゆえに、あかりと一夏の存在はそれこそあらゆる国を大きく動かせるのだ。
あかりの際は発表後すぐさまIS学園に飛び込んだためそれほどでもなかったが、一夏がISを動かせると知れ渡ったときは各国が大いに騒ぎ立てたものだ。
それこそ、一歩間違えば戦争にまで発展しそうなほどだったらしい。
現在のそのあたりの静寂は、一夏とあかりがIS学園と言う、所謂『不可侵領域』とも呼べる場所にいるからだ。
IS学園特記事項にあるように、IS学園に所属している間はあらゆる国家や組織に帰属せず、また本人の同意なしに国家や企業などが外的介入をすることができないと言う物があり、それに守られていう間は黙っていようと言う、いわば休戦協定のようなものだ。
あかりは自らの行動でそのような大きすぎる波風を立てようとは思っていないため、ラウラこの提案は受けるわけには行かなかったし、そもそもそれとは別の単純な理由で受ける気は毛頭なかった。
「な!? なぜだ!?」
「いや、何故って……普通に考えたら、ねぇ?」
その理由とは、今まで敵意を向けてきた相手の提案を受け入れる分けないだろうかという物だった。
しかも敵意の理由も分からないと来たものだ。
さすがにあかりもそこまでされても受け流せるほどの寛容さは持ち合わせていなかった。
「と言うか、あの戦いの直後まで敵意むき出しだったのに、どうしてまたドイツ軍に来いなんて。嫌いな相手が自分の近くにいるのは嫌だろうに」
「確かに、私はお前に敵意を抱いていたが、それはもういい。教官の言うことが納得できたからな」
「千冬の言うこと……? 何て言われてたの? 僕のこと」
「あぁ、教官が『自分など足元にも及ばない存在がいる』と言っていてな。正直認めたくなかった。だが先ほどの戦いを冷静になってみれば頷けるというものだ」
「……敵意向けられてたの千冬のせいだったのか」
名誉のために言っておくが、別に千冬もこうなるとは予想外だっただろう。
なんとも言いがたい理由で嫌われてたなぁと頭をかきつつ。あかりは口を開いた。
「ともかく、僕は卒業まではここにいるよ。それに、存外学べることもあるっちゃあるしね」
「馬鹿な。いったい何を学べると言うんだ」
「それは自分で考えようか」
そこまで言うと、あかりは屋上から去ろうとする。
しかし、扉に手をかけた際、千冬からラウラのことを頼まれていたことを思い出す。
「……ま、もしかしたらヒントぐらいはあげれるかもしれないから、どうしても答えが出なきゃまたおいで」
そう言うと、あかりは今度こそ屋上から立ち去る。
そして腕時計に目をやりポツリとつぶやいた。
「結構遅くなっちゃったな……もう面会時間すぎてるってないよね……? 病院じゃないし」
※ ※ ※
あかりが保健室にたどり着いたとき、なにやら部屋の中はやけに騒がしかった。
そのことを奇妙に思いつつもあかりは扉を開ける。
するとそこの広がっていたのは女子の大群。
「え、なにこれこわい」
保健室にここまで人がいることはあまりに異常で、思わずあかりはそう口に出してしまう。
そしてその声が聞こえたのか、女子の一人があかりの方に振り向いた。
「あ! 東堂さんいた!!」
瞬間、女子の大群全員があかりの方を振り向いた。
その全員が、やけに瞳をギラつかせている。
あかりは自身がライオンに狙いをつけられている小動物のように錯覚したと、後に語っている。
「……で、いったい何なの? この騒ぎは」
女子の大群の間を何とか縫って女子に詰め寄られていた一夏とシャルルの元へとなんとかたどり着くと、そこにはあかりに縋るかのような瞳をしている一夏と、縋る以上に焦っていると言う言葉がふさわしい状態のシャルルがいた。
「あ、あかり兄! まじで助けてくれ!!」
「はいはい、で? いったい何があったんだい?」
「東堂さんもこれを読んでください!」
そういって女子に渡されたのは一枚のプリント。
「えっと何々?」
見ると、今回の学年別トーナメントではシングルでの戦いではなくタッグでの戦いと言う事になったらしい。
おそらく、先日のクラス代表対抗戦でISに進入されたために少しでも危険を減らそうと言う魂胆だろう。
「と、言うわけで、ぜひ東堂さんとタッグを組みたいなあ、と」
「私は織斑君!」
「私はデュノア君を所望する!!」
そこでようやく一夏たちの視線の意味を理解する。
そしてシャルルの様子の意味も。
シャルルはこれ以上自分が性別を偽って入学してきたと言うことが広まって欲しくないのだろう。
(仮にここでシャルルが誰かと組んだとして……下手したら男装してるって言うのがバレて大問題か……となると、それを知ってる僕がシャルルと組んだほうがいいかな)
短い思考の中で、あかりはそう結論付けた。
「あーみんなごめん。僕はもうシャルルと組むからみんなの誘いには乗れないんだ」
あかりがそう宣言した瞬間、あかりとタッグを組みたがっていた女子は落胆のため息をつき、それにまぎれてシャルルは安堵のため息をついていた。
「くぅ……でもまだよ! まだ織斑君がいるわ!」
「あ、ごめ〜ん。もう書いちゃったー」
「へ?」
ふと声がした方向を向くと、そこにはやはりいつものように余らせた袖を揺らしている本音がいた。
そしてその右手は一枚の紙を持っている。
それはよく見るとタッグ申請書で、そこには布仏本音の文字ともう一つは……
「お、俺いつの間に書いたんだ!?」
織斑一夏の名前があった。
相も変わらず気配を誰にも感じさせずにやってのけた本音の顔は、いつものようにぽやぽやとした笑みの中にも達成感をにじませる何かが混じっていると言う表情を見せていた。
「おりむーがお困りだったからちょっとがんばってみたのだ。えっへん」
「本音ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「その用紙、提出させるわけには行かない!!」
そして、自らを捕獲しようと伸びてくる腕を軽々とかわし、本音は保健室の外へと脱出。
女子たちはそれを追いかけ保健室から走り去っていった。
「……まぁ、タッグ決まったし、どんまい」
「俺、ほんとにいつ書いたんだ……まったく記憶にねぇ」
とうとう本音は自分のみならず他人までも意のままに操れる域まで進化しているのではないか。
あかりはふとそんなことを思ったのだった。
「ちょっと一夏! あんた何タッグ決まっちゃってるのよ!?」
「いや、あれを回避とか俺には無理だって!」
鈴音はそう一夏を攻め立てるが、そもそもやらされたと言う感覚すらないのだから回避などできるはずがない。
しかしそれで納得できるならこのように突っかかってはいない。
「ここは私と組むとか言っておけばよかったのよ! まったくあんたってやつは!」
「いえ、鈴音さん。おそらくわたくし達は今回のトーナメントには出れないのではないかと」
いまだに怒りの熱が冷めない鈴音に、セシリアがそう声をかける。
「はぁ!? なんでよ!」
「情けない話ですが、あの戦いでわたくし達のISはかなり手ひどく損傷を受けましたわ。おそらくダメージレベルはCを超えています……そんな状態ならば修理には時間がかかりますわ。当然トーナメントには間に合わないでしょうし、無理やり修理途中のISを使ったらどのような不具合がおきるか分かりませんわ」
「うっ、ぐぅぅぅぅ」
セシリアの言葉にまさしくぐぅの音しか出ない鈴音。
セシリアが行っているのはすべて正論だ。
仕方なく、鈴音は怒りをしまいこんだ。
「仕方ないわね……一夏! こうなったら絶対、何が何でも優勝しなさいよ! 少なくともあかりさんとデュノアのタッグ以外に絶対負けないでよね!」
「まぁやりだけやってみるけどさぁ」
「やるだけやるじゃなくて絶対やれ!」
「どうでもいいですが、ここ保健室だって覚えていらっしゃいますか?」
とりあえずこのままでは収拾がつかなかったため、あかりが一夏の襟を引っつかんで、シャルルを伴って保健室を後にした。
どうやら、あの噂は鈴音の耳にもしっかり入っていたようだ。
その噂の事が頭にあるのか、妙にヒートアップして一夏に向かってそう叫ぶ鈴音。
隣のベッドにいるセシリアにはたまった物ではなかった。
結局、その騒ぎはあかりが一夏の襟を引っつかんで、なおかつシャルルを伴って保健室を出るまで続いた。
※ ※ ※
保健室から寮の部屋に帰ってきたあかりは、シャルルとタッグトーナメントの際の戦術について話し合っていた。
「まぁ、簡単に言っちゃえば僕前衛シャルル後衛でいいよね?」
「そうですね。で、時には僕も前に出る形で」
保健室ではシャルルの性別がばれないようにしようと思いシャルルと組むと言ったあかりだが、その実あかりとシャルルの相性は決して悪いものではなく、むしろいい物であった。
何せあかりの刃鉄はミドルからロングレンジを完全度外視したクロスレンジタイプのISだ。
それに対してシャルルの専用機、ラファール・リヴァイブ・カスタムIIはその膨大な拡張領域に物をいわせ近接武装から各種の射撃武器といったさまざまな武装が格納されている。
ゆえにあかりが即座に対応できないミドルからロングレンジをシャルルは補ってくれるのだ。
そしてそれら数多くの武装を瞬時に入れ替え使用することができる高速切替と言う技能も持ち合わせているシャルルは、まさにうってつけのタッグパートナーと言えるだろう。
それ故、彼らがとる戦術は単純明快。
各々がその時その時の状況に合わせて動けと言う物に行き着いた。
「……正直、これ戦術?」
「そこは恐らく突っ込んじゃいけないと思います」
あかりの言い分ももっともだが、致し方ないというものだ。
ここであかりも射撃武器なりを使えるとなればまだ話し合いの余地は十分に残されていたのだが、あかりができるのは愚直なまでに近づいて斬ると言うこと。
ならばシャルルができることはそのときの状況に応じてあかりの援護か相手タッグの内あかりが相手にしていない方と戦うかしかない。
「まぁ、こういう出たとこ勝負は嫌いじゃない。つき合わせて悪いけど、任せたよ」
「はい、任されました」
早すぎではあるが戦術についての話を終えた二人は以前のようにあかりが入れた紅茶で穏やかなひと時をすごす。
しかしその実、二人とも胸の奥底ではその闘志の炎を決して絶やさぬように燃やし続けていた。
学年別タッグトーナメントまで、残り一週間。
あとがき
以前の更新からだいぶ間があいてしまい、申し訳ありません。
次回はタッグトーナメント当日の話になります
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m