外からの熱気をはらんだ声がこの部屋にいてもあかりには聞こえてきた。
それは隣にいるシャルルも同様らしく、彼女の表情は若干の硬さが残っている。
そのことをあかりは指摘しようとして……やめた。
それでその硬さが取れるならまだしも、逆に余計硬くなる可能性も十分あるのだ。
特に、試合以外のことでも常に緊張した学園生活送っているシャルルは後者の可能性のほうが十分大きい。

今日は以前から告知されていた学年別タッグトーナメントの日だ。
現在は開催式の真っ最中であり、それが終わった後にどの戦いの組み合わせが発表されると言う形式だ。
あかりもシャルルも、このトーナメントに出場するすべての生徒がモニターを注視する。
そして、試合の組み合わせが発表された。

「へぇ」
「うわぁ」
「……」
「ふむ」

その結果を見て声を上げたのは4人の生徒。
学年別タッグトーナメント第一試合の組み合わせは

東堂あかり&シャルル・デュノアvsラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之箒。

その組み合わせが告知された瞬間、今までモニターにかじりつくようにしていた生徒たちが一斉のその場を離れる。
そして不自然に開けた空間となったモニター前で、その4人は対峙していた

「案外早く再戦の機会がきたものだね」
「そのようだな」

その視線をぶつけ合っているのはあかりとラウラ。
互いに今すぐこの場で戦えと言われても問題ないといた様子だ。

「よろしくね、篠ノ之さん」
「ああ、手加減はなしだ」

こちらはあかりたちと違って和やかさを感じさせる雰囲気で話すシャルルと箒。
しかし、その和やかさの中にも絶対に相手に勝つと言う決意はしっかりとにじませている。
そして試合前の顔合わせが終了した4人は、それぞれ試合へと赴く。
その際、ふと思い出したかのようにあかいがラウラに声をかけた。

「そうそう、この前言ったこと、分かったかな?」

その問いかけに対し、ラウラはあかりのほうを振り向かずにこう答えた。

「分からん。いくら考えようとお前の言うような物などあるとは思えなかったからな」


※ ※ ※


アリーナに飛び出した4人はそれぞれのペアに分かれて向かい合う。
もはや彼らの間に言葉はない。
ただ試合が始まるのを待つばかりである。

そして、試合開始のカウントダウンが始まる。

『学年別タッグトーナメント第一試合は東堂、デュノアペア対ボーデヴィッヒ、篠ノ之ペアです!』

ラウラが、あかりが、シャルルが、箒が、いつでも動けるようにやや前傾姿勢になる。
各々の手にはすでに自身の得物がしっかりと握られている。

『それでは! 試合開始!!』

「叩きのめす!」
「推して参る!」

試合開始の合図と同時に、ラウラとあかりが前に出て激突。
あかりのブレードとプラズマ手刀ぶつかり合う。

「それは前に叩き折ったはずだがな!」
「学園側が訓練機の予備ブレードをくれたんだよ。今まで使ってたのも普通に打鉄に標準搭載されてる物だったしね!」

以前も言ったように、刃鉄はあかりが偶然起動させた打鉄を貴文が改修したISだ。
当然、いままで使っていたブレードもそのまま刃鉄の素体となった打鉄にプリインストールされていたブレードを使っていただけ。
以前のラウラとの戦いでブレードを折られやや途方にくれていたあかりだったが、今回のトーナメントが開催されるにあたって千冬が訓練機として用いられてる打鉄の予備ブレードを工面してくれたのだ。
もっとも、次壊したら自分で倉持へ行って新しいのをもらって来いと言う言葉付きだったが。

ラウラとあかりが互いを弾くように距離をとる。
あのまま鍔迫り合いを続けても埒が明かないと言うあかりの判断ゆえの行動だったが、いってしまえばそれは自ら相手を攻撃不可能な距離へと置くという行為だった。
当然、ラウラは右肩のレールカノンをあかりへむける。
その大きな砲口を向けられたあかりの表情は……不適な笑み。
その笑みに不信感を抱いたラウラは何かに気がついたような表情をし、すぐさまその場をすべるように移動。
すると先ほどまでラウラが立っていた地面が小さく弾け、砂埃をあげる。
見ると、先ほどまで箒と戦っていたと思われるシャルルが手に持ったヴェントの銃口をラウラに向けていた。

「今度は僕がダンスのお相手だよ!」
「ちぃ! 邪魔をするな!!」

ラウラの視界には、箒と切り結んでいるあかりの姿が見えた。


「と言うわけで、しばらくは付き合ってもらうよ!」
「望むところです! 一太刀、浴びせさせていただきます!!」

その声と同時に今度はあかりと箒のブレードがぶつかり合う。
しかし箒の攻撃をあかりは巧みに受け、時にかわす。
その事に歯噛みしながらも、箒は次々とあかりへと攻撃いていく。

だが、箒は何かに引っ張られるかのようにあかりの目の前から消えていった。
みると、ラウラがワイヤーブレードを箒の腕にくくりつけ、そのまま引っ張っていったのだ。
そして引っ張られた箒が向かった先は、ラウラと戦っているシャルル。
まるでハンマー投げのハンマーのように箒はシャルルへと突っ込まされていた。

「へ? うわぁ!?」

当然、いきなり自分のほうへと向かってくる箒に反応し切れず、シャルルはそのまま箒に巻き込まれて吹きとんでいく。
それを成した張本人はと言えば、二人の行く末を見ることなくそのままあかりへと向かっていた。

「これで邪魔はなくなったな! 先ほどの続きといくぞ! 東堂あかり!!」
「その為に味方をああ利用する? 普通」
「あの時は結局決着がつかなかったからな。恨みは既にないが、決着がつかないと言うのは気に食わない!」
「だったら思う存分付き合ってあげようか!!」

いくらなんでもな所業に若干頭が痛くなった用に感じられたが、それを表面には出さず、あかりは再びラウラとの戦いをはじめた。
しかし、今回は試合開始時のように鍔迫り合いをする気はラウラにはないらしく、近づいたと思えば離れて射撃し、かと思えば近づいて攻撃と言う動きであかりと戦い始めた。


「あいたた……だ、大丈夫? 篠ノ之さん」
「あぁ、なんとか……くそ、なんてことをしてくれたんだあいつは……」

一方、吹き飛んで行った二人は互いに声をかけながら何とか立ち上がった。
二人が見やる方では、あかりとラウラが激戦を繰り広げている。
しかし、やはり近接武装しか使えないせいか、あかりがかなり不利な状況となっている。
しかし、それを見てもシャルルはあかりの援護に以降とは思っていない。
いや、正確には行こうにも行けないのだ。

「……仕方ないよね、だって篠ノ之さんがそばにいるんだから……ねっ!」

その言葉を言い終わると同時にシャルルが近接用の武装、ブレッド・スライサーを取り出し、箒が振り下ろしてきたブレードを受け止める。

「ほう、今のを止めたか」
「これでも一応フランス代表候補生だからね!」
「代表候補……男なのにか?」
「あ……」

箒の反応により、シャルルは自分の失言を悟る。
シャルルは表向きには一夏やあかりより若干後にISが操縦できると判明したと言うことになっている。
だと言うのに、以前からISの訓練をした並み居る強豪を押しのけて代表候補になれたと言うことはおかしいことなのだ。
それは才能の一言で済ませれるものではない。

「と、ともかく! 篠ノ之さんを倒さないとあかりさんの援護に行けないから、少し本気を出させてもらうよ!」
(あ、話そらした)

誰が聞いても露骨な話のそらし方だった。
しかし、箒はそこを追求はしない。
今それを問いただすことにまったく価値が見出せないからだ。
問いただす機会なら試合終了後にいくらでもあるのだから、今すべきことは……

「まぁあのような事をされたが、一応ボーデヴィッヒはパートナーだからな。お前を倒して援護に行かせてもらおう」

目の前の敵をただ斬るのみだった。

距離を離したシャルルに追いすがるように箒は移動する。
しかし、それをやすやすと許すシャルルではない。
得意の高速切替を用いて次々に箒へ向かって弾幕を張り続ける。
さらには射撃を続けるかと思えば不意に前に踏み込みブレド・スライサーでの近接格闘。
そしてその攻撃をしのぎ箒が反撃に出ようと思えば再びシャルルは距離をとり射撃へと移行していく。

「厄介だな。視界の中にいてなおかつ現状から一歩踏み出せば届きそうであるのに、その実まったく届かないその戦法は」
「求めるほどに遠く、諦めるには近くってね」

箒は放たれる銃弾をブレードで弾いたりと防御はするが、しかしかんぜんに防ぐにはいたらず少しずつエネルギーが削られていく。
そして何より銃弾によってその場に足止めされているということが箒にとって何より痛い事実だった。

「卑怯だとか思うかもしれないけど、このまま削りきる!」
「くっ! そう簡単にさせるわけにはいかない!!」

そう強がっては見るものの、やはり現在進行形でエネルギーを削られていると言う事実は覆しようがないし、残酷な事実だが箒にはそれを覆せる手段があるわけでもなかった。


そんな二人など既に忘れていると言わんばかりに、あかりとラウラはぶつかり合う。
片方が砲撃を行えばもう片方はそれを急加速で回避し、片方が斬撃を加えようとするならばもう片方はそれを己が刃で迎え撃つ。
その様はまさに一進一退。
この試合の様子を見ている各国の高官も、この光景を生み出している生徒に注目せざるを得なかった。

しかししばらくの後、その光景は終わりを見せることとなる。
急にあかりがその動き止めたのだ。
しかし、あかりの表情を見るとそれが自身の意図した停止ではないと言うことがよく分かる。

「……ちっ、油断しちゃったかな」
「なかなか捉えるのに骨が折れたぞ。だが、これで終わりだ」

AICによりあかりを捉えたからか、ラウラはしっかりとその砲口をあかりへと向けた。
砲口からあかりへの距離はもはや拳一個半ほどしかなく、たとえこの瞬間にAICの影響下から抜け出せたとしても砲撃の回避は不可能だった。
……これがシングルマッチなら。

突如ラウラの背中で起こる爆発。
その爆発によりラウラの集中力は途切れ、AICが解除される。
その隙を逃すまいとあかりはそのまま自身の右斜め後方へ移動することで砲口からも逃げ出した。
そんなあかりがラウラの後ろを見ると、ラウラにいまだに煙が上がっているサタディの銃口を向けているシャルルの姿が見えた。

「ナイス! シャルル」
「すみません遅れました!!」

あかりの声に答えながらあかりの隣へと移動してくるシャルル。
先ほどシャルルがいた地点の近くには、エネルギーが0になった箒がひざをついている。
どうやらあのままシャルルに削りきられてしまったようだ。

「さて、ここからは2対1になるけど、卑怯とか言わないよね? ボーデヴィッヒさん?」
「言うものかよ。二人纏めて打ち砕いてやろう!!」

あかりの挑発めいた言葉にも、ラウラはむしろ望むところだと言わんばかりの反応を示す。
そしてあかりは右、シャルルは左からラウラを挟み込むように向かっていく。
それをワイヤーブレードで迎え撃つラウラだが、あかりはそれをブレードで切り払い、シャルルは左腕に備え付けられているシールドで防ぎながらアサルトカノン『ガルム』をラウラに向けてその引き金を引いている。

2対1と言う状況ゆえに、ここで試合の流れは一気にあかり達の方へと傾いていった。
ラウラもその事に苦い表情を浮かべる。
そして、ついにあかりがワイヤーブレードを潜り抜け、ラウラに肉薄した。

「はぁ!!」
「させるかぁ!!」

ブレードを振り上げ、後は振り下ろすだけ。
そこまで来て、しかしラウラの動きは今までの物よりも早かった。
自身の頭まで薄い膜一枚があるかないかと言う距離であかりのブレードをAICで止めることに成功したのだ。
しかし、止められたあかりは何故か不敵な笑みを浮かべている。
既に自身の武装は押すことも引くこともできない状態だと言うのに。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、僕はさっき言った筈だけど?」

あかりのその言葉と同時に、ラウラの左で何かが破裂する音が聞こえる。
その音の発生源は、視界の隅にあった。
その音の発生源は、オレンジ色の装甲を持ったIS、ラファール・リヴァイブ。カスタムII。
そのリヴァイブ・カスタムの左腕に備え付けられていたシールドの装甲面がはじけとび、その中から現れたのは巨大な杭とそれを収めている機構。
それは見るものが見ればこういっていただろう。

あれはパイルバンカーだ、と。

「『ここからは2対1になる』ってね」

シャルルはそのパイルバンカー、『灰色の鱗殻』(グレー・スケール)を構え、そのままAICを発動していて動けないラウラへと向かっていく。
そして、灰色の鱗殻をラウラの腹部に押し当て、容赦なくトリガー。
それも一回のみでなく、二回、三回とラウラにバンカーをたたきつけている。
その際のシャルルの表情が若干すっきりしたような物に見えたのは、果たして幻か否か。

「がぁぁぁぁぁっ!!」

パイルバンカーを食らった衝撃によりラウラはアリーナの壁へとたたきつけられる。
それを見送ったシャルルは軽く息をつき、口を開いた。

「あぁ……スッキリした!」

どうやら試合の途中でいきなり箒を投げつけられた事を根に持っていたらしく、その仕返しができて晴れやかな表情をしている。
さすがにやりすぎなのではないかと思ったが、あかりはそれを口にはしない。
だって怖いから。
下手なことを言ってその杭の先端がこちらに向くことだけは絶対に避けたいあかりだった。

「試合終了の合図がないって事はまだ向こうのエネルギーは残ってるって事か」
「でも灰色の鱗殻を3発叩き込みましたし、残ってたとしてもわずかだと思います」

ならばラウラが何をしてこようと二人で攻めれば削りきれる。
あかりもシャルルもこう思っていた。
しかし、ラウラが壁に激突した際に発生した砂埃が晴れ、ラウラの姿を見たとき、二人はすぐさまラウラから距離をとる。
ラウラの様子が、正確に言うならラウラのISの様子が異常だったからだ。

まるで獣のような叫びを上げたラウラを、黒い泥のようになったISが覆っていく。
そしてその泥のような物質がラウラを完全に包み込むと、その泥はある人間の姿を形作った。

「シャルル、質問があるんだけど……ISの形をあんなふうに変える武装って、普通ある?」
「少なくとも普通にはないですよ」

その姿は、ISに携わるものなら、いや、恐らく全世界で知らぬものはないであろう存在を模したもの。
『ソレ』は手にした刃の切っ先をあかり達に向けてきた。

『ソレ』がとった姿は世界最強。
全世界が憧れるその人、織斑千冬を模していた。


※ ※ ※


シャルルの灰色の鱗殻に打ち抜かれ、壁にたたきつけられたラウラはぼやけていく意識の中でもなお強く思っていた。

−−−負けたくない。

勝利とはすなわち、自らの存在理由だ。
なぜなら、自分は勝利のために生み出された存在なのだから。
それが、そんな自分が今こうして負けの一歩手前まで来ている。
まさに一歩後ろは崖と言う地点まで追い込まれたのだ。
勝つために生まれてきた自分が負けることなど、あってはならない。
そんなことを認めたくはない!

−−−負けたくない……負けたくない!!

果たしてその声が届いたのからなのかは定かではない。
だが、その声が聞こえてきたのは事実だった。

『力が、力が欲しいか? 何者にも負けぬ力が欲しいか?』

普段であればこのような姿も見せぬ輩の言葉に踊らされることはなかったであろう。
しかし、この時のラウラはただひたすらに『勝つ事』のみを渇望していた。
それ以外を考えれないほど、それのみを欲していた。
故に、ラウラはその悪魔の誘いを受け入れる。

「……あぁ、欲しい。貴様がそのような力を私に与えれると言うのなら、その力を今すぐよこせ!!」

その言葉を言い終えると同時に、ラウラの意識は黒く塗りつぶされた。



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