あのジュースを飲んでしまい、苦しそうなジノを引きずりながら、俺たち3人は何とか時間通りにミーティングルームにやってくることができた。
部屋の中に入ると、パイロットコースの教官と、戦場からやってきましたと言わんばかりの顔をした男性が立っている、しかもその顔に見覚えもある。
「お前たちも知っているかもしれんが、こちらの方は我がブリタニア軍に所属しておられるアンドレアス・ダールトン将軍だ。このたびの小隊設立にともない、期間限定ではあるがお前たちを指導されることになった。ではダールトン将軍、一言お願いします」
"アンドレアス・ダールトン将軍"
ブリタニアの魔女"コーネリア・リ・ブリタニア "率いるコーネリア軍の将軍で、数多くの戦闘を経験して来たベテラン。軍務以外でもコーネリアを補佐する抜群の能力を持っており、実力のあるものは誰でも使うと言う実力主義者。
また率先して戦災孤児を引き取り、育てており、ダールトンと言う父の姿に尊敬し、ブリタニア軍に志願する子供は少なくない、その中でも才能を発揮することが出来た少数のエリートは、現在グラストンナイツと呼ばれる本国でも名の通った部隊に所属している。
グラストンナイツはとても優秀な部隊なのでこの人には、人に物を教える才能もあるのだろう
しかし自分の仕える主の妹に撃たれ、自分の仕える主の義弟に操られ、自分の主に刃を向けさせられ、意識が戻ったらすぐに殺された、何とも不幸な役回りな人だった。
「うむ、私の名前はアンドレアス・ダールトンだ。このたび皇帝陛下より、今回設立する小隊のメンバーに技術指導を行うように仰せつかった。私も軍務があるので、お前たちに教えてやる事ができるのは、長くても1〜2ヶ月程度しかない。教えてやれる時間は少ないが、精一杯学ぶべきことを学び、己の物とするように励め」
そう話すダールトンからは、長年戦場を生き抜いてきたことによる威圧感のようなものが発せられている。
俺たち三人もその姿に背筋が凍る錯覚を覚えるが、何とか気合で立ち続ける。
「「「Yes, My Lord」」」
腹から声を張り上げて返事をすると、ダールトンはやや困った顔を見せる。
「お前たちはまだ学生だから軍のような挨拶はいい。私もここでは軍の事は忘れてお前たちに教える事のできる事に集中する、お前たちも私をただの教官と思って接してくれれば良い」
ダールトンのその言葉に、俺たちは少し困った顔になる。
いくら俺たちが正式な軍人ではないとは言え、ブリタニアでも数少ない将軍に就いているその人物から気楽にしろと言われても、はいそうですかと素直に頷けるわけがない。
「しかしそれでよろしいのでしょうか?」
この中を代表して、俺がダールトン将軍に尋ねる。
「かまわん。本当は固いのは苦手なのだ」
そう言うとダールトン将軍は、俺達に苦笑いを浮かべた。
「わかりました。それではダールトン先生、今日からご指導のほどよろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
俺の挨拶に続いてジノとアーニャも挨拶をする。
「あぁ、よろしくたのむ。さてお前たちの事は資料で見てはいるから自己紹介はいいが、KMFの腕はやはり自分の目で確かめないとわからん。お前たちには3日後この学校にいる他の生徒たちに協力してもらい、三人小隊5組を同時に相手にしてもらおう。今回は実機を使い、模擬弾を使用する。それまでにお前たちはフォーメーションを考えたり、連携を確認しろ。その試合を見てお前たちに足りないものを見分け、今後の課題とするので、しっかりと頑張るように」
「「「わかりました」」」
ダールトンの指示を受け、俺たちはそう返事を返す。
「では私は書類仕事があるので次に会うのは3日後になるだろう。それまでお前たちに教えてやる事ができないが、お前たちそれぞれの力を見る機会でもある。今回はお前たち3人自身の力に任せる事にしよう。では3日後にまた会おう、健闘を祈る」
そう言ってダ-ルトン将軍は部屋を出て行った。
「レイ見たか、本物の将軍が俺たちに指導してくれるんだぜ、これは燃えてくるよな!」
「私もそう思う。これはいいチャンス、だからがんばる」
ジノは先ほどまで青い顔をしていたのに、いつの間にか回復していて、かなり興奮している。
アーニャも本物の将軍の指導を受けられることが本当にうれしいようでいつもよりも表情が豊かだ。
「あぁそうだな、せっかくあのダールトン将軍に教わる事ができるチャンスなんだから、教えてもらえる事は全て自分のものにしないとな」
そんな事を話し合いながら俺たちは作戦を考えて、とりあえず決まった事は前衛ジノ、中衛俺、後衛アーニャで、真ん中の俺が指示を出しながら敵ナイトメアを撃破していく事になる。
それから3日間は連携を確認しながら、俺が思った事やジノやアーニャが気づいたことなどを話し合って、連携を深めていった。
私は今回小隊の教官を務める事になった。
手元に届いた資料に目を通したが、パイロットの腕だけなら今すぐ実戦に出しても問題はなく戦えるだろう。
ジノ・ヴァインベルグ
高速戦闘による近接戦が得意。
しかしスタンドプレイに走る傾向があり、陣形を崩すこともしばしば。
アーニャ・アールストレイム
遠距離からの射撃の腕は一級品。
しかし援護射撃など周りへの注意が散漫。
レイス・リンテンド
以前は突撃癖がひどかったが、最近は少しまわりを見ながら戦うようになった。
しかし少し自身を軽く見る傾向があり、自身をおとりに立てるような作戦が多く見られる。
このデータを見るに彼らには周りと連携して敵を倒すという事の大事さがわかっていないようだ
このまま戦場に出してしまったら、遠くないうちに撃墜されてしまうかもしれない。
だから私は今度の模擬戦でそれを理解してもらうために、彼らには悪いが、少し痛い目を見てもらおう。
模擬戦が開始してから10分、戦局は好ましくない。
戦力差は5倍ほどあったが、俺たち3人ならこの差を覆すことができると思っていた。
しかし今回ははっきり言っておかしすぎる。
訓練生とは思えない彼らの動きに、俺はもちろんジノやアーニャも戸惑っている。
3日前に見た彼らの訓練の動きとは明らかに違うのだ。
いや、動きだけならあまり変わりはない、ちがうのはその動きが非常に統率されているということだ。
まるで本物の軍隊の中で指揮されているような動きだ。
何とか俺が3機、ジノとアーニャが2機ずつ落としたが、それでもまだまだ相手の攻撃の手は緩まず、数が減ったところはお互いが穴を埋めあうなど統率も取れている。
学生の力でこんな統率力を持つ人間はいない。
だがこの学校には1人それを行う事のできる人間が来ている。
俺たちの指導教官"アンドレアス・ダールトン将軍"
「ジノ、アーニャ、一時後退する。おそらく相手の指揮を執っているのはダールトン将軍だ。このまま戦っても俺たちに勝ち目はない、いずれ落とされてしまう。ポイントA−23で相手を迎え撃つことにしよう」
俺は二人に指示を送ると、ライフルで敵を牽制しながら、緩やかに後退を始める。
「了解、しかし相手がダールトン将軍ならそう簡単に後退などさしてくれないんじゃないか?」
同様にジノも後退を始めながら、俺にそう尋ねてくる。
後ろからアーニャも俺たちが下がりやすいように援護をしてくれているが、なかなか敵も喰らいついて来る。
このままでは本当に捕まってしまう、この戦況を覆すならいましかない・・・か。
「ジノ、アーニャ、俺が昨日考えたあのフォーメーション実戦で試してみないか?」
その言葉を聞いて、ジノもアーニャも苦戦しているにもかかわらず、楽しそうに笑う。
「あれを今やるのか? まぁ戦況を変えるならあれは有効だと思うが」
「やろう、やらなかったらそれで終わり」
「まぁ、アーニャもそういうならやってみるか。よしレイ、アーニャやろうぜ」
二人も俺の意見に賛同してくれるみたいだ、それなら全力でこの戦場を暴れ回ろう。
「じゃあ今は全力で後退だ。俺が前に出て退路を切り開くからジノは俺の後ろでサポートしてくれ、あくまでも撤退が目的だから無理に相手に傷をつける必要はない。アーニャは援護しながら俺たちの後に続いてくれ、アーニャも敵の撃墜は考えないで、敵の足止めを目的に援護してくれ」
「「了解」」
二人に合図を出して敵の作り出した包囲網の一番薄い所に突撃を仕掛ける。
そこにいる敵機はアサルトライフルで迎撃してくるが、俺はそれをかわしきると、すれ違い様に敵の腹にランスをぶつける。
撃墜判定の出たその機体には目もくれず、別の機体からの攻撃から逃れるように一目散にそこから離脱する。
俺の開いたその穴から2人も包囲網を潜り抜け、俺たちは目的地であるA−23へと機体を進めた。
私は司令室からこの模擬戦の指揮を執りながら、レイス・ジノ・アーニャの3人の動きを見ていた。
データから予想していた動きとは違い、三人の動きは連携がとれていた。
更に動きを見ていて感じたのは、1年戦場で生きぬく事ができたら、エースになれる実力を三人とも持っている。
しかし今のままでは1年生き残る事ができないと考え、周りとの連携を取る事をこの模擬戦で覚えてもらおうと考えていたのだが、すでに彼らは自分たちでその事を学んでいたらしい。
まだまだ甘いが少しづつ連携がとれてきている。
若者が一歩一歩成長していくのは、教える側としてもとても嬉しい。
私は自分が教えた子を本当の自分の子のように可愛く思えてしまう。
だから彼らが活躍すれば本当に嬉しいし、彼らが戦死してしまえば本当に悲しみに涙する。
本来なら彼らのような若者を戦場に出したくなどないのだが、この国では彼らでも実力さえあれば戦場に赴く。それならせめて私が教える事のできる子たちには、私の持てる全てを授けてやろうと思う。
少し感慨にふけってしまったようだ、そろそろ指揮に集中しよう。
どうやらそろそろ私が指揮を執っているのに気づいたらしい。
守りの薄い所に突撃をかけて、後退して行った。
本来なら追撃をかけさせるところなのだが、何か考えがあるみたいなのであえて素直に後退させて、こちらも体勢を立て直す事にした。
どんな手で来るのかわからないが、今から楽しみだ。
目的のA−23にたどり着いた俺たちは、敵が来る前に現状の確認を行う。
先ほどの後退の時に運よく敵機を1機落とす事ができた、これで相手の残りは7機。
しかしこちらも少なからず損傷を受けていて、俺もジノもアーニャも機体に小破判定が出ている。
時間をかけられれば、こちらはどんどん不利になっていく。
そのために攻めるなら今しかない、そのための策はある。
俺たちの基本フォーメーションは前・中・後衛の3人が一列に並ぶ体系だが、今回試すのは俺とジノが前衛に出てアーニャが後衛から援護射撃で俺たちの突撃をアシストするというフォーメーションだ。
アーニャには援護の効率を上げるために、両手に2丁のアサルトライフルを持ってもらうのだが、出来ないかなと思っていたが、アーニャが昨日シミュレーターで実験してみたところ、いとも簡単そうにやり遂げてしまった。
これが後のラウンズの腕前か! と驚いたが、ジノも出来るとは思っていなかったらしく、開いた口がふさがらないようだった。
(ちなみにこのときジノの口の中になぜか手に持っていた激カラと書かれた飴玉を投入し反応を待つと、悲鳴を上げて水を求めて走り去って行った。さらにいつのまにかシミュレーターから降りていたアーニャはその光景を携帯に収めており、満足そうに携帯をいじっていた。)
そしてこのフォーメーション、シミュレーターで試したが、アーニャの射撃によりかく乱された敵をジノと俺が突撃して撃破するのだが学生程度の腕でとめる事はまずできない。
まずアーニャの射撃が正確すぎてそれ自体で敵を撃破できるし、俺とジノの突撃も並みの学生パイロットでは止められないので、このフォーメーションは突破力が半端ではないはず。
やがて敵機が俺たちの前に現れる。
向こうは三機づつに纏まり、残る一機はやや離れたところで待機している。
「行くぞ」
俺の合図でジノと俺は機体を進める。
アーニャは前を行く俺たちの隙間から、的確な射撃で相手を牽制する。
いや、牽制と言うには正確すぎる射撃は、相手の陣形に綻びを生ませる。
その綻びを見逃さず、俺とジノはそこを食い破らんと突撃する。
わずかに突出した一機目掛け、まずはジノが先行する。
ジノの得意な戦法は高速機動からの一撃離脱、ランスをその機体に突き刺さんと突撃する。
その攻撃を命からがら逃れたその機体は、しかし決定的な隙を見せていた。
そのわずかあとに迫っていたレイスにとって、その隙は致命的なもので、隙だらけのその機体にスタントンファーを喰らわせた。
その攻撃をもろに受けた機体は何も出来ず撃墜され、俺はその機体には目もくれずに次の機体に迫っていた。
次の機体は先行していたジノに気をとられて隙だらけ、すぐさまその間合いを詰めた俺は再びスタントンファーをお見舞いする。
そしてジノとスイッチ、今度は俺が敵の注意を引きつけると、ジノがその隙を逃さず・・・と思いきや、ジノが倒す前にアーニャの射撃が敵を捉える。
「ちょ! そりゃねぇぜ」
そう叫びながらも、ジノは次の機体へと向かっている。
残された三機も俺が一機、ジノが二機、そして後方に待機していた機体は抗うことも出来ずにアーニャに落とされた。
気づけば5分も経たないうちに、俺たちは敵を全滅させていた。
さすがに俺たちもこの結果は予想していなかった。もう少し相手が粘ると思ってんだけど、あまりにあっさりと勝ってしまった。
模擬戦終了が告げられると、俺たちは機体から降りる。
ジノとアーニャはすぐさま俺の元に駆け寄ってきて、勝利の興奮を分かち合う。
「やったぜレイ、俺たち最高のチームだな!」
ジノの言葉にアーニャも無言で頷いている。
だが俺たちの興奮が覚めやらぬ間に、俺たちはダールトン将軍に呼び出される。
「まずはお前達、良くやったな」
ダールトン将軍は俺たち一人一人の肩を叩きながら賞賛の言葉を告げる。
俺たちも返礼の言葉を告げようとするが、ダールトン将軍が片手で制す。
「お前たちとりあえずしばらくはあのフォーメーション使用禁止だ。学生たちでは相手にならないからな」
ダールトン将軍の突然の言葉に俺たちは困惑する。
「確かにあのフォーメーションの有効性は予想外でしたが、使用禁止されては訓練にならないのですが?」
俺の質問にジノとアーニャも同意見のようでダールトン将軍の方を見ている。
「今回お前たちも気づいたかもしれないが、私が指揮を執っていた。もちろんそれには当然理由がある。お前たちは個人個人の能力はずば抜けたものがある、しかしそのせいか少し連携が疎かなところがあったのだ。それを理解させるために今回の模擬戦を組んだのだが、あのフォーメーションは学生相手には酷だ、それにお前たちの連携を鍛えるのに支障をきたす。なに、1ヶ月後にはお前たちにも今との違いがすぐにわかる位まで鍛え上げてやる。だから今はあのフォーメーションの使用を禁止しておく。そして残りの1ヶ月であのフォーメーションを完成させればいい。わかったか」
ダールトンのその説明は納得の行く物で、俺たちがこれを反対する理由はない。
「「「わかりました」」」
俺たちの返事に満足したのだろう、ダールトンは一つ頷くと最後の言葉を告げる。
「では今日は今回の模擬戦のレポートをつくって提出するように。それが終わったら解散してかまわないぞ」
「「「はい」」」
俺たちはこの後3人で今回の反省点を話し合いながらレポートを纏めた。
そしてそれを提出すると、寮へと戻っていったのだった。
才能と言うものは恐ろしいな、私の戦略を戦術で破られてしまった。
三人から提出されたレポートを見るに、あのフォーメーションを考えたのはレイスのやつのようだ。
レイスに限らず、彼らには人を率いて戦う指揮官としての才能もあるのだろう。
彼らならいずれ帝国最強の騎士、ナイトオブラウンズにもなれるかもしれない。
そう考えはじめると、2年後3年後の彼らの姿が今から楽しみになってくる。
だがそれはまだ先の話、今彼らに必要なのは生き残るために必要な力を磨かせること。
そのためにも今は私が教えてやれる事を叩きこんでやろう。
手始めに明日からの訓練では地獄を見てもらおう。
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