あの模擬戦からはや1ヶ月半、この間の訓練を一言で表すと地獄だった。
朝8時に訓練室に集合して、そこから昼までは実機で連携の練習をし、小隊の錬度を上げるための訓練を行う。
昼食をはさみ、ダールトン将軍の戦略学を2時間叩きこまれる。
その後は今習った戦略学を実践するために俺たち小隊は一時解散して、それぞれ他の訓練生に協力してもらい、3人小隊や5人小隊の指揮をしてジノやアーニャと戦ったり、ダールトン将軍が指揮する小隊と戦ったりし、訓練が終わるのは午後6時。
慣れとは恐ろしい物で、最初の方は死ぬんではないかと思うほどに疲弊していたが、その訓練を2週間も続けるとその訓練に慣れている自分には驚かされた。
そして1ヶ月経つと、ついに新フォーメーションの使用禁止が解禁された。そのため試しにと一度模擬戦の中で使って見ると、前回との違いが驚くほどすぐにわかった。
違いを一言で言うならば、二人の動きが手に取るようにわかるということだろう。
ジノがどのタイミングでどのように突撃しようと考え、アーニャがどのように援護してくれているのかが簡単に予測でき、おれ自身が以前と比べて格段に動きやすい。
ジノとアーニャも俺と同じようなことを感じていたようで、二人も驚きの声を上げている。
その他にもジノがメインの陣形、アーニャがメインの陣形、俺がメインの陣形、その他にもさまざまな状況を考え、いくつか新しいフォーメーションを試したりして、半月を過ごしてきた。
この期間は実に内容の濃い1ヶ月半だった。
そして今日も同じ訓練が始まると思って訓練にやってきたのだが、今日は何か空気が違う。
学校全体にどこかピリピリとした空気が流れており、教官達は慌てた様子で動き回っている。
俺たちはそれを不思議に思いながらも、訓練を開始した。
しかしどうしても気になり、訓練に集中できず、ダールトン将軍に尋ねてみる事にした。
ダールトン将軍も俺たちの動きを見て、精彩を書いている事を感じたのだろう。
訓練を一時中断し、俺達に事情を説明してくれた。
どうも今日は軍の方から視察が来るらしく、そのせいで教官たちもピリピリしているらしい。
しかも査定の内容いかんではクビもかかっているので、相当張り詰めているようだ。
まあ俺たちには関係ないのでいつも通りに訓練が再開される事になった。
それからはいつもどおりの訓練が行われ、俺たちが午前の訓練を終え、いったんミーティングルームに集合する。
するとそこにはダールトン将軍以外にもう1人、この学校では見慣れない人物が待ち受けていた。
その人物は服装からブリタニア軍人である事がわかる。
しかし身に纏うは一般の軍人が着る軍服ではなく専用の制服、皇帝直々に下賜されたマントは着てはいないが、それでもその身から発せられるオーラはダールトン将軍から感じたものと同等、いや、それ以上かもしれない。
俺たちの前にはナイトオブラウンズの1人、ノネット・エニアグラムその人が待ち構えていた。
"ノネット・エニアグラム"
ナイトオブラウンズの1人でナンバー9。
気さくで明るい女性で後輩の面倒見がよく、ゲームではグロースターでランスロットに乗ったスザクと、この時は専用機を持っていはいなかったがライ、その二人を相手にして圧倒するほどのKMF操縦技術を持っている。
また、ブリタニアの第二皇女であり、コーネリア軍に所属するダールトン将軍の直属の上司、コーネリア・リ・ブリタニアの軍学校の先輩でもあり、親友である。
しかし彼女の専用ナイトメアは結局最後まで出てこなかったので、彼女がどのようなコンセプトを持った専用機を所有しているかなどは不明。
俺の後ろに続くように入ってきたジノは、目の前に現れた超大物に驚き、来る途中に飲みかけていた水を盛大に吹き出した。
少し俺にもかかってしまったので、さりげなく拭いておく。
アーニャも目を丸くして、いじっていた携帯を手から落としている。
「ダールトン先生、そこにいらっしゃるのはラウンズのノネット・エニアグラム卿でありますよね?」
俺の質問にジノとアーニャも同意見のようで、ダールトン将軍の方を向いている。
ダールトン将軍は一つ咳払いを行うと、静かに話を始める。
「そうだ、こちらはラウンズのエニアグラム卿だ」
ダールトン将軍の紹介に応じるように、エニアグラム卿はこちらににこりと微笑みかける。
「なぜラウンズの方がこちらにいらっしゃるのですか? ラウンズのメンバーは確か本国に残られている数名以外は、EUとの戦闘で前線にいらっしゃると思っていたのですが?」
そう現在我がブリタニア軍はEUと戦争を開始している。
そのためにラウンズは皇帝陛下の護衛として最低限の人数しか本国に残っておらず、そのラウンズも実際は本国防衛のための任務についているはずなのである。
「あぁ、その質問には私が答えよう、皇帝陛下からお前たち三人の力量をみて報告するように言われているのだ。それでもし即戦力になるようなら、特例としてお前たち3人をブリタニア軍に入隊させて、現在戦闘を行っているEU方面の軍に配属させるとの事だ。そこでダールトン将軍と話し合ったのだが、何事も経験だ、お前たちには早速ブリタニア軍に入ってもらって戦場で活躍してもらう」
エニアグラム卿はそう告げると、目を鋭くして俺たちを見渡す。
俺たちもあまりに突然のことに、緊張で動けない。
ジノかアーニャがつばを飲み込んだのだろう、あまりに静かなこの部屋ではその音も五月蝿く感じた。
「だが、私自身お前達の実力をじかに感じてみたい。ということで、今からお前達と一対一の模擬戦を行いたいと思う」
突然の宣告に俺たち三人は言葉を失う。
ラウンズと模擬戦? そんな贅沢な訓練は一生軍に所属し続けていてもめぐり合えるものではない。
その事に喜びを隠せないのだろう、ジノは身体を震わせながら喜びの声をあげる。
アーニャは無表情だが、模擬戦をするのに異論はないのであろう。
俺はというと困惑を隠せない。
たしかに自分の実力を確かめるのにこれほどの相手はいないだろう。
だが俺たちはこれから最も危険な場所に配属されると聞かされて、落ち着いてなどいられない。
「それでは早速はじめたいと思うので、お前達も自分の機体を用意しに行け」
それだけ言うと、エニアグラム卿は部屋から出て言った。
「よっしゃ、レイ、アーニャ、俺たちで功績をたてて早く戦争を終わらせようぜ!」
ジノは張り切った様子で俺達に声をかける、ジノの心の中では使命感であふれているのだろう。
しかし現実問題、俺たち3人が出たぐらいで戦局が変わるならその前に戦争は終結するはずだ。
「うん、頑張る。レイもジノも一緒に頑張ろう」
だが、珍しくアーニャも決意を秘めた顔でそう答えている。
アーニャ、そんなこと言われたら頑張らないわけにはいかないじゃないか。
「ああ、俺たちで戦争を終結させるぐらいの意気込みでいこう」
この二人がやる気になっているのに、俺だけがビビッているわけにも行かない。
俺も覚悟を決めよう、こうなったら必死に戦って生き残るしかない。
人と殺しあう覚悟がないわけではないが、やらなければならない。
相手も軍人なんだ、情けなんてかけられない。
「まずはエニアグラム卿に一泡吹かせてやろうぜ」
「「おう!」」
俺の言葉に、二人も拳を握って答える。
「その意気だ、私がお前たちに教えてやれる事は全て教えた。これからしばらくの間、お前達はエニアグラム卿の指揮下に入る。これからは卿の指示に従って行動するように。私はコーネリア様の軍に戻らなければならないので、お前たちとは戦場が違う戦場に立つことになる。だが、その地でお前たちの無事と活躍を期待している。また会ったときには飯でも食べにいこう、私がおごってやる。その時までお前たちはしっかりと生き残れよ」
ダールトン将軍、あなたはいい人だ。こんな中でも唯一俺たちの心配をしてくれている。
絶対に生き残ってご飯を一緒に食べにいこう!
「ダールトン先生、いえダールトン将軍、短い間でしたがご指導いただきありがとうございました。絶対に生き残って将軍の元に会いにいきます。覚悟しててください。もう止めてくれと言われるまで食べまくります」
俺の言葉に苦笑いを浮かべながらも、ダールトン将軍は嫌そうな顔一つ見せない。
「ハハッ、楽しみにしておく、ではその時までお別れだ、お前たちの健闘を祈る」
「「「ありがとうございました!」」」
俺たちの礼を聞いて、ダールトン将軍部屋から出て行った。
俺の目の前にはエニアグラム卿の乗ったグラスゴー、己の実力で勝負するために搭乗する機体はお互いに同じである。
だが目前のグラスゴーからは、機械とは思えないプレッシャーがひしひしと伝わってくる。
俺は機体の最終確認を行いながら、どう攻めるべきか考える。
相手はラウンズ、守りに入ったらこちらにチャンスなど来ないだろう。
しかし、向こうも簡単に隙など見せてはくれないはず。
と言うことはやはりこちらから攻めるしかない。
「それでは両機とも準備はよろしいでしょうか?」
オペレーターからそう通信が入る。
「こちらはいつでもOKだ」
エニアグラム卿はすぐにそう答えると、KMFはこちらに向けて構える。
「こちらも問題ありません、はじめてください」
俺がそう答えると、少しの時間を空けて、オペレーターは戦闘の開始を宣言する。
開始の合図と同時に俺は機体を前進させる。
と、同時にスラッシュハーケンを2つとも射出し、相手の様子を伺う。
目前の敵は最低限の動きで片方をかわし、もう片方はトンファーで弾き飛ばす。
かわされることなど想定済み、俺はハーケンを巻き取りながらスタントンファーで襲いかかる。
その攻撃も機体をわずかに後退させるだけでかわし、二発、三発と攻撃を繰り出すが、全てかわされる。
そして四発目と攻撃を繰り出そうとして、背筋にぞっとした感じをうけて横に緊急回避する。
すると、機体のカメラには、俺が攻撃を繰り出そうとしていた右手に合わせるように、ハーケンが射出されている。
体勢を立て直すためにその場を離れようとするが、エニアグラム卿からの追撃はなく、こちらに機体を向けたまま沈黙している。
あくまでも俺に攻めさせてくれるつもりなのだろうか。
次は攻めを変えてみよう、そう考えた俺は武装をアサルトライフルに変更して射撃を開始する。
エニアグラム卿は回避行動を取りながら同じくライフルを手に取る。
お互いに回避しながらの撃ち合いなのだが、射撃の正確さが違う。
こちらは向こうの後を追うのに必死で、全然照準が定められない。
しかし向こうは、こちらの動きを読んでいるかのように、動く先に射撃が行われる。
今は回避しているが、これを続けていても勝ち目はない。
俺はライフルの射程距離から逃れると、ライフルを直す。
するとエニアグラム卿ももう必要ないとばかりに、ライフルを手放した。
やはり望みがあるのは得意である接近戦。
再び接近してトンファーを繰り出す、更に今度はハーケンを同時に射出させるが、その動きも読んでいたのだろう。
トンファーは止められ、ハーケンはハーケンをぶつけて相殺すると言う離れ業をやってのけられた。
これには焦るが、もう一方のトンファーを繰り出し、止められる。
ハーケンは射出済み、両者手詰まりか・・・と思いきや、敵は更に機体を前進させ、突進してくる。
慌てて機体を後退させるが、後手に回った分動きが遅れ、突進を喰らってしまう。
バランスを崩した俺の機体は転倒し、目前にはトンファーを向けた敵機がこちらを見下ろしている。
「そこまで、エニアグラム卿の勝利です」
オペレーターのその言葉に、相手はトンファーを引いて少し離れて行く。
俺は倒れた機体を起き上がらせると、急いでその場を離れる。
すぐに次の模擬戦が開始されるからだ。
次の相手はジノ、その次はアーニャの順番だ。
結局二人も勝つことは出来なかった。
ジノは得意の一撃離脱を行いながら、チャンスをうかがっていたが、最後は見事なまでのカウンターを決められ撃沈。
アーニャも距離をとりながら射撃で戦ったが、それをかわされ、最後には接近して来た相手に武器を弾き飛ばされる形で敗北を認めた。
ミーティングルームに戻った俺たち三人は、ほとんど良い所のなかったことに意気消沈していた。
「お前達、ご苦労だったな」
部屋に入ってきたエニアグラム卿はそう言うと俺たちを激励する。
だが、負けた俺達にとってはそのような言葉は耳に入らない。
その様子を察したのか、彼女は静かに語りだした。
「この模擬戦はお前たちより上がいると言うことをわからせたかった。戦場では油断、慢心は最大の敵となる。そうなる前にお前たちに思い知らせる必要があったんだ」
その言葉に俺たちも顔を上げる。
「私は今まで多くの仲間が散って行く所を見てきた。その中には百戦錬磨の大ベテランもいた。彼は油断などしていなかったし慢心もしていなかった。それでも死ぬ時は死ぬんだ。戦場に出てからでは遅い。だから少しでも早くそれを取り除く必要があったんだ」
その言葉を受け、俺たちも少なからずその思いを理解する。
確かにどこか油断や慢心と言う気持ちがあったのかもしれない。
「これだけは言っておく、お前達は十分強い! だが、戦場では油断が命取りだ。だから己を磨き続けろ、そして生き残り続けろ! 解ったか!?」
「「「yes, my lord!」」」
俺たちは力強く答えた、そしてそれを見て彼女も優しく微笑んでくれた。
「お前たちは明後日までに荷物をまとめておけ。お前たちはとりあえず私の指揮下に入ってもらう事になる。明後日に私が迎えに来るので、そのままEUの方に向かう」
「「「Yes, My Lord」」」
こうして学生生活が終わり、軍人としての新たな生活がスタートする事になった。
私は皇帝陛下に命令され、士官学校へと赴いている。
なんでも今ここで訓練している3人を見て使えるようなら、EU攻略に連れて行けとの事だ。
私は学生など連れて行けるわけないと考えながらも、ひとまず現在彼らの指導教官をしているダールトン将軍の元へと向かった。
彼は突然の来訪に驚きながらも、こちらの目的を告げると、少し残念そうな表情を見せながらもデータを渡して貰った。
それに目を通しながら、ちょうど眼前で繰り広げられた訓練にも目を向ける。
そこに映った光景を見て、私は目を疑った。
彼らの連携の訓練を見て、こいつらほんとに学生か?と思った。
訓練生のときから様々な人間を見てきたが、この三人はすでにその標準を大きく越えている。
個人個人の腕なら今でも上には多くの人間がいるだろう。
だが私がラウンズになってから、ここまで連携が取れているチームを見るのは、久しぶりのことだ。
おそらく彼らの実力はすでに準エース級のものだろう。
将軍も同意見のようで、彼らを戦場に出すのはまだ早い気もするが、これほどの腕前なら戦争終結を少しだけでも早く出来るかもしれない。
彼らのもっとも得意なフォーメーションの映像を見せてもらったが、私の中の武人の血がたぎってくる。
本来なら軍に配属されるのだが、ラウンズ権限で私の部隊に配属することにしよう。
それに彼らには大事なことを教えてやらないとな、そのためには模擬戦を行うのが一番。
その旨を告げると、ダールトン将軍は呆れた表情を浮かべながらも、あなたの配下にするのなら私が文句を言う筋合いはありません、と言われる。
そして彼ら三人をよろしく頼みます、と頭を下げると、彼はそれ以上何も告げなかった。
彼ほどの武人から頭を下げられたのだ、その願いを反故にするわけにはいかない。
私は彼らが生き残り続けるように、最善を尽くすことを心に誓うのだった。
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