ホクリク征伐を終えたブリタニア軍はトウキョウに凱旋した。政庁には遠征には参加しなかったダールトン将軍やユフィ、その他多くの文官が総督であるコーネリア殿下の帰陣を待ちわびていた。
「お帰りなさいませ、姫様」
「遠征お疲れ様でした、総督」
その場を代表して、ダールトン将軍とユフィがコーネリア殿下に声をかける。公式の場ではユフィもコーネリア殿下のことをお姉さまとは呼ばず、総督と呼ぶようになった。
「あぁ、ホクリクでは皆の活躍で予定よりも早く征伐を終えることができた。政庁の方は私が不在の間変わりはなかったか?」
「はい、黒の騎士団もチョウフの一件以降は大きな活動を見せず、変わりありません」
ダールトン将軍とコーネリア殿下の会話を離れたところで聞いていた俺はユフィがキョロキョロと何かを探すようにあたりを見回しているのに気づく。そしてその瞳が俺の姿を捉えると、嬉しそうにこちらにほほ笑んだ。
状況を考えて手を振るなどはしなかったが、ユフィの視線の先に俺の姿があることに気づいたコーネリア殿下は視線をこちらに流して俺をにらみつける。この人妹のことに関しては本当に感がいいな。
ユフィには悪いが、コーネリアの視線が怖いので俺は隣にいたヴィレッタに今後の予定を尋ね、とくに重要な仕事が入っていないことを確認した俺は、コーネリア殿下たちが政庁の中に入っていくのを見計らって自室へと向かう。
部屋にたどりついた俺はようやく手が空いたことで、今まで果たすことのできなかった大事なことをやろうと思う。
部屋に用意されているパソコンを操作し、俺はブリタニア本国にいるジノに連絡を取る。こちらが通信を送ってから5分もしないうちに、回線はジノとつながった。
「レイ! 連絡がつかないから心配したんだぜ!」
モニターの前に現れたジノは開口一番、俺にそう叫んだ。
「通信を無視する形になって悪かったよ。陛下から俺への沙汰が出るまでは誰とも連絡を取らないつもりだったんだ。それにコーネリア殿下につき従ってホクリク征伐について行っていたんだ。それで今日戻ってきたんだ」
「……それはわかるけどさ、それでもやっぱり連絡がしたかったぜ。だって俺たち戦友じゃないか!」
ジノの言葉に俺は一瞬ポカンとした後、瞳に涙が浮かびそうになる。俺もそうだとは思っているけど、実際に言葉にされるとこんなにも嬉しいものなんだな。
俺はジノにお礼を告げようとしたがそれはできなかった。俺が口を開こうとした瞬間、突然ジノが画面上から消えたのだ。
そしてジノがいなくなった画面上には額に汗を浮かべたアーニャの姿があった。
「ア、アーニャ?」
突然のことに俺も何が起こったのか分からないが、画面越しに想像するとアーニャがジノに突進を食らわせたのだと思う。
「レイ、心配した」
「ごめん、さっきジノにも言ったけど陛下の言葉があるまでは誰とも連絡するつもりがなかったんだ。それでこっちでの軍事作戦に同行していて、今日戻ってきたんだ」
「いい、レイの声が聞けたから安心した」
そういうアーニャの後ろから頭を痛そうに押さえたジノの姿が再び現れる。
「痛いなぁ、アーニャ」
「レイから連絡が来たらすぐに教える約束のはず、でも私が知ったのはエリア11から本国のジノあてに通信が来ているとたまたま知ったから」
静かにジノをにらみつけるアーニャに、画面越しにジノの焦った表情が見える。
「わ、悪かったって。この後すぐにアーニャに教えるつもりだったんだって、本当だ」
ジノが慌てて弁解するが、アーニャはジノをにらみつけるのを止めない。
あぁ、懐かしい光景だ。
俺は思わず笑いがこみ上げるのを我慢できなかった。
「レイ?」
アーニャはジノから目を外し、不思議そうに俺の方を見つめる。
「いや、やっぱり二人と過ごすのは面白いなと思って」
俺の言葉にジノとアーニャの二人も俺の言葉を聞くとうれしそうに笑みを浮かべる。
「当たり前だろ、俺たちはレイと一緒にいる時はいつでも楽しいんだぜ」
「私も」
二人の言葉に俺の心はさらに温かくなった。
「ジノ、それにアーニャ、今回は俺の失態のせいで二人はもちろんラウンズの名に傷をつけてしまった。ごめん」
俺はそう言って二人に頭を下げる。
「レイ、そんなこと気にするなって! 俺たちはそんなこと気にしてないぜ」
「ジノの言うとおり、レイはそんなこと気にする必要ない」
「いや、きちんとけじめをつけておきたいんだ。だからちゃんと謝らせてほしい」
そう言って俺はもう一度頭を下げる。
「……わかった。レイの謝罪はきちんと受け取った。だから頭をあげてくれ」
「私も謝罪を受け入れた。だからもう頭をあげて」
俺は二人の声に従うように顔を上げる、するとモニター越しにアーニャが携帯を構えていた。
「記録」
その声とともにカメラのシャッターの音が響く。突然のことに俺は驚きの表情を浮かべる。アーニャは満足そうに携帯を操作すると、画面を俺にも見えるようにこちらに向ける。
そこにはあまりにも間の抜けた表情の俺の顔が映っていた。
「記録」
アーニャはもう一度つぶやくと今の写真を保存する操作をした。
「レイ、これはまぬけな写真だな!」
ジノはそれを見て、腹を抱えて大きな声で笑っている。俺とアーニャもジノにつられるように笑うのだった。
それから少しの間たわいのない話で盛り上がったが、お互いの仕事もあるので切りのいいところで通信を打ち切った。
つい先日このエリアにやってきていた二人だが、やはり離れていると久しぶりに感じてしまう。それぐらい俺とあの二人の関係も深いものになっているんだろうな。
そんなことを考えていると俺の部屋のドアをノックする音が聞こえてくる。誰だろう、ヴィレッタはKMFの訓練を行っているはずなのでまだしばらくは帰ってこないはずだが。
「どうぞ」
入室の許可を来客者に伝えると、すぐに俺の部屋のドアが開く。
「レイ!」
俺の部屋に駆け込むように入ってきたのはユフィだった。
「ユーフェミア殿下、いかがされましたか?」
「もう、ここには私とレイの二人しかいないんですからそんな他人行儀な話し方はやめて」
ぷんぷんと私怒っていますというユフィの態度に俺も思わず笑みをこぼす。
「ゴメンゴメン、ユフィ。それで今日はいったいどうしたんだ?ユフィの方からこの部屋に訪ねて来るなんて珍しいじゃないか」
俺がこのエリアに派遣されてきた当初こそ今日の様にユフィは俺の部屋を訪ねてきていたが、ある時を境にその頻度は極端に減った。
「あまりレイのところに訪れていたらお姉さまが口うるさくって。今日は遠征から戻ってきたことで報告などがお忙しいみたいですからこっそりと来ちゃいました!」
ペロッと舌を出すユフィに、俺も苦笑いを浮かべる。
やばい、最近大人しめのコーネリア殿下だが、基本的にはユフィLoveなのであまり隠れて何かをしているとどんな無茶のことを言いだされるか。
そんなことを内心考えていた俺だったが、ふとこの間コーネリア殿下と話をしていたことを思い出してユフィに尋ねてみることにする。
「そういえばユフィ、コーネリア殿下がユフィの親衛隊を作らせるというような話をしていたけれど、その話はどうなったんだ?」
俺がこの話題を振ると、ユフィの表情は見る見るうちに不機嫌になっていく。
「それが聞いてください、レイ! 私はそんなもの必要ないと言ったんですが、お姉様は全く私の話を聞いてくださらないんです。そのうえ、専属の騎士もその親衛隊の中から選べと言われて。私思わず頭にきて、お姉様にはじめて意見しましたわ!」
まくしたてるように話すユフィに、俺ははじめて見るユフィの一面を見た気がした。というかこの話をしたのって確かチョウフでの一件の頃だったよな。
どおりでホクリク征伐時のコーネリア殿下は機嫌が悪いというか、やけに前線に出たがるなと思っていたが、そういうことがあったからなのか。
「それじゃあ親衛隊の件は結局どうなったんだ?」
「お姉様がホクリク征伐に戻ってきてから続きをお話しすることになっています。でも私は親衛隊なんて必要ありませんわ」
ユフィもこれで結構頑固なところがあるから、この姉妹の話し合いは長期化するんだろうな。
「俺はコーネリア殿下の味方というわけではないけど、ユフィを守る親衛隊を作るのは賛成だな」
「そんな!」
俺がそういうことを言うとは思っていなかったのだろう。ユフィは非常に驚いた表情で俺を見つめている。
「ユフィ自身はそんなに実感がなくても、ユフィはこのエリアの副総督で、コーネリア殿下の妹なんだ。もっと言ってしまえばブリタニア皇族の血をひく皇位継承者なんだ。ユフィが思っている以上にユフィはブリタニアにとって大事な人間なんだよ」
「ですが私はお飾りの副総督ですし、皇位継承権だってほかの兄弟よりもはるかに低いです。そんな私が
……」
ユフィはそこまで言って言葉に詰まる。きっと優秀な自分の姉や他の兄弟と自分を比べているのだろう。
「それでもユフィはやっぱりブリタニアにとって大切な人間だよ。だからコーネリア殿下もユフィが少しでも安全に過ごせるようにと思ってくれているんだ」
俺の言葉に不機嫌そうだったユフィの表情も少しずつほぐれていく。
「それにユフィにだって自分の考えがあるんだろう。だったらそれをコーネリア殿下にぶつけてみればいいじゃないか」
「え?」
「たとえば親衛隊を設けるにしてもユフィにだって最低限の条件はあるだろう。それを自分の口でコーネリア殿下に伝えて、それで話し合えばいいじゃないか」
ユフィは一度こうと決めたらそれを貫く頑固さがあるが、自分の考えを内に秘めてしまうという欠点もある。実際ユフィはこれまでコーネリア殿下の言うことに従ってきたらしいが、それがすべてユフィの意に沿ったものとは言い難い。
「きっとコーネリア殿下もユフィが自分から意見を言ってくれることを望んでいるよ。だから自分の意見はきちんと口にしないと」
「はい!」
俺の言葉にユフィも笑顔でうなずいた。
「レイも私のことを大事だと思ってくれていますか?」
「当たり前だよ、俺にとってユフィは大事な友達だからね!」
俺の言葉にユフィは少し残念そうな表情を浮かべるが、すぐに普段の表情を取り戻す。
「わかりました。これからはお姉様といろいろ話をさせてもらいます!……どうせならレイが私の騎士になってくれたらいいのに」
ユフィはコーネリアということを宣言した後に何かをつぶやいたが、声が小さく聞き取ることができなかった。
「何か言った?」
「なんでもありません! それじゃあ私はこれで失礼しますね」
そう告げると、ユフィは俺の部屋から出て行くのだった。
おまけ
次の日の夜、俺は今日の分の仕事を終え、宿舎へと帰ろうと部屋を出ようとすると、ドアの前にコーネリア殿下が立っていた。
「ど、どうなされたんですか、コーネリア殿下?」
目の前で笑顔を浮かべているコーネリア殿下に俺は一抹の不安を覚える。
「リンテンド、お前は今日はもう上がりだろう。それならこれから時間があるよな」
がしっと俺の肩を掴みながらそう話しかけてくる。
「い、いや、実は予定が「ないよな!」……ありません」
予定があると嘘をつこうとした瞬間肩を掴んでいる手に力が加えられる。俺は観念してコーネリア殿下の話に付き合うことにする。
「実はユフィのことで話があるんだ。どこかの誰かがユフィに面白いことを吹き込んでくれたようでな。まぁ私としてもそのことについては姉妹の会話が弾んで嬉しかったわけだが、ある程度話が進むと話はその吹き込んだ人物のことに変わっていってな。そのことでぜひお前にも相談したいんだ。夜はまだまだ長い、今日はとことん話に付き合ってもらうぞ」
俺はそれだけ伝えられると、コーネリア殿下に引きずられるように連れて行かれるのだった。
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