out side
「はぁ……」
現在、榊原高校は昼休みの真っ最中である。
もう少しで夏休み……という時期でもあるのに、理華は屋上でため息を吐いていた。
「お、ここにいたのか。どうしたのだ? ため息など吐いて?」
「ん? ん〜……ちょっとね……」
そこに探しに来たらしい美希がやってくるが、理華は落ち込んだ様子で言葉を返していた。
「まったく……何かあったのか?」
「あ〜……その……あっちの方でちょっと困ったことがあってね……」
呆れた様子で問い掛ける美希だが、理華は言いにくそうに答えていた。
理華の悩みとは先日、護衛の仕事で訪れた町で起きた襲撃事件でのことである。
あの時、リリスにこてんぱんにされた理華は、自分の実力に疑問を感じてしまったのである。
なにしろ、アサルトライフルは撃っても当らないか防がれるか……魔法の方も似たようなものであった。
それを思い出し……よくよく考えれば、自分は大して役に立ってないように思えてしまう。
それに考えてみると翔太に無茶をさせないために一緒にいるはずが、無茶ばかりさせていると気付いてしまったのだ。
だから、なんとかしたくてスカアハに相談したのだが――
「生兵法は怪我の元だ。なんとかしたい気持ちはわからなくもないが、下手なことをしても逆効果になりかねん。
今は焦るな。焦ったところで力が身に付くわけでもないからな」
と、言われてしまう。ちなみに現在、スカアハはクー・フーリンと共にボルテクス界で刹那や真名とミナトと共に留守番をしている。
COMPを介して契約した悪魔はCOMPから離れられないと思われがちだが、そんなことはない。
生体マグネタイトの供給が途絶えるだけで、やろうと思えば可能なのである。
また、スカアハとクー・フーリンはある意味特別なのだが……これはいずれ話すことになるので今は省略させていただく。
話が反れてしまったが、スカアハにそう言われたからといって納得出来るかと言えば別である。
理華としては翔太に無茶をさせたくないために一緒にいる。だから、なんとかしたいと思ってしまうのだ。
しかしながら、その方法がわからないためにこうして悩んでしまっていたのである。
「そうか……」
話を聞いていた美希はといえば、あごに手をやって考える仕草をしながら返事をしていた。
この時、美希は何を考えていたのか? それは後に翔太達に関わることとなる。
その日の夜、会議室のような造りの大きな一室に数名の男女がいた。
その者達は暗くなった会議室の中でプロジェクターで投影される写真を見ていた。
投影される写真にはピクシーやノッカー、タンガタ・マヌといった悪魔達が写されている。
なぜ、こんな物があるのか? 良く考えて欲しい。翔太達の世界からボルテクス界に通じる穴は人通りがほとんど無い公園の林の中にある。
そう、人通りがほとんど無いというだけで、人が来ないわけではない。しかも、隠していたわけでもないのだ。
だから、翔太達以外の誰かが穴の存在に気付いてもおかしくはなかった。
では、この者達はそれによって知ったのかといえば、実は少しばかり事情が違っていたりする。
「異世界……話を聞いた時は何を言ってるのかと思いましたが……これを見ているとそうも言っていられないようですな」
投影が終わり会議室の電灯が付くと、男性が沈痛な面持ちでそんなことを漏らした。
もっとも、会議室にいた者達は1人を除いた全員が似たような表情を浮かべていたが……
今見た写真は普通に考えれば合成やCGの類だと思ってもおかしくはない。
だが、この会議室にいる者達の中にはこの写真を撮影するために実際にボルテクス界に行った者がいるし、
その者がボルテクス界に通じる穴へと消えていったのを見送った者もいる。
そんな事実があったために先程見た写真も真実と受け取ることが出来たのだが……
「それでお嬢様はどのようにすべきだとお考えなのですかな?」
そう言いつつ、男はお嬢様と呼んだ者へと体を向ける。その先にいたのは美希であった。
そう、ボルテクス界のことをこの者達に教えたのは美希なのである。彼女は翔太達の手助けをしたいと考え、このようなことをしたのだが――
「私としては早急な調査をすべきだと考えております」
だが、美希はそんな感情を表には出さずにそんなことを言い出した。
彼女とて、証拠も無しに世界が崩壊すると言っても信じられないということには気付いている。
なので、翔太達のことを含めてぼかして話していた。穴も自分が偶然見つけたとしか言ってない。
「確かに……このようなものがこちらに来てしまったら……騒ぎ所ではないでしょうからな」
そんな美希の発言に男の1人がうなずく。彼らはこの時、悪魔が危険な存在だとは思っていなかった。
だが、何かしらの危険性はあるとは考えており、それが今の言葉となって出たのだが……
もし、彼らがあの洋館での出来事を知っていたら……下手をしたら、過激なことを言い出したかもしれない。
ちなみに美希が洋館のことを話さなかったのは、やはり翔太達のことを隠すためである。
それが結果的に功を奏したかは……ここではわからないが――
「では、早急に調査隊を編成しましょう」
「それなのですが……その調査隊に私も加わりたいと思っております」
女性がそう言うと、美希がそんなことを言い出した。その言葉に会議室にいた誰もが驚きを隠せなかった。
「い、いや……お嬢様が行かれる必要は無いかと……」
男の1人が言いにくそうにしながらもそう返した。まぁ、当然とも言えるだろう。
美希は榊原グループ総帥の孫娘である。そんな彼女に何かあれば、ただでは済まない。
下手をすれば自分達の責任問題にもなりかねない。美希の身を案ずるというよりも、自分達の保身のために止めようとしたが――
「いえ、あのような世界を見つけた者として、どんな所なのかを見届けたいのです」
もっとも、美希も引き下がるつもりはない。表向きはそう言ったが、本音は翔太のためにと考えている。
あの時、自分の未熟さのせいで代わりに傷を負ってしまった翔太にわびるためにも……と。
「ご安心を。このことはおじい様を含め、話しておきますので。あなた方には出来うる限りのご迷惑を掛けぬようにいたします」
なので、納得してもらうために美希はそんなことを言い出した。彼女もただグループの令嬢としているわけではない。
立ち振る舞いや部下となる者達の人心掌握なども学んでいた。だから、この会議室にいる者達の考えもある程度読めている。
それ故の発言だが……その一方で自分は人の上に立つのには向いていないなと考えてしまう。
性に合わない……と言えばいいのか、気にくわないと言えばいいのか……表情には出さないものの、そういう気分を感じてしまうのである。
周りは美希こそグループの次期総帥と見ているのだが、美希自身はなる気は無いと周りに言ってある。
自分は自分なりに自由にやるのが性に合ってるからと。もっとも、誰もが美希の話は冗談だと思っているのだが……
ともかく、そんな経緯があって、美希はボルテクス界の調査隊に加わることとなったのであった。
それから3日後――
美希は野戦服に包んだ者達と共にいた。人数は3名。内2人はアサルトライフルなどの銃器やナイフを持っていたりする。
「お嬢。全員、準備が整いました」
「うむ、ご苦労」
お嬢と呼ぶ初老の男に美希はうなずく。高い背にがっちりとした体型。
やや白髪が交じる短い黒髪にうっすらとひげが生えている男の名は君嶋 和夫。
自衛隊にいたが、除隊してとある傭兵グループに参加。その後、SPとして榊原グループに雇われるという経歴を持つ。
実際に紛争などにも参加しており、その経験を買われて今回の調査隊の隊長を務めることとなった。
「しかし、異世界ですか……にわかには信じられませんが……」
と言ってくるのは若い女性であった。やや茶色がかったショートヘアに知性を漂わせる整った顔立ち。
背は美希より少し低く、胸も……だが、整った体型をしている。彼女の名は宮川 香奈子。
彼女は自衛隊学校卒業後、榊原グループのSPとして入社。
電子機器の取り扱いに長けているため、調査機器操作要員として今回の調査隊に参加することとなった。
そして、もう1人は――
「ですが、どんな所か楽しみではありますけどね」
と、楽しそうな顔をしているやややせ細った感じがする眼鏡を掛けた男である。黒髪もボサボサといった感じであったが。
彼の名は西田 京介。大学院生であるが、物理学や量子力学などで優秀な成績を残している。
それが認められ、榊原グループに要請されて参加となったのであった。
さて、調査隊としては人数が少なすぎるのでは? と思った方もいるだろう。
実際、調査隊としては人数は少なすぎる。だが、今から行く場所は未開の地……というだけではない。
どんな危険が待ち受けているのかわからないのだ。その為、もしもの場合の被害を出来るだけ少なく抑えるためにこのような人数となった。
むろん、護衛となる人数が実質君嶋と香奈子の2人だけというのは不安ではある。
なので、奥地には行かずにその日の内に戻ってくる予定となっていた。今は少しでもボルテクス界の情報が欲しいのだ。
「それはそれとして……お嬢様のその格好は?」
「ん? 変……か?」
香奈子に言われて、美希は自分の姿を見回した。美希の今の姿は翔太が探索の時の装備とほぼ一緒なのである。
というのも翔太のその姿を見た時、ちょっとカッコイイと思ってしまい……思わず真似をしてしまったのだ。
ただし、武器の方は日本刀だったり、リボルバーだったりするのだが……
「それと……あの者達はなんなんです?」
「すまぬ……見逃してもらえると助かるのだが……」
君嶋にすまなそうに答える美希。君嶋が顔を向ける先には2人の青年がいた。克也と直貴である。
なんでこの2人がここにいるのか? 2人ともボルテクス界に興味があったのもあるが、翔太がどのようにしているのか気になっていたのである。
話は翔太から聞いてはいるものの、やはり気になってしまっていたのだ。
それで美希からボルテクス界に行くという話を聞き、こうして半ば無理矢理付いて来てしまったのである。
なお、このことは翔太には話していない。美希は話そうとしたのだが、克也と直貴が翔太を驚かそうと秘密にしてしまったのだ。
「まったく……いいか? くれぐれも勝手なことはするなよ?」
「わかってるって。俺達も翔太の様子を見に行くだけだしさ」
「そうそう」
気軽そうに返す克也の横で直貴はうなずくが……忠告した美希は思わずため息を吐いてしまう。
頼まれたとはいえこうして2人を連れてきてしまったこと。そして、2人を連れてきたことで君嶋に睨まれてしまったことで気が重かったのだ。
そんなトラブルがあったものの、美希達は榊原グループの者達の協力で一般人に悟られぬようにボルテクス界へと入っていくこととなる。
「くぅ!?」
「お嬢! 前に出ないで!?」
それから数時間後、美希達は悪魔の群れに襲われており、斬り込もうとした美希を君嶋が叫んで止めていた。
まぁ、ボルテクス界に来たのだから、当然とも言えるが……それを知らない君嶋と香奈子にとっては脅威以外の何者でもない。
美希も知ってはいたものの、翔太達のことを内緒にしなければならないため、話すことが出来ず……
それでも最初の頃は襲いかかる悪魔の数も少なかった為に戦ってこれたが、運悪く群れに当ってしまい――
「こ、これって……やばくない?」
「どう見たってやばいと思うけどな」
直貴が思わず漏らしてしまうが、京介はそれに同意したい気分であった。
今は君嶋と香奈子がアサルトライフルで牽制し、美希が近付いてきた悪魔を斬り倒すという状態だが……
戦えるのがたったの3人。それに美希と香奈子は武器は持っていても戦いに関してはほとんど素人だ。
またそれもあるが、通常の武器では倒しきれない悪魔が何体かがどうしても出てしまう。
その結果――
「お嬢!? 危ない!?」
「え?」
美希の横から倒しきれなかった悪魔が襲いかかってきた。
君嶋が叫ぶが、この位置からでは美希が射線上にいるため、悪魔を撃つことが出来ない。
美希も突然の事に動けず、このまま悪魔の爪の餌食に――
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
なりはしなかった。直後、美希の目の前には見知った後ろ姿が見え――
「な、なんだ……あれは……」
その光景に君嶋は戸惑いの表情を浮かべる。美希が見た後ろ姿の者が動いたかと思うと、次々と悪魔を屠っていったのだ。
自分達があれほど苦戦を強いられた悪魔をいともたやすく……その事実が信じられないが故であった。
「はぁ!」
その間に槍を持つ女性が後ろ姿の者と共に悪魔を屠っていき――
「大丈夫?」
その間に変わった形のアサルトライフルを持った少女が美希達の元へと駆け寄ってきた。
刀を持つ少女や悪魔と思われる者達を引き連れて――
「さてと――」
と思っていたら、後ろ姿の者が声を掛けてきた。美希達を襲っていた悪魔の群れはすでにその姿が無かった。
君嶋と香奈子は後ろ姿の者に畏怖を感じたが……美希はなぜか顔が引きつっていた。というのも――
「なんでお前らがここにいるのか知りたいんだけど?」
後ろ姿の者こと翔太は怒っているように見えたから……まぁ、実際に怒っていたのだが。
あとがき
そんなわけで美希の再登場です。もっとも、助けに行こうとしたら逆に助けられてますが。
さて、次回は美希達のボルテクス界探訪となります。しかしながら、またもやヴィクトルから依頼が来て――
というお話です。お楽しみに〜
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