out side

「逃げるな! 戦え!」
「無茶言うなぁ!」
 アシェラトとの戦いで翔太は逃げ回っていた。理由は単純で力の差がありすぎるからだ。
仲間達と分断され、魔人化すら出来ない状況では真正面から戦うのは自殺行為。人がアリを踏みつぶすのと一緒だ。
むろん、アリは翔太のことである。だから、どうしても逃げ回るしかなく、逃げてる本人も思わず叫び返してしまう。
「その程度か!」
「やっぱり効かねぇ!?」
 それに隙を見て攻撃してもアシェラトには蚊に刺された程度にしかならない。
しかし、ただ逃げ回るわけにもいかなかった。理由はネギ達で、翔太とアシェラトの戦闘の範囲内にその場から動けないでいる。
というのもアシェラトの力が凄まじいからだ。先程の翔太の行動で一時的に正気に戻れたものの、改めて感じる力に恐怖していた。
それに下手に動くと逆に攻撃を受けそうという恐怖感も相まっているのもあった。
「とりあえず、離れてくんない!?」
 翔太もそれをわかった上での警告ではあったが、ネギ達も動こうにも動けない。
この状況に翔太としてはどうにかしたかったものの、今の状況では逃げ回るしか手がなかった。
なにしろ、アシェラトの一撃はあっさりと地面を大きくえぐり、時には大きな穴を穿つ。
そんな一撃を喰らえば、翔太はもちろんのことネギ達だってあっさりと消し飛んでしまう。
その一撃を動かないネギ達が避けれるはずが無く、故に翔太はネギ達に攻撃が行かないように逃げ回るしかなかった。
「どうした? 仲魔がいなければ戦えないのか!?」
「だから、無茶言ってるんじゃねぇよ!?」
 アシェラトの言葉に思わず絶叫するが、状況は変わらない。むしろ、悪くなる一方だ。
結界の中に閉じ込められているので逃げ場が限定されている上にアシェラトが次々と破壊するので逃げ場も無くなってきている。
その上、ネギ達のことも気に掛けねばならず――
「ちっくしょー!? こういう時になんとかしやがれ!? あの馬鹿野郎ぉぉ!?」
 あまりの状況のまずさに翔太が叫んでしまったのはいたしかたないだろう。
で、叫ばれてしまったシンジはというとレッドスプライト号の中でモニター越しに状況を見ていた。
「あ、あの……助けた方が良いのでは?」
「いや、多分ですが今はまだ大丈夫だと思いますよ」
「え?」
 心配そうに問い掛けるフィオナだが、シンジの返事に訝しげな顔になる。
翔太が危ないのは明白だ。だから、せめてネギ達だけでも助けたらと思ったのだが――
「アシェラトさんがその気なら、一撃で全てが終わってますよ。それだけの力を持っていますからね。
ですが、それらしい動きを見せません。確かめたいとも言ってましたし、何かあるんでしょうね」
 珍しく真剣な顔でモニターを見るシンジの話を聞いてフィオナもモニターに向き直した。
確かに自分の知るアシェラトなら魔法の1つもすでに放っていてもおかしくはない。
そうなればネギもろとも翔太を倒すことはたやすいのだし。
でも、今のアシェラトは翔太を執拗に攻撃こそしてるが、それ以外に動きを見せない。
そこまで考えたシンジはある推測を立てた。もし、そうなら取るべき方法は2つ。
他に方法が無いわけでもないが、これからのことを考えると今はその2つの方法を取るしかなかった。
問題はどう実行するかだ。1つはその時が来るまで待つしかないというものだが、それまで翔太が耐えられるかが鍵となる。
もう1つは切っ掛けを作ることだが、その切っ掛けを作るのを誰にするのかが問題だ。下手をすると状況を悪化させかねない。
シンジ自身が行ければいいが、いくら存在を気取られたとはいえのこのこと出て行くのは翔太達の首を絞めるのも等しい。
「手は打っておきますか」
 かといって、ただ見守るのも愚行でしかない。
故に誰にも気取られぬように準備を進めながら、シンジは深いため息を吐くのだった。


「なんのぉ!?」
 もう、数え切れないくらいにアシェラトの攻撃を回避してきた翔太。しかし、それも限界が近い。
体力もそうだが、結果以内の地形がアシェラトによって破壊されたせいで逃げづらくなっているからだ。
「あぁ、くそぉ! いい加減にしろやぁ!?」
「う、翔太……さん……」
 そんないらだちで思わず叫んでしまうが、そのかいあってかネギがようやく動いてくれた。
しかし、下手に動けない状況には変わらず、ネギもそれがわかってか戸惑いを見せている。
それに明日菜達やヘルマン達は相変わらず恐怖で動けない様子を見せていた。
頼りとなる理華達もあと少しで結界そばまで来れるようだが、結界をどうにかしなければこちらに来れないだろう。
「あ〜、ちくしょう!? どうしろってんだあぁぁぁぁぁ!?」
 状況の悪さ……というか、絶望的な状況に翔太が絶叫したのはある意味仕方が無い。
なにしろ、打開策が見つからないのだ。いや、心当たりはあるのだが、それが来ない。
そんないらだちからであったが――
(あ、待てよ?)
 唐突にあることを思い出す。それはもしもの時にとスカアハに言われていた物。
それを持っていたことを思い出したのだが――
(問題はどうやって使うかだよな)
 その事に顔を引きつらせる。使い方がわからないのではなく、別の問題があったのだ。
だから、使うのは躊躇われる。しかし、場合によっては使わずにはいられなくなる可能性も高い。
アシェラトに警戒しつつも何かいい方法はないかと考えて――
「いい加減にせんかあぁぁ!!」
「どわぁ!?」
 アシェラトの攻撃で発生した衝撃に体勢を崩してしまう。
流石に倒れる程では無かったが、今までの攻撃による足場の悪さもあって完全に足を止めてしまった。
そして、それは翔太にとっては悪手でしかない。
「しょ、翔太さん!?」
 これにはネギも慌ててしまう。この隙を逃すアシェラトではなく、すでに石柱のような剣を振り上げている。
逃れられない。そう思ったネギは思わず顔を背け――
「なんのぉ!!」
「ぐおおぉぉぉ!!?」
「へ!?」
 翔太の叫びとアシェラトの悲鳴。それに金属同士がぶつかり合うような轟音が響いたことに驚いたネギは思わず顔を向けていた。
そこで見たのは無事な姿を見せる翔太と、彼から少し離れた所で石柱のような剣を持つ手をもう片方の手で押さえているアシェラトの姿であった。
その光景に何が起こったのかネギは理解出来なかったのだが――
「う、そ……攻撃を……跳ね返した?」
「え、ええぇぇ!?」
 呆然とする明日菜の呟きにネギは驚かずにいられなかった。だが、ネギを除く全員が確かに見ていたのだ。
アシェラトが振るった石柱のような剣が、翔太に触れる寸前で弾かれた所を。
見た感じでは翔太が剣を振るった事で弾いたようにも見えたが――
「たく、やっとなんとか出来るようになったか」
「貴様……何をした?」
「お前らみたいのとやり合う準備ぐらいしとくのは当然だろ? ま、今回はその準備に手間取ったけどな」
 睨んでくるアシェラト対し、ため息を吐いた翔太は睨み返す形で答えていたが――
(さ〜て、これで誤魔化されてくれるといいんだが……)
 内心はとんでもなく顔を引きつらせたい気分であった。というのも、さっきの返事はハッタリだったりする。
というかアシェラトの攻撃を弾いたこと事態、翔太にとってはハッタリにすぎない。
どういう事かというと、以前スカアハに言われて造った物反鏡。
物理攻撃なら神の一撃だろうと跳ね返す物で、それを使ってアシェラトの攻撃を跳ね返したのだ。
そんなことが出来るのなら最初から使えば良かったじゃないかと思われそうだが、そうもいかない事情があったりする。
物反鏡のことを思い出したのがついさっきだったというのもあるが、実は1個しか持っていなかったのだ。
そして、物反鏡が跳ね返せる攻撃は1個に付き1回まで。使ったら砕け散り、跡形も無くなってしまう。
現に士の足下では砕け散った物反鏡の破片が散らばっている。翔太としてはそれを悟られまいと跳ね返す際に剣で弾いたように見せていた。
その一方でそのことを態度に出しそうになって、必死に取り繕ってたりもするのだが。
「なぜだ……」
「はい?」
 と、アシェラトの表情がわずかに曇る。そのことに翔太は訝しげになるが――
「なぜだ……なぜ、それだけの力を持ちながら……貴様は……その力を示そうとしない!?」
「いや、興味ねぇし」
「「「「「「「「「「「「「「は?」」」」」」」」」」」」」」
 どこか悔しそうな顔を見せながら叫ぶアシェラト。彼女は力は示す物と考えていた。
力ある者が正しい世界。それを創ろうと思っていただけに。だが、そのことに翔太は右手を軽く振ってあっさりと否定した。
そのことにアシェラトだけでなく、その場にいたネギ達も呆然としていたが。
「な……き、貴様は……その力をなんとも思わないのか? その力を示そうとは思わないのか!?」
「いや、力があったからってどうしたって話だしな。それにそうしたことで問題が起きたらどうするよ?
というか、普通の生活がしたいよ……本気で……」
 戸惑いを見せるアシェラトに翔太は後頭部を掻きつつ、最後の方では落ち込んだ様子で答えていた。
最近の戦いで忘れがちになるが、翔太はメムアレフの野望に巻き込まれた一般人にすぎない。
その上、ゴスロリ少女の悪ふざけで呪いを掛けられたせいで、逃げ出すことも叶わなくなってしまう。
そのせいで毎日命懸けの戦いとなり……結果として、普通の生活がどれ程尊い物なのかを実感する羽目となった。
だから、翔太に使命感や正義の為にといった考えはまったくと言っていいほど無い。
自分と自分の周りの日常を取り戻す為に戦っているにすぎないのだ。
「な、ならば貴様は……それだけの力をどうするつもりだ?」
「どうもしねぇよ。ていうか、何をしろって言うんだよ? 力だって、気が付いてたら身に付いてたようなもんだし」
 戸惑うアシェラトとは対照的にうなだれたように答える翔太。
実際、力の方も翔太本人が意図して身に付けた物では無い。生き残る為に必死に戦っていたら身に付いたにすぎないのだ。
「ふざけるな……それだけの力を持ちながら、貴様はぁ!!?」
 翔太の言葉に怒りを感じたアシェラトは石柱のような剣を振り上げる。翔太はと言えば、その動きから目を離そうとはしない。
逆に睨み付けながら、振り落とされようとする石柱のような剣を前に跳んで躱し――
「自分の力をどうしようが俺が何しようが、俺の――」
 アシェラトの背よりも高く跳び、持っていた剣を振り上げ――
「勝手だろがああぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!?」
「なっ!!?」
 切っ先をアシェラトの額に突き刺した。しかし、刺さったのは切っ先のみ。
数cm切り傷を付けた程度。だが、それはアシェラトにとっては強い衝撃となった。
傷を受けたからでは無い。翔太の言葉がある意味ショックだったからだ。
力を持つ者はその力を持って何かを成さねばならない。それがアシェラトの考えであり、それが当然である世界を創ろうとしていた。
だが、今の翔太の言葉はそれがどうしたと言わんばかりの物だったのだ。
「力を持つ者は何かをしなければならない。何かしらの責任を持たねばならない。
なんてのは個人的には関係の無い話だと私は思うんですけどねぇ」
 それをモニター越しに見ていたシンジは、肩をすくめつつそんなことを漏らしていた。
シンジの今の話をどう思うかは聞いている者にもよるだろう。現にフィオナは今の話では疑問を感じ、顔を向けていたのだから。
「そうだからそうしなければならない、なんて決まりは実の所無いんですよ。
それはむろん翔太さんにも言えます。本来であれば、翔太さんは普通に夏休みを謳歌している学生さんですしね。
本当なら、こんなことすぐにでも投げ出したいはずですよ。ですが、それが出来ない状況に追い込まれてしまった。
そして、周りがそれをさせてくれなかった。まぁ、私もその1人なので、こんな事言える立場では無いのですけどね」
 ため息混じりに頭を掻きつつ話すシンジだが、フィオナは思わず納得しそうになる。
確かに翔太は本来は普通の学生であったというのは聞いている。だから、本当ならこんな所で戦っているはずは無いのだ。
それを考えるとフィオナは胸が痛くなるような思いであった。本来ならば、自分達の手で決着を着けなければならなかった。
だが、自分達の手の届かない話であったとはいえ、その決着を翔太に委ねなければならなくなってしまったのだから。
「ま、これ以上は長くなっちゃいますから、機会があったらということにして――
さっきの翔太さんの言葉もある意味当然の権利なんですよ。翔太さんが身に付けた力は彼自身の物ですし。
それをどう使おうが、本来は制約を受けたりするいわれはありませんしね」
「ですが――」
「むろん、なんでもしてもいいというわけではありませんが。下手すりゃ、それが元で自分の首を絞めたりなんてこともありますから」
 話を聞いて疑問に感じたフィオナだが、話していたシンジはそう返していた。
実際の話、その者が何をするかはその者次第なのはある意味当然とも言える。ただし、それは後先考えなければの話だ。
その行動が元で自分で自分を殺すことにもなりかねない。全てにおいてというわけではないが、法律などはある意味それを示す物なのだ。
翔太もその辺りの分別はあるので、それを元に言っていたりするのだが。
「ふふ、ははは……ははは……馬鹿だ……ナギのように馬鹿な奴だよ、お前は――」
 一方、その様子を見ていたエヴァは笑っていた。翔太の言うことは見方を考えれば当然とも言える。
だが、それをやれるかどうかになるいと話は違ってくる。というのも、人はうつろいやすいものなのだ。
周囲の状況や自分の心境の変化など。それによる影響で心に決めたことを貫くことが出来なくなってしまうこともある。
実際、翔太の考えはそうなりやすい。周りの者達が翔太が持つ力を危険と見てもおかしくないのだから。
それによる影響は免れないだろう。その一方でエヴァは翔太はその考えを簡単にはやめないとも考えている。
なぜなら、明らかに格上の相手に対して、その意志を貫き通したのだから。そんな翔太にエヴァは輝きを感じていた。
エヴァにとっては眩しすぎる輝きを――そして、それを刹那と真名も感じていた。
また、スカアハもその輝きを感じ……同時に気付く。自分の終わりが近いことに――
それでも悔いは無かった。今の翔太の想いを知ることが出来たのだから。
「なんなんだそれは……貴様は何をしようとしてるんだ?」
「だから、なにもしないっての。俺は俺の生きたいように生きたいの。まぁ、それは簡単なことじゃないんだがな」
 動揺から瞳を振るわせるアシェラトに対し、翔太は遠い目をしながら答えた。
生きたいように生きる。大抵の人はそのようなことを考えたことはあると思う。翔太の今の願いもそのようなものだ。
が、それが難しいのも翔太はなんとなくだがわかっていた。今の状況があったらというのもある。
まぁ、普通に生活するにも仕事とかしなければならないのだ。それに気付いたが故の遠い目であった。
ところがこの翔太の一言がアシェラトに偉く衝撃を与えることとなる。
「生きたいように生きる……だと?」
 その一言を言い返しながら、アシェラトは自分の両手を見つめた。
ボルテクス界の悪魔は一見すると自由に生きているように思える。だが、実を言えば(ことわり)に支配された存在であった。
どういうことかというと悪魔にもよるのだが、一種の行動理念を与えられいる。そして、大抵の悪魔はその行動理念に(のっと)って行動する。
といっても必ずしもというわけではない。その例として、仲魔になった悪魔を見ればわかると思う。
その行動理念与えるのは何者なのかはいずれ語るとして――
アシェラトも行動理念を与えられ、それに則って行動していた。ただ違う所があったとすれば、アシェラトが力ある悪魔であったことだろう。
力ある故にその意志の力も強く、与えられた行動理念に抗うことは出来た。
ただ、アシェラトの場合は行動理念を感じ取り、それこそが悪魔にとっての最良と考えていたのである。
力ある者が正しい世界。それこそが悪魔が求める世界だと信じて――
「力あるならば……その力で邪魔な者を排除すればいい。そうすれば、お前は生きたいように生きることが出来るではないか」
 だからこそ、アシェラトはそう考える。生きるように生きたいなら、持っている力で成し遂げればいい。
少なくともそうすることが翔太には出来ると思っていたのだ。思っていたのだが――
「じゃあ、聞くが? 自分より強い奴が現れたらどうするのよ?」
「え? な――」
 しかし、それは翔太の指摘に言いよどむ結果となった。
力ある者が正しいというのは、別の考え方をすれば自分より強い者に従うということになる。
ただ生きるという分ではそれでいいのかもしれない。だが、生きたいように生きるのには障害にしかなりえないのだ。
自分より強い者にその生き方を邪魔されるのは目に見えているのだから――
「結局の所、力が全てというのは力ある者の勘違いみたいなものですよ。それで片付けられるほど、世間は甘くありませんからね」
 モニターでその様子を見ていたシンジの言葉にフィオナはある意味納得していた。
タカハシ達も絶望的な力の差がありながらも、協力し合うことでメムアレフとの戦いに勝利した経験を持つ。
方法さえあれば例え力の差があろうとも戦い、勝利することが出来る。むろん、それは簡単なことでは無い。
それでもタカハシ達はそれを証明してみせたのだ。だからこそ、フィオナはシンジの話に納得出来たのである。
 一方でその経験が無い者にしてみれば、それは戯れ言に思えるだろう。
現にアシェラトもそう考えるはずであった。翔太との戦いが無ければ――
前回は仲間達との協力もあって打ち倒され、今もたった1人でこうして自分に傷を付けた。
その事実がアシェラトの考えに揺らぎを生んだのだ。
「生きたいように生きる……そんなことが出来るとでも……」
「まぁ、俺がそうしたいってだけだけどな」
 震えたように問い掛けるアシェラトに、翔太は後頭部を掻きながら答えた。
まぁ、翔太の場合は深く考えてないというのもある。なので、そんな風に生きられればいいな程度でしか考えてない。
だが、軽い気持ちでという訳では無い。これまでの戦いで色んな目にあってるだけに、そんな風な生き方を考えるようになったのだ。
その考えがアシェラトの想いに変化をもたらそうとしていたのだが――
「認めるか……」
「はい?」「え?」
 が、不意に聞こえてきた声に翔太とネギは思わず顔を向ける。そこで見たのはうつむきながらも立ち上がるヘルマンの姿であった。
「認めるか……貴様のような人間を……認めてたまるかぁ!!」
 叫びながら顔を上げたヘルマンは悪魔の姿になったかと思うと口から光の渦を放った。ヘルマンとしては翔太が認められなかったのだ。
確かに身に付ける武具からはなんらかの力を感じる。だが、翔太自身からは気も魔力も感じない。
ネギの父であるナギのような魔法使いならまだしも、”ただの人間”が”力も示していない”のにアシェラトのような巨大な存在を言い負かす。
魔族であるヘルマンにとってはそんなことは認められるものではなかった。なまじ、『力が全て』であると考えている為に。
だから、翔太を殺そうとした。いや、そんなのは生ぬるい。永遠に石にしてやると攻撃を仕掛けたのである。
確かに翔太は才能の無さもあって、その手の力を持たない。持たないが、この時ヘルマンは見誤っていた。
ネギ達の世界の京都での出来事を知らないのもあるが、アシェラトの存在の大きさばかりに目が行き、翔太の力に気付いていなかったのだ。
「な!?」
 その光の渦を翔太は緩いカーブを描くように前に跳んでヘルマンの前に立つ光景にヘルマンは目を見開いて驚いた。
翔太が攻撃を避け、自分の前に立ったことではない。速い動きがあまりにもありえなかったからだ。
ネギ達の世界では素早い動きをする為には気や魔力を用いて行う。瞬動(しゅんどう)と言われる、一種の移動術である。
先程も言ったが翔太にはその手の才能は無く使うことが出来ない。己の身体能力のみで動くしかないのだ。
しかし、翔太はマグネタイトが満たされたボルテクス界で戦ってきたことによって身体能力が強化されている。
流石に瞬動ほどの速力は出せないが、瞬動以上の自由度で素早く動けるようになっていたのだ。
そして、ヘルマンはそのことを知らない。知らないが故に今の翔太の動きに驚いたのである。
「がぁ!?」
 驚いたが為に動きが止まったヘルマンは、そのまま翔太に蹴り飛ばされる。
まるで大砲を撃ち出すかのように弾き飛ばされるヘルマン。そのことと腹部に受けた蹴りの衝撃の凄まじさに悲鳴を上げた。
魔族としての耐久力と魔力による強化。そららを気も魔力も無いただの蹴りで打ち抜いたという事実にヘルマンの顔は驚愕に染まる。
「ぐおわ!?」
「「「ヘルマンのおっさん!!?」」」
 そのまま地面に激突するように倒れたヘルマンと、そのことに驚く明日菜達を拘束していた3匹のスライム娘達。
一方、蹴り飛ばした翔太はといえば、立ち直して持っている剣を肩に置き――
「あれ? 思いのほか飛んだような……もしかして、セイバーやランサーとかよりも弱い?」
 などと、見当違いな考えに冷や汗を流してたりする。
ちなみに翔太が異常なだけで、ヘルマンの力はセイバーやランサーに決して劣る物では無い。
無いのだが、相性を考えるとヘルマンの劣勢は否めないだろう。セイバーには高い耐魔力があるし、ランサーにはゲイボルグがあるのだし。
「く、が……な、馬鹿、な……気も、魔力も使ってないのに……なぜ、これほど、まで、に……」
「とりあえず、これまで戦ってきたのがとんでもない奴らばっかりだったからな。これくらい出来ないと戦えなかったんだよ。
というか、なんでまた出来るようになってるかね、俺……」
 ふらつきながらも立ち上がろうとするヘルマンに翔太は遠い目をしながら答えた。
確かに今まで戦ってきたのがヘルマンを歯牙にも掛けない者達だった。というか、神やら魔王やらである。
これくらい出来ないと本当に戦えなかった。ただ、翔太としては身に付けた力のことに困ることもあったのだが。
「ふざ、けるなぁ!?」
 その翔太の言葉がヘルマンをいらつかせた。持っている力を自慢しないのはまだいい。
しかし、翔太は持っている力が厄介だと言わんばかりのものだった。少なくともヘルマンにはそう見えたのである。
それはある意味間違っていない。翔太は望んで今の力を得たわけではないのだから。
ヘルマンにはそれが許せなかった。それだけ力を持ちながら、その力をそう見ている翔太が。
「それだけの力を持っているくせに、貴様はぁ!?」
 だから、全ての力を拳に集め、翔太に襲い掛かって拳を振り下ろした。
瞬動による間合い詰め。翔太はこちらを向いていない。殺れる! 少なくともこの時のヘルマンはそう考えていた。
「がはぁ!!?」
「「「ヘルマンのおっさん!?」」」
 だが、身を仰け反らせたのはヘルマンだった。そして、その光景にスライム娘達は同じ悲鳴を上げた。
斬られていた。いや、両断されていた。左腰から右肩に掛けて、ヘルマンは両断されていたのである。
「悪いけどな。そういう動きはいつも見てるんでね」
 そして、それを実行した翔太は剣を振り上げた体勢のまま、表情も変えずに言い放っていた。
今まで戦ってきた悪魔の中にはヘルマンのような動きをしてくる者もいたのだ。
だから、翔太としては見慣れたもの。だからこそ、迎撃出来たのである。
「あ、な……な、んなん、だ……貴様、は……」
 かすれた声でヘルマンは問い掛けた。実感しているのだ。自分の命が消えようとしていたことに。
なまじ、致命傷とも言える傷に翔太の中で出来た『神魔殺し』の概念。それによって、ヘルマンの命が消えようとしていたのだ。
その問い掛けに対し、翔太は顔を向け――
「そうだな。真面目に答えるとしたら、厄介ごとに巻き込まれた一般人……かな?」
 どこか悩んだような顔を見せながら答える。翔太としては自分のことは一般人であるとは考えている。
いるのだが、なぜか今の言葉に凄く違和感を感じてしまったのだ。理由はわかってはいるが、わかっているからこその表情だった。
なまじ、(ああ普通じゃないよね、俺って……)と内心思っていただけに。
「いっぱん、じん……だ、と……お前が……」
 その返答が驚きだったのだろう。ヘルマンの表情は驚愕に引きつり――そのまま消え去ってしまう。
「お前ぇ!?」「よくもぉ!?」「ヘルマンのおっさんの仇ぃ!?」
 それを見たスライム娘達は翔太へと襲い掛かった。
ヘルマンが倒された。それがスライム娘達には許せなかったのだ。
それに自分達なら翔太は驚異になり得ない。自分達の体は斬ることも打撃を与えることも出来ないのだから。
確かにスライム娘達の考えは間違っていない。翔太自身の攻撃方法では有効的な攻撃が出来ないのだ。
だからこその勘違いだった。翔太自身には無いだけで、自分達を倒す方法が無いわけではないことに。
「マハラギオン!」
「「「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」」」
 突然、横合いから激しい炎の渦がスライム娘達を呑み込む。そして、スライム娘達はそのまま炎の中へと消えてしまうのだった。
「大丈夫、翔太?」
「みんなか……ていうか、いつの間に?」
 声を掛けてくる理華に翔太は体を向けながら首を傾げる。
というのも、先程までの様子であれば理華達がこちらに駆け付けるのはまだ先だと思ったからだ。
「それがいきなり戦っていた悪魔達や結界が消えたんだ。おかげでこちらに来れたんだが――」
「はぁ? おい、どういう――へ?」
 美希の返事に更に首を傾げ、どうしてなのかと聞こうとして振り向いた翔太は目を見開いた。
その先にいたアシェラトの体が風景に溶けるように消えようとしていたのだ。
「生きたいように生きる……それがお前が持つ輝きか……」
 笑みを浮かべるアシェラト。実は翔太がヘルマンと戦っていたのを見ていた彼女は気付いた。
生きたいように生きる。それを貫こうとする翔太の意志の輝きを――
だからこそ思ったのだ。そのような生き方もあってもいいのだと。
「私は答えを得た。生きる者の生き方に決まりなど無いことを……それをお前は見せてくれた……
だが、私が得た答えは……我らが母にはお気にめさなかったらしい……全ての繋がりを……断ち切られた……
私は……消えるだろう……体も、意志も……それでもいい……私は答えを得られたのだから……」
「てぇ!? いきなり勝手なこと言ってんじゃねぇ!?」
 笑みを浮かべたまま消えようとするアシェラト。その光景に翔太は慌ててGUMPを構えた。
アシェラトを助けたい……というわけではない。
「今まで知らない内に変なことに巻き込まれてるんだ! いい加減、全てを話してもらうぞ!」
 そう、翔太は今まで自分の知らぬ内にとんでもない事態に巻き込まれていた。
今はある程度は解明されてはいるものの、それでもわからぬこともある。
それ故に翔太としてはアシェラトにわからぬことを聞く為にも、このまま消えてもらっては困るのだ。
「我を……仲魔にしようと、いうのか? だが……それも面白いかもしれんな……
我は答えを得た……だが、我の生き方は未だ見えぬ……それを見せよ……我は地母神アシェラト……そなたと契約を交わそうぞ」
 笑顔を浮かべるアシェラトがそういうと、光の塊となって翔太が持つGUMPに吸い込まれていった。
そのことに安堵のため息を吐く翔太。なにしろ、重要な情報を持つであろう者を仲魔に出来たのだ。
これで事態が好転するかもと考えたのである。
「ふむ、どうやら無事に終わったみたいですねぇ」
「どちらへ?」
「ここでのことは終わりましたからね。なのはさん達の世界に戻って、やり残したことを済ませてきます。翔太さん達にはそうお伝えください」
 問い掛けるフィオナに振り返って歩き出したシンジはそう答え――
「それに今の翔太さんなら、この後に控えていることも解決出来るでしょうからね」
 誰にも聞こえぬ声量でそんなことを呟くと、その姿が消えてしまう。
シンジの呟きに気付かないフィオナはそれもそうかとモニターに向き直していたが。
「さてと、とっとと出てこい。知ってることは全部話してもらうからな」
 一方、翔太はGUMPを操作してアシェラトを召喚しようとしていた。
その様子を事態が終わったことで集まっていたタカハシ達やネギ達も注目しており――
「ふむ、契約早々呼び出しとはな」
「聞きたいことが山ほどあるからな……って、何その格好!?」
 そして喚び出されて髪をか掻き上げるアシェラトに翔太はそれを言おうとして驚く。
というのも、アシェラトの姿が先程とは大きく変わっていたからだ。背の方は翔太と同じくらい。
長すぎるブロンドの髪に均整の取れたスタイルと豊満すぎる胸はそのままだが、肌の方は陶磁器のような白さを持つ人肌になっており――
瞳の方も金色でありながら、人と変わらぬ物となっていた。そう、今のアシェラトは人と変わらぬ姿になっていたのである。
人と変わらぬ故に今のアシェラトの姿は色々とまずかった。というか、女性が裸体をさらしているのと変わらなかった。
ちなみにだが、アシェラトは生えていない。何がとは言わないでおく。あ、それと額には小さいながらも傷跡があったりするが。
「そなたと契約した影響かもしれんが、何が原因かは我にはわからぬよ。マグネタイトの方は十分に供給されておるしな」
「あ、そう……とりあえず、何か着てくれ……ていうか、隠せよ……」
「ふん、何を隠す必要がある。我は我のままをさらすのみ!」
「こっちが困るんだよ!? ていうか、堂々と露出狂宣言してんじゃねぇ!?」
 自分の体を見回した後に胸を張って答えるアシェラトに、声を掛けた翔太は思わず絶叫してしまう。
まぁ、今のアシェラトの姿は色々とまずい。現にネギは明日菜の手によって目隠しされてるし、タカハシら男性陣も気まずそうに顔をそらしていた。
ちなみにタカハシ以外の男性陣の本音としては見たかった。見たかったが、そうすれば後がどうなるかが予想出来た故の行動である。
なにしろ、この様子はレッドスプライト号にもわかっているはずなのだし。
 一方、エヴァ、刹那、真名は自分達のある部分を見ていた。
どこなのかは、彼女達の名誉の為にあえて言わないでおくが、アシェラトに負けていたとだけ言っておこう。
約2名は確実に負けてはいるのだが……
「ふふ……まさか、アシェラト程の者を言い負かすとは、な……」
「いや、これって言い負かしたって言うのか、ってスカアハ?」
 言われたことに呆れた様子を見せていた翔太であったが、おかしなことを感じて顔を向ける。
なんというか、スカアハの言葉が今までと違って覇気が無いように思えたのだ。
それでどうしたのかと思い、顔を向けてみたのだが――
「スカ……アハ……」
「どうやら、もう限界が来たようだ……だが、不安は無い……今のお前ならば、大丈夫だと思えるからな……」
 その光景に翔太と他の者達は呆然としていた。なぜなら、スカアハは光り輝く粒子に包まれていたのだ。
見ようによっては幻想的にも見えるが……微笑みながらも力ないスカアハの声に誰もが不安を募らせていた。
「ちょ、ちょっと……どういうことなの? 何が起きてるのよ?」
「私には……元から時間は無かった……今、その時間が尽きた……それだけだよ……」
「はぁ? どういうことだよ、それって――」
「それは、後で翔太から聞いてくれ……翔太、今のお前ならば……私がいなくても大丈夫だろう……だから、あの子のことを頼む……」
「スカアハは……ヴォルフィードは、本当にそれでいいのか?」
 戸惑う理華やクー・フーリンの言葉に微笑みを浮かべたまま答えるスカアハ……いや、ヴォルフィード。
そんな彼女に対し、翔太は問い掛ける。本当にこれしかないのか? そう思ったから――
「どのみち、私は消える運命だった……それが今だったというだけだよ……それに私には悔いは無い……
今のお前を見られたから……私はここで終わる……だから、あの子を頼んだ……ぞ……」
「ヴォルフィード!?」
 それに対してヴォルフィードは笑顔のままに答え、言い終えると共に崩れ落ちるように倒れてしまう。
それを見て、翔太に理華や美希達も駆け寄る中、ヴォルフィードの周りに漂っていた光の粒子が消えると共にその姿に変化が起きた。
地に付きそうなくらいに長いエメラルドグリーンの髪に白いワンピースのような服を纏ったような姿に変わったのである。
そして、姿が変わった彼女は両手を顔に当てながら泣いていた。
「あ、えっと……ヴォル、フィード?」
 その様子に翔太は戸惑った様子で声を掛けた。
姿が完全に変わってしまったというのもあるが、普段とは違うヴォルフィードの様子を見た為だ。
その呼び掛けにヴォルフィードは顔を上げ――
「え? スカアハ? ていうか、ヴォルフィードって何?」
 その顔を見てミュウもまた戸惑う。その顔は少女の物でありながら、ヴォルフィードの面影は残していた。
残してはいたが、ヴォルフィードでは決して見せないような怯えたような、弱々しい表情を見せていたのである。
「いえ……私はキャナル……申し訳ありません……私はヴォルフィードさんでは無いのです……彼女は……消えてしまいましたから……」
 誰もが戸惑う中、ヴォルフィード……いや、キャナルと名乗った少女は涙を浮かべながら、そう答えるのだった。



 あとがき
というわけで久しぶりすぎる今回のお話はいかがだったでしょうか?
ネギ達の問題が解決しないままでヘルマンを倒してしまうというハプニングはあったものの、なんとかアシェラトを仲魔にした翔太。
が、今度はスカアハことヴォルフィードが消えて、そこに現れたのはキャナルと名乗る少女。彼女は何者なのか?
なぜ、ヴォルフィードとなっていたのか? それは次回でのお話。
そんでもって、シンジ君は何をしてるかは番外編にて。というわけで、次回またお会いしましょう。
次回がいつになるかわからんが……



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