裏目、裏目と出る結果に迷う
信じてきた道に疑問を感じている
だが今更後戻りは出来ない事を知っている
ならば此処からは最善の手段を取り改善していこう
誰の為でもない
自分の生き様に誇りを持つために
僕たちの独立戦争 第五十五話
著 EFF
暗い部屋で男達は話し合う。
「我々こそが木連を支えてきたのだ。
それを知りながらあの男は卑劣にも裏切っていった」
「その通りだ、我々こそが木連を導いていくのだ」
「裏切り者には正義の鉄槌を!」
一人の言葉に全員が唱和していく。
彼らは元老院――木連を創設した者達の子孫であり、権力の一部を未だに所有する者達であった。
だが彼らは子孫であって、創設した者では無いという事を忘れている。
ただ権力を世襲しただけの存在であるという事を理解していないのだ。
そしてこの戦争で彼らの特権が少しずつ失われていく事を彼らは認められないのだ。
「草壁を粛清して、我々の実力を見せようじゃないか。
我々こそが正義であり、火星に尻尾を振る和平派など排除してこの戦争を勝利に導こうではないか」
その事に気付かずに彼らは行動を開始する。
既に自分達の配下を失い、満足な行動も出来ない事を知っていながらも……妄執を捨てきれずに。
木連に混乱を呼び込み、住民を巻き込んでの内乱へと導くように。
海藤は新型戦艦むつきの軍事演習の名目で艦隊を動かしていた。
火星の前線基地があると思われる宙域を目指して。
「か、艦長!?」
索敵を担当していた乗員が焦るように話す。
「前方に我々の戦艦が待機しています、な、なんで?」
「重力波砲を撃ってきました!」
威嚇するように低出力の砲撃を開始する戦艦に艦隊は右往左往する。
ある艦は反撃をしようと砲撃し、ある艦は艦載機の飛燕を発進させようとする。
「慌てるな!」
海藤が艦隊に一喝を入れると艦隊は落ち着きを取り戻し、無秩序な行動を止めて行く。
「後退しつつ、陣形を再編する!」
海藤の指示に艦隊は動きを合わせて、乱れた陣形を整える。
「向こうの様子はどうだ?」
「動きはありません……何なのですか?」
副官の新田真一は不安そうに海藤に聞く。
「おそらく火星が鹵獲した我々の戦艦を使ってこの宙域の防衛に使用しているのだろう」
海藤の考えを聞いたむつきの艦橋の乗員は声が無かった。
「ど、どうやって!?」
驚愕の表情を見せて、新田は海藤に詰め寄る。
「閣下とも話したが、火星は跳躍技術を我々より高度な活用をしている可能性があると俺は推測した。
その結果がこの基地だな」
画面に映る要塞化している衛星に目を向ける。
見事としか言いようのない完成度の基地であった。
(おそらく連射式の重力波砲が八門はあるか……他にも何かありそうだな)
備え付けてある重力波砲が八門に、周囲を警戒するように無人戦艦が配置されている。
(数は数隻だが所々に改修された後もある。
どの程度の強化されたか分からんな。
後は機動兵器の配備された数を調べないと)
海藤は砲撃をせずに待ち構えている自分達が使用している戦艦と同じ艦を見ながら状況を考える。
『やっと気付きましたか』
『ホント、遅いよね』
この基地を管理していたクシナダヒメの端末からプラスに報告が行われる。
『遅すぎですね。私は退屈でしたよ』
クシナダヒメ――オリンポス研より徴用して改修されたオモイカネシリーズの一体が状況を火星へ送っていく。
木連の監視を続けてきた彼女?は木連の行動の遅さに呆れていた。
……専守防衛を第一にしていたので、出番は無かったので拗ねているのかもしれない。
『暇だった分、ラピス達と一杯遊べたんだからいいじゃないか』
『それとこれとは別ですよ、プラス。
私はキャンサーでの木連攻撃以降は火星でお留守番なんです。
あなたやオモイカネのように自由に動けないのですから』
オリンポス研の時からクシナダヒメは研究の補助を担当していたので、デスクワークが主体の仕事が多いのだ。
火星でもヒメの役割は開発局での仕事を中心に分析と管理がメインになっている。
この世界ではダッシュに次ぐ経験を持ち、オモイカネシリーズの姉にあたる存在でもあった。
そして開発局では彼女がイネスの相手をするのでスタッフからは非常に重宝されているのだ。
『これで退屈な時間も無くなります。
さっさとこの基地を撤収して火星での仕事に専念したいものです。
イネス博士の説明を聞くのは楽しいですから』
本業の研究の補助と分析に専念したいとヒメは考える。
両陣営は一定の距離で睨み合う様に固定してる。
火星側はヒメだけなので平然としているが、木連側は緊張の度合いが大きく乗員達の顔には焦りの色が見える。
『やはり火星は跳躍を実用化しているのだな』
苦い表情で草壁は海藤からの報告を聞いていた。
「その様です。艦艇の総数は十隻もありませんが、衛星自体が要塞の様に改造されています。
まともに踏み込むのは躊躇います」
「か、艦長!」
「なんだ、向こうが動いたのか?」
草壁との通信を遮る声に海藤は状況が動いたのかと聞く。
「つ、通信が入ってきます、音声のみのですが」
『繋いでくれ』
草壁が指示を出すと女性の声が艦橋に響く。
『こちら火星宇宙軍、そちらの所属と目的をを告げなさい。
回答なき場合は全力を持って殲滅します』
火星宇宙軍と告げられて乗員達は海藤の推測が当たった事を知り、更に動揺の色を濃くしていた。
「こちら木連優人部隊所属、戦艦むつき。
軍事演習を兼ねた試験航海中、そちらと接触した。
此処は木連の支配宙域だが」
『あなた方が放棄した衛星群を使用しても構わない筈です。
戦争中だという事を忘れた訳ではないでしょう。
我々はあなた方が行った侵略行為を赦した訳ではありません。
停戦を行い、和平を結んでいないのに引き上げる道理などあるのですか』
戦時中に何を言っているのだと言われて海藤も草壁も言葉に詰まる。
戦う為に橋頭堡を造る事は卑怯ではないのだ。
気付く事が出来なかった自分達の側に問題があるのだろう。
『現在、停戦の条件が出ているので威嚇に留めましたが、こちらの防衛線に入るのなら覚悟して下さい。
なお、火星コロニー連合政府からの言葉があります。
『停戦を行い、和平を結べば、この基地は放棄しましょう』との事です。
この基地の目的は監視と専守防衛が中心のものです。
現状の指示では積極的に活動する気はありませんので、早く停戦と和平へ向けての条件を取り決めて下さい』
この基地を放棄させたかったらさっさと和平しろと言われ、海藤は何とも言えない複雑な顔をしている。
「閣下、私が此処でしばらく監視しましょうか?」
『うむ、現在火星とは交渉中だ。
攻撃する気はないが、一応の監視だけはしなければならない事は明白だ。
すまないが、停戦と和平の条件を急ぎ火星と取り決めるので待っていてくれ』
海藤の意見に草壁も複雑な顔で話す。
攻めるのは簡単だが、火星と敵対する事は避けたいのが本音なのだ。
火星の言は信用できると思うが、あまり弱腰でいる事は立場上問題がある。
(また厄介な問題が出てきたものだな。
高木君の報告通り、火星は跳躍技術を実用化出来たのかもしれん。
私は藪を突いて蛇を出してしまったのか?)
開戦当初は火星との技術格差はあまり無かったが、戦争が進む事で火星は技術を大きく進歩させている事が判明している。
(おそらく戦争という過酷な条件が火星を本気にさせたのかもしれん。
これが……身から出た錆という奴か)
草壁は本気で安易な軍事行動に出た事を反省している。
『では、こちらの防衛ラインをお教えしますので踏み込まないように気をつけて下さい』
「了解した」
送られてきた情報を見て、海藤は艦隊を移動させて監視する。
これより火星との奇妙な睨み合いが続く事を知り、乗員達も複雑な心境でいた。
部下達が緊張で壊れないように非常に胃の痛い思いをしながら艦隊の心理面の疲労度を抑える労力に全力を注ぐ。
火星と停戦するまでの二ヶ月ほどの期間、海藤は艦隊の維持に苦労する事になる。
―――こうげつ 艦橋―――
『―――と言うことで君の懸念が当たったようだ。
火星は跳躍に関しては我々より精度の高い技術を確立した事が判明した』
苦々しい顔で話す草壁に高木も顔を顰めていた。
『第二陣として海藤君の部隊を送る予定だったが、火星の基地の動向の監視に充てる事になる。
一月ほど遅れるが三陣として編成中の部隊を送る事になりそうだ』
「了解しました、こちらは予定通り月攻略を行うと同時に作戦名「影月」を行います」
『うむ、「影月」に関しては君に一任するが、無理だと判断したら行わなくてもいい。
今の状況では無理は禁物だぞ』
「分かっております」
『私の失策かも知れんな』
「はあ?」
苦笑する草壁に高木は思わず唖然としていた。
『火星を地球と同じだと判断したのは間違いだったのかもしれない。
戦争という過酷な条件を突きつける事で、逃げ場のない火星の住民を本気にさせてしまった』
沈黙が漂うこうげつの艦橋で大作が話す。
「それは違います。
あの時点では軍事行動を起こした事は間違いではないと私は思います。
火星の実力を見極め損ねた我々の責任であって、閣下お一人の責任ではありません」
「そうです、閣下。
閣下お一人の責任などと言わないで下さい。
勝てると判断して、浮かれていた我々にも責任があります」
高木も自分達の行為を思い出して険しい顔で話す。
『すまない、少し弱気になっているのかもしれん。
木連を行く末を考えて、行った事が裏目に出ているのでな』
「まだ最悪の事態にはなっておりませんぞ。
我々は間違った選択をしたかもしれませんが、まだやり直せる状況です。
閣下お一人に責任の全てを押し付けるような無様な事はしませんのでご安心を」
高木が敬礼をするとこうげつの艦橋にいる者が全員敬礼をして草壁に応える。
『……無理はするな、生きてこの地に戻ってくるのだぞ』
草壁も敬礼して応えてから通信を閉じる。
「俺達のせいで……閣下に苦労を掛けるな」
通信を終えてから、高木は大作に話す。
「これから閣下のお力になれば大丈夫です、提督」
「そうだな、そうならんとな」
「では、その為に月を攻略しましょう。
準備は完了していますので、あとは提督の号令を」
「よし、全艦発進せよ!
目標は月、我らは閣下の理想を叶える為の剣とならん!」
高木の号令と共に艦隊は次なる戦場へと動き出す。
――月攻略戦の始まりであった。
通信を終えた草壁の執務室に北辰が入ってくる。
「閣下、元老院に不穏な動きが」
「まだ諦めないのか」
草壁は呆れた様子で報告を聞く。
「はい、御身の安全を確保して頂きたい。
実行出来るほどの者は既に居らぬが、どのような無謀な行動を起こすかしれぬ」
北辰の懸念に草壁も思案する。
「軍内部の強硬派と結託されると困るな」
「然り、軍事行動を起こすやも」
北辰の意見に草壁は腕を組んで考え込んでいく。
(いっそ、暴発させるか?、いや……その行為は危険か?
内乱へと発展して行く事になる。
今の状況で内乱など起きれば、地球との決戦の前に国内の疲弊を増長させる事になる……)
「始末するか?」
考え込む草壁に北辰は問う。
「そうしたいが、奴らには公的な立場もある。
迂闊に手を出すのも危険なのだ」
「賢しい事だな」
嘲るように話す北辰に草壁も頷き、未だに現実を見ない者に苛立つ。
「すまんが、監視を強化して証拠を押さえる事にしてくれ。
証拠があれば、公的に排除出来る」
大鉈を振るいたいが、国内の不安を広げるのは躊躇われた。
本格的に戦争へと社会体制を変えていく時に国民に不安を見せる訳にはいかなかった。
「分かった。では監視を続け証拠を押さえる」
北辰も草壁の心情を思い、強行策を取らせる事は出来ないと判断する。
執務室を出て行く北辰の背を見ながら、草壁は考える。
(木連の行く末を見るまでは死ねん。
内乱の末に……地球に併合など以ての外だ)
木連の指導者としての自分の力量を試されていると草壁は埒もない事を考えて苦笑する。
「自ら望み、この席に座ったのだ。
何があろうとも、見苦しい事をせずに最後まで誇りを持って進んでみせる」
一人呟き、草壁は自分の仕事を執り行う。
その顔は誇りある指導者の顔であった。
―――ナデシコ 格納庫―――
プロスの提案で格納庫で配属されるスタッフの紹介と挨拶をする事になり、全スタッフが集結していた。
「オペレーターのアリシア・ブラインです、アリスと呼んで下さい」
ショートヘアの活発な少女が元気よく話し、
「セリア・クリフォードです、よろしくお願いします」
落ち着いた雰囲気の女性が静かに話すと、
「カスミ・アリマと申します、皆さんお世話になります」
静謐な雰囲気の大人の女性と少女の間の年齢の女性が頭を下げてるとクルーも何故か反射的に頭を下げた。
「グロリア・セレスティーだ、よろしくな」
最後の女性は毅然とした態度で無駄なく話した。
「以上の四人の方ががブリッジ勤務のオペレーターの皆さんです。
……ウリバタケさん落ち着いてください、オペレーターの皆さんが怯えるでしょう。
まだ他のスタッフの皆さんを紹介しなければならないので馬鹿騒ぎは止めてください」
後ろで騒ぎ出すウリバタケ率いる整備班を叱るプロスにウリバタケは話す。
「すまねえな、整備班は野郎ばかりで羨ましいんだよ。
副長達ブリッジ勤務はいいよな〜華があって」
ウリバタケの意見に整備班は全員頷き悔しがっていた。
「僕は女性ばかりで困るんですけど、プロスさん何故こうなるんですか」
「ええ〜〜ジュンくんはブリッジに女性がいるの嫌なの?」
疲れた声のジュンにユリカが聞く。
「え、いや、男が四人なんでちょっと肩身が狭いかなと」
焦るように話すジュンにユリカはキョトンとした顔で見つめる。
「なんで?」
「えっ、そ、それは……」
「いや〜オペレーターの優秀な方を頼んだらこうなりまして。
何か問題がありますか?」
どう答えればいいのか分からずに困った様子のジュンにプロスがフォロー(いや止めかな)する。
プロスの言葉にジュンは更に追い詰められるが、
「馬鹿野郎!!
てめえは何文句をいってんだ!
この幸せもんが!」
ウリバタケの叫びに整備班全員がジュンに中指を立てて抗議した。
「副長さんは私が嫌いですか〜ヒドイですよ〜〜」
アリシアがジュンに涙ぐみながら聞くとジュンが、
「とっとんでもないです、こちらこそよろしくお願いします」
と慌てて答えるとアリシアが途端に笑顔に変わったのでクルーは、
(う、嘘泣きかよ、おい!)
見かけに騙されない様にしようと考えていた。
ジュンは追及の手がなくなった事に感謝しつつ、冷や汗をかいていた。
ゴートもまたブリッジでの勤務に気が重くなっていた。
「では次は開発班の皆さんを紹介しますね。
一応は皆さんとも面識もありますので紹介は省かせてもいいですか?」
プロスは三人の女性を含む十人ほどの一団に話すと全員が頷いていた。
クルーも見知った顔なので文句も言わなかった。
「そういう事なのでよろしくお願いしますね」
代表でエリノアが告げ、全員が頭を下げて挨拶するとクルーも同じ様に頭を下げていた。
「一週間後には火星からお客様が来られますので、粗相のないようにお願いしますね」
「どうやって来るんですか〜?」
アリシアが不思議そうに聞くと新規に配属されたスタッフは同じ様に考える。
「欧州からですか?」
エリノアが《マーズ・ファング》の事かと聞く。
「まあ、そんな所です。
開発班の皆さんはとんでもないものを見る事になるかもしれませんな」
「何ですか、それは」
プロスの含むような物言いにリーラは不審そうに問う。
「生体ボソンジャンプで来られるのです」
あっさり告げるプロスの声に開発班のメンバーは絶句している。
火星が実用化している事は知っていたが、ナデシコでその瞬間に立ち会えるとは思わなかったらしい。
「これは幸運といえるのかしら」
「是非見たいわね。ナデシコに乗り込んだ意味が出てきたわ」
エリノアとリーラの声に開発班は喜ぶが、
「でも本社から仕事の指示が増えませんか……生体跳躍の研究と分析の仕事が」
ミズハのこの意見を聞いて固まっていた。
それぞれ思い出すナデシコ改修の日々に開発班は顔を青褪めていく。
「まあ、その辺りの事は本社と相談して下さい。
オペレーターの皆さんはその際に健康診断を受けてもらいます。
結果次第では火星の新型のオペレーター用のIFSに切り替えて頂く事もありますので」
他の部署のクルーの紹介が終わり、プロスはオペレーターの四人に告げる。
「それは聞いていないが」
グロリアがプロスに問いかける。
「実験台になる気はないが」
静かに目を細めてプロスを見つめる。
他のオペレーターの三人も不安そうにプロスを見つめる。
「いえ、その点はご安心を。
火星で標準に使用されているタイプです。
その為に火星から医師を同行してもらって適正を確認してもらうのです、はい」
「では、人体実験に類する行為ではないと」
「それはありません。
そんな事をすれば、火星の非常に怖いお二人を相手にしなければなりませんから」
ハンカチを取り出して汗を拭くプロスにグロリアは聞く。
「つまり火星には人体実験の被害にあった人間がいて、ネルガルと敵対に近い状態になっているのか?」
「敵対はしていませんが、その二人は人体実験を否定しています」
「ふ〜ん、元被害者が牙を向けたって事か」
容赦ないグロリアの言葉にクルーも唖然としていく。
「地球上の人体実験施設が幾つも破壊されているのよね。
この半年くらいで」
「……随分、お詳しいんですね」
「私の経歴は知っているでしょう」
試すようにプロスに話すグロリアに、
「ええ、元軍人である事は知っていますが」
「そっか、不名誉除隊では全部は……知らないか」
「そういう事です」
「此処で話すのもなんだし、どうしても聞きたいのなら席を替えてしましょう。
あまり気分のいい話じゃないわよ」
唖然とする周囲のクルーを見ながらグロリアはプロスに言う。
「分かりました、その件はいずれお聞かせ下さい」
少し重い空気になっていたが、ナデシコにはそんな空気が読めない人物がいた。
「え〜と、不名誉除隊って何をしたんですか〜〜?」
「ユッ、ユリカ!?」
慌ててユリカに注意しようとするジュンに、
「いいわよ、副長さん。
で、艦長はどうしても聞きたいの?」
ジュンを抑えてグロリアは尋ねる。
その視線は冷ややかで呆れるようなものだった。
「うっ、えぇっと〜〜」
そんな視線を浴びて焦りだすユリカは周囲に助けを求めるが、全員が目を逸らしていた。
「もう少し空気を読むって事を覚えるのね。
悪かったわ、ウチの艦長はまだお子様なのよ」
仕方なくムネタケがクルーを代表してグロリアに詫びていた。
「好きにすればいいさ」
何処か他人事の様に話すグロリアにクルーは不審そうに見ている。
「あれは貴方のせいじゃないのにね」
庇うようにムネタケは告げる。
「もうどうでもいいわ。
連合軍に正義がない事が分かっただけ」
「そうね」
感情のない声でグロリアは告げ、ムネタケも納得している。
クルー達は連合の腐敗ぶりを知っていたのでなんとも言えない顔をしていた。
会話が途切れた所でプロスがクルーに告げる。
「そ、それでは皆さんは仕事に戻って下さい。
新規の皆さんは明日から仕事が出来るように各自お部屋の片付けをきちんとして下さい」
「アンタも少しは頭を使うのね」
「す、すいません、提督」
「謝るのは私じゃなく、彼女にしなさい」
「いいわよ、どうせ悪いとは思っていないみたいだし。
その場限りの詫びなんて不要よ」
そう言い残すとグロリアは歩き出す……全てを拒絶するように。
「ど、どうしよう、怒らせちゃったよ」
焦るユリカに、
「どうしようもないわね、自業自得かしら。
まあ、アンタと違って彼女は大人の女性だから仕事はきちんとするから安心しなさい」
ムネタケはハッキリと告げると格納庫から出て行く。
(困ったものですな、今更オペレーターの変更は出来ませんし。
艦長に苦労してもらいましょう)
プロスはそう考える事で問題を先送りにしようとしたが、後日それが間違いだったと猛反省する事になる。
部屋に入りカスミは先程の会話を思い出して考えを巡らせる。
(もしかしたら叔父さんの事を知っている人に会えるかもしれない)
だが彼女はまだ真実の知る事の意味を知らなかった。
……人体実験がどれ程の非道にして、悲惨な行為なのか。
一般人である彼女は非合法実験の業の深さなど理解できないのだ。
彼女も闇と向かい合うための心構えを必要としていたが、その事に本人は気付いていなかった。
……ナデシコは不安要素を孕みつつ、出航の準備を進める。
―――クリムゾン会長室―――
「無理を言われても困るのだが」
『それは承知しているが、戦艦が必要な事はわかっているだろう』
ロバートに対して不遜な物言いを行うドーソン連合軍司令長官にミハイルは告げる。
「破壊された施設の再建が出来ぬ限り建造など出来ません。
欧州での連合軍士官のテロのおかげでクリムゾンは大損害を被ったのです。
正直言って連合軍に訴訟を行い、損害賠償を行いたいくらいです」
「よさんか」
憤りを見せるミハイルを押さえて、ロバートは話す。
「秘書が失礼な事を言ったが、クリムゾンの被害は想像以上に大きいのだ。
再建に半年は掛かると思われ、急ピッチで作業させているが目処はまだ立たない。
急遽アスカインダストリーと提携を行ったのもその為なのだ。
状況は理解しているが、現状ではすぐには出来ない事は理解して欲しい」
『そこまでひどい状況なのか?』
ドーソンもロバートの言い様にクリムゾンの状況がそこまでひどいものだったとは思わなかったみたいだった。
「ええ、誰かさんの子飼いの部下のおかげでオセアニアにも戦艦を建造出来ずに企業としては大損害です。
運良く欧州とアフリカから機動兵器の大量購入がありましたから良かったですが、無ければ大赤字でした」
「そういう事だ。
少しは考えて行動させろ。
貴様の指示なんだろう……例のテロ事件は」
ミハイルが苛立つように話し、ロバートも呆れるようにモニターに映るドーソンを見る。
『さて、何の事だか分からんが』
しらばっくれるドーソンに二人は冷ややかに見つめるが、
「とりあえずクリムゾンの戦艦は急いでも半年は建造できんよ。
まあ、方法が無い事もないが」
『その方法は何だ?』
ロバートが一つだけあると告げ、ドーソンが訊く。
「簡単です。火星に頭を下げるのです。
火星の施設を借りる事ができれば、すぐにでも建造に着手出来ますが」
ミハイルが簡潔に告げる。
『そんな事は出来ん。
何を言っているのか、分かっているのだろうな』
ドーソンは恫喝するようにミハイルを睨む。
「確かに火星の協力の条件は独立の承認だからな。
あなたにとっては出来ぬ相談か。
だがクリムゾンが無理な以上はネルガルに頼んでみては如何かな。
我々としては困るが貴官には必要だろう、戦艦は」
最終手段としてクリムゾンではなくネルガルから買ってみてはどうかと告げる。
『それこそ無理だ。
ネルガルの造船施設は戦艦の改修で手一杯だそうだ。
新型艦は一隻だけだ』
「そうなのか?」
『ああ、ネルガルに問い合わせたらそう言いおった。
戦艦の改修を急がせた所為で、新型艦の建造計画に支障が出たそうだ』
「羨ましい事ですな、会長。
こちらはテロのおかげで大損害を被ったのに、ネルガルは黒字とは」
「全くだな、テロさえなければ今頃は大幅な黒字が出て社員達のボーナスも増やせたんだが」
「ええ、先の読めない人間のおかげで社員達に迷惑を掛けています。
再建の為に社員達に残業させているので心苦しい限りです」
二人はさり気なくドーソンを非難していく。
「何の為にあなたに御礼をしているのか理解していますか?
こういう事態を起こさない様にして貰う為に」
『分かっている!』
ミハイルの非難を遮るようにドーソンは声を荒げる。
「本当かね、流石に今回の一件は私も腹に据えかねているぞ。
君の部下の不始末をどう責任を取るのか、聞きたいものだな」
ロバートの目つきが変わる様子にドーソンも焦りを感じている。
「このままでは君への援助を終わらせる事になるな。
クリムゾンに損害を出した時点で私は君の能力に疑問を抱いているのだ」
『ま、待ってくれ!』
「待てんよ、ウチのSSからの報告を知っているかね。
君の指示だという事は裏付けが取れているのだ」
全て知っていると言われてドーソンは顔を蒼白にしていく。
「最後通告だ。
結果を出せない時は今後君には援助しないと思いたまえ。
今回のクリムゾンの損害は馬鹿にならんのだ。
その原因を作った君にはもう魅力を感じんな」
用済みだと言わんばかりにロバートは宣告する。
「戦場で結果を出してくれば、少し考えよう」
非情なるクリムゾンのトップとして冷酷な顔を見せるロバートにドーソンは何度も頷いている。
『分かった、必ず結果を出してみせる。
だ、だから』
聞き飽きたと告げるように強制的に通信を切り、ロバートは椅子に背を預ける。
「孫達には見せられんな」
苦笑いするロバートにミハイルも疲れた顔で話す。
「そうですね」
「これも自業自得だな。
クロノ君曰く、営利を優先して企業の毒に汚染されたといったところかな」
「企業の毒ですか?」
聞き慣れない言葉にミハイルは首を捻る。
「金勘定に明け暮れて、人の道を外す事だそうだ」
その意味にミハイルも険しい顔をして言う。
「私も汚染されているようです」
「まだ君は大丈夫だな。
私を反面教師にすれば問題はない」
「……会長」
「後悔はしていないが、歪な生き方をしたものだな。
孫達にはこんな生き方はさせんよ」
ロバートの想いを大事にするようにミハイルは明るい表情で話す。
「では、次の世代の為に頑張りましょう。
誰が継ぐ事になっても企業の毒に汚染されないように体質を改善しておきましょう」
気を遣ってくれるミハイルに感謝しつつ、ロバートは仕事を始める。
「そうだな。未来は明るいものにしておかんとな」
「はい、会長」
二人は急がず慌てずにクリムゾンの改革を行う。
クリムゾンを支える社員達が誇りを持って仕事に励めるように。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
木連指導者として草壁は何を思うのか。
クリムゾントップとしてのロバートは次の世代に何を残すのか。
国家元首と企業のトップと立場は違えど、未来を見据える事は同じです。
そんな二人の一面を少し出してみました。
では次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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