最善かどうかはわからない

手は尽くすべきだと思い策を考える

あの頃の自分とは違うが

それも悪くないと思う自分がいる

もしかしたら幸せなのかもしれない

今頃気付く俺って鈍いのか




僕たちの独立戦争  第五十六話
著 EFF


カスパーの乱と後に呼ばれるテロ事件の後の基地の指揮官となったアラン・ホーウッド准将は基地内の綱紀粛正を開始。

基地内の人員の調査と人身掌握を行っていた。

「どいつもこいつも状況を理解しとらんな。

 指揮官が無能なら、部下も無能なのか」

部隊の練度の低さに苛立つようにその声は怒りを滲ませている。

「兵士達のモラルの低下はひどいものです。

 近隣の街はこの基地の人間を嫌っています。

 どうやら相当無理な事を要求したり、略奪に近い事、市民に暴行を加える事をしたみたいです」

情報部所属のエリオット・ケンドルはこの地域でのテロリストの調査を行いながら、住民の動向も調べて報告する。

「住民感情は最悪です。

 兵士に対する感情など犯罪者に対するものとそう変わりません。

 そこへ恩人である火星の部隊に対するテロの支援が加わってしまい」

「軍の信頼は……地に堕ちたか」

「はい」

悔しそうにエリオットは頷き、ホーウッドは馬鹿者どもの尻拭いをしなければならない事に頭を抱えている。

欧州各地で軍人とのトラブルが起きてこのような状況に陥っているので、

新たに派遣された指揮官は誰もが苛立ちを隠せずにいる事は間違いないだろう。

軍の腐敗は相当根深いものになっていた。

「すまんが、情報部で内密に地域の主だったものと接触して兵士達の犯罪事件の調査を行ってくれ。

 勘違いをした馬鹿者には断固とした態度で対応するので、密告でも受け付けると伝えて欲しい。

 これ以上軍に恥知らずなどいないようにしたいからな」

「了解しました」

地に堕ちた信頼を取り戻すのに時間は掛かるが、始めなければならない事を二人は知っている。

彼らは行動する事で信頼を取り戻そうとする……明日の為に。


―――木連―――


小料理屋の奥で秋山達は村上が出す課題に頭を抱えていた。

「私は軍人なのですが」

南雲が躊躇うように村上に話す。

「何を言うかと思えば、基礎だけでも憶えておいて損はないぞ。

 草壁もこうやって勉強していたからこそ、当代一の戦略家になったんだ。

 戦術指揮官は木連には大勢いるが、あいつを支える為の戦略を考える参謀役は必要だろう」

草壁一人に押し付ける気か、と問われて南雲は押し黙る。

「そういう事だな、今まで閣下に任せていた結果が今の状況だ。

 この先も閣下に負担を掛けていく心算か」

「そ、そんな心算は毛頭ありません。

 ですが……いえ、我が侭を言いました」

秋山に言われて南雲は木連の状況を鑑み、するべき事だと判断して目の前の課題に集中する。

村上はそんな二人の会話を懐かしそうに見つめていた。

「何か?」

その視線に気付いた新城が尋ねる。

「ああ、少し懐かしく思っただけだ。

 昔はこうやって草壁と木連の未来を考えて議論してな」

「そうなんですか」

秋山が尋ね、南雲がその時の光景を知りたいのか顔を向ける。

そんな二人の様子に村上は苦笑いで話す。

「いつも真面目に議論をしているんだが、最後には取っ組み合いの喧嘩になりかけてな。

 どうも若気の至りという奴か、お互いにすぐ熱くなるから仲間内では俺達に議論させるななんて言われたものだ」

「ちょっと信じられません。

 閣下は冷静な方だと思うのですが」

南雲は意外そうに話すと、村上は楽しそうに昔の草壁について話す。

「昔のあいつは冷静なんてものとは縁のない奴よ。

 戦略を考えてはいるが、実際には一気呵成に突っ込んで行く男だったぞ」

「到底信じられません」

昔の草壁と今の草壁のギャップに三人は驚いている。

「当然だろうな、あの頃はただ理想を掲げるだけで良かったさ」

そんな三人を見ずに、村上は何処か遠い処をを見るように呟く。

「……現実を知る事であいつは変わっていった。

 いずれ木連が停滞し崩壊へと向かう事に俺達は気付いた。

 人工の増加、遺跡だけでは生活基盤を支えきれない事は少し考えれば理解できたが、誰も気付かぬ振りをしていた」

どの道を行こうが、地球と関係を修復しなければならない事は判っていた事なのだ。

三人は真剣な顔になり、村上が話す当時の状況を聞いている。

「選択は幾つかあった。

 一つは地球に連絡を取って、関係の改善を行って連合の傘下に入る。

 だがこれは全員が反対した。

 卑劣な地球に我々が頭を下げる事など出来ないからだ」

「当然です」

血気盛んな南雲が当たり前のように言う。

「そういう処は草壁と一緒だな」

苦笑しながら村上は南雲を見る。

南雲は村上の言葉を聞いて誇らしそうに胸を張る。

「草壁の言う事も一理は合ったが、起こりうる事態を考えると移民はしなければならなかった事も真実。

 人口増加に伴う事で遺跡の負担を考えると、先延ばしにする事は回避しなければならなかった」

「実際には先延ばしになってしまった」

現在の状況を鑑みて秋山は告げる。

「元老院のせいだな。

 移民が始まる事で自分達の権益が無くなる事を避けたかったのが原因だな」

「そんな事が……」

新城が呆れるように聞いていた。

「では開戦するかと問われると奴らは弱腰になってな。

 今もあの頃も奴らは安全な場所では強気だが、いざ自分が戦場に出るとなると臆病になるんだ。

 あの時は俺も草壁も士官候補生の立場だから悔しい思いをしていたものだ」

「無様な」

南雲が吐き捨てるように言うと村上も頷いている。

「草壁は開戦するべきだと話していた。

 勝ち負けも大事だが、木連の誇りを見せるべきだと言ってな。

 だがその当時は軍だけでもなく、木連全体が技術的にもまだ未熟で兵器転用は無理があった事も事実。

 兵士の士気の高さだけで戦争できるかと言われれば」

「無理ですね」

相槌を打つように秋山がはっきりと告げる。

「結局、先延ばしになってしまった事があいつの挫折になったんだろうな。

 木連を愛し、木連を守る為に軍に入った熱血漢にとっては現実は重く圧し掛かってきた」

理想と現実の狭間で草壁が悔しい思いをした事に三人は初めて知る。

草壁が強硬派と呼ばれた経緯を知り、元老院の本当の姿を聞かされて呆れる。

「では閣下が今回の開戦を決意したのは……まさか?」

秋山が草壁が感情で動いたのかと訊く。

「いや、それはない。

 この戦争は起こるべくして起こったものだよ。

 あいつが上に登りつめた事で戦える環境にはなったが、問答無用でした訳ではないだろう。

 地球側にも問題があった事は事実だろ」

草壁は時間を掛けて軍備を整えただけであって、いきなり戦争を仕掛けた訳ではないと村上は告げる。

「遺跡を渡せなどと、木連が飲めない要求をする地球側の方が問題だ。

 遺跡を失えば木連がどうなるか理解できずに交渉と呼ぶなどふざけている。

 戦力分析もせずに開戦するなど呆れてものが言えんぞ」

「火星の言い分では火星の独立を阻止する為に我々を挑発して、火星の住民を我々に殺させようと計画したそうです」

「相当……平和ボケしているようだな」

秋山が話す火星の言い分を聞いて、村上は呆れていた。

「火星はかつての我々のご先祖の二の舞になりかけたって事だな」

「ですが火星は我々のように独立を宣言した訳ではなく、地球と衝突した状況ではないそうです」

「おいおい、地球は何を考えている。

 末期的な状況に陥っているのか?……そんな馬鹿な考えをしてるようではこの戦争が危険なものになりかねんぞ。

 反旗を翻した訳でもない火星の住民を殺そうとするなど狂気の沙汰としか言えないな。

 倫理観が崩壊している地球なら手段は選ばない戦術も執りかねないな」

村上の考えを聞いて、三人は今までの状況からこの戦争が危険なものに発展する可能性を感じていた。

手段を選ばない戦術などされると地球側のほうが有利なのは誰もが理解している。

人的損害が多ければ多いほど木連の社会体制に影響が出ていく。

「閣下に進言するべきでしょうか?」

不安そうに秋山が相談する。

南雲も新城も深刻な状況になる事を懸念しているようだ。

「あいつの事だからその点は理解していると思うから内密に話しておくように。

 生き枯れた俺が言うべき事じゃないと思うが」

「生き枯れた……ですか?」

「このまま朽ちていこうと思っていたからな」

何処か他人事のように自分の命運を話す村上に、

「どうして他人事のように話すのです」

秋山が不満をぶつけていく。

付き合いこそ短いが、村上は秋山にとって師とも言える人なのだ。

師である村上が朽ち果てて行くような姿は見たくはなかった。

「今からでも遅くはないと思います。

 状況は変わってるのです。

 そんなふうに朽ち果てて行くような生き方などやめて下さい」

苛立つように注意する秋山に村上は苦笑していた。

南雲、新城も教えを受けている人物の生き方に不安を感じている。

「だからこうしてお前達に教えているだろう。

 表舞台には出る気はないが、手は貸してやるから今のうちに力を貯えておけ」

納得できないと言う顔で秋山は村上を見つめる。

南雲も新城の二人も非難するように見つめている。

「そう睨むな、静かに朽ちていくなどと後ろ向きな考えはやめたから安心しろ。

 俺の出来る範囲内で手伝ってやるから、今はそれで勘弁しろ」

「は、はあ」

納得は出来ていないが、本人が生き方を少し改めると言ったので秋山達は少しだけ安心して本日の課題に意識を向ける。

(このまま朽ち果てていく心算だったが、お前達のおかげで救われたのかもな)

目の前の秋山達を見ながら、村上は考える。

(草壁も俺に仕事を押し付けてくるからには大変なんだろう。

 次の世代に何かを残す事が出来れば文句は言わんし、心残りもないさ)

まだ基礎を習い始めたばかりの三人は悪戦苦闘の状態になっている。

着実に木連の次世代の教育を村上は行っていく。

まだどんな芽が出るか分からないが、少なくとも木連にとって良い方向に向かう事を村上は願っていた。


―――極東ヨコスカシティーにて―――


夜に突然訪問されて困惑する夫妻に男は話す。

「はじめまして、私はこういう者です」

差し出された名刺を見て年若い夫妻は不思議そうに思っていたが、とりあえず玄関先で話すのはやめる事にした。

「アスカインダストリーのスカウトの方が私に御用があると?」

男をリビングに招いて夫妻は話を聞く事にする。

「はい、実はあなた方夫妻に避難を勧めに参りました」

ますます意味が理解できずに不審そうに見つめられると男はあるレポートを夫妻に読ませる。

渡されたレポートを不審そうに読み始めると夫妻は次第に顔を青褪めていく。

妻の方は肩を震わせて夫の手を掴んでいる。

夫の方も妻の顔を見てから、真剣な顔で男に問い質す。

「こ、これは本当の事ですか?」

「事実です。あなた方のお子様が火星で生まれた事は調査済みです。

 実は火星からの依頼であなた方のような夫婦を火星に避難させる計画をアスカインダストリーは現在実行しています」

「……あなた」

「……ああ」

告げられた事実に二人はどうするべきか迷っている。

嘘かもしれない……だが事実なら自分達の子供の身の安全が危うい事を理解しているのだ。

男は契約書を夫に渡す。

「火星コロニー連合政府からの契約書です。

 ご主人の経歴からこの条件で火星の仕事に従事して頂きたいと申されています」

とても嘘には思えないように自分の仕事を調査されており、夫妻は真実かもしれないと動揺する。

「アスカインダストリーが破壊されたコロニーの再建を請け負う事になりますので」

「ではこの仕事は」

「はい、アスカからのヘッドハントとお考えして頂いても構いません。

 こういう形にしてアスカの社員として地球にいるように手配しますが、実際には火星に移住してもらいます。

 ですが内密にお願いします。

 実は知られると企業の一部が人体実験を行う可能性があるので。

 あと連合政府に知られるのも困ります。

 今の政府は信用できませんので、知られると政府公認で人体実験が開始される可能性がありますので」

男の言葉を聞いて夫妻は真実かもしれないと焦っていく。

火星の一件を思い出して、夫妻は連合政府の在り方に疑問を持っていた。

更に何処の企業かは分からないが事実なら子供に危険が迫り、連合政府に保護を求めても無駄な事だと言われたのだ。

男はそう告げると玄関から自分の靴を手に持ち、部屋に戻りレポートを回収すると夫妻に帰る旨を告げる。

男の行動に夫妻は不思議に見つめている。

「それでは失礼します。

 良い返事をお待ちします」

男は目の前で青い鉱石――チューリップクリスタルを見せてジャンプフィールドを展開させる。

全身にナノマシンの潮流を見せて男は一言。

「ジャンプ」

その瞬間、男は消えていった。

「あ、あなた!」

「あ、ああ……」

夫妻は顔を蒼白にさせて自分達が読んだレポートが真実だと悟った。

夫妻は残された契約書があるという事実に夢ではなく、現実に起こった事だと理解する。


「お疲れ様です」

ボソンジャンプで部屋に現れた男に女性が労うように話す。

「いえ、他のスタッフは順調に進んでいますか?」

「ええ、予定通り進んでいますわ。

 やはり真実の前には誰も抗えないようです」

女性の言い方に男も頷いている。

「まずはネルガル系列の人間を除いて全員を避難させて行く事にします。

 外堀を埋めてから、ネルガルの傘下企業の人間を引き抜いていきますわ」

「では第一段階を早急に完了させますか、カグヤお嬢様」

「ええ、さっさと終わらせて火星に行きたいものです」

女性――アスカインダストリーのご令嬢であるカグヤ・オニキリマルは楽しみですわと話す。

「お父様が無理矢理私を軍から引き抜いた時は怒りましたが、今は感謝してますわ。

 実に面白い仕事になりそうですから」

強引に父が軍に手を回して除隊させられた時はアスカ本社に乗り込んで父に猛抗議したが、

テンカワファイルを読まされて火星の独立に協力しろと言われた時は反対など出来なかった。

(軍とネルガルにテンカワの叔父様と叔母様が殺されたと聞いた時は驚きました)

幼い頃に世話になった夫妻の死を聞かされて呆然としたが、軍が暗殺に協力したと聞いて軍に戻る気は失せていた。

「火星でアキト様に逢うのが楽しみです」

頬を赤く染めてカグヤは幼馴染であるアキトと遊んでいた火星での日々を思い起こす。

「白馬の王子様ですか?」

からかうような響きで男は尋ねる。

「ち、違いますよ!

 幼馴染の友人で火星でよく遊んでいた方です。

 テンカワ・アキトさんと言いまして、テンカワ博士夫妻息子さんですわ」

慌てて話すカグヤに男は驚いていた。

「そ、そうなんですか?

 テンカワ博士を知っているのですか?」

「お隣に住んで居られて、家族ぐるみで付き合っていました」

沈む声で話すカグヤに男は悪い事を聞いたと思い。

「すいません、思い出させてしまって」

「いえ、悲しい事ですが、懐かしい思い出でもあります。

 気にしないで下さい」

男は話題を切り替える事で場の雰囲気を変えようとする。

「ではさっさとこの仕事を終わらせて火星に行きましょうか」

「そうですわね。

 向こうでも忙しくなりそうですから、退屈な日常とは程遠くなりそうですわ」

男の意図を知り、カグヤも明るく話している。

そんな二人にスタッフからの報告が入る。

「また一組の夫妻から保護を要請してきましたよ」

「ではスタッフを派遣してお引越しの準備を手伝わせましょう。

 本番の前に少しでも手際良く進める練習をしておきますわ」

カグヤがいう本番の意味はネルガルの社員を引き抜く際のトラブルの対処である。

スタッフもその意味を知っているので、慎重に事を進めようと真剣な顔で作業手順を行い不手際がないようにしている。

「深く静かに行動する事にしますわ。

 テンカワの叔父様を殺した罪はこれから償って頂きますよ」

カグヤの意見を聞いて、スタッフもネルガルに対して慎重に行動しようと考える。

静かにネルガルに対する火星、クリムゾングループ、アスカインダストリーの包囲網が出来て行く。

……その事をアカツキ達はまだ知らない。


―――クリムゾン会長室―――


ロバートは火星から送られてきた報告書を読んで順調に作業が進んでいる事に満足する。

地球にいる潜在的なジャンパーの確保が出来る事は後の『火星の後継者の乱』発生時に対する防衛策になるからだ。

軍にいる元火星の住民は《マーズ・ファング》に編入させる事で保護が出来ているが、

一般市民の避難に関しては予定より下回っていた。

火星に帰ろうと思う住民もいるが、ビッグバリアのある地球にいたいと思う者も大勢いた。

彼らにはテンカワファイルを見せて地球にいる危険性を問う事で避難させているが、

火星で生まれた新生児を抱える地球人の住民の保護は難しく、ネルガルに動きを知られる可能性もあるのだ。

潜在的なジャンパーの資質のある子供の保護の場合は親である夫婦の保護も必要だ。

そういう意味では今回のアスカインダストリーとの提携は非常に役に立っていた。

クリムゾンのSSを牽制に使う事でアスカのSSの動きを隠す事が出来る事は便利だ。

またフル操業に入る予定の造船施設の人材を補充するという名目で彼らをヘッドハントし易くなる。

クリムゾンの動向に目を向けているネルガルは今回のアスカの動きに疑問を持つ者はいなかった。

「ふむ……計算以上の効果が出ているな」

「ええ、想像以上に効果が出ています。

 今回の提携によってネルガルはクリムゾンの動きに目を向け過ぎています。

 アスカとの共同開発で製作する戦艦のスペックを知り、危機感を抱いているようです」

ネルガルのSSに新造艦の情報を流すように策謀して注意をクリムゾンに向けさせる。

だが真の意図には気付かせずにミハイルは行動する――気付いた時には全てが終わっているように。

「アスカの動きは気付かれてはいないか?」

「こちらのスタッフを派遣し、アスカも防衛策を出して対抗しているので攻めあぐねている状態です。

 もう一つの策など知る余地も無いほど困っているようです」

「新規に開発する輸送機の情報もリークさせてやれ。

 ディストーションフィールドを持ち、戦場でも活用できる機体だからな。

 現在の状況で空輸が可能になると軍が理解できれば、大規模の受注が見込めるだろう」

現在の地球の輸送は陸路か海路によって行われている。

無人機の相手をしなければならない以上、航空機は防御面で不安があり護衛部隊が必要なのだ。

オセアニアはブレードの配備で空輸も可能になっているが、エステバリスを使用している地域は困っているだろう。

戦闘機による護衛では不安が大きく、殆どの地域が陸路か海路に頼っている。

戦艦を中心にした艦隊による空輸など経費が掛かるので軍もしたくはないのだ。

クリムゾンはその状況に一石を投じようとしている。

「分かりました。大いに焦らせて動きを更に鈍らせましょう」

ロバートの考えを知り、ミハイルも苦笑しながら手配する事を承知する。

「さぞ慌てるであろうな、小僧は」

悪戯が成功した悪戯っ子の笑みを浮かべてロバートは話す。

「ええ、古代火星人の技術を最初に実用化したのに儲からない現実を知っていくでしょう。

 ディストーションフィールドだけでもこのように活用すれば良いという事に気付いていない。

 民事への転用に目を向けないなどまだまだ経営者としては未熟です」

「まあ、クリムゾンも火星からの提言と戦後を考えなければ手を打つのは遅かったが」

「ええ、ですが民事への転用には蓄積された資料が多い我々の存在が不可欠です」

「うむ、企業として蓄積してきた民間の資料などはネルガルもまだ及ばんな。

 そう考えるとアスカとの提携での造船部門の損失もそう悪くはないと考えられるな」

今回の提携はクリムゾンにとっては軍事部門に新しい企業を入り込ませる事になるので良い事ではなかった。

だが民事への転用に成功し始めた以上はその損失も補填できそうなのだ。

「はい、相転移エンジンの小型化に成功すれば更に」

「難しいが開発室に期待しよう。

 火星から供与されたサンプルは材質から違うものだからな、一から研究するよりはマシだが」

「それでも助かります。

 エクスストライカーの心臓部になる重要な部分を得られた事は幸運だと思います。

 それに研究過程でも相当な情報が出ています。

 金属に関しては新発見の材質もあります」

「ほう」

ミハイルの報告にロバートの目が鋭くなっていく。

告げられた事柄から有効的に利益を出す為の方法を考え込んでいく。

その様子から企業家としての本領を発揮していくようだとミハイルは思う。

「パテントやらは火星に持っていかれそうだが、製造工程を確立できれば十分採算が取れそうだな。

 地球側で最も技術力を保有しそうな感じだ」

「はい、開発室は毎日が楽しそうに仕事をしています。

 与えられた素材をどういうふうに活用するか、躍起になって研究しています。

 今はまだ実用化には遠いですが、一年先にはかなりの物が実用できる可能性も出ています。

 そうなれば黒字は間違いないでしょう」

先行投資は無駄にならないとミハイルは告げる。

重役達も先を見越しての投資に文句は出してはいない。

この戦争でクリムゾンは儲けがあまり出てないようにネルガルに見せているが、裏側で技術力を大きく発展させている。

強かにクリムゾンは行動していく……戦後を見据えて。


―――トライデント クロノの私室―――


IFSを使用してクロノは報告書を作成している。

別件で渡す事になる資料なのでブリッジでは作業出来ずに私室で行っている。

「クロノ」

「ん……アクアか、どうかしたのか?」

部屋に入ってきた私をクロノは迎え入れる。

「ルリの件……どうしますか?」

席を立ち紅茶を出そうとしていたクロノに私は尋ねる。

クロノは何も言わず、お茶の準備をしてから私に勧めて席に座る。

「まずはこれを見てくれ」

クロノが電子書類で書いていた報告書を私は読んで驚く。

「ク、クロノ!

 これは一体何ですか?」

「ダッシュに頼んで調査していた人類研究所でのルリちゃんの扱いと実験内容だ。

 こちらは火星で保護してからの報告書だ」

「そ、それは判っています。

 何に使う心算なのですか?」

不安そうに尋ねる私に、

「ピースランド王国の侍従長であるジェイク・ダニエル氏にお渡しする。

 調査したが彼は国王夫妻の命でルリちゃんの追跡調査を担当している。

 いずれはネルガルに辿り着き、火星にも連絡が来るだろう。

 その前に手を打とうと思う。

 ピースランドは中立国で地球では最大の銀行であるから、何年か先の和平交渉のテーブルを作って頂きたいと話す。

 発言力に関してはどの国も財布の紐を握られている……文句は言わないからな」

淡々と話すクロノに私は怒りを感じている。

「ではルリを道具として扱うのですか?」

「違うぞ、アクア。

 やり直す以上はあの子に後ろ盾が在った方がいいんだよ。

 無論、俺達はあの子を守っていくが、あの子が頼れる場所は多い方が良いだろう。

 前はご両親とは上手く行かず離れたままだったが、今回は上手くいって欲しいと思う。

 その為にこの報告書がいるんだ。

 情操教育が進まないと家族として貴方達と上手く行かず、離れていくと警告する為に必要なんだ。

 強引に進めても無理だと教えて、少し距離を取りながら家族として迎え入れる準備を進めて欲しいと依頼する為に。

 ルリちゃん次第だが、出来れば後見人になって欲しいと思うのさ」

真剣な顔で私に話すクロノに、

「ごめんなさい、考えが足りませんでしたね」

私は感情的なった事を詫びていた。

「いや、そうでもないさ。

 アクアはルリちゃんの事を大事に思っているから怒ったんだろ。

 それは間違いじゃない、寧ろ俺の方に問題があるのさ。

 俺は随分と変わってしまったからな」

自嘲気味に話すクロノに私は悲しい顔で話す。

「そんな事……ありません。

 あなたは誰よりも優しい人ですよ。

 そうやって自分を貶めるような言い方はしないで下さい」

「すまない」

悲しくて目に涙を浮かべて話す私にクロノは一言謝る。

クロノはゆっくりと私を抱きしめると、

「歴史が変わっていく事が怖いのかもしれない。

 守りたいという気持ちは昔以上にあるが、どこまで守りきれるか分からない。

 これもその時の為に用意しているのかもな。

 正直に言うと先のゲオルグの一件は運が良かった。

 ゲオルグが個人で動いていたから対処できた部分もある。組織的な誘拐だったら俺一人じゃどうなったことか」

クロノが自分の思いを話してくれていると感じて、私は嬉しくなると同時に怒りたかった。

「独りじゃないんです。

 私もイネスも皆がいるのです。

 もっと信じて下さい」

《そうあなたは一人じゃないのです。

 私はずっと側に居ますよ》

私は今の自分の感情を素直にリンクを通じてクロノに送る。

何時だって自分を後回しにするクロノを守りたいと私は思う。

クロノと出会う事で大事な人が増えている。

虚無を抱えて生きていたあの頃が嘘のように思える。

毎日が充実し、生きていると実感できるのだ。

「独りじゃない……か、お互い皆がいるから死ねないよな」

「ええ、約束しましたから……火星でのんびりと暮らすと」

「そうだったな、嘘吐きになる気はないさ」

バイザーを外してクロノは私を見つめる。

「お互い変わってしまったな」

「でも悪くはないですよ。

 お揃いの瞳の色も」

互いに微笑んで顔を近付けて目を閉じる。

「……ん、んぅ」

口づけを交わして、私はクロノに囁く。

「たまには二人でいるのもいいですね」

「そうだな」

「平和になると、静かに暮らせるといいですね」

「難しいと思うぞ。

 子供達が学校に通いだしたら、友達を連れて来て…騒がしい日々になるかもな」

「ふふっ、そんな日なら構いませんわ」

私は未来に思いを向けると、楽しくなって微笑む。

クロノも笑って私の思いに応えようと話してくれる。

「弱気になっていたかな。

 大事な家族が増えた事で」

「頼って欲しいの……私だけじゃなくみんなにも…ね」

クロノの胸に顔を押し付けて、頼りにして欲しいと私は寂しそうに話す。

「私は頼りになりませんか?」

「そんな事はないよ、こうして弱気になった俺を支えてくれているんだ。

 頼りにしてるさ」

私を抱きしめて囁くクロノの声が心に響く。

愛する人に頼りにされるのが、こんなにも嬉しい事だとは知らなかった。

嬉しくて手を背中にまわしていく。

クロノは優しく抱きしめてくれる。

……この日、私達は少し心が近づいた。

翌日、子供達は上機嫌の私を見て不思議そうにし、なんとなく気付いたルリちゃんは顔を真っ赤に染めていた。









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EFFです。

ちょっと……ベタかな。
アクアさん、クロノに構って欲しいような気がしたので書いてみましたが、書き終えると赤面モノでした。
思わず恥ずかしくて部屋を転げていました。
ちと暴走気味でしたが、たまには良しと思う事にします。

では次回でお会いしましょう。







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