破滅へと進む現実を知ろう
残された時間は少ない
平和ボケから目を覚まし
現実に立ち向かうのだ
目を覚まさなければその先は破滅だけ
ツケを支払う時は近づいている
僕たちの独立戦争 第五十七話
著 EFF
経済界主催の会合にアカツキは出席していた。
いつもは退屈な会合なので不参加する心算だったが、
今回の会合にはクリムゾングループ、アスカインダストリーの両社の会長も参加するので探りを入れたかったのだ。
マーベリックからも何名か会合に参加して、状況を分析しようとしている。
会合自体はいつものように退屈なものだったが、最後にロバートが議題を出すと周囲が騒然とした。
「火星の独立だが、クリムゾンは彼らの要求を受け入れて承認する事にする」
ロバート自身が初めてクリムゾンの方針を話す事でクリムゾンの立場を親火星派として明確にしたのだ。
喧騒溢れる部屋でアカツキは考える。
(どういう事だろう?
クリムゾンの立場を明確にする事でメリットでもあるのかな)
今更だと思うが、この場で宣言する事は公式なものに成り得るのだ。
もし連合政府が独立の承認を認めなければ、クリムゾンは叛乱罪を押し付けられて連合に接収される可能性もあるのだ。
「残念ながら、我が社の製品のビッグバリアは火星に無効化される事が判明した」
ロバートの言葉に経済界の重鎮と呼ばれるお歴々の方々は唖然としている。
「まあ、チューリップが侵入している事から強度を見直そうと考えていたが、
火星との関係が密になるにつれて強度を上げてもダメな事に気付いた」
唖然とする中でロバートは苦笑いで話していくと、理解した者は状況が切迫している事に気付く。
地球の防衛機構が無意味になると言われたのだ。
自分達の安全が保障されないと知り、戦争に対する考え方を変える必要があると理解しなければならないのだ。
ロバートは状況を理解していく者を確認しながら話を続ける。
「これをご覧頂こう」
ロバートは側に控えていたミハイルに指示を出すと部屋の明かりが消えて、映像が映し出される。
造船施設の映像が映り、参加者達は不思議そうに見るが次の瞬間に驚愕する。
光を伴って一隻の輸送艦が出現したのだ。
(ボソンジャンプ……やはり火星は実用化しているのか。
まさか、こんな所で公表してくるとは)
映像を見ながらアカツキはこの後の参加者の反応を確かめようと周囲を見ている。
「合成ではありませんか?
こんな移動方法など在り得ません」
参加者の一人が不審そうにロバートを見ている。
その声に賛同するように参加者はロバートを見つめるが、
ロバートの隣に同じプロセスで一人の青年が出現すると殆どの者が絶句していた。
誰もがその青年を驚愕の眼差しで見つめていると、
「紹介しよう、火星宇宙軍《マーズ・ファング》指揮官のクロノ・ユーリ君だ」
ロバートが沈黙を破るように青年を紹介し、隣の席に座るように指示する。
クロノが座ると部屋は再び喧騒に溢れていく。
「静かに」
ロバートが全員に聞こえるように告げると、参加者はロバートに顔を向ける。
その様子を確認したクロノは参加者に話していく。
「現在、火星宇宙軍は連合政府のこの戦争に於ける地球の一連の行動に対して報復を考えております。
火星を見捨てる行動もさる事ながら、ネメシスの一件は非常に怒りを禁じ得ないと火星の住民も思っております」
参加者達は火星の考えを聞いて顔を顰めていた。
自分達の預かり知らぬ処で行われた一連の行動に責任を取れと言われているのだ。
そんな思いとは裏腹にクロノは用件だけを淡々と話していく。
「先程お見せしたボソンジャンプによる大規模空爆を火星は地球に行おうかと計画しています。
ビッグバリアの内側に大型ミサイルを侵入させて、迎撃できない距離からの空爆を地球全土に敢行する計画です。
クリムゾンの本拠があるオセアニアは対象外ですが」
クロノの宣言に参加者達は顔を青褪めていく。
防衛できない方法で攻撃すると宣言されれば、誰もが死にたくはないと思うだろう。
「そんな事、許されると思っているのか!」
参加者の一人が叫ぶと殆どの者がクロノを非難するが、クロノは一言で斬り捨てる。
「その言葉をそっくりお返しします。
ネメシスを造り、火星の住民をいつでも殺せるように計画したのはあなた方が選んだ政治家達です。
これを見てもまだそんな事が言えますか」
クロノは端末を操作すると開戦前に行った政治家と連合軍の所業を明らかにした。
初めて知らされる事実に参加者達は声も出なかった。
(ああ、これでは殺されても文句は言えないね〜。
ウチの事を公表されないだけ運が良いと思うべきかな)
アカツキは映像を見ながら、連合の腐敗振りを知り呆れていた。
参加者達も頭を抱えるように政治家達の行状を罵っていた。
「そういう訳ですので、二ヵ月後に地球に報復攻撃がある可能性をご理解して頂きたい。
我々の計算では皆さんの所有する食料生産ラインを悉く破壊し、地球の生産力を奪い尽くし、住民を飢えさせて、
地球に自分達が行った罪の深さを自覚して頂きたいと思います。
ですがクリムゾンの本拠地であるオセアニアは第一次火星会戦で火星を援助して頂いた御恩があるので除外いたします」
「感謝する」
クロノが楽しそうに地球の破滅を話し、オセアニアの安全を保障するとロバートに告げる光景に全員が慌てている。
火星が本気で地球に対して報復を行うと宣言しているのだ。
「ま、待ちたまえ!
本気で出来ると思っているのか?」
「既に実験は完了しました。
火星が行った独立宣言の際にネルガルの戦艦ナデシコを送り返す事で実験は成功しました。
次は高度1000メートル上空に爆弾を投下して破壊するだけです。
ああ、安心して下さい。
核は使わずに通常弾で攻撃するのに留めますので」
準備は万全で核は使わないと言われて、問いかけていた人物は声が出ずにいる。
参加者も火星の攻撃方法を知り、最悪の方向に進んだ時は地球が滅亡する可能性を知っていく。
核の冬と呼ばれた時代に戻る事に気付いたのだ。
だが状況はそれより最悪なものだった。
あの時代はお互いに滅びる危険性があり、睨み合うだけで済んでいたが今回は一方的な攻撃になるからだ。
「さて、火星の実力を知ったところで会議を始めようか」
「そうですね、からかうのは飽きましたので本題に移りましょうか」
青褪める参加者達を見ながらロバートが楽しそうに告げるとクロノも悪戯が成功した事に満足していた。
「どういう意味かな?」
「言葉どおり、あなた方をからかっただけですよ。
確かに報復も考えましたが、そこまで過激な戦術を選択するほど火星は追い詰められてはいません。
一応出来る戦術で過激な報復攻撃の一例を示しただけです」
クロノの物言いに抗議したい者もいるが、ひとまずは火星が報復を行わないと知って安堵する参加者達であった。
「但し次はありませんよ。
このような行為を繰り返されると、火星も行動に出なければなりません。
命を弄ぶ者に未来など有りはしないのです」
この言葉に込められた意味に参加者達は連合政府の行為に反省を促す必要があると判断する。
何も知らなかった自分達もいい加減だが、今の連合政府の体質も危険なものだと思うのだ。
「では我々は火星の独立に協力すれば良いのかね?」
参加者の一人の意見にクロノは首を横に振り、
「いえ、それも重要な事ですが、火星が独立しても地球の市民の意識改革が出来ない以上は何も変わりません。
安全で豊かな場所に居る者に危機感を与える事で連合政府への不信感を持ってもらい、
改革を市民の手で行ってもらう事が一番の解決策だと思います」
認識を改めてもらおうと話し続ける。
参加者達も改革の必要性を言われてそれぞれに考えている。
この戦争自体が可笑しな形になっているとまでは考えが及ばないが、クロノの次の意見を聞いて納得する。
「この戦争は歪な形で始まりましたので、皆さんの協力で正しい形に変えて欲しいのです。
火星は木連と休戦する事で合意しました。
木連は戦力を一本化させる事で大規模な軍事行動を地球に行うでしょう。
ですが地球は国家として認められていない木連に対して戦争を終わらせる方法はないでしょう。
連合政府は彼らの存在を未だ否定しています。
このまま行けば、どちらかが滅亡するまでの戦争に突入します。
それでも構いませんか?」
終わらせる事が出来ないと言われて、初めてこの戦争の歪さを理解していく。
「火星だけではなく、木連の国家承認を行わないと終わらせる事は出来ないのです。
当面は戦争が続く事は間違いありませんが、経済的な事情でいずれは終わらせる必要性が出てきます」
人的資源を失い続ける地球の社会体制が不安定になる可能性もある事に誰もが気付いた時に、
終わらせる事が出来ない事は非常に不味い状況だと参加する経営者が気付き始めていた。
「不味いな、君の言う通りだよ。
社会基盤を支える者を失った後で再生するのは容易な事ではないな」
「どちらかが滅びるまでの戦争など以ての外だよ。
勝った後の再建にどれだけの時間が掛かるか……分からんぞ」
企業を経営する者は人材に関しての知識を有する者達だ。
彼らは失った人材を再び得る事がどれほど難しいか承知している。
社会基盤が崩壊する事は企業の存在も危うい事になると理解している。
「政治家達や官僚は数字で考える者が多いのです。
死者も数で見る事しか出来ません。
安易に戦争を選択した愚かさに気付いていないのです。
どうやって終わらせるかと問えば、彼らと軍人達はこう答えるでしょう。
『勝てば問題はない』と。
ですが今の彼らに失った人材が社会を支えている事に気付くと思いますか?」
クロノの警告に経営者達である彼らは顔を顰めている。
終わりがない……疲弊するだけの戦争など企業は望みはしないのだ。
あくまで利益が出る戦争であるならば支援もするが。
「ふざけているな。
硬直した思考の持ち主が連合政府を取り仕切っているのか」
「困ったものだな。
この戦争がそこまで危険なものに発展するとは」
「百年前の罪を隠す為に戦争を選択した事も困ったものだが、
この戦争を歪なものに変えてしまった事が最大の戦犯になりそうだな」
誰もが頭を抱えて、この戦争の終結方法を考えないと不味いと認識していた。
「そういう事だよ、私が言いたいのは。
火星と木連を国家と承認して連合政府の改革を進めなければ、
この先も様々な形で惑星間戦争へと発展する可能性がある。
我々は戦争を否定する事はしないが、あくまで企業としての収益が無ければならないのだ。
この戦争は最悪の事態になってしまうと我々は大損害を出してしまうだろう。
それでは不味いのだ。
火星が求めているのは謝罪とこういう事態が二度と起きない体制を我々に造って欲しいと願っているのだ」
ロバートが参加者に火星の要望を告げると、
「了解した、アスカインダストリーは政府の改革と市民の意識改革に協力しよう。
このままでは相当危険な状況に陥りかねないようだ」
キョウイチロウ・オニキリマルがクロノに向かって宣言する。
「とりあえず賛同はしますが、具体的な方策はありますか?」
アカツキは皮肉を含ませるようにして、ロバートに問う。
開き直るように話すアカツキにクロノは告げる。
「別にする事などないさ。
戦争が激化すれば、誰もが戦争が嫌だと思うようになる。
その時に市民に囁けばいい。
『終わらせたいが政府が終わらせないように仕組んだのだ』と。
そう囁けば、市民の目も覚めるだろう。
今の連合政府が如何に危険な存在なのか、そしてその連合を疑いもせずに信じきっていた自分達のいい加減さにな。
自らの愚かさに気付かぬ者はこの先の世界に必要はない」
クロノの言いようにアカツキは寒気を感じていた。
そんな状況になれば大規模な混乱と内乱が起きて地球はその機能が麻痺しかねない。
クロノの考えを聞いた者達はその危険な考えに恐れを抱いている。
「市民一人一人の自覚が無い事が問題なのだ。
平和ボケから目を覚まして、現実を見て欲しいものだな」
「全くです」
ロバートが当たり前のように話して、クロノも賛成している。
戦争に対して未だに不安を感じていない者が地球には大勢いる事が問題だと話している。
「覚悟が足りない者が多いですな。
いっそ選別でもしますか?」
ロバートの側に控えていたミハイルが参加者達を冷ややかな目で見つめている。
ミハイルの言い方に参加者達は危険なものを感じて、警戒するように見つめる。
「そんな事は許されない!」
アカツキが叫び立ち上がる。
「命を弄ぶ心算なのか、あなた達は!?」
「お前がそんな事を言うな!
既にお前はその選択を行っている!
今更、人道主義を気取るな!」
クロノがバイザーを外し金色の瞳を鋭くして猛禽のようにアカツキを睨みつけている。
「お前達ネルガルはマシンチャイルドを生み出して、幼い子供すら兵器として運用する事を計画した。
火星で発見した技術を独占する為に、公表しようとした科学者夫妻を暗殺した事もある。
ナデシコを火星に強制降下を行い、第二次火星会戦の引き金を引いた事も事実だろう。
綺麗事を囀るな」
視線の鋭さにアカツキは声が出なかった。
「地球の傲慢さが全ての元凶なのだ。
その事を忘れないでもらおう。
忘れた時は火星は報復する。
どれ程の死者が出ようと火星は止まらないし、止める者はいないだろう。
火星の住民は既に地球を見限り、火星を故郷として火星人として生きる事を選択した。
あなた達地球人が苦しみ、助けを求めても手を差し伸べはしない。
裏切ったのは火星人ではなく、あなた方地球人なのだ」
クロノの言葉を聞いて参加している者達はようやく事態の深刻さに気付き始めている。
火星は地球がどうなろうと気にしないのだ。
自分達が選んだ政治家達の愚行に怨みを抱いているのだ。
「そろそろ平和ボケでした行為のツケを払う時が来ているのだ。
もう後がない状況に来ている事を自覚して欲しい」
ロバートが全員に告げる。
「火星も木連も地球の一連の行動に対して憤りを覚えているのだ。
我々も覚悟して行動しなければならない時が来たのだ。
この不始末を清算して、次の時代を残さねばならないのだ」
沈痛な面持ちで話すロバートに部屋の空気が重く圧し掛かっていく。
「あまり時間はない。
月が陥落すれば、制宙権がない地球は木連の攻撃を跳ね返すまでかなりの損害を受ける事になる。
連合軍の兵士は対人戦になる事を自覚している者がどれだけいるのやら。
人を殺すという覚悟のない人間が戦場に出て行く事がどれ程危険な事か理解できるだろう。
精神が破綻する者も出るかもしれない。
相当過酷な戦争になる可能性もあるのだ」
泥沼の戦争になっていく状況を話すロバートに全員が顔を青褪めていく。
「新兵はまず耐えられないでしょう。
彼らは木星蜥蜴を倒すという気持ちはあるかもしれませんが、人間に銃を向ける事を躊躇う者もいるでしょう。
害虫退治だと考えている者もいますよ。
今まで無人の機械を相手にしていたのです。
いきなり人間が相手になると言われて動揺する事は間違いありません」
ロバートの考えを裏付けるようにクロノは意見を述べる。
あり得る話なので、誰もが焦りを感じている。
「木連は戦争を行うと自覚しています。
向こうはもう後がないですから、死に物狂いで抵抗してきますよ。
彼らは力尽くで交渉の席を作らないと生きる道がありません。
追い詰められた者の怖さは理解できるでしょう」
木連の取る手段は限られていると言われ、地球が折れるしかないと考えるが連合政府も軍も納得しないと誰もが考える。
戦える環境が整い始めた事を知る政府も軍もこれからが本番だと考える者が殆どなのだ。
今の状況で終わらせる事がどれ程不可能な事か、彼らも理解していた。
「後戻りは出来ない状況になってしまった。
一刻も早い市民の目覚めを待つしかないのだ。
その為の環境を我々が整える事が急務となるだろう。
此処にいる全員の知恵を借りたい。
協力出来る者は次回の会合に参加して欲しい。
強制はしない……何故なら各自が自分で決断していく必要がある。
誰の為でもない、自分達と家族の未来を懸けた戦いなのだから」
ロバートが全員に告げるとそれぞれが考えを巡らせている。
「それでは本日の会合は終了します。
お疲れ様でした」
ミハイルが解散を告げると誰もが疲れた顔で部屋を退室していく。
重い課題を与えられて足取りも重く、フラフラと歩く者が多かった。
「大丈夫でしょうか?」
「分からんな、ここまで事態が深刻だと思わなかった者が大半だからな」
キョウイチロウとロバートは覚悟の足りない男達を見ながら話していた。
「お前には覚悟が足りないんだよ」
落ち込むアカツキにクロノは声を掛ける。
「望んで座った訳じゃない事は知っているが、いい加減目を逸らすな。
もう選択肢は二つしかないんだよ。
全てを棄てて逃げるか、運命と立ち向かい突き進むかのどちらかしか……な」
「君に何が分かるんだ。
僕がどれ程苦労したのかも知らないくせに」
吐き捨てるように話すアカツキに、
「分かる訳ないだろう。
俺はお前の親父に全てを奪われたんだぞ。
親父もお袋も殺されて、一人で生きてきたんだ。
兄貴がいて家族がいたお前の苦労など知らんよ」
突き放すようにクロノは告げる。
「やはりテンカワ君なのかい?」
「そういう事だ。
未来では世話になったが、それは間違いだったかも知れんな。
所詮火星人は地球人にとって道具でしかないのだ。
お前に資料を送り、重役達の力を削げば火星を救ってくれると信じたんだが」
クロノの言葉にアカツキは俯いていた顔を上げてクロノを見る。
「まだ間に合うぞ。
俺のように後悔ばかりの生き方なんてするなよ。
こんな生き方は苦しいだけだ。
かつての親友としてお前にはそんな生き方をして欲しくないんだよ」
辛そうにクロノは話すとジャンプして行った。
アカツキは一人静かにクロノがいた場所を見つめる。
「親の後始末に苦労しているようだが、冷たい玉座に座るのはやめておけ。
経験者が話しているのだ。
苦しいだけの生き方など無意味なものだ」
「どういうつもりですか?
僕に助言するなんて」
「さあな、息子を失った男の戯言だと聞き流せばいい」
ロバートが気にするなと話すと、アカツキは呆れるように見ていた。
敵対関係の二人が話すような事ではないのだ。
「お前の父親に聞きたい事があったが聞けないままだったので、代わりに聞いてもいいかね」
「何をですか?」
「何、簡単な事だ。
世界を征服したいのかと聞きたかったのだ」
「はあ?」
何を言ってるのかとアカツキは訝しげに見ている。
「隔絶した兵器に、一人でも運用できる戦艦、ボソンジャンプによる戦線の無力化。
おおよそ企業家には分不相応の物だと考えるがどうかね?」
真剣な顔で尋ねるロバートにアカツキは答えようがなかった。
こうして問われる事で父親が野心家であった事を知るアカツキは父が何を考えていたのか余計に分からなくなってきた。
アカツキの混乱する顔を見て、
「ふむ、お前にも理解できんか?」
何処か納得した顔で話すロバートにアカツキは問う。
「おかしいですか?」
「おかしくはない、お前が狂人で無い事が判ったからな」
「狂人ですか?」
流石に父親が狂っていると言われたアカツキは不愉快に聞く。
「人体実験を推進している時点で狂人だろう……違うか?」
「そ、それは」
「わしも息子のしでかした不始末に困惑しておるよ。
この年になっていきなり三人も孫が増えおった。
しかも憎まれる可能性もあった。
立場は違えど、身内の不始末に苦労している事には変わらんよ」
儘ならぬ生き方を余儀なくされるロバートを見て、ロバートの中にアカツキは自分の行く末を見るような気にさせられる。
「わしのような生き方などするな。
心配してくれる者がいるのだ、もう少しゆとりを持つのだな」
そう言い残すとロバートは去って行った。
「言いたい事は分かりましたが、手加減などしませんよ」
アカツキは口元に笑みを浮かべると部屋を出て行く。
(お節介な友人に、小言を言う老人か)
自分の周りにはいなかった二人に好感を持ったアカツキは苦笑する。
退屈な会合になる筈が面白い事になったと思うと同時にするべき事を考えなければならないと感じていた。
(責任か……重い荷物になりそうだな。
さっさと降ろしたいけど、簡単には逃げられないんだよね〜)
父親の後始末に自分のした行いをきちんと処理しないと思い、アカツキは歩き出していく。
「よろしいのですか、敵に活を入れても?」
ミハイルが先程の会話を回想してロバートに尋ねる。
「いいのだ。流石に腑抜けのままでは困るだろう。
あれでもネルガルの会長だ。
少しは立場を自覚してもらわんと仕事が増えるばかりだ」
ロバートもミハイルの言いたい事を知っているだけに苦笑して答えている。
「親の所為で苦労しているようですな」
キョウイチロウがアカツキを見て結論付ける。
野心家の父親の影に振り回されていると見ているのだ。
「だが才能はあるぞ。
足りないのは覚悟といった所だな。
この戦争のおかげで逞しく成長しそうだな」
ロバートのコメントにミハイルはため息を吐く。
ライバル企業のトップの成長など遠慮して欲しい事なのだ。
「もっともこれから苦労する事は間違いないがな。
まだまだ強かさが足りんよ」
アカツキの苦労を知るロバートは愉快に話す。
その事を知っているキョウイチロウもミハイルも苦笑している。
「それでは次の準備を始めましょう。
時間が足りない事ばかりですから急がないと」
ミハイルが急かすように話すとロバートもキョウイチロウも頷き歩き出す。
和平を行う時の準備を進める為に。
―――トライデント ブリッジ―――
「兄さん、少し聞きたい事があるのですが?」
ルリちゃんの声を聞いた俺は顔を向ける。
「ん、何かな」
クロノ兄さんがルリちゃんに顔を向けて聞く。
「私に血の繋がった家族はいるのですか?」
その一言にブリッジは沈黙に包まれて行く。
「知りたいのかい?」
クロノ兄さんは落ち着いた様子で聞き返す。
「いえ、特に聞きたくはなかったのですが、兄さんは全てご存知ですから気になって」
ルリちゃんが不安そうにクロノ兄さんを見つめる。
「私の家族はここにいるのだと思っていますが、
もし法的に親権を持つ方がいるならば、私はその方の元に行く事になるのでしょうか?」
俺を見つめてルリちゃんは不安そうに尋ねる。
俺の場合は爺さんの許可があったので大丈夫だが、ルリちゃんの親権は未だにネルガルにある事に気付いた。
(確か金で親権を売られたって言ってたな。
ふざけた事をするものだよ)
ネルガルの汚いやり方に俺は憤りを感じていた。
「聞きたくはなかったのですが、知っておかないとこの先に何か困った事になる気がして」
「もしかして水の音を思い出したのかい?」
「ど、どうして――やっぱり知っているんですね」
ちょっと慌てたがルリちゃんはすぐに落ち着くとクロノ兄さんに聞く。
クロノ兄さんは少し困った感じで迷っているようだが、重い口を開いていく。
「全部知っているよ。
ルリちゃんのお父さんもお母さんにも会った事があるし、弟さん達にも会った事があるよ」
それを聞いたルリちゃんは顔を青褪めて震えている。
少し衝撃が大きいと、俺は判断して二人の間に口を挟む事にする。
「クロノ兄さん、少しはルリちゃんの事を気にして下さい。
ルリちゃんはクロノ兄さんみたいにタフじゃないんですよ」
「そうだな、少し言い方が悪かったな。
だが時間が無い事も確かだ。
何とかしないと」
「どういう意味ですか?」
「ジュールには言っていなかったか?」
「何も聞いていませんよ」
「そうか」
「何か問題でもあるのですか、兄さん」
俺達の会話に落ち着いてきたルリちゃんが入ってくる。
幾分落ち着いてきたようだが、顔はまだ青く少し心配だった。
「大丈夫か、ルリちゃん?」
俺が声を掛けるとルリちゃんは頷いて大丈夫だと安心させるように微笑む。
その笑顔がとても儚く見えて、俺は隣にいるルリちゃんの手を握り代わりに尋ねる。
「ご両親に問題でもあるのですか?」
「ジュ、ジュールさん!?」
焦るルリちゃんに俺は、
「ちょっと頼りない兄貴だが、一人で聞くよりはマシだろう。
今度は俺がルリちゃんを助ける番だよ」
安心させるように笑って、頭を撫でてあげる。
「私、子供じゃありません……少女です」
……何故か不評だった。
(おかしいな、他の子には好評だったが)
不思議に思っているとブリッジのクルーはルリちゃんを憐れむように見つめ、俺に対しては怒っている様に思えていた。
「ジュール……あなたもですか?」
ブリッジに入ってきた姉さんが疲れた様子で俺を見つめていたのが不思議だった。
「研究対象にしようかしら、マシンチャイルドの男子は揃いも揃って朴念仁になるのかな」
「どういう意味ですか、イネスさん」
「言葉どおりよ、ジュール君。
お兄ちゃんもそうだけど、あなたも鈍いみたいね」
「そんな馬鹿な!
俺とクロノ兄さんが同じだと言うのですか?」
「…おい」
クロノ兄さんが俺を睨んでいるが、俺は気にせずに話す。
「こう見えても恋愛相談を受けた事もある男ですよ。
クロノ兄さんと同じなどと言われるのは不本意です」
「だからです」
「何故に!?」
姉さんの言い方に愕然とする。
「ル、ルリちゃんは違うと思っているね」
一縷の望みを懸けてルリちゃんに聞く。
「いえ、ジュールさんも兄さんとあまり違いはないと思います」
目を逸らして、話すルリちゃんに俺はショックを受けている。
「そ、そんな馬鹿な。
クロノ兄さんと俺が同じ朴念仁だと……ありえない。
断じて認めん、認められないんだ!」
俺は思わず叫んでいたが、クルーはいつも通り作業していた。
「……馬鹿」
ルリちゃんの声が痛かった。
だが俺の暴走?で肝心の問題は有耶無耶に出来た事は良かったとクロノ兄さんは後で褒めてくれていた。
時間を稼ぐ必要があるとクロノ兄さんは告げ、根深い問題があるのかと俺は聞きたい気持ちにさせられていた。
その後の関係者のコメント。
「心労で倒れるのが早いか、上手くまとまるか、時間との戦いかもしれません」
姉さんが沈痛な表情で話す事がひどく印象的で、
「……馬鹿」
と真っ赤な顔で話すルリちゃんが不思議だった事は言うまでもなく、
「困ったものです」
「ナノマシンの所為かしら?」
レイさんとイネスさんの言葉も意味が理解できず、
「手の打ちようがないです」
マリーさんの悔しそうに話す言葉にクルーは何故か頷いていた。
「ふっ、勝った」
ルナの勝ち誇る顔と、
「アクアさんも大変だよな〜」
シンの心配そうな顔が何故か悔しかった。
「ジュール兄、頑張ってね」
妹達の励ましの声に泣きたくなった事は…………秘密だ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
ナデシコと言えば、天然と朴念仁は必須なのだ――――!!
と訳の判らない電波の影響を受けたのか、思わず暴走しています。
ちょっと危ない方向に飛んでいるような気が。
こう策謀とか書くと反動が出るようです。
書くのは楽しくて進むんですが、反動でその後が大変です。
前回に続き、ぶっ飛んでいるかも。
では次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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