流れは変わり始める
奔流が全てを洗い流すのかは不明
ただ見極めが出来ない人物は流されて沈む
流され続けるのもありだが
おそらく溺れ沈むだろう
僕たちの独立戦争 第百二十七話
著 EFF
地球では先の艦隊戦の敗戦処理が進んでいる。
艦隊司令官のドーソンが死亡したので一応の決着は付いているのだが……責任の所在を明確にしなければならない。
まあ、政治家達による――ぶっちゃけ生き残った上級士官に"お前の所為だ"と責任を押し付ける事であった。
尤も政治家達も言い逃れは出来ない状況にあるので、道連れみたいな物でもあった。
まあ市民にしても、今更政府の広報の言うがままに耳を傾ける事はないが……軍の体たらくには不安があった。
アンダーグラウンドのネット以外にもメディアを通じての一連の不祥事が綴られる中の一幕であった。
「……報いが来たという訳だな」
コウイチロウは執務室で今回の艦隊戦の事後処理をしながら……待っていた。
連合軍の綱紀粛清が始まり、ドーソン派の粛清は凄まじい勢いで行われている。
自身はドーソン派ではないが、火星辺りは自分を煙たがっているのは間違いないので主流から外されると予想していた。
テロ事件の一件もある。今回の戦争で核の使用を流されるままに承認した経緯もある。
火星、木星どちらの陣営からも快くは思われないだろう。
散々な結果に終わったので兵士も市民も今回の艦隊戦の不手際を快く思っていない。
大敗を喫したと言うのがピッタリなだけに関係各所からの突き上げが非常に多かった。
艦隊の七割以上が未帰還という事態に軍も隠し通す事が出来ない。
軍の見通しの甘さに亡くなった兵士達の家族の憤りは治まる事はなく、このような事態を引き起こした軍への連日行われる抗議行動は激しさを増していった。
特に勝てると豪語していたドーソンの無能さが浮き彫りになり、それに追従する形を取った士官達への叱責の声は大きかった。
ミスマル・コウイチロウは生き残ったが故に連日針の筵に座った状態に近かった。
クレイズ・フレッチャーオセアニア方面軍提督は胸中穏やかならざる状態で日々の職務に励んでいた。
次の連合軍総司令官の最有力候補と目されているが、正直なところ立身栄達を望んでいない。
今、総司令官になっても軍改革に奔走して旨味はないし、面倒事で忙しいだけになると知っているのだ。
無論、軍の改革は反対ではなく、賛成派の一員ではあるが矢面に立つとなれば話は変わる。
「面倒な事だが……誰かがしなければならない。
アルベルトがもう少し上の階級だったら……一気に押し上げて座らせても良かったんだが」
ロバートとは知人であり、何かと便宜を図ってもらった事もあるし、自分が便宜を図った事もある。
持ちつ持たれつの関係というのが二人の間柄だったが賄賂を受け取った事はない。
軍にとって最善の方法だからロバートに協力したというのが事実だ。
自分が優秀な士官だとは思っていないし、政治にも興味がない。
今の地位にもそれほど未練がなく、偶々空白になったポストに若干持っていた政治力を使って座っただけなのだ。
ただドーソンみたいに強欲ではなく、部下の殊勲を奪う事もない上官だったので士官達からは信頼されていた。
優秀な人材をきちんと評価して、その人物に見合ったポストに座らせる。
組織のトップには必要な資質だけは持っていた点は高く評価され、兵士達の信頼も篤かった。
「ジェイコブが再編で動けないのが痛かった……」
欧州方面軍ジェイコブ・キートン中将が欧州軍の再編で苦労しなければ、彼に任していた。
ドーソンの毒牙が思った以上に欧州に伸びていたのでジェイコブは苦労していた。
同様にアフリカ方面軍も戦線の建て直しとドーソン派の士官の不祥事で苦労している。
北米と南米の対立もあるので……自分の役割は重いと理解する。
面倒事は嫌いだし、自分がトップの時に戦争はしたくないというのがフレッチャーの心情だった。
無欲とは言わないが、それなりの欲望はある。
だが、まあ今の生活で十分だと満足しているので、これ以上の栄達は望んでいなかったが……何の因果か、上に行く破目になった。
元々好戦的な性格ではないし、軍官僚型のフレッチャーは戦争に至る経緯を知って……更にやる気が失せたという心境になっている。
戦力分析も碌にしてない状態で開戦するというドーソンの暴挙にも呆れているが、現政権の政治家達の識見の無さにも失望していた。
今でも戦争継続を訴えているが、市民から見れば「こいつら……馬鹿だろ」と思うと確信している。
いや、そういう事を考えられないから自滅しているのだとようやく思えるようになってきた。
現政権に対する忠誠心はハッキリ言って……ゼロだ。
次の政権を取るオセアニア出身のフレスヴェール議員には期待しているが。
自分を信じてくれる部下達は栄達を喜んでくれた事に感謝しているが、個人的には皮肉なものだと思うしかない日々を過ごしていた。
これが今の軍の光と影を代表する二人の心境だった。
―――火星アクエリアコロニー ジャンプターミナルポート―――
休暇を無事?に過ごしたジュールはL5コロニーへと旅立つ。
「んじゃ……行ってきます」
見送りに来てくれたシャロンとルリ達に簡潔に別れの挨拶を告げる。
「次に還って来れるのは半年ぐらい先かな」
「そうですか……」
ルリはちょっと消沈気味に返事をする。危ない任務にはならないと予測しているが不安の種は尽きないのだ。
「まあ、今度逢う時を楽しみにさせてもらうし……連絡するよ」
不安そうにしているルリの頭をジュールが優しく撫でる。
「子供扱いする気はないけど……今はこれでご容赦を」
「……そうですね」
不満はあるが、とりあえず納得するという表情でルリは微笑む。
「次は半日じゃなくて……まる一日使ったデートしような」
「はい♪」
「……邪魔者を完全に……排除してな」
「当然です!!」
ジュールとルリの視線の先にいるガーネットが目を逸らしている。
「ガーネ、あなたには後で話があるので……楽しみにして下さい」
冷や汗から脂汗に変わりながらガーネは何度も頷いている。
「……不安だわ」
シャロンは幼き日のアクアを思い出したのか……ガーネの行く末に一抹の不安を感じ取っていた様子だった。
そんな三人の様子を見ながらマリーは天を仰いでいた。
(油断した私が愚かなのか……あの方が強かなのか……。
まあ、この分だとガーネがアクア様役で、ルリ様が私の役になりそうですし……とりあえず良しとしましょう)
レイチェル化ではなく、アクア化なのでマリーは痛み分けの状況と判断して我慢する。
(これからも見守る必要はありますが……)
心労が増えそうだが同士がいる事で耐えられそうだと思っていた。
シャトルに乗り込み、ジャンプする光景を皆で見つめる。
「さ、参りましょうか、ルリ様」
シャトルをじっと見つめていたルリ様に声を掛けて帰宅を促す。
「次に会う時は素敵なレディーになって、ジュール様を吃驚させましょう」
「……いいですね」
私の意見にルリ様は笑顔で返事をしてくれる。
「クロノさんも居ますし、ゲイルさんも居ますから大丈夫ですね?」
「ええ、勿論ですとも」
ルリ様の不安を吹き飛ばすように微笑んで返事を行う。
「ジュール様は約束を違える方ではありません。
だから、次に再会する時を楽しみにしましょう」
「はい」
初デートの際にプレゼントされたのか、ルリ様の右手の薬指に派手さはないがどこか気品があるシルバーのリングがあった。
トラブルだらけのデートだったらしいが、二人の距離がまた少しは近付いたと感じられる。
ルリ様もジュール様も今まで苦労しておられたので、これからは幸せになって欲しいと願う。
苦労した者が報われない世界というのは嫌だと切に願うマリーだった。
ちなみにガーネのお尻は叩き甲斐があったとマリーとルリはシャロンに笑みを持って返していた。
―――L5コロニー サツキミドリ―――
執務室で勤務中のクロノにアクアが話す。
「では、クロノ。こちらも月への挨拶に向かいましょうか?」
「……そうだな。一応約束もあるし」
クロノ、アクアの両名が月へ今後の軍事協力を兼ねた表敬訪問に出向く予定になっていた。
「どの艦にする?」
留守中の管理を一任されているゲイルがどの艦で月へ向かうかを尋ねている。
「ユーチャリスTを使うよ。あれだと最少人員で動かせるからな」
ワンマンオペレーションを前提条件に作られた戦艦ユーチャリスなら、いざという時に艦に残した人員で脱出も可能だとクロノが話す。
「……なるほど。備えは用意しておくという事か?」
「まあな。そういう状況にはならんと思うが」
「私はクロノの方が心配ですね」
ゲイルとクロノ会話にアクアが入ってくる。
「北辰さんと本気で戦う事にならないと良いんですが……どちらも負けず嫌いみたいですから」
両者とも試合から死合に発展しそうに思えて不安なのだ。
どちらも修羅場を潜っているので本気になると止めようがないかもしれない。
最悪の時はどちらかの死亡によって……木連との関係に罅が入りかねないので困るのだ。
「シミュレーターの用意をしているので絶対に生身での決闘はダメですよ!!」
念を押すようにアクアが告げる。
「だ、大丈夫だって…………多分」
ボソッと最後に"多分"と誰にも聞こえないようにクロノが漏らす。
割り切ってはいるが、今一つ自信がない様子だった。
翌日、最少人員を乗せた戦艦ユーチャリスTがサツキミドリから出航する。
行き先は月。
クロノにとって、かつての宿敵が待ち受けていた。
―――月 木連―――
若干、時系列を戻す。
高木達は火星からの使者の受け入れ準備を進めていた。
まだ講和とまでは行っていないが、共同戦線を張った経緯もある。
派手な式典で出迎えるわけには行かないが、一部を除いては友好的なムードが月基地にはあった。
「ふ、いよいよ来るか」
"強敵、遠方より来る!"といった感じで北辰は非常に戦意を昂ぶらせている。
一日千秋の感があるように……この日をずっと待ち望んでいたのだ。
目の前に待ち望んだ男がいると仮定して抜刀術を行う。
鞘から放たれた白刃は光の光跡を残し、まるで悪鬼、羅刹すらも斬るというように鮮烈さを演出する。
「……日増しに鋭くなっているな」
「……鬼気迫るってああいうもんでしょうか?」
烈風と雷閃の二人が体調である北辰の浮かれぶりに複雑な気分でいる。
天閃修得で北辰の武は完成したかに思われたが、新たな強敵?の出現で更に磨きが掛かっている。
二人にすれば、北辰を通して自分達の武の頂が見えた気になったが……突き放された気がしてならない。
霞むように見えていた背中が完全に見えなくなったという状況に落ち込み気味だった。
月基地で秋山と南雲、白鳥は自分達が知らないもう一つの歴史を調べていた。
全兵士に閲覧可という状態に高木はしており、全ての兵が一度は見るようにしている。
「……随分、身勝手な歴史になっているな」
「酷いもんです。ご先祖様の事は完全に消されています」
「この戦争が始まっても誤魔化していたぞ」
三人なりに割り切って歴史の流れを見ていたが……最後まで見て気が重くなると同時に憤りを感じていた。
一般市民は何も知らないと、そして自分達の祖先の苦労など話しても理解されないという現実が酷く圧し掛かる。
自分達の存在を隠し続けた連合政府には苛立ちと憤りがあった。
「地球側の政変に期待しつつ……備えだけは用意するべきなんだろうな」
秋山源八郎は今後の展開に一抹の不安を感じている。
「連合市民は我々の苦労話など聞きたがらないだろうな。
そして、知らないという無理解が軋轢を生みそうだ」
「……頭の痛い話になりだぞ、源八郎」
「全くですよ。火星に取った行動といい……自分本位の連中が多そうです」
「少しは改善してくれれば、こちらとしてもありがたいがな」
月、L3コロニーから傍受出来るメディアの放送記録を分析する限り、地球の政変は好転する兆しがある。
この戦争を計画した陣営は完全に逆風で刑事責任も免れない様子だ。
「先の艦隊戦の敗戦で連合軍の勢いも完全とは言えないが失われている」
連合宇宙軍の戦力の低下も木連の現状に華を添える形になっている。
示威行為だが、秋山達の増援で地球側の危機感を煽れば……市民も自分達の状況を省みる可能性がある。
ただ流れによっては厭戦感情ではなく、徹底抗戦の構えを取る可能性もあるので行方を見極める必要もあった。
「源八郎、火星との今後の話し合いも重要になりそうだな」
「そうだな、九十九。火星との共同戦線は今の木連にはどうしても必要だ」
「長期化の対策ですね」
南雲の指摘に二人は頷いている。
地球とは睨み合いを続けているが、地球側も相転移機関の戦艦を投入し始めている。
「頭を押さえているから上に出る前か、出た直後に堕とす。
唯一の問題点はL2コロニーに駐留中の戦艦シャクヤクだ」
「確かにあの艦は邪魔です」
「だからと言って、こちらから攻撃するのも……」
南雲の邪魔発言に九十九が強行に攻めるのは難しいと思い、語尾を濁しながら告げる。
一応、シャクヤクのあるL2コロニーの防衛は地球側の最後の拠点として堅牢に守りを固めている。
「まあな。南雲の言うように力押しで行けば勝てるが、損害も馬鹿にならんぞ」
「そうだぞ。こっちの増援は……しばらく無理だからな」
本国からの増援は今回の第三艦隊でほぼ打ち止め、と秋山が告げる。
その点はこの場に居る士官達も兵士達も理解している。
予備として海藤が指揮する第二艦隊が本国に存在しているが、本国の守りの要として動かせない。
次世代艦の開発も始まっているが、それが戦線に投入されるのはまだ先の話だ。
本国では、クリムゾン経由で入手したコロニー開発技術を基に新しい街(市民船)の建造が今は優先されている。
新機軸の技術を投入して、建造される街は市民も木連の新たな出発の門出として興味津々だった。
「住み良い街になるといいんだがな」
「この月都市の技術も入っているから、悪くないんじゃないですか?」
白鳥、南雲の両名が月での生活を振り返って、新しい街の姿をそれぞれに思い浮かべている。
「確か、れいげつと同じ規模のやつを二つ作る予定だったな、源八郎」
「ああ、いつまでも遺跡におんぶに抱っこじゃ不味いからな。
自給自足できるように農業用を先に造る予定だぞ」
「……美味い飯が食えるようになれば良いですね」
「「全くだな」」
南雲の切実な声に九十九、源八郎の二人の声が同時に出た。
木連も火星と同じように食品の品質が地球より劣っているみたいだった。
―――クリムゾン本社 会長室―――
「とりあえず、おめでとうと言うべきかな?」
「まだ何も成していない以上……めでたいとは言えんよ」
ロバートは目の前の人物――シオン――に政権奪取の成功を祝うが、シオンはこれからが本番だと告げていた。
選挙を大勝という結果に終わらせて、連合議会の自浄再編を始める前にシオンはロバートに会いに来た。
「全てはこれからという訳か?」
「そういう事だよ。厳しい舵取りが必要だからな」
シオンの表情は厳しく……今後の政治運営が如何に厳しいのかを現している。
火星、木星のどちらの市民も地球に対する印象はかなり悪いものなのだ。
これから停戦、国交の樹立という流れに移行するのにある程度の地球側の譲歩が必要だが……上手く行くか不明だ。
敗北したと言えど、まだ格下と侮る市民が多い状態で政局を運営しなければならない。
現状のままで再び戦端を開けば、今度はどちらも一歩も退かないとシオンとロバートや自身の陣営の議員達は知っている。
戦争は嫌だという意見は市民にはあるが……二つの惑星に理解があるとは思えない。
無理解の果てにあるのはいがみ合いに始まり、小さな小競り合いに通じて……やがて戦争に繋がる。
相互理解を深めなければならないとシオン達は考えている。
「月は木連がこのまま押さえるだろうな」
「そうだな。月は彼らにとって重要な意味を持っている。
月に住んでいた市民の補償は出来る限りしないと」
ロバートの意見にシオンは反対していない。
鉱物資源の回収の為の月の重要性は理解しているが、汚い手段を用いて先住民を追い出してから住んだ連中が半数以上なのだ。
百年前の事だから知らぬ存ぜぬで済ませられるような問題ではない。
「百年前の皺寄せは、今になって顕在して来ただけだ。
資本を投入してきた企業には悪いが……どうにもならんよ」
力尽くという手段を用いて既に失敗している。
時間を稼げば、その手段を使用出来るだけの余力は残しているが……条件は向こうも同じだ。
特に火星は着実に国力を充実させ始めている。
互角になるのはまだまだ先の話だが……それを補うだけの力はある。
「……ボソンジャンプか、厄介な技術を遺してくれたものだな」
シオンが微妙に困った顔で呟いている。
その技術のおかげで娘夫婦が無事だったのは感謝しても良いが、その管理には頭を痛めている。
地球の住民は便利な技術だと安易に考えているが、物流を取り扱う企業は火星の企業に一気にシェアを奪われるのではないかと怖れを抱いている。
限りなく時間のロスを無くす事が可能な移動技術――それがボソンジャンプと彼らは考えている。
確かにその効果は計り知れないものがあるが、ボソンジャンプに秘められた真の恐ろしさを彼らは知らない。
横軸への移動だけではなく、縦軸――時間さえも移動出来るという非常に危険な技術なのだ。
ロバートから聞いた話によると、古代火星人が縦軸への移動を制限するプログラムを逆行者に渡して時間移動に制限を掛けたらしい。
どういう制限かはロバートも聞けなかったらしいが、それがもし事実なら一安心できる。
しかし、それを鵜呑みに信じていられるほど……お人好しではないシオン。
半信半疑ではあるが、とりあえずは信用する事にしているが備えも要るだろうなとも考えていた。
「連合検事局も大詰めかな?」
「まあ、彼らには頑張って膿みを取り除いてもらうだけだよ」
「シオンの言う通り、彼らにしても信用回復は必要だ。
連合政府の澱みは相当酷い有様だ……かなり大掛かりな外科手術も必要だろう」
「……その後の体質改善も必要だがな」
市民の意識改革――これを成し遂げなければ、本当に先行きが真っ黒に染まる。
自身に課せられた使命をとても重要だとシオンは理解しているし、同志である派閥の議員達も日夜真剣に議論している。
「大物は全て排斥したが……」
「小物は小物ゆえに残っているからな」
シオンの声に繋げるようにロバートがやれやれと言った感のある声で話す。
小物ゆえに中枢に入り込めなかったおかげで生き残っている連中がまだいるのだ。
「上手く立ち回った心算だろうが……癒着や汚職の資料は一応検事局にも回している」
「マスコミにも根回ししているさ。
政治の腐敗をここらで止めんと流石に不味いという点で一致している」
ニヤリと二人は笑みを浮かべて、追い討ちを掛けるという徹底振りを示した。
「……曾孫は男の子だぞ」
「息子に似せないようにしないとな」
羨ましいだろうと言いたげなロバートに皮肉を持って返すシオン。
ロバートはやや憮然とした顔で同じように皮肉で返す。
「早いとこ国交を樹立せんと孫娘にも会えんな」
「くっ! 任せておけ。必ず軟着陸させて和平にしてみせる!」
孫娘の事を指摘されて気合は入るシオンだった。
―――ネルガル会長室―――
「まあ、こんなものだろうね」
会長室でアカツキ・ナガレは選挙結果に一様の評価を下していた。
「……そうですね」
同じように選挙結果を見ながらエリナ・キンジョウ・ウォンは複雑な気持ちを隠さずに険しい顔をしている。
負けると分かっていても、義理という形で援助した選挙資金の補填をどうするか……その事に頭を痛めていた。
元々返ってくるとは思っていないが、無駄な投資だとエリナは思っている。
だが、無駄と分かっていても出さない訳には行かなかったのも事実なだけに気が重かった。
「そう、顔を顰めていると皺が増えて……老けるよ」
「ほっといて下さい!」
からかう響きのあるアカツキの声と分かっていても、老けるという言葉に反応してしまう。
「大体……損しているんですよ」
「まあ、手切れ金と思えば悪くないさ」
仕方ないと割り切ったアカツキの意見にエリナは、
「随分と張り込みましたけど」
やや皮肉げに声を返していた。
「仕方ないね。ウチとしては出さない訳にも行かないし」
エリナの皮肉にアカツキは肩を竦めている。
一応、彼らにはこの戦争でネルガル製品の売り上げに貢献してくれた点があるのだ。
このまま戦争が継続すれば、ネルガルにとってはあまり良くないので……義理程度に済ませていた。
出さないという選択肢もあったが、出さないと余計な事を喋る可能性もあったので、
「致し方ないと言ったところだね」
その一言が全てを物語っていた。
義理人情で、後々禍根を遺す気はないというのがアカツキの出した結論だった。
「やっぱり、軍縮に向かうんでしょうね?」
話題を変えるべきかと思い、エリナは今後の展望を話す。
「だろうね。ここらで終わらせるのが肝要だよ。
あそこまで被害が出ると……次を出すのは躊躇うけど」
先の艦隊の敗北を告げて、アカツキは停戦もやむなしと考えている。
「第一、今のエステを何機投入すれば……勝てるだろうね?」
木連の機体と火星の機体を思い浮かべて、アカツキは顔を顰めている。
「木連の機体なら、エステバリス2で対抗出来るけど……火星の機体には敵わないよ」
手元のパネルを操作して、軍から貰った火星の機体の映像をエリナに見せる。
「しかもウチでも開発中のフィールド貫通弾を先に実用化されたね」
「……頭の痛い話よ」
フィールドランサーの有効性から開発を始めた製品を先に出された。
まだ実験段階という点を差し引いても先に出されるのは嫌なのだ。
自分達のより小型化されているので使い勝手が良さそうだったので、開発競争に負けた気がして負けず嫌いのエリナは苛立つ。
「実体弾が有効なだけにミサイル、レールガンの需要が高いから目玉にするはずが」
「はぁ〜、先を越されたわね」
使い捨てのミサイルを中心にする事でグラビティーブラスト搭載による費用の上昇を抑えようかと考えてた矢先の話だった。
「軍縮するならお金の掛からない戦艦も有りかなと思っていたのに」
現行の戦艦にも搭載できる武装なら若干の改修でも対応出来る。
グラビティーブラスト搭載艦を売るのも一つの手だが、シェアを維持しつつ旨味を出したい二人は考えていたのだ。
「機動兵器の売り込みも一段落着きそうだし」
「エステ2なら勝てると豪語出来ないだけに困るのよね」
現在、本社で開発中のエステバリス2(仮)はあくまで現行のエステを基に開発している。
その為に欠点も間違いなく踏襲しているので……何かと不都合が多い。
一番の問題のスタンドアローンは未だに改善されておらずにいる。
一応、本社とシャクヤクの二チーム体制で開発を進めているエステバX(ムネタケ命名)がエステ3になる可能性が高かった。
「エステバX……相転移エンジンの小型化が最大の焦点になりそうだね?」
「ええ、本社の開発部がエンジンの材質、構造の見直しをしているわ」
単なる複製品ではなく、根本から見直しを行い……ハイパワーでコンパクトなエンジンを造る。
それこそが今後のネルガルの発展を支えると開発部は断言していたし、アカツキもエリナも異論はなかった。
「当面エンジン部は従来品の物を代用して造るけど……」
「いずれはエンジンを積み替えると言うんだね?」
アカツキの問いにエリナは頷いて答えていた。
「ただ、どうしてもエステバリスのサイズの変更は避けられないわ。
一回りは大きくなると思うの」
「再設計は必然ってことか……まあ、しょうがないね。
エステバリスで培ったノウハウを活かす方向で行けば良いんじゃないかな」
アカツキが出した結論にエリナは文句を言う気はない。
「一から出直しじゃないと思うしかないわね」
「そう悲観するもんじゃないさ。
少なくとも技術は得ているからね」
現行のエステバリスシリーズは十分な結果を出している。
アカツキ自身は其処で得られたデーターが次の下地になると思っているし、エリナもその考えを否定する気はない。
「どちらにしても……停戦は歓迎しないと。
元は取ったし、儲けも出している。何でも欲しいというのは間違いじゃないけど……危ないよ」
今の状況で戦争の継続を訴えても民意が許さないのは確実なのだ。
たとえ許したとしても、勝ち目があるのか……見極めの判断は難しい。
最終的には勝つかもしれないが、勝つまでにどれ程の損害を被るかの予測をつけるのは容易ではないのだ。
「一歩進んで、二歩後退した感じだからね。
今はその一歩分を取り戻さないと」
アカツキの言い様にエリナはネルガルの動きを省みて、苦虫を噛んだ様に表情を曇らせている。
「今は力を溜め込むのが最優先」
「……はい、会長」
力を溜め込む――技術力だけではなく、様々な分野での力の取り込みが急務とアカツキは考えているのだ。
市場の拡大はこれから始まる。
ネルガルが躍進するチャンスは非常に少ないが必ず逃さないと考える二人だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どうもEFFです。
外伝8を書きながら、この話を書くのは大変でした。
卵が先か、鶏が先か、本当にこの言葉が本当に身に沁みましたよ。
いや、これを書き終えた時点でまだ外伝は途中ですけど(マジヤバイっす)
それでは次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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