華雄と呂布への質問を終えた元親達は、大休止の続きを取る事にした。
その中で華雄と呂布が元親への今後の呼び方は“ご主人様”と決めた。
更には2人が元親達に真名を教えてくれる等の出来事が起きた。
呂布の真名が“恋”と言い、華雄の真名が“水簾”と言うらしい。
無論、教えてもらっただけではない。今後2人の事は真名で呼ぶ事になった。
元親は少しでも家族と打ち解ける事が出来たので嬉しかったが、愛紗達は少々複雑であった。
そんな様子で大休止を終えた元親達は、意気揚々と洛陽に向かって進軍を開始した。
「ここが帝都洛陽……? なんか様子がおかしくねえか?」
「確かに……人の気配がまるでありません」
「静かで不気味なのだ」
意気揚揚と向かい、洛陽に辿り着いた元親達だったが、敵の気配がまるで無いのだ。
この何とも言えない様子に、元親達は思わず拍子抜けしてしまった。
「どう言う事でしょう? 董卓は洛陽を放棄したんでしょうか……?」
「さあな……あの馬鹿は何か言ってきてんのか?」
馬鹿――袁紹の指示が無いか、元親は朱里に問い掛ける。
問い掛けられた朱里はすぐさま首を横に振った。
「いえ、まだ何も言ってきていません。……恐らく袁紹さんも、誰も居ない洛陽の様子に面を食らっているのかもしれません。何かの策かと疑っているのでしょう」
「敵の本拠地に来て誰も居ないようでは、敵の策略と疑いたくもなるか……」
いくら袁紹が無能な総大将とは言え、そのぐらいの事は考える余裕があるようだ。
元親は誰にも気付かれないよう、静かに溜め息を吐いた。
「…………変」
すると突然呂布――恋が口を開いた。
いつもの無表情ながらも、辺りを見回している。
「恋、どうかしたか?」
「…………気配が無い」
「? 兵が居ないのはもう分かってるぜ?」
元親が首を傾げると、華雄――水簾も辺りを見回しつつ、口を開いた。
「違うんだご主人様。白い奴等の気配が無いんだ」
「白い奴等の気配が無い……? 本当か?」
元親の問い掛けに、恋はゆっくりと頷く。
「どう言う事でしょう? 逃げたんでしょうか……?」
「…………逃げてない。何処かに身を隠してる」
「ちっ、奇襲か何か仕掛けようって魂胆か?」
どちらかと言えば奇襲を仕掛けてきてくれた方が楽と言えば楽だった。
いちいち気配を探る必要も無いし、出てきたら全力で叩き潰せば良いのだから。
少なくとも油断して寝首を掻かれる者は、この中に誰1人として居ない。
「相手の考えは分かりませんが、気を付けた方が良いでしょうね」
「だな。とりあえず警戒はしておこうぜ」
愛紗からの忠告を元親は素直に聞いておいた。
洛陽から流れ出る不気味な雰囲気が、元親には気に入らなかった。
◆
その後、元親達の陣に袁紹からの伝令がやってきた。
大本営からの命令が連合の各軍に下ったのである。
「長曾我部軍は先鋒として洛陽に突入! 出発は一刻後である! 至急準備されたし!」
水関、虎牢関で先鋒として成功を収めたのが主な原因だろう。
2つの要塞を落としたり、呂布も倒せたのだから、今度も大丈夫と言う意図が見え見えだった。
「あの大馬鹿総大将が……俺達を奇跡を起こす何でも屋と勘違いしてるんじゃねえか?」
「確かに……袁紹さんならありえますね」
元親の言葉に朱里がすぐさま同意する。
そこで初めて元親の怒り顔を見た恋と水簾が若干驚いていた。
「でも今は従うしかありません。どう言った作戦を取ろうか?」
愛紗も元親の怒気に若干戦慄を覚えながらも、朱里に今後の策を訊いてみる。
朱里は顎に手を添えて考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「そうですね……小部隊で城門に接近して、伏兵の存在が無ければそのまま城門を押し開け、その後は周囲を偵察。安全を確認した所で、本隊が突入と言う形が良いと思います」
朱里の提案した策に、文句を言う者は誰も居ない。満場一致と言うことだ。
元親達は手始めに偵察を行うための部隊を結成――身軽な鈴々がその部隊を率いる事となった。
「気をつけろよ? 危険だったらすぐに俺達の所へ戻るんだぞ。大丈夫な時の合図の旗を上げるのも忘れんな」
「大丈夫だってば。それじゃ行ってくるね、お兄ちゃん」
鈴々は緊張感を感じさせない笑みを浮かべ、部隊を連れて城門へ向かって行った。
それから数10分後、城門の前で合図である旗が上がった。
「鈴々ちゃんから合図が出ました。どうやら敵は居ないようですよ」
鈴々の合図を確認した朱里はすぐに元親へ報告する。
朱里からの報告を聞いた元親は無言で頷いた。
「よし、行くぜ野郎共。最初の目標は恋の家だ。その後は恋と水簾に案内してもらって、一気に行くぞ!」
「「「「オオオオオオオ!!!」」」」
◆
長曾我部軍が近づいても城壁の上から伏兵が出てくる様子は全く無かった。
それどころか城門は簡単に開き、元親達は鈴々達の部隊と合流した後、洛陽の街に向かった。
街の中にも敵兵は無く、更には街に住んでいる者の姿すら確認出来ない。
不気味に静まりかえった街に元親達は疑問を抱きつつ、恋の道案内で彼女の家へと急ぐ。
その結果、最初の目的だった恋の家を無事に確保する事に成功したのだった。
「よっしゃ。これで条件の1つは守れたな?」
「…………(コクッ)」
元親の言葉に恋が嬉しそうに頷く。
すると――
「アンッ! アンアンッ!」
何処からか元気そうな感じの犬の鳴き声が聞こえてくる。
比較的広い恋の家にある庭から1匹の犬が恋の方へ駆け寄ってきた。
「……セキト」
「アンッ!」
「……おいで」
犬――セキトは恋の言葉に従い、傍へとやって来た。
そして恋に甘えるように擦り寄る。
「……みんなは?」
「アンッ!」
恋の問い掛けに答えるようにセキトが庭の奥へ向けて一鳴きする。
するとどうだろう、庭の至るところから子猫や小鳥、色々な動物が一斉に恋へと駆け寄って来たのだ。
一瞬にして“友達”の動物達に取り囲まれた恋は心から安堵した様子で表情を緩める。
「……みんな、無事で良かった」
甘えてくる動物達の調子を確かめるように頭や身体を撫でる。
戦場では無敵とも言って良い程の武を誇る恋。
そんな彼女が持つ意外な一面だった。
心温まる光景を目にした元親達は思わず彼らの再会の様子に見入ってしまった。
愛紗と朱里が見守るような笑みを浮かべ、鈴々が羨ましそうに眺める。
元親もまた、恋と同じように安堵した笑みを浮かべていた。
「友達って言うより、俺には家族って感じがするな」
「恋は動物好きだからな。案外動物達も同胞のように思ってるのだろう」
元親の素直な感想に水簾が微笑を浮かべて答える。
実際水簾の言葉通り、動物達の接し方はそんな感じだった。
再会を邪魔してしまうのは心苦しい気もするが、元親は恋に話し掛けた。
無事に友達と再会出来た彼女にどうしてもこれだけは言っておきたかったのだ。
「恋……」
「……ご主人様?」
「友達が無事で良かったな。お前の大切な友達は俺にとっても大切な奴等だからな」
屈託の無い笑顔で元親は恋に言う。
元親の気持ちが分かったのか、恋は元親の眼を見て――
「……ご主人様のお陰。ありがとう」
と言った。
それから恋はゆっくりと立ち上がる。
「……恋、約束守る」
動物達に囲まれ、表情が穏やかだった恋はもう居ない。
立ち上がった今の恋の表情は猛将としての闘志が漲っていた。
「……恋の武器、戟を」
「! ……ご主人様、私のも頼む」
どうやら恋は自分の愛用の武器である戟を返して欲しいと言っているらしい。
水簾も恋の真意を読み取ったのか、自分の武器も返して欲しいと言ってきた。
元親は朱里に頼み、保管していた戟と水簾の戦斧を持ってきてもらった。
「持ってきましたけど……どうかしたんですか?」
突然武器を要求した恋と水簾に不安を覚えたのか、朱里が2人に問い掛ける。
すると――
「……敵が来る」
「ああ……それもかなりの数だ」
2人の言葉に全員の表情が驚愕の色に染まる。
すると1人の兵士が元親達の元へ駆け込んで来た。
「兄貴ッ! 女の子を乗せた馬車を保護したんですが、それを追いかけてきたみたいに白装束の一団が乱入してきやした! 現在警備兵が頑張って応戦してますが……苦戦中です! しかもその後に、得体の知れない巨漢も乱入してきやして、邸宅の門前は大混乱になってますよ!」
「白装束……まさかッ!?」
朱里が慌てた様子で、恋と水簾の方を見る。
「間違いないな……」
水簾が確信したような様子で静かに頷く。
この戦を裏で暗躍していると言って良い白装束が門前で戦闘している。
目的は恐らく元親と水簾の時と同じように元親を殺すためだろう。
だがこれは手掛かりを掴む機会でもあった。
前回の時は捕まえる事が出来なかったが、今回は遠慮無く捕まえられる。
1人でも捕らえる事が出来れば白装束の全貌が明らかになる可能性もあった。
密かに元親が微笑を浮かべていると、鈴々が唐突に口を開いた。
「白装束は鈴々達分かるけど、巨漢って何なのだ?」
確かに鈴々の言葉通り、報告にあった“巨漢”と言う言葉が謎である。
元親は知っているかもしれない恋と水簾に視線を移してみた。
「「…………(フルフルッ)」」
2人は無言で首を横に振った。
どうやら何も知らないようだ。
「仕方ない、細かい詮索は後だ! 今は保護した一般人を守る事を優先するぞ!」
分からない事だらけの空気の中、愛紗が場を一喝して取り直した。
「愛紗の言う通りだ! 良いか、絶対にここに白装束の連中を入れるんじゃねえぞ! 恋の家と友達は絶対に俺達が守るんだ!」
元親達は疾風迅雷の如く、邸宅の門前へと駆け出す。
その途中、愛紗が全員に戦闘の際の指示を出した。
「鈴々は保護したと言う一般人を守り、邸宅内に!」
「合点なのだ!」
「恋と水簾はご主人様と朱里を守ってくれ!」
「……分かった」
「任せろ」
「頼んだぞ。後の部隊は私に続け! 白装束の奴等を片付けるぞ!」
それぞれの役割分担も決まり、元親達は邸宅の外へと飛び出したのだった。
その中で元親は予想していた男がこの場に出てくるどうかを考えていた。
◆
兵士の報告通り、邸宅の門前は混乱を極めた乱戦となっていた。
長曾我部軍の兵士達は果敢に奮闘している。
そして彼等が必死に戦っている者達を見て元親は顔を顰めた。
「1度見ているとは言え、気持ちの悪い野郎共だな」
「ご主人様に同感だ。私もあれ以来、連中には嫌悪感しか感じない」
「…………鬱陶しい」
白装束の姿はあまりにも異質である。
全員が同じ衣服、同じ色合い、同じ眼をしているのだ。
度胸と根性に関しては長曾我部軍の兵士達はどの軍の兵士にも引けを取らない
その兵士達が白装束の異様さに怯え、恐怖している。
今は若干優勢であるが、長期戦になれば不利になる可能性も無くは無かった。
「せいやぁーッ!!」
そんな不気味な相手を前にしても、愛紗は怯まずに白装束へと斬り掛かる。
敵軍へと斬り込み、白装束を何人も弾き飛ばす姿は圧巻の一言である。
その愛紗の勇姿が怯え、恐怖していた兵士達の沈み掛けた士気を高めてくれた。
「愛紗に負けていられねえな。恋! 水簾! やるぞ!!」
「分かった。ご主人様には、私が指一本触れさせん!」
「…………恋も、ご主人様守る」
中央に元親、その左脇を水簾、右脇を恋が固める。
3人が3人共、大型の武器を構え、迫り来る白装束を薙ぎ払った。
「皆さんッ! ご主人様を守って下さい! いつも一緒に戦ってくれるご主人様に今こそ恩を返す時ですッ!!」
朱里が周囲の兵士達に号令を掛け、押し寄せる白装束を喰い止める。
「長曾我部を殺せッ!」
「奴こそ諸悪の根源! この世の悪だッ!!」
「我等が正義の心、正義の鉄槌を受けよ!!」
白装束はそんな言葉で周囲の味方を激励し、真っ直ぐに元親を目指す。
手には短剣、曲刀、斧、小型の鉄球等、多種多様な武器を持っている。
元親の眼には白装束は己の命が失われる事が全く怖くないように見えていた。
その姿がある男に仕えていた将や兵士達を脳裏に思い起こさせる。
元親は無意識に軽い吐き気を覚えていた。
「この世の悪がッ!! 貴様の存在自体、我等にとって許し難い!」
「おーおー、豪い嫌われようだな。だがな、お前等みたいな変態に恨みを買った覚えは……これっぽっちも無いぜ!!」
元親は最後の言葉と同時に組み掛かってきた白装束の1人を殴り飛ばした。
すると次の瞬間、その隙を突いたもう1人の白装束が短剣で元親の左肩を刺し貫いた。
「ぐうっ……!」
「「「ご主人様ッ!?」」」
「――――ッ!?」
元親の左肩を刺し貫いた短剣をそのままにして白装束は後退する。
元親は舌打ちをしつつ、自分の左肩に刺さった短剣を抜いた。
鮮血が肩から流れ、左腕にゆっくりと流れる。
その血は元親が羽織っている服にも生々しい痕を残した。
「ご主人様ッ!? 大丈夫ですかッ!?」
兵士達に守れていた朱里が飛び出し、元親に駆け寄る。
「ああ、大丈夫だ。俺とした事が、少し油断しちまったな……」
元親は肩を押さえて苦笑しつつも、朱里に言った。
痛みを我慢している事があからさまな様子が朱里の心に突き刺さる。
「くっ……! 貴様等ぁ! 全員無事で帰れると思うなぁッ!!」
「我等が主を傷付けた愚行、後悔させてやる!!」
「…………倒す!」
元親の姿を見ていた愛紗、水簾、恋の3人の闘志が、瞬く間に燃え上がる。
愛紗は自分を取り囲む白装束を一瞬にして薙ぎ払い、水簾と恋は元親に近づこうとする白装束を次々に斬り倒していった。
だが白装束の軍勢は途切れる事を知らなかった。
倒しても倒しても、限りなく現れる白装束。
そのしつこさはある意味、不老不死並みであった。
その途中、保護した一般人を恋の家に連れて行っていた鈴々も合流し、協力して白装束を薙ぎ払う。
「クソッタレが……」
元親が現状の悪さに密かに愚痴を漏らす。
今は傍らに居る朱里が刺されてしまった左肩の手当てをしている為に動けない。
その間は愛紗、鈴々、水簾、恋、味方の兵士達が必死に奮戦してくれている。
皆を纏めている自分が動けない事がとても歯痒かった。
「長曾我部を殺せ!」
「正義は我等にある! 同志達よ、恐れるな!!」
「これは世の秩序を守る戦だ!」
白装束達は怯む事なく徒党を組んで迫る。
朱里は元親の治療をしつつ、敵の様子に対抗する陣形を指示した。
朱里が大声で号令を発し、愛紗達や兵士達も朱里の声に応じるように行動する。
「ご主人様を頼むぞ朱里! ご主人様を侮辱する輩は私が許さん!」
「何人出てきても、鈴々が1人残らずぶっ飛ばすのだぁーッ!」
「ご主人様は命の恩人。貴様等なんぞに殺させん!!」
「…………ご主人様は、恋が守る」
長曾我部軍が誇る猛将達が迫る白装束を次々に薙ぎ払い、弾き飛ばす。
朱里の指示した陣形が功を奏したのか、白装束の勢いが徐々に衰えていった。
この調子ならば勝ち目はある――誰もがそう考えた矢先だった。
「役立たずの駒共が……もうよい、我が出る。下がれ!」
男の甲高い声が、戦場に響き渡った。
その声の後、元親達に迫っていた白装束は次々と後退していく。
そして元親達の前に現れたのは今まで闘った白装束とは少し違う色彩の衣服を身に付けた男だった。
頭には珍しい形状の兜を被り、手には見事な輪の形をした刀が握られている。
ただその刀の刃は鋸のように鋭く、尖っていた。
「こんな女子供にも勝てぬとはな……情けない。采配を振るうもまま成らぬわ」
男の氷のように鋭い眼が、元親達を逃がさんとばかりに捉える。
その身震いする程の視線は愛紗、鈴々、朱里、水簾、恋の5人は鳥肌が立ってしまった。
ただ1人、元親だけが鳥肌を立てていなかった。
その表情は微笑を浮かべ、微かに笑い声を洩らしていた。
「ご主人様……?」
元親の異変にいち早く気付いた朱里が元親に問い掛ける。
だが元親は朱里の問い掛けに答える事なく、目の前に現れた男を鋭い眼で睨んだ。
男もまた、自分を睨んでくる元親を氷のような眼で睨み返す。
「久しいな……西海の鬼」
「やっぱりあんただったか……毛利元就ィ!!」
元親の怒りに満ちた声が戦場に響き渡る。
名を呼ばれた男――毛利元就は無表情で答えた。