袁紹軍との戦が終わり、幽州へ無事に帰還した元親。
戦力も格段に増え、街共々大規模な発展を遂げる事に成功した。

「不審人物?」
「はい。街の人達の証言を見るとそうなるんです」

そして今日も今日とて平和な日常を送る幽州では、太守である元親は書類整理に追われる日々を送っている。
そんな中、最近になって諸侯の間で名が高まってきた朱里が1枚の書類を手にしつつ、その内容を報告していた。
名が高まってきたと言っても、呼ばれている異名は“はわわ軍師”と言う不名誉な物である。

朱里の話によると、最近元親が治める街に不審人物が出没するらしい。
それも1回や2回ではなく、日に日に出没回数が増えているとの事。

「どうして今まで報告されなかったんだ? 不審人物なら早急に報告すべきだろ?」

元親の書類整理を手伝っている伯珪が怪訝な表情を浮かべながら言った。
同じく元親の手伝いをしていた愛紗も朱里の報告を聞き、首を傾げている。

「は、はい。それなんですけど……その……」
「どうした? 何か気になる事でもあんのか?」
「え〜っとですね……不審人物は不審人物なんですけど……良い人だそうなんです」

朱里がそう言った直後、場の空気が一時止まる。
そして一呼吸置いてから――

「「「はあ?」」」

元親、愛紗、伯珪のリアクションが完全にシンクロした。
朱里の方もどうしたら良いのか分からず、「はわわ……」と言ってパニックになっている。
その後、最初に気を落ち着けた愛紗がゆっくりと朱里に問い掛けた。

「ちょっと待て……不審人物に良い者など居るのか?」

愛紗の言う事は的確に的を得ている。
元親も伯珪も同じ事を思っていた。

「はい。その不審人物は街の人にチョッカイを掛けていた者を縄で縛ったり……乱暴を働こうとしていた者を気絶させたり……お店の人が熱で倒れた時に介抱したりと、良い事ばかりしてるんです。街の人達もそれなりにお世話になっているから私達に言おうにも言えなかったらしくて……」
「成る程なぁ……」

朱里の言葉に元親達は頭を抱えた。
不審人物なのに善人的な行動をする者など、この世に居るか居ないかだろう。
だが現実に存在している。それもこの街でだ。

「見回りの兵士達はどうしていたのだ? 自分達の本来すべき事を他人にされたら面目が丸潰れだろう。それに兵士達からそんな話は1度だって報告されなかったぞ?」
「普段鍛えてくれている愛紗さん達に知られるのが怖かったらしいです。知られたら「何と情けない!!」等と言われて説教されると思っていたらしくて」
「むう……」
「でも今報告している事は1人の兵士さんから聞かされた物です。勇気を出したみたいですね」

続く朱里の報告に愛紗が怪訝な表情を浮かべた。
確かにそんな事を聞かされたら、説教ぐらいはしていたかもしれない。

しかし黙っていたままだったのは良くない。
どちらにしろ、後で説教をしようと愛紗は思った。

「どうするんだ元親。捕まえるか?」
「う〜ん……街の奴等も悪くは思ってねえし、手荒な真似はしたくねえんだがな」
「な、何を言っているのですか! ご主人様!!」

元親の吹いた言葉にすぐさま愛紗が噛み付く。
愛紗からしてみれば、勝手な行いをするその人物は腹立たしいのだろう。
鋭い眼差しが愛紗の怒りの大きさを証明していた。

「いくら良い行いをしているからと言って、この街で勝手な事をされては困ります。それが不審人物だと言うなら尚更です。ここはその者を捕らえ、厳重に警告をすべきでしょう!」

元親は考える。
愛紗の言う事は確かに最もだ。
確かにこのままにしておけば、兵士達の士気に影響が出るかもしれない。
特に見回りに精を出している兵士達は言わずもがな、である。

「……仕方ねえ。とりあえず見つけて、そいつに事情を訊くとするか」
「賢明な判断です。ご主人様」
「でも拘束だとか、手荒な真似はしねえぞ? 事情を訊くだけだ」
「その者に警告さえ出来れば十分です」

元親の答えに愛紗は満足したように頷く。
伯珪も溜め息を吐きつつも、提案には賛成のようだった。

「そうと決まれば、書類をとっとと片付けて、見回りに行くとするか」
「元親も見回りに行くのか? 愛紗達に任せておけば良いじゃないか」
「愛紗達だけに任せる訳にいかねえだろ。生憎俺は行動派だ。その不審人物とやらをすぐに拝みたくなってきた」

街の問題なのに何処かウキウキしている元親。
まるで珍しい物見たさの子供のようである。
その様子を見た伯珪は不覚にも、少しだけ微笑ましいと感じてしまった。

更に朱里によれば、この時間帯の警邏を担当するのは愛紗。
元親が共に行くと聞き、彼女は物凄く嬉しそうだった。

「ご主人様と2人で街を回るの……久しぶりな感じがします」
「そうだなぁ。最近は忙しくて暇が無かったもんな」
「不謹慎ですが、何だか…………嬉しいです」
「おいおい大袈裟だな。そんなに嬉しがる事かよ」

気さくな笑顔で話す元親と、頬を赤らめて話す愛紗。
徐々に出来上がりつつある2人だけの空間を、朱里と伯珪の何気ない咳払いが破った。

「お話し中に申し訳ないのですが、手掛かりとして不審人物の名前と特徴を教えておきます」
「ああ? そいつの名前なんかもう分かっているのか?」
「はい。何でも自分から颯爽と名乗ったらしいですけど……」

朱里が一呼吸置いて後、おずおずと口を開いた。

「名前は……“華蝶仮面”と言うらしいです」
「「「華蝶仮面??」」」

華蝶仮面、カチョウカメン、かちょうかめん――――
朱里の言葉を聞いた3人の頭の中をそれが駆け巡った。

「何の冗談だ? それは」
「いえ……冗談ではなく、本当にそう名乗ったらしいです」

伯珪が大量の冷や汗を流しながら朱里に訊いてみるが、返ってきたのは予想だにしない答え。
成る程――確かに良い行いをしている人物でも、そんな名前なら不審人物と感じられるのも仕方がない。

「なあ? それって性が華、名が蝶、字が仮面って言うオチか?」
「ご主人様……それは無いと思います」
「と言うか、そんなの嫌すぎるだろ」

元親の本気ともボケとも取れる言葉に、愛紗と伯珪は即座に否定する。
対して朱里は「成る程」と言い、何故か感心していた。

 

 

 

 

人々の賑わう声が響く街々――
その中を元親と愛紗の2人が注意深く見回っていた。
その途中で人々から声を掛けられたりしたが、元親は全てそれに答えていたりする。

「前と比べると、随分と豊かになりましたね」
「そうだな。やっぱり野郎共には笑顔が一番合う」

元親が初めてこの地に来た際、活気と言う物がまるで無かった。
しかし今は人々の笑顔が溢れ、元気な声が響く立派な街になっている。
時には旅の行商人も訪れ、一層賑やかさを増している時期もあった。

「この笑顔を守る為にも、目先の不安は消しておかなければなりませんね」
「確かにそうだが、手荒な真似は禁止だぜ? 穏やかに事情を訊くだけだ」
「御心配無く。心得ていますよ」

愛紗が笑顔で頷き、元親もその反応に満足したように小さく頷いた。
それから街を暫く見回ったが、華蝶仮面なる人物は発見出来なかった。

「もうこの街を離れたんじゃねえか?」
「いいえ、油断は禁物です。もしかしたら我々の事に感づいて姿を隠しているのかもしれません」

愛紗の言う事も分かるのだが、元親はいまいち納得が出来ない。
朱里から名前を教えてもらった後、華蝶仮面の特徴も教えてもらっている。
その特徴の奇抜さ故、元親は納得が出来なかったのである。

・性別は女性(胸があったから、らしい)。
・月と詠の和服モドキに似た服を身に着けている。
・顔には蝶をあしらった仮面を付けている。
・武器として長い槍を使う。
・時折2人に増殖している。
・2人目は明らかに男であり、顔には蝶の面を付けている。
・男の特徴は話したくないほどにヤバい……。

奇妙な名前と同じく、不審人物と言われてもおかしくない特徴の数々である。
それに月と詠の服と言ったら元親が直々に服屋の店主に頼んで作ってもらった服だ。
似た容姿の服など、そうそう着ている者が居る訳がない。

こんな人物ならすぐに発見出来てもおかしくはない。
しかしいくら探し回っても一向に見つかる気配が無い。
もう街を離れたと考えても不思議では無いのだ。

「とりあえずもう少し回ってみましょう。損は決して無い筈です」
「仕方ねえな。1度見て回った箇所も見てみるか」

 

 

 

 

根気よく見回りを続ける元親と愛紗だったが、結果は同じだった。
2人は少し落胆したが、2手に分かれて探す事に決め、別々に見回りを続けた。
しかし何処を探しても見るのは街の人々の眩しい笑顔。
華蝶仮面の奇妙な姿など、見つける事が出来なかった。

「はあ……本当に居るのかよ」

愛紗と分かれ、街の南側を探していた元親は人知れず溜め息を吐いた。
華蝶仮面の華の字どころか、姿さえも見つからないのである。
まだ書類整理の方が楽な気がすると、少しだけ考えたのは秘密だ。

「愛紗との合流場所に行くか……愛紗の方も見つかって――」
「太守様! 太守様!」

元親が愛紗との合流場所に行こうとした時、1人の男から声が掛かった。
眼を向けると、男はいつも元親が贔屓にしているお茶屋の主人だった。
何やらただ事では無い様子に、元親の表情が自然と険しくなる。

「どうした? 何かあったのか?」
「喧嘩ですよ。酔っ払った若者3人が殴り合いの喧嘩を起こしてるんです」
「ああ? ったく、酒に慣れ始めのガキはこれだから質が悪い……」

正直馬鹿らしいと思ったが、太守としてそのまま身捨ててはおけない。
元親は主人から喧嘩が起きている場所を聞き、すぐさま向かった。

 

 

「あそこか……? おお、やってるやってる」

群がる民衆の中から顔を覗かせると、中央付近で顔から血を流す若者3人が立っていた。
動きが3人共――出血のせいで――フラフラしているが、まだ喧嘩は続けるつもりらしい。
お互いに汚い言葉を吐き、激しく罵り合っている。

「馬鹿共が…………悪いな、ちょいと退いてくれや」

状況を確認した元親が、群がる民衆をゆっくりと退かして中央へと進む。
対して民衆の方は太守である元親が何故かこの場に居るので、驚きを隠せなかった。
その中には「ありがたや」と言って、跪いて拝む老人も数人ほど居たりする。

「やっと出れたぜ……おいお前等! 喧嘩はそこまで――」
「愚か者共! そこまでだ!!」

元親が喧嘩を止めようと声を掛けようとした瞬間、何処からともなく声が響いた。
元親の視線が、民衆の視線が、若者達の視線が自然と声が聞こえた方向へ移る。
皆の視線が集中した、とある店の屋根には――

「正義の華を咲かせるために、美々しき蝶が悪を討つ! 美と正義の使者、華蝶仮面……推参!!」
「同じく華蝶仮面2号、華麗に参上よん♪」

噂の不審人物――華蝶仮面が立っていた。
民衆が、若者達がざわめく。

その中で元親は絶句していた。
なんせ彼には、眼の前に現れた人物の正体が分かってしまったからだ。

「何やってんだ…………?」

元親の頭に浮かぶ、眼の前に現れた華蝶仮面の正体――
それは元親がよく知っている人物達だった。

「星に……貂蝉の筋肉ダルマ……」

元親は今更ながら、見回りに同行した事を後悔した。
眼の前に居るのは明らかに最近仲間になった趙雲――星(星は真名)。
そして2号と名乗っていたのは董卓連合解散時に仲間になった貂蝉。

元親に突き付けられた残酷な真実。
彼は知りたくもない真実を知ってしまったのだった――




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