毛利元就が操る魏軍を激闘の末に退けた元親達は、残った人質の曹操を捜索していた。
捜索する前に分かれていた水簾達と合流、文醜と顔良への声掛け、怒りながらも何処か嬉しそうな愛紗達等、色々あった。
今は何とか落ち着きを取り戻し、捜索活動に集中している。
捜索場所は主に――貂蝉達に壊されていない――顕在している天幕だ。
「ここはどうだ……?」
暫く天幕内を捜索していた元親が入った、1つの天幕の中に彼女の姿はあった。
曹操は気絶しているのか、仰向けの状態で身動き1つせずに倒れている。
「――――ッ! おーい! 曹操を見つけたぞ!!」
元親の声を聞き、続々と将や兵士達が集まってくる。
中でも魏の将軍である夏候惇達4人の集合は迅速だった。
「華琳様ッ!」
「ああ……! 華琳様……よくぞご無事で……!」
夏候惇と荀ケの2人が我先にと曹操の元へ駆け寄り、倒れている彼女を抱き起こした。
2人の後からゆっくりと曹操の元へ行く夏候淵と許緒も、安堵の表情を浮かべている。
4人のように駆け寄りはしなかったものの、魏の将である張遼も同じ表情を浮かべていた。
「ふう……見た限り、大した怪我とかしてなくて良かったぜ」
「良かったですね。無事に助けられて」
朱里の言葉に同意の意を示すように、元親はゆっくりと頷いた。
そして元親が彼女達に一声掛けようとした時――
「兄貴ッ! 伝令です! 呉王である孫権様が面会をしたいと言ってきてますぜ」
駆け付けてきた伝令役の兵士が、大声で天幕内に居る元親へと伝える。
援軍に来てくれたと言う呉の話を元親は水簾達から聞いていたが、面会は予想外だった
「分かった。すぐに行く」
伝令にそう返した後、元親は夏候惇達を一瞥した。
「曹操の眼が覚めるまで傍に居てやんな。俺はちょっくら行ってくるからよ」
元親の言葉を聞き、夏候惇達は頷く。
天幕に夏候惇達を残し、元親は愛紗達を引き連れて孫権の元へ向かって行く。
貂蝉、文醜、顔良の3人も手持ち無沙汰だったので彼等の後を付いて行った。
◆
「ようやく来たか、長曾我部」
「よう孫権。あんたには世話になったな」
「本当ならもう少し早く来たかったのだが、色々と手間取ってな。すまん」
「んな事は全く関係ねえ、来てくれた事が重要なんだよ。ありがとな」
元就達の陣から少し離れた場所に向かうと、孫権と配下の家臣達が集まっていた。
変わらず孫権の傍らには敵意を向ける甘寧と周喩が居るが、元親は気に留めない。
「別に礼を言われる事ではない。同盟国として、相応の態度を取ったまでだ」
「でも俺達は実際かなり助けられたんだぜ? 礼の1つは言わせてくれよ」
「ふ…………好きにしろ」
孫権を呆れたようにそう言うと、元親の身体へ一瞬視線を向けた。
包帯だらけの身体、そこには少し血が滲んでいる部分もある――
孫権は溜め息を1つ吐いて言った。
「斥候から報告を聞いてはいたが…………長曾我部、貴様は馬鹿か?」
「ああ?」
「「「「――――なッ!?」」」」
孫権が元親に言った言葉に愛紗達が一挙に敵意を剥き出しにする。
それに対抗するかのように、甘寧が腰に提げた短剣をゆっくりと手に取った。
「おいおい……唐突だな。急に人を馬鹿呼ばわりかよ」
「そうとしか言いようがないだろう。その怪我で出陣するなど、無謀と言う他は無い」
孫権は鋭い眼付きで元親を睨んだ。
「お前は大将なのだぞ? 大将が死んでは元も子も無い事ぐらい、貴様も分かるだろう」
「まあ……な。それぐらいは馬鹿な俺でも分かってる」
「分かっているのならば、どうして戦へ出陣したのだ?」
孫権からの問い掛けに元親は頭を一掻きした後、彼女の眼を真っ直ぐ見て答えた。
「簡単な事だ。こいつ等が大切だからだ」
愛紗達の視線が元親に集中する。
「…………大切、だと?」
「ああ。大切な奴等を死なせたくねえから助けに行くってのは、駄目な事か?」
「――――ッ!?」
孫権は思わず呆然としてしまった。
あまりにも元親が“当然の事”と言わんばかりの態度で答えているからである。
元親の言葉は孫権が自分に言い聞かせている“王としての態度”とはあまりに掛け離れていた。
「テメェが大切だと思ってる奴等を助けられるなら、怪我の1つや2つぐらい安いもんだ」
「……………………」
「そして何より、俺はこいつ等を置いて死ぬつもりはねえ。これは俺自身が誓った事だ」
元親は自身の胸に拳を当てる。
「だから俺は取った行動を恥じたりはしねえ。絶対にな」
「……………………」
孫権は自分を見つめる元親の力強い瞳に、一瞬吸い込まれるような感覚に襲われた。
すぐに正気に戻ったが、元親の言った言葉は自身の心の中でしつこく響いている。
孫権は1度眼を閉じた後、また開けて元親を見つめ直した。
「固く、強い決意だな…………」
「これぐらいの決意を持ってなけりゃ、野郎共は纏められねえんだ」
「ふふっ……確かに」
孫権は元親の後ろに待機している愛紗達を見つめる。
「貴様の家臣達は一癖も二癖もありそうだしな」
「へへっ、それ以上あるぜ? 冗談抜きでな」
元親と孫権が互いに見つめ合い、笑みを浮かべる。
何処となく可笑しそうな2人を見て、愛紗達は思わず顔を顰めた。
呉の側の甘寧と周喩も、君主の姿を見て少し唖然としている。
「ふふっ、では私は呉へと帰らせてもらおう。貴様との話も済んだしな」
「そうか……あんたとはこれから――――ッ!」
突然元親の視界がグラリと揺れた。
その直後、身体全体に気だるさを感じ、力が抜けていく。
元親は思わず碇槍を手から落とし、頭を右手で抱えた。
「長曾我部……?」
異変に気付いた孫権が元親へ声を掛けるが、元親の反応は無かった。
愛紗達も元親の様子に気付いたらしく、急いで彼の元へ駆け寄る。
「ご主人様!!」
愛紗が叫ぶが、無情にも元親の身体はゆっくりと地面に向けて倒れていく。
傍に居た孫権が思わず手を伸ばし、倒れそうになった元親を支えた。
駆け付けた愛紗達はすぐに孫権の手から元親を譲り受け、彼に声を掛ける。
「ご主人様! しっかりして下さい!!」
「お兄ちゃん!! 死んじゃ嫌なのだぁ!?」
「ご主人様……!!」
一番力のある恋に支えられ、元親は薄らと眼を開けて言った。
「馬鹿野郎……俺は死なねえって……!」
しっかりと鈴々の言葉に反論し、元親は苦笑を浮かべた。
元親の顔色は悪く、言葉とは裏腹に具合は悪そうである。
「ご主人様……!」
「主……心配を掛けないでいただきたい!」
紫苑と星の言葉を聞いた元親は、変わらず苦笑を浮かべたままだ。
元親は自分の周りに集まる愛紗達を見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「傷が今頃痛みだしてきやがった……やっぱり無茶が祟ったな」
「えっ…………!」
愛紗が驚いた表情のまま、元親の胸から腹に掛けて巻いてある包帯を見た。
するとその所々から血が――少量ではあるが――滲み出していた。
最初に見掛けた時はこんなに無かったが、徐々に傷口が開いていたらしい。
「それに身体が物凄く重えんだ……ちょっとだけ俺は寝る……」
「ご主人様……!!」
「後の始末は……頼んだぜ……あい……しゃ…………」
そう言った後、元親は安らかな寝息を立てて眠り始めた。
まるで今生の別れのようで、愛紗達は深く溜め息を吐く。
「まったく……最後まであたし達を不安にさせて……!」
そう言いつつも、涙を拭う翠。
「だが無茶をしたとは言え、ご主人様は私達を助けてくれた。そこは感謝すべきだな」
微笑を浮かべる水簾。
「私達が大切か……傍から聞いたら気恥しい言葉だと言うのに……」
文句を言いながらも、何処か嬉しそうな伯珪。
各々が別々な反応を示したが、皆の本音は“とても嬉しい”の一言に尽きた。
中でも文醜と顔良の2人は元親に想われている愛紗達の事を羨ましいと思った。
貂蝉は身体をくねらせて理解不明な反応を示していたりする――
「ゆっくり休んで下さい……ご主人様」
愛紗は元親に――語りかけるように――優しく言った。
風が元親の白髪を撫で、心地良い眠りを誘う。
蚊帳の外状態であった孫権は、彼女達を複雑な表情で見つめていた。
そして疲労とも呆れとも取れない溜め息を吐いた――
◆
「…………うっ」
低い呻き声と共に、元親は不意に眼を覚ました。
周囲は暗かったが、何処かの部屋である事は分かった。
まだ活性化しない頭を無理に働かせ、元親は部屋の中を見渡す。
「ここは…………俺の部屋か」
飾り付けがあまり無く、自分の仕事机がある事から、ここは自分の部屋だと分かった。
更に愛用の碇槍も壁に立て掛けてあるので、自分の部屋であると一層自覚させる。
決め付けは今自分が横になっている寝台は、正真正銘自分の物であった。
「ん……あいつ等……」
ここが自分の部屋だと理解すると共に、寝台近くの絨毯に寝転ぶ少女3人を見つけた。
3人の正体は朱里、月、詠だった。
今まで自分の具合を診ていてくれたのだろう、元親はそう思った。
布団に包まり、寄り添いながら眠る3人は誰が見ても仲が良さそうだ。
しかし3人をこのままにはしてはおけない。
下手をすればきっと風邪を引いてしまう。
元親は誰かを呼ぼうと、寝台から出ようとした時――
「ご主人様……」
扉を叩く音と共に、聞き慣れた声が聞こえてきた。
その声の正体は愛紗であるが、何処か慎重な感じがした。
「入って良いぞ。但し、静かにな」
眠っている3人に気を遣いつつ、元親は愛紗に返事を返した。
愛紗自身、元親が起きている事に驚いたのか、「失礼します」と言った際に声が震えていた。
更に部屋を訪れたのは愛紗だけでは無いらしく、星、翠、紫苑の3人も共に入ってきた。
「起きていらしたのですね。よく眠れましたか?」
「おう……4人揃ってどうしたんだ?」
「無論、用があって来たのですよ。主」
星の言葉を聞き、元親は首を傾げる。
その後、紫苑が元親の横に立って頭を下げた。
「申し訳ありません。目覚めたばかりで辛いと思いますが、少しお話をしてよろしいですか?」
「話……? 俺は別に構わねえが……」
紫苑の控え気味な言葉を聞き、元親は了承した。
紫苑の話の内容は以下のような物だった。
・曹操が無事に眼を覚まし、意識もしっかりしている事。
・元親の代理に愛紗が立ち、曹操から魏の領土を譲り受けた事。
・曹操と各武将達の身柄を全て委ねられた事。
・文醜と顔良が元親へ礼を伝え、再び姿を消した事。
・月と詠、糜竺と糜芳が涙を流しながら元親の帰還を喜んだ事。
全て聞き終えた元親は溜め息を吐かずにはいられなかった。
またしても文醜と顔良の2人とロクに話が出来なかったのである。
翠曰く、2人は自分達に迷惑を掛けてしまった事を悔やんでいたらしい。
更に月達にはまたもや心配を掛け、約束を破ってしまった。
明日は彼女達に何と言ったら良いのか、元親は悩んだ。
「ご主人様が就寝なさっている場合は明日話そうかと思ったのですが、起きていらしたらすぐにでも話そうと思いまして……」
「そうだな……起きてて良かったぜ。わざわざすまなかったな」
「いえ」と言い、紫苑が下がった。
それから愛紗が元親の横に立ち、頭を下げる。
「ご主人様……申し訳ありませんが、用件はこれだけではないのです」
「ん……? まだあんのかよ」
「は、はい。実は……」
愛紗がおずおずと口を開く。
伝えられた用件は「曹操が面会を申し出ている」との事だった。
その言葉に元親は愛紗達4人が来た意味を即座に理解する。
(成る程な……そりゃあ言い難いよなぁ)
そう、万が一の事態の為に備えているのである。
でなければ腕利きの武将達が4人も部屋に訪れたりはしない。
「面会なんか別に構わねえ。話したい事があるんなら、今聞いておきたい」
「わ、分かりました。早速呼んでまいります」
愛紗が元親の言葉を聞き、部屋を急いで出て行く。
愛紗が出て行って暫くの後、数十人の兵士達に囲まれながら曹操が部屋に入ってきた。
更に彼女の傍らには魏の猛将である夏候惇達も護衛のように付いている。
(これは騒がしくなりそうだ……)
元親は兵士の何人かに頼み、眠る3人を元の部屋に送り届けてもらった。
騒がしくなりそうな予感がした、元親なりの配慮である。
「こうして面と向かって話すのは久しぶりね。長曾我部元親」
曹操が1歩前へ出る。
愛紗、翠、星、紫苑が元親の周りを固めた。
曹操達を見張る兵士達も警戒心を露わにする。
「そうだな。董卓連合以来……だっけか」
「そうね。あの時とはまるで立場が違うけど」
曹操は溜め息を吐く。
元親は彼女から眼を離さなかった。
「春蘭達から全て聞いたわ。私が操られていた事も、貴方に助けられた事も……」
「そうか。なかなか大変だったんだぜ? あんたを奴等から助けるのは」
屈託の無い笑顔で話す元親を見つめ、曹操は顔を顰める。
更にもう1歩踏み出し、元親に言った。
「貴方は分からない男ね。敵だった私をどうして大怪我を負ってまで助けたのか、理解に苦しむわ」
曹操は元親の腹の底を読むかのように、鋭く睨みつけた。
しかし元親は動じておらず、曹操をジッと見つめ続ける。
「教えなさい。どうして大怪我を負ってまで私を助けたのか、その真意をね」
「んな大層な物はねえよ……」
「えっ?」
元親は曹操から眼を離さない。
対する曹操は捕らえられたように、元親の眼から視線を外せなかった。
「助けたいと思ったから助けた。それだけだよ」
「そんな簡単な理由で……? 嘘も程々にしなさい」
「そんな嘘を吐いてどうすんだ。本当の事だよ」
元親は曹操の後ろに居る夏候惇達に一瞬視線を移した。
「あいつ等が必死になってあんたを助けてほしいと頼ってきて、俺も何とかしてやりたいと思った。だから助けたんだ」
曹操の瞳が驚愕に開かれる。
眼の前の男は本気で言っている、曹操は信じられない思いだった。
「まさか……本気で……?」
「ああ。だからさっきからそう言ってんだろ?」
「……貴方、本当に分からない男ね…………」
曹操は思わず頭を抱えてしまった。
正直自分を助けた理由は信じたくなかったが、元親は本気で言っている。
曹操は長曾我部元親と言う男の大きさを未だに測り兼ねていた。
「ま、まあいいわ。とにかく私が貴方に命を助けられたのは紛れも無い事実。受けた恩には相応以上の謝儀をしなければ器量を疑われる」
曹操は胸を張った。
「私は魏王として、貴方が示した態度以上の器を示さなければいけない。私からの謝儀を受けてもらうわよ」
「ああ、その内容はもう聞いたぜ。別に見返りが欲しくて助けた訳じゃねえんだがな」
「嫌でも受け取って貰わなければ、私の名が堕ちるのよ。それに関羽が代理として受けたけど、本来なら貴方が受けなくちゃならないのよ」
曹操に論され、元親は渋々と言った様子で謝儀の内容を聞く事にした。
その際、何故か夏候惇達が身体を震わせているのが気になった。
「……貴方に納める謝儀は3つあるわ。1つ目は魏の領土を全て貴方に委譲する。2つ目は私と私の家臣の身柄を貴方に全て委ねる。3つ目は……私自身の身体を貴方に差し出す」
「――――ッ!」
元親の瞳が驚愕に開かれる。
愛紗と翠は顔を赤らめ、星と紫苑は「成る程」と微笑を浮かべていた。
夏候惇達は主の身体を差し出されるのが悔しいらしく、未だに身体を震わせている。
兵士達の間にも少しのざわめきが起こっていた。
「捕らえた敵の将を辱めるのは当然の事よ。私はもう覚悟は出来てるわ」
「「「「華琳様ッ!!」」」」
堪りかねた夏候惇達が一斉に叫ぶ。
室内に緊張した空気が流れた。
それを打ち破るように、元親は手招きで曹操を呼び寄せる。
曹操は無言で元親の元へ歩み寄り、愛紗達を警戒させた。
元親は自分の手の届く範囲に曹操が来たことを確認する。
そして曹操へゆっくりと手を伸ばし――
「馬鹿な事を言ってんじゃねえよ」
曹操の額を人差し指で打った。
いわゆるデコピンである。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!! な、何するのよ!!」
額の一部を真っ赤にした曹操が抗議する。
どうやら相当痛かったらしく、若干涙眼である。
元親の突拍子も無い行動に、室内が唖然となった。
「国や武将の身柄を委ねるのはしょうがねえと思うが、3つ目は無し。あんたの身体はいらねえよ」
「なっ……!! 私の身体じゃ不満だって言うの!!」
女として侮辱されたと思ったらしく、曹操は墳怒の表情を浮かべた。
最もそんなつもりは毛頭無い元親は落ち着いた態度である。
「良いか? 女ってのは、そう簡単に身体を許したりするもんじゃねえ。敵に捕まっても、思いっ切り抵抗してやるんだ。最後の最後まで守り切るんだよ。テメェが心の底から好きだって想える奴に会うまでな」
「……………………」
「俺も女を抱く時は、心の底から惚れたって女しか抱かねえ。そして1度抱いたら死んでもそいつを守り切る。抱いたら最後まで責任を取るのが男ってもんだからな。一時の感情に流されちゃいけねえ」
曹操は元親の言葉に思わず聞き惚れていた。
それは曹操だけで無く、室内に居る者達全員だ。
曹操は思った。
眼の前の男は自分の知る男とは何もかも違うと。
それを無意識に思い、彼を負かして屈服させようとしていたのではないかと。
曹操は1人の女として、簡単に身体を彼に差し出そうとした自分を恥じた。
「まっ、これはある奴からの受け売りだけどな。だからあんたの身体はいらねえ」
元親は微笑を浮かべてそう言った。
曹操はゆっくりと頷く。
「…………分かったわ。3つ目は無い事にする」
曹操の言葉を聞き、元親は安堵の溜め息を吐いた。
その後、元親は曹操に向けて1つの提案をする。
「そうそう。あんた等の身柄を受け入れるに当たってなんだが……1つ言う事がある」
「何……? 私達は捕虜の身だし、出来り限りの事なら何でも従うわよ」
曹操は後ろに居る夏候惇に視線を送る。
夏候惇達は無言で頷いた。
「家族の大切さを、ここで過ごして知りな」
「家族の大切さ……?」
「ああ、あんたに欠けている物だ。暖かくて良いもんだぜ?」
「なっ?」と、元親が愛紗達に同意を求める。
愛紗達は微笑を浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「…………努力するわ。家族の大切さって物を知るのにね」
「あんたは毛利のように冷たい訳じゃねえ。絶対に大切だって思えるさ」
「そう…………でも、私を快く思ってない者も居る筈よ」
曹操は不意に翠へと視線を向けた。
「錦馬超と呼んだ方が良いかしら……? 貴方には私を殺す理由がある筈よ」
曹操の言う通り、翠には彼女を殺す理由があった。
翠の父親である馬騰は曹操の策謀に嵌められてしまい、殺されてしまった。
翠は曹操と決着を着ける為、父の仇を討つ為、張曾我部軍に入ったのだ。
元親の身体を不安が通り過ぎる。
翠は曹操を一瞥した後、口をゆっくりと開いた。
「確かに曹操、あんたの言う通りだ。けどあたしはあんたを殺さない」
「…………それはどう言う事?」
「今までご主人様達と一緒に暮らして、戦って思ったんだ。この乱世の中、私1人の勝手な復讐心は混乱を招くだけだって……」
曹操は翠の言葉を真剣な面持ちで聞いていた。
それは元親も同じらしく、翠を優しい眼で見守る。
「それに……復讐ばかりに囚われてるあたしを見たら、天国に居る父上が絶対泣くと思うから……」
「……………………」
「だからご主人様のやっていく通り、あんた等を迎える。でも暫くは普通に接せないと思うけどね……」
「当然のことよ。言い聞かせても、私は貴方の父親の仇だもの。そうなっても仕方が無いわ」
元親は見守った。
2人の――とりあえずの――和解を。
愛紗、星、紫苑は複雑な面持ちだ。
こうして元親は魏の領土を手中に収める事になった。
また曹操以下、魏の各武将達も元親に保護される事となる。
また元親達の日常が騒がしくなりそうだった――