三国の平定――元親が率いる長曾我部軍はついにこれを成し遂げることが出来た。
呉の本国の復興をあらかた終え、幽州へと帰還した元親達を待っていたのは民々から歓迎の声。
帰りを待っていた月達も彼等と同じく、元親達に向けて多大な賛美を送った。
しかしまだ喜んではいけない。
今まで起こった全ての争いの原因である白装束がまだ残っているのだ。
元親達もそれを分かっている為、あえて心の底から喜びはしなかった。
本当に心からの笑顔で喜ぶ時――それは白装束を倒した時だ。
――それでも皆を労う為、幽州総出で大宴会を催したりもした。
来たるべき白装束との決戦の日はそう遠くはないかもしれない。
しかし今は平穏な時間をゆっくりと過ごす事が出来る。
元親達は1日を無駄にせず、笑顔で過ごしたいと思った――
「ほら、そこの席に座って」
「あ、ああ……」
幽州・元親の屋敷――木々等の自然が溢れる庭に設けられた休息場に華琳と蓮華は居た。
無論そこには彼女達の側近の武将達も何人か居り、休息場は少し大所帯となっている。
更にそこへゆっくりと歩いてくる人影が2人――月と詠の侍女組だ。
「あの、華琳さん……頼まれた茶葉を持ってきました」
月がおずおずとお盆に乗った茶葉(が入った箱)を差し出す。
華琳は満足気にそれを受け取り、月の頭を優しく撫でた。
「ありがと。せっかくだし、貴方達も少し付き合いなさいな」
「ふえ……い、良いんですか? 私達も御一緒して……」
「別に良いわ。お茶会って言うのは人が多い方が楽しめるのよ」
月が傍らに居る詠に「どうしようか」と言う意味の視線を送る。
詠は溜め息を吐きつつ、彼女に「月が良いなら」と小声で告げた。
「あ、あの……それじゃあ御邪魔します」
「こちらの席が空いているから、そこに座ると良い」
春蘭が2人を席へ案内し、座らせる。
「それにしてもまあ……」
蓮華がこの場に居る者達をゆっくりと見回す。
何とも言えない世にも珍しい面々の茶会である。
元魏王の華琳、彼女の側近である春蘭、秋蘭、桂花、季衣。
元呉王の蓮華、彼女の側近である思春(甘寧)、穏(陸遜)、冥琳(周喩)、大橋、小喬。
そして元親の侍女である月、詠(正確に言えば、元董卓軍だが)。
「何と言うか纏まりがあるようで無い面々だな。誘われておいて今更だが」
「あら、面白いと思わない? 退屈しなくて」
華琳が意地の悪い笑みを浮かべつつ、お茶を各々のカップに淹れていく。
お茶から香る良い匂いが茶会の場を満たした。
「まさかまたこうやってお前と席を共にする事になるとはな……」
「そうね。でも今はお互いに1人の女、魏王でも呉王でもないわ」
華琳はそう言うとカップのお茶に口を付けた。
味に満足したのか、明るい笑みを浮かべている。
「孫権殿達もまた、白装束の奴等に嵌められたと聞きましたが……」
「ああそうだ。危うく奴等の策略に嵌り、身を滅ぼすところだった」
「そこを元親様達に助けてもらったんですよぉ。本当に助かりましたぁ」
蓮華に問い掛けた秋蘭が穏の言葉に微笑を浮かべた。
彼女の明るい性格は茶会の場でも難なく発揮されるらしい。
「そうだな。元……長曾我部には心から感謝している」
「……ふふふ」
突然華琳が声を出して笑った。
何か自分は可笑しい事を言ったかと、蓮華は首を傾げる。
「な、何だ曹操。何が可笑しいのだ」
「元親って呼びたいならそう呼べば良いじゃない。いちいち言い直さなくても良いわ」
「――――んなっ!?」
蓮華の顔が一瞬の内に沸騰したように赤くなった。
そんな彼女の反応が面白く、華琳は更に言葉を続ける。
「あいつが他人行儀は止せって言ってるんだから、呼べば良いじゃない。ねえ?」
華琳が傍らに居る春蘭達に問い掛ける。
問い掛けられた彼女達(季衣以外)は、ゴホンと咳払いをして答えの代わりとした。
「むむ……確かにそうだが……それは別に個人の自由で良いだろう」
「……まあ貴方がそれで良いなら別に良いけど。真名はあいつに教えたの?」
「ああ。私達全員の真名はもう長曾我部に教えた」
「(それだったらもう他人同士じゃないでしょうに)喜んだでしょ? あいつ」
華琳にそう問い掛けられ、蓮華はゆっくりと頷く。
確かに真名を教えた時、彼の喜びようは凄かった。
それだけ自分達と打ち解けられたのが嬉しいと言う意味だろうか。
「そう言う御人なんです。ご主人様は」
月が2人の会話に入り、華琳の代りに答えた。
蓮華は月の方にゆっくりと視線を移す。
「自分を慕ってくれる人を、自分に付いてきてくれる人を大切にしてくれるんです」
「…………」
彼女の言葉を聞き、蓮華は「そうだな」と静かに言った。
「まあ甘いって言っちゃえばその通りだけどね」
「もう……! 詠ちゃんてば……!」
小さい声で皮肉を言う親友に月が困ったような表情を浮かべる。
その光景を見て、誰もが微笑ましい気持ちに染まっていく。
そんな時――
「しかし私は未だにここの環境に戸惑っています」
冥琳が突然口を開き、苦笑しながら言う。
彼女の傍らに居る小喬が少し首を傾げた。
「? そうなんですか? 冥琳様」
「ええ、ここは毎日騒動が起きているみたいに騒がしいから」
蓮華達が幽州に――捕虜として――連れて来られてから、まだ10日しか経っていない。
しかしそんな日々の中でも、飽きる暇が無いくらいに騒がしい事が続いた物である。
冥琳は呆れながらも、何処かでそれを楽しく思う自分が居る事に戸惑った。
「その気持ちは分かる。私達もここに住み始めた頃は、この環境に慣れなかったからな」
(姉者は私達や華琳様よりも早く慣れていったと思うが……?)
冥琳の言葉にうんうんと頷く春蘭に対し、心の中で姉にツッコミを入れる秋蘭。
春蘭は何処か愛紗と似ているところがあるので順応が早かったのだろうか。
「でも不思議ですよねぇ。何時の間にかここって居心地が良くなってるんですから」
(あんたは初めっから慣れてたじゃないの…………ハァ)
季衣が無邪気な笑顔を浮かべながら言う。
桂花は秋蘭と同じように心の中でツッコミを入れつつ、お茶を飲んだ。
「まあ要するにあいつの雰囲気に飲まれてるのよね。気付いてみれば」
「そう言われればそうだな。現に私もそうだったし」
微笑を浮かべ、蓮華は華琳の言葉に同意した。
「でもその分、あいつのことは結構理解し易いわよ。会った当初は全然だったけど」
「元親って良く言えば正直、悪く言えば単純ですからねえ」
「ああ、それは私も分かるわ。あいつって本当に単純なのよ」
華琳の言葉に続いた桂花に詠が密かに同意した。
同じような性格、または立場な為か、2人は通ずる物があるらしい。
月は彼女達の態度にただ苦笑するだけである。
「曹操殿はそう言いますが、私にはまだ分かりかねます」
「私もまだ、あの方の多くは……」
お手上げと言った様子で冥琳がお茶を飲む。
その横で思春も密かに彼女と同じ様子だった。
すると――
「わ、私は分かりますよ。私なりに……」
大喬が緊張した面持ちで声を張り上げながら言った。
皆の視線が一斉に大喬に集まり、彼女の緊張を高める。
「ほや? 大喬さんは元親様の事を理解しているのですか?」
「は、はい。何となくですけど……」
彼女の緊張を解す為か、穏がのんびりとした声で言った。
しかし彼女の緊張はまだ解れないらしく、固まった感じである。
「詳しく聞かせて貰えるかしら? 大喬」
「私も聞いてみたいな。お姉ちゃん」
冥琳と小喬に言われ、大喬はゆっくりと頷き、口を開く。
「私……時々元親様って、雪蓮様に何処か似ているって感じる時があるんです」
その言葉に呉の面々の表情が驚愕の色に染まる。
反対に魏や侍女組の面々は分からず、耳を傾けているだけだ。
孫策――雪蓮と元親が似ているとはどう言う事なのだろうか。
「蓮華様は冥琳様から聞いたんですよね? 雪蓮様の叶えようとした夢を……」
「あ、ああ……しっかりと聞かせてもらった」
雪蓮の夢――それは自身の妹達、そして冥琳や二喬と共に笑顔で暮らせる国を作る事。
彼女にとって大陸統一とは、その夢を必ず叶える為の手段だったのである。
蓮華は今まで知り得なかった姉の御心に思わず涙を流したのも記憶に新しかった。
「ここで暮らす人達は笑顔を絶やしたりしません。それで私は思ったんです。雪蓮様が目指していた国は、きっとこんな国だったんじゃないかって……」
誰もが大喬の言葉に耳を傾けていた。
反論する者も居らず、口を挟む者も居ない。
「だからきっと……似ているなって感じるんだと思います。私達との約束を守って、元親様が冥琳様を連れて戻ってきてくれた時には、まるで優しい雪蓮様が帰ってきたように感じました」
大喬の表情は笑顔だった。
まるでその時の事を思い出しながら話しているようだ。
「私、見てみたいんです。元親様がこれからどんな国を作っていくのかを。それにもしかしたら……蓮華様や冥琳様と一緒に、雪蓮様の夢を叶えていくかもしれないから……」
その言葉の後、大喬は恥ずかしさに顔を俯かせた。
両手で顔を覆い、羞恥心を隠しているようだ。
「彼と共に夢を叶える、か……」
冥琳がポツリと呟く。
蓮華は大喬の頭を撫で、労う。
「ふふ、可愛い演説だったわ。でもその夢は呉王でなくとも叶えられるのかしら?」
華琳がまたも意地の悪い笑みを浮かべ、蓮華に問い掛ける。
蓮華は特に動ずる事なく、微笑を浮かべて答えた。
「多分……いや、きっと叶えられる。私はそう思う」
「…………私も少なからずそう思います」
思春が冥琳と同じく、ポツリと呟いた。
その表情は眼を瞑りながらも、何処か楽しそうである。
華琳は彼女達の答えに満足したのか、ゆっくりと頷く。
「ま〜たあいつの仕事が1つ増えそうだわ。この様子だと」
「ご主人様、また忙しくなりそうだね」
「ふふ……色々と難儀な方だ、元親殿は」
「それに次いでここは騒がしくなるぞ。きっとな」
詠、月、秋蘭、春蘭が確信したように言う。
――実際その通りになりそうで怖い。
まだ――彼女達の穏やかな時間は続く。