黄巾党の暴徒達から街を救い、先発隊の秋蘭と季衣の救出にも成功した華琳達。
その中で大梁義勇軍を立ち上げた凪、真桜、沙和の3人を仲間に加え、戦力増強にも成功。
街のすぐ近くに本陣を敷いた華琳達は今後の対策を考える為、軍議を開く事となった。

「さて、これからどうするかだけど、新しく参入した凪達も居る事だし……」
「はっ。整理の為に、1度今までの状況を纏めてみるのが良いかと思います」

桂花の進言に従い、華琳は黄巾党の説明役に春蘭の名を呼んだ。
彼女の事は分かっているが、敵方の説明なら大丈夫だと思った。

「御任せ下さい華琳様。良いかお前達、分かり易く説明するとだな……」

愛すべき主に応えようと、春蘭は張り切った様子を見せるが――。
一瞬考えるように固まった後、眼が泳いだまま説明を始めた。

「我々の敵は黄巾党と呼ばれる暴徒の集団だ。細かい事は…………片倉、任せた」
「……テメェ、人に任せるのが早すぎだろう。もう少し何とかならねえのか?」
「う、う、五月蠅い! 凪達は貴様の部下だろうが! 隊長のお前が説明しろ!!」

素早く見事な責任転嫁、そして役目の擦り付けである。
小十郎は呆れながらも、彼女に代わって説明を始めた。

「黄巾党を構成しているのは、主に若い連中だ。こいつ等が活発的に暴力活動を行っているが……今現在、奴等には特に明確な目的は無いと見て良い」
「外道め……明確な目的も何も無く、何の罪も無い民を苦しめるとは」

凪が拳を震わせ、激しい怒りを露わにする。
錯覚もしれないが、彼女の両手に紅い炎が燃え滾っているように見えた。

「そして黄巾党を纏めている首領の張角だが……旅芸人の女と言う点以外、一切不明だ」
「分からない事だらけやんか。曹操様の所でも、詳しい事は分かってなかったんやなぁ」
「でもでもぉ、どうして旅芸人の人が、こんな酷い事をしてるのかなぁ?」

真桜が苦笑し、沙和が疑問を投げ掛けた。
沙和の疑問には誰1人として答えられる者は居ない。
そんな中、凪が何かを思い出したように口を開く。

「目的とは違うかもしれませんが、我々の村では地元の盗賊団と合流して暴れていました」
「……せやったなぁ。曹操様ん所の、陣留の辺りでは全くちゃうんですか?」

真桜の問い掛けに、華琳はゆっくりと首を横に振った。

「私の所も同じようなものよ。凪達の村のように、事態は着々と悪くなりつつある」
「ふむ……華琳様、それは一体どう言う事なのですか?」

華琳の言葉にいまいち要領を得なかったのか、春蘭が首を傾げた。
そんな彼女の様子を見た桂花が、出来るだけ分かり易く説明する。

「ここの大部隊を見たでしょう。今までの烏合の衆から、盗賊団やそれなりの指導者と結び付いて、確実に組織として纏まりつつあるのよ」
「…………ふむ?」

まだ分かっていないらしい――桂花が思わず頭を抱えた。
そんな彼女を見兼ねた小十郎が、説明に口を挟んだ。

「要は今までのようにお前が大声で吼えたくらいじゃ、敵は逃げてくれねえんだよ」
「…………おお! 成る程。貴様、なかなか説明が上手いな。褒めても良いぞ!」

彼の肩をバシバシと叩き、小十郎に礼を言う春蘭。
馬鹿力のせいか、叩かれた肩がかなり痛む。
そして春蘭が理解した所で、華琳は話を本題に戻した。

「敵は手強くなったけど、こちらも味方が増えたのは幸いだわ。これからの案、誰かある?」
「この手の自然発生する暴徒を倒す定石としては、先ず頭である張角を倒し、組織の自然解体を狙う所ですが……」

そこまで言って、桂花が言葉を詰まらせた。
確かに案としてはそれで良いかもしれない。
だがとても重要な事が、自分達には分かっていなかった。

「その張角と言う者は、一体何処に居るんでしょうか……?」
「奴は旅芸人だからな。正確な居所なんか判らねえだろう?」

小十郎が誰となく訊くと、秋蘭が徐に口を開いた。

「ああ。寧ろ我々のように特定の拠点を持たず、各地を転々としているのだろうな」
「本拠地が不明で、何処からでも湧いてくる……うう、とっても厄介過ぎますよぉ」

季衣が珍しく弱音を吐いた。
心なしか、纏められた髪が萎れているように見える。

「でも厄介な敵だからこそ、その相手を倒したとなれば、華琳様の名は一気に上がるわ」
「――――申し訳ありません! 軍議中、失礼致します!!」

兵の1人が天幕の中に駆け込み、華琳の元に跪いた。

「どうしたのだ。また黄巾党が出て来たのか?」
「いいえ。街の人々に配っていた食糧が底を尽きそうなのです。一体どうすれば……」
「…………桂花。糧食の余裕は、後どれくらいなの?」

華琳にそう訊かれ、桂花は難しそうに顔を歪めた。

「数日分はありますが、義勇軍が入った分の影響もありますし……ここで使い切ってしまうと、長期に及ぶ行動が取れなくなってしまいますね」
「…………とは言え、ここで糧食を出し渋れば、何かしら騒ぎに成り兼ねないわね。良いわ、先ず3日分で様子を見ましょうか」

そう指示を与えると、兵は頭を下げ、天幕を出て行った。
これで何とか、空腹の民の気を静める事は出来るだろう。
しかし現状の問題を、更に増やす事となってしまったのである。

「すみません。我々の糧食は、先程の戦闘で焼かれてしまいまして……」
「凪、貴方が謝る事ではないわ。頭を御上げなさい」

突如として突き付けられた食糧の問題に対し、全員が頭を悩ませる。
そんな時、小十郎が何かを思い付いたのか、微笑を浮かべて言った。

「俺達の所に食糧が足りねえのなら、敵も同じ状態にすれば良いんじゃねえか?」

そんな彼の一言に、頭を悩ませていた皆が大きな反応を示す。

「成る程……」
「その手があったわね……癪だけど」
「良い所に気付いたじゃない、小十郎」
「流石はウチ等の隊長。やるやないか!」
「素晴らしい御考えです。隊長」

大多数が小十郎を褒める中、春蘭、季衣、沙和が首を傾げている。
そんな彼女達に代表して、華琳が小十郎の案を説明し始めた。

「敵はあれだけの大部隊よ。現地調達だけで武器や食糧を確保出来る筈がないわ。必ず何処かに、連中の物資集積地点がある筈。小十郎はそこを発見して攻め、食糧が圧倒的に足りない私達の軍と同じ状況に追い込もうと言っているのよ」

華琳の説明に「おおっ!」と、3人が歓声を上げた。

「華琳様。すぐに各方面に偵察部隊を出し、情報を集めます」
「頼むわ秋蘭。桂花は周辺の地図から、物資の集積が出来そうな場所を割り出しなさい」
「はっ。この桂花に全て御任せ下さい!」
「それと偵察の経路は何処も同じ時間で戻って来られるように計算しなさい。頼むわよ」

桂花は大きく頷き、仕事に取り掛かる為に天幕を出て行った。
秋蘭も続けて出て行き、残った者達へ華琳は視線を移す。

「他の者は桂花の偵察経路が決まり次第、出発なさい。それまでに準備を済ませておくように。相手の動きは極めて流動的だわ。奴等を仕留めるには、こちらも情報収集の早さが勝負よ。皆、可能な限り迅速に行動なさい!」

皆が声を出して頷き、天幕をゾロゾロと出て行った。
来たるべき決戦に向け、全員が意気込むのだった。

 

 

「うっう〜……偵察なの、戦いなの、緊張するの〜……っ!」
「…………その気が萎える喋り方、どうにかならないのか?」
「それは隊長でも聞けないの! 沙和の可愛い所だから、なの!」

もういいと、小十郎は溜め息を吐いた。

「……沙和。1つ訊いても良いか?」
「ん? 隊長からの質問だし、答えられる範囲なら、何でも答えてあげるの!」
「……何で義勇軍に入った? どう見ても、戦い向きの性格じゃねえだろう?」

沙和が「う〜ん……」と悩む姿を少し見せた後、シレッとした態度で答えた。

「凪ちゃんと真桜ちゃんが行くって言ったから、私も来たの。凪ちゃんは全然お粧しをしないし、真桜ちゃんは絡繰の発明以外全然だらしないから、私が居ないと駄目なの」
「…………それだけの理由か?」
「うん。それだけの理由なの♪」

何とも理解し易いと言うか、し難いと言うか――。
たったそれだけの理由で参戦する彼女の気持ちが分からない。
小十郎は1度咳払いをした後、更に質問を彼女に投げ掛けた。

「だったら戦う事は無いだろう。補給役でも救護役でも、場はあるぞ?」
「あ〜……今の今まで隊長に言われるまで、それは思い付かなかったの」

小十郎が再び溜め息を吐く中、沙和がピースサインをしながら言った。

「でも凪ちゃんも真桜ちゃんもずっと一緒だから、これからもずっと一緒なの♪」
「…………ずっと一緒、か」

軽そうな性格に見えるが、本当はとても友達想いの娘なのだろう。
沙和の底無しの明るい姿を見て、小十郎は思わず微笑を浮かべた。
そして彼女の頭をポンポンと叩く。沙和が驚いたように小十郎を見上げた。

「軍師殿の事だ。もうすぐ偵察経路が決まるだろう。……さっさと行くぞ」
「…………うん♪ りょーかいなのっ!」

そう言葉を交わした後、小十郎と沙和は共に歩き始めた。

 

 

偵察経路が決まり、物資集積場を発見する為の偵察部隊が周辺へ散らばっていく。
偵察を開始して日が落ち始める頃――春蘭の部隊が発見したとの報告が入った。
だが敵は物資の移動準備を既に始めており、早急に手を打たねば不味いとの事。

「御苦労様……と言いたい所だけど、すぐに支度をして。ここから撤収するわよ」

小十郎、沙和、凪と主要の面々が次々に戻る中、華琳が本陣の撤収を始めていた。

「忙しないなぁ。まあウチ等の立たされとる状況が状況やから、しゃーないけど」
「秋蘭と季衣の姿が見えねえが……まだ戻って来ていないのか?」
「ええ。でも待つ時間も惜しいのよ。現地で合流するよう、遣いの者は出したわ」

華琳の素早い対応に凪達3人は、思わず舌を巻いた。
そんな彼女達の様子を見て、小十郎はクックと笑う。

「予備の糧食の方もここに置いていくわ。少しでも行軍を速めたいからね」
「だがそのまま捨て置くと、民が取り合って諍いの種になりはしねえか?」
「……確かにそうね。今は配る時間も惜しいのだけど…………」

この問題は、この場に兵を2、3人置いていく事で決着が着いた。
糧食を配る者達が居れば、恐らく諍いには発展しないだろう。

「よし。なら総員、可能な限り急いで撤収! 準備が終わった隊から出発しなさい!!」

 

 

 

 

華琳の号令から数刻後――本陣の撤収は速やかに終わり、物資集積場に向けて行軍を開始。
本来なら半日掛かる道のりを――限界まで軽くした御陰か――数刻で済ませる事に成功。
山奥にヒッソリと建つ、かなり古ぼけた砦に辿り着いていた。

「既に廃棄された砦ね。良い場所を見つけたものだわ」
「敵の本隊は近くに現れた官軍を迎撃しに行っているようです。残る兵力は一万かと……」
「連中にとって、あれは所詮使い捨ての砦だ。大切にしようなんざ思っちゃいねえだろう」
「片倉の言う通りだろうな。後1日経っていれば、ここはもぬけの殻だった筈だ」

華琳が深く溜め息を吐いた。

「厄介極まりないわね。それで秋蘭、こちらの戦力は?」
「義勇軍と併せて八千と少々です。向こうはこちらに気付いていませんし、荷物の搬出で手一杯のようです。今が絶好の好機かと……」

秋蘭の言葉を聞いて、華琳が冷たい笑みを浮かべる。
彼女特有の、敵を攻める際に見せる笑みだ。

「ならば一気に攻め落とすわよ。敵に反撃の隙を与える間も無く、ね」
「…………華琳様。私から1つ、提案が」

唐突に手を挙げた桂花に、華琳は「何?」と問い掛ける。

「はっ。戦闘終了後、全ての隊は手持ちの軍旗を全て砦に立たせてから帰らせて下さい」
「えっ? それってどう言う事ですか?」

季衣がそう問い掛けると、桂花は自信満々の様子で告げた。

「この砦を落としたのが、我々だと示す為よ」
「……成る程。黄巾の本隊と戦っていると言う官軍も、本当の狙いはここ。ならば敵を一掃したこの城に、曹旗が立てられていれば……」

曹操の名は一気に高まる。
皆が顔を合わせ、頷いた。
桂花の案が気に入ったらしく、華琳は含み笑いをする。

「面白いわ。その案、採用しましょう。軍旗を持ち帰った隊は厳罰よ」
「ちっ……下らねえな。ガキの御遊びのつもりか……?」
「あらそう。なら貴方と部下の凪達は問答無用で厳罰になるけど、良いの?」

グッと、小十郎は顔を強張らせた。華琳はニヤニヤしている。
見れば凪達の顔は、かなり不満そうな様子だ。
二度目の舌打ちをして、小十郎は頭を掻いた。

「分かった……やれば良いんだろ、やれば」
「最初から素直にそう言えば良いのよ。貴方達、良かったわね?」

華琳がそう言うと、凪達は嬉しそうに数回程頷いた。
誰が先に旗を立てるか――軍議はそれで盛り上がる。
気付けば華琳が一番先に旗を立てた者には、褒美を考えると言う話まで出て来た。
その言葉のせいで善からぬ事を考えているのか、春蘭や桂花の顔がニヤけている。

「この様子じゃあ、ここを攻める本来の目的を忘れちまいそうだな……」

小十郎が呟くと、華琳が念を押すように、もう1度作戦の趣旨を説明し始めた。

「旗を立てる事も大切だけど、作戦の趣旨を違えない事。狙うは敵守備隊の殲滅と、糧食を1つ残さず焼き尽くす事よ。良いわね?」

華琳の言葉に、春蘭達が「はっ!」と声を上げた。

「なら、これで軍議は解散とします。先鋒は春蘭に任せるわ。良いわね? 春蘭」
「はっ! この私に御任せ下さい!!」

春蘭の声を受け、華琳は高らかに宣言する。
この戦から、己の進むべき道が開くと――。

「この戦を持って、大陸全てに曹孟徳の名を響き渡らせるわよ! 我が覇道はここより始まる!! 各員、奮励努力せよ!!」

曹魏の辿る覇道の道がここから始まっていく――。
小十郎は複雑な思いで、彼女を見つめるのだった。

 

 


後書き
第10章を書き上げました。華琳の覇道、始まる。
う〜ん、小十郎は振り回される姿が似合っているなぁ。
彼には苦労人キャラを貫き通させようと思います。
では、また次回の御話で。


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