「隊長。楽進隊、布陣完了しました!」
「李典隊も布陣が完了したで。隊長」
「御苦労。なかなか手際が良かったな」
2人の報告を受け、小十郎は静かに頷く。
だがまだ沙和からの報告が一向に無い。
そろそろ布陣の配置が終わっても良い頃だが――。
「おい。沙和から何か聞いているか?」
小十郎からの問い掛けに、真桜が頭を掻きながら言った。
「ああ〜……何や兵を纏めるのに、ちぃ〜っと手こずとったようやけど」
「もうすぐ春蘭様の号令が掛かる頃だ。隊長、私と真桜が手助けに――」
そう言って、沙和の元に向かおうとする凪と真桜だったが――
「行くな。最後まであいつにやらせろ」
小十郎に肩を掴まれ、引き止められた。
凪と真桜を、小十郎の鋭い瞳が貫いた。
「あいつも最後には嫌でも兵を率いる立場になる。慣れさせておかなきゃ為にならねえ」
「し、しかし……」
「せめて春蘭の号令が掛かる、少し前まで待ってやれ。そうしたら助けに行っても良い」
小十郎に諭され、渋々と言った様子で沙和を待つ凪と真桜。
沙和も友達想いであるように、彼女達も優しい娘達なのだ。
そして小十郎が引き止めてから少しして――沙和が慌てた様子で姿を見せた。
待ち望んでいた人が現れ、凪と真桜が安堵の溜め息を吐く。
「ご、ごめんなさい隊長。少し時間が掛かっちゃったの」
「早速課題が出来たな。今回は良いが、次回はもう少し機敏にやれ」
小十郎に軽く小突かれながらも、沙和は照れ臭そうな様子で笑う。
全ての部隊の布陣が完了した中、真桜が何かを思い付いたように笑顔で言った。
「なあなあ隊長、この戦が終わったら、ウチ等の歓迎会をやらへん?」
「――――何だと?」
「真桜ちゃん、良い考えなの! 沙和、隊長とパーッと盛り上がりたいの!」
「せやろ? 可愛い部下が下に付く記念に、隊長の奢りで盛り上がろうや!」
こいつ等、自分からタカる気か――小十郎が顔を顰めた。
徐に2人の抑え役である凪に視線を移すと、彼女は――。
「……楽しみにしています。隊長」
頭を深く下げて礼を言い、こちらの予想を裏切ってくれた。
内心で華琳に悪態を吐きつつ、小十郎は呟くように言った。
溜め息混じりなのが、更に哀愁を誘う。
「……奢ってはやるが、条件を1つ付ける」
「「「条件?」」」
「そうだ。条件はこの戦で良い結果を残す事。もし出来たら好きな物を奢ってやる」
小十郎の言葉に凪が奮起し、真桜の眼が光り輝き、沙和が眩しい笑顔を浮かべる。
「……よし! 隊長に認めて頂けるよう、存分に働きます!」
「よっしゃあ! 隊長、約束を破ったりするんは無しやでえ」
「歓迎会が待ってるの! 沙和、精一杯頑張っちゃうの!」
明らかに欲望一直線で起きたやる気である。
(こいつ等……華琳め、一癖も二癖もある奴等を預けてくれやがった)
内心で呆れつつも、少しだけ頼もしく思う小十郎。やる気が無いよりマシである。
出会ってからまだ間も無いと言うのに、この3人の手綱を握れたような気がした。
だがこの暴れ馬達は、そう簡単に操らせてはくれないようである。
「……何をしているのでしょうか。あいつ等は」
「さあ? 戦闘前の気合いでも入れ直しているんじゃない?」
少し遠目ながらも、小十郎と3人のやり取りは華琳と春蘭に見られていた。
戦前だと言うのに、あの緊張感の無さ――真面目にやれと一括してやりたい。
そんな中、季衣が布陣を完了させたと報せを受け、華琳と春蘭が頷いた。
「準備は出来た。春蘭、頼むわよ」
「御意ッ!」
刹那、春蘭の怒声とも言える号令が響く。
「銅鑼を鳴らせ! 鬨の声を上げろ! 追い剥ぐ事しか知らない盗人と、意を借るだけの官軍に、我等の名を知らしめてやるのだ!!」
そして――春蘭が持つ七星餓狼が砦を指した。
「総員、奮闘せよ! 突撃ぃぃぃぃっ!!!」
兵の雄叫びが地響きを起こし、一斉に砦へ突撃していく。
それ等を率いる小十郎や秋蘭、季衣も同様に、である。
砦に籠っている黄巾党の集団が己の危機に気付くのにそう時間は掛からなかった。
しかし気付いた時には遅く、武器をロクに持つ事も出来ず、倒されていくだけだ。
「な、何なんだ! 奴等一体……!!」
「げ、迎撃だ!? 迎撃しろ!!」
「出来るならとっくに……う、うわあああ!!」
突如として曹操軍から襲撃を受けた黄巾党は、混乱の極みに陥っていた。
物資の搬出をしている最中であったせいか、満足な対応も不可能だった。
何人かは剣か槍を取り、迎撃する事が出来たかもしれない。
だが曹操軍の士気は圧倒的に高く、不意打ちを食らった彼等が敵う筈も無かった。
1つ、また1つと命が失われていく。悲鳴が響き渡り、鮮血が辺りに飛び散った。
「せやああああ!」
真桜の気合の雄叫びと共に、彼女の得物である螺旋槍が唸りを上げた。
まるで削岩機のようなその槍は、発明得意な彼女手製の絡繰槍である。
時代を超越しているような形状ではあるが、小十郎は別段不思議にも思わなかった。
何せ自分が居た世界にも、同じ武器を獲物とする“戦国最強”が居るのだから。
「とっとと退きぃや! ウチの槍は当たると痛いでえ!」
個々の実力が弱い為、群がって攻めてくる黄巾党には効果的な武器だった。
回転する矛先が集団をゴッソリ削り、彼等の戦闘力を根こそぎ奪っていく。
「はあああああっ!」
そして削った後に残った少数の黄巾党を、凪が一気に吹き飛ばす。
己の拳と氣を武器とする彼女は、我流の格闘術に長けていた。
手甲に氣を込めて威力を高め、それをまるで散弾銃のように放つ。
余程武に長けた者でなければ、見切れない程の速さだった。
「おお。助かったでえ、凪!」
「最後まで油断するなよ。真桜」
そう言い残すと、凪は再び寄り集まった敵の集団に突撃していく。
敵は彼女に襲い掛かる間も無く、無残に宙へと吹き飛ばされた。
「流石に秋蘭や季衣と協力し、生き残っただけはあるな」
「でしょでしょ♪ 凪ちゃんも真桜ちゃんも、とっても強いの」
沙和と共に敵陣を削る小十郎は、意外な彼女の剣の腕に驚いていた。
沙和は双剣の扱いを得意とする。剣捌きは並の兵よりも美しかった。
一気に敵が5人襲い掛かって来ても、難無く蹴散らしてしまう程だ。
だが見ていて彼女は何処か注意力散漫で、小十郎は少しも眼が離せなかった。
それは他の2人も同様で、注意力を高める訓練も必要かもしれないと思った。
「……これからが苦労するな」
そう呟くと共に小十郎は、敵を正面から叩き斬った。
鮮血が吹き出し、ゆっくりと倒れる1人の黄巾党。
荒々しい本性を滲ませた瞳で、敵の集団を睨み付ける。
「これ以上の地獄が見てえか……? 後が恐いぜ?」
地の底から響くような声に、彼等の身体が震え上がった。失禁している者も居る。
そして彼等は武器を落として腰を抜かし、その場に尻餅を着いて動かなくなった。
「……やり過ぎちまったか?」
滑稽な彼等の様子に、小十郎は微笑を浮かべて言った。
◆
城は落ちた。
周辺に敵兵の姿は1人も居ない。
敵守備隊もほぼ壊滅していた。
「よし! 糧食庫に火を点けろ。米一粒も残さず燃やすのだ!」
「食糧を持ち帰った者は厳罰に処する!! 心せよ!」
春蘭が号令を掛けると同時に、松明を持った兵が並んでいく。
そして松明が次々と投げられ、糧食庫が一気に燃え上がった。
「あ〜あ……分かっとるけど、やっぱ勿体無いなぁ。どんどんと燃えてくでえ」
「ああ。だが、もし我々が糧食を持ち帰れば曹操様の名を落とす事になる」
「みゅううう……お腹を空かせた街の人達に、持って帰ってあげたかったの」
これは桂花が作戦前に何度も兵達に警告していた事だった。
下衆な賊徒から糧食を奪い、それで自分達の腹を満たす――。
これほど覇道を歩もうと言う曹操の名を落とす行為は無い。
故に前の街に食糧を持ち帰ろうとしないのも、この為であった。
「だが華琳も悩んだ末の決断だ。奴の苦悩も察してやれ」
「…………はい」
小十郎の言葉に、凪がゆっくりと頷いた。
少し経った後、糧食庫が音を立てて燃え落ちていく。
これで当面の目的は果たした事になる。完全勝利だ。
「目的は果たしたぞ! 総員、旗を目立つ所に挿して、即座に帰投せよ!」
秋蘭の声が響く。それに小十郎はハッと気付いた。
敵殲滅に夢中になって、旗の存在を失念していた。
「旗を立てに行くぞ! 勝負を挑まれたからには、勝ちに行くまでだ」
「「「おおッ!」」」
凪、真桜、沙和が一斉に手を上げ、旗を持って先に行く小十郎の後に付いて行った。
城までの帰り道――華琳は小十郎達を集め、簡単な会議らしき物を開いた。
戻ったら片付けに専念し、すぐ休むようにと言う最初の一言は彼女らしい。
「作戦は大成功でしたね! 華琳様」
「ええ、皆も御苦労様。特に凪、真桜、沙和。初めての参戦で、見事な働きだったわ」
「ありがとうございます」
「おおきに!」
「ありがとうなのーっ!」
そのすぐ後、華琳は小十郎に視線を移した。
「小十郎。隊長の貴方から見て、この娘達の働きはどうだった?」
そう問い掛けられ、小十郎は横眼で華琳を一瞥した。
凪、真桜、沙和の3人はドキドキとした表情である。
彼の評価が歓迎会の催しに関わっているので、仕方のない事だった。
「……じゃじゃ馬だが、働きは悪くない。初陣にしては良くやった方だ」
「えっ……? 隊長、それってどう言う…………」
フンッと、小十郎は鼻を鳴らした。
「合格だ。約束通り好きな物を奢ってやる。歓迎会でも好きにやれ」
「「……やったぁぁぁ!!」」
「……ありがとうございます。隊長」
彼等の様子を、華琳、春蘭、秋蘭は微笑ましく見つめた。
季衣は羨ましがり、桂花は悔しそうに唸っていたりする。
「ふふっ。まあ差し当たり、これでこの辺りの連中の動きを牽制する事が出来た筈だけど」
「はい。暫く大きな動きは出来ないでしょう。ただ、元々本拠地を持たない連中の事……」
「……今回の攻撃も、単なる時間稼ぎにしかならないと言う事か」
桂花と秋蘭の言葉に、華琳が小さく頷いた。
「でしょうね。だから連中の動きが鈍くなった今、奴等の本隊の動きを掴む必要があるわ」
真桜と沙和に絡まれている中、小十郎は腕を組みながら言う。
「だがどうやって掴む気だ? 連中は本拠地が無いんだろう?」
「地道に情報を集めて回るしかないでしょう。面倒だけどね」
「はい。補給線が復活すれば、優先順位の高い順に回してくるでしょう」
顎に手を添え、桂花の言葉に小十郎は「成る程な」と呟く。
絡んでいた真桜と沙和は何時の間にか、凪が引き剥がしていた。
「優先的に回る所が、連中の生命線と言っても良い場所な訳か……」
「そう言う事よ。暫くは小規模な戦闘と情報収集が続くでしょうけど、ここでの働きで私達が黄巾党を倒せるかどうか決まると言っても良いわね」
刹那、華琳の眼が王のそれに変わった。
「皆には一層の努力奮闘を期待する! これで話は以上よ」
「はっ! ……あ、それで華琳様。旗の件なのですが……」
春蘭がおずおずと、言い難そうに言った。
彼女の言葉を聞いた華琳は、ハッとした表情を浮かべる。
「……忘れていたわ。それで、結局誰が一番だったのかしら?」
そう尋ねてみると、各々が勝利者だと主張し始めた。
「はっはっはっ! 無論、私の勝ちです。華琳様の名を広める為、高い所に挿しました!」
「何言ってんのよ! 絶対に私。わざわざ兵に頼んで、挿してきてもらったんだから!」
「いや〜、春蘭様達には悪いですけど、この勝負はウチ等の圧勝や。なっ?」
「うんうん。隊長と協力して、たっかーい所に旗をブスッと挿してきたの!」
上から春蘭、桂花、真桜、沙和の順である。
このままでは騒ぐばかりで収集が付かない。
華琳は溜め息を吐きながら、秋蘭に訊いた。
冷静沈着な彼女なら、結果を見ていると思ったが故である。
「……ふう。結局誰が一番なのか、分かる? 秋蘭」
「ふふ。恐らく片倉達と季衣でしょう」
彼女に言われ、小十郎と季衣は少し意外な表情を浮かべた。
「ほお……俺達と季衣か」
「あはっ♪ ボク、勝ったんだ!」
いがみ合っていた春蘭と桂花が石のように固まった。
その姿はある意味滑稽で、ある意味哀れである。
「2人とも、一体何処に挿したの?」
「城の真ん中にあったデカい建物の、屋根の上だ」
「ボクも同じですよ。ボク、木登り得意なんです」
ちなみに小十郎は登らず、凪に頼み、彼女に投げて挿してもらっていた。
氣が込められた旗は軽々と屋根の上まで昇り、簡単に刺さったのである。
そう付け加えて説明すると、勝者は季衣、実際に旗を挿した凪と言う事になった。
真桜と沙和はブーブーと文句を言ったが、小十郎は彼女達を軽く小突いて抑えた。
「勝者は貴方達に決まった訳だけど……季衣、凪、何か欲しい物はある?」
「う〜ん……ボクは特に何も無いんですけど……」
「新参者の私が曹操様に強請るなど、恐れ多い事。私も特にありません」
欲の無い2人に、華琳は思わず微笑を浮かべた。
「何かないのか? 服とか、食べ物とか……」
「それも今のままで、十分満足ですよ〜……」
「私もです」
春蘭が思わず溜め息を吐く程の無欲振りである。
でもそこが、彼女達の良い所かもしれなかった。
「仕方ないわね。なら貸しにしておくから、欲しい物が出来たら言いなさい」
「はいっ!」
「……ありがとうございます」
こうしてこの話は決着が着き、会議は終わりを告げた。
そして城に戻る最中――。
「んじゃ隊長、戻ったら歓迎会、パーッとしようや!」
「何奢ってもらおうかなぁ? 沙和、迷っちゃうの」
「2人とも、あまり高い物は駄目だぞ。隊長の金銭も考えてだな……」
3人娘はこんな事を話し合っていた。
小十郎がやれやれと言った表情を浮かべる。
「ふふっ。新任隊長さんは、これから大変そうね?」
「確信犯が……こうなる事を予想していただろう?」
「さあ、どうかしら? それよりもお金の心配をした方が良いんじゃない」
「…………言われずとも」
華琳に弄られながら、小十郎は内心舌打ちをして呟いた。
彼の隊長としての苦労は、今始まったばかりなのだ――。
後書き
第11章を書き上げました。とりあえず一段落と言った所でしょうか。
次回は少し日常編を挟んで、黄巾党との決戦と続きます。
キャラを万遍無く絡ませられれば良いと思っております。
では、また次回の御話で御会いしましょう。
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