「警備隊の指揮?」
「そうよ。貴方と部下の凪達には、街の警備隊の指揮を担当してもらうわ」

王座に座る華琳から唐突に告げられ、小十郎は思わず首を傾げた。
朝方、座禅をしている中、小十郎は急に玉座の間に呼び出された。
彼を呼んだのは無論、華琳である。理由は小十郎達に任せたい仕事の説明であった。

「不逞の輩でも、街に入り込んだりしているのか……?」
「それもあるけど、民の声に耳を傾けたが故の結論なのよ」

華琳が言うにはこうだ――。
最近街の治安が乱れてきており、事が起きても警備兵の到着が遅い事が度々あるらしい。
そこで1つの対策として、指揮力に比較的優れた警備隊長の配置を決定したとの事。
その白羽の矢が立ったのが、他の将と違って、客将として身を置いている小十郎だった。

「……あのじゃじゃ馬娘共を指揮に回す、か」

顎に手を添え、小十郎が不安そうに顔を歪めた。

「どうしたの? やっぱりまだ仕事を任せるには不安?」
「まだ隊長として手綱を握りきれた訳じゃないからな……」

小十郎が疲れた表情で、ポツリと呟いた。
どうやら歓迎会を催した時の騒動を思い出しているらしい。
あの時は散々高い物を奢らされ、貯金が一気に吹き飛んだ。
更に途中で何故か春蘭達も加わり、耳を塞ぎたくなる程に喧しかった。

「まあともかく、警備隊の指揮は貴方達に任せるわ。協力して成果を挙げなさい」
「ふんっ……簡単に言ってくれるぜ。だがまあ、遣り甲斐があるのは確かだ……」

そう言って小十郎は、玉座の間を後にした。
彼の背中を見送りながら、華琳は呟く。

「期待しているわ。片倉警備隊の仕事振りを、ね……」

当然、彼女の声が小十郎に聞こえる筈も無かった。

 

 

翌日――小十郎は主不在の玉座の間に凪達を集め、事の次第を説明した。
自分達が仕事を任せられたと言う嬉しさがあってか、3人は嬉しそうだ。
そんな彼女達を小十郎はやんわりと収めた後、警備の仕事について書かれた巻物を広げた。

「うひゃ〜……なんや細かい事が書き連ねてあるでぇ」
「う〜ん……何かちょっと面倒そうなの〜」

小さい文字で細かく書き連ねてある警備隊の仕事内容に、真桜と沙和は顔を顰めた。
最初の意気込みは何処に行った――この2人、何処か飽きやすい傾向があるようだ。
逆に凪は真剣な表情その物で、巻物の字に一字一句、眼を通しているようである。

彼女が読み終えたのを確認して、小十郎は口を開いた。

「これには書かれていないが、部隊長は2人1組になって行動してもらう。どんな状況に陥っても、知恵役が1人でも多ければ何かと色々対応が出来るからな」

小十郎の言葉に3人がゆっくりと頷く。
その後、彼が提示した追加内容は以下の通りだ。

――迅速に現場へ駆け付ける為、街の地図は覚えるまで何回も見て確かめる事。
――各々の鍛練は絶対に欠かさない事。よって朝は、菜園で畑仕事を実地する。
――例え小さい事でも手を抜かない。常に街に住む人々の安全を第一に考える。

「ちょ、ちょっと待ってえな! 隊長」
「何だ? 質問があるなら手短に言え」
「朝から菜園で畑仕事って何やねん! これ鍛錬に関係ない――」
「この馬鹿野郎ッ! 畑仕事をナメるんじゃねえ!」

小十郎の怒声に、真桜の身体がビクリと震えた。
凪と沙和は少々唖然とした表情を浮かべている。

「草取りによる下半身の強化、土を耕す事による筋肉の鍛錬、更に美味しい野菜も作れる。これ以上の鍛錬があるか?」

正論なだけに真桜もそれ以上言い返せなかった。
確かに畑仕事は、効果的な鍛錬ではある。
凪は関心を示し、沙和は微妙な表情を浮かべた。

「質問がもう無いようなら街に行くぞ。今日は初日だから、特別に4人で回る」
「はいっ! 分かりました。隊長」
「へ〜い。ああ……これから毎日、朝から畑仕事かいな」
「うっう〜……沙和、途中でヘコたれないか不安なの〜」

見事に個々の気持ちがバラバラになってしまっている片倉警備隊。
この光景はまるで、前途多難な様子を現しているかのようである。
今後彼等がどう成長していくのか――それはまだ誰も分からない。

 

 

 

 

片倉警備隊初出動の日として、特別に4人で回る事にした小十郎。
早速街に繰り出し、街と民の安全を確認していく4人だが――。
武官級が複数で行動しているせいか、民は少し警戒気味である。

「これから沙和達が、不審者さん達を取り締まるんだよねえ。うう〜、何だか怖いの」
「警備が怖がってどうするんだ、沙和。それにお前の腕なら、怖がる事もないだろう」
「せやせや。ウチ等より強い不審者なんて、滅多に居らんて」

こう軽く会話を交わしてはいるものの、彼女達も立派な武官である。
警備中だから武器も装備しているし、民が警戒するのも無理はない。

「……服装の改善も考えてみるか。目立って仕方ねえ」
「ええ〜ッ!! 隊長、そこまでするのは嫌なの〜っ!」

小十郎の呟きが聞こえたらしく、沙和が大声で反論した。

「そうは言ってもな。こう目立って周りに警戒されてちゃ、警備がやり難いだろ」
「でもでもぉ〜っ! 服装は女の子にとって命なのっ! 隊長は男だから判らないの!」
「沙和の言う通りや。そう言う隊長だって、強面やから周りに怖がられとるって」

真桜がケラケラと笑い、小十郎をからかう。沙和も彼女に同意で頷いている。
溜め息を吐いた小十郎は「余計なお世話だ」と言って、2人を軽く小突いた。

「あ痛ッ……隊長、可愛い部下への暴力反対や!」
「そ〜なの、そ〜なのっ! 反対反対ッ!!」
「やかましい……! 少しは静かにしねえか!」

こう3人がやり取りをする中、凪は――。

「……………………不審者、不審者……」

1人真面目に辺りを見回し、怪しい者が居ないか警戒していた。
苦労人の小十郎、真面目な凪、のんびり者の沙和、ツッコミ役の真桜。
見事に性格がバラバラで、纏まりが全く無い警備4人組であった。

そして真桜と沙和をようやく静かにさせた時だった――

「あああああッ!!!」

沙和が急に大声を上げて走り出したのである。
もしや警戒していた不審者が現れたのか――。
小十郎と凪が沙和の後を追うと、彼女は本店の前に居た。
何やら手に持ち、広げて見ているようである。

「どうしたッ! 沙和ッ!!」

凪が問い掛けると、沙和は笑顔で見ていた物を2人に広げた。

「新しい阿蘇阿蘇なの! 最新号、とっても欲しかったの!」

彼女が広げて見せたのは、女性のお洒落雑誌のような物だった。
最新の衣服や家具、更には流行の装飾品まで詳しく載っている。
如何にも沙和のような、今時の女の子が好きそうな本である。

「沙和ッ! 今は警備の仕事中なんだぞ!」
「でもでもぉ〜、今手に入れておきたいの」

凪が説得するが、沙和は首を振って聞かない。
見兼ねた小十郎は、彼女から隙を見て阿蘇阿蘇を取り上げた。

「あ〜んっ! 隊長、それ返して〜っ!」
「馬鹿! こんな物は警備の後に買え!」
「後それを含めて2冊しかないの〜っ! 売れ切れちゃうの〜っ!」

宙に上げられた阿蘇阿蘇を取り返そうと、沙和は小十郎に飛び付く。
しかし身長差で明らかに届かず、彼女は涙眼を浮かべて訴えた。
――が、仕事に厳しい小十郎には通用せず、無駄に終わるのだった。

「あ……隊長、そう言えば真桜は……?」
「ん……?」

小十郎が辺りを見回すと、確かに凪の言う通り、真桜の姿が見当たらない。
思わず首を傾げた時、ここから2件程先の店で彼女の大声が聞こえてきた。
その声の様子は沙和と同じ、何かを見つけた時の物と同じだ。

「ちっ……今度は一体何だ?」
「行ってみましょう。隊長」

仕方ないとばかりに小十郎は、取り上げた阿蘇阿蘇を沙和に返した。
受け取った彼女は眩しいばかりの笑顔を浮かべて、店主の元に持って行く。
後で必ず説教の続きすると誓いながら、小十郎は真桜の元へと向かった。

「真桜ッ! 何があった!」

再び凪が最初に声を掛けると、真桜は眼を輝かせながら振り返った。
彼女の手には何処かで見たような姿の人形らしき物が握られている。
それは妙にリアルで、何所か怖かった。

「こんなトコにあったんや……超絶からくり夏候惇!」

そう言って真桜は、その超絶からくり夏候惇を小十郎と凪に見せた。
何処かで見たかと思えば、その人形(?)は春蘭に似ていたのである。
だがまた沙和と同じで、警備には全く関係の無い事だ。

「…………何なんだそれは」
「真桜……!」

小十郎が頭を抱え、凪が憤りながら真桜に尋ねた。
すると彼女は呆気らかんとした様子で語り始める。

「2人とも、コレ知らんの? これはな、許昌の絡繰師が、勇名轟く春蘭様の絡繰をどうしても作りたいっちゅー事で、作られてんけど……大人気ない春蘭様は『こんな物は私ではないッ!』って怒ってもうて、あっちゅー間に発売中止になってしもうた品や」

彼女の言う通り、確かに大人気ない理由ではある。
だがその御陰で貴重品に変貌したとも言えた。

「ああッ! こりゃ掘り出し物やで。好事家なら驚くような値を付ける筈や!」
「…………まさかお前、今それを買う気じゃないだろうな?」

小十郎がそう問い掛けると。真桜は躊躇いもせずに頷いた。

「買うに決まってるやん! この機を逃したら、もう一生手に入らへん!」
「……馬ッ鹿野郎!! 今は警備の仕事中だ! こんな物は後で買えッ!」

そう言って小十郎は、真桜の手から超絶からくり夏候惇を取り上げた。
先程の沙和と同じように、それを宙へと高く上げる。

「あ〜ッ! 隊長のアホ! ウチの夏候惇を乱暴に奪わんといて!!」
「乱暴もクソもあるかッ! 警備中にこんな物を買うなど、言語道断だ!」
「隊長の泥棒猫ッ! 鬼ッ! 強面ぇぇぇぇ!!」

真桜の言葉に周囲の視線が集まってきたのを見て、凪がおずおずと言葉を掛ける。

「ま、真桜っ! 言葉を選べ! 周りの人達に誤解が――」

そう言って凪が周囲を見渡していると、ある一点に視線が止まった。
店の中で不審な動きをする男――瞬間、懐に品物を2、3個入れた。
それを目撃した凪の行動は素早く、小十郎と凪を置いて駆け出した。

「――な、なんや!?」
「――凪ッ!」

2人が声を掛けた時には既に遅く、凪の姿はその場に居なかった。
小十郎はからくり夏候惇を放り投げ、駆け出した凪の元へ急ぐ。
ちなみに真桜は、放り投げられたからくり夏候惇をしっかりと受け止めていたりする。

「そこの男ッ! 神妙にしろ!!」
「ちっ――」

凪が店の中へ突撃し、窃盗の男と対峙する。
舌打ちした男は短剣を取り出し、凪に向けた。
店主の悲鳴が響き、凪の表情が怒りに強張る。

「凪ッ!」

遅れて到着した小十郎が見たのは、手甲に氣を溜める凪の姿。
まさかこんな狭い店の中で――小十郎の顔がサッと青ざめた。

「悪人に容赦はしないぞッ!」
「待てッ!! な――」
「はあああああッ!!」

小十郎が止める前に、彼女は手甲から溜めた氣弾を放っていた。

「ギャアアアアアッ!」

悲痛な悲鳴を上げた男は氣弾に攫われ、店の壁を突き抜けて行った。
その威力は止まる事を知らず、隣接している店も突き抜けて行く。
氣弾のせいで崩れ落ちていく建物、恐怖で逃げ回る何人もの人々。
平和な模様だった街は、一瞬にして地獄絵図へと変わったのだった。

「…………あの馬鹿」

小十郎が頭を押さえ、恨めしそうに呟いた。
そんな中、気を失った窃盗の男を連れ、凪がやって来た。
何枚もの壁突き抜けを体験したせいか、男の顔は白い。

「隊長ッ! 賊を1名、確保しましたッ!」

やり切った表情で報告する凪がとても恨めしかった。
どうやら今の彼女の眼には、街の惨状は映っていないらしい。

「うわ〜……何やエライ騒ぎになってもうたなぁ」
「危なかったのぉ。でも阿蘇阿蘇が買えたから良かったの♪」

違う目的を達成した真桜と沙和が、今頃姿を現した。
彼女達の手には欲しがっていた物がそれぞれある。
どうやらあれだけ止めたのに、購入したらしかった。

「ぐっ……この――馬鹿野郎共がッ!!!」

今日一番の小十郎の怒声が、人々の悲鳴の中に混じって響いたのだった。

 

今回の1件はすぐに華琳の耳に入り、4人は厳しい御叱りを受ける事となった。
店などの被害に関しては国費で負担して弁償。数週間で元の街並みへと戻った。
迷惑を掛けた民に関しては、小十郎が凪達を連れ、ひたすら平謝りをして回った。

片倉警備隊、初出動の(被害)報告――窃盗犯確保、街の損壊、民への迷惑行為。

 

 


後書き
第12章をお送りしました。片倉警備隊結成、及び初出動の話です。
ちょいグダグダな話になってしまったかな?
纏まっているかどうか不安ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
では、また次回の御話でお会いしましょう。


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