――魔導巧殻SS――
緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル
(BGM 月の序曲―プレリュード― 〜 これぞいつものお約束 魔導巧殻〜神のラプソディより)
「(どうしたもんか…………)」
業務の傍ら頬杖衝いて考える事しきりだが全く良い考えが浮かばない。いや、対ザフハ侵攻戦は良いのよ。既にオレの手から策は離れ、帝国軍が勝手に動き出している。
ミアさんとリセル先輩がアルレスハイムで再交渉に入ったが、機を同じくして帝国北領となった【城塞都市・ヘンダルム】で北領軍と国境線沿いに集落を作る獣人族が諍いを始める。あっという間に騒乱は広がり鎮定部隊と共にガルムス閣下が到着した時には城壁外の市街地が丸焼けになる惨事になった。
其処から出てきたのは一時停止となった獣人族のメルキア派遣労働者――他国でいえば法で捻じ曲げた奴隷――の焼死体ばかり。その背後として出てくる出てくる、ザフハのメルキアへの派遣労働で無い奴隷輸出の証拠。その頭取がドゥム=ニール【竈の城】統領ザルマグス・グランという“事実”だった。
不法行為の策源地として面目丸潰れになった北領元帥ガルムス閣下は激怒、エイダ様と組んでドゥム=ニール古王国の首領ダルマグナ翁に猛圧力をかける。結果ドワーフの捕縛隊を返り討ちにした
【竈の城】統領は独立とザフハへの帰属を宣言。それが交渉に黒い影を投げかける。それをザフハは謝絶したとはいえザルマグスとアルフェミアの関係を疑うメルキアの交渉団は一気に態度を硬化、最早どちらも落とし所を失った会議をやってる筈だ。
うん、オレが考え実行したのは実はメルキアの法を捻じ曲げた派遣労働という奴隷制度に徹底的に打撃を与え、その痛みを全部ザフハに押し付けてしまう事……それだけだったりする。
対ザフハ謀略の殆どが伯父貴が、ドゥム=ニールへの外交的攻勢はエイダ様が。そして宣戦布告と言う布石を打つのはガルムス閣下がやってるんだ。
この三人、仲悪い様でいてここまでやれる。結局己の美学なんかよりメルキアと言う国の為にそれを一時棚上げ……する程ではないが横に置いて協力することはできるんだ。ゲームみたいに単純な好き嫌いで対立する程器が狭い訳じゃない。
それにオレ達、東領の面々がアルレスハイムでの交渉団と言う顔見せだけで実働に関与出来ない理由も解った。表向きは『餓鬼共が粋がって交渉出来ると思うな!』という横槍、裏は後に皇帝となるであろうヴァイス先輩とその周囲に後世メルキア最大の悪手とも言われるであろう『ザフハ侵略』の汚名を着せないと言うことだろうな。
新任東領元帥の意向など古参の三人からすれば鼻息で吹き飛ばせる。そう周囲の国が思えばヴァイス先輩の真意を探るより三人にすり寄るないし警戒するようになるだろう。そこで三人が勝手に内乱起こして先輩に平定させられればアヴァタール東方域制圧と帝国内乱鎮定、その功がまるまる先輩に転がり込む。周辺国は全く為政者として情報の無いヴァイスハイト・フィズ・メルキアーナ皇帝を相手にせねばならなくなるんだ。これは大きい。
あくまで悩みはオレ個人、そしてそれがいきなりメルキアの根幹に関わっていると言う点だ。何故五大国の雄とはいえ世界中――そう国家以上の神や悪魔と言った超常の連中までもが――此方の一挙一頭足に拘るのか?
オレがメルキアを変えたと宣ったエリザスレインだって解っている筈。高々100年満たないオレの寿命、
オレの死後に幾等でも改変しまくって元の木阿弥に戻すことが出来るのに短絡的な介入に打って出て訳の解らない思惑で諦めて引き下がる。彼等が一体何を考えているのか全く読めない。
「機嫌よさそうだねー。」
「そうですね。」
「また何か考えてるんですよ、悪辣な事。」
ええい、お前ら人の悩みを茶々するんじゃない。エリザスレインの話で無茶苦茶心配されたのに数日経てばこの通り。喉元過ぎれば何とやらだ! 懸案の一つを混ぜっ返してやる!!
「じゃ考えてくれ。特にリプディール北麓のオレは愚か
エイダ様ですら気がつかなかった皇帝家の魔導要塞秘密建造施設の件。」
「えー!!!」
アンナマリアの痛そうな声とその後に続く三人の文句――残るはカロリーネにシルフィエッタの両名――が飛んでくる。表向き知らないと言うことになっていて初めてエイダ様が発見したことになっているが予測を立てたのはオレ、つまり事実確認が済んだと言う点だ。
残念ながら【魔導要塞・ファラ=カーラ】は発見できなかった。それ自体は問題ない。オレがもしジルタニアの立場で帝都結晶化を仕組んだのであれば建造施設からブツはとっとと持ち出し隠匿する。そう、其の施設がファラ=カーラの建造施設だったという事実だけで十分だ。それ以上にオレの顔を青
褪めさせた事実が浮かび上がってきたのさ。この建造施設は一つじゃない。
同時複数建造が前提だったんだ! ゲーム中、ファラ=カーラは真なる魔導要塞【アルファラ=カーラ】に転じたものを含めても一つしかない。ホント、事実はゲームより奇なりだ。
「シルフィエッタ、正直な話魔導要塞の拠点を押さえたのは大きいし、これで竜族に事の次第を説明する目処も着いた。エイダ様はすぐに動く筈だ。問題は……」
「御物の方ですね。」
「
劣化コピーの量産だったっけ? 押収書類から見ても魔導技巧師は失敗と判断したみたいだけどルツはまだ疑ってるの??」
話を繋いだカロリーネに少し安心。前の様な鞘当と言う名のパワハラは消えたからな。女を天秤に掛けるような甲斐性はオレには無いが二人から見れば現状『実戦面』でイーブンだからこそ裏は兎も角、表では争わない。こんな管理者という立場で鞘当てや喧嘩なんぞ起こしても意味はなく上司の機嫌を損ねるだけと頭で解っていてもやりかねない怖さがあるんだ。事に男女比不均衡という要素があるこの世界ではね。
「想定外の件だしな。ファラ=カーラ、皇帝陛下は魔導要塞の現性能に不満を下したようだがアレだって使い方次第で十分脅威だ。試作品だけならまだしも多数量産されたら軍事バランスが滅茶苦茶になる。」
それ以上の問題だ。ゲームでは『御物の量産』なんて無かった。アル閣下の御物【晦冥の雫】の劣化コピーを作りファラ=カーラを量産する。【知らなかった】では済まされない案件だ。最悪、本体の晦冥の雫が無くても劣化コピーだけで皇帝ジルタニアは先輩を初めオレ達を排除できる力を手に入れてしまうかもしれない。ホント、オネェ元帥の魔導兵器化で【晦冥の雫】の魔導利用は終わったと思いたいよ。其の憂慮等斟酌しないようににアンナマリアが放言した。
「それはそれで正義だとおもうんですけど? 結局ヴァイスハイト閣下が丸々せしめて国威高揚に役立てれば良いですし諸国が危険と感じるなら紐付きで貸し出せばメルキアはもっと潤いますよ??」
「アンナマリアさん、事はそう簡単には済まないのです。ノイアス・エンシュミオス元帥の研究していた御物の解析、特にアル閣下の御物は危険と言う生易しい言葉で済まされるものではありません。あれはヒトが関わるべきでは無い代物です。」
シルフィエッタもかなり言葉を選んだな。禁忌では済まないレベルの秘事ばかりだからまともな情報を与えてやれない。その証拠にアンナマリアが不服そうな顔をしてる。そりゃそうだ、じゃ何故アンナマリア論法
メルキア正義の象徴たる皇帝ジルタニアはドゥム=ニールから軍事兵器として魔導巧殻を譲り受けたのか?
態々
危険物を危険な使い方すれば痛い目を見るのは己とメルキアだ。ゲームから考えれば答えは簡単なんだがそうすると一つ疑問が出てくる。万が一の可能性でしかないが、もし皇帝の策謀たる帝都結晶化の前に、またはヴァイス先輩が諸国平定を果たす序盤からアル閣下の封印が解かれ【晦冥の雫】の暴走が始まったらジルタニアは……あ!
「そうか! つまり皇帝は知っていると言う訳か。安全装置の事を!!」
「「「へ?」」」
オレの素っ頓狂な声に三人が三人、目を点にしてるけどオレは矢継ぎ早に指示を下す。全くとんでもない皇帝だ。自分でマッチしてヴァイス先輩にポンプさせその功を一人占めするだけでなく、ポンプが支挫じった時に備えて何重にも予防策を講じる。
所在不明なもう一つの真なる魔導巧殻は
大失敗のためのリセットボタン。もちろん帝都結晶化の最中のジルタニアとインヴィティアには傷一つつかない。あの飛天魔族の役割もこれで確定だ。先輩が早々にポンプで消化してしまわない様に周りで火をつけて回る。そして大火になりそうだったら一転ポンプで周りから火を消して回る。周辺各国にメルキア内乱を『メルキア大乱』に見せかける為の
扇動者か。
「カロリーネ、リセル先輩と連絡とって
前東領元帥が【ラ・ギヌス遺跡】か【祖霊の塔】に向かった事があるか確認してくれ。恐らく皇帝からの密勅だからエイダ様で無く伯父貴の線で、しかも伯父貴が関われない体裁を取った筈。特にセンタクス南部、【折弦の森】へ向かった非公式視察が要点だ!」
「了解です!」
「アンナマリア、ヴァイス先輩に公式書簡の要請を。エレン=ダ=メイルのエルファティシア陛下宛だ。アル閣下の『安全装置』はメイルではどう伝えられている? と。」
「同胞!」
「シルフィエッタ、聞きたい。アレは其の発生する力だけで生物非生物構わず変質させ闇の月女神の僕に変える。ならば変質したモノから他への二次汚染はあり得るか?」
「神力と意思の拮抗次第では……先ずあり得ませんがそうして自然発生したのが月晶石ですので。」
成程、『本来の御物』はそうやって生み出されたのか。リプディール山脈が青の月女神リューシオンの聖地でもあるのも納得できる。月女神の涙という伝承とその実在する結晶【月晶石】。帝国西領筆頭騎リューン閣下の御物として使われているのがソレであり其の採取――始め採掘と言う妄言を吐いた
馬鹿は真っ先に殴られたが――は一粒たりとも竜族の監視下に置かれている。つまり月晶石そのものが神による汚染の残留物、禁忌である証拠。危険性がないゆえに『採取』のみが認められたという事なのか、そうレウィニア神権国の既得利権がそれだ。あの国で水の巫女様に準ずる扱いで信仰されているのが
青の月女神だからこそ。
仮定の話を聞いてみる。この仮定が事実なら奴、ノイアス・エンシュミオスはいずれ自滅で終わりゲームでの史実ルート以外で奴が暗躍を止めてしまう理由になる。――拡大し続ける現状を『戦わない』ことで終息できるかもしれない。
「ならば魔導兵器と化したノイアスが御物になっても?」
流石にシルフィエッタが耳打ち、いや結界魔術を展開してきた。
風幼精とはいえ相手にのみ声を届ける短距離秘匿回線みたいなもの。仕草から感づいたのかカロリーネが不服そうだ。後で概要だけでも話しておかないとね。
「(しかし、それは既に闇の月女神そのものです。前にお話して頂いた魔導兵器ノイアスが強大な存在なのは理解できますが、そもそも
歪められたものとはいえ意思が残っています。皇帝への忠義と言う物が。それは既に
御物とは言えず単なる出来そこないの僕でしかありません。この世界にある御物とはいわば『
中身の無い神の権能の欠片』。ならば真なるモノは……そんな物を創り出しディル=リフィーナに失楽園させた闇の月女神ですらタダでは済まない程の犠牲を払った筈なんです。)」
シルフィエッタが結論を口にする。だめか、終息は無理だ。それでも有難い、彼女が居なければオレはヴァイス先輩の王道を土壇場でジルタニアに覆されていた。個々はゲームじゃない、ゲーム以上の過酷な現実だ! 何かが大きく撥ね、痛むが気にしている暇はない。オレに向けての発言だが皆に納得してもらえるよう言葉を選んでシルフィエッタが喋る。
「シュヴァルツバルト千騎長様、貴男様は御伽噺として遥か昔に闇の月女神イオ様を古神の末裔たる憎悪の女神アルタヌー様が追い落とし権能を奪ったと疑っていましたよね? そして次に黒の太陽神ヴァスタール様と共謀し神々の世界――神骨の大陸――その半分を御物を持って闇に沈めたと。それほどの真なる御物、そう簡単にできるとは思えませんし、もしそうなれば最早事は人の手を離れてしまうでしょう。」
つまり其の時は
世界の滅亡ということか。つまりゲームオーバーで対処の施しようが無いと言う意味だな。その可能性はあえてオレの頭から除外。残った案件のみ纏める。
「真なる御物から真なる御物の連鎖生成は無理、神力の影響を受けた意思なき物質こそ御物。アル閣下の御物のみが異端中の異端にして世界の危機を導くモノ。そして二つ目の異端たる安全装置の確実な確保、皆これを共通認識とする事で良いか?」
アンナマリアが鳴る伝声管を面倒気に取りにいった。一時話を中断かな?
「ごくん」
「……はい。今会議中です! 後に……え、侵入者!? 閣下!!」
「防壁展開! 急げ!!」
警報音が鳴り響き各所の隔壁が閉じる音、兵士や騎長の怒号が木霊する中で毒づく。よりにもよってこんな重大な案件やってる時、しかも此処防諜区画にかよ! クソッ、考えたくないがオネェ元帥がオレ達を警戒し先手を取ってきたとしたら、
「あーん……ぱくっ♪」
「総員武装配置! 急げ!!」
そういいながら
魔導拳銃に手を伸ばし傍らに立てかけてあった旧型の魔導砲楯を引っ掴む。動作確認よし、良かった新型に拘らず備えに憂い無しだ。アンナマリアも調度品とはいえ掛っていた剣を取り、もう一本をカロリーネに放り投げる。シルフィエッタが全員に【戦士の符術】を掛けようとし、
「もっきゅ♪……もっきゅ♪♪」
四人の目が一点を凝視する。いや、戸棚の上にあり得ないモノがいるのよ。しかも満面の笑みで厨房の物と思わしき白パンの塊抱えて……
二名が戸棚に飛びかかり、一名が捕縛陣ぶちかまし、残り一名が執務机にヘッドバッドを行う! 悲鳴を上げてパン抱えて逃げ回る鼠というかコソ泥というか……獣人の名前を今更のように思い出し、オレは戯言を絶叫した。
「また、また! レベル1かよ!!」
◆◇◆◇◆
(BGM この腕に抱くもの 幻燐の妃将軍2より)
いやレベル1でもいいのよ。シャンティだって今じゃ一線級の部隊長だ。帝国の軍務期間を
力技で切り上げて百騎長に昇格させようか悩むくらい。アホの無謀娘だったセラヴィもユイドラの頃なら兎も角、現状じゃレベル1だろう? 其の彼女もアンナマリアとシルフィエッタが暇を見つけては仕込んでる。予想通り弓術や結界魔術に適正が高いそうだ。ゲーム通りなら音楽と魔導技巧にも興味持たせないとな。ただコイツはねぇ……ジト目でカロリーネが抓み上げてる獣人族の幼女――正直小学生が狐耳と狐尻尾付けているようにしか見えない。あー、ゲームじゃ顔CGだけだったがコイツもネネカ・ハーネスと同じ妖弧族か。ただし東洋系で無く西洋系。セテトリ地方の神秘の一族では無く獣人族の貴種だ。
「はなせー! はなせー!!」
ジタバタと手足を振りまわしているが文字通り足が地についていない。カロリーネに首根っこ抓まれる猫状態。持ってたパンが床に落ちているのをみると名残惜しそうにヨダレが落ちる。
「なー
テレジット、なんでお前此処に居るんだ?」
「? わたしのおなまえしってるの?? どうして???」
オレを上目遣いで視線合わせてくるけど。ん?瞳に力……咄嗟にシルフィエッタの手が視線を遮る。
「こいつ!」
「まて!!」
すかさずアンナマリアもペーパーナイフを逆手に握り喉目がけて突きたてようとするがそれを制止。厄介な、初歩の初歩とはいえ性魔術【誘惑の眼差し】持ちかよ。目を合わせずなるべく静かに質問することにする。ついでにアンナマリアには警備兵に連絡、侵入者発見と確保を伝えに行かせる。あ……戻ってきた。メルキア必殺『部下に丸投げ』か。下手すると自分も責任取らされる大技でもある。
「君は【知っている】からね。
オレが知らないのは何故ここに君がいるか? だ。話してくれれば厨房からもう一つパンを持って来させよう。」
「ホント! ホントに!?」
ザフハの武将としてゲームに出ている。流石レベル1、あっという間に部隊もこいつも倒されるが戦意喪失して逃げだされると馬騎士どころか天馬騎士すら追いつけない健脚持ちだ。だからこそ弱点も解るし態度の豹変に理解できるけど思わず内心、
「(ちょろ)」
まープロフィールでも『獣人・食っちゃ寝』と表現されてる。ほんとあの数行のプロフィールだけでも名だたる指揮官の特性が初めから解るのは大きい。目を輝かせて話すテレジットに女性陣三名呆れ返って聞いてるけどオレとしてはまだスパイや工作員の可能性は捨ててない。何しろレベルカンストすれば獣人ユニット最速の移動系キャラだ。全力逃げに掛られたらオレ達じゃ絶対に追いつけない。
「ご飯くれないから詰所の厨房に投降した……それなんの士気崩壊?」
いや、カロリーネ。オレの方じゃ実際起こったから。軍隊が山岳遭難の挙句、敵の野戦炊飯所に集団投降って。
「それで態々センタクス城内の牢に入れるって。少し杓子定規すぎるんじゃありません?」
いやいや、シルフィエッタ。官僚主義ってそんなもん。何処でも厄介事はたらい回し。しかもこういう対処の難しい問題は。
「しかしよく食うわよく喋るわ……これスパイとして役に立つんでしょうかね? 正義の意思に感服してるなら良いのですけど??」
いやいやいや、アンナマリア。それがフェイクとか精神操作とかの可能性もあるから。性魔術での刷り込みとかで美人局なんて諜報の常套手段。この世界に青少年保護法なんざ存在しない。外見小学生でも女を武器にする連中は結構いる。ついでに言うが食欲は正義の一つだぞ?
一人一人に内心突っ込み入れながらだけど事情は解った。それも
ザフハの末期的状況が。想像以上に悪い、開戦すれば精鋭の獣人軍団は僅かで部族ごとに連合組んだ烏合の衆を相手にすると思っていたがまともな兵隊を投入できるかすら怪しい。下手すりゃメルキア帝国軍に痩せこけ空のお椀持った獣人が殺到する事態に成りかねん。それに工作員が紛れ込んで自爆テロでもやられれば……オレの世界の対テロ戦争へまっしぐらだ! そう考えればフローレンさんの言ったザフハのガウ長城要塞への損害許容度無視の強引な奪取も説明出来る。
典型的な難民擾乱。
ザフハは既に国家崩壊を始めてるんだ!!
まてよ? 同盟国のユン=ガソルはこの事情を知っている筈……特に王妃ならどう考える?? オレの思考を王妃が読んでいるとしたら……
「(こちらとしては【チルス連峰】まで進出して向こうの自滅を待つ計画。 開戦理由をあくまでザルマグスの排除だけにしてザフハ部族国チルス連峰以西を占拠、部族民を扇動してザフハ革命を誘発、メルキア帰属を宣言させる。ならば捕えたネネカを逆洗脳して叛乱軍をでっちあげるとルイーネは考える筈? オレ的にはそれは無い。それは完全に覇道ルート確定。しかし洗脳解除して動かすとなると最低さらに二月……ユン=ガソルがそれだけの時間をオレが要すると考えるならば……そうか、それだけ時間があれば!!)」
いつもの空中夢と皆が納得して黙っているのは有り難いけどオレはそれを絶句に変えざるを得ない。情報が操作されていた!? メルキアの諜報ラインに何者かが割り込みを掛け上がってくる情報をミスリードさせている。仕掛け人は
ユン=ガソル『王妃』か!?
「カロリーネ、覚悟しといてくれ。今からヴァイス先輩の所である提案をしてくる。反吐が出そうな代物だ。だからこれをしないとザフハと東領が共倒れになる。それが
ユン=ガソルの狙いだ。」
ここまでやるか!?
同盟を結んでいるザフハを態と見捨てる。それによって自暴自棄になったザフハと侵略へと覚悟を決めたメルキアを泥沼の戦争に引きずり込み、其の仲介を対価にアンナローツェへの不干渉を提示する。ヴァイス先輩が手にするのは政情不安で資源を掘り起こせなりお荷物となったザフハ。ユン=ガソルはその最大の弱点――食糧自給能力の不足――を克服できる東アンナローツェ穀倉地帯を難無く手中に納める気だ。
しかも東領主導で決まったザフハ侵略が失敗と問う事はヴァイス先輩の政治力に致命打を浴びせてしまう。オレ達の誓い『メルキア皇帝』に手が届かなくなる!
具体的な策動はこうだ.ザフハのメルキア宣戦布告と同時にユン=ガソルはザフハに同盟破棄と宣戦布告、アンナローツェ・イウス街道を反ザフハ四カ国同盟と称して強行突破、ザフハ領になったガウ長城要塞に襲いかかる。返す刀でイウス街道のアンナローツェ貴族派のバカを暴発させて貴族派の粛清を楯にアンナローツェに侵入、領土的野心は無いと言いながら首府・フォートガード神聖宮を占拠、属国化。
あの女王陛下じゃどう足掻いても無理だ。
媚売って股開くしか手が無くなる。となると傭兵団長の裏にもユン=ガソルの手の者がいるな。オレが得たザフハやアンナローツェの情報がここまで乖離する筈もない。
「シルフィエッタ、伯父貴経由の正規ルートでリ・アネスの所に居るランラメイラに提言させろ。リリエッタさん経由のルートはダメだ、向こうに筒抜けになる。第三総騎軍を【バ・ロン要塞】まで後退、ついでに
魔法研究長に連絡“元帥閣下”の新兵器をユン=ガソルが四ヶ国同盟を匂わせた当初から公都フォアミル経由でユン=ガソル都市沿いに突進、いち早くイウス街道に軍事拠点を構築させるんだ。奴等の真似できない【歪竜】がどんなものか見せつけてやれ!」
昨日南領で歪竜の中間到達点たる【ルン=フィアレス】が実戦配備についたと報告があった。今までの竜人モドキの幼生体でなく歴とした
魔法術式による人造の這竜、『竜を量産する』これがどれほどの脅威として映るか? エリナ所長や伯父貴なら秘蔵の魔獣軍団と合わせて投入してくれるだろう。
これでエイダ様は魔導装甲と魔導外装をザフハ前面に投入せざるを得なくなる。激発や足の引っ張り合いより良い競争をしてくれそうだしメルキアの本気を見た王妃がどう出るか見ものだ。……恐らくはレウィニアとエディカーヌにザフハを新兵器の実験場にするメルキアの脅威を喧伝する筈。外交に話を戻す分、一手遅らせることはできそうだ。
「すぴー……すぴー」
「で、どうしようこいつ?」
カロリーネの言葉で下を見ると完食して机の脚にしがみいてた一匹……お腹一杯になったせいか早々に寝てる。悪いな……オレの目的、それは昔から続きノイアスが意図的に拡大して私腹を肥やしていたメルキアの対ザフハ派遣労働条項、事実上の奴隷輸入を白日のもとに晒し、ザフハとノイアスに罪を押しつけつつ現在のザフハ派遣労働者をリセットする。そして侵略の後にメルキアの資本を投下してザフハを経済植民地として再生、最終的にルモルーネ公領共々メルキア連合帝国最初の加入国とする。
真っ先にどん底に突き落とされた国がメルキアを、いやヴァイス先輩率いる東領を支える力の源になるんだ。
ルモルーネの農産資源、ザフハの鉱産資源、この二つがメルキア東領を独自路線へ歩ませる力となる。其の結節点がルモルーネの獣化幼女コロナ・フィルージとザフハのお元気妖狐娘ネネカ・ハーネス。彼女達に帝国の血を入れればメルキア“新東領”の結束も盤石となる。其の為ドントロス百騎長には親衛軍取り込みの傍ら、元公王アサキム閣下を説得しコロナを養嫡子としてもらうようにしてるんだ。
そう、オレの狙いはルモルーネに続いてザフハをメルキア帝国領からヴァイス先輩の個人資産に変える事。政略婚による勢力拡大はこっちでも十分に通用する。
そして
彼女達は后妃にはなれない。地域主義の強い娘達だし、戦後ヴァイス先輩が望む大掃除をしてもメルキア宮廷と言う闇に彼女達を放り込みたくないのさ。あの世界で海千山千の
バケモノ共を相手に出来るのはラナハイム王姉フェルアノとユン=ガソル『王妃』ルイーネ位だ。正直オレ一推しのリセル先輩すら微妙だからな。だが、
これをやればぶち壊しになりかねん。
だからこそオレがやる。ヴァイス先輩に後の自国民虐殺。事に
母親と子供を殺させる訳にはいかない。当然元帥各位にもだ。
「まぁこの子は使い道があるし……ところで違法魔術師が牢内に囚われていたな?」
「疫病を司る腐食の王、ジュルグナ信奉者のアレ? どうするの?」
心底嫌そうな声でカロリーネが答える。ゲームでも狂人台詞キャラだしな。しかも弱くて使い難いときてる。
「自作自演だ。ザフハでの疫病隔離に名を借りて
民族浄化を行う。メルキア向けの“奴隷生産工場”を急襲し殲滅、アルフェミアに『絶滅戦争』という疑念を植え付ける。
光や闇なんぞ問題にならない悪が此処に居ると宣言してやるんだ! 向こうから宣戦布告を叩きつけざるを得ない様にな。」
「シュヴァルツ様! 貴方は何を言っているのか解っているのですか!!」
悲鳴混じりでシルフィエッタが詰め寄る。それをオレが執務机に拳を叩きつけ封じ込める。
「だからオレがやるのさ! シルフィエッタ、これが国だ。どんな完璧な統治でも連綿と続く慣習が腐臭を放ち、国家全体を腐らせていく。だがその大元をさらなる巨悪で切除し国家を健全に近づけようとする存在……光も闇も善も悪もその本質は無い。それらを道具にして国を国民を幸福へ導く。其れが為政者だ!」
「…………シュヴァルツは、国を出るの? ヴァイスハイト閣下ですら庇い切れないよ。」
絶句したようにカロリーネが喘ぐ。そう軍法会議どころじゃない。オレがやろうとしている事は正面からメルキアを騙しザフハに恣意で喧嘩を売る。誰もが戦争を解っていながら回避に努力していた希望を踏み躙る行為。法的な意味での国政壟断、国家反逆罪だ。伯父貴ですらオレを切り捨てるだろう? だが『王妃』に先輩の王道を阻まれるより遥かにマシだ。
メルキア連合帝国
ヴァイスハイト・フィズ・メルキアーナ皇帝
それこそがオレの望みなのだから。
「ザフハ降伏まで処分が行われないよう先輩には話を通しておく。戦線は恐らくチルス連峰を奪取した段階で膠着するだろう。その時点で竈の城の掌握とオレへの追及で進撃が止まった事にしてザフハへ属国化への道筋をつける。そしてオレはザフハの条件付き降伏の対価として官職剥奪国外追放という処分でザフハの溜飲を下げさせ、これから確実に起こる帝国内乱を機に先輩がオレを呼び戻す。つまり罪を被るのはオレだけだ。」
「そんな! それじゃ私達のやってきた事って!!」
「帝国内乱!…………嘘でしょ、こんな大事な時に!!」
「理由は解るな? アンナマリア。」
膝が崩れそうなカロリーネとオレが口に出した言葉をアンナマリアが狼狽たえて口にする。そうエイフェリア元帥と伯父貴、帝国西領と帝国南領、魔導技巧と魔法術式、それが正面からぶつかり合う帝国の相克。オレの失脚など問題にならない帝国の危機が間近に迫りそれをオレが肯定していると言う意味。帝国は問題を多く抱えながらもこれから正義を遂行し続ける、それを信じていた二人にとっては真逆の事態。理由を話させるが……ダメだな不合格! 彼女達はメルキア危機の本質を理解してない。これは元帥や皇帝という人の問題じゃなく国の在り様の問題なんだ。
「オレはヴァイス先輩と昔からよく話したよ。帝国をどう立て直すかってね。魔法術式や魔導技巧の対立、皇帝や四元帥同士の対立、そんなモノはいつものことで重要じゃない。
過剰な富の回転とそれによって
歪んでいく帝国経済、バランスを取るべき
官僚機構は硬直化し皇帝や四元帥の私物と化している。最終実力集団たる軍部はもはや国家の制御を抜け軍閥化し己の豊かさの為に暴走する始末。そして豊かなメルキアの名に踊らされて自立を失ったルモルーネ、嫉妬に狂ったラナハイム、飢えたザフハ、復讐しか考えられぬユン=ガソル、そしてアヴァタール残り四大国がその富に群がる。恐ろしいのは
それらを養ってなお余りある力をメルキアが潜在力として持っているんだ。そんな
超大国だけに依存した中原でもし箍が外れたら? 其の時こそがヒトの終わりの始まり、
教化という名の神と神殿による人間族蹂躙が始まるんだ。」
オレは話し続ける。何故ヴァイス先輩、いやヴァイスハイト・フィズ・メルキアーナ皇帝がこの国を統べねばならないかを。一流の人物が一流の国を統べる。そこに限界は無いかもしれないが一歩間違うだけで周囲を巻き込みつつ破滅する。
能力こそ一流だがヒトとしてヴァイス先輩は明らかに二流だ。そして現実になってゲームの彼の矛盾に気付いた。彼は二流であることを自覚し、周囲に持ち上げてもらうことで一流へ近づこうとする。国で言うならば一極ではなく連合を指向するんだ。
そう、
一超大国が世界を統べる等無理だ。其の結末があの二つの塔の崩壊とそれに通じた無理矢理な超大国の世界を守ると称した自衛戦争、いつの間にか
世界は犯罪者共が戦争を声高に口にするようになった。
今のうちにメルキアという『悪』が消えた世界を中原は識る必要がある。其処から始まるんだ。大国連合による世界制御、神の恩恵を感謝しつつも
己の知恵と足で立ち続ける
国家連合の設立。
「シュヴァルツ様は本当に、本当に神を敵になさるつもりなんですか? それはもう……」
喘ぐようなシルフィエッタの声をオレは否定する。そう、この世界
『神殺し』という畏称は彼がやったように神を実際に殺すと言う意味では使われない。神と言う論理の前に屈しない者の事を言う。オレ達の世界じゃ自然な物でも実際の神が感じられるディル=リフィーナでは其処まで人が到達するのは至難だ。
『神殺し』と称される彼とてそうだ。彼は女神を殺しこそしたが、後世彼の殆どの行動が『愛する人に生き続けてほしい』という彼女に逆らうような行動ばかりしている。いくら当座を凌ぐとはいえあれは無い。つまり彼は無意識であっても神の論理に屈していないことになる。たとえ彼が選ぶ最終目的が彼女へ全てを返し自らが破滅するという彼の我儘であったとしてもだ。
「『神殺し』にはならない。いいや、成れないんだよオレは。神の意志にオレ自身抗えるわけじゃないからな。其れが出来るのはあの馬鹿野郎だけだ。オレができるのは国と言う形の無い物を神に対抗する人の武器として育て上げる。其の為の天賦の才たる先輩とディル=リフィーナ最強の人類国家メルキア、そしてその両輪たる魔導技巧、魔法術式。」
おずおずと三人が顔を見合わせ、それからオレを覗う。まっ! 確かにここまで今到達しろとは言えない。オレが今言った事すらメルキアでも思想どころか狂想に等しいんだ。手を叩いて話を変えようとすると先にカロリーネが言の葉を口に出す。
「……附いていくよルツ、そういうことだったんだね。神様が何でも決めるんじゃない。私達の生は私達が決めるもの、だから
人が人の意思を守り、受け継ぐ国を作る。」
「カロリーネ、そうじゃないよ。国じゃ無くて沢山の国、沢山の人々が考え、沢山の意思がぶつかり合い、沢山の価値感を創り出す。正義は一つじゃない。でも纏まって一つになることはできる。
屈しない正義。」
「私は国というものは私を縛り付ける鎖でしかないと思っていました。今でも故国、ルア=グレイスメイルもあの人の国、ザルフ=グレイスもそうだったと思っています。でもその鎖すら振りまわし己を叫ぶことはできます。その鎖を砕く智慧を巡らせる事は出来ます。
私はそれを考えもしなかったのですね。」
ちょっとビックリ。たったこれだけの判断材料だけで自論を組み立ててくる。これが才能の偏在なんだ。出来る奴はとことん出来てる。でもさ、オレを尊敬の眼差しで見なくてもいいよ三人共? 所詮オレの考えは教科書から導き出したモノでしかない。其処に教科書無しで至った君達の方がずっと立派だ。ん?
「好き勝手やって自分は満足して消えるの?……むにゃ…………。」
「「「「「???」」」」」
思わず4者8つの瞳が下で寝こけている幼女に集まる。そんなモノ気にせずに幼女は寝言を続けコトリと深い眠りに落ちた。
「かえして……それはわたしの…………。」
オレ達は細かく打ち合わせを決める。カロリーネがオレの代理として伝書鳩に。アンナマリアはオレ放逐後のオレの戻るべき場所を確保する事、シルフィエッタが妨害に掛る各勢力からオレを守る楯――カロリーネが嫌がったが神を相手にする以上人と神格者級では差が大きすぎる。それでも、
◆◇◆◇◆
あの言葉は何処かで聞いた気がする……どれかのゲームの中で、テレジットでない誰か…………それが心の隅に残った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
(BGM 巡り来る災い 戦女神ZEROより)
「シュヴァルツ様、作戦点ベータ、包囲完了しました。」
「作戦点アルファ、チャーリー、デルタ同じく完了」
「作戦点、イプシロンより魔導通信、同じく完了しました。」
「宜しい、作戦を開始せよ。」
「了解、派遣部隊作戦を開始なさい。」
何故にこーなる。こっちの策動は四元帥に筒抜けだった。行軍中のオレ達の前、展開したコーネリアさん率いる北領軍と戦えるかっての! 部隊は解散させられ向こうの望むままの作戦行動にを強制されてる。連れてきた犯罪者は体よく奪われこれ幸いとネタにされた。しかも名目上指揮官――これだけは譲らなかった――はオレとはいえ……最後に命令を下した金髪緋瞳の
臨時副官をちらりと見る。女性軍人らしい固めの美貌、歴戦といった雰囲気。なによりユン=ガソルの赤褐色の軍服。西領の派遣軍人という名目でエイダ様より横槍が入ってた。前回の『皆で山分け』の害のない報復と言ったところだろう? それで来たのが最後に復唱したユン=ガソル三銃士が一
『軍師』エルミナ・エクス
「……別に貴官等メルキアに協力せよと命じられた訳ではありません。私の任務はメルキアの行動を追認しその実力を視察せよ、ですから。」
「それは『王妃』の命令か?」
「ユン=ガソルの総意です。」
ええい! このツンツン娘め!! 多少でもデレるのは散々負けまくった後でのヴァイス先輩のみかよ。解らんでもない。メルキアの歴史において今いるエルミナや『将軍』パティルナは元メルキア“王国”貴族の後裔に当たるんだ。102年前に起こったメルキア革命、一見王政が帝政へと名前だけ変わった様に思えるが。実態は遥かに血腥い代物だったと言う。
エイダ様の祖母、ヴェロニカ・プラダ公爵は王位継承権の低かった王子を立てて王宮を占拠、その手でメルキア国王を捕縛、処刑してしまった。他貴族の反対を力と恐怖で排除した結末が多数の貴族――知識階層――の流出を招き、未だ都市国家の範疇でしかなかったユン=ガソルを重工業国家として押し上げる原因になったんだ。何があったかはこの国でタブー視されているほど。
正直オレ、ゲームのヴェロニカ嬢がそこまでやるなど信じられないと思考停止した位だ。
エクス家は元王国侯爵家でヴァロニカ様に直接敵対した訳じゃないけど、その家が身一つで逃げ出さざるを得ない事態。抱いた悲哀と憤怒、それを『軍師』は過剰な程に引き継いでいる。ゲームではゴタゴタあったが最終的に従ったのはヴァイス先輩が庶子という皇帝の血を引きながら皇帝家に連なる者として扱われなかったことを
同族意識として見たかもしれないな。
“同族”が己に変わって己の家を貶めたメルキア帝国の象徴――ジルタニア・フィズ・メルキアーナ――に復讐してくれるなら己の宿業もまた晴らすことができる。エンディングでメルキアに残らず莫迦王の手を取ったのはそこら辺が理由かもしれない。
「君がくるとは思わなかったな。『王妃』辺りが来て嫌味の応酬に成るかと思ったが。」
「メルキアを追い込むのなら手段は選びません。最も効率的な手段はメルキアにザフハを押し付ける事ですから。」
「ふむ、プロパガンダに利用する気は無いと言う事か?」
敵国を蹂躙しても相手が弱いからで世論が納得できる弱肉強食の世界だ。まだ弱者の権利なんぞ踏み潰される理由にしかならないが、元世界から来たオレの感覚からすればどうしてもこうなりがちだ。そんな内心を他所に彼女が思いを吐露する。ゲーム設定の通りに。
「私の目的はあの金髪元帥を叩きのめす事です、嫌いですから。貴官の相手はルイーネ様です。」
◆◇◆◇◆
丘の下、窪地にある集落――作戦点ベータ――から煙が上がり始める。コーネリアさん直属の魔術師部隊が火弾を叩きつけ集落そのものを焼き払っていく。僅かに逃げ出した獣人族をカイナッツ百騎長配下の帝国親衛軍から分派された兵士が狩っていく。個では有利な筈の獣人族が鈍いのは簡単、まさか指揮官で無くて邪教崇拝の犯罪者だとはね、呪術師のヘイルナンデス君。ジュルグナ信奉者――国家において問答無用で処刑の範疇――を司法取引で国外追放に減刑したのがコレの手妻。
ザフハのメルキア用奴隷生産工場に疫病を蔓延させる。いち早く気づいたオレやエルミナが駆け付けるものの時は既に遅し。伝播を防ぐために村ごと焼却処分せざるを得なくなった。という四元帥の筋書きだ。つまりオレの主張したヴァイス先輩や残る三元帥に責を押し付けないことに関しては了承してくれたんだ。
勿論疫病が起こったのは此処だけ。残り、しかも一つは奴隷生産工場ですら無い普通の集落だ。つまり元帥各位は首謀者のオレにも最終的な責を負わせるつもりもない。独断でオレは防疫処置を強行した。つまりオレに元帥各位は通常の国策の上での泥を被れと言ってきたに等しい。これなら諸外国に防疫処置とメルキアの言い分を伝えることも出来る。
しかしザフハ首脳部には絶滅戦争をいう誤解を与える事になってしまう。これでアルフェミア・ザラは確信してしまう。
交渉を行っているリセル先輩、その陰で戦争と言う火を点けて回るオレ。身内での対立が無く、全く反対の立場の人間が同じ相手に使えている。しかも血族でだ!
ザフハ侵略の首謀者は『東領元帥 ヴァイスハイト・ツェリンダー』。そう表で動く三元帥やオレ達部下じゃない。その陰で糸を引いているのがヴァイス先輩とアルフェミアは確信する。
だが諸外国はそう考えない。元帥同士のいがみ合いや部下の暴走をヴァイス先輩が収拾できないからと見る。
些細な事で逆上してメルキア全てを敵に回した。各国はザフハの対メルキア宣戦布告をこう捉える。
自業自得
これが機能すれば先輩は無能故の被害者で通る。其の先輩が貧乏籤としてザフハに攻め入り大戦果をあげれば今度は評価が逆転、この時点で残る三元帥も一目置くよう一芝居打ってもらえれば
用兵に限っては有能な元帥という評価は通るだろう。それ以上は今のところ要らない。過度な評価は脅威として認識されるからね。
火はますます燃え広がり集落全ての住居を呑み込んでいく。必至で家から離れる獣人を魔導銃騎士隊が狙撃し病人の中、取り残され帝国の暴虐に逆上して銃騎士隊に襲いかかろうとする数人をエルミナが連れてきたユン=ガソル弩弓騎士が狩り立てる。
驚いた、リプティーだけじゃないんだ。ユン=ガソルの弩弓騎士って大型のクロスボウを使う中距離戦部隊で無くて連弩と短剣を使うピストル銃兵みたいなもんか。数ゼケレーとはいえ此方の魔導銃騎士の銃鑓の射程外から連射という戦術はオレの世界のサブマシンガンでの制圧戦闘に通じる。レーザー兵器とはいえボルトアクション小銃を圧倒出来る可能性があるな。市街戦、伏撃戦になったら良い様に倒されるのは此方の方だ。
「あれはセンタクス以降の編制ですかね? レイムレスは利きましたか??」
嫌味とも言うオレの台詞に彼女はオレが驚く程清々しい顔を向けた。
「シュヴァルツバルト千騎長殿は随分と綺麗な戦い方が好きなのですね。ええ、ヒトの拘りや騎士の誇りなど気にもしない戦争。全てを駒として考え目標以外は目もくれない。その結果が
双方の被害の局限。」
何のことだ? 嫌味の意味を取り違えているのか?? オレの疑問など気にもせず彼女は次に辛辣な台詞を吐く。
「だから戦争の前に決着をつけようとする。どんな汚い手を使っても。その方が双方にとって被害は少ないから。そんなに
戦争が嫌いですか?」
「無駄死にが嫌いなだけだ。兵士一人一人にも生活がある。戦死等報われない。戦果など無くても味方だけでも生きて返すのが指揮官の務めだ。」
常識的な回答をすると彼女がいきなりオレの二の腕を掴み、オレの顔を彼女に向けさせる。そして、
「甘い!」
其の緋瞳が憤怒に揺れてオレを撃つ。
「貴方は戦争を解っていない! 戦争の理由など只一つです!! 弱肉強食、それは何も敵味方と言う括りで無く同じ味方同士、いいえ敵同士でも起こり得ます。戦争は国民を団結させるとともに適度な数まで国民を間引く、それが現実!!!」
コイツ! なんてことを!! 頭から理性が吹き飛ぶ。
「巫山戯るな! エルミナ・エクス、今貴様が何を言ったのか解っているのか!?」
周囲がぎょっとして視線を集める中、言い争いになってしまう。
「解っていますよ! 我等を見てみなさい。己を豊かにする為に森を焼き払い水を汚し己を生かす筈の国土を蹂躙していく。足りなくなれば隣国を襲い、己を正当化する。
世界が始まる前からずっと! 其れの何が悪い!? 貴男のお題目なんて所詮ギュランドロス様が言う自慰でしかない。」
言葉に詰まった。いやエルミナが言ったことなんて十分に論破できる類でしかない。それ以上に驚いたのは『何故こいつがデェル=リフィーナの片割れネイ=ステリナの崩壊原因を知っているか?』だ。『人間否定論者』エリザスレインの差し金か? 又はただの偶然の可能性もある。言葉を選ばねば。
「お前は人間が嫌いか? エルミナ・エクス。ユン=ガソル国土の惨澹たる有様を見れば当然だろうな。なら何故国を潰すまでメルキアを敵視する?? 簡単だな、お前達ユン=ガソルを支配するメルキアの後裔は100年間それしか与えられなかった。それしかユン=ガソルで、ユン=ガソルの存在意義を宣言できない。」
このゲームを【知っている】者として違和感を感じていた三銃士の行動を突く。ゲーム最終段階で起きた悲劇、ジルタニア復活を莫迦王や先輩並に早く察知しながら三銃士三人が三人ともファラ=カーラという戦略特性をまるきり無視していた。
……いや、あえて無視していたとしたら?
「これから起こるロンテグリフ住民30万の消滅はお前の言う間引きか?」
「……何を言って。」
よし! すり替え成功。其のまま疑念を叩きつける。
「お前はファラ=カーラを見ている。其の威力も其の力が不完全なものでしかないことも知っている筈だ。あれはたった1発でこの世界の都市如き消滅させてしまう。だからオレは疑っている。本来其の矛先は何処に向けられるべきだったのか? そうメルキア帝国皇帝、ジルタニア・フィズ・メルキアーナが再登場した時、真っ先にファラ・カーラを使う場所……、」
疑念の核心を突く。そうだ! 魔導巧殻破壊の第一報を理解した莫迦王も三銃士も次が見えていた筈なのだ!! だが彼らはノコノコとヴァイス先輩の後に続いて裏切った魔導巧殻・アルが向かった【帝都・インヴィティア】に来てしまった!!! どす黒い衝動と共にその言葉を叩きつける。
「いいや! 真なる魔導要塞【アルファラ・カーラ】攻撃目標が【ユン=ガソル王都・ロンテグリフ】と言う事をお前達は確信してい“た”筈だ!!」
ユン=ガソルは最終的にヴァイス先輩率いる東領軍に下されるが100年間ものプロパガンダを信じきったユン=ガソル民衆がそう簡単にメルキアの征服者に従うか? 幾ら天賦の才を持つ莫迦王の口添えであっても信じられないんだ。
もし三銃士がジルタニアの復活を想定し――そもそも帝都結晶化が都合が良過ぎるんだ――
王都の住民全てを生贄として国内中にヴァイス先輩の方がよりましな支配者という希望を抱かせればユン=ガソル国民歴年の怨嗟は王都を消滅させたジルタニアに向けられる。莫迦王のカリスマによる強制だけではなく
ユン=ガソル国民が自発的にヴァイスハイト皇帝率いる新メルキアに参加できるようになるんだ。もしそれを『王妃』が想定していたとしたらオレは手段等選んではいられない。
王妃はどんな手段を使ってでも勝ちに来る。そう帝国より先にファラ・カーラを掠め取り莫迦王を勇者に仕立ててユン=ガソル連合国家代表、ヴァイスハイト・ツェリンダーを即位させる。つまり王妃の狙いはメルキアの合法的な乗っ取りとも考えられるんだ。莫迦王? 奴の国家に対する望みは国民に夢を与える事。そこに己の富貴なんぞ存在しない。つまりエンディングでもあるように魔導戦艦乗っ取って暴れん坊将軍やるような立ち位置なのよ。オレにとっては目標をすり替えされられた上にぐうの音も出ない結末。滅茶苦茶に面白くない。だからその尖兵たる『軍師』を叩きのめすことに躊躇は無い。
睨みあうオレの喉元にいきなり怜悧な刃が当てられる。エルミナにも。刃というより鎌、オレ達の中央に浮いている黒と白のコンストラクト、その中で瞳だけが何処までも
緋い。
「丁度良かった。掴み合いの喧嘩をしてくれていたおかげで同時に其の喉を刈れるわ。」
絶句……いや、ナフカ閣下! 貴女どう見てもチートでしょ!? 掴み合いしてたオレ達の距離って1セレム(30センチメートル)程度なのよ。其の間に入っていて気配悟らせないなんて! 反射でエルミナがバックステップし距離を取る。彼女としても完全に予想外なのだろう。腹の探り合い面子での脅し合いの中、己が命の危険にさらされていたことに。――此方も同類なのだけど。
「それが軍師の実力? 動かなかったシュヴァルツの方がまだマシね。」
彼女が冷笑して囁く。え……今の幻体!? 嘘だろ……目前のナフカ閣下の姿が掻き消えエルミナの右肩に現れた彼女が浮遊しつつ鎌の刃を撫でている。ごめんナフカ閣下、オレ過大評価しなくていいから。余りの事に動けなかっただけだから!
「エルミナ・エクス。此処はメルキア軍内、単なる視察役が代理人とはいえ総司令官に意見出来るとは思わない事ね。貴女が其処に居るのは
リューンの駒の一つであるからに過ぎない。」
次にオレの方に顔を向け面罵、まーナフカ閣下は有言実行の方だから『殺す』といったら即殺しにかかるしな。警告のつもりなんだろう。
「それにシュヴァルツ。誤導させるとはいえ機密情報をポンポンポンポンと……諜報員達の命の重みを理解して喋るべきね。最後に……」
その姿が掻き消え先程の位置にナフカ閣下が現れる。解らん! どっちが本体で幻体、いやまさかと思うが分体なのかもしれないが。オレ達には判別できん!! 何という実力差だ。
「二人に言っておく。あくまで戦は
あの男と
あの莫迦の領分。お前等の様な三下が関わることではない。お前等は只の駒、それを認識なさい。認識できないようであれば……」
それを言いながら彼女の体がぼやけ、姿は消えて声だけが残った。ようやく今彼女が転移魔術を行使したのが額冠から解った。この近さですら魔力反応すら感知できないのかよ! ナフカ閣下、魔導巧殻四姉妹で最強じゃね?
「殺す……そういうこと。シュヴァルツバルト千騎長殿、良くもあんな代物をメルキアは飼っているものね。制御できない兵器など破滅の要因でしかないわ。」
「…………」
彼女の吐き捨てる声がオレの意識を上滑りしてしまう。リューン……【帝国西領筆頭騎・魔導巧殻・リューン】。何故その名が出てくる? 確かに内乱時オレ達が伯父貴に味方してエイダ様に敵対すればエイダ様はレウィニアと組みユン=ガソルを東領にぶつけてくる。だがナフカ閣下はあえて言った『リューンの駒』と。リューン閣下とエイダ様の関係は姉妹と言っていい。だからオレはその目標も同じ、ないし同じ方向を向いていると思っていた。だが、今の言葉を信じるならリューン閣下は何らかの思惑を持って帝国の取るべき道を選んでいる事になる。それにエイダ様は関係しているのか? いやそれ以前に
道具である筈の魔導巧殻が独自の思惑を持ってメルキアを導こうとしているのか?
「…………『軍師』これは推論に過ぎない。それも仮説の山を積み上げたうえでの与太話だ。君ならどう考える。」
ジルタニアと魔導巧殻の初謁見、皇帝弑逆未遂事件、そして四元帥にバラバラに貸与された魔導巧殻。そして仕組まれた今年の『復讐戦争』、可能性はある。
だが腑に落ちない、足りないんだ。これは皇帝ジルタニアがオレと同じ帝国中興戦争を知っていなければならないという前提があるんだ。確かに思い当たる節はあるがそれでは全然足りない。もし
今のままオレの仮説が正しいとなると皇帝ジルタニアも転生者ということになってしまう。それはオレの自動的敗北……今から荷物纏めて先輩達を誘拐しメルキアからトンズラするしかない。
エルミナから得た回答は一つ『ルイーネ様に話しておく。答えはあの男に返すわ。貴方との話は危険すぎるから。』妥当な答えだった。
そりゃ警戒するよ。ナフカ閣下をオレ達認識できないからね。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
(BGM 凍てつく心〜荒野を渡りて 戦女神VERITA〜幻燐の妃将軍2より)
帰ってきて早々、先輩の執務室に飛び込んで与太話という名の推論を話してみる。リセル先輩居なくてよかったよ。共犯者同士の会話だからな。
「……………。先輩、以上がオレの考察だ。このメルキア中興戦争、敵味方含めて多数の人間が其の決着点を模索しているがオレはその中で最大脅威を
皇帝家と
晦冥の雫、そして次点としてあの
莫迦王周辺を見ていた。ただここ4カ月の間にオレの考えは変えざるを得ない事態に追い込まれている。四元帥とは別に魔導巧殻たる四姉妹、いや恐らくアル閣下は知らないだろうから残る三姉妹が元帥とは別に独自の行動を行っているとしか思えない。また、最大脅威であるジルタニアがオレの考えを何故か読んでいて帝都結晶化の後をノイアスや
あの飛天魔族に指示していた疑いがある。」
「ラナハイムの暴発とルモルーネ侵攻、これについてはフェルアノからオルファン元帥の黙認があった事は判明している。叙事詩の通りだがその資金がルツが奏上し勅命で通った金、それが南領を介して流れていた。それもジルタニアの内意を受けての配分でな、つまり俺という英雄を創り出す為にシュヴァルツの言う通り皇帝はオルファン元帥の『復讐戦争』の介入を認め、次の標的としてラナハイムと言う贄を用意させていた。これが俺が得たラナハイムの裏側だ。」
あ、もう王姉陥落済みなわけね。――そろそろ先輩経由で魂葬の宝玉作らせんと――でも先輩も信じられない思いだろう。
オレ達の選択全てがオレ達の勝てる範囲内で済むよう皇帝に操作されていると知ったら何処に落とし穴があるか全く解らなくなる。
「そうだ、幾等こちらが【知っている】に則ったからと言って余りに都合が良過ぎる。しかも更なる獲物としてザフハ、ノイアスの派遣労働者という奴隷輸入はザフハ庶民の荒廃を生んでいた。つまりザフハ自体の国論を格差で一致できなくしていたんだ。
オレ達を勝たせるつもりでな。」
ホント、ジルタニアの方が一枚も二枚も上手だった。だからこそ恐ろしい疑念が頭を
擡げてくる。『皇帝も転生者』という恐怖の想定。一旦論を閉じることにする。
「オレ達は
叙事詩の通り己の道を歩んでいると錯覚させれてている可能性があるんだ。全ては結晶の中で閉じ込められているジルタニア・フィズ・メルキアーナの思惑通り。いや思惑と言う生易しいものでは無く
規定通りの道を歩かされている気がする。」
先輩も流石に杞憂と思ったらしい。仮定に仮定を重ねた妄想の類だしな。ただ、それを裏付ける材料は出てきているんだ。思惑通りか? 偶然の一致か?? 先輩が頬杖をついて考えを呈してきた。転生者という考えはあえて先輩も避けている。その結末はオレ達の敗北以外考えられないからだ。今まで準備してきた策の総量が違い過ぎることになってしまう。初めから戦術どころか戦略、それも最上位の国家戦略で負けている等手の施しようがない。
「しかしルツは己の知る叙事詩を帝都結晶化の前には俺以外話して無かったんだろう? ジルタニアが知るわけがない。そうだな……政治的や技術的な断片をオルファン元帥やエイフェリア元帥が繋ぎ合わせたとしても、あの二人がそれを奏上するか? その時点でナフカ閣下やリューン閣下に漏れたというのも無しだ。漏れても彼女達に益は無い。」
「もしリューン閣下がアルを守る為に?」
『リューンの駒』から魔導巧殻の特性を加え推論してみる。四姉妹での中核はあくまでアル。彼女がいなくては残る三姉妹はゲームの様に稼働し続けられなくなる。だがアル閣下の封印が解ければそれどころでない。神と言うバケモノと化した末妹に刃向かうどころかその手下として永遠に呪縛と破滅の中存在し続けることに成りかねない。ならば己達の最外郭封印を崩してでもアルの内蔵封印は解かせない。つまり己を楯にしてでも三姉妹はアルを守り抜くと考えたが、先輩は大きく首を振った。
「それこそあり得ないだろう? 現状
俺達がアルを切り札と称して温存している以上、リューン閣下が態々ナフカ閣下を使ってルツを掣肘してくる理由は無い。今回の対ザフハ戦にもアルは未投入ということになっている。出すのはハレンラーマでのパレードだけだ。」
だよなぁ……これはゲームならではのLVアップという育成要素あっての考えだ。現状ですら魔導巧殻とガチ戦闘可能なのは四元帥と極僅かな騎長だけ。そもそも守る必要のないキャラなのよ。ノイアスに対しては転移魔法に対する魔術結界――ゲームで使い難い防御建築物はこういったテロや特殊部隊の浸透攻撃に有効だ――をセンタクスに張り巡らせているからアルが街にいる限りは後れを取らない筈。二人で唸る。
「「うーむ(ん)。」」
思考がどんどん迷宮化していく。兎に角オレ達としては緊急事態としてのヴァイス先輩の即位をメルキア中興戦争の決着点として見ているのよ。じゃ伯父貴は? と言うと東領南領を中心とした帝国継承の為のヴァイス先輩の即位とリセル先輩の立后――父親だし娘にはなんだかんだ言っても甘いからな――エイダ様は既存の権力機構を変えずに先輩の即位によって強制的に中身を若返らせる。こんなところだろう。莫迦王? アヴァタール全土を引っ掻きまわして己と言うカリスマで目標点を示し、それをヴァイス先輩に押し付けてトンズラだ。
「
ジルタニアの狙いは己の復権と神格化、己を絶対神としたメルキアの神権支配と言った所なんだがリューン閣下の狙いが読めん。彼女が何を考えて表向きは政敵の所に居るナフカ閣下を動かしたのかさっぱりだ。」
ポンと先輩が手を打った。何か妙案かと聞いたらがっくり。思わず机に突っ伏す。
「エイダ様辺りじゃないか? あの
婚き遅れ姫様の初夜は俺の担当とルツは叙事詩で吼ざいていたが?」
「せんぱぁい〜それは無いでしょうよ〜。」
いや〜どう見てもアレは私事だって。もし事を公にしたら大問題だ。下手すればレウィニア・メルキア枢軸と残るアヴァタール三国プラス周辺国家で中原大戦になりかねん。ゲームじゃ秘事の類とエイダ様あっさりノイアスの殺されたから報われない恋で方が付いただろうが、今回俺は先輩とエイダ様との共謀でエイダ様の失脚ネタとして使うつもりだから。
ヴァイス先輩に追い詰められたエイダ様が逆レイプで既成事実を作ろうとし命(?)からがら逃げ出したヴァイス先輩に代わってオレがエイダ様を捕縛、即位直後でプラダ家其の物を失墜させ筆頭公爵位を剥奪して一貴族に落とす、そういう筋書きだ。
エイダ様自身は後宮送りで先輩が調教――ゲフンゲフン――でもいいし諸国漫遊という放逐でもいい。つまり余りにも功績が大きくなり過ぎたエイダ様と代々に加えて今回も赫々たる功績を上げてしまったプラダ家を引き離すのが目的だ。
「じゃそこら辺、直接聞いてきたらどうだ? 竜族との交渉にエイフェリア元帥が乗り出す準備ができたそうだぞ?? ルツが連絡役として出て行っても問題ない。」
リプディールと西領の件はこちらの耳にも入ってきているのだがこちらは対ザフハ戦直前だ。オレは兎も角、オレの下にいる騎長達を動かすわけにもいかない。リセル先輩に代役回そうにも先輩の副官から動かないだろうしな。一応口にしてみる。
「グントラムは大丈夫ですか?」
「シルフィ(エッタ)は貸してもらうからな? 解ってはいたが性魔術の遣い手なんてそうそう軍にいる訳がない。」
アレ? 先輩違う意味に捉えたようだ。そっち関連、オレはディナスティの先生自らに仕込まれた口だけどベッドでにっこり笑われ『へ・た・く・そ(はぁと)』で土下座号泣した覚えあるからな。神すら支配できるだけあって奥が深いのよ、あの魔術はね。話の筋を戻そう。
「其の代わりヤルことヤッたら直ぐこっちに来て下さい。竜族の長、エア・シアルとガチで戦えるのは先輩だけなんですから。」
グントラム大要塞に狐耳娘たるネネカ・ハーネスが総司令官としているのは確認済み。総兵力はかき集めて二個軍団相当4千程だ。ザフハは宣戦布告と同時にセンタクスに直接殴りこんでくる、と東領では考えている。使い捨て前提の兵でこっちの出鼻を挫くのが目的。其の場合士気が問題になる。だから絶対にあの娘が陣頭に立つ。
ゲームじゃ防衛戦で捕獲イベント待ちだったが今回は野戦になることをオレ達は想定している。戦略状況見ても宣戦布告して篭城、救援待ちは下策だからな。だからこそ厄介だ。敵は獣人族としての優位点たる機動力を十全に発揮できる戦場を選べる。
「ミア君が呆れていたぞ、まるで巻狩りだと。」
「叙事詩以上に統制なぞ取れんでしょうからね。確か先輩の言でしたが『狩猟とは人間がケモ耳娘を狩ると言う意味だ。』あの
ケモ耳幼女亀甲縛りにして捕獲したんですから。」
「な!」 驚くヴァイス先輩だけどそれは無い。全部オレの意訳。
「冗談ですよ。」 いきなり先輩の四の字固めが炸裂!
「俺はそんなに鬼畜じゃないぞ! どちらかと言えばルツの趣味だろう!!」
「オレの趣味でもありませんよ!!」
「い〜や! 信用ならん。あのリリエッタ嬢をドン退きさせたのは俺も見ている!!!」
ぐおー! リリエッタさん、ナニ人の勘違い歪曲して御注進してんの!! ギリギリと腰と肩が締めあげられ悲鳴を上げざるを得ない。オレだって一般の兵士相手なら力比べで負けるなんてことないのにこの差なんだよ。本気でヒトとしてのスペックが世界によって定められているとしか!!
「痛い! 先輩ちょっとタンマ!! 死ぬ死ぬ死ぬ!!!」
パンバン床叩いてギブアップ。先輩の腕力、手加減でも腕が圧し折れかねん。漸く緩めてくれた。
「一辺死んで其のお騒がせ根性冥界に置いて来い! ……が正直カロリーネもアンナマリアも付けてやれん。戦闘は西領の遅滞部隊に任せてルツは後方にいてくれ。」
あぁ、成程。命令してでもリセル先輩に『将軍職』やらせる気か。箔付けの意味もあるけどヴァイス先輩べったりは他の女の悪意を買う事もある。リセル先輩と王姉フェルアノ、相性は悪い。コロナやネネカはゲーム内では“おませな子役”でしかないから良いがこの後にラナハイムの親衛隊長ラクリールも加わる。その後も続々とだ。リセル先輩を公式レベルで一格上に扱う事でバランスを取る気だな。
それはそれとして、オレの騎長達をリセル先輩が動かすということはオレは枠外人員のみしか使えん。となれば一番使えそうなのが、
「最悪、シャンティを特攻させる積りです。」
「無理はさせるな。あの子は東領の切り札だ。」
本来、切り札は二枚以上用意していく主義なんだが当座はこれだけだ。そうホント悪いことしたけどシルフィエッタ【賦胎練成の外法】使ってくれた。それで出来たメルキア東領自称【飛燕の妙薬】、既にいくらか使って試験運用したが洒落にならん。シャンティのリミッターが外れると言う事は別作品で7秒足らずの内に一個機械化中隊を殲滅できる
騎士そのものになると言う事。うん、これを常時使える神殺しが桁外れな訳だ。敵は遣い手を認識する前に殺されてしまうからな。殺気を感知とか言える段階じゃない。
「ついでにセラヴィに実戦を見せておこうかと。おまけにあの『獣人・食っちゃ寝』も付けてやれば戦闘に巻き込まれることもないでしょうよ。」
「? 絆されたのか??」
「? どういうことです??」
二人して疑問符、話が噛み合わないことに先輩が説明してくれた。テレジットがコロナ嬢とじゃれ合っていた時にこんな言葉を口走ったらしい。
「あのお山には嫌なニオイと好いニオイがする。」
少し考えてしまう。獣人族は本来魔導技巧を好いていない。まー自然と共に生きる種族だから幾等エコ化したメルキアの魔導技巧でも嫌な物は嫌なんだろう。じゃ好いニオイってなんだ? 彼女の行動規範からして飯位しか思い当たらないが?? 少し黙った先輩が話を切り出す。そうか、ラナハイム属国化まではゲームでも国家防衛戦。ここから先輩の国獲り物語は始まるんだ。先輩が語る。
「ルツは教えてくれた。俺の未来を。だからこそ俺は取りこぼしてしまったモノを今度は手放さない。俺は其の為にルツにとって今一度の道たる皇帝を目指す。だから、」
オレが繋ぐ。
「オレはその可能性に賭ける。絶対に理想化された未来は存在すると。先輩は其処に至れると確信するからこそあの時に誓った。」
先輩が返す。
「忘れない。あの雪の日、ルツがいなかったらオレは皇帝に成れたとしてもジルタニアと同じものにしかなれなかっただろう。オルファン元帥とリセルを見殺しにし、ノイアスの跳梁を無視し、苦しみを民に押し付けて己の快楽に溺れる。あの莫迦王の言う自慰だ。」
二人であの時の誓いを声に出す。それがオレ達の約束、いや約束の地に至る為の誓約。
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