――魔導巧殻SS――
緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル
(BGM 時には賑やかな時間でも 戦女神MEMORIAより)
「待って下さい。リューン閣下!」
「まちませーんの! それはワタクシのひ・み・つ! ですの〜♪」
素早く彼女が小窓を開けて部屋から逃げ出す。正面扉から続いて追いかけようとするが、いきなり扉が閉じて鍵か掛かる! くそー、魔法術式なら問答無用で掻き消せるのによりにもよってユン=ガソルの機械錠かよ。自棄になって激しく扉を叩くが彼女の鼻歌の羅列が遠ざかっていくばかり。頬杖ついてソファーのクッションに跨るエイダ様に振りむいて抗議っ!
「エイダ様!」
「自業自得じゃな。全自動魔導洗濯機で妾を服ごと洗浄すると吼ざかねば鍵くらい出してやった物を。」
返された。でもそれ言うなら研究中、睡眠も食事も着替えすら面倒と放り投げる貴女の行状を何とかして下さい。使用人達がマジ泣きしてますよ。風呂なんて論外だろうから前座の話としてリューン閣下の悩みに『魔導洗濯機にエイダ様放りこんでまとめ洗いすりゃいいじゃないですか。乾燥? 袖に物干竿通してエイダ様ごと日干しでいいと思いますけど??』。すっごくいい笑顔でエイダ様こっち見ていたけど本題に入ったらいきなり敵に回りやがった!! 冗談も解さないのかよ。
「それとこれとは関係無いでしょう!?」
「妹の口車に乗って姉を敵に回したのだ。それくらい当然じゃろ? それに態々妾に話に来たと言うにそんな下らない内容では剥れもするわ。」
帝国西領、バーニエ城の応接室でこんなやり取りになるのも久しぶりだ。よくこの応接室で書類広げてあーだこーだと激論になったものだ。憤懣やる仕方がない風に装って乱暴にソファーに座り直す。ま、正面からリューン閣下に『ゲロれー!』と詰め寄ってもこうなるのは自明。
魔導巧殻四姉妹での秘密事、とりあえず
彼女がこの件に置いて隠し事をしているのははっきりした訳か。まぁ、ひ・み・つ! ごと碌でもない理由だったりする事もあり得るが其の時は其の時。さてと、
「では本題に行かせて頂きます。竜族との交渉は失敗した……と言う事ですね。」
「ルツは地獄耳かの? それとも【知っている】からかの??」
エイダ様の目が妖しく光る。オレ的には彼女のこういう所好きなのよ。オレの開帳した能力や知識を第三者的に吟味する。情報の精査、分析、取捨選択に感情を含めず判断を下す。もし前者を肯定すればオレを含めた東領指導層が西領の中枢にスパイを放っている可能性に成るし、後者ならばオレが何らかの利益を得る為に西領にブラフを掛けていると読める。だから先手を打ってオレの選択を狭めてきた訳だ。
「大元は両者ですがヴァイス先輩の突貫ではっきりしましたよ。
エイダ様謹製のアレを使わず竜族地上代執行者エア・シアルに半殺しにされたのはエイダ様も知ってのとおりですが、また先輩懲りずにリプディールに近づいたんです。
もーアホとしか言いようがない。それでもオレが黙認し、バックアップまで行ったのは今後のグランドエンディング狙い。最低線の『史実ルート』において竜族の協力が絶対条件になっているからだ。結果は上々、ヴァイス先輩個人なら竜族の地上代執行者エア=シアルは友誼を結ぶことと相成った。後の
ユイドラの工匠と
ディジェネールの雷竜と同じ立場だな。内心を勘案しながら話を次のステップに繋げる。
「今度は彼女にも相当痛手を与えて聞く耳を持たせたようですけど其処まで竜族に喧嘩売るバカは西領にはいないでしょう? しかもエイダ様自体レウィニアとリスルナ、それに神殿勢力とバランスを取らればなりません。表向きでの交渉など絶対に無理です。そしてメルキアがやらかした汚染の除去を理由に
裏から交渉しても相手が『関係無い』で突っぱねられたらアウトです。」
其処まで聞くとエイダ様、自分の前のテーブルを両手でバンバン叩き始めた。余程頭の中がお熱なんだろう? 一通りやり終えると荒い息を吐いて愚痴を零し始める。いや、既に愚痴じゃ無くて……
「解っておるわ! どうしてドゥム=ニールにせよレウィニアにせよリプディールにせよ我が領の周りには
パール鋼頭しか居らぬのか!! どいつもこいつもメルキアを恐れておる。国境封鎖なんぞ大陸公路のある限り無理じゃと言うに……」
エイダ様の強烈なネガティブ毒吐きも解らんでもない。
メルキアの強大な経済力をどの国も欲するのに同時にメルキアの論理が入り込んでくる事を酷く恐れてる。これはこれで問題はないのよ。国家と言う物は長い時間を掛けて富と共に其の国の国民が必要な物、必要でない物を選択して行けるから。
結果国は開いていく。即ちメルキアのような神の介在しにくい国民国家を長い時間を掛けて作り出すことは不可能ではない。前者の二国はそれが急激に起こり『人類革命』が起こる事を恐れているだけとも言える。これはメルキアが自制することで緩急をつけられる外交案件でしかないんだ。
しかし
威戒の山嶺、即ち
竜族はメルキアの経済力を必要としない故、何処までも頑迷で保守的だ。相互不干渉、徹底した中立と相互における生存圏の隔離。
付き合いすら拒否する連中に外交は無力だ。挑発戦争から話し合い? 無理無理! インヴィティアやバーニエが消滅してアイツ等中立違反の報復と称して閉じこもるのが関の山だから。10年? 20年?? 彼等の寿命からすれば一週や二週の感覚だ。先に
人族の政府が投げ出してしまう。
だからこそヴァイス先輩の
竜殺しという挑戦から個人的関係を作り、それを押し広げて行く。個人の友誼ならそれだけの関係を言い張ることが出来、しかも相手は地上代執行者。竜族内部では階位は低いが国で考えるなら外務兼軍務大臣だ。公人と私人の境界線が曖昧にせざるを得ない程個体数が少ない竜族だからこその裏技なのよ。少し挑発、
【貪欲なる巨竜】がたかが竜一匹に身動きとれないと言うのは少々面白くない。
「つまり、ザフハが終わるまで浄化施設建設は無しというの事で?」
史実ルートを取るなら竜族へのメルキアの干渉は内乱開始以降だからな。そしてエア=シアルへのヴァイスハイトの挑戦はゲーム序盤、本来のルートであるはずのモノが周回前提級のものである理由がこれだ。ゲームキャラであるヴァイスハイトの成長が全く足りない。本来か返り討ちしかならずそこでルートは閉じてしまう。逆の意味で言えばこれが初見突破できるのであればゲームプレイヤーそのものが【天賦】に値することになる。
だから何としてでもエア=シアル戦を勝ちに持ち込む為オレは四苦八苦したのよ。そして本来ジルタニアやノイアスが撒き散らした汚染物質浄化はヴァイスハイトの討竜第三戦目の後。それを同時に行うのがオレとエイダ様の目論見だったんだが、
「妾がそんな肝に見えるか?」
良かった。エイダ様口を歪めて己を皮肉る。機嫌治ったな。これでなきゃ筆頭公爵様じゃない。
「既にビアンカとネーネーイが旅団率いて【ゾルマ峡谷】に向かったわ。ついでにレウィニアから神官共を駆り出しておる。準備ができ次第、
巡礼じゃ!」
思わず吹き出す。エイダ様やリューン閣下も後続で出るから三個旅団即ち西領一個軍団率いて巡礼? 比叡山ならぬ威戒の山嶺へ
逆強訴の間違いじゃないですか!? リプディール山脈北東側は
青の月リューシオンの聖地、其の力を受け継ぐリューン閣下を推し立ててゾルマ峡谷奥の聖地【奉霊の洞窟】に参るのは自然な流れだ。――峰を挟んで裏側が『神殺し』お馴染み
赤の月女神の聖地だったりする――しかも青の月女神リューシオンの信者はレウィニアにはより多く、神官共と称したレウィニア第二軍を動かすのも容易だ。
レウィニア第二軍、
レウィニア神殿派の牙城【聖堂枢機軍】がその正体。第八軍に続いて第二軍まで動かせるのかよエイダ様! 正直魔法ルートで勝てる気がしないわ。
そして重要な事は奉霊の洞窟の裏側からそのまま竜族の領域に入れると言う点だ。巡礼と称して洞窟の出口【雪炎連峰】に汚染物質浄化施設を建設する。竜族境界線とのグレーゾーン地帯、魔導汚染という自国の不始末を拭うと威戒の山嶺への前線拠点、どちらとも解釈できる。そう、竜族としてはなんらかのアクションを行わねばならない。つまりこの場合地上代執行者エア=シアルが引っ張り出せるということだ。そして、
「ラナハイム抜きで事を進めると言う事ですか?」
オレの質問にエイダ様、横を向いて素知らぬ顔。さて何のことやら? な感じだけどその意図は明らかだ。当初の計画ではヴァイス先輩をはるばるグントラムからリプディール麓まで持って来るのにセーナル神官の転送門は考慮の外だった。そもそも街どころか村すらないド辺境地帯だしな。なら属国化したラナハイムの魔術師に転送門作らせてとオレ達考えていたけどそれに待ったをかけたのがエイダ様なのよ。だからこそのレウィニアの神官か。水があり、水の巫女の加護があれば水鏡を用いた転送門を開ける。先程の言葉を含めたオレの推測に合格点を出したようにエイダ様話を続ける。
「シュヴァルツバルト千騎長のやり方ではフェルアノ・リル・ラナハイムの威光が広がりかねぬ。あの女狐に何ぞやの製造依頼を行ったそうだがそれと合わせて従属国に借りを作り過ぎると判断したのじゃ。巡礼の元締めが次期皇帝候補、それを送り出したのがあの女狐とならばメルキアはあの女に側妃をくれてやると言う言質を与えることになるの。……気に入らぬ。」
表向きメルキア外の血を皇帝家に入れる事を厭う血統主義にも見えるが、それを外戚で筆頭公爵位にあるエイダ様が言いますか? な、オレの内心ツッコミ。ではこの話の裏としてエイダ様は言いたいのは
南領-ラナハイム-東領枢軸が出来ない様手を打ってきたと言う事か。
竜族の平定にしろ同盟にしろあくまでその功績を一人占めできるのはヴァイス先輩、それを助けたのが帝国西領とレウィニアと言う事にしてより魔導側に東領を引き寄せる気だな。
しかし厄介な、ヴァイス先輩を通してフェルアノに依頼した【魂葬の宝玉】がばれてーら。確実に情報抜いてる奴がいる。しかも一言もない事からエイダ様不信感を演じていると見た。
降参ポーズ作って【スキル・言い訳T】開始。ついでに少しだけ目論見を話す。
「ま、オレの個人的依頼に過ぎませんけどね。皇帝陛下を叩きのめした後、アル閣下をむざむざ緑の七柱に送り返す気はありません。当然冥界へでもです。其の為の製作依頼ですよ。」
「む、既に魔導巧殻の破壊後では手遅れじゃと言いたいところだがそなたの事じゃ。また
悪巧みでも考えておるのだろう?」
微笑む、魔躁巧騎計画はオレの寿命内には完成しない、完成する筈もない。
ラウルヴァーシュ大陸全土の富と絆をもって叶う美学。だが、オレが道筋をつけることはできる。そうだ彼女の祖母、故ヴェロニカ・プラダ王国公爵の言葉を使おう。
「私じゃ無理ですよ。とりあえずは時間稼ぎ、結果に到達してからはエイダ様の領分、そして次代の仕事かもしれませんね?」
静かに笑みを浮かるオレの前でエイダ様溜息を吐くそんなにプラダ家を当てにするなという事かな?
「何を企てるにせよ失墜したプラダ家に出来るとは思えんのじゃがな?? あの跡取りの事は考えるだけ無駄じゃぞ。」
ん? どういうこと?? 沈黙が流れた途端元気な声が応接室に響き渡った。
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(BGM 過去は未来へ繋がる記憶 ~のラプソディより)
「ねー!」
ねー? 誰の声?? おやリューン閣下が逃げ出した扉とは別、エイダ様やこのバーニエの主人格が住まう内宮へ続くと思わしき扉が少し開いてる。誰か親族か内向きのメイドが入室したようにも思えるが姿が無い。ソファーから見まわしてもそれらしい影は。顰めっ面だったエイダ様、其の声を聞くと一つ溜息をついて顔を作る。驚いた、エイダ様こんな無防備な笑みできるんだ。それと同時に彼女が下の絨毯の方に視線を向け手を叩く、その上信じられない台詞が続いた。
「ほら、ねぇはここにおるぞ! はいはいじゃ。はいはーい!!」
「ねねぇェーっ!!」
力一杯に上げた声が届き、絨毯の上を小さい塊が動き出す。幼児というより乳児。小さい手足を産着の中で健気に動かして這って来る。エイダ様に下の子!? うわゲームじゃそんな情報無かったぞ! それにしてもどういうことだ? ゲームではエイダ様が倒れた後、プラダ家の名前はまるで聞かれない物になる。家名失墜と見ていたがこれほどの高名な貴族家。ヴァイス先輩で無くとも利用する方が得とも言えるが?
妙なことに気づいた。いや始めはあの小さい塊が単にはいはいが苦手と勘違いしたが少し動いただけでぞのずれの違和感に気づく。文字通り進行方向がずれている。本来の直線より大きくずれて調度の足にごっちんこ……あ、泣く。うわ! 口への字に曲げて手足じたばたお腹グリグリで超信地旋回開始、しかも己がずれることを見越して過剰に方向を変えてからはいはいを再開してる。エイダ様もスパルタだな。駆け寄って抱き上げることもせず足元まで来てから初めて抱き上げた。
「よしよし好い子じゃ! ねぇはまた自慢が出来るぞ!!
ルトが妾の前までハイハイできたとな。」
頬をスリスリし、腕で揺すってあやすエイダ様の単語にオレの方が絶句。いやまだ愛称だから解らん。そもそも時間軸が違い過ぎる! 肩に力を掛け対ヘッドバッド支えを構築してからあえて聞く。
「その子……生来右脚が無いのでは?」 エイダ様がその声ににんまりと笑みを浮かべた。
「ほぅ? 正解じゃが【知っている】のかの??」
ヘッドバッドする機会すらなかった。顎が落ちかねん。神格位争奪戦におけるサブヒロイン。魔導技術を駆使し先史文明にすら精通し
先史文明制御型魔導技巧駆動式戦闘執事を作り上げた天才。
ゲームで姓が語られることは無かった。語れる筈がない! 一歩間違えば220年後のクヴァルナ大平原が国家間パワーゲームの渦中に陥ってしまう!!
ルトリーチェ……即ちルトリーチェ・プラダか!!!
「ねー! まー!!」
「あぁこら、ルト! お客様の前でやるなとゆーに。乳なら乳母からしこたま吸っておるじゃろう!?」
うわ、ゲームではあんなに大人しい子がこんな暴君だったなんて。抱き上げたエイダ様の両腕が動かせないのをいいことに彼女のチューブトップ無理矢理ずり下ろして
貧乳にむしゃぶりついてる。勿論エイダ様妊婦でも特異体質でもないから出るわきゃないけど。ハーフマントを外し表情バッテン印でおろおろしているエイダ様の後ろに回って前後ろ逆に掛けてやる。――女性への同然の気遣いですけど何か?
「すまんの。」
ソファーに母性すら醸し出して座り直す彼女に聞いてみる。あり得ないんだ。同姓同名の先祖なら兎も角、この時代にルトリーチェは居ない筈。
「いえ、しかし……少し疑問がありますね。オレが知っているのは200年以上後の少女としてのルトリーチェです。幾等
多種族混合の優良種としても200年あればとっくに成人している訳ですが。」
大きくエイダ様溜息をつく。顔が沈痛なんてものじゃない。
「ルツよ、それで正しい。この子の心の臓は10年保たん。だから妾は禁呪に手を出す事を覚悟しておる。そしてどちらを取るべきか肝も据わったわ。」
「どちら? ……良いのですか?」
彼女は今、己の誇りを投げ捨てる言動を吐いたがオレは十分に納得できる。
我が子の為に手段を選ばないのは世の母親の誇りみたいなもんだ。――こっちだと己の息子に限定されるのが恐ろしい一面だけど。――エイダ様なら姉として末妹に同じ気持ちを抱いてもおかしくない。
おや? 考えてみればエイダ様とリューン閣下は姉妹の様に仲が良い。さらにその下に妹分が出来たとなればリューン閣下どう思うんだろ?? 姉を盗られたなんていじける性格じゃないから一緒になって猫可愛がり。あ……もしかして! とりあえず先年に冗談で話した向こう側の技術のリスペクトを話す。――魔導どころか神力リスペクトだから禁忌以前に不可能どころの話じゃない代物だけど。
「魂魄駆動型人工心臓……ですか?」
笑い話ですませたインプラントの議論を思い出してみる。エイダ様首を振った。
「それこそ夢物語じゃ。基礎理論どころか神殿共との神学論争でルトの心臓が止まってしまうの。できれば
魔物配合での駆動核摘出、……次点としてあの結晶の解析と再現が妾の望みじゃな。」
心臓移植、またはこっち側での冷凍睡眠か。つまりオレの発言でエイダ様は帝都結晶化による術の再現からなる冷凍睡眠の方に舵を切るわけか。確かに前者は危険なんてものじゃない。命は助かるがこの実例が破戒の魔神イグナート――つまり魔人化だ。魔に喰われヒトでなくなる。
それに魔物配合研究所はメルキアでは南領ディナスティにしか無い。東領でも作りたいと思うけどゲームとは違い絶対に無理だ。専門研究者が全然足りない。そもそも南領がエディカーヌと繋がっているからこそ禁忌の境界線上にある魔物配合が出来るんだよ。
だからゲームでは魔導研究所にせよ魔術研究所にせよポンポン作れるがそれは人材と言う
前提条件があっての話。だからオレ達は対立するどちらかだけを選んで人材派遣してもらわねばならない流れになる。事実上これが
魔導ルートか
魔術ルートを選ぶ報酬と言うことになるんだろうな。だからこそエイダ様は天秤にかけていたとも言える。末妹の命と魔導の行く末、あえて伯父貴に傾かず己の道を進むか。
「聞きたくはないですけど、リューン閣下のひ・み・つ! とやらはそっち方面故ですか?」
「……さてな、言っておくが妾とリューンでも考え方は違う物ぞ。魔導巧殻はその機能の中に双方向通信能力がある。魂魄を介した呪術師の生霊通信と原理は同じものだそうじゃ。これで何故、妾がそなたの【知っている】件に手を出したか解るの?」
オレの本音はあっさり暈された。残念だけどこれはエイダ様も話してくれないかエイダ様がリューン閣下を信じて黙認しているだけだろう。どうしようもない。
それと魔導双方向通信機の件か。アレ? もしかして四姉妹は全部距離無関係で内緒話が出来るってこと?? そりゃあんまりだ!
「それでは魔導巧殻に隠し事は……」
「無理ではないぞ、特にアルにはな。」
ん? 懸念のような単語はあったがそっちは後だ。本題に集中。
「四姉妹では無く、リューン閣下・ナフカ閣下・ベル閣下、三姉妹での秘密の共有ですか。最悪ではありませんが。」
おかしいな、ゲームでこの通信能力を駆使できればガルムス元帥の闇堕ちもノイアスのエイダ様への不意打ちも回避できる。じゃ何故使わなかった?? 何か制限があるのか??? 兎も角アル閣下へは不通と言うのは有難い。それでなければオレの策を含めたありとあらゆる帝国の手は晦冥の雫に筒抜けと言うことになってしまう。即ゲームオーバーだ。
「痛ッ。」 思わず額を抑える。
「どうした?」
「ご心配なく、昔からの奴です。最近頻繁になってきていまして。」
何故なのだろう。最近このゲームを深く考えるたびに目の前が何かぶれるような感覚と共にこの鈍痛が走る。何処が痛いと言う訳ではないのが不気味だ。エイダ様、ソファーから降り近寄ってオレを覗き込んだ。
「無理はするな。主の御蔭でどれほどメルキアが先手先手を打てるか……妾とオルファンが此処まで我慢して居れるのも主の御蔭じゃ。絶対にオルファンの如き無茶は許さんぞ!」
楽が出来ればいいけど世界が許してくれそうもない。メルキアを囲む末期的なアヴァタール東方域諸国、足を引っ張ることに余念がない残る四大国、隙あらば忍び寄る神殿勢力、さらには超常の者共……こんな世界だとは思いもしなかった。だからこそオレは踏ん張り足掻く。
クイクイと引っ張られている気がして絶句。オレの赤い長髪を涎べたべたにしている乳児約一名。
「あ、コラ! ルトよ。髪の毛を口に入れるでない!? バイキンが移ったらどうするのじゃ!!」
「失礼な! オレの髪は病原体ですかっ!?」
「なら毎日梳れ! 人のことが言えんではないか!!」
結局ぎゃあぎゃあ喚き合いながらヴァイス先輩が言う『漫才』になってしまう。それでもいい、それで零れおちる命を一つでも救いあげられるのなら。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
(BGM 多勢の怒涛劇 魔導巧殻より)
「第6部隊後退! 後退しろ!! おい解っているのか!? 滑落してもいいから射線から逃げろ!!!」
「残念でありますが聞けませんね。洞窟が埋まるまでは足止めするよう皆に命令した後なんで私だけ逃げるわけにも……ネーネーイ隊長をお願いします。」
通信兵を押しのけてエイダ様が怒鳴る。
「馬鹿者! さっさと……」
途端、地響きと共に天井から粉塵が落ちてくる。同時に通信機のいくつもの結晶が爆ぜ割れた。向こう側の結晶からのバックファイア……起こったのは、
「敵ブレス攻撃直撃、第6部隊全滅……しました。」
通信兵の悲痛な声が響き、
「おのれ!」
エイダ様の怨嗟の声を余所にオレはレウィニアの神官の中に居る治癒担当に詰問口調に尋ねる。向こうとしては余程切羽詰まった声に聞こえるのだろう。怒りを隠さぬ厳しい返答が返ってきた。
「シャンティはまだ動かせんのか!?」
「無理難題を仰るのもいい加減になさいませ! 神殺しと同じ剣技、常人が使って只で済むと本当に思っていたのですか!!」
予想外だらけの事態だ。ゲームと同じ警告から暴走状態になって戦闘開始と思っていたが、汚染物質で発狂しても竜は竜、空中からのドラブレ遠隔攻撃に徹してくるとは思わなかった。ただ竜に対してというより防空戦に関してはオレの御蔭でメルキアは格段の進歩を遂げている。ゲームでは西領軍主力である魔導砲騎士隊は基本対空射撃能力を持たない。これがオレと言う馬鹿の御蔭でゲームで言う【対空射撃U】程度のスキルを持ち得るようになったんだ。
ネーネーイ百騎長は外見悪そうな顔している上、プロフィールにいじめっ娘、弱点突くのが得意という超問題騎長なんだが腕は確かだ。だからこそ防空陣地で痛めつけられたエア=シアルは半竜から完全竜化して襲いかかってきた訳だが。
次元が違い過ぎる。
そもそも戦闘機なら対空ミサイルさえ当てれば破壊はできる物なんだが。
高度隠蔽型宇宙戦艦か
空中機動要塞にどうしろと? かれこれプラーダムにしろ固定式多連装魔導砲にせよ数十発喰らっても竜鱗すら剥がれん!、しかもお返しに飛んでくるブレス攻撃は事実上のマップ兵器まで拡大すると来た。だからこそ司令部を奉霊の洞窟出口まで後退させ、シャンティを投入し一時は保たせたんだが。
飛燕の妙薬の終了時間、その間隙を突かれた。一瞬のうちに近接したエア・シアルの
尾での薙ぎ払いでネーネーイ百騎長が半身もぎ取られて重態――徹底的に
魔術強化したとはいえ生きているのが不思議なくらい――、シャンティも妙薬のバックファイアと受けた傷で戦闘不能、配下の第6部隊200名は先程文字通り全滅。既に一旅団分が後退しているので残る部隊は後方で展開している3隊を除けばエイダ様の直属とリューン閣下の直属のみ。しかも最大級の問題は……考えるより先に転移門を構築する神官たちの報告、初めての朗報が届く。
「繋がりました! 水脈接続完了。これより水鏡転位を行います。」
「急げ!」
来た! これで20分持たせられれば戦局を再逆転できる。エイダ様の悲鳴のような声と同時にレウィニアの神官たちの詠唱が始まる。その後ろで……いやオマケとはいえ何やっているのさ、おまいら?
「ねぇねぇ? これにあいますぅ〜??」
「耳の先っちょだけ出てて猫娘みたいですのー♪」
「ちょっと、みんな真剣なのに不味いって! わ、これ綺麗。もしかして月晶石?」
ひそひそきゃわきゃわして奉納物で遊んでいる3人……一匹と一体と一人をガン見、勿論、テレジットにリューン閣下にセラヴィだ。ポンと肩を叩かれた。振り向くと灰蒼髪に隻眼の青年、――男だ! 本当に珍しいよ!!――背中に身長程かつ肩幅程の太さを持つ大剣と言う名の鉄塊を背負ってる。
「睨んでどうなるものでもない。千騎長が戦を見せる為に連れてきたんだろう? リューン閣下は兎も角、あの二人は泣きだしても不思議ではない。竜の本性はヒトを恐慌、狂化するからな。むしろ良く保っていると感心する。」
「済まん、ギュノア百騎長。」 オレの謝罪に彼はヒラヒラと手を振る。
「ギュノアでいい、雇われの身だ。」
いやはや、エイダ様の切り札がこの人だったとはな。
主人公格を含めた首脳陣を除くネームド武将で最強の一角、竜殺しの異名をもつ神格者と常人の中間に位置する【英雄】。ただその彼にして始めから厳しいと言わしめたらしい。
今なら納得できる、這竜を始めとした低位のドラゴンは知能も低く行動も獣と同等でしかない。しかし知性ある上位の竜は多種族の調停者としての姿勢を保つ為にあえて己の力を封じている。それがゲームでの女体化、つまり半竜形態ということだ。だがオレも其の半竜形態と完全竜化でこれほどのスペック差があるとは思えなかったんだよ!
「役割は奴が召喚する取り巻きの排除だ。それを行ったら退かせてもらおう。」
「それでも有難い。君をメルキアが国家間戦争で用いたとなればまたぞろ五月蠅い輩が出る。」
本名は
ギュノア・ウェルエンス、
神格位争奪戦で主人公と死闘を演じる赤の太陽神アークパリス神格者、
ゼルガイン・ウェルエンスの親父というから驚かされる。其のゼルガイン君もいまだ乳飲み子でアークパリス神殿で大切に育てられているらしい。え? 時間が合わない?? たかが200年でしょ。ゼルガイン君が早々神格者になれば不老不死だ。全くもって問題ない。…………何が原因か解らんが腹立ちたくなるけどな!
「フィオ技巧長より連絡、準備完了。」
先ずは第一防衛線完成! これは使い捨ての障害物。驚くべきことにゲームでは中途半端で使い難かったフィオ嬢、まさか鍛梁師だとは思わなかったよ。それじゃ前線に出せるわけないじゃないか。後のフィアスピア地方最前線で大暴れする
元厨二患者の鍛梁師は英雄級の上、上乗せして神格者だからな。
「よし、前衛部隊後退開始、リューン。
青の月女神の聖地を戦場にするぞ。覚悟せよ!」
「了解ですの! 女トカゲモドキに魔導巧殻の真髄をみせつけてやるですの!!」
三人(?)で遊んでいたリューン閣下が振り向き不敵な顔を見せる。さすが魔導巧殻長姉、リーダー格だけはある。
「エイダ様には下がってほしいんですけど?」 ポンと背中叩かれた。
「軍もおる、それに主が背中を守ってくれるからの。」 エイダ様が微笑んで返す。
第二防衛線がオレ達だ。後退前提の遅滞戦闘部隊。ようやく起き上がれたシャンティに言う。辛いだろうがこれも軍人の責務の内だ。
「シャンティ。余力があるなら其の二人を護衛、後退させてやってくれ。」
「わたしものこるー!」
「私、私も残らせて下さい!」
テレジットとセラヴィ、二人の嘆願は受け付けない、戦場は僅かでも見せた。彼女達にとってそれで十分、殺し合いまでは見せたくないのが年長者の傲慢って奴だ。
神官達と共に後退する三名を余所に精鋭とも言える魔導槍騎士とオレ等、合計一小隊余りが残る。気軽にオレは思っていた事を口にしてみた。
「レウィニアに完成品は見せられませんか?」
「本来【シャッスール・ド・シュヴァリェ】の主兵装じゃからな。千騎長の先行失敗作と違って此方が本物ぞ……と、いってもコレも完成にいつまでかかるか解らんの。魔焔反応炉の方がまだましじゃ。」
鉄道コンテナ程もある巨大な箱を蹴り開けエイダ様が軽々とそれを引っ張り出す。いや正直もう武器じゃない。全長3ゼケレー(9メートル)の兵器だ。しかも名前を聞いて口あんぐり。ゲームにおけるエイダ様専用装備、【魔導槍・ファリテート】……いや槍じゃないでしょソレ! 見た目は
何処ぞの対地攻撃機のガトリングカノンだ!! オレの魔導砲楯を砲撃形態に可変させながらぼやく。
「いろいろ間違っている気がしますが、そうなるとオレのも間違っていたことになりますんで何も言いません。」
「賢明じゃな、そちらが先行だしの。」
エイダ様の七連装、オレの遥かに小ぶりな三連装の回転銃身が重々しい音を立てて正転、逆転を繰り返す。へ? エイダ様のファリテートの後ろにリューン様がまたがった。
「準備完了ですの。」
そのまま多連装魔導砲を召喚するリューン閣下。あ……成程この【魔導槍ファリテート】はアルから発生する晦冥の雫の力、それをリューン閣下の月晶石で変換し使用する訳か。オレの様な魔焔炉とはケタ違いの出力が期待できる。だからこそ何時までかかるかわからない。魔焔反応炉では固定砲台前提、ルトリーチェの開発する魔制珠では出力不足、その双方の利点が組み合わされないと完成しない。
さて、魔導でリスペクトされているとはいえ『人類』側最強の
【対地射撃兵器】という矛、ディル=リフィーナでは最強の一角たる『幻想種』、
竜族の鱗即ち楯。広大とはいえ洞窟内では飛行はできない。僅か10秒の攻防、
魔導最強の矛が幻想最強の楯を破れるか?
前方のT字路の向こう、魔導爆弾と言うより
指向性魔導地雷の炸裂が始まる。時折雷の様な音と地鳴りはドラゴンブレスの斉射だ。T字から顔を出したと同時に其の顔面に熱いのをお見舞いしてやる! 首を回さない限りドラゴンブレスは曲がらない。向こう側から無理矢理押し込んだ巨体がはみ出すように現れる。
「「射撃開始!」」
オレとエイダ様がトリガーを引き、リューン閣下の多連装魔導砲撃、魔導槍騎士の4連装銃撃がそれに続く。莫大な光量が洞窟内で荒れ狂った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
(BGM 不退転の決意を以って 魔導巧殻より)
「先輩、先輩! バトンタッチ!!」
「シュヴァルツ、よく持ち堪えた! 後は俺達の番だ!!」
「シュヴァルツ君、後は下がって。もう! またこんなに傷だらけで!!」
「リューン、ひさかたぶりです。げんきしてましたか?」
「もー! アルったら他人行儀ですの〜 アルも一緒にトカゲモドキにもう一発喰らわせてやるですの!!」
「りょーかいです!」
「各員増援を除いて最終防衛ラインまで退避、ヴァイスハイト元帥、そちが頼みだ! 遠慮なくやれ!!」
ヴァイス、リセル先輩だけじゃない。各自の気勢、応援、が響き渡る。結局第三次防衛ラインまで後退せざるを得なかった。第三次防衛ラインから僅か200ゼケレー(600メートル)先が最終防衛ライン。何故なら此処は洞窟出口にある始めの――今回は最後の――大空洞、此処を突破されればまたエア=シアルが外に出てしまい遠隔ブレス攻撃で此方を削り始めるだろう? 再度洞窟へ突入なんて余程有利でもない限り発狂してでもあり得ない筈。むしろ洞窟へ誘いこめたのだけでも此方の勝利なのだから。置きっぱなしの武器格納庫を足で蹴り開け其の足先で剣帯を引っかけて放り投げ一度手で掴む、さらにそれをヴァイス先輩に向けて放る。
「シュヴァルツ、また試作兵器か?」 投げた武器、その鞘を掴む先輩
「武器としては完成してますが実質未完成ですね。そいつの本来の用途は楽器ですから。」
「楽器?」 鞘からレイピアを一回り大きくした刃が現れ凝視する先輩に一言。」
「魔楽奏器、【ディー・フラシュエット】、そいつが完成した時の銘です!」
「成程、今度は魔導剣に魔導砲を仕込んだか!」
ギミックを軽く二・三度動かして先輩が笑みを浮かべる。
「まーた変な武器ヴァイス様に持たせて、この変態鍛冶!」
オレはアイデアだけだっつーの! リセル先輩の方が余程変態だわ!!
「リセル先輩の改造魔人には及びませんけどね!」
「もう!!」
軽口をたたきながら手早く予備の魔導充填筒を砲楯に嵌めこんでいく。オレは手持ち式故持って帰れたがエイダ様は早々にファリテート投げ捨てて後退した。いくら手持ち式でも固定砲台前提だからな。そしてエイダ様はここからは指揮官専従となる。証拠に彼女は最終防衛戦まで後退し魔導光分子砲と多連装魔導砲発射筒を多数そろえた砲台群を指揮するんだ。ここからはヴァイス先輩が持ち込んだ一個旅団600と指揮官たる両先輩にアル閣下、リューン閣下が指揮を執る。いや、
彼等が前線に立つ! 一般兵士など竜族の前では無力に等しいからだ。
「(まだ西領のスタンシア百騎長、オレ直属のオビライナ、東領最古参騎長ミアさんがいるだけましか)」
彼女達ならまだ先輩達のバックアップを務められる。それら全体を指揮し後方のエイダ様に適宜支援要請を行うのが今回のオレの役目だ。
まだ前衛として残っていたバーニエ正門隊――ゲームでいえば守護騎士――とギュノア百騎長直下たる支援の神官兵や魔術師が我先に後退してくる。というより潰走に近い。不味い! 半数近く被害が出ている。兵士の一人が大声で怒鳴る。
「敵取り巻きは這竜に非ず! 敵は混沌生物、繰り返す! 敵は混沌生物!!」
「全軍に告ぐ、敵を空洞入口で制圧する! 前砲門集中!!」
「前衛は匍匐体勢、砲騎士隊第一斉射終了と共に突貫し敵を抑えろ!」
エイダ様とオレが
拡声器で怒鳴る。……これだってデェル=リフィーナは愚かメルキアでも発狂モノの発明なのよ。――うざカワ天縁神のドンパフ楽器が発明になるわけだわ――妨害も秘密性も無ければ音の速力、伝令などより遥かに早い。こっちの世界だと精霊を召喚して伝令させるとかが最新技術になっちまう。
殿として信じられないスピードで空洞出口から駈けてきたギュノア百騎長を労う。彼の周りにはすぐに神官、魔術師が付き傷の治癒、符術の再構築が始まる。この人オレ達が撤退始める前に低位の這竜とはいえ10体以上単独撃破してるのよ。もう人間じゃねぇ!
「時間は?」 どれだけ稼げたかにギュノア百騎長、
「恐らく鈴1つ(5分)以内に来る。混沌汚染された這竜は手強い。徹底して砲撃戦で仕留めた方がいい。」
即座にそれを伝達。
混沌生物、ゲームじゃラスボス級の取り巻きでしかないが汚染能力、この一言でディル=リフィーナ最大の脅威なのは間違いない。彼等は幾等範囲が狭くとも塗り替えるんだ……この世界そのものを。故に
世界の敵。
「だが、良く知っていたな。竜があんなものを召喚するとは。」
ギュノアさんの言に、そりゃゲームでお世話になりましたしね……と自己ツッコミ。それとは別に不機嫌な顔を作る。先程の出来事がなければ言えない台詞で本心を歪める。だからこそ対策がここにある。ラスボス戦は史実通りにしてやるものか! 魔導戦艦、歪竜、四元帥、神格者、魔導巧殻の波状攻撃でジルタニアを戮殺するのがオレの目論見だ。
「可能性としてはあり得た。実際目にすれば糞面白くもない。エイダ様に追加連絡、光分子砲弾種変更、重質量弾使用を要請。」
ファリテートは確かに完全竜化したエア・シアルの顔面を捉えた。其の時はオレは何とも言えない悪寒がよぎったんだ。特に途中からオレの魔導砲は愚か、ファリテートが放つ魔導砲弾が歪曲して外れて行くのを見た瞬間から。
ノイアス…………いやあの飛天魔族の仕込か!!
他次元界を介在した
混沌生物の空間歪曲障壁。こんな反則が可能な物はメルキアに限って考えるならばノイアスの空間歪曲能力だ。これで認識限界内で空間を繋げる、即ちこれがノイアスの転移能力の本質だ。つまり、エア・シアルはあの飛天魔族に何らかの改造を施された見て良いだろう。このままでは魔導砲弾が軽量である事が逆手に取られる。空間歪曲障壁は運動質量でなく純質量が対象に成るから厄介だ。
万能属性とされる魔導兵器のエネルギーは質量無き純エネルギーに近い。相手がエネルギー拡散系のゲームで言う【反万能属性】を持つと途端に戦力外になってしまう。
そしてギュノア百騎長をエイダ様が配下にしたのも納得する。混沌化したエア・シアルは通常の方法では戻せない。そう根源たる竜核を分離しない限り肉体から分離できなくなる。だからこその竜殺しの本質、【スキル・竜核の剥奪】か。
「来たぞ!」
「砲撃開始!」
先輩とエイダ様の声で戦闘再開、多数の魔導砲弾が唸りを上げて開口部に殺到する。出たきたバケモノじみた混沌汚染の怪物どもは猛然と薙ぎ払われていく。其れが終わるとそれを待ちかねていた様に巨体が出口から姿を覗かせた。それは
「……バケモノ!」
次々と上がる兵士達の呻き。もうそれは竜などと呼べる代物で無かった。体中を不気味に明滅する棘に覆われ其処から月女神の聖地をも汚し尽くす如く瘴気が吹きあがる。竜の翼からは其の皮膜がはぎ取られ骨と呼ぶには戦慄するしかない膿爛れた鋼の鉤爪の羅列。瘴気に覆われた首から上には狂気其の物に輝く第三の瞳、
「……魔王竜!!」 恐怖と共に誰かが叫ぶ。
ダメだ! 撤退しかない……こんな、こんな
天魔の残滓と同質の化け物相手では兵士は愚かオレ達ですら保たない。これは最早神格者級の存在で無ければ手が付けられない!! 其処に怒鳴り声が響き渡った。
「返せ! ソレは、ソレはわたしのものだ!!!」
あり得ない声、後退させた筈のテレジットが憤怒と共にオレの前に居る。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
(BGM 決意を胸に立ち上がれ 戦女神MEMORIA-ヴァレフォル覚醒パート-より)
「ヴワアァァァァッ!!」
両手を振り回し信じられない速度でテレジットが突貫する。おいこらマテ! アンタ得物すら持ってないでしょうが!? しかもレベル1獣人、ゲームですらレベル42の凶悪キャラ、エア・シアルに立ち向かえる訳ないでしょうが!!
「止むを得ん! リセル出るぞ。ルツ、精密射撃要請!!」
「了解、ヴァイス様が左脚を、ギュノアさんは右を、先行射撃して止まった方に私が!!」
「了解した、踏み荒らしに注意しろ。脚を取られれば潰されるぞ!」
「リューン閣下、アル閣下! テレジットのスピードに合わせて牽制射撃で進路啓開。もう同士撃ちもありだ畜生! エイダ様ゴメン、全指揮丸投げお願いぷりーず!!」
「どーしうち! テェ〜レのぼーしにどーしうち!!」
「もう怒ったですの! トカゲモドキ 私の超へーき【属性減殺弾】もってけー!……ですの♪」
「バカモン我先に突貫するなァ! 帰ったら全員軍法会議じゃ!!」
もう自棄なのか悲鳴なのか怒鳴り声なのか指揮官総員突撃開始、それを上回る悪態吐きながらエイダ様が総指揮を執る。馬鹿の極みだけど動いちまったのは仕方がない。下策だが切り札全部切って駄目だったら総崩れで構わん。このまま統制不能の戦闘続けて全滅よりは遥かにマシだ!
敵味方構わずの魔導砲爆撃、それにリューン閣下の初見兵器――属性減殺?、おいおいゲームでも相性次第で戦術組みかえた属性防御を削るだと?? 何たるチート!――更にリセル先輩の砲剣エヴィリーヴェから打ち出されるレイシアパール鋼芯弾が着弾、其の着弾箇所をギュノア百騎長とヴァイス先輩がそれぞれの剣で貫こうとするが。
「ぐ……これでも通らんか。」
「弾かれるだと!?」
「イヤアァァッ!」
着地した彼等の頭上と飛び越え更に突貫するリセル先輩、跳躍しながら平面旋回、遠心力でエヴィリーヴェを叩きつける。あ……ちと同箇所連続打撃には高い、外したかと思ったらエア・シアル絶叫を上げて右脚を折る。もしかして【スキル・貫通】発動か?? 憤怒を瘴気に変えて首がこっちに向き顎が開く。その首を竜の額めがけで四つん這い高速移動でよじ登る、いや! 駆け登っていくテレジット。
「させません。【崩壊のディザイア】!」
アル閣下の闇属性攻勢防壁。対ドラゴンブレスには有効な筈だが下位魔術故地力が違う筈、ならば!
「全充填筒起爆 斥力場過負荷展開!」
構えた砲楯の裏から全ての魔焔充填筒が弾き飛び、楯部分が斥力場過負荷放出形態に移行、崩壊のディザイアを貫通してきたドラゴンブレスを拡散させる。放射が終わったと同時にこっちの砲楯も派手な音を立てて火を吹いた。慌てて脱装。
『ルツ感謝!』『すぐに後退を!』『退け!』 其の声に見送られ後退。頭上を見ればテレジットが額まで登り切り、中央の巨大な結晶を引き剥がそうとしている。その周囲で巻き起こる凄まじいばかりの瘴気、
「リューン、聖光衝撃!」 「アルちゃん牽制ですの!」
魔導巧殻二体の連携攻撃が瘴気を一時吹き散らす。それを見越したのかヴァイス先輩天使の羽楯起動して空中からエア・シアルの額に飛び乗った。
「エア・シアル目覚めろ! ここはお前の死に場所じゃない!! お前の雄姿、もう一度見せてくれ!!!」
大上段から逆手に持ったディー・フラシュエットを第三眼とも言うべき巨大な結晶体、その継ぎ目に打ち込む。その後に爆発、【魔導砲ゼロ距離射撃】か! 凄まじいばかりの咆哮が起こり弾き飛ばされた先輩と別方向――天井――に反動で跳ね上がった竜の頭が激突! 余波で本来魔導砲撃ですら傷一つつかない青の月の聖地が天井崩落を起こす。
いや、危険なのは解っている。だがオレの足が動かない。弾け飛んだ暗紫色の塊をテレジットが抱え込んだ時、闇色の淡い光が全てを照らし出した。その中に佇むシルエット、
「やっと、やっと戻れた。やっとこの躯に。」
世界に色が戻っていく。オレは彼女を【知っていた】。遥か220年の時の彼方、彼女と神殺しとの偶然の出会いが彼等を真のウィーンゴールヴ宮殿に導き、三神戦争の一端が明かされた。悲しき伝説と共に。
其の姿…
黄金の髪に深紅の瞳、純白の肌着に紺青と金飾の衣を纏う。
其の性……
小柄な躯に詰め込まれた大胆と不敵、盗めぬ物無き大盗賊。
其の想………
友を愛し、其の友に裏切られ、世界を彷徨う絆の残骸。
其の階…………
ソロモン七十二柱が序列六位!
「盗獅子……ヴァレフォル。」
やっとの思いで口から流れた
彼女の銘、ありえない驚愕の事実……オレは確かにゲームと違い神の介入してくるこの戦争を戦い抜く覚悟だ。だが、深凌の楔魔・グラザ、第五位天使・エリザスレイン、そしてソロモン魔神・ヴァレフォル…………
メルキア中興戦争と言う人間族同士の争い、これは、この戦争は! それに留まるどころか三神戦争の再開という悪夢を現出させる儀式なのか!?
「皆、戦闘継続! 狂った竜を止めるよ!!」
彼女の熱き激と共に伝説が動き出す、そんな気がした。
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