「何進の、名代……?」


黄巾の乱も、ようやく落ち着いてきたころ合いだった。
俺も勿論だけど、董卓軍も賊の討伐には何度となく出兵していた。
ただ、まぁ……恋・霞・律の三人ともが駆り出される……ってことは無かった。

ここ最近、十常侍(じゅうじょうじ)って連中と何進との権力争いが顕著になってきたっていうのが、一番の理由だな。
何でかは知らないけど、十常侍の連中の中には史実通りに男のやつもいる。
……まぁ、どうでもいいことなんだが……

それで、何進の直属の配下に当たる董卓さんも、その権力争いに巻き込まれてるってわけ……
今の皇帝・霊帝から、政における実質的な権力や権威がほしいんだな、双方ともに……
──って言うことで、皇帝さんのご機嫌取りをするために、あれやこれやとやってるわけ。


「直詭……?」

「ん?あぁ……“名代”って言うのは、簡単に言えば“代理”のこと。……それで賈駆?」

「うん。どうも、曹操の軍が黄巾の頭目を討ち取ったらしいわ。だから、それ相応の報酬は与えるべきって言うのは分かるわよね?」

「そんなもん、何進に直接行かせたらええやん?なんでウチらが、その代理とかせなあかんの?」


董卓軍専用って言ってもいい、ここ最近では俺たちぐらいしか使わない広間に、霞の不満の声が響く。
気持ちは分かるけど、なんとなく理由は分からなくもないかな?


「……十常侍の牽制。こう言って分からないわけ、ないわよね?」


賈駆のその一言に、誰しも言葉を失う。
……………あの、恋さん?
俺の袖口引っ張って首を傾げるのは止めてくれない?
ほら、賈駆がジト目でこっち見てるし……


「後で説明するから、な?」

「……………(コクッ)」


とは言え、誰が代理をするんだ?
……俺は嫌だぞ?


「月は、何進に呼ばれてるから無理。ボクも同行するつもりだから、同じく無理」

「(ハズレしかない選択肢って残酷だよなぁ)」

「あ、言っておくけど、もう誰に代理に立ってもらうかは決めてるわよ?」

「「「「へ?」」」」


俺・音々音・霞・律が、同じように声を漏らした。
全員同じ気持ちだろうけど、何もわざわざハモらなくても……


「ボクが悩んでるのは、霞・律・白石をどう振り分けるかってこと」

「……ってことは、代理には恋が立つのか?」

「そういうこと。相当な確率で何も喋らない……つまりは、こっちの内情を話す心配もない」

「……………?」


うん、分かってないと思ってた。
首傾げて、頭の上に「?」出してるし……


「ね、ねねは……?ねねは、どうなるでありますか?!」

「大丈夫。音々音は恋のサポート──もとい、補佐だよ。そうだろ?」

「……全員が白石くらい、物分かりがよければって……最近、切に思うわ」

「そりゃどうも」


俺はともかくとして、霞や律が恋の代わりに、代理文を読む姿が想像できないんだよなぁ。
だって、“代理の代理”をするわけだろ?
そんな面倒くさいこと、本当なら俺だって御免だ。
でもまぁ、音々音なら恋の代わりくらい快く引き受けるし、賈駆もそれを見越してだろうな。
別に、俺もその位なら引き受けてもいいけど、音々音に場馴れさせるのが目的の大きいところだろう……

言っちゃ悪いが、音々音はまだ人前で何か喋るのが苦手みたいだ。
兵たちの前でも、時々吃ってるみたいだし……
軍師補佐って立場にいるんだから、賈駆もそろそろ困ってたんだろうな。


「それで?私たちの振り分けとはどういうことだ?」

「そん位すぐ分かるやろ?月と一緒に何進の御膳立てさせるか、恋と一緒に何進の代理させるか、ってことや」

「先に言っておくけど、“降りる”って選択肢はないから。分かってるわよね、律?」

「……………」


ぐぅの音も出ないか……
そりゃまぁそうだろうよ?


「一応だけど、希望があれば聞くわよ?どっちにしたって、面倒事に巻き込んでるって自覚くらい、ボクにだってちゃんとあるし」

「敢えて聞くけど、その希望がかなう確率って、どん位やの?」

「(……なんだか、随分と慎重だな、霞……)」

「心配しなくても、ちゃんと考慮するわよ」


「胡散臭そう……」って顔に書いてあるぞ、霞……


「じゃあさ、賈駆?いっそのことクジ引きにしない?」

「クジ?別にいいけど、またどうして?」

「賈駆はどう振り分けようか迷ってる。俺たちはどっちに行ってもあんまりいい思いは出来そうにない。なら、どっちに行くか運任せでもいいんじゃない?」


正直に言えば、恋の方に同行したいかな?
董卓さんの方は賈駆が同行するんだし、政に口を出す必要もないだろうから、あんまり人員は要らないだろうな。
それに……


「(三国志の中だと、曹操って結構好きなんだよなぁ……ま、だからって寝返るつもりはさらさら無いけど──)」

「ボクはそれでもいいけど、ねぇ……」


賈駆の視線の先に、律の姿があった。
……あぁ、確かに律なら、決まってからでも文句言いそうだわ。
でもなぁ、このままグダグダなのもどうかと思うし……


「もう何でもええって!早よ決めようや!!」











……運命に違和感を感じる日が来るとは思わなかった。
いやね、クジ引きだったから、どういう組み合わせになっても気にはしなかったつもりだよ?
だからってさ……なんで恋に同行するのが俺だけなんだよ……


「白石殿?何を複雑な顔してるでありますか?」

「いやぁ……神様が仮にいるなら、俺は随分と弄ばれてるんだぁって感じてただけ」

「……………はい?」

「気にしないで?」


嫌ってわけじゃないぞ?
寧ろ、希望が叶ったことには感謝してるんだ。
……ただ、霞と律、どっちでもいいから多少なり場馴れした人間がいてほしかったんだよ!

でも……よく考えてみると、この状況って嬉しいんじゃないのか?
三国志の中でも好きな部類に入る、曹操に会えるって言うのも勿論大きい。
でも、それよりも……──


「……久しぶり」

「はい?恋殿、どういう意味で──」

「ほんと……久しぶりだよな」

「白石殿まで?!ねねにも分かるように言ってほしいであります!」


駄々っ子みたいに喚く音々音を見て、俺と恋は思わず吹いた。
でも、こればっかりは自分で気付いてほしいな。
本当に……“久しぶり”なんだから、さ?


「むー……白石殿」

「ん?どうかした?」

「最近、恋殿と仲が良すぎるように見えるでありますが?」

「仲は良いよ?ねぇ……?」

「……………(コクッ)」

「そ、そうではなくて!!」


音々音の言わんとしてることは、まぁ分からなくもない。
これ、言って良いのか分からないけど、未だに俺と恋って相部屋なんだよなぁ……
だからまぁ、今も一緒に寝てる。
……一応言っておくが、何一つ間違いは起きてないからな!!

んで、代わりと言っちゃなんだが、俺と音々音もしくは恋と音々音っていう組み合わせの時間は、実質減ってる。
音々音はどっちかって言うと、軍師よりも政務補佐っていう面が強い。
賈駆と一緒になって、董卓さんの部屋やら書庫やらで躍起になってるところもよく見かける。
……でも、だからって──


「だからって、音々音を仲間外れにしてるつもりは微塵もないよ?」

「……………(コクコク)」

「ほ、本当でありますか……?」

「恋、嘘は言わない」

「──っ!む、無論であります!恋殿がねねに嘘を吐かれる筈ないであります!」


恋の表情が、ほんの僅か曇ったのに、音々音はさすがにすぐ気付いた。
別に俺も意地悪するつもりは欠片も無い。


「うん、音々音もその位分かってるよ。だから、久しぶりのこの状況、ちょっとくらい喜んだら?」

「この状況、でありますか?」

「……………(コクッ)」


二人で促すと、音々音は周囲をキョロキョロと見渡す。
曹操の居城に向かうのは、俺と恋と音々音の三人だけ。
……そう、この“三人”──


「…………………………ぁ」

「……うん、じゃあそろそろ行こうか。色々と準備とかもあるんだろ?」


止まっていた歩みを、少し強引に動かす。
役割があるとはいえ、本当はもうちょっとこの時間を堪能したい。
そんな名残惜しい気持ちが、三人とも顕著だった。
……久々に、“三人だけでいる時間”なんだから……











曹操の居城に着いた時、なんか中が賑わしかった。
兵士たちの声を拾ってみると、黄巾の頭目を討ち取って凱旋したところらしい。
……疲れてるところを呼び立てるのは気が引けるなぁ……


「えっと……──」

「恋と音々音は、先に城の大広間に行っておいて?俺は、曹操を含めた主だった人間を集めてもらうよう言ってくるから」

「了解したであります」


二人を見送って、俺も踵を返す。
さて、と……誰に声をかけたものか……


「(別に誰でもいいんだけど、出来れば直属の家臣とかが良いよな、多分……)」


んー、あの人で良いかな?
目に映ったのは、水色の髪の女の人。
少し地位の高い家臣なのか、身につけてる装具が立派だな。


「あの、ちょっと良いですか?」

「ん、何者だ?」

「あ、失礼……何進大将軍の名代で来た者です。まぁ、俺自身はその名代の副官ですが……」

「何進大将軍の?」


何か考えてるみたいだけど、なんか声かけづらいな……
うまく言えないけど、独特の雰囲気と言うか、そう言うのが原因だと思う。


「その名代が、我が主・曹操の元まで足を運んだということは、何かしらの要件があるのだろう?」

「え、あ、はい。疲れてるとは思いますが、大広間の方まで集まってもらってほしいんです。曹操殿はもちろん、主だった方は出来るだけ……」

「……………」


そんな怪訝そうな目で見ないでほしいな……
確かに、俺だって疲れてるときにそんなことで集められるのは嫌だ。
でも、仮にもこっちも仕事だし──


「……分かった、伝えて来よう」

「すいませんね、疲れてるでしょうに……」

「仮にも、私たちの主よりも位の高い人物からの命令だ。従わないわけにはいかんさ……それよりも──」


何を思ったか、俺をマジマジと観察してくる。
……いや、俺の顔とかよりも、服の方を見てるのか?


「あの、何か……?」

「……いや、その服が少々気になってな。どこの意匠だ?」

「えっと……ちょっとうまく説明できないというか……」


──フランチェスカの制服です──なんて馬鹿正直に言っても、分かるはずないよな。
そりゃ、確かにこの時代からすれば、珍しい意匠かもしれないけど……
でも、何でそこまで気になったんだ?


「では、お連れしてくる。大広間の方へは、先に行っておいてもらえるか?」

「あ、分かりました。お待ちしてます」


軽く一礼して、その場を後にする。
なんか頭の中にモヤモヤするものがあったけど、恋たちを待たせておくのも忍びなかったし、足早に向かった。





10分くらい大広間で待ってると、続々と武将たちがやってきた。
三国志を読んだことがあるからってのが大きくて、入ってくる武将を観察しては、「この人はどの武将にあたるんだ?」って、不謹慎ながらも楽しんでる自分がいた。


「(あの長髪の人が曹操か?いや、それともあっちの猫耳フードの……?)」

「あ、華琳様!」


さっき見てた黒の長髪の女の人の声に、他の全員が反応する。
ってことは、今入ってきた……──あの、えっと……………
ドストレートにいうと、金髪のツインロールのちびっ子さんが曹操?
……いや、それはあんまりにも失礼だぞ、俺よ。
呂布はともかく、董卓だってなかなかのインパクトだった筈だ!


「あら?あなたが何進の名代なの?」

「いや、俺はその副官です。すいませんね、疲れてるのに集まってもらって」

「まったくよ……時間を無駄にすることだけは避けたいのだけれど?」


それはちょっと無理じゃないかな?
今回の褒章が何なのかは知らされてないけど、仰々しい包みとかは持たされなかったし、言葉だけで済むものとかじゃないのかな?


「……それにしても──」

「ん?どうかしました?」

「えぇ。まさか、“二人目”を見ることになるとは思わなかったわ」

「……“二人目”って、どういう──」

「──お前、直詭か?」


俺の言葉を遮ったのは、何となしに懐かしい声。
この世界に来る前までは、ほぼ毎日のように耳にしていた、“あいつ”の声──





「……一刀?北郷一刀、なのか?」


















後書き


安らぎが欲しい……
最近、切に思います。

とりあえず、安定しないペースでではありますが、このSSを再開させていただきます。
簡潔までどの位の輪数になるかめどが立ちませんが、お付き合いいただければ幸いです。
では、次話でまたお会いさせて頂きます。



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