ふぁ……あふ……
あーっと、この書類は愛紗に送り返したらいいな。
こっちは桃香のだけど、もうちょっとまじめに書き直させよう、うん。
鈴々のも書き直しだな、まぁ誤字直すだけで良いだろう。
「おや直詭殿、精が出ますな」
「摘里に仕事押しつけられただけだがな」
今やってるのは、本来は摘里の仕事。
書類の添削とかをやってる訳だ。
ただまぁ、特定の人間以外直す部分が無いから単純作業になる。
だからもう眠くて眠くて……
「摘里?摘里なら先程、朱里たちと一緒にいるのを見かけたが?」
「それ本当か星?」
「そもそも何故、直詭殿は代替わりを?」
「いや……なんでも外せない急務が入ったとかで……」
そういやどんな内容かは聞いてないな。
でも、この仕事持って来た時の慌てっぷりから考えて、相当のことだとは思うんだけど……
「そういや、星は何しに来た?」
「いや何、調練ですっかり汗も出しきったので、酒の相手をと」
「この状況でその相手が出来ると思う?」
「摘里に突き返せば良いのでは?私の見た限り、ただのサボりにしか見えなかったのだが……?」
それマジか?
なら、突き返してやるか。
……ただし、もうちょっと時間をおいてからな。
「おやおや。随分と悪い顔をされるな、直詭殿」
「信賞必罰……大事だと思わない?」
「全くその通りで。では、私の相手は?」
「喜んで相手させてもらうよ」
情報持ってきてもらったお礼にな。
「では盃を……そう言えば、直詭殿は料理が得意とか?」
「どこから仕入れたその情報?」
「詠から聞いたのだが、間違いであったか?」
「得意とまでは言わないけど、出来ないことは無いよ」
「なら、情報を持ってきた代金として、肴でも拵えてはくれまいか?」
何言ってんだか……
でもまぁ、よく考えれば昼飯まだなんだよなぁ。
もう昼の3時くらいだろうし、ついでに作るのもアリか。
「大したモノは作れないぞ?」
「構いませぬ。どちらかと言えば、酒を酌み交わす相手を探していた故」
なら肴くらい買って来いよ……
……これはさすがに俺の我儘か?
ま、何でもいいか。
「作るにしても厨房に行かないことにはな。一緒に来る?」
「ぜひご一緒させて頂こう」
なんかめちゃくちゃ楽しみにされてるんだけど?
そんなに期待されてもなぁ……
●
「それで?どこで見かけたの?」
「摘里のことか?」
「そ。どこで油売ってるか知らないけど、嘘吐いてまでサボるってのは許したくないんでね」
厨房の食材漁りながら、星に尋ねる。
ほんとに、どこで油売ってやがるんだ?
「私が見かけたのは、街の書店でしたぞ?」
「書店?」
「えぇ。調練を終えて風呂から上がった後、この酒を買いに出た先で」
高名な兵術書でも入荷されたのか?
でも、それなら誰か一人に任せればいいだろ?
何もちびっ子軍師トリオで行く必要は無いはずだ。
しかも人に仕事押しつけてまで……
「ん?」
「どうかしたの星?」
「噂をすれば何とやら……直詭殿、あそこを御覧なされ」
「あそこって?」
厨房の窓から見える草むらを指さしてる。
確かによく見ると、誰かいるみたいだな……
あの帽子は確か……雛里の被ってるやつだったと思うんだけど……?
「行ってみぬか?何やら面白そうな匂いがする」
「さっき、俺の顔見て悪そうだって言ってたのをそっくり返すよ」
なんともまぁ悪そうな顔してることだ……
と言うか、肴は良いのか?
作らなくて良いならそれはそれで良いんだけど……?
気配を殺して近付くと、やっぱりその三人だった。
何かの本に熱中してるみたいだな。
いや、本の内容について討論してるって感じか?
それにしたって、そんなこそこそしなくてもいいと思うんだけど……
「(んで星?この三人どうするの?)」
「(しばらく様子を窺いましょう。面白そうであれば、私から声をかける)」
星におもちゃ認定された奴って、ほんとに気の毒だよなぁ。
筆頭は愛紗か……?
でもこの三人も、確実に認定されてるだろうなぁ……
んで、俺たちは三人に気取られない位置に身を潜める。
会話内容は聞こえるけど、本の中身はさすがに見えない。
一体何読んでるんだか……
「それでですね、朱里ちゃん?」
「はい。やっぱり“受け”と“攻め”のやりとりが重要かと」
「でも、中身が濃すぎると、読んでて重いんじゃない?」
「雛里ちゃん、その辺は関心が強ければ大丈夫だよ。寧ろ、『もっとやれ』って声もあるくらいだし」
……何の話か全く分からん。
いや待てよ?
こんな感じの会話、どっかで聞いたことあるような……
確か、学園の女子連中が──
「でね、題材には誰が良いかな?摘里ちゃん、案ある?」
「わちき的には直詭さんとかアリかと」
「あ、でも、確かにあんな感じの人が題材の作品って無いよね!?」
「新しい発見かも!?」
「それじゃ、その路線で行く?」
何だろうか、悪寒が走ったんだが……?
「(ふむ……直詭殿、そろそろ頃合いかと)」
「(じゃあ星、よろしく)」
小声で頼むと、いきなりずかずかと三人に割り込んで行った。
さすがに仰天したようで、三人とも目を白黒させてる。
「は、はわわ!?せ、星さん?!」
「あわわ……ど、どうしてここに?!」
「うゆゆ……ひょっとして、ずっと見てたとか?」
「察しが良いな摘里、その通りだ」
「ついでに言うと俺もいる」
まだ驚いてる三人をよそに、俺も顔を出す。
会話の中に出てたからなおさらだろうな、三人の顔はすごいことになってる。
無関係なら笑ってすますんだけどなぁ……
「さて、と?色々言いたい事が俺にはあるんだけど、何から言うべきか……」
「ふむ。では直詭殿に代わって、私が朱里たちに質問するというのは?」
「そうしようか。聞いた内容次第だと、俺が暴走しかねないしな」
なんだか嫌な予感しかしないんだよ。
特にさっきまでの会話内容……
殆ど同じような内容を、学園の女子が話してた記憶があるんだ。
確かその連中、BLとか好きだった気が……
「では順序はめちゃくちゃに聞くが、直詭殿を題材にする作品とはどのようなものだ?」
「あわわ……そ、それを直詭さんの目の前で言うのはちょっと……」
「しかし聞いてしまった以上、気にはなる」
「……いや星、その本を見せてもらえば分かるんじゃない?」
人はこれを公開処刑と言う。
執行人は俺な?
「それもそうだな。では──」
「はわわ?!」
「うゆゆ……取られてしまいましたねぇ」
取り返そうにも、文官が武官に力でかなうはずがない。
朱里たちほど頭が良い連中なら、その位はすぐに分かるだろうな。
だから、取り戻そうっていう抵抗も無かった。
「ほほぉ……これはまた何とも……」
「(やっぱ薔薇か)」
どっかの領主と側近とのラブコメだな。
どっちとも男だが……
ってことは──
「俺をモデルに、こんなの書こうとしてたのか?」
「も、もでる?」
「題材って意味合いで良い」
「あわわ……直詭さん、目が据わってます……」
俺はそっちの気は無いんでな。
こんなののモデルとして挙げられたら不愉快極まりないんだよ!
というか星、お前は何でニヤニヤしてんだよ!?
「ところで朱里?“受け”だの“攻め”だのとは?」
「俺はその辺は聞かなくても分かる」
「ほほぉ?なら説明を──」
「全力で拒否する」
これ以上かかわってられるか……
「んで摘里ぃ?お前、わざわざこの本を買うためだけに、俺に仕事押しつけたのかぁ?」
「あ、あはは、あははははは……………」
「よしよし、反省はしてないと」
取り敢えず笑顔で向き合う。
んで、摘里の帽子を脱がして、オレンジっぽい髪に触れる。
というか、頭を掴んだ形で──
「──天誅な」
「あぎゃあああああああああああああああ!!!!」
「おお、えぐいえぐい」
ちょうど掴みやすい大きさしてたな。
握力はそんなにある方じゃないけど、まぁここまで悲鳴上げてるんなら相当効いてるんだろ。
しっかし、うるさいなぁ……
もうちょっと鳴いてような♪
「な、直詭さん!摘里ちゃんが死んじゃいます!」
「大丈夫だよ雛里」
「ふぇ?」
「摘里はこの程度じゃ死なないって♪」
「あぎゃぎゃぎゃぎゃ……死ぬうううううう!!!死んじゃいますううううううううううううう!!!」
「すまん、もうちょっと聞きとりやすい音量で頼むわ」
と言うわけで続行。
朱里も雛里も、半分涙目になってる。
でも止めないよ?
こいつには色々我慢してきてるんだ。
たまには爆発させてくれたっていいだろ?
「直詭殿、まぁ適当なところで勘弁してやれ?」
「そのつもりだよ」
まぁ、もうちょっとその悲鳴を聴かせてくれよ♪
お前は俺に対しての負債が大きいんだからよ?
●
「はぁ、散々だった」
「よく言う。そこそこ楽しまれていたくせに」
「今までの分含めても、釣り合わないんだよ、あそこまでやらないと」
夕日が差し込む俺の部屋で、星と酒を酌み交わす。
半ば自棄酒になってるな俺……
自分でも分かるほどにペースが速い。
ってか、この酒美味い。
「何だかんだで、肴作れなかったな」
「気になされるな。またの機会の楽しみが増えたと思えばそれで良い」
「そうか?それにしても、ほんと美味いなこの酒」
「……よっぽどお疲れと見えるな、直詭殿」
「精神的にな」
まさかBLのモデルにされかけるとは思わなかった。
本気で御免だよそんなモノ。
ただでさえ女装とかさせられてるってのに、男として扱ったら今度はこれ?
冗談じゃねぇよ……
「ハァ……酒が美味い……」
「酔っておられるな」
「酔って……るんだろうな。そんなに強いわけでもないけど、弱くも無かった筈なんだけど……」
「致し方ないというモノ。直詭殿は数日前まで、生きるか死ぬかの日々を延々と過ごされていた。こうして平穏というぬるま湯につかって、緊張が一気にほぐれたのであろう」
「そんなもんかなぁ……?」
さっきから同じこと繰り返し言ってるだけだもんな……
それに、星の言ってることは尤もだ。
平穏って言うぬるま湯で、緊張がほぐれすぎたのかもしれない。
「あー、星?」
「みなまで言われるな。今日はこれで失礼致す」
「ありがと。今度は何か拵えるよ」
「ほぉ?それは殊更に楽しみですな。では」
「あぁ」
星が出て行ったあと、勢いよくベッドに横たわる。
酔っていたってのも大きいな、すぐに睡魔が襲ってきた。
「まだ早いけど、今日は良いか」
平穏無事……
これ以上ない幸せな時間なんだろう。
ただ、体も心もそれに馴染めていないだけ。
なら、一日も早く馴染もう。
それが俺の、今すべきことなんだろう……
後書き
おかしいな……
最近、直詭君Sに磨きがかかってるような……
いあ、リア友からそんな指摘を受けましてね?
私としては、自分の正確に似せてるだけなんですが……
でも私Sじゃないと思うんだけど……
あ、Mでもないですよ?
そんな話はどうでもいい?分かりました。
では次話で
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m