「──……………」
ん、ん〜?
誰かに呼ばれたような……
いやでも、今日はオフの筈だし、起こしに来るやつなんていないよな。
なら気のせいだ、もうちょっと寝させてもら──
「──いし……白石!」
「ん、ん?」
「やっと起きたわね」
「……詠?何かあった──……ん?!」
何事かと思ったら、ほんとにどういうことか分からなかった。
自分でも何言ってるかさっぱりなんだ、許せ?
とりあえず、右腕に重みを感じたから目線を移してみたらだな……?
「すー……くー……」
なんで月さんが俺の腕を枕に寝てんだ?!
「あ、あの詠?これは一体どういう……?」
「さぁ?でも白石が連れ込んだんじゃないってことは分かってるから安心なさい」
「その点理解してくれてるんなら助かる」
そうでないと、変な噂とか立てられそうだし……
俺はそういう噂とか気にしないタイプだけど、周りの連中が気にしてることを気にするタイプだ。
……ただまぁ、女装癖があるとか云々の噂は気にするけどな?
「それで?詠が起こすの?」
「同じ部屋のボクに黙って来てるのよ?こんな場面見られたくないでしょうし」
「それで俺を起こしたのか」
「そういうこと。じゃ、ボクは一旦部屋に戻るから起しておいて?変なことはしないでよ?」
誰がするか……
「じゃ、よろしく」
「あいよ」
しっかし、こうも気持ち良く寝てる人起こすのは辛いなぁ。
とは言っても起きてもらわないと俺も困るわけだし……
なにより腕枕って地味に辛いんだよ。
ちょっと痺れてるって言うか、感覚が朧って言うか……
「月さん?」
「すー……すー……」
……起きてくれそうにない。
いや、本気でまずいぞ?
鈴々とか星とかならまだ言い訳が何とかなるだろう。
でも愛紗に見つかったら──
「直詭殿、起きておられ──」
「……………」
あ、俺オワタ……
「直詭殿?どういった事情かご説明願いたいのだが?」
「あ、あはははは」
笑顔だけど目が笑ってねぇよ愛紗……?
この状態の愛紗に何言ったところで無駄だろ!?
月さん、早く起きてくれ!?
「あ、愛紗?一応こっちの言い分も聞いてほしいんだが?」
「ほぉ?この状況を見られてまだ言い訳するおつもりで?」
「そ、そりゃぁ……てか、ちょっと待ってくれ?」
やべぇ、右腕の感覚が本気でやばくなってきた。
「月さん、ちょっと起きてくださいって!」
「ん、んみゅ?」
「や、やっと起きた……」
頼みます月さん!
この状況の打開策はあなただけなんです!
て言うか、俺にやましいこと無いのに何でこんなに焦らなきゃいけないのかって?!
原因はあんただ月さん!!
「ぁ……お、おはようございます、ナオキさん」
「はい、おはようございます。とりあえず、体起こしてもらって良いですか?」
「へ?」
訳分からなさそうに体起こして、すぐに全部察したようだ。
強張った笑顔で愛紗と向かい合ってる。
「へ、へぅ……」
「あの愛紗?説明はちゃんとするからその物騒な気を静めてくれない?」
「私は平常心だが?」
「どこの世界でも、そんな目の据わった笑顔の人を平常心だとは言わない」
「あ、あっと、えっと……へぅ……」
ほら、月さんビビってるじゃん。
な、な、な?
ほんと落ち着けって!
●
「……まったく!知った相手とはいえ、男の布団にもぐり込むなど──」
「ったく、愛紗。こっちの説明も聞かずに怒鳴ろうとしてたことは流す気か?」
「そ、それはその……」
結果、あの後すぐに詠が様子を見に来たおかげで助かった。
月さんの行動に関しては愛紗と同意見だけど、聞く耳持とうとしてなかった奴に言われたくは無い。
「んで愛紗、朝っぱらから何か用だったの?」
「いやその、少々頼みごとが……」
「頼みごと?今日は非番なんだから、仕事の手伝いとかは勘弁だぞ?」
「そうではなくてだな……その、料理の手ほどきを」
「料理?」
え、愛紗って料理下手なのか?
見た感じ、万能に見えるんだけど……
てか、月さんも詠もそんな顔しないで?
何て言うか、“もう手の着けようがないのに……”とでも言いたげな……
「手ほどきって言っても、俺もそんなに得意じゃないぞ?」
「でもナオキさんのお料理は私好きですよ?」
「ボクも同意見よ。そりゃ、名門店には劣るかもしれないけど、それでも飽きは来ないわよ」
そこまで高評価いただけると素直に嬉しいな。
でも、持ち上げても何も出ないぞ?
「ま、いっか。どんな感じか見せてくれる?」
「私もご一緒しても良いですかナオキさん?」
「俺は良いですよ。愛紗は?」
「私も問題ない。味見とかも頼むぞ?」
“味見”ってワード聞いた瞬間、二人が固まった。
え、何?
そんなに不味いのか?
「とりあえず厨房行こう。何作ってもらうかとかはそこで決めるってことで」
「分かった」
不安しか残らないが、まぁ作らせなきゃ始まらない。
手順がおかしい程度なら直すのは簡単なんだが……
何せ、料理が下手な奴の共通点って、レシピを無視することだもんな。
分量をちゃんと計らないとか、不必要なもの入れようとしたりとか、火に掛ける時間間違えるとか……
挙げていけばきりがないけど、結局は“自分勝手にアレンジを加えようとする”ことが失敗の大きな原因だ。
よっぽどのことがない限り、手順とか守らせれば問題ない……はずだ。
「おーい、何をぞろぞろ群れてるんだ?」
「白蓮か」
公孫賛──白蓮がこっちを見つけて声をかけてきた。
……うん、味見役は多い方が良いよな?
別に犠牲者を増やしたいわけじゃないとだけは言っておくが……
「白蓮、ひょっとして暇だったりしないか?」
「ん?まぁ私の警邏は昼からだから、それまでは時間があるが」
「そうかそうか」
逃げようとされたり言い訳されると面倒だ。
白蓮、お前の敗因は“時間がある”と言ったことじゃない。
愛紗が普段と違う雰囲気を出してることを見抜けなかったことだ。
「ちょっ!?な、何を急に肩を組んで……?!」
「何でもない何でもない。ちょっと付き合ってほしいだけだから」
「その哀愁漂う笑顔は何だ?!何に付き合わせようっていうんだ?!」
全部説明したら逃げるだろ?
月さんたちの態度からして、愛紗の料理は相当ヤバそうだ。
犠牲者、もとい味見役は多い方が良い。
どの位ヤバいか分からないから、下手をするとこの4人でも足りないかもしれないな。
「頼む、頼むから何に付き合ってほしいか言ってくれ!?そうでないと不安で仕方ないだろうが!?」
「安心しろ白蓮。不安なのはここにいる全員同じだ」
「安心できるかーーー!!!」
●
不安以外感じないメンバーでやってきた厨房。
……いや、一名ほど強制連行したんだっけか?
ま、どっちでもいい。
「いいわけあるか!愛紗の料理の試食役なんて、本当なら御免なんだぞ?!」
「そう言うなって。別に、昼からの警邏に行けなくなるわけじゃないだろ?」
「……………」
……あ、あれ?
なんで白蓮、そんなに不安な表情なの?
確実に腹痛起こすとか、そんな危険な料理じゃないんだろ?!
……いや、それで済めばいいかもしれない。
「「……………」」
月さんも詠も、なんか覚悟決めてる。
俺たちをよそに楽しげに料理を作ってる愛紗だけ別世界だ。
「(大凶でも引いた気分だな)」
でも、確か作ってるのって炒飯だろ?
毎回確実に焦がしてるとかそんな感じか?
まぁ、正直どの程度の腕前か知らないから、最初は何も口出ししてないんだけど……
「……ん?なんだ、変な臭いするような」
「あ〜あ……こりゃ警邏は無理だな」
「月、食べちゃ駄目だからね?!」
「う、うん」
臭いって言うか、刺激臭って言った方が的確かな。
玉ねぎが腐ったような、いやアンモニアとかの方か?
よく分からんが、目を開けてるのがちょっと辛いような気もする。
片目だからなおさらか?
「で、出来たぞ」
そう言って、皿に盛り付けて俺の前に出されたのは──
「……………」
「ど、どうした?食べてみてくれ?」
「……………」
「直詭殿?」
コレを喰えと?
俺の目の前にあるのは、どんなに持ち上げた言い方をしても“生ごみ”なんだが?
コレを口に運ぶ勇気は無いなぁ……
「無理」
「だよなぁ。そう言ってくれて助かったというべきか」
「な?!」
「いやだって愛紗、コレはそもそも何?」
「炒飯だが?」
え、何その顔?
これが炒飯以外の何に見えるのかって聞きた気な顔してるんだが……
俺が馬鹿なの?ねぇ?
「(……待てよ?そういや、見た目がやたらひどくてめちゃくちゃ美味い料理って言うのもあったような……)」
「な、ナオキさん?!」
半ば自己暗示だ。
でも、喰えと言われた以上喰わないわけにもいかない。
ゆっくりとレンゲでソレをすくう。
なんか感触が“ぐにゅっ”だったのは気のせいだろうそうだろう……
「い、イタダキマス」
口の中にソレが入った瞬間、不思議な感覚に襲われた。
取り敢えず食感は、炒飯のそれとは別物だった。
いや、炒飯どころか、今まで口に入れた様々な食品のどれとも違う。
辛うじて近いものと言えば、小さいころに間違って口に入れた輪ゴムのそれか?
んで、味なんだが……
全くの無味だ。
レンゲのほうが、その材質の味がするくらいで、全く炒飯からは味が無い。
いや、多分肉だの野菜だの入ってるはずなんだが、欠片も味がしないってのはどういうことだ?
その代わりに、刺激臭がとんでもない。
口に入れた瞬間に、嗅覚を破壊する勢いで刺激臭が鼻腔を襲う。
にもかかわらず、咽込むような事態には陥らない。
代わりと言っちゃなんだが、目から変に涙があふれてくる。
……結論──
「こんなもん喰えるかぁ!!!」
「「「デスヨネー」」」
「そ、そんな……ここ一番の出来だったのに……」
「それは兵器としての意味合いでか?!こんなもん料理でも食品でもない!!一番良い言い方をしても“生ごみ”だ!断じて口に運ぶもんじゃねぇ!!」
……ハァ、ハァ……
や、やべぇ……想像以上の出来ごとに暴走してしまった。
落ち着け、少し落ち着け俺……
「ナオキさん、お水を」
「あ、ありがとうございます」
月さんから水を受け取って、落ち着くためにゆっくりと飲む。
2,3回深呼吸もして、ようやっと落ち着いた。
「……調理の過程聞くこと自体怖いな」
「だな。それで直詭はどうするつもりだ?」
「手っ取り早いのは、料理下手な奴の共通点から徹底して直す」
「「共通点?」」
白蓮と詠は首傾げてるけど、月さんは分かったみたいだな。
ま、給仕してるなら料理も仕事のうちだろうし、その位は予想付くか。
「つまりは、勝手なアレンジ──もとい、自分勝手に調理の手順とかを変えるから不味くなるんだ」
「お料理を始められたうちは、手順をしっかりと守ることから始めるのが基礎中の基礎ですしねぇ」
「手順・分量・火加減・時間・その他諸々……これらを徹底的に守った上で、もう一回作ってみようか」
「そ、その……今作ったこの炒飯は──」
「破棄。そもそもコレは炒飯じゃないからな、念を押して言うが」
「うぐっ……!」
とは言え、きっちりやらせても失敗する可能性もあるよなぁ……
これほどのモノを作るほどの腕前だし……
「白蓮、一度手本で作ってよ」
「私がか?」
「少なくとも、この惨劇よりはマシだろ?」
これで白蓮まで手の施しようがなかったら泣くぞ?
●
その日の夕方、漸く俺たちは解放された。
主に、料理に関しては飲み込みが馬鹿みたいに悪い愛紗のせいだ。
何度も手順を言ってるのに間違える。
辛うじて形になったのが、ついさっきって言うわけだ。
ちなみに、白蓮の腕前は良くも悪くも普通だった。
特別に美味いわけでも不味いわけでもない、ごくごく平凡な味。
ただまぁ、先に愛紗の料理を食べてたせいか、落差でものすごく美味く感じはしたが……
「んじゃ愛紗。ここにいくつか簡単な料理の作り方書いておいたから、勝手に手順とか変えるなよ」
「あ、あぁ。今日は本当に助かった」
ただ、こっちは疲弊困憊だ。
白蓮はさすがに警邏に回したから、3人で相手してたようなもの。
殆ど口に入れてなかったから胃は問題ない。
ただし、精神的にほんと疲れた。
「では……私はこれで失礼する」
「時折練習しましょうね、愛紗さん」
「ちゃんと上達しなさいよ?」
2人から激励を受けて、苦笑しながら愛紗は厨房から出て行った。
その後ろ姿を見送って、3人とも疲れ切ったように椅子に腰を下ろした。
「ハァ……まさかここまで酷いとは知らなかった」
「でもまぁ、幾分かはマシになったわよ。さすがは白石ってことね」
「だよね?やっぱりナオキさんのおかげだよね、詠ちゃん?」
持ち上げても何も出ないって……
特に今は疲れ切ってるから何も出せない。
「でも、なんか付き合わせちゃって、迷惑かけましたね」
「私が言いだしたことですから御構い無く」
「そうね。でも、迷惑かけたと思ってるなら、何かお返しでもくれるの?」
「お返し、ねぇ……俺は思いつかないから、2人のお願いを一個だけ聞くって言うのは?」
「「へ?」」
こういうのは、こっちから提示するよりも相手に提示してもらう方が楽なんだよ。
それに、この2人ならそんなに無茶苦茶なお願いもしてこないだろうし……
ま、大丈夫と思っても良いだろ。
「何でもいいの?」
「ま、無茶さえさせないなら?」
「じゃあ、ボクは白石の料理が食べたいかな?あ、今日じゃなくて、今度の機会で良いから」
「了解。じゃあ、月さんは?」
「え、えっとぉ……き、今日もお邪魔しても、宜しいですか?」
「……………へ?」
「つまりその……今日も一緒に寝させてもらっても、宜しいですか?」
宜しいのかどうかは詠に聞いてくれ?
……って詠さん、その呆れた表情はどういうことですか?
OKかNGか、せめて言って頂きたいんですが?
「俺は別にいいですけど……」
「じゃあ決まりね。白石、変なことするんじゃないわよ?」
「しねぇって」
何でこんなにすんなりOKくれたんだか……
……ま、明日の朝に誰にも見つからないことを祈りますか。
頼むから、また愛紗に見つかるとかやめてくれよ?
後書き
やっと……やっとPC新調できる……
なので次は少し遅れます、すいません。
後もう一話二話ほど日常編書いて、ストーリー進めます。
いやはや、どうなるのか不安だわぁw
では次話で
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