「あ、月さん」

「どうかされましたか、ナオキさん?」

「俺、今から外出するんで、愛紗とかが探してたら言っておいてくれます?」

「いいですよ。どちらまで行かれるんですか?」

「街外れの小川まで。大した用事じゃないんで、すぐには戻りますよ」

「分かりました。お気を付けて」


さて、出かけるとするか。
えっと、荷物はっと……


「そういや部屋に置きっぱだったな」


さっさと取りに戻るか。
別に急ぎの用事でもなければ、誰かを待たせてるわけでもない。
でも、俺にとっては重要なイベントだ。
少しでも時間は割きたい。


「あれ?お兄ちゃん、どこか行くのだ?」

「あぁ鈴々。ちょっと小川まで行って来るだけ」

「鈴々も一緒に行っていいのだ?」

「……勉強はどうした?」

「あぅ……」


サボってるようじゃ駄目。
元々一人で行くつもりだったから、何にしろ断ってたがな。


「でも、何しに行くのだ?」

「ちょっとした用事を済ませてくるだけだよ。今の今までほったらかしにしてた用事を、な」


首傾げて、訳が分からなさそうにしてる。
ゴメンな、詳しくは言いたくないんだ。
いや、ぶっちゃけ言っても良いんだけど、そんな大事にしたくないってのが本音だな。
このイベントは、俺の独り占めにしたいんだよ。


「小川行って、何か楽しいことでもあるのだ?」

「楽しいわけじゃないな」

「でもお兄ちゃん、なんだか楽しみにしてるみたいなのだ」

「……あぁ、楽しみにしてるのは当たりだよ」


ちょっと意地悪く強めに頭を撫でてやる。
不意に撫でたせいで、さすがの鈴々もびっくりしてた。


「じゃ、部屋の荷物とったら行ってくるよ。遅くはならないって、皆にも言っておいて」

「分かったのだ」


鈴々にそう告げて、さっさと部屋に戻る。
机の上に置きっぱになってたよ、この荷物。
でも、片手で持てるほどの量だから、持つ分には気にならない。
だけど、どこか重みを感じるのは気のせいじゃない。


「漸く、だな」


とても時間がかかった気がする。
いや、実際に時間はかかった。
ここまで平穏な時間にありつくまでに、とても時間がかかった。
……怒ってるかな?


「怒られちゃつまらないな……出掛けに好物でも買って行ってやるか」


“あいつ”の好物はよくよく把握してる。
何度とせがまれたから、否が応でも記憶させられた。
そして不思議と、俺の好物にも加わってた。
他人からの影響力って、本当に大きいな……


「……じゃ、行くか」











時間にして大体30分くらい……
小川まではそこまで距離もないし、買い物した後でもその程度で着いた。

誰もいない、とても静かな場所だ。
小川のせせらぎとか、草葉の揺れる音……
後は、鳥たちの声が聞こえる程度の、本当に静かな場所。
その小川の淵にある少し大きめの石に腰かけて、この場所の空気を目一杯吸い込む。


「──ふぅ、ここなら良いな」


近くの木の太めの枝を、持ってきた小刀で切り落とす。
次いで、小刀でその側面を削って平らにする。
他には両端を切り落としたりして、ある程度の円柱状にする。
最後に、その平らな面に文字を刻んでお終い……
刻む文字は、“あいつ”の名前──


──曹性──


俺の初めての、部下の名前。
初対面にもかかわらず、ずかずかと俺に近づいてきた奴で……
出来の悪い妹のように接してきた奴で……
最期を、看取ってやることのできなかった相手。

文字に刻んで改めて理解する。
もう、羅々はここにはいてくれないんだと……
あいつは、死んだんだって──


「ん、我ながら上手く書けたもんだ」


木に名前を彫るとか、あんまりやったことない。
でも、その割にはいい出来になったとは思う。
一発でこういう風にできて、ちょっと得意げになってる自分を自覚する。
ははっ、俺もどうかしてるな……


「さて、と。羅々、随分待たせたな」


座ってた石の横に名前を彫った枝を立てて、何となく表情が綻んだのを感じた。
墓参り、とはちょっと違うのかな。
でもこうやって、逝った奴を弔うって言うのは、こっちの世界に来てあまり経験してない。
そんな暇がなかったからって言うと、どこか逃げ口上に思えてしまう。


「色々買ってきたんだぞ?お前の好きそうなものばっかりな」


まずは酒。
これは俺の好きな味のを選んできた。
徳利の栓を開けて、枝にゆっくりと掛けてやる。
適当にかけて、そのまま自分の口へと持っていく。


「美味いと思ってくれれば嬉しいんだがな」


自分の口の中に広がるその味には、別段不安とかはない。
いつも嗜んでる、やさしい甘みの広がる味。
でもいつも以上に、舌先でゆっくりと味わう。

羅々は、酒には弱かったな、そう言えば……
なら、酔われる前にあとの二つもさっさと渡そうか。


「まとめて渡すぞ?こっちはお前の好きだったゴマ団子。んでもう一つは、以前せがまれた首飾りな」


ゴマ団子は、作ってる時間がなかったから買ったもの。
とは言っても、別に作るのが得意というわけでもない。
実際、数えるほどしか作ったことはないんだ。

でも羅々、お前はなんだかんだで好きでいてくれたよな。
世辞とか言うのが下手なおまえだったんだ。
あんだけ美味しそうに喰うところ見せられれば、そりゃ嬉しいんだよ。
どんな褒め言葉もらうよりも、時にはそういう笑顔見せられる方が嬉しい。
分かってたわけないよな、俺のそんな心情……

どうせ、ここに供えたって野犬とかに喰われるんだろうな。
でもまぁ、そのまま持って帰るのも羅々に悪いか。
なら、喰われるのは諦めるってことで、供えてやるか。


「首飾り……高かったんだぞ?それに、同じの見つけるのに苦労したんだからな」


四葉のクローバーのネックレス。
ぶっちゃけ、よくもこんなデザインのがあったなと感心した。
しかも、このデザインのものは以前に洛陽で一つ見ただけ。
数日前に、徐州で見つけたときはさすがに驚いた。
……ま、見つけたからこそ、今日このイベントを思い立ったわけなんだがな。


「正直、あんまり似合わないかもと思ったんだよ。でも案外、着る服とかも変えたら似合うのかもな」


ネックレスの方は見せるだけ見せてお終い。
よく、映画とか漫画とかだと、こういう墓参りで、お墓に引っかけたりする。
ただ、まだまだ平和とは言い難い時代だ。
盗賊だってまだまだいるんだ。
こいつのために買ったものを盗まれたくはない。

やっぱり、それだけ思い入れのある相手なんだ。
買ったものにしても、思い入れは強い。
あげるために買ったものじゃないけども、誰にも手渡したくはない。


「お前でもこういうもの気に入るんだな。実際問題、興味ないかと思ってたんだよ」


オシャレとかそういうのとは無縁だったように思ってた。
普段からも、着物をはだけてきてるような奴だったし……
でも、どこかしら女の子だったってことなんだな。
こういうものに興味だってちゃんとあったってことは──


「本当はさ、俺が選んでやるのが筋なんだろ、こういうのって……?でもさ、俺ってそういうの選ぶの苦手なんだよ」


どんなのが似合うかとか、正直選ぶ自信はない。
気に入らないとか言われるとさすがにショックだ。
……まぁ、返事が返ってこないのは知ってるんだがな。


「ま、もう一杯飲めよ」


もう一回酒をかけてやる。
後ろに流れてる小川の音と合わさって、墓標にかかる音もどこか優しげだ。
俺ももう一口飲ませてもらおう。
あとは……──


「もうちょっと話でもするか──」

「なんだお前ぇ!」


不意だった。
視線は完全に墓標にしか向けてなかったから、森の中から出てきたその数人の気配にも気付くのが遅れた。
見るからに盗賊してますって言う、一言でいうとガラの悪い連中。
……まずいな、何にも武装とかしてきてないぞこっちは。


「何だとはご挨拶だな。そっちこそ何だよ?」

「あぁ?!」

「まぁまぁアニキ、とりあいず金目の物頂いちゃいましょうぜ」


合計三人ってとこだな。
一番前にいる恰幅のいい奴と、その左隣にいるちょっと背丈の低い奴と、後ろでなんかビクビクしてるひょろっとした奴。
背丈の低い奴が呼んでたのを見ると、恰幅のいいアイツが頭目ってことかな。


「(3対1か……怪我するの前提なら相手してもいいんだが……)」


あからさまに武器持ってる相手に、こっちから挑むのはただのバカだもんな。
こっちは武器と言ったって、小刀しか持ってないし……
念のために刀持ってきておくべきだったな……


「ま、そういう事だ。大人しく金目のものだしな」

「……断ったら?」

「首と胴体がお別れすることになるぜ?」

「なるほど……」


とは言ってもだなぁ……
金目の物、か。
所持金は然程ないし、あるとしたら──


「──渡すのは、正直嫌だな」

「なら殺してからでもいいんだぜ?」

「それも困る話だよなぁ」


さて、どうしたもんか……
こっちの被害を最小限に抑えるには、選択肢が二つある。
首飾りを渡して逃げるか、怪我しつつ相手を打ちのめして逃げるか……
ただ、前者の方は極力避けたいって言うのが俺の願望。
だとすると──


「……怪我、どの程度で済むか」

「へぇ?丸腰でやりあおうってか?」

「こちとら得物持ってるんだぜ?」

「お、お、お、大人しくした方が、いいんだぞぉ」


やっぱり三人とも刀向けてきたか。
さぁて、どう捌いていくか……


「その度胸だけは買ってや──うぐっ!?」

「ん?!」


突然だった。
チビ助が急に白目向いて倒れた。
後ろから誰かに殴られたみたいだけど……?


「え?恋?」

「直詭、大丈夫?」


何でここにいるんだって言う疑問は、正直すぐには浮かばなかった。
こっちに駆け寄りながら、俺の得物を投げてよこしてくれたからだ。
だから、眼前に迫ってる問題の解決策が出たことで、俺の思考はある程度固定されていた。
恋にはここに来ることは言ってないのに、何でここにいるのかを疑問に思ったのは、刀を受け取って構え終わった後だった。


「くっそぉ……仲間がいやがったか」

「あ、あ、あ、アニキ……どうしやす?」

「どうもこうもあるか!チビが一瞬でやられた相手だぞ?!大怪我する前にとっとと失せるぞ!」

「──そうは問屋が卸さないわよ」


え、この声……詠?
声の主に俺が驚いてるうちに、10人ほどの兵士がそいつらを取り囲んだ。
本当にあっという間の出来事で、見ているこっちも唖然となってた。


「ご苦労様。捕縛して連れてって」

「「御意」」


唖然となってたのは俺だけじゃなくて、盗賊のそいつらもだった。
だから、捕縛されるのはあっという間。
現状をよく把握できていないまま連れていかれて、後に残ったのは──


「ナオキさん、ご無事でしたか?!」

「月さん!?」

「ねねもいるのですぞ」

「何だ、みんないるのか」


月さんに詠・恋に音々音。
見事に董卓軍のメンバー勢揃いか。
本当なら、あともう三人いてほしいところだけど、無い物ねだりしても仕方ないか。


「どうしてここに?」

「ねねが言ったのであります。白石殿が街中で、首飾りを購入されているのを見かけたので」

「それで私が、ナオキさんのお出かけ先を聞いてたものですから」

「ボクにも声をかけてくれたのよ月が。だから恋に護衛を頼んで、皆で来たわけ」

「納得したよ」


……いや、全部が全部納得したわけじゃないな。
なんでこのメンバーなんだ?
愛紗でも鈴々でも、護衛を頼める奴ならほかにもいるだろうし……


「音々音、なんでこの面子に声かけたのか教えてくれる?」

「あの首飾りは以前、羅々殿が白石殿にせがんでいたものでありましたから……」

「……なんだ、知ってたのか」


それを知ってれば、俺が何しに行くかは見当がつくだろうな。
頭の回転の速い詠ならまず間違いなく。
なんだか全部見られてたみたいで恥ずかしいな……


「でもどうしてボクたちに声かけなかったの?」

「それもそうですねぇ。ナオキさん、できれば声をかけてほしかったんですが……」

「かけてもよかったんですけど……ね。こいつには、一番手を焼いたんで」


でも、付き合いの長さで言えば月さんたちを誘わないのは間違いだったかな。


「一番白石に懐いてたもんね、羅々。だから、一番に挨拶しておきたかったってわけ?」

「さすがは詠」

「だけど、そのくらい分からないボクたちだと思う?」

「……ご尤もだ」


付き合いの長さで言えば、こっちだって負けてない。
全部というわけにはいかないけど、互いの考えだってわからなくはない。
きっと、月さんたちだってそうだろう。


「じゃあナオキさん。私たちも挨拶していいですよね」

「もちろんです。阻む理由はありません」











「まったく……ボクたちにちゃんとした説明してから出てもよかったんじゃないの?」

「詠ちゃん、そんなに気にしてたの?」

「そそそ、そんなんじゃないわよ!月が除け者みたいにされたのが気に入らないだけよ!」

「俺としては、そんなつもりはなかったんだけどな」


帰路に着いて、散々に俺は叱られてた。
ちゃんと言わなかったことは反省するけど、もう流石に勘弁してくれ。


「でも、詠も心配してくれたんだ。そこはありがとうって素直に言っておくよ」

「あああ、あんだが怪我でもすると、また月が心配するでしょ!?」

「はいはい。そういう事として受け取っておくよ」


なんでここまで頑なかね?


「ま、とにかく……みんなありがとう」

「どういたしまして」

「ふんっ」

「お構いなしなのであります」

「うん」


懐かしい組み合わせで帰る道は、すっかり夕日に照らされてる。
並んで歩く俺たちの影も、もう長くなったもんだ。
合わない背丈の影に、物足りなさを感じるのは仕方ないことなんだろうな。
あとここに、3つの影がほしかった。


「ナオキさん」

「はい?」

「手、繋いで帰りませんか?」

「ちょっと月……」

「恋もいいと思う」

「ねねはどちらでも構いませんぞ」


お手手つないで帰りましょってか?
何をそんな……
……いや、正直に言えば、今の心境的にアリなんだよ。
なんて言えばいいのかな、この心情……


「俺も構わないですけど、なんで急に?」

「なんとなくですけどナオキさんが……寂しそうに見えたんです」

「……詠はどう?俺、そんな風に見えた?」

「なんでボクに訊くのよ?」


一番無遠慮に答えてくれるからに決まってるだろ?
今は、遠回しな言い回しは聞きたくないんだ。
音々音は気を遣いすぎるところあるし、恋は多分月さんと同じこと言うだろうし。


「……ハァ、えぇ。今の白石は、普段よりもずっと寂しそうに見えるわ」

「そっか」


作り笑いして返してみたけど、無性に寂しく感じる。
……そっか、俺、今になって漸く自覚したんだ。
ここにいない奴に、どれだけ支えられてたかってことを……


「はい、ナオキさん」

「……ありがとうございます」


差し出してきた月さんの手を、左手で躊躇うことなく取る。
温かいその手が、とても心地いいと感じる。
左手に気を取られてると、右手を恋が取った。
不意だったけど、恋の手からも優しい温かみを感じられる。


「ほら、詠ちゃんも」

「ねねも繋ご?」


5人並んで手を取って、まっすぐ歩いていく。
寂しさはまだ拭い切れていない。
でも、それ以上の優しさを感じられて、幸せだと感じられたことを、今は嬉しく思える。
この時が無限に続いてほしいと、切に願わざるを得なかった。







後書き

オリキャラ自分で出しておいて、文章だけで殺すのは忍びなかったので、今回ちょっと書いてみました。
自分で出した以上は責任もって扱いたかったので……
盛り上がりに欠ける回だったとは思いますがご容赦ください。

次話からまた物語が進んでいきます。
どうなるか自分でもわかってません(オイ
ま、精いっぱい頑張ってみますので、よろしくお願いします。


では次話で



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