「──以上が、国境付近で起きている問題です」


定期的に行われる軍議。
蜀を平定して、それなりの日数は経ったかな。
大分政務とかも落ち着いてきた今日日、軍師たちの口からこぼれる言葉はいくつか限られてきている。
その中でも特に多い単語は、“南蛮”と“五胡”だ。


「西方の五胡、南方の南蛮……どう対処すべきか……」


武官の筆頭の愛紗が頭を抱えてるほどだ。
西方と南方の両方から、侵略行為ともとれる侵攻が行われてるって報告がここのところ相次いでる。
早急に対処したいって言うのはここにいる全員同じ思いだ。
ただなぁ……


「我々の軍には、二方向を同時に対処できるだけの軍事力はまだありません……」

「ですが、早急に対処しないと、人心は離れていくでしょう」

「早い話、劉璋が守ってくれないから、代わりに守ってくれるであろう桃香様を歓迎したのであって、守ってくれないならそっぽ向かれるでしょうね」

「皆が皆、桃香様の心に触れ、その理想に全てを捧げたわけではない、か……」


その辺は仕方ないだろうな。
街に住んでる一般庶民の皆は、あくまで日々の平穏を護ってほしいんだ。
それができないようなら、劉璋だろうが桃香だろうが関係ない。
頼りにならない君主は見限られるだけだ。


「所詮は利か……世知辛いな」

「そうは言うけどね白蓮ちゃん、利は人を動かす原動力でもあるのよ。自分に利があるのか、それとも自分の周囲にあるのか……それが異なるだけでも人は言動を変えてくるものよ」

「現に俺たちだって、多少なり利害を考えて動いてる節はあるしな。力のない人たちが自分に利のある主君を求めるのは当然だな」

「しかし利に溺れれば我利我利の亡者となる……感心は出来ん」

「それは誇りある生を生きている桔梗さんだからこそ言えることです。庶人の人たちは亡者となっても生き延びたい……そう考えてるだけですから」


生きるってことは人の最大の欲望だって聞いたことがある。
力を持たない人たちは、その欲望を満たしてくれる主君を求めてる。
それが利ってやつだ。
その利を害する輩は、守る立場にある以上排除する必要がある。


「とにかく、今は対処しないといけないよね。雛里ちゃん、国境からの早馬にはどんな報告があったのかな?」

「攻められた状況のほか、敵軍の初動を報告してくれていますね」


主に、敵軍の意図を探るには初動を見て検討を立てることが基本だ。
何度か軍を指揮した経験もあるし、この初動がどれほど重要かは身をもってわかってる。


「じゃあその敵方の初動はどんな感じ?」

「南蛮の方から侵入した軍は、周辺の村を襲った後はすぐに南蛮領に撤退しています。このことから察するに、領土的な野心があるのではなく、あくまで一過性のモノであることが読み取れます」

「被害の程は?」

「兵力差があったため、警備兵は抵抗を諦め、村人たちを守って近くの砦に立て籠もったとのことです。現在のところ、物的被害のみですね」

「そうなんだ、良かった〜」


人的被害が出てないならまだマシだな。
現場の判断が良かったってことだろう。
無駄に抵抗して、それで被害を増やしてたらつまらないしな。


「じゃあ西の方は?」

「西の方は、村を一つ占拠した後、その村を拠点として周辺に被害を及ぼしています」

「……ってことは、西の方を優先的に解決すべき?」

「そうなるでしょうね」


確実に領土的な野心が見えるからなぁ。
とは言ってもどうする気だ?
人手不足ってのはさっき朱里が言ってたし、かといって対応が遅れてもマズイし……


「朱里の報告が正しいのであれば、速急に西に向かうべきでは?」

「でも愛紗?南の方も放っておけないだろ。軍も二つに割けるほどの余裕はないし」

「強行すれば、虻蜂取らずになるでしょうな」

「んー……ならさ、南方の警備兵たちが立て籠もってる砦に、将一人と兵五千を派遣して、防衛に徹するってのは?」

「翠さんの言うようにするしかないでしょうね」


それしかないって言うのもつらいな。
本来ならもうちょっとベストに近づける手段もあるんだろうけど……
今はベターでも仕方ないか。


「めずらしー、翠の意見が通ったのだ!」

「へっへんっ!あたしだってやるときゃやるんだよ」

「たまたまのくせに」

「うっせいやい」


二人の無邪気な戯れは置いておいて、と。


「でもさー、南方には誰を派遣するのー?たんぽぽは嫌だよ?」

「我が儘言うな!決めるのは桃香様だ!」

「また出た、焔耶の桃香様命……あんた行けばいいじゃん」

「言われなくても命令されれば喜んで行く。貴様と一緒にするな」


……うん、こっちの二人も置いておこう。


「あははっ♪じゃあ翠ちゃんの意見を採用しよっか。守将には……誰がいいかなぁ?」

「私が赴きますわ。守りの戦いには自信がありますので」

「うむ、紫苑ならば粘りのある戦ができる。桃香様、わしが保証しますぞ」

「じゃあ紫苑さんお願いね。あとは、副将は誰がいいかな?」

「そうねぇ……直詭君、一緒にいかが?」

「俺?別にいいけど、またなんで?」


大した力になれないと思うんだが?
ただ、何となく桔梗も納得したような顔してるんだが……


「直詭ならわしも安心。頼りにしとるぞ」

「……嫌とも断るとも言わないから、せめて人選の理由詳しく」

「あら?直詭君は自分の事なのに分かってないのかしら?」

「どういう意味だ紫苑?」

「とても良い意味で、よ。今、庶人の間で飛び交ってる“天の御遣い”に関する噂……どんなものか知ってる?」


……ぶっちゃけると知らん。
でも良い意味だって紫苑は言ってる。
何か噂されるようなことしたっけか?


「私から説明しようか?」

「星も知ってるのか?」

「それはもう……今この地には、天より遣わされたものが二人いる。一人は智に長け、一人は武に長ける。どちらも英雄鬼才の類……というようなものです」

「……俺はどっちに当たるんだ?」

「そりゃ、武に長ける方でしょ♪兄様強いし」


それはつまり、俺は頭の回転が遅いと?
そう言う意味じゃないにしても、聞こえが悪い。
蒲公英、もうちょっと言葉選んでからだな……


「庶人の噂というものは、得てして、将兵にも少なからず影響を与えるというもの。肩書きとは言え“天の御遣い”である直詭殿が傍にいれば、兵たちの士気は大きく上がるでしょうな」

「そこまで影響力ある自覚はないんだが?」

「守りの戦は、将への忠誠心によって大きく変わる……たとえ噂の類でも、武を極めた勇士が加われば、兵たちの士気は大きく上がるだろう」

「桔梗まで……まぁ、可能な限りは頑張らせてもらうけど」


なんか変に頼られてるなぁ……
ちょっと身の丈に合わない気もするんだが……


「それに、直詭なら頭の回転もそれなりにいいし、紫苑と組んだら敗ける要素ないだろ?」

「あのな翠……そういう過度な期待はしないでほしいんだが……」

「大丈夫」

「恋まで?!」

「直詭、強いし賢い。守って戦うのも大丈夫」


これは、その……
かの飛将軍呂布からお墨付きをいただいたという事か?
……やべぇ、急にプレッシャーが……


「恋が言うなら間違いないだろう。直詭殿、よろしいか?」

「よろしいも何もだな……ハァ、重荷だな」

「あははっ♪じゃあ直詭さんよろしくね♪」


俺の意見なんか聞いちゃくれないんだろうなぁ……
まぁ、さっきも言ったけど、嫌とも断るとも言わないし、やれって言われたらちゃんとやるけども……


「それじゃ愛紗ちゃん、星ちゃん。西方に向けての出陣準備よろしくね」

「「御意」」

「紫苑さんも直詭さんも、私たち、出来るだけ早く駆けつけるからね。それまで頑張ってね」

「承知いたしましたわ」

「やれる範囲で頑張るわ」











軍議が終わり次第、俺たちはさっさと準備を済ませて城を出た。
南の方の国境までは距離がある。
なるべく急ぎたいという気持ちはどこかにあった。


「──にしても……」

「どうかしたのかしら?」

「いや……紫苑が俺を指名するとは思ってなかったもんで」

「あら、意外だったかしら?」

「白状すればな」


紫苑と轡を並べて進む道中、何気なく軍議を思い出しながら口にする。


「俺じゃなくても、それこそ恋とか、もっと適任の奴いたんじゃねぇのか?」

「あら、ひょっとして私と行くの嫌だったの?」

「そうは言ってねぇよ。ただ、イの一番に俺を指名した理由が知りたかっただけ」


そこまで買ってくれてるなら素直に嬉しい。
ただ、嬉しい反面プレッシャーもある。
ただの気まぐれとかならそれでもいいんだが、何となく知りたい。


「そうねぇ……直詭君は、あんまり戦うのは好きじゃない方でしょ?」

「まぁな」

「それが理由、じゃダメかしら?」

「へ?」


言いたいことがよく分からん……
何考えてんだ?


「まだそれほど一緒に戦ったことは無いけれど、直詭君は他の誰よりも戦うことを嫌ってる様に見えたの。一騎当千に等しい武の腕を持っているのに」

「一騎当千は言い過ぎとして、言ってることは当たってるな。確かに、戦は嫌いだ」

「それは、庶人の人たちも同じ想いよね?」

「そりゃそうだろうな」

「だからこそ、よ。庶人の人たちと同じ想いを持ちながら武器を手にしている。そんな直詭君だからこそ守り手として選んだの」

「……面と向かって言われると恥ずかしいな」


まっすぐ見つめられながら、そんな風に語られると、さすがにな……


「おにいちゃん、優しいもんね、お母さん」

「そうね。璃々にも優しいものね」


紫苑と一緒に馬に跨ってるのは、紫苑の子の璃々ちゃん。
殆どの人間が城を空けるし、俺は副将って立場だから面倒見れると思って連れてきた。
それに、これだけ身近に守りたい存在がいれば、いつも以上の力とかも出るんじゃないかな。
予想に反して、紫苑がすんなりと璃々ちゃんを連れて来るのを承諾したのは、多分そういう部分があるからだと思う。


「優しいって言ってくれてありがとう璃々ちゃん。でも、大人しくしといてよ?」

「はーい」

「いい返事だ」


気のせいじゃないだろうな、後ろの兵士たちも朗らかな表情してる。
士気を上げる存在が俺以外にもいて何よりだ。


「おにいちゃん、何で戦うの嫌いなの?」

「ん?あぁ、ごく普通の理由だよ」

「そうなの?」

「あぁ。本当にごく普通……ごく普通に、傷つけあうのが嫌いなんだよ」

「へぇ〜」


誰かを守るといえば聞こえはいいだろう。
でもその実、誰かを守るために別の誰かを傷つけるんだ。
そして、誰かを守る手段と同じ数だけ、誰かを傷つける手段もある。
その手段の中で武力というものを、俺は常人以上に身に着けた。
そんな自分の事を嫌いだとか言うつもりはない。
……ないが──


「……怖いんだよ」

「怖い?どうして?」

「璃々ちゃんには難しい話になっちゃうけど……俺は時々、自分が恐ろしくなるんだ。誰かの命を奪う手段を身に着けた自分が……」

「……………?」


ちょっと難しい話だったな。
小首傾げてる璃々ちゃんに、無理に作った笑みを向ける。


「……やっぱり、直詭君を推薦して正解でしたわ」

「そうか?」

「えぇ。この上なく心強いと、改めて実感しましたわ」


心強い?
むしろ逆じゃね?
こんなこと言う人間、頼りないとかそう思うのが普通なんじゃ……?


「誰かを傷つける怖さを知っている人は、誰かを守る大切さも分かっているの。言葉に出して言える直詭君は、きっと誰よりもその大切さを知っているのよ」

「……そうだと、いいな」


揺らいでる感情を、肯定してもらえてどこか嬉しかった。
そうか、大切さか。
ここまで来るまでに経験した戦いの中で、きっちりと俺も学んできたってことか。


「……ありがと、紫苑」

「いいえ、どういたしまして」


怖さは忘れない。
ただ、それと同じくらいに誰かを守ろう。
どの位俺が手を伸ばせるかは分からないけど。
まずはこれから行く先で待つ人たちを──


「どこまでできるかな、俺……?」

「どこまででも。直詭君の想いが強ければ強いほど、差し伸べる手は広く長くなるものよ」

「そっか……そうだな」


自分の掌を見つめる。
見つめて、力一杯握りしめる。
守るために、想いを固く握りしめる。

さぁ行こう。
誰かに手を差し伸べるための戦が待っている。









































後書き

全然書けません……orz
誰かスランプ脱却の方法教えてください(:_;)


では次話で



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