あー、良い湯だった。
仕事が終わった解放感に包まれながら風呂をもらうってのも乙だ。
俺はそこまでじゃないが、こういう気分の時に風呂上がりの一杯ってのもいいんだろうな。
まぁ、今日はそこまで酒がほしいわけでもない。
ちょっと体を冷ましたら寝るだけ──


「……………あ」

「ん?」

「……お兄ちゃん。ちょうどよかったのだ……」


鈴々?
いやに覇気がないな。
そんなにしょんぼりしてるのは似合わないぞ?


「どした?」

「……ちょっと相談があるのだ」

「相談?」

「ここじゃダメだから、鈴々の部屋に来てほしいのだ」

「あ、あぁ。まぁいいが……」


明日は槍でも降るんじゃなかろうか?
そのくらいに鈴々がしょんぼりしてる。

横に並んで部屋に向かうも、何故か足取りが重い。
色々思い返してみても、別にこれと言って鈴々が不快な思いをするようなことはしていないはずだ。
だとすると、俺が知りえない場面で何かあったか?
でもこういう相談なら、それこそ義兄弟の桃香や愛紗にすればいいんじゃないのか?


「……入っていいか?」

「……………(コクン)」


承諾を得て中に入る。
少し散らかった部屋だけど、足の踏み場がないわけじゃない。
鈴々が指差してくれてるので、ベッドに腰掛ける。
鈴々も俺の横にちょこんと座って、そのまま何故か項垂れてる。


「……相談があるんだったな」

「そうなのだ……」

「俺でいいのか?桃香や愛紗じゃダメなのか?」

「お兄ちゃんじゃないとダメなのだ」


ちょっとプレッシャーだな……
信頼してくれてるのは嬉しいが、果たして応えられるかどうか……


「何があった?」

「……お兄ちゃんは、どっちが好きなのだ?」

「ん?どっちとは?」

「その……おっぱいが大きいのか小さいのか……」


……………はぁ?!
な、何を突然凄まじい質問してきてんだこの子?!
お、おおお、落ち着け落ち着け、落ち着くんだ俺……


「な、何でまたそんな質問を?」

「鈴々、ぺったんこだから……」


……マズイ、非常にマズイ……
こういうナイーブな質問に答えるのは得意じゃない。
どっちが好きかと聞かれても、俺はそこまで気にしたことがないってのが本音だ。
それを言ったところで今の鈴々が納得するかどうか……


「お姉ちゃんも愛紗も、おっぱい大きいのだ」

「そ、そうだな……」

「でも鈴々はぺったんこなのだ」

「……………」

「やっぱりお兄ちゃんも、おっぱいが大きい方が好きなのだ?」

「え、いや、その……」


まっすぐな瞳で俺を見つめて来る。
この目に応えるには俺もちゃんとまっすぐ答えなきゃならない。
とは言え、何か抱えてるっぽい今の鈴々には、それなりに言葉を選ぶこともまた必要だ。
……さて……


「……そもそも鈴々、どうして俺にそんな質問を?」

「り、鈴々は……お兄ちゃんが好きなのだ」

「……………」

「けど、お兄ちゃんはお姉ちゃんたちの方が好きかもしれないのだ……そんな風に考えると、頭の中がモヤモヤするのだ……」

「……………」

「鈴々は頭悪いからわかんないのだ。たくさん考えて、お姉ちゃんたちとの違いを考えて、そしたらおっぱいがないことくらいしか思いつかなかったのだ」


……本気の目をしてる。
目の前の女の子は、本気で俺を好きだと言ってくれてる。
言い知れない感情が心を満たしていくのが分かる。
頭の中でいろんな言葉が飛び交って、言葉の整理をするのに時間がかかるかもしれないな、これは。


「けど、おっぱいがないくらいで、お兄ちゃんに嫌われたくないのだ!だからどっちが好きかだけでも聞きたいのだ!」

「……………」

「……お兄ちゃん」


……頭の整理がついた。
意外と早くて助かった。
もう大丈夫だ。


「鈴々」

「な、何なのだ?」

「バーカ」


ボソッと呟きながら、俺の方へと抱き寄せる。
急な出来事に、思わず鈴々の口から声が漏れた。
見なくても分かる。
鈴々が目を白黒させてることくらいはな。


「お、お兄ちゃん?」

「胸が小さいだの大きいだの、そんなこと気にしてたのか?」

「だ、だって……!」

「そうだな。まずはそこから答えようか」


俺に抱き寄せられたまま、それでもなお俺の目を見つめて来る。
愛おしい感情が心を満たしていく。
だから選ぶ言葉も自然と決まっていた。


「俺は誰かを好きになったとして、その人が胸が大きかろうが小さかろうが気にすることは無い」

「ほ、本当なのだ?!」

「嘘吐く必要ないだろ?」

「で、でも!紫苑や桔梗みたいに胸が大きいと男の人は目のやり場に困るって聞いたのだ」

「あー、それもまた事実だな」


確かにあれだけ大きけりゃ目のやり場には困る。
ただ、それとこれとは少し話が違う。


「目のやり場に困るのは事実だ。ただな?アレは照れ臭いから視線を逸らしてしまうだけであって、男がみんなして胸が大きい人が好きってわけじゃない」

「そうなのだ?」

「あぁ。それに俺は、自然なままでいてくれる人が一番好きだ」

「自然なままで?」


あー、ちょっと言い回しが難しかったか?


「んー……例えば、誰かに好きになって欲しいからって、無理して相手に合わせようとする人はあんまり好きじゃない、かな?」

「……よくわかんないのだ」

「そうだな……鈴々なら、いつもみたいに元気いっぱいなのが好きってことだよ」

「──っ?!」


火でも付いたみたいに、鈴々の顔が一気に赤くなった。
俺から視線を逸らして俯いて、そのまま俺の胸に顔を埋めて来る。


「こんな風に甘えん坊なところも好きだからな?」

「ず、ずるいのだ……お兄ちゃんばっかり、鈴々のこと好きって……」

「でも、鈴々は俺のこと好きでいてくれるんだろ?」

「も、もちろんなのだ!」


勢いよく顔を上げ、赤い顔のまんま俺の目を再び見つめて来る。
だから俺は出来るだけ笑顔で迎えてやる。


「鈴々もお兄ちゃんが好きなのだ!でも、でも……お姉ちゃんたちより好きかは分かんないのだ……」

「そうか。次はそこだな」


頭を撫でつける。
赤いながらも困った表情の鈴々に、どういう言葉が適切なのか……
精一杯頭の回転を速くして口を開く。


「誰が誰をどの位好きか……それを考えるのはやめたほうがいい」

「なんでなのだ?」

「例えばだな?俺が鈴々も含めたみんなの事を好きだとして……好きになる部分は色々変わってくるだろ?」

「そうなのだ?」

「惹かれる部分が違うからな。桃香だったらみんなに優しい部分が好きだし、愛紗だったら何事にもまっすぐな部分が好きだ」

「鈴々のは……さっき言ってくれた部分なのだ?」

「そうなるな。みんなそれぞれ違う部分に魅力を持ってる。色んな人を好きになったとしても、同じ部分にだけ惹かれるってのは滅多にない話だ」


人は千差万別って言うしな。
その人が持ってる魅力はその人次第だ。
ま、だから俺みたいな立場だと色々困ることもあるんだがな……?


「じゃあ……じゃあ、お兄ちゃん」

「ん?」

「鈴々は……どうしたらいいのだ?」

「いつもと変わらず、元気に過ごしてくれれば俺はそれが一番嬉しい」

「……分かったのだ♪」


さっきよりも俺に擦り寄ってくる。
俺も少し強めに抱きよせる。
互いの温もりが心地いい。
鈴々も同じように感じてくれてるかな?


「お兄ちゃん」

「ん」

「今日は一緒に寝たいのだ」

「いいぞ」











「うりゃりゃりゃりゃりゃーーー!!!」


金属音が鳴り響く。
同時に、鈴々の元気一杯な叫び声もこだまする。


「うぐっ……!やるな、鈴々!」

「まだまだ行くのだー!」


今日は愛紗との調練らしい。
双方、やる気に満ちているのが見て取れる。
振るう刃にこもる闘気は常人のそれとは一線を画している。
それをお互いギリギリで躱したり受け止めたり……
本物の戦場でのやり取りよろしく緊張感がピリピリと伝わってくる。


「ふむ……今日の鈴々はいつも以上に張り切っているようですな」

「そうだな」

「おや?直詭殿は理由をご存じで?」

「いや?」


別にいいんじゃないのか?
やっぱり鈴々は元気なのが似合ってる。
そこに理由を見出す必要はないだろ?


「ですが先日、私とやり合った時よりも覇気が強く出ているもので……」

「そうなのか?」

「えぇ。これは男でもできたかと……」


そんなにニヤニヤしながら見られても何も出ないぞ?


「仮にそうだとすると、それなりに鈴々が羨ましいですな」

「それをなぜ俺を見ながら言う?」

「いえいえ……これでも花も恥じらう乙女。他人の恋路には興味が湧くのが自然というもの」

「恋路って……俺は何もしてないぞ?」

「おや?いつ私が、鈴々の相手が直詭殿と言いましたかな?」


……この野郎。
確実に俺が何かしたと言いたげだったくせに……


「お兄ちゃーん!」

「お?」


小休止なのか鈴々がこっちに走ってきた。
いつもみたいな満面の笑顔。
その笑顔が愛おしくて、思わず頭を撫でつけてやる。


「休憩か?」

「そうなのだ!次はお兄ちゃんとやりたいのだ!」

「ははっ、生憎ともうすぐ警邏に出なくちゃいけないからな。またの機会にとっておいてくれ」

「むぅ〜……」


残念がってくれるのは嬉しいが、こっちも仕事だしな。


「じゃあじゃあ!今日も一緒に寝ていいのだ?!」

「……まぁいいぞ」

「な・お・き・ど・の?!」


あ、あれ?
愛紗さん、なぜそんなにお怒りのオーラを醸し出してらっしゃるので?
何かマズイ発言でもありましたか?


「鈴々と、その、ね、ねねね、寝たというのは、どういう──」

「まぁ落ち着け愛紗よ。慕い合ってる者同士が夜を共にすることくらい普通であろう?」

「せ、星!?」

「いや星、その言い回しは誤解を招くからやめろ」

「あにゃ?」


何か見てて滑稽だ。
愛紗が一人で勝手に怒って勝手に照れてる。
そりゃ星からしたら見てて楽しいだろうなぁ……
俺は被害者なんだから誰か何とかしてくれ……


「お兄ちゃん?」

「何でもねぇよ。ホラ、もうちょっと頑張ってこい」

「分かったのだ!」


また駆け出していく鈴々の背中を見つめる。
あの子があんなに元気だから、きっと俺も元気でいられるんだろう。
そう思えば、愛おしくも感謝の念も生まれてくる。


「……ありがとうな」


聞こえなくてもいい。
ただ、それだけは言っておきたい。
明日も元気でいてくれますように。




















後書き

誰のイベント書くか迷うと何時も鈴々になるw
い、いいじゃない、好きなんだから!
……ごめんなさい、他のキャラにももっと愛情傾けます……

では次話で



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