虎の章/第43’話『終結への前準備』


両軍が一挙に激突する。
こんな風景を、もうどれだけ見てきたのか分からない。
激突の際に飛び交う音の奔流の凄まじさも、どこか慣れてしまっている俺がいる。
刀を握り、戦況を伺う俺の体は、一切の震えも起きていない。
……コレを成長したと言っていいのか、それとも──


「……ねぇ直詭」

「ん?」

「少し耳を貸してもらっていい?」

「なんだよ唐突に……?」

「お願い……」


何だか神妙な面持ちだな蓮華の奴……
前線がぶつかり合ったところだって言うのに……


「んで?」

「(あ、うん……雪蓮姉様の事なのだけれど……)」

「(雪蓮の?)」

「(えぇ。さっき冥琳からこっそり言われたのだけれど、戦が始まってしばらくしたら自分の所に直詭を寄越してほしいって)」

「(補佐はどうするんだ?)」

「それは私が受け持ちますー」


うぉっ?!
穏、いたのか?!
何で気配消してるんだよ?!


「びっくりさせんな穏。んで、俺は冥琳のところに行けばいいんだな?」

「はいー、それてお願いしますね〜」


……なんて言うか、穏の喋り方はたまに羅々を彷彿とさせるな。
ときどきアイツの顔が頭に過ってしまう。
でもまぁ、すぐにその顔が消えてしまうようになってきてもいるんだけどな……

さてさて、冥琳は……と。
あぁ、いたいた。


「冥琳、来たぞ」

「あれ?何で直詭がこっちに?」

「へ?雪蓮も一緒だったのか?」

「少々来るのが早かったが……まぁいい」


雪蓮の方は聞かされてなかったみたいだな。
まぁ、冥琳が何か考えてるんだろうし、それに従えばいいか。


「白石、お前を工作兵として使うことは出来るか?」

「工作兵?」

「あぁ。敵城に密かに侵入し、潜伏してほしい」

「城壁の敵を始末しろってことか?」

「いや、それはしなくていい。どうせ張勲のことだ、まともな指揮などしてくるはずもないし、城壁の兵を使うことすら思い付かないだろう」

「それには同感だけど……」

「それに、祭殿と玲梨殿があそこまで張り切っておられる。李緒の部隊が投入されれば、敵の指揮系統も更に無茶苦茶になる。城壁の敵は最悪無視しても問題ない」

「なら何で直詭を潜伏させるの?そう言うのはむしろ、思春や明命の方が得意でしょ?」

「いや雪蓮、その二人ならもう出陣してるぞ?」

「ええっ?!私聞いてないんだけど?!」

「この戦の総大将は蓮華様だ。雪蓮に策の詳細を伝える必要性はないと思うが?」

「いや、でも……!そ、それで、二人はどんな感じになってるの?」

「俺がこっちに来る直前に見た感じだと、機動力を生かして敵を左右から挟み込む形で攻めてたな」


相手は軍勢っていう形はとってるけど、こっちからすれば烏合の衆って言っても過言じゃないだろうな。
それほどまでに相手の指揮は杜撰だし、こっちが優勢なことには変わりない。
思春たちの部隊のお蔭で敵にも大打撃は必至だし、もうしばらくすれば李緒の部隊も投入される。
突入するまでにはそんなに時間はかからないだろう。


「それで白石、頼めるか?」

「ま、そのくらいなら引き受ける。具体的な指示くれる?」

「あぁ。まず数名を率いて敵城内に進入……その後、袁術と張勲が逃走に使いそうな場所を洗い出し、それらを潰してほしい」

「逃げ道を塞ぐってことか?」

「いや、裏口に通じる道を一つだけ残しておいてほしい。後々、雪蓮が城内に入った後に探し出しやすいように」

「あぁ成程ね。他には?」

「それらの工作が終えたら、兵士は引き揚げさせて、白石は裏口で待機。無いとは思うが、敵兵に道を阻まれて雪蓮が取り逃がすことのないように」

「……俺一人で待ち受けろってか?」

「白石の力量を鑑みての判断だ。どうだ雪蓮、私の判断は過大評価か?」

「全然♪でも冥琳、そんな回りくどいことするなら、私が直詭の代わりに工作すればいいんじゃないの?」

「あなたみたいな殺気の塊が城内に進入して誰も気づかない訳ないでしょ?」


……まったくだ。
いくら相手のレベルが低いとは言っても、雪蓮クラスの殺気や覇気なら誰だって気付く。
工作兵としてはあまりに不向きだ。


「でも、直詭もそれなりの殺気は放てるわよ?今からでも明命と交代したら──」

「白石を我らの軍勢に引き入れてまだ時間が短い。それなりの活躍をしてくれることは期待できるが、勝利を確実にするなら部隊長を取り換えるべきではない」

「まぁそうだよな。戦ってる真っ最中に部隊長が急に変わったら、味方の兵士が混乱するのは目に見えてる」

「それもそうだけど……直詭、間違っても先に頸刎ねちゃダメだからね?」

「駄々っ子かお前は……」

「ふふっ……我らが王の子守、今回は白石にも担ってもらうぞ?」

「ったく……」











「さて……」


城内に忍び込むのは意外と楽だった。
ま、アレだけ派手な戦してるんだ。
裏口からこっそりと忍び込む分には問題ない。


「じゃあ、冥琳から指示のあった通りに進めよう。皆はこの裏口以外の出口を封鎖して、その後味方本陣に戻ってくれ」

「「「了解」」」

「白石様はどうされますか?」

「皆の工作の障害を排除するのも役目の一つだしな。取り敢えず、俺の事は気にせずに工作に取り掛かって」

「「「はっ!」」」


10人くらいの兵士たちが散り散りにそれぞれの場所へと向かっていく。
んで、俺は出来る限り気配を消して、周囲を散策する。
まぁ、何をするかはさっきも言った通りだ。
こっちの工作を邪魔されるわけにはいかないからな。


「えっ?!て、ててて、敵──」

「……悪いな」


城内に逃げ込んで来てた敵兵と遭遇した。
戦況が芳しくないから、もうすでに逃げ腰なんだろう。
んで、そんな奴が工作を目撃したら、さすがに袁術とかに報告に行く。
それをさせる訳にいかないってことで──


ドスッ!


悲鳴を上げられるわけにもいかない。
そんな訳で、通路から外れた場所まで相手の口を鷲掴みにして引き摺って、喉を刀で貫き抉る。
完全に敵が敗走するまで、この作業を続けて行かないとな。


「ひっ──!な、何でこんなところに敵が──」

「う、嘘だろ……?もう城内に敵──」


俺と遭遇するたびに、敵兵が絶望の声を上げる。
その全部を聞いてやる時間的な余裕が今は無い。
だから、出くわす敵を一人ずつ通路から離れた場所で音もなく屠って行く。
裏口までの道に死体が転がってたら、流石の袁術や張勲もビビるだろうしな。


「白石様!東門の封鎖、終了しました!」

「分かった。西門の方は?」

「少し手間取っているようで……」

「なら、そっちの手伝いをしてやってくれ。それが終わり次第、皆はすぐに撤退だ。いいな?」

「了解!」


俺はその報告を聞いて、兵士とは逆に東門の方へと向かう。
そしたら……あぁ、やっぱりな。
何人かの敵兵が逃げ出そうとしてるのを見つけた。
逃げ出せるはずの東門が封鎖されてるから焦ってるのがよく分かる。


「な、何でだよ!?」

「ここから外に出られるはずじゃ……?!」

「お、おい!早く誰かここ開けろって!」

「いやそれよりも、大将軍にご報告を──」


逃げ出そうとしたら絶望があった。
……少し同情するかな?
ただ、運が悪かったと思ってもらおう。
今はそういう時代であって、ここはそう言う場所なんだ。


「ふぅ……」

「……へ?お、おい!アレ、敵じゃ──」


俺が息を吐きだしたのに一人気付いた。
まぁ、そんなのは別に大した問題じゃない。
見た感じ、武器も投げ捨てて逃げ出してきたらしい。
そんな丸腰の連中、数人固まっていようが気を付ける必要すらない。


「に、逃げ──」

「ゴメンな」


丸腰と分かっていて斬り殺す。
卑劣だとか残酷だとか言われるんだろう。
……汚名くらい、いくらでも被ってやるさ。
あの日、初めて人を斬り殺した日から、どれだけ非難されようと構わないって思うようになった。

血飛沫の熱さを肌で感じる。
絶望に満ちた表情で息絶える相手の目が脳にこびり付く。
この目を忘れるわけにはいかないって、自分自身に言い聞かせる。


「……こんなところか。皆もそろそろ撤退しただろうし」


冥琳からの指示だと、俺は裏口で待機してればいいんだったな。
……一応身は隠しておくか。
袁術と張勲以外には用が無いし、これ以上逃走する敵兵を斬るのも嫌だし……


「さぁて……どのくらいかかるかな……?」














後書き

この位のペースを維持できるようになりたい……
そのくらいの力量がほしい……
……やっぱり量を熟さないといけませんね



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