虎の章/第44’話『取り戻した誇り』


城内から聞こえてくる声が急激に増えた。
相手方が総崩れになったと判断していいだろう。
ってことは、そろそろ袁術たちもこっちに来るかな……?


「んー……」


裏口付近で身を隠してるだけでも多分大丈夫だとは思う。
ただ正直なところ、不安要素がいくつかあったりする。
その内の一つが、封鎖したところ以外の抜け道があったらどうしたらいいかってことだ。

普通に考えて、袁術たちの方がこの城の見取り図に詳しい。
工作員として封鎖した場所は、明らかに主要な場所だけだし、見逃してる場所が無いとは言い切れない。
ってことは、このままここに待機していて本当にいいのかって不安が頭を過ってくる。


「……動くか」


不安を抱えたまま悶々としていても埒が明かない。
この場所に来る可能性が高いことには変わりないし、それなら逆にこっちから近づいてもいいはずだ。
先に出くわせば、雪蓮が来るまでの足止めも出来る。
まぁ、俺は袁術と張勲の二人しか知らないけど、それを補佐できるほどの豪傑がいるって話も聞かない。
いたらいたで、今までの戦に出てるはずだしな。


「袁術はどうかは知らねぇけど、張勲の方は俺でも簡単にいなせるだろな。ま、雪蓮と話してた時の佇まいからの判断だけど……」


ぶっちゃけ、あの時もしも冥琳から指示があったとして、張勲の頸を取ることは造作もなかったと思う。
これまでの計画が破綻するからそんな指示が来るとは全く思ってなかったけどな。
まぁそのくらい、相手の普段からの佇まいからも、ある程度の実力が判別できるようになってきたってわけだな俺も。
……もう、“普通の学生”には戻れないな……


「……ん?」


しばらく歩いてると、やっぱり敵兵とも出くわす。
正直な話、これ以上相手に犠牲を出しても仕方ないし、言い方は悪いけど無駄な労力を使いたくない。
そんな訳で、前方から逃走兵が来ると分かれば、敢えて身を隠すようにして進んでいた。

そんな中、前の方から二人の女の子が重い足取りでこちらへ向かってくるのが見えた。
片方は知った顔・張勲だ。
んで、その隣にいる金髪のちびっ子が、恐らくは袁術なんだろう。
近くに雪蓮は──まだいないか……


「ひぃ、ひぃ、ふぅ……七乃、おぶってたも……妾はもう疲れたのじゃ〜……」

「それはさすがに無理ですよぉ……私も体力の限界がジリジリ迫って来てますし……」


随分と甘やかされた環境で育ってきたみたいだな袁術は……
遠くから見て分かるほどに駄々っ子って雰囲気だ。


「う〜……!七乃、七乃!蜂蜜水が飲みたいのじゃ!」

「もぉ〜……我が儘言ってる間に足を動かしてくださいよぉ」

「やじゃやじゃ!妾はもう動けないのじゃ!」


……何か勝手に向うの足が止まった。
こんな状況下でも駄々捏ねるとか、よっぽどバカなんだろう……
さて、目標を発見したわけだし、俺もそろそろ──


「ん?この気配……」


袁術たちの更に向う側から何かの気配が近づいてくるのが分かる。
この気配──と言うか覇気は恐らく……


「う〜……蜂蜜水が飲みたくて仕方ないのじゃ……」

「なら、好きなだけ飲ませてあげましょうか?」

「「……っ?!」」

「ただし……あの世で、だけどね?」


上手いタイミングで雪蓮が二人と鉢合わせた。
んで、あの二人の怯えよう……
……まぁ、少しだけ可哀想かなとも思ったけど、こう言うのって“自業自得”とか言うんだっけ?


「まぁいいや。俺も行くか」


少し足を速めて、袁術たちに歩み寄って行く。
まぁ、ここまで雪蓮に怯えてるんだ。
別に気配を消す必要はないだろうな。


「「きゃーっ!!でたーっ!!」」

「ちょっと失礼ね。人を化け物みたいに言って……」

「ななな何の用じゃ孫策!妾はお前になど用はないのじゃ!」

「そうそう、そうですよ!用は無いんで、私たちは先に行かせてもらいますねぇ?孫策さんはごゆっくり──」

「どこに行くんだお前ら?」

「「……っ?!」」

「あれ?直詭、裏口で待ってるんじゃなかったの?」

「念のために来たってだけ。邪魔したか?」

「いいえ?むしろ、好都合だわ」


俺との会話に、雪蓮は一切の殺気を込めない。
普段の日常で交わすような口調と雰囲気だ。
そんな雰囲気を察したのか、袁術たちがこっそりと動こうとする。


「……俺の質問に答えてほしいんだけど?」

「ひぅっ?!」


俺の横をするりと抜けようとしたから、袁術の顔の前に刀を突きだす。
俺の刀に自分の顔が映ったのを見て、思わず袁術が飛び上がった。


「直詭、ダメよ〜?そんなに怖がらせちゃ可哀想でしょ?」

「ん?あぁ、それもそうだな」

「ま、それは今は置いておくとして……二人は用が無いみたいだけど、私にはとても大切なようが二人にあるの」

「ほ、ほぅ?なんじゃ?用があるならさっさと言って、さっさとどっかに行けばよいのじゃ」

「そ、そうですよ!こう見えて私も美羽様も、とーっても忙しい身なんですから……」

「そ、それと……!──お前は見たことが無いんじゃが……?」

「俺か?“天の御遣い”っていう肩書を持ってる人間だよ。それに、用事があるのは雪蓮だし、まずはそっちの用件聞いてあげたら?」

「おおおお前が刀を抜いておると、妾たちがそこを通れんじゃろうが!」

「あ、抜き身だと緊張する?ならそう言えって。俺は雪蓮が用件話すまで二人を逃がさないだけであって、二人に何かするつもりはないんだし」


そんな訳で納刀。
俺のその様子を見ても、雪蓮は穏やかな表情を崩さない。
対して、袁術は「これで逃げられる」とでも思ったのか、張勲の袖口をくいっと引っ張って合図してた。
……そんな、すぐ見つかるような合図したところで何の意味があるんだか……


「で、では、妾たちはこれで──」


ガンッ!


「ひぅっ?!」

「だーかーらー……雪蓮が用件話すまで、通すつもりはないって言ったろ?」


すぐ横にあった壁を思い切り蹴って威嚇する。
その一瞬だけ殺気を放ったからか、袁術も張勲もかなりビビってる。
……なんか、このままだと嗜虐心が芽生えそうだぞ?


「なぁ雪蓮。二人とも急いでるみたいだし、さっさと用事済ませてやれよ」

「ふふふ、そうね。なら、さっさと用事を済ませてしまいましょうか」


そこまで穏やかだった雪蓮の表情が一変した。
雪蓮のその目が、獲物を狩る直前の獣のような鋭い目に変わったのが見て取れた。
……ゆっくりと、雪蓮が剣を抜く。
袁術たちがそっちに気を取られてるみたいなので、俺も刀を抜いて一応の準備をしておく。


「な、な、なぜ剣を抜くのじゃ!?」

「え?だって剣が無いとあなたを殺すことが出来ないじゃない?」

「ひーっ!!妾を殺すというのか?!」

「当然……今まであなたに扱き使われてたんだから、意趣返しするくらいいいじゃない」

「な、七乃!七乃七乃!すぐさま逃げるのじゃ!」

「分かってま──」

「どうかしたか?」

「……えーっと、天の御遣いさん?何であなたまで刀を抜いてるんですか?」

「へ?だって、雪蓮の用事はまだ済んでねぇし。それに、よっぽどのことがあれば──」

「……あ、あれば?」

「袁術の足を使いものにならないようにする必要があるしな」

「ひーっ!!」


まぁ、ぶっちゃけるとそんなことする必要なさそうだけどな。
とりあえず、状況的に逃げるのが不可能だと認識させたいだけだし。


「七乃!七乃!妾を助けるのじゃ!」

「ムリ!」

「そ、即答じゃと?!七乃は妾の為にその身を投げ出す気はないというのかぁ〜!?」

「だって、ぜぇーーーーったい孫策さんには敵いませんもん!こっちの天の御遣いさんもめちゃくちゃ強そうですし!」

「それでも妾を守るのが七乃の仕事じゃろ!」

「守ってますよぉ?後ろから見守ってます!」

「なんなのじゃそれはぁぁーっ!!?」


こいつらこの状況でよくこんな会話できるな……
呆れるというか、むしろ感心させられる。


「……はいはい、漫才はそこらへんでお終いよ」

「そろそろ俺らも聞いてて耳障りになってきたしな」

「お終いついでに……袁術ちゃんの命もそろそろお終いにしましょうね」


雪蓮が二人に向かってゆったりと歩み寄って行く。
漸く命の危機を悟ったのか、二人は足が震えだしてる。
そんな足だと、後ずさるのも上手くはいかないんだろうな。

でも、雪蓮は手が出せると分かっている距離でも手を出さない。
あくまで二人がどこまで逃げるかを堪能してる。
ただ、その表情は別に楽しんでるわけじゃないってのはすぐ分かった。
単純に二人に、これまでの意趣返しをするってだけ。
自分たちがこれまで受けてきた屈辱などを、恐怖と言う形で仕返す。


「あぅあぅあぅあぅ〜〜〜〜……………」

「うううぅぅ〜〜、美羽様ぁ〜〜〜……」


とうとう袋小路まで追い詰めた。
もう完全に逃げ場はない。
後は雪蓮の仕事だってこともあって、俺は改めて刀を鞘に納める。


「ふふふ、これで本当にお終いね」

「なぁ雪蓮、俺はここにいていいか?何なら、どっか行くけど?」

「大丈夫よ。ちゃんと二人の死に様を見届けてあげて」

「やだやだやだ!死にたくないのじゃ〜!!」

「私もですぅぅ〜〜〜!!」

「あらら、泣いちゃった」


ま、こんな状況なら誰だって泣くだろ。
……とは思ったけど、この時代にそんな奴の方が少ないか。
むしろこいつら、ここまで追い詰められないと現状を理解出来てなかったんだな。


「さて、と……そろそろ死ぬ時間よ。二人とも覚悟はいいかしら?」


雪蓮の言葉は冷たくて重い。
とうとう二人の感情も爆発した。


「いやじゃいやじゃいやじゃ!妾は死にたくないのじゃー!!うわぁっぁぁ〜〜〜んっ!!」

「ううっ、美羽様ぁぁぁ〜〜〜!!」


……かつて、張譲を斬り殺したことを思い出した。
アイツもあの時、自分が死ぬのが嫌で慌てふためいて取り乱していた。
その時の状況によく似ている。
なのに、俺の心は酷く落ち着いている。
その理由も、俺はちゃんと分かってる。
だって雪蓮は──


「えぐっ、ぐすっ……!そ、孫策さん!お嬢様の命は助けてあげてください!私の命ならいくらでも差し上げますからぁ!」

「うわぁぁぁぁん!七乃ぉぉぉ!!」

「お嬢様ぁぁぁ〜〜〜!!」

「麗しき主従愛ってところ?……でも、泣き喚いても許してあげない。うふふっ、二人仲良く殺してあげる」


雪蓮の剣が袁術の首に触れるか否か……
そのくらいのギリギリで、雪蓮はわざと剣を止めている。
でも、俺はなぜかその光景を安心してみていられる。
……まぁ、雪蓮から微塵も殺気を感じないからなんだろうけどな……


「七乃ぉぉ〜〜〜!」

「お嬢様ぁぁ〜〜〜!!」

「……な〜〜〜んてね」

「「……………へ?」」


不意に首元から剣が外されて、袁術はキョトンとしていた。
張勲も何が何だか分かってないらしい。
そんな二人を置き去りにして、雪蓮はクスクスと笑ってる。


「冗談よ冗談。今更あなたたちの命を奪ったって、何にもならないでしょ」

「え……じゃ、じゃあ、妾を助けてくれるのか?」

「この城から二人だけで出て行くならね」

「で、出て行く!出て行くぞ!なぁ七乃!」

「はいです!もっちろんです!命を助けてもらえるなら、さささーって居なくなってみせます!」

「そう……なら、後は好きにしなさい」

「た、たたた、助かったのじゃ七乃!」

「はい、お嬢様!」

「ただし!」


喜びに浸っている袁術たちに、急に殺気を込めて雪蓮が声を大にする。


「……二度とこの国に戻ってこないこと。いいわね?……もし見つけたら──」

「……み、見つけたら……?」

「痛〜いお仕置きをしてあげるわ」

「お、おしおき……?」

「そ。頭と身体が永遠にさよならしちゃうような、きつーいお仕置きをね」

「あわわわわわわわわわわ……」

「はわわわわわわわわわわ……」

「……それが分かったら、さっさと出て行きなさい。あなたたちを見てると、やっぱり殺したくなっちゃうから……」


そんなことを言いながらも、雪蓮は剣を収めた。
それを見て、地べたに座り込んでた二人も立ち上がって、そそくさとその場を後にしようとする。


「うぅ〜、ありがとうなのじゃー……」

「この御恩は一生忘れません……ってなわけで、お嬢様、行きますよ!」

「分かったのじゃ……う〜、でもでも、やっぱりいつか──」

「おい袁術」

「ひぅっ?!」

「今は雪蓮にその気がないらしいし、俺も手を出すのを控えるけど……本当なら俺もお前らを殺したいんだよ」

「ななななんでじゃ?!お前には何もしておらんじゃろう!?」

「確かに“俺には”な。でも、お前と袁紹が共謀して、董卓さんを悪役に仕立て上げたこと……俺が何とも思ってないとか、考えてるとか言わないよな……?」

「あわわわわわわわわわわ……」


少しだけ刀を鞘から抜いて威嚇する。
俺が口を挟まなかったら何を言おうとしてたかくらい予想付く。
どうせ、雪蓮に対して復讐てやるとか何とかいうつもりだったんだろう。
ま、これ以上雪蓮に仕事させるのもなんだし、今言ったことも実際のところ本音だし、今回はお節介妬かせてもらった。


「余計なこと言ったり考えたりしてないで、さっさとどっか行け」

「わわわ、分かったのじゃ!ではさらばじゃ孫策!」

「さよならーですー!」


足の震えが収まったのか、二人はものすごいスピードで逃げ去って行った。
二人がいなくなったのとほぼ同時に、蓮華が傍までやってきた。
その姿を見て、俺も雪蓮も小さく溜息をこぼす。


「……お姉様、これで良かったのですか?甘かったのではないのですか?」

「じゃあ蓮華は、私に袁術を殺せって言うの?」

「あ、いえ……そういう訳ではありませんが……」

「ならいいじゃない。おバカさん二人ぐらい見逃してあげなさいな」

「はい……」


あんまり納得してないって顔してるな蓮華の奴。
俺がそれに気づいたのが分かったんだろうな、雪蓮が軽く小突いてきた。
……ホントに子守してるみたいだな……


「そんなに気にすんなよ蓮華」

「直詭……」

「あの二人だけで何ができるわけでもないし、今後雪蓮の障害になるはずもないって」

「それは分かってるのだけれど……」

「……それにな?」

「え?」

「あんな小物を殺したって、雪蓮の名声に傷がつくだけだ。誇りある孫呉の小覇王として生きていく雪蓮にとっちゃ、孫呉の大地と民を取り返せただけで充分なんだよ」

「……不思議ね。直詭、何であなたはそんなに雪蓮姉様の事が分かるの?やっぱり天の御遣いとしての知識?」

「そんな知識、大して役に立ってねぇよ。それに、全部が全部わかってるわけじゃない。俺の知らない雪蓮の部分を蓮華が知ってることの方が多いはずだって」

「でも……少し直詭が羨ましいなって……」

「置いてけぼりを喰らいたくないから、積極的に皆の事を知ろうって務めてるだけだ。蓮華だって急ぐ必要はない。知らない部分を貪欲に学んで、いつか皆の上に立つ王になればいい」

「……なれるかしら、こんな私に……?」

「なれるかどうかじゃなくて、なろうとするかどうかだと思うけどな」

「ふふっ……優しいと思ったら突っぱねるのね」

「帝王学まで面倒見切れねぇだけだって」


……何とか表情も落ち着いたな。
雪蓮も満足そうな顔してるし、こんな感じでいいだろう。


「ご報告!城内の制圧、完了致しました!」

「現在、思春殿が宝物庫や食物庫の確保に向かっております!」

「ご苦労様……ふぅ」


思わず雪蓮の口から大きなため息が漏れた。
ホントは「お疲れさま」って声かけたかったんだけど、それをさせてくれない人が雪蓮の横に立っていた。


「まだ一息吐くのは早いぞ雪蓮。ここを本拠として次の戦いの準備がある」

「分かってるわよ冥琳。各部隊はこれより城下の治安の維持に務めよ!すぐに統治活動に入るわよ。蓮華、あなたも手伝って」

「はいっ」


……そうだったな。
ここからまた、揚州全土を制圧しなきゃいけない戦いが待ってる。
まだまだ気を抜いていいわけじゃない。
そう自分に言い聞かせつつ、雪蓮たちが故郷を取り戻せたと言うことを嬉しく感じていた。
















後書き

よし、日常編書いて気分転換しよう(オイ
別にストーリー書いてて苦痛じゃないけど、日常編はある程度自由が利くので……



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