虎の章/第45’話『仲間の故郷にて〜年長者へのマジギレ〜』


本格的に呉を取り戻すための戦い……
それに向けて準備を進めてた俺をはじめとする武官は肩透かしを食らった気分だった。

なにせ、揚州全土の民は雪蓮が王に返り咲いたことに諸手を上げて喜んでたからだ。
そんな訳で、戦いはほぼ無かったと言っても良い。
とは言っても、まだ全部が雪蓮の手元に戻ってきたわけじゃない。
ひょっとしたら本格的な戦が待ってるかもしれない。
だから、冥琳や穏からは気は抜かないようにと念を押されてる。


「……にも拘わらずに──」


たまたま厨房に来たら、思わず呆れてしまった。
まだ正午を少し回ったくらい。
さっきまで警邏に出ていたから、遅めの昼飯でも作ろうかと思っていた矢先に……これだ……


「ん?おぉ、直詭!お主も混じらんか?」

「今そこで上質のものが手に入ってな。若い男が一緒なら更に美味くなるし入れ入れ」

「……この酔っ払いどもが」


簡潔に説明しよう。
祭と玲梨が酒盛りしてる。
……若い連中の手本になるべき年長者がこれでいいのか?


「どうした?直詭の分もちゃんとあるぞ?」

「ん〜?祭、ひょっとして直詭は酒に弱いとか?」

「そんなことはない。以前に儂と一緒に呑んだ時も平然としておったぞ」

「ならなぜ戸惑う?ほら、早くこっちに──」

「仕事はどうしたよお二人さん?」

「「……………」」


たった一言で黙りこくった。
つまりこれはサボってると判断していいんだろう。


「ハァ……冥琳でも探しに行くか」

「「ま、待て直詭!」」


踵を返そうとした俺の両腕を二人に掴まれた。
……すげぇ痛いんですけど?
自分ら年寄だのなんだの言ってる割に、体力はその辺の奴らよりあるよな……?


「儂らが酒を呑んでいることがそんなに悪いことか?!」

「じゃあ何で俺の質問に返事しねぇんだよ?」

「それはその……きゅ、急に冥琳の名前など出されれば誰だって慌てる!」

「そうか?別に俺は慌てねぇけど?」

「だ、第一、儂らはただ直詭を酒の席に誘っただけじゃぞ?何でそこで冥琳の名を出されるかと聞いておるのじゃ?」

「……じゃあもう一回訊くけど、仕事は終わってるんだよな?」

「いや、流石に自分らもそれは終わってるが……」

「本当か?」

「本当じゃ!何なら今から確かめに行くか?!」


んー、ここまで言うからにはサボってるわけじゃないのか?
なら何で慌ててんだ?
確かに酒の量が過ぎるから、ちょくちょく冥琳に小言言われてるのは知ってるけど……
それが嫌ってだけにしてもちょっと慌て過ぎじゃねぇか?


「まぁ、サボってるわけじゃないなら、俺も何も言わねぇけど……」

「そ、そうか。なら一緒に──」

「昼からの仕事に差し支えるから呑まない」

「つれないことを言うのぉ……少しくらい酒が入った方が、仕事は捗ると思うがのぉ?」

「酒は頭の回転を円滑にしてくれるしな。そんな訳で呑め」

「人に会いに行くのに酒臭いって言うのは失礼だろ?」

「人に?誰に会いに行くんじゃ?」

「漁師の会合に顔出しに行くんだよ。ホントは思春が行く予定だったけど、蓮華の政務の手伝いがあるからって代わりにな」

「漁師の連中なら気にせんじゃろ?大体、会合の最中も酒を煽ってると聞くが……?」

「漁師の会合って言っても“漁師の家族の会合”だ。そんな場所で酒が出てくると思うか?」

「あー……なら無理だな。でも、少しくらいなら大丈夫だろう?」

「以前に祭と呑んだ経験からして、それなりに強い酒呑んでるんだろ?なら、臭いも相当つくだろうし、さっき祭は平然とだとか言ってたけど、あの時足元フラフラしてたんだからな?」


まったく……
この世界に来てから何人かの酒飲みに出会ったけど、どいつもこいつも蟒蛇かって思うくらいの強い酒を呑んでやがる。
そんな酒ばっかり飲んでたらすぐに肝臓とかおかしくなるぞ?


「まぁ取り敢えず、仕事が終わってるならとやかく言わねぇけど……あんまり呑み過ぎんなよ?」

「分かっとらんのぉ、直詭」

「何がだよ?」

「酒とは人生の伴侶じゃ。伴侶に過ぎたるものなぞないんじゃぞ?」

「それに、酒は百薬の長ともいう。自分らがこれだけ健康なのも、全ては酒のお蔭というものだ」

「……過ぎたるは猶及ばざるが如しとか、薬も過ぎれば毒となるとか、そう言う言葉だってあるんだけど?」

「心配いらん!儂らとて、自身の体の事を気に掛け取らんわけではない」

「これ以上は呑めないという量も弁えている。酒に呑まれるほど呑むなど有り得んよ」


とか言いつつ、一樽くらい飲むんだろうが……
……てか、今になって気付いたけど、その酒が入ってる容器、随分と凝ったデザインだな。
どこから取り寄せたんだろ?
と言うか、見た感じ随分と高級そうだけど、祭たちの金は大丈夫なのか?


「なぁ玲梨」

「なんだ?」

「その酒だけど、どこで買ったんだ?市場で見たことないんだけど……?」

「な、なんのことだ?」


……何で狼狽したんだ?
あんまり聞かない方が良かったとか?


「祭……?」

「わ、儂は別に……のぉ玲梨?」

「あ、あぁ……別に、大したことは、無いぞ?」

「……………」


……これは何かあるな。
でも、酒蔵にもあんな酒瓶見たことないな。
だから多分、どっかで買ってきたとは思うんだけど……
もしくは、この厨房に置いてあったのを黙って飲んでたとかか?


「……二人とも、正直に俺の目を見て答えてくれるか?」

「な、何じゃ急に?そんな切迫した顔はやめてくれぃ!」

「じ、自分らが悪いことをしている気になるだろう?!普通の顔で普通に聞いてくれまいか?!」

「俺は至って普通に、平常心で質問してるんだけど?」

「そ、その割には目が真剣なんじゃが……?」

「そうか?」

「あ、在りもしない罪悪感に苛まれてしまう!もっと普段からの雰囲気をこう……!」

「そんな雰囲気を出してたつもりはなかったんだけどな……まぁそこは謝るよ。んで、質問だけど──」

「そそそ、それよりも直詭!例の会合とやらに行くのではなかったのか?!」

「そ、そうじゃ!相手を待たせては悪いじゃろ!?は、早ぉ行ったほうが良いぞ!?」

「まだ質問してねぇよ。それに、会合は夜だ」

「じゃ、じゃが──」

「……祭、玲梨。そんな風に俺の質問を先延ばしにしてると、俺の心証がどんどん悪くなるぞ?」

「うぅ……」

「どうしたものか……」


ここまでのやり取りで何かあるのは確定だな。
つまりは、今二人が飲んでるこの酒……
買ってきた物ではないし、まず間違いなく誰か他人の物。
厨房に置いてあったのを見つけて呑んだってとこだろう。
……でも、ちょっと分かんねぇな。
何でここまでひた隠しにするんだか……?


「……まぁいい、いい加減に質問に移らせてもらうぞ?」

「「う、うむ……」」

「この酒、どこで手に入れた?」

「それは、その……」

「答えは簡潔でいい」

「……そ、その……厨房に置いてあった」

「勝手に飲んだのか?」

「……そ、そうじゃ」

「本来は誰の所有物だったのかは分かってるのか?」

「「……………」」

「……答えられないのか答える気が無いのか、それを答えてもらおうか?」

「う、うぅ……」

「え、えっとだな……」

「答える気が無いと、そう言うんだな?」


……となると、こういったことを把握してる奴に聞くのが定石だろう。
酒蔵の管理は主に穏がやってたな。
じゃあまずは穏を探しに──


「──ん?おぉ、白石。ここにいたか」

「ん?冥琳?」

「「ぎくっ」」


……この二人の反応は予想がついてた。
最初に冥琳の名前を出してた時も動揺してたしな。


「俺を探してたのか?」

「あぁ。例の会合の事だが、思春の都合が間に合いそうでな。代わりに行ってもらわなくてもよくなった」

「そうか、分かった」

「……ん?祭殿、玲梨殿。お二人、何やら顔色が優れませんが?」

「そ、そんなことはないぞ?」

「わ、儂らは至って平常じゃ」

「そうですか?」


……出くわしたくない奴と出くわした時の顔をしてるな。
俺も急ぐ必要がなくなったわけだし、これでゆっくりと尋問できる。
さて、どう切り出すか……


「んー……」

「む?どうした白石?」

「いやな?今ちょっと二人と話してたんだけど、何か後ろめたいことがあるらしくてな」

「ほぉ……?」

「そそそ、そんなことは無いと、さっきから言っておるじゃろう!?」

「な、直詭!自分らをあんまり苛めないでくれ!」

「別に苛めてる気はないけど?そんな趣味も無ぇし」


冥琳が厨房に入ってきた途端に、酒瓶を冥琳から見えない場所に置いてた。
これだけでもほぼ確定的なんだけど……
んー……そうだな、苛めはしないけど意地悪はしてやろう。


「なぁ冥琳。何か厨房に置いてなかったか?」

「何か、とはなんだ?」

「そうだな……例えば、ちょっと高級そうな代物とか」

「……成程、そう言うことか」


流石は冥琳だ。
たったこれだけで俺の言いたいことの殆どを察してくれたらしい。
小さく溜息が漏れたのも見えた。


「確かに、ここにちょっとしたものを置いてあった。ふむ……見当たらんな」

「それってかなり大事なもの?」

「それなりに重要なものだ。無くしたとあっては、私も何を言われるやら……」

「確かにここに置いてたんだな?」

「あぁ。それは間違いない」

「置いてた物が勝手に無くなるとは思えないな。誰かが持って行ったとか……?」

「だとすると非常に困る。アレはちょっとやそっとでは手に入らん代物だ」

「冥琳が叱られるって言うのも珍しいな。んで?それってどんな物?」

「態々遠方から取り寄せた特製の酒でな。アレの代わりになる酒が、果たして市場に置いてあるかどうか……」


祭と玲梨の顔が青ざめて行くのがよく分かる。
ここで手を緩めるつもりはないけど、俺もまだ分かってない部分がある。
そこは冥琳に確認しないとな。


「んで、冥琳。その酒、どうするつもりだったんだ?宴会にでも出すつもりだったのか?」

「まさか。宴会用の酒はちゃんと穏が管理している。あの酒は特別だ」

「何かよっぽどの酒らしいな。何に使うんだ?」

「……そこは分かってないのか?」

「あぁ。教えてもらってもいいか?」

「構わんが……折角なので、そこのお二人にお願いしようか」

「「ぎくぎくっ」」

「それもいいな。祭に玲梨、ここに置いてあった酒、一体どんなことに使う予定だったか知らねぇか?」

「え、あの……えっと、じゃな……」

「その、それは……あの……」


……………ハァ、飽きた。


「グダグダしてねぇでさっさと言えってんだ!」

「「っ?!」」

「すまんな白石……」

「あの酒がどういったものかも、自分たちが何をしたかも分かってんだろ?!仮にも年長者ならつべこべ言ってねぇでさっさと白状しろ!」

「ま、待て直詭……そんなに怒らんでも……」

「こちとら祭たちが素直に白状してくれるだろうと思ってここまで引き延ばしたんだ!なのに、いつまで経ってもグダグダグダグダ……!いい加減時間の無駄なんだよ!」

「あ、あぅ……」

「あー、白石?もう少し穏便でも構わんぞ?」

「……冥琳……今、何か言ったか?」

「……すまん、何も言ってない」

「お、おい冥琳!儂らを見捨てる気か?!」

「白石をここまで怒らせたのはお二方です。甘んじて叱られてください」

「こ、この薄情者……!」

「……まだ無駄話すんのか?」

「「っ!?」」


久しぶりにここまでキレてる自分がいる。
もうこの際、相手が年上だとかどうでもいい。
後々の印象が悪くなろうが、今この場ですべて吐かせてやる!


「今は冥琳から答えを聞きたくない。祭か玲梨、どっちかの口から答えを聞かせろ」

「し、白石……少し落ち着いて──」

「さっさと答え言えってんだ!これ以上怒鳴らせるな!」

「っ!?……わ、分かった」

「お、おい玲梨?!」

「冥琳からの小言以上に、直詭の怒りは心に刺さる……これ以上自分らの心証を悪くされたくない……」

「それはそうじゃが……!」

「言う覚悟が決まったならさっさと言え」

「……分かった。だが、ちゃんと正直に言うから、それ以上は怒らんでくれよ?」

「内容次第だ」

「ま、まぁ……そうだとは思うが、その……じ、実はあの酒なのだが……」

「あぁ」

「み、帝への献上品だったのだ……」

「……………」


横から冥琳の大きな溜息が聞こえた。
視線をそっちに向ければ、困り果てた顔でうんうんと頷いてる。


「それ、いつ気付いた?」

「さ、酒瓶のふたを開ける前に……」

「その時点で気付いてたんだな?」

「あ、あぁ……」

「何でその時点で止めなかったのかは敢えて聞かねぇよ。んで二人とも、今から何をするべきかは分かってんだろうな?」

「何を、とは……?」

「……………」

「た、頼む直詭!その目で見つめるのはやめてくれ!」

「れ、玲梨!急いで市場へと行くぞ!」

「わ、分かってる!」


これ以上この場にいるのが辛かったんだろう。
二人はすさまじい勢いで走り去っていった。


「ハァ……」

「すまんな白石」

「……言い過ぎたかな俺?」

「ふふっ、気にするならあそこまで言わなければいいのだ」

「ちょっと歯止めが利かなくなってな」

「だがまぁ、これであのお二方も多少は自制してくださるだろう。今日みたいに白石に怒られる事を思えば、深酒も控えて下さるだろうな」

「冥琳が言ってもあんまり効果ないのか?」

「全くないと言う訳ではないがな。だが、あそこまで怒鳴ったことは私もない。また今後も白石に頼むやもしれんな」

「……あんまり怒鳴るの好きじゃねぇんだけど?」

「普段からの白石を見ていればそれくらい分かる。どうだ?理詰めの説教の仕方でも教えようか?」

「機会があればな。んで、この酒だけど……」

「構わんさ。あのお二方だ、それなりの物を選んで来て下さるだろう」

「……帰り道に試飲とかしなきゃいいけどな」

「そこまで浅はかではないから安心していい。さて白石、少し飲まないか?」

「……は?何言ってんだ?」

「すでに開けてしまったものを献上品として出すわけにもいかんだろう。ほんの少しずつ、味見でもしないかと言う提案だが?」

「……ま、いっか。ちょっと俺も落ち着きたいし、少しだけもらうよ」


冥琳が棚から小さなグラスを2つ出してくれる。
んで、それぞれに少しずつ俺が酒を注ぐ。


「乾杯の音頭はどうする?」

「冥琳が決めてよ。今、あんまり頭回んねぇし」

「なら……祭殿と玲梨殿の健康をお祈りして」

「……そうだな。あの二人にはこれからも健康でいてもらいたいし」


ちょっと子供っぽい部分があって、でもとても頼りになる古参の将。
これからも末永く健康であってほしい。
俺も冥琳も、だからこそ小言も増えるだろうけど、それが二人の元気につながりますように……


「「乾杯」」













後書き

虎の章を書きだした頃から、蜀ルートのあの部分を直したいなぁとか……
やっぱりそういう風に考えるときはあるもんですね。
てか、この呉ルート、年内に終わるんだろうか?
まだ魏ルートも残ってるのに……



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