虎の章/第46’話『仲間の故郷にて〜名付け親はおてんば姫〜』


「では獅鬼(しき)様!本日はありがとうございました!」

「「「「「ありがとうございました!!」」」」」

「お、おぅ……」


……最近、兵の皆からの呼ばれ方が変わってきた。
今までみたいに「白石様」って呼ぶ奴もいるけど、ここ最近は今みたいに「獅鬼様」って呼ばれる。
特に新参兵からそう呼ばれることが多いかな?
今も新規参入した兵士の調練の指導してたし……


「……ってか、シキってなんだよ……?」


一応だけど、俺はそう名乗った覚えはない。
この呼ばれ方をされるようになったのは、袁術たちとの戦に勝った直後くらいかな?
でもあの時は確か、普通に“天の御遣い”って名乗ったような……?
逆に、“白石直詭”って名前の方を名乗ってなかってような覚えがあるんだけど……?


「んー……誰か知ってるかな?」


知ってそうな奴と言っても正直思い付かない。
ただ、雪蓮とかは知ってるかな?
後は軍師の皆とか……
こういう渾名みたいなのを付けて、誰かこっそり楽しんでるのかもしれないし……


「そうと決まれば……まずは──」


軍師の中で、今すぐに居場所が分かるのは一人しかいない。
そんなわけで、その方向へと向かって足を進める。
とは言っても、目的の人物が渾名の事を知っているという保証はない。
だから正直に言えば、一番知ってる奴に出会いたいって言うのがあるな。
それが思い付かないから軍師を頼るわけであって……


「……あー、いたいた」


予想通りの場所に予想通りの人間がいた。
……今すぐにでもトイレに行きたそうにモジモジしてる。
その理由は分かってるとは言え、あんまり声をかけたくない気分にさせられるな……


「穏、ちょっといいか?」

「あれ〜、直詭さん?」


書庫の前で挙動不審だった穏に声をかける。
出来ればいい情報がほしいんだけど、どうだか……


「私に何か用ですか〜?」

「まぁな……てか、その様子だと、また新しい本が入ったとかか?」

「そうなんですよぉ〜!聞いてくれますか〜!?」

「……いや、先に俺の話を聞いてもらえると助かる」


軍師なんだから書庫くらい好きに入ればいいとは思う。
ただまぁ、穏はちょっと特殊だ。
知的好奇心が刺激されると、性的に興奮するらしい。
新しい兵法書を読みながらオ○ニーすることもあるとかなんとか……
実際にその場面を見たことは無いけど、俺の元いた世界の話をちょっとしたときに、顔を赤らめながら息を荒くしてたから冥琳にストップをかけられたことはある。


「私はどうしても読みたいんですぅ!」

「しばらくは我慢しろって……」

「でーもー!!」


この分野に関してはお手上げだ。
少し探してでも亞莎とかにすればよかったかと、自分の人選ミスを呪う。


「そんなことは今どうでも良くて……俺の話聞いてほしいんだけど?」

「どうでもいいは酷くありませんか?!」

「抑えるべきもの抑えられないでどうすんだよ……」


軍師は欲求に負けても良いとか聞かねぇしな。
まぁ、こんな日常でそんな文句言うのもどうかとは思うけど……


「むぅ〜……!どうすればあの子たちを愛でることが──」

「……おーい穏、俺の話聞いてくれる気はないのか?」

「むむむぅ……どうすれば冥琳様から書庫の鍵を拝借できるのやら……」


……あーダメだこりゃ……
完全に自分の世界に入っちゃってる……
こりゃ今何聞いても無駄だな。


「仕方ねぇ、他の奴探すか」


すでに俺は穏の眼中にいないらしい。
このまま何もいなくなったところで問題ないだろう。
とは言え一言くらいかけて行くか。


「じゃあな。また何かあったら聞きに来るから」


……返事はなし、と。
よっぽど新作読みたいらしいな。
ま、最悪何か考えてやるか。
大した案なんて浮かばねぇけど……

取り敢えず次は誰を当たるべきか……?
冥琳ならすぐ答えてくれそうだけど今は都合が悪い。
何せ、雪蓮が何かにつけてサボるからな。
今日も半ば無理やり雪蓮を引き摺って、揚州の西部の街に向かってるはずだし。


「……となると、やっぱ亞莎を探すのが良いか。それが以外だと誰が──」

「ナーオキー!!」


ドンッ!!


「痛っぅ〜……!……何だぁ?」


誰かの呼ぶ声が聞こえたと思った途端、背中に凄まじい衝撃が襲った。
完全に不意打ちだったけどよくもまぁ踏ん張れたもんだ。


「ナオキナオキ!何してるの?」

「……なんだ小蓮か」

「もぉ〜っ!いい加減に“シャオ”って呼んでよ!毎回言ってるでしょ?!」

「他の何人かも“小蓮”って呼んでるじゃねぇか。何で俺だけ毎回咎められるんだよ?」

「だって将来的にはシャオの旦那様になるんでしょ?だったら、可愛い呼ばれ方したいもん!」


ホントにこの子はおてんばと言うか無邪気と言うか……
周りを一切気にしないで、よくもそんなこと口にできるよな……


「まぁ呼び方は呼びやすいほうが良いんじゃねぇの?」

「シャオが呼んでほしい呼び方のほうが良いの!」

「わかったって……その内考えとく」

「その内じゃなくて、すぐに考えて!」

「へいへい」

「その気のない返事は何よ!?」


仕方ないだろ?
ニックネームとかそう言うのはあんまり好きじゃねぇんだよ。
何て言うか、相手を子ども扱いしてる気がするんだよなぁ……
まぁ、これはあくまで俺個人の価値観と言うか考え方と言うか……
それをすぐに直せって言うのも無理があると思うぞ?


「まぁ今はそれは置いておいて……小蓮、亞莎見てないか?」

「むぅ〜……!」

「……ハァ、シャオ?」

「〜〜〜♪」

「呼び方ひとつで喜怒哀楽激しすぎるぞ?」

「そんなことないもーん♪」

「ったく……それで、亞莎は?」

「亞莎?シャオは見てないよ」

「そっか」


なら自力で探すか。
……てか小蓮?
何で腰にしがみ付いたままなんだ?


「そろそろ離れてもいいんじゃねぇか?」

「なんで?」

「いや……これから亞莎探しに行くつもりだし……」

「え〜?こんなに可愛い女の子がしがみ付いてるのに、ナオキは何とも思わないの?」

「何を思えと?」

「だーかーらー、嬉しいとかちょっと恥ずかしいとか、そう言うの無いの?」

「今は離れてもらえると嬉しいとか思ってるけど?」

「ちょっと!ナオキはシャオが邪魔だって言いたいの?!」

「邪魔とまでは言わねぇけど……別にくっついたままでいる必要はないだろ?」

「……ねぇナオキ、ちゃんとここにあるべきものは付いてるよね?」

「……いきなり股間触るのは、女の子としてどうなんだよ……」


なんか久しぶりに男かどうかを疑われたな……
……今のは俺が悪いのか?
だとしても小蓮も小蓮だろ……?
いくら見知った相手とはいえ、了承もなしに股間触るとか……
……了承があればいいわけでもないけども……


「それよりナオキ、なんで亞莎探してるの?」

「ちょっと聞きたいことがあってな。さっき穏に聞こうと思ったけど、答えてもらえなくてな」

「なんで?」

「ほれ、アレ見てみろ」


少し離れた場所で、穏はまだモジモジしてる。
それを見て、小蓮も納得してくれたらしい。
乾いた笑いが口から洩れた。


「あの状態だと無理だね〜。でも、何を聞くの?」

「最近俺に変な渾名みたいなのが付いてな。誰が元凶か知りたいと思ったんだよ」

「渾名?」

「小蓮は知らねぇか?」

「ま・た!ちょっと気を抜いたらすぐに“シャオ”って呼ぶの忘れてる!」

「……悪ぃ。んで、シャオは知らねぇ?」

「それって、“天界の獅鬼”っていうの?」

「あぁ。ってか、“シキ”だけじゃなかったのか?」

「大概はみんな、端折って呼んでるんだよ。ほら、お姉様だって“孫呉の小覇王”っていうのがちゃんとした二つ名なのに、みんなは“小覇王”の部分しか呼んでないでしょ?」

「まぁそういう風に呼ばれてることの方が多いな」

「だからナオキのもそう言うことだよ」

「成程な……ってかシャオ?随分詳しいな」

「へ?だって、その二つ名考えたのシャオだもん」

「……………はぁ?!」


想定外の元凶に唖然となった。
なんでそんなことになってんだ?!


「お、おいシャオ、どういう事か説明してくれ!」

「別に大したことじゃないよ?」

「もう随分と兵の皆に浸透してんだって。俺の知らない内に知らない二つ名つけるとか何考えてんだ?」

「だから大したことじゃないって♪」


そう言いながらようやく小蓮は俺から離れた。


「冥琳から聞いたんだけど、曹操の所にも“天の御遣い”っているんでしょ?」

「ん?あぁ、確かにいるけど……」

「でね?同じ天の御遣いにしても、ちゃんと区別できなきゃダメだと思ったの」

「区別する必要あるか?」

「あるよ!だって、曹操の所にいる方は、あんまり戦場で活躍してるって話聞かないし、天の御遣いは戦場では役に立たないとか言われてたら、ナオキの武まで貶されることになるもん!」

「そこまで深刻に考えなくても……」

「ダーメ!自分の夫になる人が貶されるとか、シャオ我慢できないもん!」

「……それで別の二つ名考えたのか?」

「そういうこと♪かなり苦労したんだよ?」


ニックネーム考えるのに苦労するとか聞いた事ねぇ……
てか、どうやってひねり出したんだ?
俺の見た感じから、“シキ”なんて単語は出てこねぇと思うけど……


「まずは“天界の○○”っていう風にしようとは思ったんだけど、その後にどんな言葉が良いか悩んだの」

「んで?」

「でね?普段からの直詭の戦い方とか見てると、相手を斬る時に全然容赦とかしないでしょ?」

「……あくまで、してる余裕がないだけだぞ?」

「細かいことはいいの♪兵士の間だと、時々「鬼と見間違う」みたいなことも言われてたりするんだよ?」

「あー……何か聞いたことあるような……」

「それで“鬼”は付けようと思ったけど、ただの鬼じゃ面白くないなぁって」

「でも“獅鬼”なんて単語は初耳だぞ?」

「当たり前じゃん♪だって、シャオが考えて作った言葉だし♪」

「……まぁそうだろうな。んで、どうやって作ったんだその言葉?」

「ナオキはさ、よく猫と一緒にいること多いでしょ?」

「一緒にいるというよりは、気がついたら寄ってくるってだけだけどな」

「で、猫の仲間で一番強いのって、虎か獅子でしょ?でも、虎はお母様がそう呼ばれてたから、獅子の方を使って“獅鬼”にしたの」


たかがニックネーム一つにここまで拘ってるやつとか初めて見た。


「どうどう?カッコイイでしょ?」

「カッコイイかは知らねぇけど、態々考えてくれたんだな」

「戦場でその名を聞いただけで敵が逃げ出すくらいの名前の方がいいと思ったの。だから、これからはちゃんとそっちも名乗ってね♪」

「……でも、今のところは孫呉の連中しか知らねぇんだろ?」

「そこは任せてよ!雪蓮姉様や冥琳に話したら、いい名前だって気に入ってくれて、行商人とかを使って広めてくれるみたいだから♪」

「……随分とまぁ大事にしてくれたもんだな」


てか、そんな二つ名名乗るとかちょっと恥ずかしいぞ?
確か恋も“鬼神”とか呼ばれてたけど、別に恋自身が名乗ってたわけじゃねぇし……


「あ、そうそう。名乗る時はちゃんと“天界の獅鬼”って名乗ってね?「白石直詭、略してシキ」みたいな間抜けなのはダメだからね?」

「そんな気の抜ける名乗り方、頼まれたってするかよ……」

「それと、二つ名に劣らない活躍もしてよ?名前負けしてるとか言われたら、折角考えたのに台無しだし」

「自信もって分かったとは言えねぇな」

「ま、ホントは全然心配してないんだけどね♪ナオキの武は、雪蓮姉様に匹敵するって知ってるし、これからどんどん広まって行くと思うよ」


ったく……
このおてんば姫のせいで、変なプレッシャー掛けられたな……
多分だけど、雪蓮とか言い触らすんだろうなぁ……


「それでナオキ、気に入ってくれた?」

「そう聞かれてもなぁ……」

「折角シャオが考えたんだよ?」

「まぁ……俺の為に考えてくれたって言う部分は感謝してるよ」

「それだけ〜?」

「ま、態々考えてくれたんだし、これから使わせてもらうことにする。小馬鹿にされるようなことになれば止めるだろうけど……」

「大丈夫大丈夫♪だって、兵士の皆にも浸透してて、それなりに尊敬されてるでしょ?」

「尊敬されてるかは分かんねぇけど、呼ばれることは多くなってきたな」

「それだけ似合ってるってことだよ♪ふっふーん♪褒めてくれていいんだよ♪」

「……ハァ、ったく……」


まぁ、俺の為に頭使ってくれたんだ。
そのお礼も兼ねて頭を撫でてやる。
小蓮もそれが嬉しかったみたいで、満面の笑みだ。


「今後の俺の方針としては、シャオがつけてくれた名前に劣らない働きをすることだな」

「シャオは大丈夫だって思ってるよ?」

「それはどうか分かんねぇよ。ま、俺なりに頑張ってみるよ」

「シャオがちゃんと見ててあげるから、安心して頑張ってよ♪」

「そうだな。なら、シャオも頑張ってくれるよな?」

「へ?シャオ、何か頑張らなきゃいけないことある?」

「知らねぇとでも思ってんのか?ちょくちょく勉強サボってるんだろ?」

「ぎくっ!」

「俺の頑張るところを見るのがシャオの役目なら、その逆も当然あるはずだ。今は穏が使い物にならねぇし、何なら俺が勉強見てやるぞ?」

「えええ遠慮しとくよ……」

「遠慮すんなって。自分の妻になる奴が、頭悪いとか言われんのも癪だしな」

「……………」


急に小蓮の顔が真っ赤になった。
ま、さっきの仕返しってとこだ。


「ほら行くぞ。それなりに優しくしてやるから」

「……やっぱりナオキって鬼だね」

「へぇ〜?そんなこと言うなら徹夜で勉強させてもいいんだぞ?」

「ゴメンゴメン!今のナシ!」

「ったく……ホントにおてんばなんだから……」


でも、こんなに素直で無邪気な女の子と話せるってのも新鮮だ。
今から勉強の時間だけど、きっとそれなりに二人とも楽しいだろうな。
ま、後は小蓮の出来次第かな?














後書き

この渾名を考えたのって、蜀ルートの終盤なんだよなぁ……
もっと早くに思い付いておきたかった。
まぁ私の力量なんてそんなもんでしょ?www
……ちょっと泣いてきますw



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